系外惑星の大気に水を発見

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    Water in an Exoplanet’s Atmosphere

     

    NASAWASP-39bという系外惑星の大気から水を検出したと発表しました。WAPS-39bはおとめ座の方向にある太陽に似た天体WSP-39のまわりをまわっている惑星の1つです。距離は約700光年です。

     

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    大気成分の観測はハッブル宇宙望遠鏡とスピッツァー赤外線宇宙望遠鏡によって行われました。その結果が以下のグラフです。水蒸気(H2O)の存在を示すピークがいくつも見られます。

     

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    WASP-39bは土星と同じくらいの質量があり、WASP-39のまわりを4日間でまわっています。WASP-39からの距離は太陽〜地球間の20分の1以下(750km以下)とのことです。いわゆる「ホット・サターン」とよばれる惑星です。WASP-39bWASP-39にいつも同じ面を見せています。WASP-39からの強烈な輻射によって表側の大気が熱せられ、夜側に向かって風が吹いていきます。このような暑い天体なのですが、太陽系の土星よりも大量の水が存在していると、研究者は考えています。


    ISS第53/54次長期滞在クルー、地球に帰還

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      ISS Expedition 53/54 Crew Returns to Earth

       

      国際宇宙ステーション(ISS)の第53/54次長期滞在クルーが168日間の宇宙滞在を終えて、228日に地球に帰還しました。ソユーズMS-06で帰還したのはロシアのアレクサンダー・ミシュルキン宇宙飛行士、NASAのマーク・ヴァンデハイ宇宙飛行士およびジョセフ・アカバ宇宙飛行士です。降下中のソユーズ宇宙船の素晴らしい写真が撮影されています。

       

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      太陽が逆光となり、劇的な写真になりました。

       

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      雲を背景にしたメインパラシュートと宇宙船の美しい写真です。

       

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      降下するソユーズ宇宙船のアップです。

       

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      ソユーズMS-06はカザフスタンのジェズカズガン市近くの雪原に着陸しました。

       

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      ソユーズは真っ直ぐに立った状態で着地しました。そのため、回収チームが頂部にやぐらを組み、宇宙船内部をのぞきこんでいます。

       

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      これはソユーズ宇宙船内部から撮影した写真です。手前に写っているのがクルーです。

       

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      左からアカバ宇宙飛行士、ミシュルキン宇宙飛行士、ヴァンデハイ宇宙飛行士です。

       

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      背後にソユーズ宇宙船が写っています。


      トランプ政権の宇宙政策:オバマ時代の「失われた8年」を取り戻す

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        Trump’s Space PolicyRecover the “Lost Eight Years” of the Obama Era

         

        220日、ペンス副大統領はNASAのケネディ宇宙センターを訪問しました。220日は1962年にジョン・グレンがアメリカ初の地球周回飛行を行った日です。翌21日には同センターの宇宙ステーション整備棟で、第2回の国家宇宙会議が開かれました。国家宇宙会議の議長はペンス副大統領が務めています。

         

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        国家宇宙会議は民生、商業、安全保障などの代表が集まり、宇宙政策を大統領に提言する機関です。今回の国家宇宙会議のテーマは「月、火星、そしてその先の世界:次のフロンティアに到達する」で、主に民間企業の宇宙空間での活動を促進するための規制緩和について議論されました。

         

        ペンス副大統領は「201712月にトランプ大統領は、月と火星に向かうことを国家政策とする大統領令にサインした。NASAの研究開発は民間企業および国際パートナーとともに人類の活動領域を太陽系に広げる方向へ舵をとる。長期間の探査と利用のために月に戻り、火星や他の目的地に向かう」と語りました。先日発表された2019会計年度のNASA予算要求は、まさにそうした政策を実現する第一歩となっています。

         

        こうしたトランプ政権の宇宙政策は、オバマ大統領時代の「失われた8年」を取り戻し、再びアメリカが宇宙での強力なリーダーシップを築くことを目的としています。

         

