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「はやぶさ」が冥王星の地名に
New Horizons:Informal names on Pluto

ニューホライズンズの科学チームは、冥王星で一番目立つ白っぽいハート形地形に「トンボー地域」という名前をつけました。1930年に冥王星を発見したクライド・トンボーにちなんだものです。トンボーは当時、アリゾナ州のローウェル天文台で働いていました。このハート型の左半分は「スプートニク平原」とよばれています。世界初の人工衛星にちなんでいます。

今後の画像解析には、表面の各地域に名前をつけておいた方が便利です。科学チームは下のように、冥王星表面の主だった領域に名前をつけました。それらの中には、これまでの太陽系探査で大きな成果をあげた探査機の名前もつけられています。

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下はトンボー地域の右側(東側)の領域です。トンボー地域の東の地域はタルタロスと名付けられました。ギリシャ神話にでてくる冥界の名です。タルタロスの上の地域は「はやぶさ」と名付けられました。その左の紫色は「パイオニア」と名付けられています。

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下はトンボー領域の左側(西側)の領域です。緑色の大きな円形の地形は「バーニー」と名付けられたクレーターです。バーニーの右が「ボイジャー」、左が「ヴェネラ」、下が「バイキング」です。バーニーはヴェネティア・バーニーのことで、トンボーが発見した天体に「Pluto」という名をつけることを提案した女性です。彼女は当時11歳で、オックスフォードに住んでいました。

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ヴェネラの左には地溝帯があり、その左の地域は「ローウェル」と名付けられました。パーシヴァル・ローウェルはアメリカの天文学者。私財を投じて火星観測のためにつくったのがローウェル天文台で、その後、ここが冥王星発見の舞台となりました。ヴェネラのずっと下にあるクレーターには「エッジワース」、ローウェルのずっと下のクレーターには「オールト」の名がつけられています。ケネス・エッジワースはアイルランドの天文学者で、海王星の軌道の外側に小天体のベルトがあり、彗星はそこからやってくるという説を提唱しました。ヤン・ヘンドリック・オールトはオランダの天文学者で、太陽系を取り巻き、彗星の供給減となる「オールトの雲」を提唱しました。

天体の地名は国際天文連合(IAU)によって正式に承認される必要があります。したがって、現時点では、これらはまだ正式な名前ではありません。
油井さん、ISSへの長い1日(2)
ISS crew arrived at ISS(2)

打ち上げ予定時刻の4分ほど前、国際宇宙ステーション(ISS)がバイコヌール宇宙基地の真上を北東方向へ通過していきました。油井さんたちの乗ったソユーズTMA17-M は、これを追いかけるように打ち上げられます。

6時02分、ソユーズロケットの第1段と第2段が点火され、ロケットは発射台を離れました。

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離昇の瞬間までロケットを支えている4本の構造物が花びらのように開く独特の発射方式です。間近から見ることはできませんが、写真を拡大してみると、すごい迫力です。

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上昇するロケット第1段の4本のブースターが2分後に切り離されるのも、地上からよく見えました。ロケットは第2段のエンジンのみで上昇を続けます。

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ソユーズ宇宙船内の映像が送られてきました。右側の座席に座っているチェル・リングリンさんが見えます。手前にはマスコットが下がっています。今回は映画『スター・ウォーズ』のR2-D2 でした。ソユーズ・コマンダーのオレッグ・コノネンコさんが子供さんたちから贈られたものです。

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5分後、第2段が燃焼を終了して切り離され、第3段が点火されました。船内の別のカメラからの映像です。手前がコノネンコさん、向う側が油井さんです。油井さんの表情はR2-D2に邪魔されてあまりよく見えません。

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油井さんはカメラに向かって手を振ることもなく、マニュアルをしっかり見ています。シミュレーターがいかによくできていても、やはり実際の飛行とは異なります。おそらく油井さんはテストパイロットとしての習性が目覚め、9分間の飛行の間に五感のすべてを使って、ソユーズの性能をチェックしていたのではないでしょうか。

9分後、第3段が分離され、ソユーズは地球周回軌道に達しました。ソユーズの高度は約200km。ISS は高度約400km で、ソユーズの前方約3600km にいます。ソユーズはこれから地球を4周する間に軌道高度を上げながら、ISS に接近していきます。

ISS に接近したソユーズです。左側の太陽電池パネルが展開していません。しかし、飛行に影響はありませんでした。

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ソユーズのカメラから見たISS です。距離は100m。ソユーズのターゲットとなるドッキングポートが画面のほぼ中央に見えています。

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ドッキング直前のソユーズをISS から撮影しました。先端のドッキング・プローブが見えています。

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ドッキングの瞬間。日本時間で11時45分でした。

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ソユーズTMA17-M はロシアのラスヴェット(MRM1)に結合しました。ISS にはケリーさんたちが乗ってきたソユーズTMA-16M と、プログレス58 と60 も結合しています。

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リークチェックなどを行った後、日本時間で午後1時56分にソユーズ側のハッチが開かれました。クルーはコノネンコさん、リングリンさん、油井さんの順にISS に入室しました。スコット・ケリーさんに迎えられる油井さんです。

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入室の後、地上との交信が行われました。

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油井さんの宇宙からの最初のツィートは「無事に宇宙に到着しました。皆さんの地球は、皆さんと同じでとても美しいです」というものでした。一緒に載っていた油井さんの写真は見事なムーンフェイスでした。

翌日には「今日は宇宙での仕事始めの日でした」とツィート。いよいよ油井さんの宇宙での生活がはじまりました。油井さんのこれからの活躍を期待しましょう。
油井さん、ISSへの長い1日(1)
ISS crew arrived at ISS(1)

油井亀美也宇宙飛行士はISSでの長期滞在をはじめました。打ち上げ当日の油井さんを振り返ってみましょう。

打ち上げの約6時間前、現地時間では23日の0時過ぎ、クルーはレーニンスクのコスモノートホテルを出発します。ホテルの扉にサインするのが慣例です。油井さんはしっかりした字で、名前を書きました。

