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カンブリア紀大爆発のトリガーとなった大事件
先カンブリア時代と古生代カンブリア紀との境界は今から5億4200万年前とされています。カンブリア紀になると、多細胞生物は多様な進化をとげ、いわゆる「カンブリア紀の大爆発」がおこりました。カンブリア紀大爆発の特徴の1つは、生物が殻や骨格をもつ進化の道筋が開けたことです。また、高度な視覚をもつ生物が登場し、捕食者と非捕食者の関係が生じました。捕食者はより強大になり、非捕食者は身を守る仕組みを発達させる「軍拡競争」の時代がはじまったわけです。三葉虫はこの時代の代表的な生物です。

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カンブリア紀大爆発というこの生命進化上の大イベントと、カンブリア紀とその前の時代の地層との間にみられる「大不整合」を関連づける論文が、『ネイチャー』誌の4月19日号に掲載されています。

大不整合は世界各地でみられ、先カンブリア時代の大陸でつくられた岩石層の上に、カンブリア紀に浅い海で堆積したとみられる層が乗っています。アメリカのグランドキャニオンなどでは地上に露出しています。下の写真では、断崖の一番下、コロラド川が流れる地層のすぐ上のあたりに大不整合が存在しています。

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アメリカ、ウィスコンシン大学の Shanan Peters とポモナ・カレッジの Robert Gaines は、北アメリカ大陸830か所の大不整合の地層から採取した2万点以上の岩石サンプルを分析し、この時代に何が起こったのかを調べました。すると、大不整合が形成された時代、大陸の周辺部では海進と海退がくり返され、海の化学環境が激変したことがわかりました。大陸性の地殻が浸食されて、カルシウム、鉄、カリウム、ケイ素などの成分が大量に海に流れこんだからです。その結果、生物はリン酸カルシウムの骨格や炭酸カルシウムの殻をつくったり、放散虫が骨格となる二酸化ケイ素を取りこむことができるようになったのではないかと、二人は推察しています。

カンブリア紀の大爆発がなぜ起こったのか、生物が殻や骨格をもつようになったのはなぜかなど、この時代に関する疑問はたくさんありますが、まだよくわかっていません。海水の化学成分の激変がそのトリガーになったという今回の論文は、きわめて興味深いものです。
太陽の磁場反転とマウンダー極小期
国立天文台と理化学研究所の研究者を中心とする太陽観測衛星「ひので」の国際研究チームは、太陽磁場の反転をとらえたと発表しました。

太陽の磁場は約11年で反転をくり返し、反転する時期は太陽活動の極大期にあたっています。今回の太陽周期では極大期が2013年5月ごろと予想されており、このときに北極と南極の磁場の反転がほぼ同時に起こると考えられてきました。ところが、「ひので」の観測によって、すでに北極では予想されるより1年も早く磁場が減少をはじめていることが明らかになりました。まもなく磁性がマイナスからプラスに反転してしまうとみられています。一方、南極では現在もプラスの磁性が安定していて、反転のきざしがみえません。そのため、このままでは、北極と南極が両方プラスになり、太陽の磁場が双極子の構造から4重極構造になってしまうと予想されています。

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こうした成果は、「ひので」が太陽極域を精密に観測できるために可能となったものです。これまでの太陽望遠鏡では観測できなかった極域での現象が見えてきたのです。おそらく「ひので」は、太陽活動が低下した時期の磁場反転プロセスでおこる現象を見ているのでしょう。「ひので」は今年10月ごろに北極域の集中的な観測を行う予定とのことですが、これから太陽に何が起こるのか、本当に4重極構造になるのか、興味がもたれるところです。

太陽の磁場をつくっているのは、太陽内部のダイナモ機構です。ダイナモの動きが太陽磁場の変動や黒点の活動となってあらわれてくるわけです。「ひので」の観測は、太陽ダイナモに関する画期的な知見をもたらしてくれるでしょう。

