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ドラゴン補給船、打ち上げに失敗
SpaceX CRS-7 launch failed

国際宇宙ステーション(ISS)に物資を届けるドラゴン補給船が打ち上げに失敗しました。

6月28日午前10時21分(アメリカ東部夏時間)、ドラゴン補給船7号機(SpX-7)を搭載したファルコン9 ロケットは、ケープカナヴェラル空軍基地の40発射台から打ち上げられました。上昇は順調でしたが、打ち上げから約2分20秒後、突然、白い噴煙が発生しました。直後に爆破指令が送られ、ロケットは破壊されました。

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スペースX 社によると、ファルコン9 ロケットの第1段は正常に作動しましたが、第1段切り離しの直前に第2段の液体酸素タンクの圧力が急上昇したとのことです。今後、原因の究明が行われます。

ドラゴン7号機には、ISS への補給物資のほか、アメリカの商業有人宇宙船がISS にドッキングするために使われるIDA というアダプターが積まれていました。商業有人宇宙船によるISS へのクルー輸送は2017年末には開始される見込みです。

ISS への物資補給はこのところ失敗が続いています。昨年10月28日にはオービタル・サイエンス社のシグナス補給船が打ち上げに失敗しました。今年の4月28日にはロシアのプログレス補給船が打ち上げられましたが、予定の軌道に投入することができず、ISS とのドッキングを果たせませんでした。シグナス補給船は今年の11月に打ち上げが再開されることになっています。プログレス補給船は7月3日に打ち上げの予定です。

スペースX 社のドラゴン補給船はずっと順調に打ち上げを行ってきました。今回が7回目のISS への物資補給でした。間もなく長期滞在を開始する油井宇宙飛行士がISS に滞在している間にも、9月に8号機(SpX-8)がISS にやってくる予定になっていました。しかし、ドラゴン補給船の飛行は中断されました。今回の事態が、ISS に滞在する宇宙飛行士の生命に危険を及ぼすことはありませんが、NASA はISS への補給計画を大幅に見直すことになります。
カッシーニ探査機:3つの月、3つの世界
Cassini spacecraft:Three moons, three worlds

土星を観測しているカッシーニ探査機が撮影した画像です。土星をまわる3つの衛星が三日月状に見えています。

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中央の一番大きい衛星がタイタンです。直径は5150km、濃い大気におおわれているため、その輪郭はぼやけ、大気の縁に光がまわって幻想的な三日月になっています。その左上はリアです。直径1500km のリアには大気は存在しないため、輪郭がはっきり見えています。その氷の表面に多数のクレーターがうがたれている様子も見てとれます。タイタンの左下に小さく見えるのはミマスです。直径は400km で、表面には多数のクレーターがあります。中でもミマス自体の直径の3分の1に達する巨大クレーター、ハーシェルは有名ですが、この画像からはそのような姿を見ることができません。

タイタンの自転周期は16日で、土星をまわる公転周期と一致しています。したがって、地球の月と同じように、タイタンはいつも同じ面を土星に向けています。この画像はタイタンの土星を向いていない側から撮影されました。つまり、土星はこの画像の先方にあります。ミマスは土星に一番近い軌道をまわる衛星です。リアはタイタンのすぐ内側をまわっています。したがって、3つの衛星の位置関係は、一番手前にあるのがタイタン、その先にリアがあり、遠くにミマスが見えていることになります。

この画像は望遠カメラを用い、可視光域で撮影されました。タイタンまでの距離は200万km、上が北になります。

「計算されたような」という表現がぴったりの見事な構図ですが、もちろんカッシーニ・チームは実際に軌道計算を行い、このような位置関係になるのを待って、この画像を撮影したわけです。
ニュー・ホライズンズ:冥王星に接近中
New Horizons:Getting closer to Pluto

ニュー・ホライズンズは7月14日に冥王星に最接近します。探査機に搭載したカメラからの画像も、だんだんとその表面の様子をとらえるようになってきました。

下は5月29日から6月3日にかけて撮影された冥王星(中央)とその衛星カロン(左上)の初のカラー画像の中の1枚です。冥王星とカロンの表面の色調が明らかになりました。ピンク色が入っているのがわかります。

