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ノーベル賞:トムソン・ロイター社の予測
Nobel Prize 2015:Thomson Reuters prediction

トムソン・ロイター社による今年のノーベル賞受賞者の予測が発表されました。同社の予測は毎年、この時期の恒例になっており、論文の引用データの分析をもとにしています。自然科学系の3賞の受賞者予測は以下の通りです。

医学生理学賞

小胞体内の変性タンパク質の検出と修復のメカニズムの発見
森和俊(京都大学)
ピーター・ウォルター(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)

制御性T細胞と特異的転写因子Foxp3 の研究
坂口志文(大阪大学)
アレクサンダー・ルデンスキー(メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター)
イーサン・シェバッハ(NIH)

腸内微生物叢のマイクロバイオームの研究
ジェフリー・ゴードン(ワシントン大学)

物理学賞

アト秒物理学
ポール・コーカム(オタワ大学)
フェレンク・クラウス(マックス・プランク研究所)

極低温における原子ガスとフェルミ凝縮体の生成
デボラ・ジン(アメリカ国立標準技術研究)

圧電ナノ発電機
ゾン・リン・ワン(ジョージア工科大学)

化学賞

細胞表面の人工修飾法の開発
キャロライン・ベルトッツィ(カリフォルニア大学バークレイ校)

ゲノム編集手法CRISPR-Cas9 の開発
エマニュエル・シャルパンティエ(MIMS)
ジェニファー・ドードュナ(カリフォルニア大学バークレイ校)

リチウム・イオン電池の開発
ジョン・グッドイナフ(テキサス大学オースチン校)
マイケル・スタンリー・ウィッティンガム(ビンガムトン大学)
STAP 細胞は存在せず
Final conclusion on STAP cells

『ネイチャー』誌に発表された2本の論文によって、STAP 細胞の存在は完全に否定されました。STAP 細胞が存在せず、その正体がES細胞であったことがほとんど間違いないことは、2014年末の理研調査委員会で報告されました。今回の論文は、この結論を厳密な研究論文の形で証明したことになります。

今回の論文では、STAP 細胞といわれていたものはFES1 とよばれるES 細胞からつくられたものであること、厳密な再現実験を133回行ったが、成功しなかったことなどが報告されています。

科学の研究も人間のすることですから、いろいろな間違いは起こります。それを実験で正していくことが科学であることを、今回の論文は示しているといえるでしょう。

私はSTAP 細胞の論文をはじめて読んだ時のことを思いだしました。もう1年8か月以上前のことになります。論文は「アーティクル」と「レター」の2本に分かれていました。STAP 細胞の作製を報告したアーティクル論文は、次のような文章ではじまっていました。

「ワディントンのエピジェネティック・ランドスケープによれば、体細胞の運命は、分化が進むにつれて決まっていく。ちょうど丘を下るように」

30歳の若い研究者である小保方晴子さんが書いたとは思えない格調高い書き出しでした。後に、STAP 細胞の実験を行ったのは小保方さんと若山照彦氏だが、論文の文章自体は笹井芳樹氏が書いたことが明らかにされました。そういわれてみると、発生生物学が専門で、論文執筆にたけた笹井氏らしい文章であることがわかります。

この書き出しを少し説明しましょう。コンラッド・ワディントンはイギリスの発生生物学者です。彼が1957年に発表した有名な概念図が「エピジェネティック・ランドスケープ」です。このランドスケープでは、細胞の分化が、丘の上から低いところへ下っていくことにたとえられています。丘の斜面にはいくつもの谷が刻まれており、それぞれの細胞はそれらの谷の1つを下っていきます。つまり、細胞は丘の上ではどんな細胞にもなれる能力を持っているのですが、丘を下るにつれて、ある特定の役割をもった細胞に分化していきます。谷は下るにつれて深くなり、細胞は隣の谷に移動することができなくなる。また、斜面をさかのぼって元の細胞になることもできない。これが、体細胞がたどる運命なのです。

「エピジェネティクス」とは、遺伝子の働きをコントロールする仕組みのことをいいます。分化したそれぞれの体細胞は、みな同じ遺伝情報をもっていますが、自分の役割をはたすために必要な遺伝子だけを発現させています。一方、必要のない遺伝子の働きは抑えられています。細胞分化とは、各細胞にエピジェネティクスが働いて、後戻りができなくなるプロセスということができます。

