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宇宙飛行士にささぐ
今年もまた、NASA の ”Day of Remembrance” がやってきました。宇宙に挑んで生命を落とした宇宙飛行士たちに思いをはせる日です。

NASA

この時期はNASA にとって特別な意味をもっています。NASA の宇宙飛行士が死亡した3度の事故がこの時期に集中しているのです。

1967年1月27日、ケネディ宇宙センターの発射台で訓練をしていたアポロ1号で火災が発生し、クルーのバージル・グリソム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーが死亡しました。電気系統のショートが原因でした。宇宙船内では純粋酸素が使用されていたため、炎は瞬く間に広がり、飛行士は脱出することができませんでした。このころ、アメリカは1960年代が終わらないうちに月面に人間を送るアポロ計画を強力に推し進めていたのですが、この事故でアポロ計画は一時大きな危機を迎えることとなりました。

1986年1月28日には、スペースシャトル・チャレンジャー(51-L)が発射台を離れて73秒後に爆発し、7名のクルー、フランシス・スコビー、マイケル・スミス、ジュディス・レズニク、エリソン・オニヅカ、ロナルド・マクネア、グレゴリー・ジャービス、クリスタ・マコーリフの生命が失われました。原因は寒波が訪れていた時期にシャトルを打ち上げたために、O リングとよばれる固体燃料ブースターのゴム製部品が弾力性を失い、燃焼ガスがブースターから噴き出してしまったことによるものでした。この事故によって、シャトルは2年8か月の間、飛行が中断しました。

そして2003年の2月1日、地球に帰還するスペースシャトル・コロンビア(STS-107)はテキサス州上空で空中分解し、7名のクルー、リック・ハズバンド、ウィリアム・マックール、マイケル・アンダーソン、カルパナ・チャウラ、デイビッド・ブラウン、ローレル・クラーク、イラン・ラモンの生命が失われました。事故の原因はシャトル左翼前縁のRCC 耐熱材の破損によって、大気圏再突入時の高温ガスが機体内に侵入したためでした。事故後、シャトルの飛行は2年6か月にわって中断されました。

コロンビア事故から約1年後、NASA の2機の火星探査機が火星に軟着陸しました。2004年1月4日に着陸したスピリットのハイゲイン・アンテナの裏側には、コロンビア事故で命を落とした7名をしのぶ銘板がはられていました。

NASA

また、スピリットが着陸した場所はコロンビア・メモリアル・ステーションと名づけられました。コロンビア・メモリアル・ステーションからは地平線はるかに丘陵地帯が見わすことができました。その丘陵はコロンビア・ヒルズと名づけられ、それぞれの丘にクルーの名がつけられました。スピリットはその後、その1つであるハズバンドヒルを登ることになりました。また、着陸地点の西に見えた3つの丘陵にはアポロ1号のクルーの名前がつけられました。

1月25日に軟着陸したオポチュニティーの着陸地点はチャレンジャー・メモリアル・ステーションと名づけられました。

月の裏側にはアポロ・ベイスンとよばれる大きなくぼみがあります。ここのクレーターには、アポロ1号、51-L 、STS-107 のクルー、そして人類初の月周回飛行を行ったアポロ8号のクルーの名がつけられています。

ApolloBasin

これらの宇宙飛行士の名は、地球だけでなく、他の天体にもとどめられているのです。
首都直下型地震:「4年以内の発生確率70%」の意味
Metropolitan epicenter:70% chance of a quake within 4 years?

「首都直下型などマグニチュード7クラスの地震が南関東で4年以内に発生する確率は70%」という報道が、ここ数日飛び交っています。東京大学地震研究所が発表したものですが、いかなるデータにもとづいているのか、どのような手法で導きだされた予測なのか、報道ではわかりません。それらは同研究所ウェブサイトの「2011年東北地方太平洋沖地震による首都圏の地震活動の変化について」に示されています。しかし、一般の方には多少理解が難しいところもあります。私自身もよくわからない点や確認したい点があったので、地震研究所に電話し、酒井慎一准教授にお話をうかがいました。以下は、そのときの内容も含めて、この試算の意味を検討したものです。

