『サリュート 7』:ソ連時代の宇宙開発を楽しむ

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    Salyut 7CCCP in Space

     

    ソ連時代の宇宙ステーション、サリュート7号のレスキュー・ミッションを題材にした『サリュート 7』を観てきました。素晴らしい映画でとても楽しめました。

     

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    もちろんこの作品は完全なドキュメンタリー映画ではありません。実際に何があったかは、ここここここを読んでいただければ、おわかりになると思います。

     

    『サリュート 7』について少しふれると、この作品で重要な役割を演じている管制センター(TsUP)のフライト・ディレクターは、宇宙飛行士のワレリー・リューミンがモデルになっています。サリュート内がどのくらい寒いかを調べるために唾をはくシーンが出てきますが、実際にあったエピソードのようです。サリュート内に隠してあったウォッカを飲むシーンも出てきました。現在の国際宇宙ステーション内ではアルコール禁止です。ソ連時代の宇宙ステーションでも禁止されていましたが、宇宙飛行士はひそかにウォッカやブランデーを持ちこんでいました。宇宙飛行士本人から聞きましたから、間違いありません。時代は違いますが、ソユーズ1号のコマロフと妻ワレンチナの会話のエピソードも使われています。

     

    地上から送られてきた音楽は、Zemlyane(ゼムリャーネ)の「トラヴァ・ウ・ドーマ」(わが家の芝生)です。今でも宇宙飛行士がコスモノート・ホテルを出発する際に必ず流される音楽です。コスモノートのテーマソングといえるでしょう。

     

    エンドロールでは、ソユーズT-13号ミッションのフッテージが流され、ジャニベコフやサビヌイフ、そしてリューミンなどの姿が見られました。久しぶりにソ連の宇宙開発の世界にひたることができました。こうした映画を観ると、長い間、宇宙開発を取材してきてよかったと思います。


    サリュート 7:危険に満ちたレスキュー・ミッション(3)

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      Salyut 7Risky Rescue Mission (3)

       

      ソユーズT-13号のクルーは、サリュート7号との危険なドッキングに挑戦しなければなりませんでした。

       

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      通常の飛行では、ソユーズ宇宙船はまず地上から送られてくる追跡データをもとにサリュートに接近していきます。ソユーズとサリュートの距離が2025kmになると、自動ドッキング装置イグラが作動し、サリュートとソユーズは位置情報を交換しながら最終接近し、自動でドッキングします。しかし、今回はソユーズが単独で最終接近とドッキングを行わなくてはなりません。ジャニベコフはサリュートから距離3kmまで来たところで、操縦をマニュアルに切りかえました。ソユーズの姿勢をサリュートに対して横向きにし、窓からサリュートを目視しながら、少しずつ接近していきます。サビヌイフは刻々と変化するレーザー測距計の計測値をコンピューターに入力し、軌道計算をし続けました。

       

      ジャニベコフは距離200mまで接近したところでソユーズT-13号を停止させ、TsUPからの指示を待ちました。許可がでると、ジャニベコフは再び接近を開始し、サリュートの前部ドッキングポートの真正面にソユーズを移動させました。サリュートの姿はビデオカメラの画面と、コマンダー席にあるペリスコープでとらえることができます。その後、ジャニベコフはソユーズに回転を与えてサリュートの回転に合わせると、ゆっくりとソユーズを前進させました。

       

      この時の交信記録が残っています。「距離200m。エンジン作動。秒速1.5mでステーションに接近中。ステーションの回転はノミナル、安定している。捕捉した。われわれの回転を始める。太陽の位置が悪くなってきた・・・少し良くなった。ドッキング・ターゲットの軸が一直線になった・・・減速・・・コンタクト待ち」。ジャニベコフの言葉に続き、サビヌイフがTsUPに連絡してきました。「コンタクト。ドッキングした」。サリュートとソユーズは夜の領域に入っていましたが、ドッキングは最初の試みで見事に成功しました。

       

      2人はソユーズのハッチを空けました。まずサリュートのエアロックのハッチにあるピットホールを空けて、ソユーズとエアロックの気圧を等しくします。次にエアロックのハッチを開いて内部に入り、サリュート側のハッチのピットホールを空けて、内部の空気をサンプリングしました。有毒なガスが含まれていないかを調べるためです。有害ガスは認められませんでしたが、TsUPは念のため、2人がサリュート内に入る際にはガスマスクを着用するよう指示しました。防寒具を着用しガスマスクを着用した2人は、安全を確かめながらサリュート側のハッチを空けると、内部に入りました。