論文冒頭の文章は次のように続いていきます。

「分化した状態を逆に戻すためには、核移植のような物理的操作か、複数の転写因子の導入という遺伝的操作が必要と考えられている」

前者の「核移植」は、イギリスの発生生物学者ジョン・ガードンの仕事をさしています。1962年にガードンはカエルの体細胞の核を移植して、クローンカエルを誕生させました。これによって分化した体細胞が初期化されることが明らかにされたのです。核移植技術を使ってクローンマウス作製に世界で初めて成功したのが、当時ハワイ大学にいた若山氏でした。後者の「遺伝的操作」は、もちろん山中伸弥教授のiPS 細胞をさしています。

文章はさらに続きます。

「ここでわれわれは、核の直接的操作を行わなくても、単に外部からの刺激に対する応答によって、体細胞が初期化されるかどうかを調べてみる」

わずか3つのセンテンスで、これまでの生物学の歴史が的確にまとめられ、この論文がいかに画期的であるかが示唆されています。「読んでみなければ」と思わずにはいられない、魅力的な導入部でした。これらの文章からも分かるように、笹井氏は世界の発生生物学のメインストリームに早い時期から身を置き、自らの研究を大きなパースペクティブの中に位置づけていた研究者でした。その笹井氏を失ったことは、一連のSTAP 細胞問題の中で最大の悲劇でした。

『ネイチャー』誌の2012年8月23号には、笹井氏を取材した「ブレイン・メーカー」(脳をつくる人)という記事が掲載されています。笹井氏はその前年に、ES 細胞から「眼杯」を作ったという論文を『ネイチャー』に発表し、世界中から注目されていました。眼杯とは目のもととなる組織のことです。『ネイチャー』誌の記事では、医者としての道を歩み始めた笹井氏が、多くの病気、特に神経系の病気の基礎がわかっていないことに気付き、研究の道に転身したことが紹介されています。

笹井氏は、ES 細胞を使えば、外から影響を排除した環境で、細胞自らが体のさまざまな組織になっていくプロセスを調べることができる点に着目し、「自己組織化」とよばれる研究に取り組み、成果をあげていきました。笹井氏は、『ネイチャー』誌のインタビューで、自己組織化を次のようにたとえています。「男の子が女の子に会えば、彼らは自分たちの物語をつくりはじめる。まわりに人がいなくても。あなたは、二人を海辺かディスコに連れていくだけでいい。私たちのシステムは、そのような環境をつくるものだ」。

笹井氏にとって、自己組織化は自らのライフワークと考えている研究でした。STAP 研究がいかに魅力的であっても、笹井氏にとってメインの研究テーマになることはなかったでしょう。一方、自己組織化の研究をしていたがゆえに、笹井氏はSTAP 現象に興味をもったともいえるかもしれません。細胞が自らの力で分化していく生命の不思議を誰よりもよく知っていたが故に、外から遺伝子を導入しなくても、細胞内の未知の能力によって自らを初期化するSTAP 細胞に、笹井氏は特別の関心をもったのかもしれません。
ノーベル賞:今年受賞する研究は?
Nobel prize predicrtions

今年もまたノーベル賞の季節がやってきました。今年の受賞者発表日は、医学生理学賞が10月5日(日本時間で18時30分以降)、物理学賞が6日(同18時45分以降)、化学賞が7日(同18時45分以降)となっています。

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今年はどんな研究に賞が与えられるのでしょうか。私が気になっている研究をいくつかあげてみました。

医学生理学賞

ここ数年のうちに受賞が間違いないとみられているのは、ゲノム編集のための技術CRISPR/Cas9 を開発したジェニファー・ダードゥナです。MIT との特許問題がまだ解決していないこともあり、今年はまだ早いのではないかという見方もあります。いずれにしても、この技術がこれからの生物学に与える影響はきわめて大きく、今後の使われ方から目が離せません。

近年、疾病や老化などのメカニズム解明に、DNA塩基配列の変化によらず遺伝子発現が制御される仕組みであるエピジェネティクスが注目されています。遺伝子発現を制御しているDNA のメチル化、ヒストンの修飾など、エピジェネティクス関連の研究も有力な受賞候補といえるでしょう。

がんに関する研究にも、受賞候補がたくさんあります。乳がんに関係した遺伝子であるHER-2 の研究は、がんの分子標的治療に道を拓きました。BRCA1、BRCA2 はがんを抑制する遺伝子ですが、これらに変異が起こると乳がんの発生率が高まることが明らかになっています。女優アンジェリーナ・ジョリーが乳房切除の手術を行ったのは、検査の結果、これらの遺伝子に変異があることがわかったからです。がんの免疫療法に関する基礎研究も注目です。