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油井さんが泊まったのは304号室。油井さんのサインの下に星出彰彦さんのサインが見えます。

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ホテルのロビーでロシア正教の神父から祝福を受けます。ソ連の時代には、この儀式はありませんでした。

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ゼムリャーネの歌『トラヴァ・ウ・ドーマ』に送られてホテルを出発。バイコヌール宇宙基地に向かうバスに乗りこみます。ビルディング254まで45分ほどかかります。

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バイコヌールのビルディング254に到着。ソコル宇宙服を着てチェックを行います。

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宇宙服のチェックを済ませた後、隣の「金魚鉢」とよばれる部屋で、関係者や家族とガラス越しに話をします。一番手前が油井さんです。

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ビルディング254を出発します。建物を出て、歩き始めるクルー。ソ連の時代からの見慣れたシーンですが、いよいよ宇宙へ出発という雰囲気が盛り上がってきす。私はこのシーンがとても好きです。

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宇宙への出発をロシア宇宙庁に報告します。宇宙庁責任者とクルーの足元を見てください。誰がどこに立つかはあらかじめ決められており、その場所はペンキで塗られています。油井さんは左側の座席に座るので、この写真では一番手前に立っています。

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バスに乗りこみ、サイト1の発射台に到着しました。

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発射台の前で記念撮影。神父も参加し、ロシアらしいというか、宇宙というテクノロジーと古くからの宗教が一緒になった何とも興味深い光景です。

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いよいよソユーズに搭乗です。エレベーターに乗りこむクルー。ここにも飛行の安全を祈る神父が。

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皆に手を振るクルー。ここから先、エレベーターに乗って上に行けるのはクルーの他、2名のスタッフだけと決まっています。

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クルーの搭乗が完了するのは、打ち上げの約2時間前です。打ち上げ45分ほど前には、整備構造物が展開し、ソユーズロケットがその全容をあらわしました。

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ソユーズ船内で必要なチェックを終えた後、クルーは打ち上げを待ちます。ガガーリンの時からの伝統で、打ち上げ直前まで、船内には音楽(ラブソング)が流れてきます。
ソユーズ宇宙船、左側の太陽電池パネル開かず
Soyuz TMA-17M docked to ISS with one solar array undeployed

油井亀美也宇宙飛行士の搭乗したソユーズTMA-17M は打ち上げから約6時間後の午前11時45分(日本時間)に、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。このときISS からスコット・ケリーさんが撮影した写真には、左側の太陽電池パネルが開いていないソユーズが写っていました(ソユーズは天地逆の姿勢で接近しています)。

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ソユーズは打ち上げから9分間後に第3段から切り離され、地球を周回する軌道に達します。クルーはこの瞬間から多忙になります。特に、地球を4周して6時間後にランデブー・ドッキングするようになってからは、クルーは休む暇もなく作業を続けます。油井さんたちもすぐに宇宙船の状態をチェックし、各システムを起動していきました。ところが、ここでソユーズに1つ、問題が発生しました。ソユーズは地球周回軌道に達するとすぐに、下のCGのように、4つに折ってあった左右の太陽電池パネルを展開します。

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ところが、左側の太陽電池パネルの展開が確認されなかったのです。しかし、モスクワ郊外にある管制センターTsUP は早々に結論を下しました。TsUP の責任者であるウラジーミル・ソロヴィヨフは直接、ソユーズ宇宙船コマンダーのコノネンコ宇宙飛行士と交信し、「4周6時間のランデブー・ドッキングへGO」と伝えました。太陽電池パネルからの充電が必要になる前に、ソユーズのバッテリーだけで軌道変更を行い、ISS にドッキングすることが可能だからです。

ソユーズTMA-17M はISS とのドッキングを果たし、左側の太陽電池パネルはドッキングの直前に展開しました。

結局、何もトラブルは起こりませんでしたが、ロシアでは今後、これが問題になるかも知れません。なぜなら、同じようなことが2014年9月に打ち上げられたソユーズTMA-14M でも起きていたからです。このときにも左側の太陽電池パネルが展開しませんでした。下が、ISS に接近中のソユーズTMA-14M です。展開していなかった左側の太陽電池パネルは、ドッキング後に展開しました。

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このとき、ロシア宇宙庁は原因を調査し、対策をとったはずでした。しかし同じ問題が起こってしまったのです。プーチン大統領は、このところのロケットや衛星・探査機の失敗を重視し、つい最近、ロシア宇宙庁(ロスコスモス)を統一ロケット・宇宙会社と合併して、新たに国営企業ロスコスモスを設立する法律にサインしました。ロシアはこれまで態度を保留していた2024年までのISS 計画参加も表明したばかりです。宇宙開発体制の再編と強化が緊急の課題となっています。
油井さん、宇宙へ
Expedition 44/45 crew to the International Space Station

油井亀美也宇宙飛行士ら第44次/第45次長期滞在クルーを乗せたソユーズTMA-17M は、6時02分(日本時間)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。

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素晴らしい打ち上げでした。私は油井さんの地元、長野県川上村で皆さんと一緒に打ち上げを見守りました。ソユーズ宇宙船は、6時間後には国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングの予定です。
油井亀美也宇宙飛行士:パイロットの誇り
Kimiya Yui:Test-Pilot Astronaut

下は、バイコヌール宇宙基地でソコル宇宙服の点検を行う油井さんら第44/45次ISS長期滞在クルーの写真です。

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ブルースーツの油井さんが胸につけているネームタグが、他の宇宙飛行士のネームタグと違うデザインになっていることにお気づきの方もいると思います。下が油井さんのネームタグです。

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NASA の宇宙飛行士室は、各宇宙飛行士のネームタグを制作し、支給しています。宇宙飛行士が民間の出身の場合、翼の間に宇宙飛行士室のシンボル(星と3本の光線、そしてリング)を置いたウイングマークが使われています。例えば下は、油井さんと同じクルーのチェル・リングリンさんのネームタグです。