この試算ではまず、首都圏でのマグニチュード3以上の地震の数を、昨年3月11日の東北地方太平洋沖地震発生前後の半年間でくらべると、それまで47個であったものが、3月11日以降は343個に増加していることが示されています。そこで、3月11日以降の地震を「グーテンベルク・リヒター則」にあてはめてみました。グーテンベルク・リヒター則というのは、地震など自然界で発生する複雑な現象を統計処理する手法の1つです。地震の発生データに用いると、大きな地震はめったに起こらないが、小さな地震はたくさん起こるという経験則が得られます。このグーテンベルク・リヒター則で計算したところ、首都圏でマグニチュード7クラスの地震が発生する確率は「今後30年間で98%」、別な表現をすると、発生確率が70%になるのは「この先4年」という結果が得られました。

地震研究所の試算が述べているのはそれだけであり、それ以上でもそれ以下でもない点に注意しなければなりません。この点は酒井先生も強調されていました。つまり、「3月11日以降の首都圏の地震のデータをグーテンベルク・リヒター則にあてはめて、マグニチュード7クラスの地震の発生確率が70%になるポイントを求めたら今後4年であった」ということであり、本当に地震が起こるかどうかとは別の問題なのです。

グーテンベルク・リヒター則とは過去に起ったデータから経験則を導くための手法であり、地震の発生予測に用いるものではありません。さらに、ウェブ上でも述べられているように、「大きいマグニチュードについては、グーテンベルク・リヒター則から外れることもよくある」ので、この試算結果を、現実に起るかもしれないマグニチュード7クラスの地震と重ね合わせて考えることは危険です。ところが報道では、こうした点は飛びこされ、「4年以内の発生確率70%」という部分のみが独り歩きしてしまいました。

さらに今回、混乱をまねいているのは、これまで国が、南関東でのマグニチュード7クラスの地震の発生確率を「今後30年で70%」としてきた数値との関係です。地震研究所の試算は、東北地方太平洋沖地震に誘発された小さな地震から発生確率を求めたもので、「首都圏の地震活動が高まらなかったとしてもいずれ起きるはずの首都直下地震について試算することは、本研究ではできません」としています。つまり、この2つは扱っているデータも、計算の手法もことなり、お互いに関係がないのです。ところが、これまでは「今後30年」であったものが、東北地方太平洋沖地震の発生によって首都圏の地震活動が活発化し、「今後4年」にまで発生確率が高まったかのように受け取られる報道となってしまいました。これは間違いであり、酒井先生も本意ではないでしょう。もっとも、ウェブに掲載された図版では、「政府試算:今後30年で70%」から「グーテンベルク・リヒター則に基づく試算:30年で98%」に向けて太い矢印が引かれていますから、このように解釈されてしまうのも無理はないといえます。

東北地方太平洋沖地震によって、首都圏直下型地震の発生確率が高まったかどうかはきわめて重要な研究課題であるといえるでしょう。そのためには、首都圏の地下でどんなことが起こっているかを調べなくてはなりません。東北地方太平洋沖地震で東北地方は大きく動き、関東圏の陸塊との間に新たなストレスが生じたと考えられます。3月11日以降頻発している地震は、このストレスが徐々に緩和され、新たな平衡状態に達するまでの過程として発生しているものかもしれません。とすれば、今後、こうした地震の発生回数は減少していくでしょう。あるいは逆に、地震によって発生したストレスが直下型地震を発生させるメカニズムを刺激し、その前兆として小さな地震を多数誘発しているのかもしれません。となると、まさに直下型地震は切迫した状況と考えなくてはいけません。

こうしたことが解明されていけば、発生確率が高まっているかどうかを検証し、より精度の高い発生予測が可能になるでしょう。くりかえしになりますが、今回の地震研究所の試算は、こうした研究とは別のところで、3月11日から半年間のデータで経験則を導いたものです。

今回の試算結果(実際は昨年9月に発表されたもの)は、メディア上で思わぬ広がりでみせました。社会的関心が非常に高い問題であるだけに、説明には慎重な配慮が必要です。また、科学的にコアの部分は査読つきの学術誌に投稿する必要もあったのではないでしょうか。