        2003年のスペースシャトル、コロンビアの事故後、ブッシュ大統領は再び月を目指すコンステレーション計画をスタートさせました。その先には火星という目的地があり、アメリカは地球周回軌道を超えた宇宙空間でも確固たるリーダーシップを維持することが目標とされたのです。ところが、20091月に就任したオバマ大統領はすぐにNASAの探査関連の予算を削減しました。さらにオーガスティン委員会を立ち上げて、「火星に行くための途中の場所は月ではなく小惑星やラグランジュ点でもよい」という報告をまとめさせ、翌年にはコンステレーション計画をキャンセルしました。こうしてNASAは宇宙探査の目標を奪われました。

         

        オバマ大統領は宇宙が人類の未来にとって重要なフロンティアであることだけでなく、国際社会におけるアメリカのリーダーシップや国家安全保障の面でも重要な存在であることに無自覚な大統領であったといえます。

         

        オバマ大統領の就任期間中に中国の宇宙開発は目覚ましい発展を遂げました。軌道実験ステーション天宮1号、2号を打ち上げ、中国人宇宙飛行士が搭乗した神舟宇宙船がドッキングしました。独自の宇宙ステーションの建設や有人月着陸計画を明らかにし、2030年代にはアメリカと並ぶ宇宙強国になると宣言しました。また、多くの軍事衛星を打ち上げ、人民解放軍がGPSに頼らずに位置情報を入手できる衛星測位システム、ベイドゥを開発し、4回の衛星破壊実験を行いました。

         

        このためオバマ政権の末期には、このままではアメリカは宇宙空間でのリーダーシップを失ってしまうという危機感が強まりました。大統領選挙を控えた20169月には、議会で「われわれは中国との宇宙競争に負けつつあるのか?」という公聴会が行われたほどです。

         

        トランプ陣営は選挙中から”Make America Great Again” の一環として宇宙開発に力を入れることを明言していました。2017630日に、トランプ大統領はアメリカの宇宙政策立案のために国家宇宙会議を再開する大統領令にサインしました。国家宇宙会議は1989年に設立されましたが、1994年以降、活動していませんでした。

         

        再開された国家宇宙会議の第1回会合は201710月に開催されました。会議はワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館別館ウドヴァー・ヘイジー・センターの、スペースシャトル、ディスカバリーの展示の前で行われました。この会議で、以下の点が確認されました。

         

        アメリカは再び宇宙分野でリーダーシップをとる。

        宇宙政策を見直す。アメリカの繁栄、安全、アイデンティティは宇宙におけるリーダーシップにかかっている。

        政府と企業のパートナーシップをより強固にする。

        地球低軌道において商業活動、有人活動を継続的に行うための基盤を構築する。

        アメリカ人宇宙飛行士を再び月に送り、火星以遠に行くための基盤をつくる。

        アメリカの安全保障のため宇宙技術開発を促進させる。宇宙は国家安全保障にとって重要な分野であり、アメリカは宇宙においてリーダーでなければならない。

        45 日以内に大統領への提言を行う。

         

        再び月を目指すという201712月11日の大統領令はこうして実現したものであり、トランプ政権の新しい宇宙政策によって人類の活動領域を平和的に拡大するための明確な長期目標が示されました。しかし一方で、この政策には、宇宙で圧倒的優位に立つアメリカを猛然と追い上げている中国を念頭に置いた宇宙戦略の再構築という面もあります。


        ハンガーS:NASA 有人宇宙飛行の揺籃

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          Hangar SCradle of NASA’s Human Spaceflight

           

          ここここに書いたように、1962220日、ジョン・グレンはマーキュリー6号に搭乗し、アメリカ初の軌道周回飛行を成功させました。223日、ジョン・F・ケネディ大統領は当時ケープ・カナヴェラル空軍基地にあったNASA の施設を訪れ、グレンにNASA殊勲賞を授与しました。これはその時の写真です。ケネディの右がグレン、その隣が妻のアニー、そして娘のリンと息子のデイビッドです。デイビッドの右はNASA長官のジェームズ・ウェッブ、ケネディの左にリンドン・ジョンソン副大統領がいます。

           