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ちなみに3本の光線が通り抜けるリングは地球周回軌道をあらわしています。このシンボルはアポロ計画の頃からNASA で使われてきました。日本人宇宙飛行士のネームタグにもこのデザインが使われてきました。

宇宙飛行士が軍の出身の場合、それぞれの所属のウイングマークに宇宙飛行士室のシンボルを組み合わせています。例えば、アメリカ空軍出身の宇宙飛行士の場合は、星と盾に宇宙飛行士室のシンボルを組み合わせて銀色の糸で刺繍しています。下は、6月にISS 長期滞在から帰還したテリー・ヴァーツさんのネームタグです。

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アメリカ海軍出身の宇宙飛行士の場合は、錨と盾に宇宙飛行士室のシンボルを組み合わせて金色の糸で刺繍します。下は、現在、ISS で1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリーさんのネームタグです。

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油井さんのウイングマークは、航空自衛隊のパイロットの徽章(下)をもとにデザインされています。鷲と桜の組み合わせで、銀色の糸で刺繍されています。また、その左下の青いマークは、油井さんがテストパイロットとして所属していた岐阜の飛行開発実験団のマークです。

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そのようなわけで、油井さんのネームタグは、これまでNASA になかったデザインになっています。日本人宇宙飛行士としての、さらに航空自衛隊のパイロット出身者としての誇りと責任を胸に、油井さんはいよいよ宇宙へ飛び立とうとしています。
カザフのライトスタッフ
Kazakh’s Right Stuff

油井さんが国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中に、ソユーズTMA-18M によるタクシーフライトがあります。タクシーフライトとは、短期滞在クルーが搭乗するフライトで、現在1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリー宇宙飛行士(右)とミカエル・コニエンコ宇宙飛行士(左)の帰還用ソユーズ宇宙船を交換するために行われます。

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ソユーズ宇宙船の耐用日数は200日間とされています。そのため、2人が乗ってきたソユーズTMA-16M は、帰還時には耐用日数が過ぎてしまうのです。そこで、TMA-18M でISS にやってきたクルーは10日間ISSに滞在した後、TMA-18M を残し、TMA-16M で帰還します。タクシーフライトによるソユーズ宇宙船の交換は、ミール宇宙ステーションの時代にはよく行われていました。

TMA-18M は9月1日に打ち上げの予定です。ロシアのセルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士と、ESA のアンドレアス・モーゲンセン宇宙飛行士の他、サラ・ブライトマンが宇宙旅行者として搭乗することになっていました。しかし、ブライトマンは5月に飛行をキャンセルしました。ブライトマンに代わって搭乗するのは、カザフスタンの宇宙飛行士、アイディン・アイムベトフです。ヴォルコフは、現在ISS に滞在しているゲナディ・パダルカ宇宙飛行士と交代して長期滞在に入ります。モーゲンセンとアイムベトフは9月11日に、パダルカとともに地球に帰還します。

ミグ27 とスホーイ27 のパイロットであるアイムベトフは2002年にカザフスタンの宇宙飛行士に選ばれ、2003年から2009年まで、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を受けました。

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ロシアとカザフスタンの間の契約で、アイムベトフの飛行は2009年に予定されていましたが、リーマンショックに端を発した世界的な経済危機のため、飛行は見送りとなりました。アイムベトフと一緒に訓練を受けたもう1人のカザフスタンの宇宙飛行士、ムクター・アイマカノフはソユーズ搭乗の機会を得るために国籍をロシアに移しました。しかしアイムベトフは「私はカザフスタンの旗の下で飛びたい」と語ったと、カザフスタンの宇宙機関Kazcosmos のウェブサイトは述べています。

アイムベトフは帰国後、カザフスタンに宇宙開発研究所を設立、また宇宙飛行士養成のための学校も設立しました。

アイムベトフは今年の4月11日にカザフスタンの新聞のインタビューに答えて、ロシアでの訓練の体験などを語っています。インタビューの頃は、彼の飛行がどうなるか、まったく不透明でした。彼はこの難しい状況に関して「宇宙飛行というものは、劇場のチケットを買うのとはちがう。(ISS計画に参加している)17か国以外の国の宇宙飛行士が宇宙を飛ぶことは可能だ。いつか道は開けるだろう」と語っていました。

アイムベトフは、トクタル・アウバキロフ、タルガ・ムサバエフにつづきカザフスタンで3人目の宇宙飛行経験者となります。

アウバキロフのソユーズTM-13 による飛行は1991年で、ソ連崩壊が目前に迫った時でした。ソ連は資金不足のため、予定されていた2回のソユーズの飛行を一緒にしてしまいました。そのため、ソユーズTM-13 には短期滞在のアウバキロフとオーストリアのフランツ・フィーボックが搭乗し、ロシア人宇宙飛行士はアレクサンドル・ヴォルコフのみでした。そのため、TM-12 による帰りのフライトで地球に戻るはずだったセルゲイ・クリカリョフはミールに残らざるを得ず、その間にソ連は崩壊しました。地球に帰還したクリカリョフは「最後のソ連市民」といわれたものでした。

ムサバイエフは1994年と1998年にミールで2度の長期滞在を行い、さらに2001年にはソユーズTM-31 のクルーとして国際宇宙ステーションを訪れています。

ロシアの宇宙開発にとって、カザフスタンは重要な国です。ロシアは極東にボストチヌイ宇宙基地を建設しており、いずれは人工衛星の打ち上げも、有人宇宙船の打ち上げもここから行う計画です。しかし建設工事は遅れており、まだ当分の間はカザフスタンからバイコヌール宇宙基地を借りる必要があります。また、コロリョフやガガーリン以来のロシア宇宙開発の歴史そのものといえるバイコヌールを完全に手放すことができるかどうか疑問です。

ロシアはベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスとともに「ユーラシア経済同盟」を発足させています。強いロシアを目指すプーチン大統領にとって、資源大国カザフスタンは経済の面でも非常に重要な位置を占めています。カザフスタンの宇宙飛行士のソユーズ搭乗には、こうした側面があるのも事実です。
油井亀美也宇宙飛行士の打ち上げ迫る
Expedition 44/45 crew at Baikonur Cosomodrome

油井宇宙飛行士の打ち上げ日(7月23日)が近づいてきました。モスクワ郊外のガガーリン宇宙飛行士訓練センターを出発し、バイコヌール宇宙基地に到着、さらに打ち上げ当日まで、ISSクルーはロシア有人宇宙飛行の伝統的儀式を次々とこなしていきます。それらについては最近ではよく知られるようになり、JAXA のウェブサイトでも紹介されています。このブログでも2011年6月の古川聡さんの打ち上げの際に紹介してありますので、興味のある方はそれらをご覧ください。

油井さんたち第44/45次ISS長期滞在クルーは、7月10日にバイコヌール宇宙基地に到着しました。下がそのときの写真です。

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翌11日、クルーは早速ビルディング254 で、搭乗するソユーズTMA-17M の帰還モジュールのチェックを行いました。左からチェル・リングリン宇宙飛行士(アメリカ)、オレッグ・コノネンコ宇宙飛行士(ロシア)、そして油井さんです。

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その後、クルーは同じビルディング254 内で、打ち上げ時に着るソコル宇宙服の装着点検(フィットチェック)を行いました。各宇宙飛行士の体形に合わせて作られたライナー(打ち上げと着陸に際の衝撃から宇宙飛行士を守る衝撃緩衝材で、それぞれの座席に装着される)のチェックも行いました。

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クルーはその後、ソコル宇宙服を装着したまま、もう一度ソユーズTMA-17M に戻って、内部のチェックなどを行いました。

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ソユーズに乗りこむ油井さんです。

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油井さんはソユーズ宇宙船のコマンダーであるコノネンコさんの補佐をするレフトシートに座ります。打ち上げ時の操作を確認しています。

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12日、クルーは滞在しているコスモノートホテルの前で、ロシア、アメリカ、日本、カザフスタンの国旗を掲揚する伝統的儀式を行いました。

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13日、ソユーズTMA-17M の帰還モジュールの上に居住モジュールが結合されました。燃料や圧縮ガスが充てんされ、ソユーズロケット組立棟であるビルディング112 に運ばれました。

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14日には、TMA-17M の最終チェックが行われ、フェアリングがかぶせられました。

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ソユーズTMA-17M を乗せたロケットが発射台に向けてロールアウトするのは、打ち上げ3日前の7月20日です。ロールアウトがはじまるのは現地時間で午前7時と決まっています。
非常に若い冥王星とカロンの表面
Close up images of Pluto and Charon

ニュー・ホライズンズによる最新の画像が公開されました。

下は、冥王星の赤道付近のクローズアップ画像です。高地にあたる場所です。地平線付近に高さが3000m を超す氷の山地が連なっています。衝突クレーターが見られず、科学チームは、表面の地形の年齢は1億年程度と非常に若いと考えています。

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下は衛星カロンです。表面はやはり非常に若く、裂け目と思われる地形が長く伸びています。北極域には黒っぽい物質が分布しています。

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冥王星やカロンは活動を停止した凍りついた天体ではなく、今でも活発な活動が続いているかもしれません。
ニュー・ホライズンズ:冥王星最接近を果たす
New Horizons:Closest approach to Pluto

ニュー・ホライズンズは7月14日午後8時49分(日本時間)、冥王星に最接近を果たしたとみられます。下の画像は、7月13日、冥王星最接近の直前に、76万8000km の距離から撮影されたものです。

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多くのクレーターが確認できます。白っぽいハート形もディテールが見えてきました。赤道付近の暗い領域やハート形の部分は平坦でなめらかなようですが、その周囲には凹凸のある地形が広がっています。

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上の写真は、最接近の瞬間に向けてカウントダウンが行われたジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)での様子です。
冥王星と衛星カロンのサイズが明らかに
New horizons:Size of Pluto and Charon

新たに発表された冥王星の画像です。7月11日に取得された高解像度望遠カメラLORRIの画像に、メインカメラであるRalphのカラーのデータを重ねてあります。

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ニュー・ホライズンズの科学チームは、観測によって得られた冥王星と衛星カロンのサイズを発表しました。

それによると冥王星の直径は2370kmでした。私も使ってきたこれまでの推定値2300kmに比べて少し大きなサイズでした。そのため、2.050g/cmとされてきた冥王星の密度は少し小さくなります。このことは冥王星の氷の量がこれまで考えられていたよりも多いことを意味しています。カロンの直径は1208kmでした。これは、これまでの推定値とほぼ同じ数字です。

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地球と比較してみると、冥王星とカロンの大きさを実感することができます。

地球を野球のボールとすると、冥王星はパチンコの玉とほほ同じ大きさになります。地球と冥王星の現在の距離は約48億劼任垢ら、そのパチンコ玉は、野球ボールの地球から10km先にあることになります。

見えてきた衛星カロンの表情
New Horizons:Charon’s chasms and craters

ニュー・ホライズンズが7月11日に撮影した衛星カロンの画像です。

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カロンの表面がくわしく見えてきました。衝突クレーターと見られる地形や割れ目のような地形を確認することができます。また、北極周辺には暗い領域が広がっています。
冥王星の裏側:不思議な地形の最後の画像
Pluto’s far side:The last shot of puzzling spots

ニュー・ホライズンズは冥王星に接近中です。新たに発表された画像は7月11日に撮影されたもので、ニュー・ホライズンズが7月14日に冥王星に最接近した時に見える半球のちょうど裏側にあたる面を撮影したものです。したがって、この画像は、冥王星の「裏側」については最後の、そして最も詳しい画像ということになります。

