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    <title>寺門和夫のブログ</title>
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    <title>まやかしの「地球温暖化スキャンダル」</title>
    <description>『地球温暖化スキャンダル：2009年秋クライメートゲート事件の激震』（日本評論社）を読みました。2009年11月、イギリス、イーストアングリア大学の気候研究ユニット（CRU）のサーバーへ何者かが侵入し、大量のメールや文書がインターネット上で公開されるという事件が起...</description>
<content:encoded><![CDATA[
『地球温暖化スキャンダル：2009年秋クライメートゲート事件の激震』（日本評論社）を読みました。2009年11月、イギリス、イーストアングリア大学の気候研究ユニット（CRU）のサーバーへ何者かが侵入し、大量のメールや文書がインターネット上で公開されるという事件が起こりました。いわゆる「クラーメートゲート事件」です。本書は、その盗まれたメールを多数のぞき見て、推測にもとづくストーリーをつくりあげ、それがあたかも現実に起こったことの忠実な再現であるかのように述べていくという、あまり品の良くない本です。<br />
<br />
著者のスティーブン・モシャーとトマス・フラーは、地球温暖化をめぐる「肯定派」と「懐疑派や否定派」という対立の構図を描き、自分たちをどちらにも属さない「どっちつかず派」としています。盗まれたメールを中立的な立場で「分析」するというスタンスをとっているわけですが、ところどころにみられる彼ら自身の主張は、きわめて強硬な懐疑派の主張であり、2人の正体は、ばりばりの懐疑派といってよいでしょう。<br />
<br />
いわゆるクライメートゲート事件なるものが、いかに根拠のないものであったかについては、以前に<a href="http://blog.scienceweb.jp/?day=20091205" target="_blank">ここ</a>と<a href="http://blog.scienceweb.jp/?day=20100402" target="_blank">ここ</a>と<a href="http://blog.scienceweb.jp/?day=20100415" target="_blank">ここ</a>で書きましたので、そちらをお読みください。本書が出版されたからといって、訂正することは何もありません。<br />
<br />
クライメートゲート事件では、IPCC（気候変動に関する政府間パネル）による「データ捏造」なるものがクローズアップされました。それでは、本書の2人の著者の「分析」によって、「データ捏造」の存在が説明されたのでしょうか。結論を先にいってしまうと、否です。彼ら自身も、マイケル・マンらの論文を批判した論文の著者の1人であり、懐疑派サイトCA（Climate Audit）を主宰しているスティーブン・マッキンタイアも、そのようなことがあったとは考えていないことが、本書を読めばわかります。<br />
<br />
本書で彼らが主に取り上げているのは、次の2つです。1つは、「チーム」（CRU　のフィル・ジョーンズら地球温暖化を研究している科学者を、著者は1つの政治的意図をもった集団とみなし、こう名付けていますが、これも一面的な見方です）が、IPCC　第4次報告書に引用するために、特定の論文を掲載するように圧力をかけたという「ストーリー」、もう1つは、古気候の再現と地球温暖化における都市化の影響における研究において、ジョーンズらが用いたデータの開示要求を、ジョーンズらが妨害したという疑惑です。前者については、そのような経緯はなかったことが調査委員会の報告で述べられています。後者についていえば、情報の公開という問題を科学コミュニティーが十分に認識しなくてはいけないのは当然であり、この点からすると、確かに反省すべき点があったことは事実のようですが、自分の論文を攻撃するためにデータの開示を何十回と執拗に要求してくる人物に対して、研究者が人間的な対応をとるという気持ちはわからないわけではありません。<br />
<br />
いわゆる「データ捏造」に関連して触れられているのは、第8章の最初の部分の、ブリッファの年輪のデータに関してのみです。前にも書いたように、樹木の年輪から過去の気温を復元する場合、北半球高緯度の樹木では、1960年ごろ以降は、実際の気温は上昇しているのに、年輪が示す気温が低くなっていくという傾向がみられます。そのために、ジョーンズはその部分のデータを使わなかったのですが、それを、ジョーンズはある意図をもって細工した（隠した）と著者は批判しています。しかし、この年輪が示す気温データの低下の件は、研究者の世界ではすでに広く知られたことであり、またCA 上でも以前から話題になっていたことを著者自身が明らかにしています。すなわち、「今回のメール流出によって、データ捏造が明らかになった」という一部にみられる主張は、そもそも「捏造」などというものはなかった上に、年輪データの件は今回のメール流出で初めて世に知られるようになったわけではないという二重の意味で間違っています。<br />
<br />
著者は、今回のメール流出はCRU の内部告発だったという見方を本書で述べています。しかし、本書のストーリーはマッキンタイアがCA 上で述べてきた内容に沿っていること、盗まれたメールはCA で話題になっていたキーワードや人名で検索されていたこと、流出メールを格納したファイルは、情報公開法（FOIA）にもとづくマッキンタイアの開示要求を示す「FOIA2009.zip」というファイル名だったことなどからすると、CA に近い人物だったのではないかと考えることも可能です。<br />
<br />
本書はメール流出後の2009年12月に、わずか1か月ほどで書かれたものであることに注意する必要があります。つまり、この後に行われた第三者機関による調査結果については本文では触れられていません。しかし、本書の訳者である渡辺正氏（東京大学生産技術研究所教授）は「あとがき」で「2010年の動き」に触れています。「あとがき」の日付は2010年4月30日となっているのですが、ここでは3月31日に発表された<a href="http://blog.scienceweb.jp/?day=20100402" target="_blank">イギリス下院科学技術委員会の報告</a>について（おそらく意図的に）触れていません。つまり、本書は事実を知りたい人にとって、あまり役立つ本ではないでしょう。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>気候変動・地球温暖化</dc:subject>
    <dc:date>2010-07-28T16:00:29+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=101377">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=101377</link>
    <title>準天頂衛星初号機「みちびき」の利用</title>
    <description>今日のJAXAi でのマンスリートークは、JAXA の衛星利用推進センター準天頂衛星システムプロジェクトチーム主任開発員の小暮聡さんをお招きし、準天頂衛星初号機「みちびき」の利用について、お話をうかがいました。「みちびき」は今年夏に打ち上げの予定です。会場は立ち...</description>
<content:encoded><![CDATA[
今日のJAXAi でのマンスリートークは、JAXA の衛星利用推進センター準天頂衛星システムプロジェクトチーム主任開発員の小暮聡さんをお招きし、準天頂衛星初号機「みちびき」の利用について、お話をうかがいました。「みちびき」は今年夏に打ち上げの予定です。会場は立ち見の方が多数出る盛況で、宇宙利用に対する関心の高さを物語っていました。<br />
<br />
現在、測位衛星システムをもっているのはアメリカとロシアですが、さらにヨーロッパ、中国、インドが計画を進めています。衛星による測位情報は生活の利便性の向上や災害時の安全確保など、多くの分野に役立つと期待されていますが、そのためには測位データの精度を高めることが必要です。準天頂衛星はGPS の補完という役割を果たすわけですが、測位データの精度が向上することによって、いかに優れたサービスが可能になるかがよくわかりました。<br />
<br />
