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フレンドシップ7:「大統領、急に忙しくなりました」
フレンドシップ7 によるアメリカ初の有人地球周回飛行について書きました((1)(2))が、このときのエピソードをもう1つ、紹介しましょう。

フレンドシップ7 が地球を1周してケープ・カナヴェラル上空に戻ってくるとき、ケネディ大統領との電話交信イベントが計画されました。ジョン・グレンの飛行は、それまでソ連に先を越されていた有人宇宙飛行の分野で、アメリカがようやく一矢をむくい、以後の反撃を準備するための、きわめて重要なミッションでした。ジョン・グレンはいわば共産主義帝国に敢然と立ち向かう戦士であり、ホワイトハウスにとって、グレンとの電話交信は政治的に大きな意味があったのです。

「セグメント51」の警告ライトが点灯したのは、ケープ・カナヴェラルのMCC(マーキリー・コントロール・センター)とホワイトハウスの回線がつながる、まさにそのときでした。ランディング・バッグが展開したかもしれないという深刻な事態を示す信号です。フライト・ディレクターのジーン・クランツはすぐに部下に指示します。「(大統領の)電話のことは忘れろ。すぐにセグメント51 をチェックしてほしい」。

MCC は緊急対応に乗り出しました。一方、電話には大統領が出ていました。電話口の担当者はこう伝えるしかありませんでした。「大統領、急に忙しくなりました。電話で話す時間はないと思います」。どこかの国であれば、「状況を確認している間に、30秒でいいから話をさせろ」というようなことになりそうですが、ケネディは「機会ができたら電話してくれ」といって電話を切りました。

フレンドシップ7 はこの時点では最低7周することになっていました。まだ機会はあるという判断もあったのでしょうが、問題が発生した場合、その状況に責任をもつ部署や組織にすべてをまかせられるかどうかは、指導者の資質にかかわることです。ケネディは少しも迷うことなく、現場にまかせる決断を下したのでした。
フレンドシップ7:アメリカ初の有人地球周回飛行(2)
グレンは3周目に入りました。ハワイの上空まできたとき、地上局が伝えてきました。「ランディング・バッグが展開しているというセグメント51 の表示が出ている。エラーだとは思うが、ケープはチェックしたいとのことだ。ランディング・バッグのスイッチをオート・ポジションにしてライトがつくかをみてほしい」。このとき、グレンは数秒間考えたと、後に書いています。スイッチを押してグリーンのライトが点灯すれば、ランディング・バッグは展開していることがわかります。悪い状況ではあるものの、何が起きているかを把握することができるわけですが、このときグレンが考えたのは、別のことでした。もしも表示がエラーだった場合、スイッチを押して、それが誤作動したら、バッグを本当に展開させてしまうかもしれない。

しかし、グレンはそうしたこともすべて地上では考えた末のことだと理解し、スイッチを押します。ライトは点灯しませんでした。グレンは大気圏再突入の準備に入ります。

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カリフォルニア上空でグレンは軌道離脱の逆噴射を行いました。地上局にいた同僚のウォーリー・シラは「テキサスまでレトロパックをつけておくように」と指示します。レトロパックとは、3基の逆噴射エンジンを収めたパッケージのことで、ヒートシールドの外側にストラップで取り付けられていました。逆噴射終了後、レトロパックは切り離されます。

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MCC では、最後まで議論が続いていましたが、レトロパックを最後まで付けたまま再突入を行うという決断を下しました。ライトの点灯はエラーの可能性が高いが、確認ができない以上、安全策をとる必要があります。レトロパックをつけたままなら、ランディング・バッグが展開していたとしても、レトロパックのストラップがヒートシールドを船体に押し付けておく役目をします。

テキサス上空まで来ると、地上局はグレンに「再突入の間、レトロパックを分離しないように」という指示を送りました。グレンはレトロパックを付けたままの再突入に懸念をもちます。「なぜだい?」「ケープが決めたことだ。ケープが理由を説明する」。ケープ・カナヴェラルとの交信範囲に入ると、MCC のアラン・シェパードが理由を告げます。「ランディング・バッグが展開しているかどうか、確認できない。レトロパックをつけたままでも再突入は可能だ。再突入に問題はない」。「了解した」と、グレンは答えました。