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赤道付近に見られた不思議な黒い斑点状の地形は、より複雑な形をしていました。「海」のような平らな地形のように見えます。また、そのすぐ上には、衝突クレーターと見られる円形の地形も見られます。

下の画像では、冥王星の自転のために左側に新しい面が見えてきています。明るいハート形の地形も姿をあらわそうとしています。

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赤道近くの暗い領域の縁には「崖」のような地形も見られます。

バイコヌール宇宙基地の建設
Criation of Baikonur Cosmodrome

油井亀美也宇宙飛行士は7月23日に、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から飛び立ちます。ロシア宇宙庁は6月2日にバイコヌール宇宙基地設立50周年を祝いました。バイコヌール宇宙基地はどのようにして建設されたのでしょうか。

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現在、ソユーズ宇宙船やプログレス補給船を打ち上げているソユーズ・ロケットは、セルゲイ・コロリョフが開発した大陸間弾道ミサイルR-7がオリジンです。そのR-7のために、1954年、ソ連は新しい打ち上げ実験場を建設することにしました。多くの候補地が検討された結果、現在バイコヌール宇宙基地のあるカザフスタンのチュラタムが選ばれました。当時のチュラタムはモスクワとタシケントを結ぶ鉄道の駅とそれに付随した小さな建物が数棟あるだけで、周囲には広大なステップが広がっていました。チュラタム駅からはかつて銅の採掘のために敷設された鉄道が北に伸びていました。

この場所が選ばれた理由は次のようなものでした。
・アフガニスタンやイランとの国境から1600km以上も離れていて、西側のスパイが侵入することは不可能。
・降水量が少ない。
・無人の土地が広がっており、打ち上げたロケットの第1段や第2段の落下場所を確保できる。またロケットが制御不能になって落下しても安全。
・ロケット打ち上げ時に追跡管制を行う地上局を打ち上げ場から400km以上離れた場所に設置可能。
・鉄道がすでに敷設されていて、輸送が容易。
・他の候補地より南にあり、その分だけ打ち上げ時に地球の自転力をよけいに利用できる(これは、特にコロリョフが強調した点でした)。

1955年1月、先遣隊がチュラタムに到着し、工事が開始されました。工事はまず、サイト1(現在のソユーズ・ロケットの発射台のある場所)へ通じる道路を建設することからはじまりました。1955年6月2日、ソ連国防省はチュラタムを新しいロケット打ち上げ実験場とすることを正式決定しました。これがバイコヌール宇宙基地の公式の設立日となったのです。

工事は過酷な自然条件の中で行われました。チュラタムの夏は50度Cもの高温、冬はマイナス25度Cという寒さになります。工兵たちは最初テント暮らしでしたが、数年後にはチュラタム駅の南側、シルダリア川に面した場所に居住用の建物が建設さられていきました。ここが発展して、現在のレーニンスクの町ができあがります。当時は「ザーリャ」(夜明け)とよばれていました。

ロケット発射台のための掘削工事は1955年6月にはじまりました。この場所を見学した方ならお分かりと思いますが、発射台の場所には巨大なピットが掘削されており、そこに「スタジアム」とよばれた鉄骨とコンクリートの発射台が設置されています。打ち上げの際、ロケットの噴射はこのピットから横方向に曲げられて逃がされます。人類が掘った最大の穴といわれたこのピットの掘削はわずか3か月で完了しました。

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発射台自体の工事は1955年7月からはじまりました。打ち上げの際にロケットを支持している構造物が花びらのように開くこの発射台を設計したのはウラジーミル・バーミンです。打ち上げ時の振動テストなどは現地でできないため、バーミンはすべての試験をレニングラードで行い、その後部材を分解して、1956年10月に鉄道でチュラタムに運びました。同じ頃、チュラタムからサイト1への道路工事も完成しました。

1957年4月、打ち上げ実験基地は完成しました。発射台、ロケットの最終組み立てを行うMIK、液体酸素用プラント、2か所の追跡ステーション(ヴェガとサターン)などが揃いました。R-7の打ち上げ実験は1957年5月から始まりましたが、失敗が続きます。R-7はケロシンと液体酸素を使う液体燃料ロットであり、核弾頭ミサイルとして実戦配備するのは困難でした。しかし、R-7は1957年10月にスプートニク1号を打ち上げます。1961年には、ユーリー・ガガーリンを乗せたヴォストーク1号を打ち上げます。こうして、R-7は現在のソユーズ・ロケットへと改良を重ねていきます。

ガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行が成功した際、ソ連は打ち上げ基地の場所をチュラタムではなく、「バイコヌール」と発表しました。実際のバイコヌールはチュラタムの北東約370kmにある町です。ソ連は実際の場所を西側に知られないようにしたのです。もっとも、アメリカはそれ以前に、U-2偵察機によってその位置を正確につかんでいたのですが。
冥王星とはどのような天体か?
Pluto:Icy object outside of Neptune's orbit

冥王星探査機ニュー・ホライズンズは、6年半、50億kmにおよぶ飛行の後に、いよいよ7月14日に冥王星に最接近しようとしています。

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表面の地形も次第にはっきりと見えてきました。ニュー・ホライズンズがどのような冥王星の姿を送ってくるのか楽しみです。冥王星がどのような天体なのかをまとめておきましょう。

冥王星は1930年にクライド・トンボーによって発見され、以後、太陽系の一番外側をまわる惑星として親しまれてきました。

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人類がまだ間近から見たことのない最後の惑星、冥王星を探査するために、NASAのニュー・ホライズンズが打ち上げられたのは2006年1月19日のことでした。ところが、その年の8月にプラハで行われた国際天文連合(IAU)の総会で、冥王星は惑星の座を降り、「準惑星」となることが決定されました。冥王星の軌道よりも遠方に、冥王星と同等の大きさの小天体が多数存在することが分かってきたため、惑星の定義が改めて議論されたのです。