JAXA <a href="http://www.jaxa.jp/countdown/f18/index_j.html" target="_blank">のみちびき特設サイト</a>には、「みちびき」に関する多くの情報がアップされています。まもなく「みちびき」のウェブサイト「QZ-vision」も開設されるとのことです。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-07-21T23:18:22+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=101080">
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    <title>月面の巨大衝突跡とカンラン石の分布</title>
    <description>月周回衛星「かぐや」で得られたデータを使った新しい論文が『ネイチャージオサイエンス』誌の2010年7月4日号で発表されました。月表面のカンラン石に富む領域の分布に関する論文です。

国立環境研究所の松永恒雄さんらの研究チームは、「かぐや」のスペクトルプロファ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
月周回衛星「かぐや」で得られたデータを使った新しい論文が『ネイチャージオサイエンス』誌の2010年7月4日号で発表されました。月表面のカンラン石に富む領域の分布に関する論文です。<br />
<br />
国立環境研究所の松永恒雄さんらの研究チームは、「かぐや」のスペクトルプロファイラ（SP）を用いて、月表面にどのような鉱物が分布しているかを調べました。同研究チームの山本聡さんらはこのデータを使って、カンラン石に富む領域を調べたところ、その場所は「雨の海」「危機の海」「モスクワの海」「シュレーディンガー・ベイスン」など、地殻の薄い部分につくられた巨大衝突跡の周囲に分布していることを発見したのです。<br />
<br />
カンラン石は月内部のマントルに存在すると考えられている鉱物です。そのような鉱物が巨大衝突跡の周囲に分布しているということは、衝突によってマントル部分までが掘り起こされ、内部にあったカンラン石が周囲に飛び散ったためと考えられます。<br />
<br />
こうした場所は、将来の月サンプル・リターン計画の有力な着陸候補地となるでしょう。月のマントルを構成するサンプルが得られれば、月の内部構造や、月の初期の歴史を解明する手がかりとなります。とくに、マグマオーシャン・モデルの解析に重要な役割を果たすと思われます。<br />
<br />
月は原始地球に火星サイズの天体が衝突してできたとする説が有力です。誕生直後の月は、全球にわたって、かなり深いところまで溶けていたと考えられます。その後、このマグマの海が冷却するにつれて、地殻やマントルへの分化がおこったと考えられます。マグマオーシャンの概念は、アポロ計画によって得られた重要な科学的成果の1つです。マグマオーシャンを説明する図として、よく用いられている図は以下のようなものです。<br />
<br />
<a href="images/magma_ocean.jpg" target="_blank"><img src="images/magma_ocean.jpg.400px.jpg" width="400" height="204" alt="magma_ocean" class="pict" /></a><br />
<br />
すなわち、かなり深い部分まで溶けていたマグマの海が冷却するにしたがって、岩石が析出してきます。斜長石のような密度の小さな岩石は浮上して地殻となり、カンラン石や輝石のような密度の大きな岩石は下降してマントルを構成するようになりました。「嵐の大洋」や「雨の海」付近には、カリウム、希土類元素、リンに富むKREEP とよばれる岩石が分布しています。ここにはトリウムやウランなどの元素が濃集しています。KREEP はマグマオーシャンが固結していく過程で最後まで液相で残った部分と考えられます。<br />
<br />
しかしながら、マグマオーシャンの固結過程がどのように進んだのか、まだ詳しくは分かっておらず、いくつものモデルが提唱されています。月の地殻はなぜ表側が薄く、裏側は厚いのか、KREEP はなぜ局地的にしか存在しないのかといった問題にも答は出ていません。また、一度固化した月のマントルは、上部の方が密度が大きかったため、上下が逆転するマントル・オーバーターンが起こったとする考えもあります。今回、マントルの物質と考えられるカンラン石が表面で発見されたのは、このオーバーターンによって、カンラン石が表面に近いところまで上昇していたためと考える研究者もいるようです。<br />
<br />
もしも、実際のマントル物質が手に入れば、こうした未解明の問題の解明に役立つでしょうが、「かぐや」のデータからでも、多くのことがわかるはずです。たとえば、月の研究者はKREEP の分布に関しては、1998〜1999年に月を観測したルナ・プロスペクターのデータを使ってきましたが、今では「かぐや」によって月の表面物質の分布について、きわめて精度の高いデータが得られています。<br />
<br />
「かぐや」のデータはすでに公開されていますが、海外の研究者の論文はまだ少ないようです。今後、「かぐや」の成果が海外でも活用され、月の科学がさらなる発展を遂げることを期待したいと思います。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>月・惑星探査</dc:subject>
    <dc:date>2010-07-17T21:02:24+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=100299">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=100299</link>
    <title>グーテンベルク・エレジー</title>
    <description>今年は「電子書籍元年」といわれています。出版界では電子メディアに対する動きが活発になっており、これに関連した書籍も次々と出版されています。私も最近出版された電子書籍やネットに関する本を何冊か読んでみました。

そんな中で、多くの人に読んでほしいと思った...</description>
<content:encoded><![CDATA[
今年は「電子書籍元年」といわれています。出版界では電子メディアに対する動きが活発になっており、これに関連した書籍も次々と出版されています。私も最近出版された電子書籍やネットに関する本を何冊か読んでみました。<br />
<br />
そんな中で、多くの人に読んでほしいと思った本は、岸博幸氏の『ネット帝国主義と日本の敗北』（幻冬舎文庫）です。この本で書かれているアメリカ企業によるプラットフォームの独占や日本におけるジャーナリズムと文化の衰退の危機などは、これまで個別には指摘されてきたことですが、不思議なことに、まとまった形で本になったものは、これまでなかったのです。これらの問題が今までほとんど議論されてこなかったのは、岸氏によれば、「ネット・メディアではネット寄りの報道ばかり」で、「登場する人もネット擁護派の人ばかり」、そして「ネットの自由を拒否する産業や制度は抵抗勢力扱い」といった状況があり、一方、「ジャーナリズムや文化の専門家は、ともするとネットを敵視する主張ばかりを展開」して前向きの議論をしてこなかったからです。ネットは目的ではなく手段なのであるから、ネットを取り込む社会のシステムがどう変わっていくべきかを冷静に考える必要があると、岸氏は主張しています。<br />
<br />
ネットにとって都合の良いことばかりが並んだ「ネット擁護派」の本の典型が、佐々木俊尚氏の『電子書籍の衝撃』（ディスカヴァー携書）でしょう。「ネットは目的ではなく手段」という基本認識が欠落し、目前の出来事にとらわれすぎているという印象を受けました。<br />
<br />
今、私が読んでいるのは、友人から借りた “The Gutenberg Elegies” という本です。著者はアメリカの批評家スヴェン・バーカーツです。サブタイトルに “The Fate of Reading in an Electronic Age” とあるように、ネットワーク化が進む社会において「読書」や「物を書く」といった、思索と最も緊密に結びついた行為がどのように変容していってしまうのかを考察したものです。<br />
<br />
<a href="images/gutenberg_a.jpg" target="_blank"><img src="images/gutenberg_a.jpg.200px.jpg" width="128" height="200" alt="The Gutenberg Elegies" class="pict" /></a><br />
<br />