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ハッブル宇宙望遠鏡は2000年に冥王星を観測しました。その時の画像が下で、表面の模様が見えています。この時、冥王星の表面がそれまで考えられていたよりも赤いことが明らかになりました。

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ニュー・ホライズンの今回のカラー画像は、ハッブルの観測結果を裏付けるものです。

下の画像は、冥王星の自転とともに、表面の模様が変化している様子をとらえたものです。表面の模様のコントラストはかなりはっきりしているようです。

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冥王星の自転周期は6.4日で、地球とは反対方向(東から西方向)に回転しています。自転軸は公転面に対して約120度傾いており、ほぼ横倒しになっています。そのため、ニュー・ホライズンズからの画像も横倒しになった姿を北半球側から見ることになりますが、これらの画像では自転軸を上下方向にする処理が行われています。
都市はメディアである
新国立競技場の設計案に関して、周囲の環境との調和を意図的に拒否するザハ・ハディトのデザインは、長い物語をもつ成熟都市・東京にはそぐわないことを、私はここここここに書きました。その後、写真家の中川道夫氏から、6月19日に日本建築家協会JIA館で開催されるJIAアーキテクツ・ガーデン2015「都市はメディアである――写真家は建築家と都市のたくらみを目撃してきた」の案内をいただきました。

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中川氏は長年にわたって、時代の記憶を遺す都市風景を取材してきました。建築と都市の境界線が消えた上海、見えない記憶の都市アレクサンドリア、台湾で進む日本統治時代の建造物のリノベーション、イーストロンドンの伝統と移民のリミックス。どの都市も変化を続けていますが、そこには都市と建築と人の営みが見えてきます。

神宮外苑にザハという異世界の宇宙船が着陸した今こそ、ぜひ中川さんの話を聞き、写真を見てみたいと思います。

その新国立競技場は、問題のあるアーチを残す設計で建設されるようです。すべてが密室で進められ、一部の政治家と文科省の天下り、そしてたった1人の建築家の面目を保つために、2020年の東京オリンピックは次の世代に莫大な負の遺産を遺すことになりました。東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏も「個人的には、あのザハ・ハディド氏の設計は好きじゃない」というのに、なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

そもそもこのアーチは、スタジアムの「屋根」をつくるためのものではありません。スタジアムの上をおおうことになるのは、コンサート用の「遮音膜」です。耐火性のない素材なので、屋根にはできません。この膜が降雪やゲリラ豪雨で貯まった雨水の荷重に耐えられるか疑問です。実際には荷重に耐えられるように作られるでしょうが、そうすればするほど、スタジアムをおおう構造はますます複雑になり、お金がかかることになります。

そのアーチのために工費は1000億円以上膨らみます。小惑星探査機「はやぶさ」があれだけの成果を上げながら、「はやぶさ2」は予算獲得に苦労しました。「はやぶさ2」の総事業費は289億円です。アーチの値段と比べてみてください。
レニングラード封鎖:生き延びた人々の遺伝子
Leningrad siege and genes

『サイエンス』誌の6月5日号に、「レニングラード封鎖」に生き残った人々と遺伝子の関係についての記事が載っていました。「レニングラード封鎖」とは第二次世界大戦中に、ナチスドイツ軍がソ連のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を約900日間にわたって包囲した時のことをいいます。砲撃と飢えと冬の寒さで、300万人の市民のうち100万人以上が命を落としました。

『レニングラード封鎖: 飢餓と非情の都市1941-44』(マイケル・ジョーンズ著、松本幸重訳、白水社)は、私が近年読んだ本の中で最も心をゆすぶられた本の1つです。

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カニバリズムさえ行われた絶望的な状況の中でも、多くの人々は人間としての尊厳と希望を失いませんでした。それを示すエピソードとして、本書ではドミトリー・ショスタコーヴィッチの交響曲第7番のエピソードが紹介されています。