一方、メディアではこうした科学的側面よりも、マウンダー極小期のような寒冷期との関連が取り上げられているようです。しかし、これには注意が必要です。

発表されたプレスリリースには、たしかに「地球が寒冷であったと言われるマウンダー極小期やダルトン極小期には、太陽がこのような状況にあったと考えられており、今後の推移が注目されます」とありますが、「このような状況」とはいったい何なのか、はっきりしません。「ひので」は17世紀のマウンダー極小期時代の太陽を観測することはできず、当時の太陽の状態を現在と比較するには、太陽活動についてのより深い理解が必要です。

マウンダー極小期やダルトン極小期は太陽活動が非常に低下した時期でした。最近の太陽活動も20世紀にくらべるとかなり低下しており、寒冷期に特徴的な太陽周期の伸びもみられます。しかし、現在の太陽の状態がマウンダー極小期に直接つながる可能性が低いという点については、以前にここここここで書きました。太陽ダイナモの変動ないしは活動低下と地球の寒冷化を関連づける論文も発表されていますが、この分野はまだ科学的にわからないことが多く、今後の学問の発展を待たなくてはなりません。
北朝鮮の核開発(3):3回目の核実験は間近?
北朝鮮は3回目の核実験を行う準備を進めているという情報があります。下は今年4月1日に撮影された豊渓里核実験場の衛星写真です。黄色の矢印の部分が核実験に用いるトンネルの入り口とみられる個所、その左の赤い点線で囲った部分は土石堆積物です。

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2010年10月16日に撮影された衛星写真とくらべて、土石堆積物が増えているようです。この土石がトンネルの掘削で出てきているものか、それともトンネルはすでに完成し、核爆弾を入れた後に埋め戻すための土石を他の場所から運んできたものかははっきりしません。

下は、豊渓里核実験場一帯の衛星画像です。左上が最初の核実験が行われた場所、左下が今回撮影された場所です。2009年に実施された2回目の核実験は、右側に見えている場所で行われました。

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2回目の核実験の規模はTNT 火薬換算で約4キロトンとみられており、専門家は実験が成功したとみています。その根拠の1つは、北朝鮮が最初の核実験を行った際、事前に中国に対して爆発の規模を5キロトン程度と説明していたという情報があるからです。2回目の核実験が1度目で成功しなかった核爆弾とほぼ同じものを使用したのであれば、北朝鮮は1回目の失敗を克服して、2度目のチャレンジに成功したということになります。すなわち、ここで書いたいくつかの課題を北朝鮮はクリアしていることになります。

北朝鮮が3度目の核実験を行う可能性は高いとみられる理由はいくつかあります。まず、北朝鮮がミサイルと核をセットとみなし、瀬戸際外交のカードとしてきたことです。4月13日のミサイル発射実験(人工衛星の打ち上げ)の失敗は、北朝鮮にとって対外的にはそれほど打撃になるものではありません。長距離ミサイルの開発を不断に続けていることを国際社会に示すことが重要なのです。同じように、北朝鮮が核の開発を続けていることを世界に示すために、近いうちに核実験を行う可能性は高いと思われます。

もう1つ、技術的な面からみても、北朝鮮が本気で核を開発しようとしているなら、核実験が必要です。核兵器の開発には、核物理学の知識に加えて、スパコンでのシミュレーションが欠かせません。アメリカをはじめ核を保有している大国は、すでにこれまでの実験で、核爆発に関する豊富なデータを手に入れています。したがって核兵器の高度化や新型の核兵器の開発を、実際に実験を行わなくても、スパコン上で行うことができます。しかしながら、北朝鮮はこうした手段をもっておらず、核兵器の開発には核爆発実験がどうしても必要なのです。
北朝鮮の核開発(2):最初の核実験
北朝鮮は2006年10月9日に初の核実験を行いました。場所は咸鏡北道吉州郡豊渓里でした。