細胞生物学の分野では、日本人研究者の仕事である細胞接着分子カドへリン、そして細胞の自食作用オートファジーの研究が注目されています。

DNA の塩基配列を超高速かつ大量に読むことができる次世代DNAシーケンサーや、発現している遺伝子を網羅的に調べることができるDNAマイクロアレイの開発はゲノム科学の発展に重要な役割を果たしました。

物理学賞

昨年は青色発光ダイオードの発明に対して与えられたので、今年は基礎研究や理論の分野での受賞が予想されます。ブラックホールの蒸発、時間順序保護仮説などエキサイティングな研究結果を次々と発表し、一般の人々に物理学の面白さを発信し続けているスティーヴン・ホーキングはいつ受賞してもおかしくない存在です。

また、毎年のように下馬評に上がるのが、量子コンピューターの分野で先駆的な研究をしたアントン・ツァイリンガーです。この分野にはさらに、量子スピンホール効果とトポロジカル絶縁体、あるいは量子テレポーテーションなど多くの興味深い研究があります。

素粒子物理学の分野では、ニュートリノに質量があることを示したニュートリノ振動の研究が注目されています。この研究にはスーパーカミオカンデの観測が非常に重要な役割を果たしました。その中心的存在だった戸塚洋二先生が亡くなってしまったのはとても残念なことです。

2014年3月に、宇宙誕生直後の重力波の痕跡を発見したというBICEP2 の観測データが発表されました。ところが、これが宇宙のちりに由来するものであることがわかり、観測は振り出しに戻ってしまいました。しかし、これを機会に宇宙の初期に起きたインフレーションに対する関心が高まりました。宇宙論の分野ではダークマターも注目すべき存在です。

化学賞

医学・生理学賞および物理学賞に関して述べた研究の中には、化学賞の候補となる研究もあります。

物質・材料系の分野では、相変わらずカーボンナノチューブの評価が高く、ナノワイヤや超伝導体などの研究にも受賞候補があります。

RAFT(可逆的付加開裂連鎖移動)重合は多様なポリマーを作るだけでなく、生体材料などより複雑な高分子材料をつくることもできる重合法として注目されています。

筋収縮や細胞の移動など可能にするモータータンパク質、HIV治療薬、タンパク質の折りたたみに関係するタンパク質シャペロンなども受賞の候補としてあげられています。

以上、3賞の候補を思いつくままにあげてみましたが、このほかにも多くの候補があり、その中には日本人研究者の仕事がたくさん含まれています。
中秋の名月とスーパームーン、そして皆既月食
Supermoon Lunar Eclipse

9月27日は中秋の名月です。旧暦の8月15日の夜にあたり、日本では古くから月をめでる「お月見」の風習があります。ぜひ、晴れてほしいものです。

ところで、9月の満月は1日ずれて9月28日になります。旧暦の15日は新月の日から15日目のことで、満月の日とずれることがあるのです。9月28日の満月は「スーパームーン」となり、さらに皆既月食が見られます。

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地球をまわる月の軌道は楕円であるため、地球に近づくときと遠ざかるときがあります。スーパームーンとは一般に、月が近地点にきたときの満月(および新月)をいいます。国立天文台の情報では、9月28日午前10時46分に月は地球に今年最も近づき、その距離は約35万6900kmになります。そしてその約1時間後の午前11時51分に満月の瞬間を迎えます。このときの月の視直径は約33.5分角とのことです。スーパームーン時の月のみかけの大きさは、遠地点で見える月の大きさの14%も大きくなります。

満月の瞬間は日本では昼間になるため、このスーパームーンの皆既月食を日本から見ることは残念ながらできません。これが見られるのは南北アメリカ、ヨーロッパ、そしてアフリカの西半分です。

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スーパームーン自体はめずらしい現象ではありませんが、スーパームーン時の皆既月食は1900年から5回しか起こっていません。下のNASA のお洒落なイラストに示されるように、1910年、1928年、1946年、1964年、1982年に起こっています。

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2015年の次の機会は2033年におとずれます。

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人々はどんな町から皆既月食を眺めるのでしょうか。
衛星エンケラドスの内部に液体の海
Global Ocean on Enceladus