レニングラード封鎖は1941年9月に始まりました。レニングラード生まれのショスタコーヴィッチは、その1か月後に、スターリンの命令で疎開させられました。この時書いていた交響曲第7番は12月に完成。翌1942年3月に盛大な初演が行われました。その楽譜は包囲網を突破した軍用機によってレニングラードに投下され、レニングラード放送交響楽団は1942年8月9日に演奏を行いました。人々は盛装してホールに集まりました。演奏はラジオ放送され、包囲していたドイツ軍も聞いていました。それを聞いたドイツ軍兵士は、「われわれはレニングラードを落とすことはできない」と悟ったといいます。

私が最初にレニングラードを訪れたのは1983年のことでした。戦争が終わって40年もたっていましたが、砲撃による破壊の跡が残る建物もまだあり、封鎖の悲惨な体験を話してくれる人もいました。

さて、『サイエンス』誌の記事によると、サンクトペテルブルク、オット研究所のオレグ・グロトフらの研究グループは、ロシアで刊行されている『Advances in Gerontology』誌に論文を発表しました。グロトフらはレニングラード封鎖を生き残った206名と、封鎖を経験していない同年齢の139人について、代謝に関係している5つの遺伝子を調べたのです。その結果、封鎖を生き残った人の30%には、3つの遺伝子について、代謝を活発にする変異が起こっていたとのことです。

サンプル数が少ないこともあり、グロトフ自身も研究が初期段階にあることを認めています。グロトフは閉鎖を生き延びた人々のバイオバンクをつくり、将来の研究に資することを考えているとのことです。そのあまりの悲惨さゆえに、ロシアでもある種のタブーになっているこの出来事は、極限状態を経験した人間のエピジェネティクスに関して貴重な知見をもたらしてくれるかもしれません。
油井宇宙飛行士の打ち上げは7月23〜25日
ISS crew launch scheduled between July 23 and 25

ロシア宇宙庁は国際宇宙ステーション(ISS)第44/45次長期滞在クルー(ロシアのオレッグ・コノネンコ宇宙飛行士、NASA のチェル・リングリン、油井亀美也宇宙飛行士)が搭乗するソユーズTMA-17M の打ち上げを7月23から25日に行うと発表しました。

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これに先立って、7月3日にプログレス補給船の打ち上げを行います。

現在、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在しており、帰還が延期されていた第42/43次長期滞在クルー(NASA のテリー・バーツ宇宙飛行士、ESA のサマンサ・クリストフォレッティ宇宙飛行士、ロシアのアントン・シュカプレロフ宇宙飛行士)は、ソユーズTMA-15M で6月11日に地球に帰還します。

セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士をISS に運び、現在ISS に滞在中のゲナディ・パダルカ宇宙飛行士が帰還するソユーズのタクシーフライトの打ち上げは9月1日に予定されています。このフライトにはサラ・ブライトマンが搭乗するはずでしたが、飛行をキャンセルしました。3人目の搭乗者はまだ決まっていません。

ISSに物資を運ぶ日本の「こうのとり」5号機は8月16日に打ち上げられます。
熱帯降雨観測衛星TRMM:6月17日に大気圏再突入か
TRMM spacecraft expected to re-entry on June 17

NASA は熱帯降雨観測衛星TRMM がまもなく大気圏に再突入すると発表しました。正確な日時はまだ予測できませんが、7月17日の可能性が大きいとのことです。

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TRMM は1997年11月28日に打ち上げられ、17年以上にわたって熱帯域の降雨を観測してきました。降雨観測に使われたレーダーはJAXA とNICT が共同開発したものです。TRMM は2014年7月8日に軌道高度を維持するための燃料が枯渇し、以後、軌道高度は次第に低下していました。JAXA は2014年10月7日に運用を終了しました。NASA も本年4月8日に観測機器の電源を落としました。