一般に、地下核実験は地下数百メートルの岩盤まで縦穴を掘って行います。この縦穴に核爆弾を収めたコンテナを下ろし、その上を岩石で埋め、さらにその上部を大量のコンクリートで固めます。こうして放射性物質が大気中にもれないようにして、核爆発実験を行うのです。十分に小型化され、洗練された核弾頭を爆発させる場合、縦穴の直径は1.5m ほどでよいといわれています。地下に埋められたコンテナと地上はケーブルで結ばれます。このケーブルは核爆弾の起爆装置を点火させるために使われます。また、爆発の瞬間のデータもこのケーブルを通して送られてきます。地上にも核爆発をモニターするための施設が設置されます。

地下で核爆発がおこると、その場所には空洞ができます。大きさは爆発の規模によります。空洞の周囲は爆発の際の高温で岩石が溶解し、ガラス化して、放射性物質を閉じこめてしまいます。ただしこれは、爆発個所の岩盤がしっかりしている場合の話で、もしも安定した岩盤層まで穴を掘らずに実験を行った場合は、岩盤の亀裂や地層の空隙を通して放射性物質がもれたり、長い間には、地下水を通じて放射性物質が周囲に広がる危険性があります。

北朝鮮の核実験は、縦穴ではなく、山体にトンネル(横穴)を掘って行われます。下は、2006年に核実験が行われた場所の衛星画像です。左側にトンネルの入り口が、右側にトンネルを掘削して出てきた土石を堆積させているとみられる場所が見えています。

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10月9日午前10時35分27秒に、核爆発による地震が観測されましたが、マグニチュードから推定すると、爆発の規模は、TNT 火薬に換算して1キロトン程度と小さなものでした。プルトニウム239 は一部しか核分裂反応をおこさず、実験は失敗しました。爆発規模が予想よりかなり小さかったため、爆発は通常の火薬による「みせかけ」という見解まで出ましたが、アメリカ空軍機が日本海上空で採取した大気サンプルから放射性物質が検出されたとの情報があります。山体の割れ目などから微量な放射性物質がもれ出したようです。また、地震波の波形も核実験に特徴的なものでした。

失敗の原因は何だったのでしょうか。第1 に考えられるのが、プルトニウム239 の純度、言い方をかえればプルトニウム240 の問題です。核兵器級のプルトニウムの組成は、プルトニウム239 が約93%、プルトニウム240 が約6%、その他のプルトニウム同位体が約1%とされています。原子炉でウラン235 を燃やしていると、核分裂をしないウラン238 が中性子と反応しでウラン239 となり、それがベータ崩壊してネプツニウム239 となり、さらにベータ崩壊してプルトニウム239 になります。この核燃料棒を原子炉から取り出し、再処理を行ってプルトニウムを抽出するわけですが、原子炉であまり長く核燃料を燃やしていると、プルトニウム240 が増えてしまいます。プルトニウム240 は自分で核分裂反応を行う「自発的核分裂」の性質をもっており、この性質がプルトニウム239 の核分裂を精密にコントロールする際に妨げになります。

プルトニウム240 の存在は、プルトニウム型核爆弾が考案されたときからの難題でした。北朝鮮の核実験が失敗したのは、プルトニウム240 の量が多かったため、爆発が途中で終わってしまったのではないかという見解が専門家の間であります。実験に使われたプルトニウムが北朝鮮の黒鉛減速炉の核燃料棒から抽出されたものだとすると、確かに核燃料棒を取り出すタイミングは遅すぎたようです。この時点で、北朝鮮はプルトニウム240 の含有率をあまり考慮していなかった可能性があります。

第2 に考えられるのが、爆縮過程の問題です。プルトニウム239 に核分裂連鎖反応を起こさせるためには、球形のプルトニウムの直径を2分の1程度にまで圧縮する必要があります。プルトニウムの圧縮は、高性能爆薬の爆発によって生じる内向きの衝撃波(爆縮波)によって行いますが、このとき爆縮波はプルトニウムを同時にかつ均等に圧縮しなくてはなりません。これがうまくいかないと、核爆発は途中で停止してしまいます。プルトニウムを瞬間的に均等に圧縮させるためには、高性能爆薬の設計を綿密に行わなくてはならず、高速で燃焼する爆薬と低速で燃焼する爆薬を組み合わせたり、爆薬の形状や配置を工夫する必要があります。北朝鮮は高性能爆薬の爆発実験をそれまでに100回以上行っていましたが、これはきわめて高度な技術で、いくら爆発実験をくり返しても可能になるとは限りません。もちろん、爆薬自体の性能の問題もあります。