数分後、降下するフレンドシップ7 は高温プラズマに包まれ、交信不能になるブラックアウトに入りました。グレンが窓の外を眺めると、レトロパックの破片が炎に包まれて飛んでいくのが見えました。3分後、交信が回復しました。「こちらフレンドシップ7。コンディションは良好だが、外は本物の火の玉だ。レトロパックの破片がずっと見えていたよ」。

フレンドシップ7 は4時間55分23秒の飛行の後、プエルト・リコ、サンフアン島の北西の海上に無事着水しました。ランディング・バッグのライトが点灯しており、バッグにもヒートシールドにも異常がなかったことを示していました。

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フレンドシップ7 の大気圏再突入はマーキュリー計画の中で、もっとも緊張に満ちたものでした。地上のミッション・コントロールと軌道上の宇宙飛行士とのコミュニケーションがどうあるべきかについて、NASA は多くのことを学びました。グレンは地上がトラブル発生をすぐに知らせなかったことについて、次のように書いています。

「管制官たちは私に心配させたくなかったのだ。しかし、私の考えは違う。パイロットを暗闇の中にほうっておくべきではない。特に彼が本当のトラブルに見舞われていると思っているのなら。パイロットの仕事はいつも緊急の事態にそなえていることだ。そして、すべてを知らされていないなら、彼は十分にそなえることができない」。
フレンドシップ7:アメリカ初の有人地球周回飛行(1)
今年の2月20日は、ジョン・グレンがアメリカ初の有人地球周回飛行を行って50年にあたります。

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1961年4月12日、ユーリー・ガガーリンはボストーク1号で世界初の有人宇宙飛行を行いました。これによって、東西冷戦下での米ソの宇宙開発競争は加速されました。アメリカはガガーリンの飛行に遅れること23日、5月5日にマーキュリー宇宙船でアラン・シェパードを打ち上げました。しかし、打ち上げに使われたレッドストーン・ロケットは力不足で、シェパードは15分間の弾道飛行を行ったのみでした。7月21日のバージル・グリソムの飛行も弾道飛行でした。地球周回飛行を行うにはアトラス・ロケットが必要でしたが、当時、アトラスはまだ人間を乗せられる段階に達しておらず、試験打ち上げは失敗と部分的な成功をくり返していました。

一方、ソ連は8月6日にゲルマン・チトフをボストーク2号で打ち上げ、地球を17周させることに成功しました。アメリカにとってもはや弾道飛行は意味をもたなくなり、3回目の弾道飛行はキャンセルされました。ジョン・グレンはアトラス・ロケットでの地球周回飛行に挑むことになったのです。

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グレンは自分が乗るマーキュリー宇宙船を「フレンドシップ7」と名づけました。フレンドシップ7 の打ち上げは最初1961年12月20日に計画されていましたが、62年1月16日に延期されました。さらに1月23日、1月27日と延期されました。1月27日にグレンはせまい宇宙船の中で6時間も待たされましたが、悪天候のために打ち上げはまたしても延期となりました。2月4日に予定された打ち上げも延期になり、ようやく2月20日にグレンを乗せたマーキュリー・アトラスはケープ・カナヴェラルの発射台を離れたのでした。打ち上げは世界中に中継され、1億3500万人が見守ったといわれています。

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フレンドシップ7 は地球を周回する軌道に入りました。グレンが「発光する宇宙ホタル」を見たと報告してきたのは有名な話です。これは宇宙船から放出された水分が凍り、太陽光で輝いたものでした。フレンドシップ7 は自動で姿勢制御されていましたが、地球を1周しかけたところで、ASCS(姿勢制御システム)にトラブルが発生し、宇宙船は左右にドリフトをはじめました。グレンは手動で姿勢を制御しなくてはならなくなりました。

フレンドシップが2周目に入ろうとしていたころ、ケープ・カナヴェラルのMCC(マーキュリー・コントロール・センター)のコンソールに「セグメント51」のライトがともりました。大気圏再突入時には宇宙船の底に取り付けられているヒートシールド(熱遮蔽板)が宇宙船を高温から守ります。ヒートシールドは着水前に本体から外れ、その間にあるエアバッグが膨らんで着水の衝撃を和らげます。セグメント51 のライトが点灯したことは、そのランディング・バッグがすでに展開し、その下にある熱遮蔽板がルーズになっている(ストラップでつながってはいる)状態を示しています。この状態で大気圏再突入を行えば、ヒートシールドが外れ、宇宙船は約2000度C の高熱によって燃えつきてしまう危険性があります。

