最近のエントリー
カテゴリー
過去のエントリー
カレンダー
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< April 2015 >>
ブログ内を検索


PROFILE
モバイル
OTHERS
ネパールでM7.8 の地震
M7.8 earthquake in Nepal

4月25日、ネパールでM7.8 の地震が発生し、多くの被害が出ています。震源はネパールの首都カトマンズの北西約80km のあたりで、ヒマラヤ山脈の真下になります。下の画像で黄色の星印が震源です。

20150417_01

このあたりはインド・オーストラリア・プレートがユーラシア・プレートに衝突し、その下に潜りこんでいる場所です。深さは15km と浅い場所でした。ヒマラヤ山脈は、インド・オーストラリア・プレートがユーラシア・プレートに衝突してできました。現在も隆起は続いています。

20150427_02

ヒマラヤ山脈の一帯は、地震の頻発地帯です。今回の震源地のあたりでは、インド・オーストラリア・プレートは北東方向に毎年45mm ほどのスピードで、ユーラシア・プレートにもぐりこんでいます。下の図で、黒い線がプレートの境界です。1900年以降に起こった地震の震源が空色で示されています。今回の震源は赤い色で示されています。

20150427_03

今回の地震では、震源から220km ほど東にあるエベレストでも岩石の崩落や雪崩などが発生し、標高約5400m のベースキャンプで被害が発生しました。

20140427_04

ベースキャンプはエベレスト登頂の文字通りベースキャンプとなりますが、同時に人気のあるトレッキングコースの目的地ともなっています。ベースキャンプの上のキャンプ1(標高約6100m)やキャンプ2(標高約6600m)に取り残された人たちもいるようです。
ゲノム編集技術(3):ミトコンドリア病の防止に利用
Gemone Editing:Elimination of Mitochondrial mutations

ミトコンドリア病の発症を防ぐためにゲノム編集技術を使う実験が行われ、その論文が『セル』誌に発表されました。

私たちの細胞の中にはミトコンドリアという小器官があり、ここで細胞が使うエネルギーが作られています。ミトコンドリアにもDNA があります。このDNA に変異が起こり、ミトコンドリアの働きが低下するとさまざまな症状が生じます。アメリカ、ソーク研究所のJuan Carlos Izpisua Beomonte らは、このミトコンドリア病を防ぐために、変異を起こしたミトコンドリアDNA を除去する実験を行いました。

1つの細胞内には数百のミトコンドリアがあり、それぞれのミトコンドリアには10個ほどのDNA があります。細胞内には多数のミトコンドリアDNA が存在しているわけですが、変異DNA をすべて除去する必要はありません。変異したDNA の数が相対的に減ってしまえば、ミトコンドリア病は防げると考えられています。変異ミトコンドリアDNA を除去するために使われたのは、TALEN とよばれるゲノム編集技術です。変異DNA を効率的に減少させることができたと、Izpisua らは報告しています。

ミトコンドリア病の予防として、変異をもつ母親のミトコンドリアを、他の女性のミトコンドリアと交換してしまう方法がイギリスで認可されています。しかしこの方法では、生まれてくる子供は3人からのDNA をもつことになり、倫理的に問題があると反対する研究者も多くいます。Izpisua らは、今回の方法でこの問題を回避できると述べています。

実験は大きく2つに分かれ、1つはマウスの細胞で行われました。もう1つの実験ではマウスの卵母細胞と、変異したミトコンドリアDNA をもつヒトの細胞を融合させた細胞が使われました。『ネイチャー』誌によると、Izpisua らは同様の実験を、次にはヒトの卵子や受精卵で行いたいと考えているようです。

中国で行われた実験と、今回のミトコンドリアの実験を一緒にしてしまうのは間違いかもしれませんが、ゲノム編集技術はさまざまな可能性を持っているだけに、ヒトの生殖細胞への適用には、もう少し時間をかけた方がいいようです。
ゲノム編集技術(2):中国で行われたヒト受精卵の遺伝子改変実験の論文
Genome Editing:Chinese scientists genetically modify human embryos