第3 に考えられるのは、タンパーの設計上の問題です。タンパーが爆薬の衝撃波を効果的に伝え、かつプルトニウム239 と中性子の閉じ込めに有効なはたらきをするかどうかは、あらかじめ計算が可能ですが、実際にそのとおりになるかどうかは、実験で確かめなくてはなりません。

さらに、部品の精度や信頼性の問題も考えられます。核爆弾の製造には精密加工技術や精密測定技術が不可欠です。仮に上のような問題がすべてクリアされていたとしても、製造された爆弾自体が粗雑であれば、完全な核爆発は起こりません。
北朝鮮の核開発(1):爆縮型核爆弾
北朝鮮の「人工衛星打ち上げ」失敗の原因については、もう少したつといろいろなことがわかってくるでしょう。今後懸念されるのは、3回目の核実験です。北朝鮮は2006年7月5日にテポドン2号とみられるミサイルの発射実験(北朝鮮は人工衛星の打ち上げと主張)を行い、同年10月9日に最初の核実験を行いました。また2009年4月5日にテポドン2号の発射実験(北朝鮮は人工衛星の打ち上げと主張)を行ったときには、同年5月25日に2度目の核実験を行っています。つまり、北朝鮮はミサイルと核をセットにして考えており、今回も早い時期に核実験を行う可能性があります。

北朝鮮が開発しているのはプルトニウムを用いた爆縮型核爆弾です。このタイプの核爆弾の構造を原理的に示すと、以下のようになっています。

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全体は球形になっていて、中心部に核分裂をおこすプルトニウム239 が未臨界で保持され、その内部に核反応をスタートさせるための中性子源(中性子起爆装置)が置かれています。プルトニウム239 の外側には、ウラン238 でできたタンパー(隔離材)があります。タンパーとは核分裂連鎖反応が起こっている間、プルトニウムを1か所に閉じこめておくためのものです。質量が大きいことから、ウランが用いられます。タンパーはまた、中性子が外に逃げて連鎖反応が終わらないよう、生成した中性子を反射する中性子反射板としての役割も果たします。タンパーの外側を高性能爆薬が取り囲んでいます。爆薬は燃焼速度の速いものと遅いものを組み合わせ、爆発が起こったときに衝撃波が中心部に向けて収束する、すなわち爆発(エクスプロージョン)ではなく、爆縮(インプロージョン)をおこすように設計されています。そのため、この爆薬は爆縮レンズともよばれます。

高性能爆薬の周囲に設置された点火装置が作動すると、爆縮波が中心に向かって伝わり、プルトニウム239 を圧縮します。プルトニウム239 は体積で4分の1から8分の1ほどにまで圧縮され、臨界に達します。同時に内部の中性子源で中性子が生成され、核分裂反応がはじまります。1回の核分裂で2〜3個の中性子が生成し、次の核分裂を引き起こします。こうして100万分の1秒程度の間に核分裂連鎖反応が進み、エネルギーが一挙に解放されます。

プルトニウムにはプルトニウム238、プルトニウム239、プルトニウム240、プルトニウム241、プルトニウム242 などの同位体がありますが、核爆弾として利用できるのはプルトニウム239 だけです。プルトニウム239 は原子炉内でウラン239 が中性子を吸収すると生成されます。核爆弾に用いられる兵器級プルトニウムでは、プルトニウム239 が約93%含まれており、こうしたプルトニウムを生産するために、専用の原子炉が用いられています。北朝鮮では、ソ連から導入した黒鉛減速炉でプルトニウム239 を生産しています。一方、発電用軽水炉でつくられたプルトニウムでは、プルトニウム239 は50〜60%しか含まれず、核爆発の邪魔になるプルトニウム240 が20%以上含まれています。