バーカーツは、電子メディアが急速に進歩し、すべてがネットワークで結ばれていくにつれて、世界と私たちとの関係は「広く、しかし浅く」なり、物事について深く考えることが少なくなるのではないか、と指摘しています。画面に表示される文章が、ハイパーテキストによって様々な情報と結びついていく社会は、一見、とても便利に思えますが、紙の本を読む習慣が失われることによって、言語能力の低下、歴史認識の希薄化、アイデンティティーの喪失といった状況がもたらされることを、バーカーツは懸念しているのです。<br />
<br />
この本が出版されたのは、1994年のことでした。1994年といえば、インターネットの爆発的な普及のきっかけとなったネットスケープ・ナビゲーターが発売された年です。私たちはまだ電子メールのやりとりをコンピュサーブのようなパソコン通信で行っていました。すなわち、上に述べたバーカーツの懸念は、インターネット時代の前夜に書かれたものなのです。本書でインターネットという言葉が登場するのは、最後のまとめの部分のみです。<br />
<br />
「ネット擁護派」の中には、バーカーツの指摘は古い時代へのノスタルジアでしかなく、時代は後戻りすることなく進んでいくと批判する人もいるかもしれません。しかし、私は少し違った考えをもっています。この本が出版されてからというもの、私たちはインターネットや電子メディアの利便性を追求することには熱心であっても、バーカーツの問いを検証し、その答えを出すことはまったくしてこなかったのではないか、ということなのです。そして今年、読書の形態を大きく変えるかもしれない電子書籍の出現を前にして、読書とはいったい何かという根源的な問いに、私たちは直面しているといえるでしょう。<br />
<br />
インターネットも電子書籍リーダーも所詮、道具です。黒船のようにやってきた電子書籍それ自体を目的化するのではなく、読書というきわめて知的な行為のネット社会におけるありようをじっくり考えてみるべきです。そうでなければ、グーテンベルク以来の人類の財産は、バーカーツに指摘されるまでもなく、急速に失われていくでしょう。<br />
<br />
“The Gutenberg Elegies” は青土社から邦訳が出ていました。『グーテンベルクへの挽歌』（船木裕訳）です。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>出版</dc:subject>
    <dc:date>2010-07-06T20:43:26+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=99835">
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    <title>STS-131ミッション報告会</title>
    <description>山崎宇宙飛行士及びSTS-131クルーのミッション報告会に行ってきました。STS-131のクルー全員が顔をそろえ、宇宙での15日間の体験を語ってくれました。



会場には多くの子供たちが来ていました。子供たちにとって、宇宙飛行士から直接に話を聞ける機会はとても大事で...</description>
<content:encoded><![CDATA[
山崎宇宙飛行士及びSTS-131クルーのミッション報告会に行ってきました。STS-131のクルー全員が顔をそろえ、宇宙での15日間の体験を語ってくれました。<br />
<br />
<a href="images/100630sts131.jpg" target="_blank"><img src="images/100630sts131.jpg.400px.jpg" width="400" height="178" alt="sts-131" class="pict" /></a><br />
<br />
会場には多くの子供たちが来ていました。子供たちにとって、宇宙飛行士から直接に話を聞ける機会はとても大事です。宇宙での刺激的な体験は、子供たちに未知の世界への扉を開いてくれるでしょう。<br />
<br />
この種のイベントでいつも思うことがあります。それはせっかくクルー全員がそろっているのに、クルーから話を聞く時間が少ないこと、そしてナビゲーターの質問が紋切型ばかりということです。紋切型の質問をされれば、宇宙飛行士も、それまで何十回も答えたものと同じ決まり切った答をしなくてはなりません。そこからさらに踏みこんでこそ、子供たちに本当に伝えたい、宇宙飛行の生き生きとした世界が広がっていくのです。<br />
<br />
たとえば、コマンダーのアレン・ポインデクスター宇宙飛行士とパイロットのジェームズ・ダットン宇宙飛行士には、Kuバンドアンテナが壊れた退役間近のディスカバリーをいかに操ってミッションを成功に導いたのかを聞いてみるとよかったかもしれません。2006年のSTS-121 、2007年のSTS-120、2010年のSTS-131と、異例ともいえる短い間隔で3回の飛行を行ったステファニー・ウィルソン宇宙飛行士には、ロボットアームのスペシャリストとして常に新しいミッションに取り組むことが、自分にとってどれだけのチャレンジであったかを聞くべきだったでしょう。<br />
<br />
クルーの言葉の中で私が一番印象に残ったのは、ダットン宇宙飛行士が語った宇宙空間の暗闇の深さについてでした。こんないいい話をしてくれたのですから、ナビゲーターには、「それでは、その暗さは地上で見る夜空とどれだけ違うのか？」と、すかさず聞いてほしいところでした。そうすれば、ダットン宇宙飛行士は少し考えてから、宇宙で見る星の輝きが、サマーキャンプで見る満天の星とどんなに違うかを、子供たちに一生懸命話してくれたに違いありません。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-06-30T23:41:27+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=99416">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=99416</link>
    <title>「はやぶさ」その次にくるもの</title>
    <description>「はやぶさ」の帰還は劇的でした。私にとって一番印象的だったのは、「はやぶさ」本体がディスインテグレートして光のかけらになっていく先を、小さく鋭い光を放って飛んでいくカプセルの姿でした。その毅然とした光跡に、「はやぶさ」ミッションのすべてが凝縮していたと...</description>
<content:encoded><![CDATA[
「はやぶさ」の帰還は劇的でした。私にとって一番印象的だったのは、「はやぶさ」本体がディスインテグレートして光のかけらになっていく先を、小さく鋭い光を放って飛んでいくカプセルの姿でした。その毅然とした光跡に、「はやぶさ」ミッションのすべてが凝縮していたとように思えます。<br />
<br />
<a href="images/hayabusa_reentry.jpg" target="_blank"><img src="images/hayabusa_reentry.jpg.400px.jpg" width="400" height="160" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
私が「はやぶさ」ミッションについて書くべきことは、<a href="http://blog.scienceweb.jp/?day=20091110" target="_blank">以前</a>に書きました。これから「はやぶさ」の成果をどう生かしていくかが、大きな課題となっていくでしょう。<br />
<br />
「はやぶさ2」は、いつでもスタートできる段階にきています。「はやぶさ2」では、より始原的な小惑星の観測とサンプル回収をめざすほか、小惑星に衝突体を発射してクレーターをつくり、小惑星内部の物質の観測とサンプル回収をめざすことも検討されています。小惑星の表面物質は宇宙風化によって変性したり、他天体からの物質で汚染されている可能性があります。「はやぶさ2」によって、クレーター内部の「新鮮な」物質の分析が可能になれば、太陽系の起源の研究に貴重なデータをもたらしてくれるでしょう。<br />
<br />
「はやぶさ」の成果とは、太陽系天体のサンプルリターン技術が実証されたということにとどまりません。日本の太陽系探査が世界の研究の最前線に大きな足跡を残したのです。「はやぶさ2」をスタートさせて「はやぶさ」の技術を継承していくことは大切ですが、この機会に、日本の太陽系探査計画全体をどのように進めていくかの広い議論が必要ではないでしょうか。<br />
<br />