ゲノム編集技術を用いて、ヒトの受精卵の遺伝子改変実験を行ったという論文が発表されました。この実験は、中国、広州にある中山大学のJunjiu Huang らの研究チームによって行われたものです。

20150423_01

CRISPR/Cas9 というゲノム編集技術をヒトの生殖細胞に用いる実験が、複数、中国で行われたという噂をきっかけに、アメリカの科学者の間では、こうした実験を自主的に一時中止し、そのリスクや研究の進め方を議論しようという動きがはじまった矢先のことでした(ここ)。

ヒト生殖細胞へのゲノム編集を報告する世界最初の論文は「ヒトの3前核卵におけるCRISPR/Cas9 による遺伝子編集」というタイトルで、『プロテイン&セル』誌に掲載されました。『プロテイン&セル』誌は学術出版大手のシュプリンガー社が中国をベースに発行している月刊の学術ジャーナルです。オープンアクセスで、誰もが閲覧できます。『ネイチャー』誌によると、この論文は『ネイチャー』誌や『サイエンス』誌に投稿されましたが、倫理的問題もあり、リジェクトされたとのことです。『プロテイン&セル』誌には3月30日に投稿され、4月1日に受理されました。十分な査読が行われたかどうか、疑問視する向きもあります。

「3前核卵」とは、2つの精子が入った受精卵(3PN卵)のことで、不妊治療でおこなう体外受精でできてしまいます。この異常受精卵は発生のプロセスをたどることはないとされ、廃棄されてしまうので、Huang らは中国の規制ガイドラインに抵触しないと考えたのでしょう。Huang らはこの受精卵を使って、ベータグロビン遺伝子の異常を修復する実験を行いました。この遺伝子の異常はサラセミア(地中海貧血)という貧血症を起こします。

Huang らは、実験は中山大学の倫理委員会の許可を得ており、受精卵を提供した両親には十分なインフォームドコンセントが行われたとしています。

論文によると、ベータグロビン遺伝子の修復は効率的に行えなかったようです。しかもオフターゲットが多かったと報告されています。オフターゲットとは、DNA の標的としていた個所以外のところでCRISPR/Cas9 のシステムが働いてしまうことです。CRISPR/Cas9 はゲノム編集の強力なツールとなっていますが、ある頻度でオフターゲットが起こることが、1つの課題となっています。

CRISPR/Cas9 をヒトの生殖細胞に用いる実験には、まだ多くの議論やリスクの検討が必要です。

中国ではゲノム編集技術によるヒト生殖細胞の遺伝子改変実験が他にも行われており、さらに別の論文が発表される可能性もあります。


ゲノム編集技術(1)
Genome Editing Technology(1)

アメリカの生物学者の間で、ゲノム編集技術に関する議論が高まりつつあります。

ゲノム編集技術とは、DNA の二重鎖の任意の個所を削除したり、別の配列に置き換えたり、挿入したりする技術で、文字通り、遺伝情報の「編集」を行う技術です。2年ほど前に登場したCRISPR/Cas9 という新しい技術によって、ゲノム編集は容易に、かつ効率的に行うことができるようになりました。

CRISPR/Cas9システムは、Cas9タンパク質とガイドRNAからなり、DNA のターゲットとなる個所を切断します。

20150419_01

この技術は、例えば実験用の遺伝子改変マウスの作成、医薬品開発、家畜や作物の改良などに利用できます。また、ヒトの体細胞に用いて遺伝子治療を行うこともできるでしょう。同時にこの技術は、ヒトの生殖細胞や初期胚に用いることにより、生まれてくる赤ん坊の遺伝子をあらかじめ改変する時代への道を開くものでもあります。これまではSFの世界で語られてきた「デザイナーズ・ベイビー」が実現する可能性がでてきたのです。

今年の1月24日、カリフォルニアワインの産地として有名なナパで、生命倫理に関する会議が開かれ、CRISPR/Cas9 をヒト生殖細胞に用いる実験について話し合いが行われました。ヒト生殖細胞の遺伝子改変は倫理的に問題があるばかりでなく、まだその安全性や子孫へのリスクが明らかにされていません。