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NASA によると、TRMM は大気圏内で完全には燃え尽きず、燃料タンク、窒素タンク、高利得アンテナなどの一部が地上に落下するとのことです。破片は12個ほどとみられ、合計重量は約112kg です。落下するのはすべて金属(チタン合金)で、有毒な物質は含まれていません。

TRMM の軌道傾斜角は35度で、北緯35度と南緯35度の間を周回しています。したがって、ヨーロッパ、ロシア、そしてアメリカと日本のほとんどの地域に破片が落ちてくることはありません。

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TRMM の破片によって人間に被害がおよぶ確率は4200分の1とのことです。これは、TRMM の大気圏再突入を4200回繰り返した時、1人の人間が被害を受けることが1回起きるという意味です。
油井宇宙飛行士、7月下旬に打ち上げの見通し
ISS crew set to launch in late July

ロシア宇宙庁は6月9日に、油井亀美也宇宙飛行士らISS第44/45次長期滞在クルーが搭乗するソユーズTMA-17M の打ち上げ日を発表する見通しです。

4月28日に打ち上げられたプログレス補給船M-27Mは軌道上で制御不能となり、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを断念しました。打ち上げに使われたソユーズ2-1aロケットの第3段とプログレス補給船の切り離しの際に不具合が発生したものとみられ、原因が解明されるまで、ソユーズFGロケットを使うISS 長期滞在クルーの打ち上げも延期されました。

ソユーズ2-1aロケットは航法装置が従来のアナログ型からデジタル型に代わるなどの改良が加えられています。事故調査委員会は、この設計に欠陥があり、これが正常な切り離しができなかった不具合に関係していると結論付けました。

ロシア宇宙庁はまず7月上旬(3日とみられています)にプログレス補給船の打ち上げを行い、その後、油井宇宙飛行士らの打ち上げを7月下旬に行う予定です。
新国立競技場(3):成熟都市・東京に相応しいスタジアムとは
2013年になると、日本を代表する建築家である槇文彦氏が、ザハの案に対して「巨大すぎる」と疑問を呈し、幅広い議論をよびかけました。丹下健三、清家清、黒川紀章、菊竹清訓といった大物がいなくなった今、安藤氏が審査委員長になって決めた案に表立って異論を呈することができるのは槇氏くらいしかいないのが、今の日本の建築界の現状です。槇氏は、新国立競技場敷地の隣に建つ東京都体育館の設計者でもあります。

「発表された新国立競技場案のパースが一葉、日本のメディアに公表された時、私の第一印象はその美醜、好悪を超えてスケールの巨大さであった」と槇氏は述べています。

「1912年、明治天皇崩御の翌年、民間有志─渋沢栄一、時の東京市長阪谷芳郎等の請願を受け、天皇奉祀の神社、明治神宮建設の端緒が開かれる。現在明治神宮があるところを内苑と称する。そして明治神宮外苑(以下外苑という)が提案され、内苑に対して外苑は公園、特にその後各界からの要請に応じて、市民に広く開放されたスポーツを中心とした公園として整備されていく。しかし重要なことは、当初より内苑、外苑、そして表参道、裏参道が一体として計画されてきたことにある」と、槇氏は指摘しています。「この地域が東京の風致地区第一号に指定されたのは、その背後に明治神宮との関連性を重視した姿勢の表れ」なのです。

しかしながら、ザハ案が実現すると、例えば、絵画館のすぐ背後に巨大な壁のような構造物が出現します。絵画館への並木道も、絵画館前の広場も、これでは興ざめです。

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「濃密な歴史を持つ風致地区に何故このような巨大な施設をつくらなければならないのか、その倫理性についてである。そしてその説明は現在の我々、将来の都民だけでなく、大正の市民にまで及ばなければならない」と、槇氏は述べています。