チャレンジングな惑星探査ミッションは「はやぶさ」だけではありません。土星を周回するカッシーニ探査機は、6月21日、衛星タイタンへの71回目の接近「T70フライバイ」で、高度880kmまで降下し、タイタンの大気上層に突入しました。これまでで最もタイタンに近づいた接近でした。火星では、火星ローバー、スピリットとオポチュニティーの火星滞在日数が2200火星日を超えています。スピリットはきびしい冬の寒さと闘っています。冬至は過ぎたものの、極寒のため、その機能は停止したままです。一方、オポチュニティーは長い間とどまっていたビクトリア・クレーターから、直径21kmのエンデバー・クレーターへ少しずつ移動を重ねています。オポチュニティーの累積移動距離は21kmを超えました。<br />
<br />
「はやぶさ」のカプセルの光跡にように、迷いのない、しっかりとした持続的な探査計画が求められています。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>月・惑星探査</dc:subject>
    <dc:date>2010-06-24T20:37:19+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=98285">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=98285</link>
    <title>口蹄疫の感染経路をウイルスのゲノム解析で明らかに</title>
    <description>口蹄疫ウイルスはどうやって宮崎県にもちこまれ、感染がいかに拡大していったのか、疫学調査チームによる調査が行われていますが、その結果はまだ明らかになっていません。感染経路の解明は、今後の防疫対策を考える上できわめて重要であり、ある程度確度の高い結果が得ら...</description>
<content:encoded><![CDATA[
口蹄疫ウイルスはどうやって宮崎県にもちこまれ、感染がいかに拡大していったのか、疫学調査チームによる調査が行われていますが、その結果はまだ明らかになっていません。感染経路の解明は、今後の防疫対策を考える上できわめて重要であり、ある程度確度の高い結果が得られれば、公開していくべきであると思います。<br />
<br />
疫学調査は現地での聞き取りにもとづく地道な作業です。最近では、これに加え、ウイルスのゲノム解析を感染経路の推定に利用する手法も可能になってきました。ゲノムのデータを使えば、農場単位での感染経路の推定が可能です。<br />
<br />
イギリスでは2001年に大規模な口蹄疫の流行がありました。グラスゴー大学環境・進化生物学部および動物衛生研究所パーブライト支所に所属していたエレノア・コタムは、この流行中に21の農場から採取された病原学的検査用の水疱上皮から23のウイルスを分離し、そのゲノム配列（口蹄疫ウイルスの全塩基配列約8500のうち、一部を除いた約8200塩基分）を決定しました。これらの配列を比較したところ、ゲノムの191のサイト（個所）で197の塩基の置換（6個所では2回の置換）が起こっていました。<br />
<br />
塩基の置換とは、DNA あるいはRNA の複製時にエラーがおこり、ある塩基が別の塩基に置き換わることをいいます。コタムによると、口蹄疫ウイルスの塩基置換率は1サイト1日あたり2.26×10の−5乗で、農場あたりにすると1.5という高いものでした。この置換率の高さについては、村上洋介（当時家畜衛生試験場ウイルス病研究部病原ウイルス研究室長、現在は帝京科学大学教授）の『口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について』（1997）でも、「１回のウイルス感染でおおよそ１個の塩基の置換が生じることになる」と書かれています。<br />
<br />
この高い置換率のために、コタムは23のウイルスの系統樹（下）を作成することができました。<a href="http://blog.scienceweb.jp/?day=20100523" target="_blank">先日の記事</a>で私が紹介した口蹄疫ウイルスの系統樹は、VP1というキャプシドタンパクの塩基配列（633塩基）にもとづくものでしたが、ゲノム全体の塩基配列を決定することで、個々のウイルスの変化を見ることができたのです。<br />
<br />
<a href="images/fmdv001.jpg" target="_blank"><img src="images/fmdv001.jpg.400px.jpg" width="400" height="256" alt="Eleanor M Cottam, 2007" class="pict" /></a><br />
<br />
この系統樹と疫学調査によるデータ（発生の時期等）を組み合わせて再現された感染経路が下です。数字あるいはアルファベットが個々の農場を示しています。どの農場からどの農場にウイルスが伝染していったかが明らかになっています。<br />
<br />
<a href="images/fmdv002.jpg" target="_blank"><img src="images/fmdv002.jpg.400px.jpg" width="400" height="304" alt="Eleanor M Cottam, 2007" class="pict" /></a><br />
<br />
日本でもこうした手法を導入して、感染経路の詳細な特定を行っていくことが必要だと思います。ただし、ウイルスのゲノム解析を行うには、各農場の感染家畜から新鮮な組織を採取しなければならず、あらかじめ調査計画と現地で使用するマニュアルを作成しておく必要があります。研究者の方々はコタムの論文を知っていると思いますが、今回、こうした調査手法が可能な状況かどうか、私にはわかりません。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>生物学・医学</dc:subject>
    <dc:date>2010-06-13T22:11:05+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=98068">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=98068</link>
    <title>軌道上のイコン</title>
    <description>野口聡一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション（ISS）長期滞在中の写真の中に、私が「おやっ」と思った写真がありました。野口宇宙飛行士がコマンダーのオレッグ・コトフ宇宙飛行士と、ロシアのモジュール、ズヴェズダで食事をしている写真（左）ですが、私が気になったのは...</description>
<content:encoded><![CDATA[
野口聡一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション（ISS）長期滞在中の写真の中に、私が「おやっ」と思った写真がありました。野口宇宙飛行士がコマンダーのオレッグ・コトフ宇宙飛行士と、ロシアのモジュール、ズヴェズダで食事をしている写真（左）ですが、私が気になったのは、野口宇宙飛行士の後ろにある、ズヴェズダの壁です。ここには、右側には宇宙開発の父といえるコンスタンティン・ツィオルコフスキーの写真が、左には世界初の有人宇宙飛行を行ったユーリー・ガガーリンの写真が貼ってあります（右）。どちらもロシアの宇宙開発を語る上で欠かすことのできない人物です。<br />
<br />
<a href="images/zvezd01a.JPG" target="_blank"><img src="images/zvezd01a.JPG.400px.jpg" width="400" height="125" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
ここは、野口宇宙飛行士がISSにやってきたときには、下のようでした。ツィオルコフスキーとガガーリンの写真の間にはイコンが飾ってありました。また、コトフ宇宙飛行士の後ろには、写真がもう1枚貼ってありました。<br />
<br />
<a href="images/zvezda03.jpg" target="_blank"><img src="images/zvezda03.jpg.400px.jpg" width="400" height="177" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