土星探査機カッシーニの科学チームは、衛星エンケラドスの内部に全球にわたる液体の海があることを確認したと発表しました。下の図は、エンケラドスの内部を示したものです。エンケラドスは岩石のコアを氷の殻がおおう構造をしていますが、岩石層と氷の層の間に液体の海が存在します。

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エンケラドスの南極では殻の割れ目から噴き出す水蒸気のジェットが発見されており、内部に液体の水が存在すると考えられました。ただし、この水が局所的の分布しているのか、全球におよぶものなのかは、はっきりしませんでした。今回、科学チームは、土星のまわりをまわるエンケラドスの周期的なふらつき運動(秤動)によってエンケラドスの内部が変形するため、全球におよぶ液体の海が存在することをつきとめたとのことです。
ソユーズ宇宙船が帰還
Soyuz TMA-16M lands safely

ISS短期滞在クルーの2人、アンドレアス・モーゲンセン宇宙飛行士(ESA)とアイディン・アインベトフ宇宙飛行士(カザフスタン)、そして第43/44次長期滞在クルーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士(ロシア)が乗ったソユーズTMA-16Mが、9月12日午前9時51分(日本時間)にカザフスタンの草原に着陸しました。

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パダルカさんにとって今回のISS長期滞在は5回目の宇宙飛行でした。通算の宇宙滞在日数は879日となり、世界最長記録となりました。これまでの記録は、ロシアのセルゲイ・クリカレフさんの803日でした。

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ロシアのセルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士、モーゲンセン宇宙飛行士、アインベトフ宇宙飛行士が搭乗したソユーズTMA-18Mは9月2日に打ち上げられ、同日ISSにドッキングしました。この飛行は、ISSで1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリー宇宙飛行士とミカエル・コニエンコ宇宙飛行士のために帰還用の新しいソユーズ宇宙船を届けることが目的の1つになっていました。ソユーズ宇宙船の耐用日数は180日であるため、1年滞在を行うクルーの帰還用にソユーズ宇宙船を新しいものと交換することが必要なのです。また、パダルカさんが長期滞在を終え、ヴォルコフ宇宙飛行士と交代します。

ISSのクルーは9人となり、9月8日には地球との交信イベントが行われました。下の画像はその時のもので、前列左からケリー、アインベトフ、モーゲンセン、後列左から油井亀美也、パダルカ、ヴォルコフ、コニエンコ、オレッグ・コノネンコ、チェル・リングリン各宇宙飛行士です。

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地球に帰還した3人の宇宙飛行士はヘリでカザフスタンの首都アスタナに移動し、ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領による歓迎セレモニーに出席しました。
『シチズン・マーズ』:マーズワン計画の火星移住希望者
Citizen Mars:Candidates for Red Planet colonists

オランダの非営利団体マーズワンが進める「火星移住計画」の「入植者候補」5人を取り上げた動画『シチズン・マーズ(火星市民)』シリーズが、Engadget の英語版サイトにアップされました。「エピソード1」から「エピソード5」までの5本で、各5〜8分の長さです。Engadget のオリジナル・コンテンツとして制作されています。

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マーズワンは「2027年に最初の入植者を火星に送り込む」としています。移住した人々は地球に帰ってくることはできません。帰るための手段がないからです。

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Mars One

マーズワンは2013年にこの火星への片道切符を希望するボランティアを募集し、2015年2月に応募者20万人の中から100人(マーズ100)を選抜しました。『シチズン・マーズ』に登場しているのは、この中の5人です。

現在の技術を使って人間を火星に送るというマーズワンの「火星移住計画」は、技術的にみて不可能です。資金面、法制面、倫理面などからも実現可能性はなく、マーズワンは現在多くの批判にさらされています。その中で発表されたこの『シチズン・マーズ』は、5人の人物がなぜ火星に移住しようと考えているのかをドキュメンタリータッチで描いています。

この作品を観ることは、私にとって奇妙な体験でした。登場人物は、アメリカ、ロスアンゼルスで技術系の企業に勤め、ロッククライマーでもあるスー・アン・ピョン(女性、35才)、エジプト、カイロに住む保険会社のセールスマンでプロのバスケットボール選手でもあるムハンマド・サラム(男性、32才)、イタリア、トリエステの研修医ピエトロ・アリプランディ(男性、25才)、南アフリカ、ケープタウンに住む量子生物学の研究者アドリアナ・マレイス(女性、31才)、そしてインド、コーヤンブットゥールで機械工学を学ぶ学生シャラーダ・プラサッド(女性、19才)。計算された人選で、地域的にも文化的にも人類社会の多様性を示しています。ここで描かれているのは、NASA に代表される私たちがよく知っている火星への有人計画とはまったく異質な世界です。それぞれの登場人物は世界の片隅でそれぞれの人生の課題を抱え、それがゆえに火星に行くことを望んでいます。火星に行くことは地球での生活をすべて捨てることであり、家族や友人、恋人と永遠に離れ離れになることを意味しますが、それでもなお、彼らは火星に行きたいと切実に考えています。