ナパの会議をよびかけたのは、CRISPR/Cas9 の開発者であるカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダードナでした。この会議には、1980年のノーベル化学賞を受賞したポール・バーグも参加しました。バーグは1975年に開催されたアシロマ会議の主催者の1人です。アシロマ会議では、当時、急速に台頭してきた遺伝子組み換え技術の潜在的なリスクの検討や研究の進め方が話し合われました。ナパの会議は、いわば「アシロマ会議のゲノム編集技術版」といった位置づけで行われたものです。

この会議が開催され背景には、CRISPR/Cas9 をヒトの胚ないし生殖細胞に用いた実験が昨年中国で行われ、その論文が近く発表されるという噂がありました。この噂によると、実験は複数行われているようです。また、その1つは、ハーバード大学メディカルスクールの遺伝学者ジョージ・チャーチ教授の研究室に所属する若い研究者によって行われたと伝えられています。卵巣がんの手術で摘出された卵巣細胞を培養し、これにCRISPR/Cas9を用いてBRCA1 という遺伝子の修復を行ったとのことです。BRCA1 はがん抑制遺伝子の1つで、これに変異が起こると卵巣がんや乳がんを引き起こします。

論文はまだ出版されていないため、以上の内容はもちろん不正確な点もあると思われます。日本を含め多くの国では、生殖細胞の遺伝子改変は法律やガイドラインで禁止されています。

ハーバード大学の研究者はメディアからの問い合わせに答えていません。チャーチ教授は、「実験は基礎的なものだ」とメディアに答えており、このような実験が行われたことを暗に認める発言をしています。
ペンシルロケットのペーパークラフト
ペンシルロケット発射60周年を記念して、国分寺市ではいくつものイベントが行われています。企画展「ペンシルロケット60年目の待ち合わせin国分寺」は明日まで開催。本日と明日は、「ペンシルロケットを作ろう!」も行われます。

この「ペンシルロケットを作ろう!」は、ペーパークラフトで実物大のペンシルロケットを作り、飛ばしてみるイベントです。

20150418_01

私もこのペーパークラフトを作ってみましたが、なかなかうまくできています。紙を円筒形や円錐形に丸めたり、その円筒や円錐を糊付けの際に内側から押さえたりするには、断面が円形のお箸(なるべく長いもの)を使うのが便利なようです。出来上がったものを、私がもっているペンシルの模型(右)と並べてみたのが、下の写真です。

20150418_02

このペーパークラフトは日本宇宙フォーラムが企画・販売しています。問い合わせは03-6206-4902まで。
月の誕生:ジャイアント・インパクト説の問題点が解決か
Origin of Moon:Similarities between Earth and the impactor

月の成因に関する重要な論文が『ネイチャー』誌の4月9日号に発表されました。

月の成因に関しては、ジャイアント・インパクト説が有力です。今から45億年ほど前、太陽系が誕生して間もない時期に、火星サイズ(質量でいうと地球の10分の1程度)の天体が地球に衝突しました。飛び散った破片は円盤となって地球をまわるようになり、それらが集積して月になったとする説です。

20150416_01

しかし、この説には弱点がありました。地球と月の成分を調べてみると、いろいろな元素の同位体比がほとんど同じなのです。例えば、酸素16、酸素17、酸素18の同位体比は地球と月ではほとんど同じですが、火星や隕石とは異なっています。それ以外にクロム、ケイ素、チタン、タングステンなどの同位体比もほとんど同じであることが分かっています。

太陽系の天体ができるとき、その天体がどこでできたかによって同位体比は異なってきます。地球に衝突した天体(インパクターとよんでいます)も、よそからやってきたので、その同位体比は地球と異なっていたはずです。月誕生のシミュレーションによれば、月の材料の約80%はインパクターのマントル物質由来とされていますから、現在の地球と月の同位体比が同じという点に矛盾が生じます。

ジャイアント・インパクト説はいろいろな証拠から、現在最も有力な説になっていますが、一方では、この同位体比が最大の問題になっています。最近ではこれを解決するために、いくつものバリエーションも提唱されています。すなわち、複数の衝突によってできた、インパクターは火星サイズよりも大きかった、あるいは小さかったなどです。