しかしながら、槇氏は歴史的観点からのみ、この計画に異論を呈しているわけではありません。8万人の常設席をもつ全天候型の巨大スタジアムは、オリンピック開会式での全世界への中継では、見栄えのいいものになるかもしれませんが、これだけの規模の施設をその後50年以上にわたって維持するのは大変なことです。「東京住民の高齢化は高いパーセンテージで進むという。そのことは税収入の退化、医療費の増加化を意味し、国家、地方自治体に大きな負担を与えるものであることは想像に難くない。それは直ちに巨大施設の維持、管理費の問題としても現れる」と、槇氏は指摘します。

ロンドン・オリンピックのメインスタジアムの座席数は、新国立競技場と同じ8万人ですが、5万5000人分は仮設として、オリンピック終了後のコンパクト化を実現しています。しかし、新国立競技場では、時代遅れの大艦巨砲主義が後々の世代にまで負担を強いることになります。

2013年10月11日には「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」というシンポジウムが、槇氏らをパネリストにして開かれました。

また同年11月7日には、槇氏を発起人代表とする「新国立競技場に関する要望書」が下村文科大臣に提出されました。ここでは「外苑の環境と調和する施設規模と形態」「成熟時代に相応しい計画内容」「説明責任」が要望されています。発起人や賛同者には多数の建築関係者が名前を連ねています。

ザハが予算を大幅に超過する建築家であることは、建築の世界では有名でした。総工費は1300億円とされていたのですが、ザハ案決定後、建設費を計算してみると、何と3000億円というとんでもない額になってしまい、2013年10月に下村文科大臣は規模を縮小すると発表しました。

建築家は多くの場合、建築物のデザインを行いますが、その建築を実現するための構造設計や施工計画は別の業者が行います。ザハはコンペに応募した時点で、実際にかかる費用を試算していなかったでしょう。コンペの期間からしても、無理と思われます。建築家にとっては、建設費の計算などよりは、CGでいかにカッコいいプレゼンテーションをつくるかが、大事なのです。拙速に行われたコンペのつけがまわってきてしまいました。

国立競技場将来構想有識者会議(建築の専門家は安藤氏のみ)は、2014年6月にザハ案を修正した「基本設計」を発表しました。下がその基本設計です。もはや世界を驚かすデザインではなくなっています。

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ザハ案の余計な周辺部分を除き、スタジアム本体のみにした設計案ですが、それでも総工費は約1600億円とされました。現在では2500億円はかかるとみられています。これだけお金がかかってしまう理由は、施設の規模の大きさだけでなく、開閉可能な屋根にあります。屋根を開閉可能にするには、スタジアムの上に2本のアーチをかける必要があります。スタジアムの上に巨大な橋をかけ、これを周囲の構造で支持するという複雑な構造が要求されるのです。

計画見直しの他、国立競技場を改修して使う案も提案されましたが、2014年12月に国立競技場の解体がはじまりました。すでにスタンド部分はすべて解体され、姿を消しています。

文部省は現在、2019年に間に合わせるように、屋根の開閉部分の工事を後回しにするなどの検討を行っているようです。新国立競技場計画には、最初から多くの問題があり、いずれかの時点でもう少し良い方向に修正することも可能でした。それができないまま、今日に至っています。一番の問題は、東京にどのようなスタジアムをつくるかについて、多くの建築専門家、そして国民と開かれた対話をしてこなかったことです。

槇氏らによる今回の提案は、こうした流れの中で検討されるべきものと、私は考えます。日本の建築家、構造設計会社、施工業者はきわめて優秀です。実現可能で素晴らしいアイデアを、必ず出してくれるはずです。
新国立競技場(2):環境との調和よりインパクトを重視
ザハ・ハディドのデザイン案が最優秀案として発表されると、「美観を壊す」「巨大すぎる」など多くの批判が持ち上がりました。多くの人が私と同じ印象をもったのでした。また、このコンペの審査過程が一切明らかにされていないことも問題視されました。日本スポーツ振興センター(JSC)から「新国立競技場基本構想国際デザイン競技報告書」が発表されたのは、2014年5月30日のことでした。

この報告書によると、2012年10月16日に一時審査が行われ、11作品が選ばれました。二次審査は11月7日に行われ、この中から3作品が選ばれました。そして、ザハの案が最優秀賞となったのです。