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          背景の ”MANNED SPACECRAFT CENTER” の文字が誇らしげです。「ニュー・フロンティア」を掲げて登場した若い大統領、アメリカの未来を支える家族、宇宙を目指すために誕生したNASA。皆が若く、未来への希望に燃えていました。1950年代後半から1960年代はじめの、アメリカが最も輝いていた時代を象徴する写真の1枚といえるでしょう。

           

          この写真に写っている建物は、ケープ・カナヴェラル空軍基地のインダストリアル・エリアにあるハンガーS です。

           

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          ハンガーS はアメリカ空軍が1957年に建設しました。資材の保管等が目的でしたが、すぐにアメリカ海軍研究所(NRL)が人工衛星を打ち上げるヴァンガード計画のために使用することになりました。下の写真は、その頃のインダストリアル・エリアの入口です。

           

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          1958年に発足したNASA は、人間を宇宙に送るマーキュリー計画をスタートさせました。この計画に使用する施設として、ハンガーS 1959年に空軍からNASA に移管されたのです。

           

          19619月、テキサス州ヒューストンに有人宇宙計画のためのセンターが建設されることになりました。1024日、Manned Spacecraft Center(現在のジョンソン宇宙センター)が発足。これにともない、ハンガーS もこのセンターに属することになりました。ハンガーS の壁に ”MANNED SPACECRAFT CENTER” が表示されていたのは、そのような事情によります。

           

          ヒューストンの施設が完成する1963年までの間、ハンガーS NASA の有人宇宙計画の拠点となりました。ハンガーS には宇宙船のシミュレーター、宇宙船の気密をチェックするための真空チャンバー、マクダネル社の工場から運ばれてきたマーキュリー宇宙船の最終点検場、宇宙飛行士の居住区、医務室などが置かれていました。

           

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          マーキュリー計画の宇宙飛行士たちは日々の訓練をここで行い、打ち上げの日にはここでメディカルチェックを受け、宇宙服を着て発射台に向かったのです。帰還して回収されたマーキュリー宇宙船もハンガーS に持ち帰られ、点検を受けました。

           

          レッドストーン・ロケットによるマーキュリー3号と4号の打ち上げは第5発射台、アトラス・ロケットによるマーキュリー6号、7号、8号、9号の打ち上げは第14発射台で行われました。軌道上の宇宙飛行士と交信するミッション・コントロールはMCC(マーキュリー・コントロール・センター)で行われました。MCC はハンガーS とは別の場所に設置されていました。

           

          ハンガーS 1965年からは人工衛星ミッションに使用され、スペースシャトル計画の後期には、固体ロケットブースターの整備場所として使用されました。下の写真は1966年頃のインダストリアル・エリアで、矢印の建物がハンガーS です。

           

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          2011年のスペースシャトル計画の終了にともない、ハンガーS はその役目を終え、NASAはこの建物を撤去リストに入れました。ところが、ハンガーS はマーキュリー計画の歴史的遺産であるとして、この建物を保存する動きがはじまりました。さらに2015年にはスペースX社が6か月ハンガーS を借りたこともあり、ハンガーS はまだ解体にいたっていません。

           

          ハンガーS は、現在内部は空っぽで、建物の外側だけが残っているのみです。そのためNASA は、保存の対象にならないと考えているようです。しかしながら、ハンガーS 以外に、マーキュリー計画当時の面影を残す施設は残っていません。第5発射台があった場所は現在、空軍宇宙&ミサイル博物館になっています。第14発射台は整備塔などがすべて撤去された廃墟状態で、発射台に向かう道の入り口に、マーキュリー計画の記念碑が建てられているのみです。MCC の建物は2010年に解体され、コントロールルームの装置は、ケネディ宇宙センターのビジターコンプレックスに展示されています。

           

          下の写真はGoogle Earth で見た現在のハンガーS です。建物はかなり傷んでいるようですが、あの日、ケネディやグレンや多くの人が集まっていた場所はそのまま残っています。

           

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          ハンガーS NASA の有人宇宙計画の揺籃となった場所です。何とか保存されるといいのですが。


          フレンドシップ 7:アメリカ初の有人地球周回飛行(2)