この一番左の写真を私はこれまで見たことがなく、これが誰なのか、以前から気になっていたのですが、先日、若田さんがこれもツィオルコフスキーだと教えてくれました。若田さんら第20次長期滞在クルーが今年2月に来日した際、2人のロシア人宇宙飛行士、コマンダーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士、そしてロマン・ロマネンコ宇宙飛行士と話をする機会がありました。そのときも、この写真が話題になりましたが、ロシアでは皆が知っている写真のようです。<br />
<br />
<a href="images/zvezda07.jpg" target="_blank"><img src="images/zvezda07.jpg.400px.jpg" width="400" height="313" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
若田さんがISSに滞在していたときの上の写真には、ロシアが開発中といわれるミニ・シャトル型の有人宇宙船クリッパーの模型が置かれていました。また、天井近くに十字架とイコンが飾ってありました。それより2年ほど前の第15次長期滞在クルーのころには、下の写真のように、ロシアのチーフデザイナー、セルゲイ・コロリョフの写真が飾られていました。<br />
<br />
<a href="images/zvezda05.jpg" target="_blank"><img src="images/zvezda05.jpg.400px.jpg" width="400" height="225" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
ズヴェズダのこの場所は、ロシアの宇宙飛行士たちが地上からもってきた写真や思い思いの品を飾るところになっています。ロシアの宇宙開発史にとって最も重要な3人の人物の写真が、宇宙飛行士たちとともに飛行しているのは当然といえますが、それらと一緒に飾られているイコンは、ロシアの伝統的な文化や生活習慣が宇宙に持ちこまれていることのあらわれといえるでしょう。今では、バイコヌール宇宙基地から宇宙へ旅立つ宇宙飛行士たちは、ロシア正教の聖職者に聖水で祝福されてから、宿舎であるコスモノート・ホテルを出発するのです。<br />
<br />
由緒ある歴史的なイコンが、宇宙を飛んだことも何度かあったようです。最近では2009年9月30日に打ち上げられたソユーズTMA-16によって、『しるしの聖母』として有名なイコンがISSに運ばれ、地球を176周した後、ソユーズTMA-14で10月11日に地球に戻りました。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-06-11T04:28:41+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=97551">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=97551</link>
    <title>バズ・オルドリンの長い旅路：どんなスーパーマンにもロイスは必要だ</title>
    <description>アマゾンで予約していたバズ・オルドリンの “Magnificent Desolation: The Long Journey Home from the Moon” が届きました。



オルドリンはアポロ11号でニール・アームストロングとともに初めて月面を歩きました。現在でも宇宙計画の将来について積極的に発言し、...</description>
<content:encoded><![CDATA[
アマゾンで予約していたバズ・オルドリンの “Magnificent Desolation: The Long Journey Home from the Moon” が届きました。<br />
<br />
<a href="images/magnificent-desolation.jpg" target="_blank"><img src="images/magnificent-desolation.jpg.200px.jpg" width="132" height="200" alt="MAdnificent_Desolation" class="pict" /></a><br />
<br />
オルドリンはアポロ11号でニール・アームストロングとともに初めて月面を歩きました。現在でも宇宙計画の将来について積極的に発言し、行動していますが、月から帰還後、一時は精神のバランスを崩し、鬱（うつ）やアルコール依存におちいり、離婚も経験しました。<br />
<br />
アマゾンから来た案内で目次を見たとたん、これがどんな本かが分かりました。第1章は “A Journey for All Mankind” で、彼が月に旅立つところからはじまります。地球に戻った後の第4章は “After the Moon, What Next?” です。さらに第6章 “Flying High, Flying Low”、第8章 “Human Side of Hero”、そして第9章 “A Controlled Alcoholic” と続いていきます。<br />
<br />
第15章は “Every Superman Needs His Lois” でした。「どんなスーパーマンにもロイスは必要だ」。この場合のロイスは、スーパーマンの恋人のロイス・レインであると同時に、彼の現在の妻の名前でもあります。この章のタイトルを見て、私はすぐにこの本を注文しました。<br />
<br />
朝から少しずつ時間をみつけながら、ざっと読んでみました。本書のタイトルである “Magnificent Desolation” （壮大なる荒涼）とは、彼が月面で見た光景と、月から帰った後に彼が体験した精神の風景を意味しています。本のサブタイトルにもあるように、この本は、月から戻ったオルドリンが自らの家にたどりつくまでの長い旅について書かれたものです。彼の帰還の物語は、『オデュッセイア』のような数々の冒険に彩られた英雄譚ではなく、仕事の失敗や抗うつ剤、アルコール、離婚、孤独、父の死といった人間的要素に満ちています。彼がこうした状態から立ち直るきっかけとなったのが、ロイスとの出会いでした。<br />
<br />
共同執筆者がニューヨーク・タイムスの売れっ子ライター、ケン・エイブラムであるため、ところどころ文章が出来過ぎの感はありますが、アメリカン・ヒーローの “rebirth” と “reunion” の物語として、これまで書かれた宇宙飛行士の本とは一線を画すものになっています。<br />
<br />
本書は2009年にハードカバーで出版されたもののペーパーバック版です。本書のあとがきで、オルドリンは今年2月に発表されたオバマ大統領の新宇宙政策について新たに書いています。オバマ大統領の新政策の根拠となった昨年のオーガスティン委員会で、オルドリンは自らの意見を述べる機会があったようです。そこで、彼は以下の3つの点を主張しました。<br />
?アメリカの新しい有人宇宙船が完成するまで、スペースシャトルの飛行は継続すべ<br />
　きである。<br />
?月への有人飛行は、かつてのアポロ計画のようにアメリカ単独で行うのではなく、<br />
　国際共同プログラムとして行うべきである。<br />
?NASAは2030年代の火星有人着陸を目指すべきである。<br />
彼はオバマ政権下で増額された予算を有効に使って、NASAが火星有人探査に積極的に取り組むことを期待しています。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-06-04T23:19:22+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=97316">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=97316</link>
    <title>野口宇宙飛行士、帰還</title>
    <description>本日、12時25分、ISS 第23次長期滞在クルーであるオレッグ・コトフ宇宙飛行士、野口聡一宇宙飛行士、ティモシー・クリーマー宇宙飛行士を乗せたソユーズTMA-17は、予定通り、カザフスタンに着陸しました。



野口宇宙飛行士の飛行については、また別の機会に書くとし...</description>
<content:encoded><![CDATA[
本日、12時25分、ISS 第23次長期滞在クルーであるオレッグ・コトフ宇宙飛行士、野口聡一宇宙飛行士、ティモシー・クリーマー宇宙飛行士を乗せたソユーズTMA-17は、予定通り、カザフスタンに着陸しました。<br />
<br />