       

      サリュートの電源は切れ、内部は真っ暗でした。ひどく寒く、−10Cほどだったといわれています。水は凍っており、生命維持装置は動きませんでした。テーブルにはソユーズT-10 号のクルーが残していったクラッカーと塩のタブレットが置かれていました。新しく来たクルーを歓迎するためのロシアのしきたりです。

       

      ジャニベコフとサビヌイフは、わずかな小休止と体を暖めるためにソユーズに戻る以外は、ほぼ24時間働き続けました。「無重量状態では、生命維持装置のファンが動かないと、自分の吐いた炭酸ガスが大きなボールのようになって自分を包んでしまう。すると頭が痛くなり、手足が重くなり、眠くなる」と、ジャニベコフは語っています。そのため、作業は1人がサリュート内で行い、もう1人はソユーズで待機するという方法で行われました。サリュート内の作業で二酸化炭素中毒の症状が現れた場合、もう1人がすぐに救出できるようにするためです。下の画像は、サリュート7号にドッキングしたソユーズT-13号内のジャニベコフです。

       

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      下の画像は、サリュート内で作業するサビヌイフです。

       

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      サリュートには8個のバッテリーが積み込まれていました。そのうち6個は再充電が可能な状態でした。2人は太陽電池パネルからのケーブルをバッテリーに直接接続しました。こうした細かい作業は手袋をしていては能率が良くないため、2人は寒いにもかかわらず素手で作業をしたといいます。2人には急ぐ必要がありました。彼らが持ってきた水の量に限りがあり、それが尽きない間にサリュートを復旧させなければ、彼らは作業を中止して帰還しなければならなかったのです。

       

      太陽電池パネルとバッテリーの接続が終わると、ジャニベコフはソユーズを操縦し、太陽電池パネルが太陽の方向を向くようにサリュートの姿勢を変えました。1日後に5個のバッテリーの充電が終わり、2人はそれらをサリュートの電源系統に接続しました。スイッチを入れると、サリュート内の照明がつきました。サリュートのシステムは1つずつ復旧していき、613日、TsUPはサリュートとのコンタクトを回復しました。

       

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      ジャニベコフとサビヌイフは船外活動を行って、追加の太陽電池パネルを2枚、設置しました。また、交換が必要な部品や生活物資がプログレス補給船で運ばれてきました。

       

      こうして、サリュートは機能を回復しました。後の調査で、サリュートが電源を喪失した原因は、バッテリーがフル充電状態になると、太陽電池パネルとの接続をシャットダウンするセンサーの1個の不具合にはじまり、いくつかの事象が連鎖的に起こったためであることがわかっています。

       

      1985918日、ソユーズT-14 号がサリュートにやってきました。ジャニベコフは110日を宇宙で過ごし、ソユーズT-14 号でやってきたゲオルギー・グレチコとともに、926日にソユーズT-13号で地球に帰還しました。一方、サビヌイフは宇宙滞在を続けました。

       

      危険でこみいった任務を終えて、ジャニベコフは星の町に戻ってきました。下の画像は、星の町で行われた歓迎の様子です。当時はクルーが宇宙から帰還すると、こうしたセレモニーが行われていました。一番右がジャニベコフ、その隣は2人の娘インナとアリョーナ、そして妻のリリヤ、その左はグレチコとその家族です。きびしい訓練の合間に、ジャニベコフはよく妻や娘たちと近くの森に散歩に出かけたものでした。

       

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      過去5回の飛行でとれが最も困難であったかと聞かれて、ジャニベコフは次のように答えています。「たやすい宇宙飛行というものを期待してはいけません。現在も、近い将来も。宇宙飛行はきわめてコストがかかるので、限られた数の人間が非常に多くの役割をこなさなければならないのです」。

       

      その困難な宇宙飛行の意義を、彼は次のように語っています。「ガガーリンは初めて宇宙を飛んだ。チトフは初めて24時間も宇宙にいた。レオノフは初めて宇宙遊泳をした。彼ら以前には不可能だったものが、彼ら以後には可能になったのです。不可能から可能へのこの飛躍こそが進歩を実現し、未知の壁を打ち破るのです」。