イスラエル工科大学のAlessandra Mastrobuono-Battisti らの研究チームは、太陽系の天体ができてくる詳細なシミュレーションを検討しました。天体が衝突を繰り返しながら、惑星が成長していきます。サイズの大きな天体も衝突します。月はそのような衝突の、最後の大衝突でつくられたのでしょう。研究チームは、シミュレーションの過程を追いながら、成長した惑星とそれに衝突するインパクターの組成を調べてみました。すると、両者の組成はよく似ていることがわかったのです。シミュレーションで形成された惑星はそれぞれ組成が異なっていましたが、それらに衝突するインパクターはほとんどの場合、良く似ていました。

結局、今回の研究結果によれば、地球に衝突するインパクターはもともと同位体比が似ていたわけです。これによって、ジャイアント・インパクト説の最大の弱点がなくなることになります。また、火星サイズの天体が衝突したという「古典的な」ジャイアント・インパクト説で問題はなくなり、さまざまなバリエーションを考える必要はなくなりました。

はたして、この結論が正しいのかどうか、今後のさらなる研究がまたれます。
『銀河鉄道の夜』:天気輪の柱のモデルとなった天頂儀
下の古いポストカードは、先日、オークションで入手したものです。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に出てくる「天気輪の柱」のモデルになった水沢の緯度観測所の天頂儀が写っています。

20150413_01

現在は国立天文台水沢VLBI 観測所となっている緯度観測所は、明治32年(1899)に地球の回転を精密に観測する国際共同事業のために設置されました。天頂儀(暗視天頂儀)とは天頂を見るための天体望遠鏡です。天頂付近の星が子午線を通過する時刻を、毎晩この天頂儀で詳しく測定していました。

天気輪の柱については、この本で詳しく説明していますが、賢治の造語で、『銀河鉄道の夜』の主人公のジョバンニが夜空を見上げる丘の上と、天頂に輝くこと座の1等星ベガ(すなわち銀河ステーション)を結ぶ、いわばワープ装置のような存在です。大正13年(1924)3月に緯度観測所を訪問した賢治は、そこで天頂儀を見て、この発想に至りました。この年の夏から、賢治は『銀河鉄道の夜』を書き始めます。

20150413_02

天気輪の柱は、「空の三角標」に変容します。三角標も賢治の造語で、三角測量で用いられた測標とよばれるやぐらのことです。測標は三角点の上に建てられます。したがって、天気輪の柱は、三角点のある場所に存在したと考えられます。その場所は、賢治が愛した種山ヶ原の頂上の物見山でした。ここには、1等三角点「種山」があります。ここが、天頂に輝く空の1等三角点であるベガにつながっているのです。

賢治が緯度観測所を訪問したときのときの体験は『晴天恣意』という作品になりました。『晴天恣意』では五輪峠のあたりに冬には珍しい積乱雲が生じ、それが五輪塔のように見えることが書かれており、天気輪の柱という名前自体は五輪塔から発想されているのがわかります。五輪峠は物見山の北西約8km のところにあります。天気輪の柱をめぐり、水沢の緯度観測所、種山ヶ原、五輪峠は以下のようなトライアングルをつくっています。

20150413_03

天気輪の柱のモデルが何であるかについては、いろいろな説がありました。例えば、念仏車(石づくりの柱に鉄の輪をはめこんだもので地蔵車ともいう)、法華経の「見宝塔品」の宝塔賛美、大気中の光学現象である太陽柱(サンピラー)などです。それらの多くは「柱」という形状から類推されており、「私はこう思う」というだけで、合理的根拠は何もありません。地上と天頂をつなぐという天気輪の柱の根本概念にもとづきながら、そのモデルを論理的に考察することは行われてきませんでした。

ポストカードに写っている天頂儀が置かれている場所は、観測が行われた緯度観測所構内の天頂儀室です。現在は、水沢VERA観測所構内にある木村栄記念館に展示されています。
TRMM 衛星、ミッション終了
TRMM mission has come to an end