フレンドシップ7 は次の3周目で大気圏再突入を行うことになっていました。時間はあまりありません。ここから、MCC の緊迫した時間がはじまります。セグメント51 のライトが点灯したのはエラーか、それともランディング・バッグは本当に展開しているのか。問題を解決するための緊急会議がもたれましたが、グレンにこの状況は知らされませんでした。

グレンは決められたフライト・プランを消化するのに追われる一方、相変わらず宇宙船の姿勢を手動で制御していました。インド洋上の船との交信で、グレンに指示がでます。「ランディング・バッグのスイッチをオフにしておくように」。オーストラリア、パースの地上局には同僚のゴードン・クーパーがいました。「ランディング・バッグのスイッチはオフになっているか?」「オフになっている」。「爆発音のような音を聞いたかい?」「いや」。グレンはヒートシールドに何か問題が起こっているのではないかと考えはじめます。
共進化の秘密:一夜だけ花開く新種のラン
ラン(蘭)は最も成功した植物の仲間の1つに数えられるでしょう。現在、世界で2万種以上のランが知られています。ランの成功は、受粉を媒介する昆虫や菌根をつくる菌類との巧みな共進化の産物です。そこにはまだ私たちが知らない進化の秘密が秘められているにちがいありません。昨年11月に記載されたランの新種 Bulbophyllun nocturnum を知ったとき、私はあらためてそう思いました。

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野生のランが最も多く分布しているのはエクアドルで約3700種。2番目はニューギニア島で、約3000種といわれています。Bulbophyllun nocturnum はそのニューギニアのニューブリテン島から、オランダ、ライデン大学の研究者de Vogel が研究のために持ち帰ったランでした。ライデン大学植物園で栽培していたのですが、つぼみはつくものの、花はいつもしぼんでしまいます。ある夜、このランを自宅に持ち帰ったde Vogel は、このランが夜だけ、しかも一夜だけしか花を咲かせないことを発見しました。

de Vogel は英国王立植物園のShuiteman らとともにリンネ協会のジャーナルに新種を記載する論文を発表しました。この論文によると、de Vogel らは何度も観察しましたが、すべての花が「夜10時ごろになると開き、朝10時ごろになると閉じてしまった」とのことです。

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花が夜しか開かないのですから、受粉を媒介する昆虫も夜行性なのでしょう。しかし、どのような昆虫が受粉を媒介しているのか、なぜ一晩という短い期間に花が開くだけでいいのか、どのようなメカニズムによって昆虫は花に引きつけられるのかといったことに関してはよくわかっていません。熱帯雨林の奥地に咲く花であり、現地での観察が非常に困難だからです。

論文でも触れられていますが、熱帯の夜に花開くランが、11月のライデンという高緯度の冬の時期にも、正確に花を開かせる時刻を知っていた仕組みもなぞのままです。

Bulbophyllun nocturnum について、Shuiteman は以下のように語っています。「これは今でも驚くべき発見があるという好例である。しかし、熱帯の原始林から新しい種を見つけるという仕事は、時間とのたたかいでもある。そうした森林はどんどん消えつつあるのだから」。
未来の超大陸「アメイシア」
イェール大学のロス・ミッチェルらは『ネイチャー』誌の2月9日号に、超大陸サイクルに関する論文を発表し、今から5000万年から2億年後には、超大陸「アメイシア」が北極を中心に出現すると予測しています。下の画像がアメイシアの予想図です。

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アメイシアとはAmerica とEurasia が一緒になることからつくられた名前です。この図をみると、北極海がなくなり、北アメリカ大陸とユーラシア大陸が衝突し、さらに、南アメリカ大陸やオーストラリアなども接近してきます。

現在の大陸配置は、今から約3億年前に誕生した超大陸パンゲアが分散する過程と考えられます。パンゲアの分裂がはじまったのは今から約1億5000万年前、大西洋が誕生したのは1億年ほど前のことです。パンゲアの前には、10億年ほど前に超大陸ロディニアが、さらにその前には、約18億年前に超大陸ヌーナが存在しました。古くはウィルソン・サイクルとよばれていましたが、地球上の大陸は、このように超大陸として集合しては分散するということをくり返してきたと考えられています。