大地震はいつ発生するかわからず、日ごろから対策を立てておくことが重要です。突然の電話にもかかわらず、私の質問にいろいろ答えていただいた酒井先生に感謝します。
オームの法則は原子レベルのスケールでも成立
半導体の加工技術は1ナノメートルのオーダー、すなわち原子サイズのスケールにまで達しつつあります。このサイズにまでなると、自由電子の移動が妨げられて抵抗が増加するため、電子回路の基礎であるオームの法則が成り立たないと考えられてきました。ところが、『サイエンス』誌の1月6日号に、「オームの法則は原子レベルのスケールでも成立」という論文が発表されており、読んでみました。

オーストラリア、ニューサウスウエールズ大学量子計算および通信技術センターの研究者らは、シリコン結晶中にリン化水素をドーピングし、幅がリン原子4個分(1.5ナノメートル)、厚さがリン原子1層分(0.4ナノメートル)の「電線」を作成することに成功しました。これに電流を流したところ、抵抗値は1cm あたり約0.3ミリオームときわめて低く、電流密度は銅線と同等だったとのことです。原子レベルのスケールでも抵抗値の低い電線を作成することが可能であることは、現在の半導体回路を原子レベルにまで微細化する際にも、また量子コンピューターなどで用いる量子回路の開発にも有効であると、著者らは述べています。

作成した5本の電線について、その長さと抵抗値を計ってプロットしてみたところ、データは直線状に並び、このサイズの電線でもオームの法則が成り立っていたと、論文では報告しています。

この論文の意義は、原子レベルのスケールでも実用的な回路作成が可能になったという点にあるのでしょう。それを、タイトルを「オームの法則は原子レベルのスケールでも成立」として、『サイエンス』の編集者や読者に「おやっ? 読んでみよう」という気にさせたあたりに、「論文投稿のこつを心得ているな」という印象をもたせる論文でした。
スペースシャトル以後:有人宇宙飛行の新たな時代へ
スペースシャトル計画の終了により、宇宙飛行士や技術者など多くの人々がNASA を離れています。シャトル最後のフライトSTS-135 のコマンダーだったクリス・ファーガソンさんやその前のSTS-134 のコマンダー、マーク・ケリーさんなどもすでにNASA を去りました。少しさびしい感じがしますが、シャトル計画の遺産はさまざまな場所で受け継がれ、有人宇宙飛行の新しい時代を築いていくことになるのでしょう。

10年以上にわたってスペースシャトルのローンチ・ディレクターをつとめたマイク・ラインバッハさんもNASA を離れ、ULA(United Launch Alliance)で新たなチャレンジに取り組むことになったようです。

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ULA はロッキード・マーチン社のアトラス5 ロケットとボーイング社のデルタ4 ロケットによる人工衛星打ち上げを行っています。今後、商用有人宇宙飛行の打ち上げも行うため、有人打ち上げについてのラインバッハさんの豊富な知識と経験が必要とされています。

シャトル打ち上げ時のNASA のライブ映像で、ケネディ宇宙センターの打ち上げ管制室(Firing Room 4 といいます。NASA の有人ロケット打ち上げの歴史を感じさせる名称です)で指揮をとるラインバッハさんの姿を、皆さんもよく見かけたことと思います。私にとってとくに印象に残っているのは、STS-135 の打ち上げで見せた見事な判断でした。

このブログで何度も書いたことがあるように(たとえばこれ)、スペースシャトルの打ち上げは、約3日前からカウントダウンとホールド(カウントダウンの中断)をくり返しながら準備を進めていきます。打ち上げの最終判断はT−9分に行われ、以後は打ち上げの自動シークエンスが進みます。ところが、STS-135 ではT−31秒でカウントダウンが停止してしまったのです。打ち上げの自動シークエンス開始後、T−5分にかくされたホールドが組みこまれており、たまにここでのホールドが行われますが、T−31秒でのカウントダウン停止は、シャトルの歴史上はじめてのことでした。

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T−5分後のカウントダウン停止は過去に5回ありました。1984年のSTS-41D、1985年のSTS-51F、1993年のSTS-55とSTS-51、1994年のSTS-68で、いずれもT−6.6秒のメインエンジン点火後、メインエンジンの不具合あるいは異常な信号が検知されて緊急停止したものです。すべての場合で、その日の打ち上げは中止されました。