私が「奇妙な体験」を書いたのは、以下のような意味です。おそらく、5人の登場人物の人生はリアルなものでしょう。しかし、マーズワンの虚構の計画の上に成り立つこの作品では、どこまでが現実で、どこからがドラマなのかが分からないのです。その結果、『シチズン・マーズ』は、エンターテイメントの領域を超えて、ある意味ではマーズワンの非常に出来の良いプロパガンダになってしまいました。しかし、この作品で描かれた彼らの人生の重みを、マーズワン財団が受け止めることはできないのです。

『シチズン・マーズ』では、地球への帰還が不可能という点が強調されています。しかし、人類はやがて火星との往復手段を確立するでしょう。エンターテイメント作品とはいえ、この点を強調しすぎた演出には違和感をもちました。

100人の候補者は次の段階で24人にしぼられ、2026年に火星へ旅立つのは4人とされています。『シチズン・マーズ』に登場した5人が選ばれるかどうかはわかりません。いつかは、彼らもマーズワンから離れ、別の道を歩むことになるでしょう。個人的には、私はカイロのムハンマドには、ビジネスマンとして成功してほしいと思っています。女性にとって制約の多い社会から抜け出そうという強い意志をもったインドのシャラーダには、ぜひ地上で大きな夢を実現してほしいと思います。

マーズワンをめぐる最近の動きを紹介しておきましょう。

2015年3月、マーズ100 の1人であるアイルランドの研究者は、マーズワンに懐疑的になったという見解を発表しました。「マーズワンの選考過程ではスカイプでの10分間の面接しか行われず、問題があった。マーズワンの計画は科学に対する悪いイメージを社会に与えてしまう可能性がある。それは私にとって悪夢のシナリオだ」。これに対してマーズワン共同創設者のバス・ランスドロプはデイリーメール紙で火星移住は実現可能と反論しました。

同じ2015年3月、マーズワンの「アンバサダー」であり、計画のサポーターと見られていたノーベル物理学賞の受賞者でユトレヒト大学教授のヘーラルト・トフーフトは、「火星移住にはもう少し時間とコストがかかる。2024年に移住計画が開始されるとは思っていない」と語りました。

マーズワンは2018年に入植者の活動をサポートするための着陸機と周回機を火星に向けて打ち上げ、2022年〜2023年に居住用モジュールを着陸させ、2024年に最初の入植者を火星に送り込むというスケジュールを発表していました。現在では、入植者を送る時期は4年ほど遅れています。2018年の着陸機と周回機の打ち上げ時期が変更されたという発表はないようですが、実際に準備がどこまで進んでいるか明らかではありません。宇宙関連企業2社(マーズワンによるとアメリカのロッキード・マーチン社とイギリスのサリー・サテライト・テクノロジー社)が計画の検討を依頼され、両社は報告書を作成しましたが、その後の動きはないようです。しかし、本当に2018年に打ち上げるのであれば、もう時間がありません。

マーズワンは2015年7月に宇宙開発企業パラゴンが作成した火星での環境制御・生命維持システム(ECLSS)の概念設計を発表しました。しかし、これはあくまで概念設計の範囲にとどまるもので、実際の開発に向けた動きはまだないとみられます。

マーズワンは火星移住計画に必要な予算を60億ドルとしており、その費用は投資会社またはクラウド・ファンディングで調達するほか、入植希望者の選抜・訓練過程や火星での生活の放映料でまかなうとしています。しかし、2015年2月、マーズワンは入植希望者の選抜・訓練を全世界で放映する予定だったテレビ番組の制作会社Endemol との契約が合意に至らなかったと発表しました。

2015年8月13日〜16日にワシントンDC で行われた火星協会の会議では、2日目に「マーズワンは実現可能か?」というセッションが開かれ、前年9月に「マーズワンの計画は現在の技術では不可能」という論文を発表したMIT の若手研究者たちとランスドロプが議論しました。ここでもランスドロプは、60億ドルの予算で2027年に人間を火星に送り込むのは可能と主張しました。

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