ロディニアやヌーナが地球上のどこに存在したのかは、よくわかっていません。現在の大陸塊がこれまでどのように移動したのかも、相対的位置関係はある程度わかっているものの、時代をさかのぼるにつれて、その位置は不正確になります。ミッチェルらは、世界各地の古い岩石に保存された磁場の向きをベースにして、今から8億年前以降の大陸の配置を再構成してみました。すると、大陸の集合と離散のプロセスは、これまでの超大陸サイクルのモデルとはことなるものになりました。

超大陸サイクルのモデルには2種類がありました。「内転モデル」とよばれるでは、超大陸が分裂して次の超大陸ができる場合、その場所は、元の超大陸とほぼ同じ場所になります。つまり、この場合、ヌーナやロディニアはパンゲアと同じ場所に存在したことになります。一方、「外転モデル」とよばれているものでは、超大陸はその前の超大陸の反対側にできます。この場合、ヌーナはパンゲアと同じような場所に、ロディニアはこれらとは地球の反対側に存在したことになります。

ミッチェルらのモデルでは、超大陸は元の超大陸と角度で90度ほど離れた場所につくられます。超大陸はマントルが地球内部に下降する場所に大陸が集まって形成されますが、超大陸がつくられるとマントル対流に影響を与え、その下にマントルの上昇流が形成されます。そして、これを取り囲むように、角度で90度ほど離れたあたりに新しい沈み込み帯が現れるのです。ミッチェルらの計算では、パンゲアの中心とロディニアの中心は87度、ロディニアの中心とヌーナの中心は88度離れているという結果がでました。

『ネイチャー』の論文のSupplementary Information には、ミッチェルらが作成した過去5億年間の大陸移動のアニメーションが含まれています。これを見ると、緯度0度、東経100度あたり(ロディニアの中心があったところ)を中心にして大陸が分裂して移動していき、3億年ほど前に緯度0度、東経10度あたり(現在のアフリカ)を中心に大陸が集まってパンゲアが形成され、それが分裂して現在にいたる様子がよくわかります。

ミッチェルらのモデルでは、パンゲアの次の超大陸アメイシアの中心は、アフリカから角度で90度離れた大円上に出現することになります。その候補の1つが北極のあたりということになり、上に示したような大陸の配置が考えられるわけです。
重力レンズで見た100億光年彼方の銀河
ハッブル宇宙望遠鏡による重力レンズ現象の新しい観測結果が発表されています。下の画像がそれで、中心にあるのはエリダヌス座の RCS2 032727-132623 という銀河団です。その周囲の青いアーク状の光が重力レンズによって浮かびあがった背後の銀河 RCSGA 032727-132609 です。ハッブル宇宙望遠鏡の WFC 3 によって撮影されました。

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下は、上の画像を説明するもので、背後の銀河 RCSGA 032727-132609 の光が RCS2 032727-132623 の重力によって曲がられ、4つの像になって観測されていることがわかります。また、左下に、RCSGA 032727-132609 を再構成した想像図が示されています。

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RCSGA 032727-132609 は約100億光年彼方にあります。つまり私たちは100億年前の銀河を見ていることになります。きわめて遠方にある銀河を観測しようとしても、その光はかすかで、しかも小さくしか見えません。しかし重力レンズを利用すれば、これだけ遠い距離にある銀河の姿を詳細にみることができます。銀河の進化の研究にとって強力な手段になるでしょう。
首都直下型地震:発生確率は30年以内70%のまま
東京大学地震研究所が発表した「マグニチュード7クラスの首都直下型地震が発生する確率は4年以内で70%」の試算をどう解釈すべきかを先日書きました。

その後、京都大学防災研究所は同じ方法で計算し、「5年以内に28%」という数値を得ています。発生確率が低くなったのは、東大地震研が3月11日以降半年間のデータを用いたのに対して、京大防災研では3月11日から今年1月21日まで、10か月あまりのデータを用いているためです。マグニチュード3以上の地震は減ってきているため、このような結果が出ました。