<a href="images/160328main_060110c.jpg" target="_blank"><img src="images/160328main_060110c.jpg.400px.jpg" width="400" height="330" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
野口宇宙飛行士の飛行については、また別の機会に書くとして、今日の着陸の様子を見て私が感じたことは、日本の宇宙開発が新しいステージへと移行しているということでした。これからは、日本の宇宙飛行士が地球に帰還して最初に見る風景は、地平線まで広がるカザフスタンの草原なのです。<br />
<br />
<img src="images/WS100602.JPG" width="388" height="220" alt="NASA" class="pict" /><br />
<br />
今後、ロシアの技術だけでなく、ロシアの文化やロシアの人々の考え方をより理解することが大切です。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-06-02T14:16:57+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=97166">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=97166</link>
    <title>野口聡一宇宙飛行士、帰還への準備進む</title>
    <description>国際宇宙ステーション（ISS）に長期滞在中の野口聡一宇宙飛行士は、ソユーズTMA-17での6月2日の帰還に向けて準備を進めています。

宇宙船の大気圏再突入は、きわめてクリティカルなイベントであり、宇宙船の信頼性が問われます。ソユーズ宇宙船は大気圏再突入後、最大...</description>
<content:encoded><![CDATA[
国際宇宙ステーション（ISS）に長期滞在中の野口聡一宇宙飛行士は、ソユーズTMA-17での6月2日の帰還に向けて準備を進めています。<br />
<br />
宇宙船の大気圏再突入は、きわめてクリティカルなイベントであり、宇宙船の信頼性が問われます。ソユーズ宇宙船は大気圏再突入後、最大重力加速度が4〜5G になるよう姿勢を制御しながら降下していきますが、姿勢制御を行わない「弾道モード」での帰還もあります。この場合、着陸地点は通常の着陸地点より約450km 手前（西方）になります。最近では2007年のソユーズTMA-10、2008年のソユーズTMA-11での帰還が弾道モードで行われました。弾道モードの場合、宇宙飛行士には10G 程度がかかるようですが、弾道モードだからといって、それ自体が危険な帰還であったということにはなりません。ロシアもNASA も、弾道モードを通常用いられる帰還モードの1つとして位置づけています。ソユーズ宇宙船はいくつもの帰還モードを用意し、宇宙船の信頼性を高めているわけです。<br />
<br />
野口宇宙飛行士はソユーズ宇宙船のフライトエンジニアとして、帰還に臨みます。ソユーズ宇宙船に搭乗するためには、フライトエンジニアの資格が必要で、若田光一宇宙飛行士、古川聡宇宙飛行士、星出彰彦宇宙飛行士、山崎直子宇宙飛行士も資格を取得しています。今後、ISS に行くためにはソユーズ宇宙船を使わなければならず、フライトエンジニアの資格は必須です。フライトエンジニアの訓練はハードで、特に試験官を前にして行われる「最後の口頭試問」の厳しさは、宇宙飛行士の人たちから何度も聞いたことがあります。<br />
<br />
野口宇宙飛行士のフライトエンジニアとしての経験は、今後ソユーズ宇宙船に搭乗する日本人宇宙飛行士にとって、さらには、これからの日本の有人宇宙計画そのものにとって貴重なものとなるでしょう。見事な着陸を期待したいと思います。<br />
<br />
野口宇宙飛行士の今回の飛行は、日本人宇宙飛行士がソユーズ宇宙船での打ち上げから着陸まで一連のミッションを行った最初の飛行として、歴史に記録されるべきだと私は思います。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-05-31T23:51:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=96985">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=96985</link>
    <title>野口宇宙飛行士の帰還をJAXAi で中継</title>
    <description>国際宇宙ステーション（ISS）に長期滞在している野口聡一宇宙飛行士は、ソユーズTMA-17で6月2日（水）に帰還する予定です。JAXA では帰還の模様をインターネットでライブ中継しますが、丸の内のJAXAi でもパブリックビューイングを行います。マンスリートークはいつも午後...</description>
<content:encoded><![CDATA[
国際宇宙ステーション（ISS）に長期滞在している野口聡一宇宙飛行士は、ソユーズTMA-17で6月2日（水）に帰還する予定です。JAXA では帰還の模様をインターネットでライブ中継しますが、丸の内のJAXAi でもパブリックビューイングを行います。マンスリートークはいつも午後6時30分から行っていますが、着陸が日本時間のお昼ごろに予定されているため、この日は午前11時からはじめる予定です。映像はNASA TV を経由して送られてきます。JAXA の村木祐介をおよびし、私が進行役をつとめます。<br />
<br />
日本人宇宙飛行士によるソユーズ宇宙船での着陸は今回が初めてです（秋山豊寛氏は宇宙飛行士ではなく、NASAの表現で言えばspaceflight participant＝同乗者でした）。野口宇宙飛行士の元気な姿が見られることを期待しています。<br />
<br />
ソユーズ宇宙船の帰還は以下のようにして行われます。ISS からの分離（アンドッキング）は、着陸の3時間23分前に行われます。ISS とソユーズの結合機構が外れると、ソユーズは秒速10cm ほどの速度でISS から離れていきます（1）。アンドッキングから6分後、ISS  から約20m 離れたところで、ソユーズは15秒間エンジンを噴射し、ISS から遠ざかっていきます（2）。アンドッキングから2時間29分後、ISS から約20km 離れたところで、ソユーズは4分21秒間の軌道離脱噴射を行います（3）。<br />
<br />
<img src="images/landing_001a.jpg" width="450" height="107" alt="soyuz_landing" class="pict" /><br />
<br />
アンドッキングから2時間57分後、ソユーズの軌道モジュールと機器/推進モジュールが帰還モジュールから切り離されます（4）。3分後、帰還モジュールは高度約120km で大気圏に再突入します。帰還モジュールは高温のプラズマに包まれ、高度40km あたりで最大G（4〜5G）に達します（5）。2つのパイロット・パラシュートが開き、続いてドラッグシュートが開きます。これによって、降下速度は秒速約230mから秒速約80m に減速されます。さらにメイン・パラシュートが開き、降下速度は秒速約7m にまで落ちます（6）。パラシュートのハーネスは最初、帰還モジュールを30度の傾きで吊り下げていますが、やがて垂直に吊り下げるような位置に移動します。<br />
<br />
<img src="images/landing_002a.jpg" width="450" height="112" alt="soyuz_landing" class="pict" /><br />
<br />
帰還モジュールは降下していきます（7）。モジュールが着地する2秒前、高度80cm のところで軟着陸用の6基のエンジンを噴射します。これによって降下速度は秒速1.5m まで減速され、着地時の衝撃が緩和されます（8）。モジュールは着地し、回収チームが到着します（9）。<br />
<br />
<img src="images/landing_003a.jpg" width="450" height="112" alt="soyuz_landing" class="pict" /><br />
<br />
ソユーズの着陸に関しては、これまでも印象的なシーンがとらえられています。下は、2009年4月8日、ソユーズTMA-13 の着地の瞬間です。<br />
<br />
<img src="images/jsc2009e070630.jpg" width="300" height="317" alt="NASA" class="pict" /><br />
<br />