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            Friendship 7:The First U.S. Astronaut to Orbit (2)

             

            ケープ・カナヴェラルのMCC(マーキュリー・コントロール・センター)はランディング・バッグが展開しているかどうか、確認することができないでいました。

             

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            グレンは3周目に入りました。ハワイの上空まできたとき、地上局が伝えてきました。「ランディング・バッグが展開しているというセグメント51 の表示が出ている。エラーだとは思うが、ケープはチェックしたいとのことだ。ランディング・バッグのスイッチをオート・ポジションにしてライトがつくかをみてほしい」。このとき、グレンは数秒間考えたと、後に書いています。スイッチを入れてグリーンのライトが点灯すれば、ランディング・バッグは展開していることがわかります。悪い状況ではあるものの、何が起きているかを把握することができるわけですが、このときグレンが考えたのは、別のことでした。もしも表示がエラーだった場合、スイッチを入れて、それが誤作動したら、バッグを本当に展開させてしまうかもしれない。

             

            しかし、グレンはそうしたこともすべて地上では考えた末のことだと理解し、スイッチを入れます。ライトは点灯しませんでした。グレンは大気圏再突入の準備に入ります。

             

            カリフォルニア上空でグレンは軌道離脱の逆噴射を行いました。地上局にいた同僚のウォーリー・シラーは「テキサスまでレトロパックをつけておくように」と指示します。レトロパックとは、3基の逆噴射エンジンを収めたパッケージのことで、ヒートシールドの外側にストラップで取り付けられていました。逆噴射終了後、レトロパックは切り離されます。

             

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            MCCでは、最後まで議論が続いていましたが、レトロパックを最後まで付けたまま再突入を行うという決断を下しました。ライトの点灯はエラーの可能性が高いが、確認ができない以上、安全策をとる必要があります。レトロパックをつけたままなら、ランディング・バッグが展開していたとしても、レトロパックのストラップがヒートシールドを船体に押し付けておく役目をします。

             

            テキサス上空まで来ると、地上局はグレンに「再突入の間、レトロパックを分離しないように」という指示を送りました。グレンはレトロパックを付けたままの再突入に懸念をもちます。「なぜだい?」「ケープが決めたことだ。ケープが理由を説明する」。ケープ・カナヴェラルとの交信範囲に入ると、MCCのアラン・シェパードが理由を告げます。「ランディング・バッグが展開しているかどうか、確認できない。レトロパックをつけたままでも再突入は可能だ。再突入に問題はない」。「了解した」と、グレンは答えました。

             

            数分後、降下するフレンドシップ7 は高温プラズマに包まれ、交信不能になるブラックアウトに入りました。グレンが窓の外を眺めると、レトロパックの破片が炎に包まれて飛んでいくのが見えました。3分後、交信が回復しました。「こちらフレンドシップ7。コンディションは良好だが、外は本物の火の玉だ。レトロパックの破片がずっと見えていたよ」。

             

            フレンドシップ7は4時間55分23秒の飛行の後、プエルト・リコ、サンフアン島の北西の海上に無事着水しました。ランディング・バッグのライトが点灯しており、バッグにもヒートシールドにも異常がなかったことを示していました。

             

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            下の画像は、帰還した直後のジョン・グレンです。フレンドシップ7 の大気圏再突入はマーキュリー計画の中で、もっとも緊張に満ちたものでした。地上のミッション・コントロールと軌道上の宇宙飛行士の関係がどうあるべきかについても、NASAは多くのことを学びました。グレンは地上がトラブル発生をすぐに知らせなかったことについて、次のように書いています。

             

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            「管制官たちは私に心配させたくなかったのだ。しかし、私の考えは違う。パイロットを暗闇の中にほうっておくべきではない。特に彼が本当のトラブルに見舞われていると思っているのなら。パイロットの仕事はいつも緊急の事態にそなえていることだ。そして、すべてを知らされていないなら、彼は十分にそなえることができない」。


            フレンドシップ 7 :アメリカ初の有人地球周回飛行(1)

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              Friendship 7:The First U.S. Astronaut to Orbit (1)

               