「デザインの斬新さ、未来志向、世界に対する情報発信、日本の実力を見せる技術的部分から見ても抜きん出ている」「強烈でユニークなデザインであり、オリンピッスタジアムにふさわしい。プロムナードが祝祭の雰囲気をもたらす」といった評価がなされる一方、「技術的に解決あるいは調整しなければならない箇所はある」「日本の現状から見て、少しチャレンジブルなものがあってもおかしくない。技術的には可能だろうが、コストがかかること懸念される」という意見もありました。

優秀賞はオーストラリアのコックス・アーキテクチャーの作品でした。

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「最も完成度が高く、変更が生じてもコンセプト大きく崩れない提案である」「ナショナルスタジアムとしての品格と、イベントを行うフレキシビリティがある。完成度が高く、技術的にもギャランティーできる」と高く評価されました。しかし、一方で「モニュメント性に欠ける」といった意見があり、インパクト性を求める審査委員会の意向が反映して、最優秀賞を逃したと考えられます。

入賞はSANAA事務所+株式会社日建設計の作品でした。

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日本からの作品だけに、神宮外苑の環境との調和が考えられており、「よく調査されており、周辺環境とも調和している」「都市との一体感が感じられる」「自然との親和性に近いイメージで、成熟国家の競技場して共感できる」といった意見がありました。私もこの作品に好感をもちました。もしも、このコンペが日本の建築家に対してもっと門戸が開かれていたら、こうした素晴らしい作品がいくつも提案されたのではないでしょうか。

しかしながら、審査委員会は「強いメッセージ性と日本の技術を世界に示すことのできる最も優れた作品」として、ザハ案を選びました。「明治神宮の歴史を見ると、内苑は伝統様式でつくる。一方、外苑はヨーロッパ的な、外から来たものを積極的に取り入れている。ある種の異物、近未来的なものがあってもおかしくないという観点で評価した」という意見にもあらわれているように、神宮外苑の環境はあまり考慮されず、世界に対して日本を自慢するメッセージ性が重視されたのでした。

安藤忠雄委員長はザハ案を選んだ際、「最優秀案は相当な技術力が必要である。これが日本でできるとなれば、世界へのインパクトがある」と述べました。

コンペの審査委員の中で、建築の専門家は安藤氏のほか、鈴木博之氏、岸井隆幸氏、内藤廣氏、安岡正人氏でした。私は鈴木氏を東京大学の助教授時代から知っています。建築史の専門家で、古い建築物を大切にする方です。ザハのデザインに賛成するとは、私にはとても思えません。岸井氏、内藤氏も都市計画や都市景観に深くかかわって仕事をしてきた人ですから、神宮外苑の環境を無視する計画に賛同することはないと私は考えました。安岡氏は建築音響の専門家です。こうして考えていくと、ザハ案の決定には、審査委員長の安藤氏の意向が強く働いたというのが、私の見方です。

ザハはイギリスの建築家ですが、実現できないような建築を設計する建築家として知られていました。ザハはイラクの出身ですが、彼女の作品はまさに砂漠に建設するのにふさわしく、周囲の環境に挑戦するデザインが真骨頂です。このような建築のコンセクトは、成長著しい新興国や企業には受けがいいようです。下は、彼女の設計によるカタールのアル・ワクラ・スタジアムで、2022年のFIFAワールドカップの会場となる予定です。

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新国立競技場とデザインが似ているのは別として、砂漠の上に新しい価値をもつ社会をつくろうとするカタールのような国には良く似合ったデザインといえるでしょう。しかし、江戸時代からの伝統をもつウェットな成熟都市・東京に、彼女のデザインがマッチするとは、私には思えませんでした。
新国立競技場(1):迷走の原点
2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムになる新国立競技場の建設に関し、日本を代表する建築家である槇文彦氏らのグループが代替案を提言したとのことです。屋根を支える2本のアーチ構造をなくし、観客席8万席のうち、2万席を仮設にするなどにより、総工費は1000億円程度となり、2019年のラグビーワールドカップに間に合わせて完成させることが可能としています。