爆縮機構を精緻化することで、核爆弾を小型化し、運搬手段(ミサイル)に搭載することが可能になります。
ATV 3号機によるISS リブースト
現在、国際宇宙ステーション(ISS)にはヨーロッパの補給機ATV 3号機「エドアルド・アマルディ」が結合しています。4月6日には、このATV を用いたISS のリブースト(軌道上昇)が行われました。下の画像は、そのときのようすを撮影したものです。

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リブーストにはATV のメインエンジンと、姿勢制御用スラスターが用いられました。上の画像では姿勢制御用スラスターの地球方向への噴射がよく見えています。ATV 後部についているメインエンジンの噴射も少し見えています。下の画像はATV によるリブーストの示すイラストです。

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ISS が周回している高度約400km の宇宙空間にも、わずかに空気が存在し、その抵抗によってISS はわずかずつ高度を下げています。そのため、ISS はときどき軌道を上昇させるリブーストを行います。今回のリブーストでISS の高度は5.55km 上昇したとのことです。また、プログレス補給船のドッキングとソユーズ宇宙船の期間に向けた軌道修正も一緒に行われました。

スペースデブリがISS に接近する場合にも、衝突を回避するための緊急の軌道変更が行われます。リブーストやこうした軌道変更はISS のサービス・モジュールの推進機構やプログレス補給船でも行われます。スペースシャトルを使って行ったこともありました。

ATV 3号機「エドアルド・アマルディ」は3月23日に打ち上げられ、29日にISS に到着しました。

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上の画像は、ATV 3号機がスラスターを噴射しながらISS に接近するようすです。
古代マヤ文明はなぜ崩壊したか
マヤ文明は紀元前から存在していましたが、とくに栄えた時期が2つあります。紀元300年から800年ごろの古典期と、1000年ごろからはじまり、1500年代初期まで続く後古典期です。マヤ文明の盛衰には、ユカタン半島の自然環境の変化が大きく関係していたようです。

古典期の終わりごろ、マヤの人々は熱帯雨林のほとんどを伐採して耕作地にしていました。そのため、以前は森林に吸収されていた太陽光の反射率が高くなり、結果的にこの地域の気候を変える要因になりました。NASA のゴダード宇宙研究所のベン・クックが気候モデルを使って、800〜950年ごろの気候を再現してみたところ、この時代の雨季(6〜8月)は熱帯雨林が存在していたときよりも気温が高く、乾燥していたことがわかりました。

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上の画像は、800〜950年ごろに自然の植生がどのように分布していたかを示したものです。白いところほど、自然の植生が失われていることを示しており、マヤ文明が栄えていたユカタン半島では、森林伐採が大規模に行われたことがわかります。

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上の画像は、熱帯雨林が存在していたころと比べた800〜950年ごろの降水量を示したもので、茶色が濃いほど降水量が少なくなります。ユカタン半島では、降水量が20%も減少しています。

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上の画像は、熱帯雨林が存在していたころと比べた800〜950年ごろの夏の気温を示したもので、赤茶色が濃いほど気温が高くなります。ユカタン半島では気温0.3〜0.4度C高くなっています。

こうした気候の変化が干ばつの度合いを増幅し、古代マヤ社会に混乱をもたらしたのかもしれません。

マヤ文明の崩壊と気候の関係については、『サイエンス』誌の2003年3月14日号に興味深い論文が発表されています。当時、チューリッヒ工科大学の地球科学部門に所属していたGerald H. Haug らは、ベネズエラ沖のカリアコ海盆で得られた堆積物コアの分析から、当時の降水量を高い解像度で復元してみました。

それによると、ユカタン半島では紀元150〜250年ごろにひどい干ばつの時期があることがわかりました。この時期は、社会的混乱が起こり、それまでの都市が放棄された時期にあたります。その後、人々はふたたび集まり、古典期が花開きました。

Haug らはさらに、750〜950年の200年間に、ユカタン半島がきわめてきびしい干ばつに何度も見舞われたことも明らかにしました。下の図はHaug らが行った、この期間の分析結果を示すもので、縦軸は堆積物中に含まれるチタンの比率を示しています。チタンの含有量が少ないところが干ばつに見舞われた時期で、濃いグレーで示されています。これによると、760年ごろ、810年ごろ、860年ごろ、910年ごろに何年にもわたる干ばつが起こったことがわかります。