下は2006年9月29日、ソユーズTMA-8 着陸後の回収シーンです。<br />
<br />
<img src="images/jsc2006e42733.jpg" width="400" height="193" alt="NASA" class="pict" /><br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-05-30T03:35:09+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=96815">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=96815</link>
    <title>アトランティスが帰還</title>
    <description>スペースシャトル、アトランティスが26日午前8時49分18秒（アメリカ東部夏時間、日本時間午後9時49分18秒）、ケネディ宇宙センターに帰還しました。アトランティスにとって、これが予定されている最後の飛行でした。



いつもと同じように、アトランティスは見事な着...</description>
<content:encoded><![CDATA[
スペースシャトル、アトランティスが26日午前8時49分18秒（アメリカ東部夏時間、日本時間午後9時49分18秒）、ケネディ宇宙センターに帰還しました。アトランティスにとって、これが予定されている最後の飛行でした。<br />
<br />
<a href="images/sts132_1.jpg" target="_blank"><img src="images/sts132_1.jpg.400px.jpg" width="400" height="199" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
いつもと同じように、アトランティスは見事な着陸を見せました。着陸から約1時間後、STS-132のクルーは滑走路に元気な姿を見せ、アトランティスの機体を見てまわる「ウォークアラウンド」を行いました。これもまた、いつも行われているものですが、これが最後の飛行のためでしょうか、この日は少し特別で、カメラの数がいつもより多かったようです。<br />
<br />
<a href="images/sts132_2.JPG" target="_blank"><img src="images/sts132_2.JPG.300px.jpg" width="300" height="226" alt="NASA" class="pict" /></a><br />
<br />
クルーはアトランティスの前にならび、コマンダーのケネス・ハム宇宙飛行士が短いスピーチを行いました。「無事に帰ってこれてうれしい。ミッション期間中を通じて、アトランティスはパーフェクトだった」というハム宇宙飛行士の言葉には、25年にわたる任務を全うしたアトランティスへの愛着と敬意がこめられているように思えました。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>宇宙開発</dc:subject>
    <dc:date>2010-05-27T18:43:51+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.scienceweb.jp/?eid=96448">
    <link>http://blog.scienceweb.jp/?eid=96448</link>
    <title>口蹄疫：ウイルスはどこから来たか？</title>
    <description>口蹄疫のウイルスは遺伝情報をRNA の1本鎖としてもち、これがキャプシドとよばれる殻の中に入っています。キャプシドは球形で、4種類のタンパクが規則的に並んでいます。下のCG は、その様子を視覚化したものです。ウイルスの直径は21〜25nmです。



口蹄疫ウイルス...</description>
<content:encoded><![CDATA[
口蹄疫のウイルスは遺伝情報をRNA の1本鎖としてもち、これがキャプシドとよばれる殻の中に入っています。キャプシドは球形で、4種類のタンパクが規則的に並んでいます。下のCG は、その様子を視覚化したものです。ウイルスの直径は21〜25nmです。<br />
<br />
<a href="images/FMD_virus.jpg" target="_blank"><img src="images/FMD_virus.jpg.200px.jpg" width="200" height="200" alt="Oxford University" class="pict" /></a><br />
<br />
口蹄疫ウイルスにはいくつかのタイプがあり、アジアで流行しているのはO 型、A 型、Asia 1型です。ウイルスは牛のほか、豚、水牛、羊、山羊、鹿などにも感染します。特に豚は感染しやすく、感染すると大量のウイルスを放出するので、口蹄疫の感染拡大防止には、感染した豚の殺処分を迅速に行う必要があります。<br />
<br />
ウイルスは感染した家畜の呼気中に含まれ、他の家畜に経口感染するほか、水泡や糞尿、乳にもウイルスが含まれます。ウイルスに汚染された物品が人間と一緒に移動することによって感染が拡大するほか、動物によってもウイルスは運ばれます。ウイルスを含む糞便などの粒子が風に乗って長距離を移動することもあるといわれています。ウイルスに感染した場合、症状があらわれるまでの潜伏期間は、牛の場合、約1週間です。<br />
<br />
動物衛生研究所は、宮崎県の第1例のウイルスを分離し、遺伝子解析を行いました。このデータはイギリスの家畜衛生研究所に送られ、他のウイルスとの近縁関係が調べられました。同家畜衛生研究所はOIE（国際獣疫事務局）とFAO（国連食糧農業機関）が設置した口蹄疫の確定診断機関となっており、世界各地で発生したウイルスの解析を行っています。ウイルスはO 型であり、分離株はO/JPN/2010と名づけられました。<br />
<br />
下は、O/JPN/2010に近縁なウイルスのトップ10です。一番左の欄が順位、次の欄がウイルス株の名前で、最初の「O」はO 型であることを示しています。その次はウイルスが分離された国や場所を示しており、「HKN」は香港、「Ganghwa/SKR」は韓国、江華島を示しています。その次は分離株の番号、そして分離された年です。一番右の欄の数値は、それぞれのウイルスがどれだけO/JPN/2010に近縁かを示しています。O 型のウイルスの場合、近縁関係の解析にはキャプシドタンパクの1つであるVP1の塩基配列を用います。<br />
<br />
<img src="images/fmd_jpn_1a.jpg" width="450" height="233" alt="fmd" class="pict" /><br />
<br />
ウイルス株の近縁関係の解析は、ウイルスがどこからやってきたかを明らかにする上で、重要な材料になります。上のデータを見ると、O/JPN/2010は香港の豚から分離された9つのウイルス株と99％以上同じという結果になりました。香港での豚の口蹄疫は、香港内の牧場で発生したものではなく、中国本土から入ってきた豚によるものです。したがって、香港の口蹄疫のデータは、中国本土での口蹄疫発生の状況を知るてがかりとなっています。<br />
<br />
中国でこのところ流行していたのはA 型とAsia 1型でした。O 型は1999年に発生して以来ずっとなかったのですが、今年2月に広東省で発生したのを皮切りに、3月、4月に中国各地で発生しています。香港では2月と3月に豚でO 型の口蹄疫が発生しました。香港のウイルス株の近縁関係を、系統樹でみると下のようになります。ウイルス株の系統樹は、ウイルスの伝播経路を解明する上で重要です。<br />
<br />
<img src="images/fmd_hnk_a.jpg" width="450" height="341" alt="fmd" class="pict" /><br />
<br />
現在、東アジアに存在しているO 型の口蹄疫ウイルスは、1998年にミャンマーで最初に分離された株（Mya-98）に属しています。上の系統樹を見ると、今年、香港で分離されたウイルス株は2009年にミャンマー（MYA）で発生した株からもたらされたもののようです。この株からは、2009年にタイ（TAI）で分離された株も派生しています。ミャンマーに存在していたウイルスが、今年初めに中国にもたらされ、それが香港に伝わったと考えられます。台湾でも今年2月、中国本土から輸入された豚でO 型の口蹄疫が発生しています。<br />
<br />