槇氏のこの提案に、私は賛成です。新国立競技場の建設計画には、そもそものはじまりから問題がありました。これまで何度か、それを解決するチャンスがあったにもかかわらず、計画が進められ、現在、下村文科大臣が東京都に500億円の支出を要請せざるを得ない事態にまでなっているのです。

これまでの経過をまとめ、この問題をどのように考えたらよいのかをご説明しましょう。

日本スポーツ振興センター(JSC)が新国立競技場の設計コンペを開始したのは、日本が東京へのオリンピック誘致を目指していた2012年7月でした。募集要項によると、募集要項公布開始が2012年7月20日、登録受付期間は同年7月20日〜9月10日、作品受付期間は同年9月10日〜9月25日、一次審査は同年10月16日(予定)、最優秀賞候補作品発表は10月18日(予定)、二次審査は11月7日(予定)、審査結果発表が11月中旬となっていました。十分な審査が行われるのか心配になる異例のスピードでした。

このコンペに参加するには、以下の実績が必要でした。国際的な建築賞の受賞経験者(高松宮殿下記念世界文化賞、プリツカー賞、王立英国建築家協会ゴールドメダル、アメリカ建築家協会ゴールドメダル、国際建築家連合ゴールドメダルのいずれか)または収容1.5万人以上のスタジアム(ラグビー、サッカーまたは陸上競技等)の基本設計または実施設計の実績があるものというものです。事実上、日本の優秀な若手建築家や設計事務所の参入を最初から拒むものでした。

新国立競技場が目指すのは、成熟都市・東京の「おもてなし」とはかけ離れたバブルの象徴のようなスタジアムでした。「国家プロジェクトとして、世界に誇れ、世界が憧れる次世代型スタジウムを目指す」として、開閉式の屋根をもち、ラグビー、サッカー、陸上競技のいずれも開催可能で、コンサート、展覧会、ファッションショー等のイベントにも利用できる「多機能型スタジアム」とされました。さらに各種大会や文化利用がない時でも気軽に楽しめるスポーツ博物館、図書館、商業施設などの機能を備えるというものです。

このため、計画対象範囲は絵画館(聖徳記念絵画館)、東京都体育館、明治神宮第二球場に接する目いっぱいの範囲に加え、さらに明治公園、日本青年館、そして霞ヶ丘アパートなども取り壊して関連施設とすることにしました。

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この結果、新国立競技場の敷地は以前の国立競技場の1.5 倍以上の11万3000平方メートル(東京ドームの2.4倍)となり、延床面積にいたっては約29万平方mという途方もないものになってしまいました。

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ちなみに、2012年に行われたロンドン・オリンピックのメインスタジアムの延床面積は10万8500平方メートルです。発展する中国をアピールするため、金に糸目をつけずに建設された2008年の北京オリンピックのメインスタジアムでさえ、延床面積は25万8000平方メートルでした。総工費は「約1300億円程度を見込んでいる」とされました。

新国立競技場とは、神宮外苑に戦艦大和なみの超ど級のスタジアムをつくろうという構想だったのです。この構想決定にかかわった建築分野の専門家は、コンペの審査委員長もつとめることになる建築家の安藤忠雄氏ただ1人でした。

こうして、2012年11月16日に、「新国立競技場国際デザイン・コンクール」の審査結果が発表されました。最優秀賞に選ばれたザハ・ハディドのデザイン案を新聞記事で見て、私はそのあまりにチープなデザインに仰天しました。

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まるでSF映画によく登場する宇宙船です。しかも、この巨大な宇宙船は自己主張のかたまりで、それが風致地区である神宮外苑に傍若無人に着陸したというのが、私の率直な印象でした。こうした未来型のデザインは新鮮に見えますが、すぐに古くさいものになってしまいます。外壁の風化がはじまれば、さびれたテーマパークのパビリオンのようになってしまうでしょう。

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