STS-135 では、酸素ベントアームの引きこみを確認する信号が受信されなかったため、コンピューターが自動的にカウントダウンを停止させました。酸素ベントアームは打ち上げ直前まで液体酸素タンクの圧力を逃がしておく役目を果たしています。液体酸素タンクの加圧後、アーム先端のキャップが外部燃料タンク頂部から離れはじめるのはT−2分50秒です。ライブ映像でこのシーンを見ると、「いよいよ発射だ!」という気分になったものです。

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アームが整備塔側に完全に引きこまれていなければ、打ち上げ時にシャトルの機体を傷つけてしまう危険性があります。酸素ベントアームがシャトルから離れたことは映像に写っていましたが、完全に引きこみ位置で保持されているかどうか、下から確認する必要がありました。しかし、作業員はすでに発射台周辺から退避しており、目視での確認は不可能です。

それまでに例がなかった事態が発生しても、ラインバッハさんは落ち着いていました。状況をチェックし、酸素ベントアームの引きこみ確認に問題があることがわかると、ラインバッハさんは「カメラ062」の映像をモニターに表示するよう指示しました。映し出された映像には、アームが引きこまれている状態が写っていました。ラインバッハさんはそれを確認すると、打ち上げシークエンス再開を指示しました。T−31秒からのカウントダウンが開始され、アトランティスは無事に最後の宇宙へと飛び立ちました。

この間の一部始終はNASA のライブ映像でそのまま流れました。下は、そのときのカメラ062 からの映像です。

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発射台の周辺には、シャトルの打ち上げをさまざまな角度から監視・記録するために、多数のカメラが設置されていました。カメラ062 は「酸素ベントアームの引きこみを映像で遠隔確認することが必要になる状況が発生するかもしれない」という想定のもとに、整備塔を見上げる角度で設置されました。これまで一度も使われずにきたものが、最後の最後になって必要になったのです。

また、T−31秒というのは、打ち上げシークエンスが地上のコンピューターからシャトルのコンピューターにバトンタッチされ、シャトルのコンピューターでの自動シーケンスが開始されるタイミングにあたります。シャトルの打ち上げプログラムには、こんなこともあろうかと、ここでのホールドもあらかじめ組みこまれていたわけです。

国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングするミッションでは、シャトル打ち上げのウインドウは狭く、STS-135 では10分間でした。この間に問題が解決されなければ、打ち上げを延期せざるを得ません。ラインバッハさんの的確な指示で、カウントダウンの中断は2分19秒ですみました。その2分19秒間に、NASA が長い時間をかけて培ってきた有人打ち上げ技術の成果が凝縮していました。スペースシャトル最後の打ち上げで、ラインバッハさんはNASA の底力を示してくれたのです。
国際宇宙ステーションを見よう
下の写真はNASAが発表しているもので、今年1月4日にヒューストンで撮影されました。月とその近くを通るISS(国際宇宙ステーション)が写っています。

nasa

nasa

ISSは、肉眼でもはっきり見ることができます。しかし、あっという間に通り過ぎてしまいますので、出現する正確な時刻と方角をあらかじめ確認しておく必要があります。ISSは観測条件が良ければ1等星以上の明るさで輝いていますから、それさえ知っていれば、見逃す心配はありません。

ISSの目視予想情報はJAXAの「きぼう」を見ようのページで調べられます。今回、スマートフォンにも対応しました。私も早速、自分の携帯のお気に入りに入れました。

iss

これからは、ISSを見ることが多くなりそうです。
発送電分離論の無理:垂直統合型が合理的
Power generation and transmission:Separation vs. Integration

政府は発電と送配電を分離する「発送電分離」の検討を進めています。これまでも何度か検討されてきた発送電分離論が今回また登場したのは、いうまでもなく福島第一原発事故がきっかけになっています。しかし、なぜ分離する必要があるのかについての議論がほとんどなされないまま、「国民に対する受けがいい」という考えのもと、現在の状況にいたっているのは少し心配です。

『世界』の2011年11月号で、伊東光晴先生は「続・経済学からみた原子力発電」という論文を発表し、発送電分離論について述べています。私が紹介するまでもなく、京都大学名誉教授の伊東先生は理論経済学の権威であり、電力や鉄道などの公益事業について詳しい方です。伊東先生は、原子力発電は技術的に未完成で、「実用化段階の技術ではない」という立場をとっています。また、太陽光発電も「研究段階の技術」で、太陽光発電と風力発電にとって「わが国は適地とはいいがたい」としています。