現在、準惑星には冥王星の他、小惑星の中でサイズが一番大きかったケレス、冥王星の軌道の外側をまわるエリス、ハウメア、マケマケが分類されています。冥王星を含む海王星以遠の天体はエッジワース・カイパーベルト天体(EKBO)、カイパーベルト天体(KBO)、あるいは太陽系外縁天体(TNO)などとよばれています。

冥王星の直径は約2300kmで、地球の月よりも小さい天体です。太陽を1周するのに248年かかります。1日の長さは約6.4日で、地球とは逆向きに回転しています。

冥王星は氷と岩石の天体で、メタン、窒素、一酸化炭素、水などからなる氷で表面がおおわれています。冥王星の内部構造はほとんど分かっておらず、氷の層がどのくらいの厚さかも分かりません。もしかすると、氷の層と岩石のコアとの間に海(液体の層)が存在するかもしれません。木星の衛星であるエウロパ、カリスト、ガニメデ、土星の衛星のタイタン、エンケラドス、海王星の衛星トリトンにも内部に海があると考えられています。

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冥王星にかすかな大気が存在することが分かっています。冥王星表面での気圧はわずか3~100マイクロバール(地球表面の100万分の3~1万分の1)しかなく、表面の氷が気化し、宇宙空間に逃げていると考えられます。

冥王星の衛星の1つ、カロンは直径が1200kmで冥王星の約半分の大きさをもちます。内部の構造は分かっていません。岩石の上に氷の層があるのかもしれませんが、岩石と氷が均質に混ざっていて、層構造にはなっていないのではないかという考えもあります。
冥王星:はっきりと見えはじめた表面の地形
Pluto:Signs of geology

ニュー・ホライズンズから送られてきた最新画像です。高解像度望遠カメラLORRI が7月9日に撮影しました。冥王星までの距離は540万km です。冥王星のオリエンテーションは右下に示されています。上が北極、下が赤道域です。

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一番下に「クジラ」の「尾」の部分が見えています。その上(北)に複雑なパターンが帯状になっているのが分かります。また、多角形の一部のような直線状の地形も見られます。
NASA、商業宇宙船のための宇宙飛行士チームを指名
Launch America:NASA names commercial crew astronauts

アメリカの商業有人宇宙船による初飛行に向け、NASA はコマーシャル・クルー・アストロートとして4名のベテラン宇宙飛行士を指名しました。

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左から、ロバート・ベンケン。スペースシャトルで2回の宇宙飛行(STS-123とSTS-130)を行い、2012年からはNASA の宇宙飛行士室のチーフを務めてきました。エリック・ボー。スペースシャトルで2回の宇宙飛行(STS-126とSTS-133)を行いました。ダグ・ハーリー。スペースシャトルで2回の宇宙飛行(STS-127、STS-135)を行いました。サニータ・ウィリアムズ。2回のISS長期滞在を行い、通算宇宙滞在は322日に達します。

4名の宇宙飛行士は、現在ボーイング社が開発中のCST-100、およびスペースX社のドラゴン有人宇宙船での訓練を開始することになります。「ローンチ・アメリカ」の合言葉のもと、アメリカの宇宙船によるアメリカの宇宙飛行士の打ち上げ復活を目指すNASA にとって、大きなマイルストーンといえます。

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アメリカの商業有人宇宙船による初飛行(試験飛行)は2017年末までに行われる予定ですが、アメリカ議会がこの計画の来年度予算をカットしたため、翌年にずれこむ可能性もあります。

CST-100 とドラゴンにはまず国際宇宙ステーション(ISS) への有人試験飛行を行うことが義務づけられており、これにNASA の宇宙飛行士が同乗することになります。CST-100 が先に試験飛行を行うとみられています。その場合、ボーイング社側のクルーはクリス・ファーガソンになる可能性があります。ファーガソンはスペースシャトル最後の飛行であったSTS-135 のコマンダーでした。スペースシャトル退役後、ボーイング社に移り、CST-100 の開発に関わってきました。

スペースシャトル最後の飛行でISS を去る際に、ファーガソンは「アメリカの宇宙船が次に国際宇宙ステーションを訪れ、宇宙飛行士がこれを地上に持ち帰るまで、この旗はここに飾られる」と語り、スペースシャトル最初の飛行であったSTS-1 で宇宙を飛んだ星条旗をISS に残してきました。「最後のシャトル・コマンダー」であるファーガソンが、初の商業宇宙船で再びISS を訪れることなれは、非常に意義深いものがありますし、有人宇宙開発にはそのようなドラマ性があっていいのだと思います。

かつて200名を超えていたNASA の宇宙飛行士は現在47名です。1996年選抜のグループ16より前の宇宙飛行士はいなくなりました。グループ16には、第50/51次長期滞在クルーとして3度目のISS 長期滞在に挑むペギー・ウイットソンや現在ISS で1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリーらがいます。コマーシャル・クルー・アストロノートに選ばれたウィリアムズは1998年選抜のグループ17です。ベンケン、ボー、ハーリーは2000年選抜のグループ18です。ベンケンに代わって宇宙飛行士室のチーフとなったクリス・キャシディーは2004年選抜のグループ19です。

スペースシャトル時代の多くの宇宙飛行士がNASA を離れましたが、ファーガソンのようにその後、民間企業で商業宇宙船の開発に携わっている人もいます。
ニュー・ホライズンズ:冥王星フライバイ観測を開始
New Horizons:Flyby sequence begins

ニュー・ホライズンズは7月14日に迫った冥王星最接近に向け、セーフモードから復旧してフライバイ・シークエンスを開始しました。下は7月8日に撮影された冥王星の最新画像です。