       


      サリュート 7:危険に満ちたレスキュー・ミッション(2)

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        Salyut 7Risky Rescue Mission (2)

         

        ウラジーミル・ジャニベコフ(右)とビクトル・サビヌイフ(左)に与えられた任務は、漂流しているサリュート7号に乗り移り、すべての機能を回復させることでした。

         

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        次のクルーを待っていた無人のサリュート7号は1985211日、地上とのコンタクトを喪失しました。サリュート7号はソ連の宇宙計画にとって重要な役割をもつ宇宙ステーションでした。ソ連は当時、次の宇宙ステーション「ミール」を製造していましたが、打ち上げは1986年の予定でした。それまでサリュート7号が使えないとなると、ソ連の有人宇宙計画に大きな空白が生じてしまいます。ソ連にとってミール宇宙ステーションの打ち上げを待つという選択肢はありませんでした。なぜなら、アメリカは1981年にスペースシャトルを就航させ、次々と人間を宇宙に送り出していたからです。スペースシャトルは最終的には年間24回の飛行を目指していました。再び宇宙での存在感を増すアメリカに対抗するには、宇宙の難破船となったサリュート7号を救出することが必要でした。31日、ソ連はサリュート・レスキュー・ミッションの実行を決定しました。

         

        しかし、これは危険をともなうミッションになるはずでした。ソユーズ宇宙船とサリュート宇宙ステーションのドッキングは、「イグラ」(ロシア語で針の意味)というシステムによって自動で行われます。何らかの不具合が生じて自動ドッキングが行えない場合には、宇宙飛行士がマニュアルでドッキングすることもありますが、その場合もサリュート側のシステムがすべて停止しているわけではありません。しかし、今回のドッキングは、相手がまったく反応しない状況下でのドッキングになります。これはソ連にとって初めての試みでした。

         

        ソ連の宇宙飛行士は訓練時に必ずマニュアルでのドッキングを練習します。しかし、今回の危険なミッションを行うには、軌道上で実際にマニュアル・ドッキングを行った経験が必要と判断されました。当時、軌道上でそれを行った経験をもつ宇宙飛行士は3人、キジム、ユーリー・マリシェフ、そしてジャニベコフでした。このうち、キジムは長期滞在から帰還後のリハビリ中、マリシェフは飛行経験が少なく、今回のミッションで必要となる船外活動の経験がありませんでした。すでに4回宇宙を飛んだ経験をもち、優れた技量をもつジャニベコフ以外に、このミッションを行える宇宙飛行士はいなかったのです。

         

        ジャニベコフは1942年、ウズベキスタン共和国のイスカンダルに生まれました。一家はその後、タシケントに移り住みました。ガガーリンが人類初の宇宙飛行を成しとげた年に、ジャニベコフは練習機で初めて空を飛びました。ロシア空軍のパイロット時代に厳しい試験をパスし、ジャニベコフは1970年に宇宙飛行士訓練センターである星の町にやってきましたが、ガガーリンはこのときすでに世を去っていました。「彼に会えなかったことを、私はとても残念に思う」とジャニベコフは語っています。

         

        ジャニベコフの相棒となるフライト・エンジニアにはサビヌイフが選ばれました。サビヌイフはサリュート7号の各システムに精通しており、次の長期滞在ミッションのクルーとして訓練を開始していました。正式にT-13号のクルーとなった2人は、特別訓練を開始しました。

         

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        2人が乗りこむソユーズT-13号には大幅な改造が加えられました。3番目の座席や自動ドッキング装置は撤去され、食糧、水、推進剤が余分に積みこまれました。また、サリュートまでの距離や接近速度を測定できるレーザー測距計が設置されました。夜間でも見える赤外線ゴーグルも準備されました。

         

        こうして198566日、ジャニベコフとビクトル・サビヌイフが搭乗したソユーズT-13号は宇宙へ飛び立ちました。68日、飛行3日目、ソユーズT-13号はサリュートから10kmまで接近しました。サリュートは長軸を中心にゆっくり回転していました。サリュートをとらえたビデオカメラの映像は、モスクワ郊外にある管制センター(TsUP)にも送られました。

         

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        太陽電池パネルが太陽の方向を向いておらず、サリュートが電源喪失の状態にあるのは明らかでした。



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