伊東先生はまず、「発送電分離の考えは、発電部門を複数の企業に分割し、互いに競争させれば発電コストが下がるという、不確かな、考えによるものである」としています。そして、ここから論理的に導かれるのは、第1 に発電部門に設備投資抑制の傾向が生まれること、第2 に電力売買の市場に投機が介入することであるとし、前者については、発送電分離を行ったカリフォルニア州では年に417分の停電、イギリスでは年に76分の停電がおこっているという毎日新聞の記事を引用し、後者についてはエンロン破綻についてふれて「分離・分割のデメリットは、論理的帰結と一致している」と述べています。伊東先生が引用した毎日新聞の記事によると、イギリスでは2020年までに約2兆6000億円の投資をしなければ電力が不足し、大規模な停電がおこる可能性があるとのことです。

今回、発送電分離論が出てきた背景には「自然エネルギーを拡大させるために必要」という主張があります。伊東先生はその代表例である環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏の「自然エネルギー普及のボトルネックがこの送電線です。自然エネルギーを放置していて、かつ独占を守りたい電力会社を今のままにしていたら、結局また邪魔されて、来た道に戻ってしまう。発送電分離をいかに実現するかが、非常に重要です」という主張を引用し、「私はこの考えがわからない」と書いています。

その理由として、第1 に、自然エネルギーが普及しないのは発電コストが高く、発電の不安定さという質の問題があるからで、「それを言わず、責任が電力会社にあるようなことを言うのがわからない」。第2 に、「送電網の独占がなくなるならば、高いものが売れるのか。それはなぜなのか。理解できる人はいないだろう」と書いています。伊東先生によれば、「電力会社の地域独占を批判する飯田氏の主張は、電力会社の独占なしには実現できないのである」。

伊東先生は、「発電・送電・配電が垂直的に統合している日本の現体制が望ましい」と考えています。電力会社では火力、原子力、水力などの電源を組み合わせて発電を行っており、それぞれの電源には、LNG 火力はコストを上昇させずに出力を調整できる、原子力は出力を一定に保つ必要があるなどの特質があります。「こうした電源の特質と新旧の設備差を考え、電力会社の運転中枢は、電力需要の増加につれて、発電コストの安い電源から稼働していく。もちろんそれには送電コストも考慮されている。逆に需要が減った場合には、コストの高い電源から順次に発電を止めていく。こうして発電コストを低く抑えている――これが電源ミックスにもとづく垂直的統合のメリットなのである」というのです。

なお、発送電分離については、日経ECO JAPAN に掲載された澤昭裕氏の論文も参考になります。

だいぶ以前、東京電力の部長の方と食事をしたときの会話を、私は今でも覚えています。それは夏の暑いさかりで、電力不足が真剣に心配されていた時期でした。「大丈夫ですか?」という私の問いに対する答は、「社員が自転車をこいで発電してでも、停電にはしません」というものでした。日本人の生活と産業を支えてきた電力マンの責任感や気概は、もうなくなってしまうのかもしれません。
フォボス・グルント落下:日本近くを通過する日時
フォボス・グルントは高度を下げており、まもなく地球に落下するものとみられます。

1月15日から17日までの間で、フォボス・グルントが日本の近くを通過する日時と経路は以下のようになると思われます。

120114

地球落下がいつになるのかは、直前まで明らかになりません。
銀河系中心の巨大ブラックホールに呑みこまれるガス雲
『ネイチャー』誌1月5日号の表紙を飾っているのは、銀河系中心の巨大ブラックホールに呑みこまれるガス雲のシミュレーション画像です。

nature

私たちの銀河系の中心には、電波およびX線で見えているSgr A*(いて座Aスター)とよばれるコンパクトな天体が存在し、その正体は太陽の約400万倍の質量をもつ巨大ブラックホールと考えられています。ESO(ヨーロッパ南天天文台)では、巨大望遠鏡VLT を用いて銀河系中心部の観測を継続的に行ってきました。マックスプランク地球外物理学研究所のGillessen らが『ネイチャー』誌に発表した論文によると、現在、濃密なガス雲が急速にSgr A* に接近しており、その一部は近い将来Sgr A* に呑みこまれるとのことです。