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冥王星までの距離は800万km です。ニュー・ホライズンズの高解像度望遠カメラ(LORRI)のモノクロ画像に、カラー画像のデータをかぶせてあります。この画像に写っている領域が、冥王星最接近時にも、ニュー・ホライズンズに対して顔を向けます。中央上が冥王星の北極、下が赤道域にあたります。赤道には暗い地形が広がっていますが、その右側にはハート形をした白っぽい領域が見えています。メタン、窒素、一酸化炭素などの「雪」が降り積もっているためとみられます。

下は、これまで得られたデータから作成された冥王星の地図です。

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冥王星はニュー・ホライズンズに対して北極を見せながら自転しているため、南半球のデータは得られていません。赤道域の一番左に暗い地形が横たわっており、その形から「クジラ」とよばれています。その右にハート形の明るい領域があります。さらにその右には、いくつもの暗い不思議な斑点が見られます。
冥王星:赤道付近の不思議な地形
New Horizons:Latest image of Pluto

下の画像はニュー・ホライズンズが7月1日から3日に撮影した画像の中の1枚です。モノクロの高解像度データにカラー画像を重ねてあります。冥王星までの距離は125万km です。

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冥王星の向きは下の通りで、上が北極、下が赤道です。ニュー・ホライズンズは冥王星の北半球を眺めながら接近しています。

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高緯度地帯が明るいのに対して、赤道近くには複雑な地形が広がり、不思議な暗い4つの斑点も見られます。

ニュー・ホライズンズは7月4日に機器の一部に異常が発生し、セーフモードになりましたが、まもなく復旧の予定です。
プログレス補給船、ISSに到着
Progress supply ship arrived at ISS

7月3日に打ち上げられたプログレス補給船M-28M(60P)は、7月6日午前2時11分(日本時間)に、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。プログレス補給船は4月28日に打ち上げられたM-27M が制御不能となって以来、飛行が中断されていました。

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プログレスは下の画像のように、ISS のピアース(DC-1)にドッキングしました。現在、ロシアのサービス・モジュール、ズヴェズダの後部には2月に打ち上げられたプログレスM-26M(58P)が結合しています。第44次長期滞在クルーが乗ってきたソユーズTMA-16M(42S)は、MRM-2(多目的実験モジュール2)に結合しています。

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現在、アメリカのドラゴン補給船の飛行は中断されています。シグナス宇宙船は今年の11月に飛行再開の予定です。ISS への次の補給ミッションは、日本の「こうのとり」5号機で、8月16日に打ち上げの予定です。
梅雨前線と台風と集中豪雨
梅雨の季節には、台風が梅雨前線を刺戟するため、豪雨に注意が必要です。7月5日午後4時30分現在のひまわりの赤外画像は下のようになっています。

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日本列島の南に梅雨前線がのびており、日本列島の本州以南はほぼ雲でおおわれています。フィリピンには台風10号があり、その東の太平洋上には9号(左)と11号(右)が見えています。

台風からの暖かく湿った空気が梅雨前線に流れ込むと大雨になりますので、各地で集中豪雨に対する備えが必要です。下は台風8号が接近した2014年7月6日のひまわりの赤外画像(左)と日降水量(右)です。九州一帯、特に南部に集中的な降雨が発生しています。

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局所的な豪雨は台風から離れた地域でも発生する可能性があります。下は、その翌日(2014年7月7日)の赤外画像(左)と日降水量です。九州、四国、中国地方だけでなく、中部地方にも降雨がみられます。

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雨が今、どのように降ってくるかを見るには、JAXA が提供しているGSMaP が便利です。下の画像は、7月5日午後3時54分に更新された世界の雨分布です。どのくらいの雨が降っているかが色分けされており、青色から黄色、赤色になるにしたがって、降雨量が多くなります。

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マップを拡大して、日本列島と3つの台風を含む領域の雨分布を見たものが下になります。

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GSMaP はGPM 主衛星をはじめ、世界の衛星が観測したデータを使って、世界の雨分布を準リアルタイム(観測から約4時間遅れ)で1時間ごとに提供しています。
ニュー・ホライズンズ:見えてきた冥王星の表面
New Horizons:Two distinct faces of Pluto

ニュー・ホライズンズは順調に冥王星に接近中です。6月25日と27日に撮影された画像が発表されました。下は、7月14日の最接近時に探査機から見える半球の画像です。モノクロの高解像度データにカラー画像のデータが合成されています。

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赤道近く(下方)に黒い地形が広がっているのがわかります。

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上は、その反対側の画像です。黒いスポットが点在する興味深い表面が見えています。
代理出産、そして生殖補助医療の未来
Surrogate birth and the future of assisted reproductive technology

代理出産における母親の問題を考えてみると、「母子の関係は分娩によって生じる」という民法の規定は、もはや時代遅れになっていると私は考えています。本来、この考え方は、子を産んだ女性が母親であることと、子と遺伝的につながっている女性が母であることの両方を含んだものであったはずです。しかし、向井亜紀さんと高田延彦さんの子をめぐる最高裁の判断では前者のみを母親の要件としました。現在の法解釈ではそうなってしまうのでしょう。

しかしその最高裁も、「明治時代に制定された民法は代理出産を想定していない。遺伝的なつながりのある子をもちたいという真摯な気持ちを考え、立法による速やかな対応がのぞまれる」と指摘しています。

代理出産は、それ以外に子をもつ方法がない夫婦にとって、最後の選択肢として認められるべきと私は考えています。最近は同性婚さえ認められるようになりました。アメリカでは同性のカップルが精子や卵子の提供を受けて、自分たちの子をもつことも行われています。親子の関係を改めて考える必要がでてきています。その際、生物学的母親および生物学的父親の位置づけが、今後の親子関係で非常に重要になってくると思われます。

代理出産を含め、生殖補助医療は人間の生命をあつかうものであり、慎重な議論が必要です。代理出産はドイツやフランスでは禁止されています。イギリスでは商業的な代理出産は禁止されています。アメリカでは州によってまちまちで、カリフォルニア州、ネバダ州などは代理出産を認めています。ニューヨーク州、ワシントンDCなどでは禁止されています。何も規定がない州もあります。