一方、政府の地震調査委員会は9日に、東大地震研の試算が大きな反響を呼んだことを受けて首都直下型地震の発生確率について議論し、発生確率を従来のまま「30年以内70%」とすることにしました。短期的発生確率には大きな幅が生じるためとのことです。先日も書いたように、グーテンベルク・リヒター則は地震発生予測に用いるものではありません。東北地方太平洋沖地震発生後に首都直下型地震の発生確率が高まっているのかどうかは、もう少し慎重に検討すべきでしょう。

数字に踊らされず、しかしきちんと地震対策を進めていくことが大事です。
ユーラシア大陸の寒波と北極振動
今年の冬は例年よりも寒いようですが、寒いのは日本だけではありません。気象庁は2月6日に「ユーラシア大陸の顕著な寒波について」という報道発表をしています。それによると、今年の1月半ば以降、ユーラシア大陸には中緯度帯を中心に強い寒気が流入し、気温が平年より低い状態が続いているとのことです。カザフスタンやモンゴル、ヨーロッパ東部では異常低温が記録されています。

下の図は2012年1月15日から2月4日までの週ごとの気温平年差を示したもの(気象庁作成)で、ユーラシア大陸に寒気が広がっていく様子が見えています。

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気象庁によると、1 月半ばに、偏西風の蛇行にともなってシベリア西部で高気圧の勢いが強まり、シベリア東部の強い寒気がモンゴルからカザフスタンに流入しました。その後、高気圧は勢力をさらに強めてヨーロッパ北部にまで広がり、それに対応して、カザフスタン付近の寒気がヨーロッパ西部まで流入したとのことです。

こうした寒気の到来は「北極振動」と関係しているかもしれません。北極振動というのは、北極域の気圧とその周辺の中緯度帯の気圧がシーソーのように高低をくり返す現象です。北極域の気圧が高く、中緯度帯の気圧が低い場合を「負の北極振動」とよんでいます。このときには寒気が中緯度帯に流れこみやすくなります。一方、北極域の気圧が低く、中緯度帯で高い場合を「正の北極振動」とよびます。このときには寒気の南下が弱くなるので、中緯度帯では暖冬になります。

負の北極振動は、最近では2009年12月から2010年2月にかけて顕著な寒波をもたらしました。このときには北極域で高気圧が発達し、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸中緯度帯に強い寒気が南下しました。下の図はそのときの大気の流れを北極上空から見た概念図(気象庁作成)です。

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NOAA のサイトで北極振動の指標である「AO インデックス」を見ると、2000年以降の様子は以下のようになっていました。グラフの上向きが「正の北極振動」、下向きが「負の北極振動」を示しています。上に述べた2009年12月から2010年2月にかけての時期は、「負」をあらわす青い線が下に伸びているのがわかります。

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このグラフで見ると、昨年末時点でAO インデックスは正になっています。ところが、その後の速報値によると、今年に入って、1月中旬ごろからAO インデックスは負に転じているのです。今回のユーラシア大陸の寒波には、ラニーニャ現象なども関係しているとみられ、どこまで負の北極振動が関係しているかは、まだはっきりしていません。今後の気象庁の発表を待ちたいと思います。
燃えさかる太陽
太陽活動が活発になってきました。NASA の太陽観測衛星SDO(Solar Dynamics Observatory)の最近の画像をいくつかご紹介しましょう。

下の画像は今年1月23日に起きた太陽フレアです。GOES 衛星によるX 線強度はM8.7で、これは最大規模のフレア(X クラス)にもう少しというかなりの規模です。これにともなって発生したCME(コロナ質量放出)で多量の高エネルギー粒子が地球にやってきました。普通はオーロラが見られない地域でも美しいオーロラが見られたとのことです。これだけの規模のフレアとCME は2005年以来のことでした。

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下は、1月2日に、SDO からは太陽の裏側にあたる場所で起こった太陽フレアとCME のときのものです。フレア本体を観測することはできませんでしたが、そのときの噴きあげられた高エネルギー粒子の束が太陽の縁に観測されました。太陽大気内で起こるはげしい爆発現象がとらえられています。

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下は、昨年12月8日に観測された見事なプロミネンスです。

SDO

今回の太陽活動周期の極大期は2014年ごろとみられています。

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