下の画像は、いて座方向にある銀河系の中心部をVLTで撮影したもので、幅が約1光年の領域に多数の星が集中しています。この中にSgr A* が存在しています。

sgr

下の2枚の画像は2003年5月9日にVLT が近赤外線で撮影したもので、上の画像よりもさらに狭い領域を見ています。左右の幅は約40光日です。右の画像は左の画像の39分後のものです。S2 と名づけられた星のすぐ右下が右の画像では明るくなっています。この場所にあるのがSgr A* で、高温のガスがSgr A* に呑みこまれていったため、明るく輝いたと考えられます。

SgrA

ブラックホールの周囲には降着円盤(回転するガスの円盤)が存在し、ここからガスが事象の地平線を超えてブラックホールに落ちていく際に、電磁波を放射し、それが電波、赤外線、可視光、X線などで観測されます。活動銀河とよばれる銀河では、降着円盤からブラックホールに多量のガスが落ちこんでいき、激しく活動する銀河核が形成されています。しかし、現在のSgr A* は暗く、降着円盤からのガスの流入量が少ないとみられています。

Gillessen らによると、地球の3倍ほどの質量をもつガス雲(主に水素)がSgr A* の方向に移動しており、ここ数年、そのスピードは早まっています。2004年には秒速1200km でしたが、2011年には秒速2350km になっています。ガス雲はすでにSgr A* の重力の影響で変形をはじめており、2013年にはSgr A* に最接近するとみられます。下は、今後数年間のシミュレーション画像です。ガス全体が呑みこまれわけではありませんが、多量のガスが降着円盤に供給され、それがさらにブラックホール本体に流れこんで、Sgr A* は明るく輝くことになるでしょう。

SgrA

ブラックホールにガス雲が呑みこまれていく一部始終を観測できるのは、天文学にとって、大きなチャンスです。Sgr A* のバースト現象をさまざまな波長で観測することによって、Sgr A* とそれを取り巻く降着円盤について、多くの知見が得られることになるでしょう。
ブリューゲル(2):構図の幾何学的中心について
Brueghel (2):Geometric centering in composition

ペーテル・ブリューゲル(父)はバベルの塔を少なくとも3度描いたといわれています。最も知られているのはウィーンの美術史美術館所蔵の『バベルの塔』で、ブリューゲルの画集でも、まず収められるのはこの作品です。2つ目は、ロッテルダムのボイマンス美術館に所蔵されている『バベルの塔』です。3つ目は記録だけで、作品自体は残っていません。

ウィーン版の『バベルの塔』は1563年に描かれたもので、サイズは114×155cm です。バベルの塔は建設途上にあり、画面の左下には天に届く塔の建設を命じたバビロンのニムロデ王が描かれています。画面右下には大型の船がつく港があります。雄大なバベルの塔は巨大な岩山を基礎にしてつくられているのがわかります。建設には長い年月がかかっているため、上層の煉瓦はまだ赤い色ですが、下層の煉瓦はすでに変色しています。建設の様子が細かく描きこまれていて、それを見ているだけでもあきません。

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ロッテルダム版の『バベルの塔』は1568年頃の制作とされていて、ウィーン版に比べると建設工事はかなり進んでいます。ニムロデ王の姿はすでになく、画面のほとんどを塔の偉容が占めています。ブリューゲルの頭の中には、バベルの塔とその周囲の風景についてのきわめて具体的なイメージがあったに違いありません。よく見ると、ウィーン版とはアングルが少し変わっていて、ウィーン版より少し左側から描いたものであることがわかります。そのため、塔の左側の背景にも海が見えてきて、遠近感が増しています。ただし、ウィーン版で描かれていたバビロンの町は描かれていません。