NASA はTRMM(熱帯降雨観測衛星)の観測機器の電源を4月8日に落としたと発表しました。

20150411_01

TRMM は1997年11月に打ち上げられて以来、熱帯域の降雨を観測してきました。昨年、軌道高度維持のための燃料がなくなり、以後、高度を下げながら観測を継続してきましたが、TRMM の観測はこれで終了したことになります。17年という驚異的な長さのミッションでした。

TRMM は今後も高度を落とし、大気圏に再突入します。その時期は正確には予測できませんが、6月中旬あたりとみられています。
ペンシルの時代:ロケットと宇宙旅行
Rockets and Space travel:Era of Pencil rocket

4月12日は国分寺でペンシルの水平発射実験が行われて60周年にあたります。国分寺市では、いくつものイベントが行われます。

ペンシルロケットが開発され飛行した時代は、世界でも日本でも、ロケットや宇宙旅行に関心が高まっていた時代でした。それはスプートニク以前の時代であり、宇宙がまだ想像の域を出ない時代でした。それだけに、宇宙に対する夢とあこがれがいっぱいの時代だったのです。

下は、アメリカの『コリアー』誌1952年3月22日号です。「宇宙探検」の特集号で、ウェルナー・フォン・ブラウンをはじめ科学者たちが宇宙探検の未来を語っています。

20150408_01

有名なスペース・アーティスト、チェズリー・ボーンステルが素晴らしいイラストを描いています。表紙も彼が描いたものです。

20150408_02

下は東雲堂が発行していた『科学クラブ』の「ロケットと宇宙旅行」特集号(1957年)です。糸川英夫博士が監修。ロケット、人工衛星、宇宙ステーション、月世界旅行などが図解され、世界で開発されているロケットも紹介されています。

20150408_03

当時はすでにペンシルロケットに続くベビーロケットの実験も終了していました。そのベビーロケットの図面が示されています。

20150408_04

日本が目指していたロケットによる高層大気の観測も、以下のように解説されています。

20150408_05

子供の頃の私は、この特集号を読み、宇宙への挑戦に胸を躍らせたものです。
メガチャド湖:緑のサハラの時代の巨大湖
Megachad:Megalake during the period of Green Sahara

NASA のEarth Observatory のサイトで、数日前に、国際宇宙ステーション(ISS)から撮影したアフリカ、チャド湖の画像が紹介されました。

20150403_01

チャド湖はチャド、ニジェール、ナイジェリア、カメルーンの4か国が国境を接するところに位置しています。この画像はチャド湖を南西方向から撮影したものです。正面および左側がサハラ砂漠で、左手遠くにティベスティ山地が黒っぽく見えています。右側がサヘルとよばれる半乾燥地帯です。チャド湖は20世紀には世界有数の巨大な湖でした。黒っぽく見えている領域全部が湖水でしたが、現在は右端のわずかな部分にしか水は存在しません。気候変動が原因とされています。白っぽい砂嵐がチャド湖に吹きつけている様子が見えています。劇的に縮小したこの湖に、私は以前から興味があり、『超絶景宇宙写真』でも紹介しました。

上の画像に関するNASA の説明文には、「現在のチャド湖は長さ200km ほどしかないが、かつては巨大な湖で、地質年代でいう近い過去には、この画像に写っている領域のほとんどが湖であった」という個所があります。これだけでは、何のことかお分かりにならない方も多いのではないでしょうか。この説明は「メガチャド湖」について語っているのです。

今から8000〜6000年前のサハラは湿潤な気候で、緑におおわれました。その頃、ここに巨大な湖、メガチャド湖が広がっていたのです。メガチャド湖はキングス・カレッジ・ロンドンの研究チームによって研究されてきました。下の画像は、研究チームの現地調査や人工衛星による高度データなどから再現されたメガチャド湖です。

20150403_02

湖はティベスティ山地のふもとまで広がっていました。ISS からの画像のカナダアームの右、地平線の近くにボデレ低地が写っていますが、ここはメガチャド湖で最も水深の深い場所でした。

20150403_03

上の画像で水色の部分が20世紀のチャド湖です。メガチャド湖がいかに巨大であったかが分かるでしょう。

▲PAGE TOP