代理出産をビジネスとして行う業者があり、さまざまなトラブルが生じているのも事実です。こうした問題も解決しなくてはなりません。

しかしながら、生殖補助医療は最新の科学の成果を取り入れ、進歩を続けています。不妊に悩む夫婦が子供を授かるより良い方法を提供し、妊娠にともなうリスクを低減し、健康な子供の出産を手助けします。子供たちが先天異常を持って生まれこないようにすることも可能になるでしょう。こうした高度な生殖補助医療サービスは今後めざましい成長を遂げていくはずです。代理出産もそのようなサービスの一環として位置づけられるべきです。
代理出産:母親は誰か?
Legal issues with surrogate birth

卵子提供や代理出産など第三者が関わる生殖補助医療法案を議論している自民党のプロジェクトチームが、生まれた子との親子関係を規定する民法の特例法案の骨子を了承、今国会に提出する方針を確認したという報道が先日ありました。卵子提供や代理出産で出産した場合、産んだ女性を母親と規定するなどの内容です。民法が想定していなかった親子関係について早急に法制化が必要だと判断したとのことです。

一方、卵子提供や代理出産の是非やルールを定める生殖補助医療法案については、超党派による議論を行い、2年以内に議員立法として法案提出を目指し、代理出産を認める場合には、依頼者夫婦を親とする制度も検討するとしています。

民法では「母子の関係は分娩によって必然的に生じる」という考え方をとっています。その子を産んだ女性が母親であるということです。しかしこれは、母子の間に遺伝的関係があること(生物学的母親)と出産が不可分に結びついていた時代、すなわち代理出産が登場する以前の時代に定められたものです。代理出産では、出産した女性と生物的母親がことなります。このようなケースの母子の関係、さらには夫をふくめた親子の関係をどう考えるべきなのでしょうか。代理出産の問題には多くの議論があり、また国によってルールがことなっています。

日本には代理出産に関する法律はありませんが、日本産婦人科学会は代理出産を禁止することを決めています。また、厚生省厚生科学審議会は2003年に代理出産を禁止する報告書をまとめています。そのため、日本国内で代理出産を行うことはできませんが、この方法以外に子供をもつことができない夫婦が海外で代理出産をするケースが見られます。高田延彦さんと向井亜紀さん夫妻の双子の子について、東京高裁は夫妻が親であることを認める判断を下しました。ところが最高裁は向井さんが子の母親であることを認めない判決を出しました。高田さんと向井さんがなぜ親として認められないのか、疑問をもった方も多いと思います。

代理出産の場合に誰が母親なのかが最初に問題になったのは、1986年にアメリカで起きた「ベビーM事件」でした。ニュージャージー州に住むスターン夫妻は、メアリー・ホワイトヘッドに代理出産を依頼し、メアリーは女児を出産しました。このケースでは精子は夫のものでしたが、卵子はメアリーのものでした。夫の精子を妻以外の女性に人工授精し、その女性が出産する、日本で「サロゲート型代理出産」とよばれるものでした。出産後、メアリーは自分の子でもある女児に愛情がわき、引き渡すことを拒否し、裁判となりました。1987年にニュージャージー州上位裁判所は、代理出産契約を有効として、スターン夫妻が親であることを認めました。ところが1988年の同州最高裁判所は代理出産契約を無効とし、母親はメアリー、父親はスターンとする判決を下しました。さらに、子の養育権はスターンに与えられ、メアリーには訪問して子に面会できる権利が認められました。

ベビーM事件では、卵子は出産した女性のものでした。しかし今では、日本で「ホスト型代理出産」とよばれる、夫婦の精子と卵子を体外受精させ、その受精卵を他の女性に移植して出産してもらう代理出産が一般的です。1993年にカリフォルニア州でおこった「カルバート対ジョンソン事件」では、ホスト型代理出産での親子関係が争われました。アナ・ジョンソンは代理出産を依頼したカルバート夫婦の受精卵で妊娠・出産しました。生まれた子とアナの間に生物学的関係はありませんが、アナは子を育てたいとして養育権を求める裁判を起こしました。一審はカルバート夫妻が親であるとしました。同州最高裁も一審を支持しました。

ネバダ州に住む女性に代理出産を依頼した向井さんと高田さんのケースでは、東京高裁と最高裁がまったくことなる判断を示しました。まず、簡単に経緯を説明すると、次のようになります。代理出産を依頼した女性が2003年に双子の子を出産すると、夫妻はネバダ州の裁判所で親子関係を確認してもらい、出生証明書を取得しました。帰国後、品川区役所に出生証明書を提出したところ、区役所は受理を拒否しました。向井さんが出産したという事実がないため、親子の関係は認められないという理由でした。すなわち、「分娩によって母子の関係が生じる」という民法の規定が適用されたのです。夫妻はこの処分を取り消すことを求めて家庭裁判所に提訴しましたが、2005年、東京家裁は申し立てを却下しました。

東京高裁では、2006年、本件をさまざまな角度から検討した結果、夫妻の子であることを認めたネバダ州裁判所の判決は日本の公序良俗に反しないと判断しました。夫妻が親であることを認め、出生届の受理を命じたのです。この判決に対して品川区は最高裁に抗告しました。

2007年の最高裁の判断は、親子関係を定める基準は「一義的に明らか」でなくてならないという立場をとっていました。一義的ということは、どのような場合も、分娩によって母子の関係が生じるという民法の原則は守られなくてはならないということです。ネバダ州裁判所の判決は、民法で認められていない者の間に親子関係を認めるものであり、日本の公序に反するので、日本において効力を有しないというものでした。夫妻が親であることは認められませんでした。

結局、代理出産そのものの是非を別にすれば、代理出産には、分娩によって母子の関係が生じるという民法の規定を現代においてどう考えるかという大きな問題が横たわっています。さらに言えば、生物学的な親の立場を今後どのように位置づけたらよいのかという課題もあります。

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