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1993年に池袋のセゾン美術館で「ボイマンス美術館展」が開催された際、このロッテルダム版の『バベルの塔』が特別出品されました。60×75cm とウィーン版にくらべて小ぶりであるにもかかわらず、驚くほど細密に描きこまれたこの作品を間近からじっくりのぞきこんだとき、私にはブリューゲルという画家は構図に非常に厳格で、特に画面の幾何学的中心を重視していたのではないかという疑問が浮かびました。その疑問に対する答を追求することなく18年がたってしまったのですが、『ブリューゲルの動く絵』を見て、十字架を運ぶキリストが画面の中心に小さく描かれているのを再認識したとき(もちろん私はそれまで何度も『十字架を担うキリスト』を見ていたのですが)、18年前の疑問を思いだしたというわけです。

ロッテルダム版の『バベルの塔』の画面中心には小さく、赤い天蓋の行列が描かれていました。下の画像ではうまく表現されていませんが、天蓋の赤はきわめて鮮やかです。

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ウィーン版の『バベルの塔』では塔はまだ建設途上ですが、ロッテルダム版ではすでにスロープを登っていく人たちがいます。つまり、人間が天に足を踏み入れようとする時代に入っているのです。とすれば、これは、神が人間の言葉をばらばらにして、塔の建設を止めさせる直前の光景であるといえます。バベルの塔は人間の傲慢をあらわす象徴とされています。赤い天蓋の行列は聖職者(ローマ教皇)の一行と考えられ、当時のカトリック教会に対するブリューゲルへの批判がこめられていると指摘する人もいます。それが正しいかどうかは別にしても、ブリューゲルがこの赤い天蓋の行列に特別の意味をこめているのは間違いないでしょう。

いくら小さくとも、ブリューゲルの絵画の主題は画面の中心に描かれているという視点から他の作品を見てみると、いろいろ気づくことがあります。ここでは、いくつかの例を示しましょう。

下は『死の勝利』で、中心に痩せた馬に乗り、大きな鎌をふるう「死」そのものが描かれています。

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下は『反逆天使の転落』で、画面の中心にはこの絵の主人公の大天使ミカエルがいますが、正確な中心は剣を振り上げたミカエルのすぐ前の空間にあります。このわずかなずれが画面全体に動きを与えています。

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下は『ベツレヘムの戸籍調査』です。この作品の中心は明らかに雪の中で動けなくなった荷車であり、ここにブリューゲルの何らかのメッセージがこめられているはずです。

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下は、ブリューゲルの最後の作品とされている『絞首台の上のかささぎ』です。中心は絞首台にあります。

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伝えられている原タイトルにもかかわらず、ブリューゲルが描きたかったのは、エッシャー風に現実にはあり得ない形にねじれた「絞首台」そのものであり、かささぎは絞首台に効果的なアクセントを与える存在だったのではないでしょうか。
ブリューゲル(1):『ブリューゲルの動く絵』
最近観た映画の中で特に印象に残ったのはレフ・マイェフスキ監督の『ブリューゲルの動く絵』でした。

Bruegel

キリストの受難を題材にしたペーテル・ブリューゲル(父)の『十字架を担うキリスト』は、キリストの生きていた時代と場所と、ブリューゲルが生きた16世紀のフランドル地方という2つの時空を重ね合わせた作品です。『ブリューゲルの動く絵』はその世界が動き出し、それを21世紀の私たちが見るという3重構造になっています。

『十字架を担うキリスト』は124×170cm というサイズで、ここにブリューゲルは数百人もの人物を描きこみました。キリストがゴルゴダの丘にひかれていくというのに、それに関心のない人たちも多くみられます。宗教画で何度も描かれてきた主題と、農民たちの日常が入り組む世界は、おそらくこの作品にこめられたメッセージと密接に結びついているのでしょう。

Bruegel

手前に描かれている岩と植物、馬の頭骨、そしてブリューゲルの時代よりも少し古い中世風の服装をした聖母マリアたちには、その向こうに広がる世界を俯瞰し、何らかの意味づけをする役割が与えられているようです。頂上に風車のある岩山は、ブリューゲルがイタリアを旅行したときに見たアルプスの山岳風景が参考になっています。画面の一番右にはブリューゲル自身と彼の作品を集めていた画商ニクラース・ヨンゲリンクが描きこまれています。この作品にはブリューゲルのさまざまな意図が隠されていて、それがこの作品の魅力になっています。

映画の原タイトルは “The mill & the cross” で、岩山の上の風車が重要な意味をもっています。風車の形状自体が十字架であり、高みから地上を見下ろす神の視点を表現しています。また風車によって動かされる巨大な木製の歯車が、時の流れを駆動しています。