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こうした事態が、マヤ文明古典期の終息をもたらす要因になったと考えられます。とくにユカタン半島北部はもともと降水量が少なく、都市の生活はセノーテ(石灰岩地帯につくられた陥没穴)に溜まる地下水に依存していたため、干ばつによる影響は大きかったと考えられます。

古典期末期における夏季の降水量減少については、『サイエンス』誌の2012年2月24日号で、イギリス、サウサンプトン大学の国立海洋学センターのMartin Medina-Elizalde らが、4種類の古気候データを検討した結果を発表しています。それによると、この時代の夏季の降水量は最大で40%も減少しており、その原因は、この時期に発生する熱帯低気圧やハリケーンの頻度や強度が低下したせいではないかとしています。
鳥インフルエンザ・ウイルスの論文公開へ
アメリカのバイオ・セーフティーに関する国家科学諮問委員会(NSABB)は、高病原性鳥インフルエンザ・ウイルス(H5N1 亜型インフルエンザ・ウイルス)の変異ウイルスに関する2本の論文の公開を認める勧告を発表しました。鳥の世界で流行している高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスは1997年に香港ではじめて死者がでており、人間の世界での流行が懸念されています。

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2本の論文というのは、『ネイチャー』誌に投稿された東京大学医科学研究所およびウィスコンシン大学の河岡義裕教授のグループの論文、『サイエンス』誌に投稿されたオランダ、エラスムス医療センターのロン・フーシェ教授のグループの論文で、いずれも、哺乳類間で感染する変異H5N1 亜型ウイルスを作成したというものです。H5N1 亜型ウイルスは、まだ人間の間での感染は確認されていませんが、2つのグループが作製した変異H5N1 亜型ウイルスは、哺乳類でのウイルス伝播をしらべるモデル生物であるフェレット間で飛沫によって伝播することが示されました。

NSABB は昨年12月、2本の論文はテロなどに悪用される危険性があるとして、実験の詳細や結果を大幅に削除して掲載するよう求めました。これに対して、河岡教授らは情報を完全に公開することで、来るべきパンデミックに対する準備が可能になると主張しました。一方で、河岡教授やフーシェ教授ら39名のインフルエンザ・ウイルスの研究者は、H5N1 亜型ウイルスの哺乳類伝播に関する研究を60日間中断すると発表し、この間にH5N1 亜型ウイルスの研究と社会の安全保障について国際的な議論がなされることを要請しました。

NSABB の今回の勧告は、この60日間のモラトリアムの終了とタイミングを合わせて発表されたもので、テロなどに悪用されるリスクよりも、公衆衛生上のメリットの方が大きいとしています。WHO(世界保健機関)も2月に情報の全面公開を求める見解を発表していました。

変異H5N1 亜型ウイルスについて、このような議論が国際的に行われたことは、科学の世界にとって意義のあることだと私は思います。一方、今回の議論では、バイオ・セーフティー施設での実験についても問題になりました。エボラ・ウイルスなどきわめて危険なウイルスの実験は高度な閉じこめを行うバイオ・セーフティー・レベル4(BSL-4)で行われています。H5N1 亜型ウイルスの実験は、炭疽菌やSARS ウイルスなどとともにバイオ・セーフティー・レベル3(BSL-3)で行われています。スペイン風邪のパンデミックを起こした1918年のインフルエンザ・ウイルスの再現ウイルスはBSL-3 とBSL-4 の中間の施設で行われています。

こうした施設で実験を行うにあたっては、厳重な管理が必要ですが、『ネイチャー』誌によると、この10年の間に、中国本土、台湾、シンガポールのBSL-3 およびBSL-4 の施設でSARS の感染が起こりました。また、アメリカでも多くのバイオ・セーフティー規則違反が報告されているとのことです。テロによるウイルスの拡散よりは、規則違反によるウイルス流出の危険の方が現実性は高いといえます。

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