              1962年2月20日、ジョン・グレンによってアメリカ人初の有人地球周回飛行が行われました。

               

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              1961年4月12日、ソ連のユーリー・ガガーリンはボストーク1号で世界初の有人宇宙飛行を行いました。これによって、東西冷戦下での米ソの宇宙開発競争は加速されました。アメリカはガガーリンの飛行に遅れること23日、5月5日にマーキュリー宇宙船でアラン・シェパードを打ち上げました。しかし、打ち上げに使われたレッドストーン・ロケットは力不足で、シェパードは15分間の弾道飛行を行ったのみでした。7月21日のバージル・グリソムの飛行も弾道飛行でした。地球周回飛行を行うにはアトラス・ロケットが必要でしたが、当時、アトラスはまだ人間を乗せられる段階に達しておらず、試験打ち上げは失敗と部分的な成功をくり返していました。

               

              一方、ソ連は8月6日にゲルマン・チトフをボストーク2号で打ち上げ、地球を17周させることに成功しました。アメリカにとってもはや弾道飛行は意味をもたなくなり、3回目の弾道飛行はキャンセルされました。ジョン・グレンはアトラス・ロケットでの地球周回飛行に挑むことになったのです。

               

              グレンは自分が乗るマーキュリー宇宙船を「フレンドシップ 7」と名づけました。

               

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              フレンドシップ 7 の打ち上げは最初1961年12月20日に計画されていましたが、62年1月16日に延期されました。さらに1月23日、1月27日と延期されました。1月27日にグレンはせまい宇宙船の中で6時間も待たされましたが、悪天候のために打ち上げはまたしても延期となりました。2月4日に予定された打ち上げも延期になり、ようやく2月20日にグレンを乗せたマーキュリー・アトラスはケープ・カナヴェラルの発射台を離れたのでした。打ち上げは世界中に中継され、1億3500万人が見守ったといわれています。

               

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              フレンドシップ 7 は地球を周回する軌道に入りました。グレンが「発光する宇宙ホタル」を見たと報告してきたのは有名な話です。これは宇宙船から放出された水分が凍り、太陽光で輝いたものでした。フレンドシップ 7 は自動で姿勢制御されていましたが、地球を1周しかけたところで、ASCS(姿勢制御システム)にトラブルが発生し、宇宙船は左右にドリフトをはじめました。グレンは手動で姿勢を制御しなくてはならなくなりました。

               

              フレンドシップが2周目に入ろうとしていたころ、ケープ・カナヴェラルのMCC(マーキュリー・コントロール・センター)のコンソールに「セグメント51」のライトがともりました。大気圏再突入時には宇宙船の底に取り付けられているヒートシールド(熱遮蔽板)が宇宙船を高熱から守ります。ヒートシールドは着水前に本体から外れ、その下にあるエアバッグが膨らんで着水の衝撃を和らげます。セグメント51 のライトが点灯したことは、そのランディング・バッグがすでに展開し、熱遮蔽板がルーズになっている(ストラップでつながってはいる)状態を示しています。この状態で大気圏再突入を行えば、ヒートシールドが外れ、宇宙船は約2000度Cの高熱によって燃えつきてしまう危険性があります。

               

              フレンドシップ 7 は次の3周目で大気圏再突入を行うことになっていました。時間はあまりありません。ここから、MCCの緊迫した時間がはじまります。セグメント51 のライトが点灯したのはエラーか、それともランディング・バッグは本当に展開しているのか。問題を解決するための緊急会議がもたれましたが、グレンにこの状況は知らされませんでした。

               

              グレンは決められたフライト・プランを消化するのに追われる一方、相変わらず宇宙船の姿勢を手動で制御していました。インド洋上の船との交信で、グレンに指示がでます。「ランディング・バッグのスイッチをオフにしておくように」。オーストラリア、パースの地上局には同僚のゴードン・クーパーがいました。「ランディング・バッグのスイッチはオフになっているか?」「オフになっている」。「爆発音のような音を聞いたかい?」「いや」。グレンはヒートシールドに何か問題が起こっているのではないかと考えはじめます。



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