マイェフスキ監督は絵画に登場する人物の日常生活を描きながら、キリストの受難を描いていきます。絵を動かすためには、実写に加え、ブルーバックで撮影した俳優たちの演技、マイェフスキ自身が描いた背景画の前での演技をコンピューター上で合成する方法がとられました。このポスト・プロダクションには2年半がかかり、クライマックスのシーンでは147のレイヤーが用いられたとのことですから、ブリューゲルの描いた1枚の絵を自然に動かすには、最新のテクノロジーをもってしても、驚くほどの作業量が必要だったことになります。

『ブリューゲルの動く絵』が映画としてすぐれた作品であることは言うまでもありませんが、「絵画に描かれた世界に入りこんでみたい」という多くの人がもつ願望に応えるものでもあり、絵画を楽しむ新しい手法としても興味深いものです。

『十字架を担うキリスト』では、キリスト自身はきわめて小さく描かれていて、一見すると、どこにいるのかわからないほどです。しかし、その位置は画面の正確な中心にあり、その小さな1点からすべての物語がくり広げられていく構図となっています。

Bruegel

『ブリューゲルの動く絵』では、ブリューゲルがこうした構図のアイデアを得るシーンが描かれています。そして、このシーンを見た瞬間、私は18年前に抱いた疑問を、突然思い出したのでした。
フォボス・グルント:地球落下は1月15〜16日か
昨年11月9日に打ち上げられたロシアの火星探査機フォボス・グルントは、地球周回軌道からの離脱に失敗しました。現在、次第に高度を下げており、しばらくすると地球に落下します。

Phobos Grunt

昨年12月16日に、FSA(ロシア連邦宇宙庁)は1月6〜19日に地球に落下すると発表しましたが、最近の軌道解析によると、落下は日本時間で1月15日か16日になりそうです。ただし、正確な日時と落下の場所は直前にならないとわかりません。
標高4000m :地球を見つめる目
4,000 meters up:Keeping an eye on the earth

ハワイ島のヒロの町から車でサドルロードを進み、「すばる望遠鏡」などがあるマウナ・ケア山頂にいたる右折地点のすぐ手前を左に曲がって登っていくと、やがてマウナ・ロア山頂にあるNOAA(アメリカ海洋大気局)地球システム研究所マウナ・ロア観測所に着きます。下の画像はマウナ・ロア観測所のライブカメラがさきほどとらえたもので、山頂の澄み切った大気を通して、早朝の北の空とマウナ・ケア山が見えています。

Mauna Loa

マウナ・ロア観測所では1950年代末から、大気中の二酸化炭素濃度の測定が行われてきました。標高4000m の場所から、地球がどうなっているかを50年以上にわたって見続けてきたわけです。二酸化炭素濃度が季節によって上下に変動しながら、しかし年を追って確実に上昇していくマウナ・ロア観測所のデータは、皆さんも必ずどこかで見たことがあると思います。地球温暖化対策の必要性が広く認識される上でも重要な役割を果たしたデータです。このデータが今どうなっているかというと、下のようになっています。

Mauna Loa CO2

人為的な活動によって排出され、大気中にたまっていく二酸化炭素の濃度は、依然として上昇を続ける一方です。マウナ・ロア観測所では2011年11月の二酸化炭素濃度を390.20ppm と発表しています。2010年11月には388.59ppm でした。

この傾向を、世界平均気温および春の積雪面積の推移と同じ時間軸で比較してみたのが下のグラフで、NOAA が作成したものです。

NOAA

2010年までのデータですが、世界平均気温は1980年あたりから20世紀平均値より暑くなり続けています。また、春の積雪面積もここ20年ほど、平年値より減っている年がほとんどです。地球温暖化が着実に進行していることがわかります。

私たちは今、東日本大震災からの復興の過程にあり、考えなければいけないことや実行しなければいけないことが山積しています。しかし、地球規模でみると、私たちがしばらく目前の出来事にとらわれていた間にも、いろいろなことが進行しています。日本を再生させるためにも、日本の科学や技術で世界の諸問題解決に貢献するためにも、地球全体を見つめる視点を忘れないでいたいものです。

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