それでは、日本のO/JPN/2010は、系統樹上でどのような位置にあるのでしょうか。下がそれです。枝分かれが少し複雑になっていますが、上に示した香港のウイルス株の位置を頭に入れておけば、その意味を簡単に読み取ることができます。<br />
<br />
<img src="images/fmd_jpn_2a.jpg" width="450" height="406" alt="fmd" class="pict" /><br />
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O/JPN/2010は香港のウイルス株の間に位置しており、香港のウイルスと同じように、何らかの形で中国からもたらされたのではないかと考えられます。この系統樹にはO/JPN/2010とも近縁であった韓国の株も示されています。このウイルスも同様に中国から伝播したのでしょう。韓国では今年初め、A 型の口蹄疫が発生しましたが、3月に終息しました。ところが4月になって、仁川広域市江華島でO 型のウイルスがあらわれ、現在も発生が続いています。<br />
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系統樹からみると、今年初めに中国に伝わったミャンマー株が、2月〜3月に周辺国および中国各地に広がったというのが、今回のO 型流行のごくおおまかな構図といえそうです。ただし、実際にそうであったか、あるいは何を媒介にしてウイルスが伝播していったのかは、詳細な疫学調査の結果をまたなくてはなりません。今後の口蹄疫発生を防止する意味で、これは非常に大事なことです。<br />

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    <dc:subject>生物学・医学</dc:subject>
    <dc:date>2010-05-23T14:52:09+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
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    <title>口蹄疫：10年前の教訓生かされず感染拡大</title>
    <description>5月17日、鳩山内閣は鳩山首相を本部長とする口蹄疫対策本部を発足させました。4月20日に口蹄疫の発生確認と同時に、農水省は赤松農林水産省を本部長とする口蹄疫防疫対策本部を設置していましたが、事態の深刻さにかんがみ、これを「昇格」させたことになります。一方、鹿...</description>
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5月17日、鳩山内閣は鳩山首相を本部長とする口蹄疫対策本部を発足させました。4月20日に口蹄疫の発生確認と同時に、農水省は赤松農林水産省を本部長とする口蹄疫防疫対策本部を設置していましたが、事態の深刻さにかんがみ、これを「昇格」させたことになります。一方、鹿児島県の東国原知事は18日、同県での感染拡大を止められない状況だとして「非常事態」を宣言しました。どちらも、あまりに遅すぎる対応でした。<br />
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事態はすでに、これまでの方法では感染拡大を防止できないところにまで来ており、専門家は、ワクチン接種という、できれば使いたくない選択肢を提案せざるを得ませんでした。19日、政府の口蹄疫対策本部は、発生地の半径10km 以内の家畜にワクチンを接種し、最終的には全頭を殺処分するという対策を発表しました。<br />
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宮崎県では10年前に口蹄疫が発生しています。今回の最大の問題点は、このときの教訓が生かされなかったところにあります。<br />
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日本で「92年ぶり」という口蹄疫が宮崎県で発生したのは2000年3月のことでした。長い間、発生がなかったにもかかわらず、家畜伝染病の防疫関係者はすでに準備を整えており、3月21日に宮崎県から第一報が入ると同時に、国や県、畜産関係者、獣医師などによる迅速な対応がはじまりました。特に動物衛生研究所は、診断、抗体検査、ウイルスの分離、疫学調査など、防疫対応に重要な役割を果たしました。<br />
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2000年3月25日、第1例10頭を「偽似患畜」と診断、翌26日に通行遮断、殺処分、汚染物品埋却を完了。<br />
4月3日、第2例9頭を「偽似患畜」と診断、同日に通行遮断、翌日に殺処分、汚染物品埋却を完了。<br />
4月9日、第3例16頭を「偽似患畜」と診断、翌10日に通行遮断、翌日に殺処分、汚染物品埋却を完了。<br />
5月11日、全国のサーベイランスで発見された北海道の第4例705頭を「偽似患畜」と診断、翌12日に通行遮断、翌日に殺処分、汚染物品埋却を完了。<br />
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こうして、口蹄疫の発生は6月9日に終息し、9月26日には、発生からわずか6か月というスピードで、日本はOIE（国際獣疫事務局）からの「口蹄疫に関する清浄国」としての認定を回復しました。このときの教訓として得られたことは、ウイルスの伝染力が弱かったこと、豚に感染しなかったことなど幸運が重なったものであり、今後の口蹄疫発生に十分な準備をしなければならないということでした。<br />
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今回も最初の報告とともに対応がはじまり、4月20日に第1例目がPCR 検査で陽性が確認され、家畜伝染病予防法にもとづく防疫措置の対象となる偽似患畜と判断されました。その後の経過をみると、翌21日に第2例目、第3例目が、22日には第4例目が、23日には第5例目、第6例目が偽似患畜と判断されました。特に第6例目には豚2頭が含まれていました。この時点で、発生が間隔を置いており、豚への感染もなかった2000年とは様相が異なり、すでに水面下で感染が拡大していると判断すべきであったでしょう。<br />
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しかし、宮崎県や国は対応を現場にまかせ、強力な措置をとるという決断をしませんでした。むしろ、このころ、風評の拡大防止や「人間には感染しない」という国民を安心させるための対応に力点を置いていたようにも見受けられます。その間に、国民の財産が失われる事態が進行していたわけです。4月28日に第2回口蹄疫防疫対策本部が開催されました。ここが、国家的危機管理を発動する最後のチャンスだったかもしれません。<br />
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こうした経過で、私が一番気になっているのは、事例発生と同時に、国が、知識や経験が豊富な専門家の協力を積極的に仰ぐことがなかったのではないかということです。昨今、政治主導という言葉がよく使われますが、政治主導で口蹄疫を防ぐことはできません。ワクチン接種にふれた18日の牛豚等疾病小委員会の寺門誠致委員長代理は、2000年の発生時、家畜衛生試験場長として陣頭指揮に当たった人です。こうした専門家の意見を、国が早い段階で受け入れていたら、事態はもっと変わっていたでしょう。<br />
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口蹄疫は発生すると経済的な影響が大きいこともあり、OIE では、最も重要な家畜の伝染病と位置付けています。中国、香港、台湾、韓国など日本をとりまく国では最近、口蹄疫が発生しており、日本でも感染牛が発生することは十分予測できました。ウイルスはいくつかの経路で日本に入ってきます。2000年の発生は、中国から輸入された飼料用の藁にふくまれていたウイルスが原因と考えられています。<br />

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    <dc:subject>生物学・医学</dc:subject>
    <dc:date>2010-05-20T03:23:40+09:00</dc:date>
    <dc:creator>寺門和夫</dc:creator>
    <dc:rights>寺門和夫</dc:rights>
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