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怪談とKWAIDAN
先日、松江市の小泉八雲記念館に行ってきました。

Yakumo_Koizumi

企画展示として「小泉八雲のKWAIDAN 展」が行われており、海外で出版された『怪談』や、小林正樹監督の映画『怪談』(1965年)のスチール写真や海外で公開されたときのポスター、フライヤーなどが展示されていました。

よく知られている「耳なし芳一」「雪女」などを収めた『怪談』、「和解」などを収めた『影』、そして『骨董』などの作品には、『今昔物語』、『雨月物語』、『日本霊異記』などからの再話や、古くからの伝承にもとづいた話が収められ、海外で広く読まれています。欧米人のために英語で書かれた作品を私たちは日本語で読んでいるわけですが、その背後に、日本の伝承文化、日本人の自然観や情感などに対する彼の深い理解が感じられます。

小泉八雲すなわちラフカディオ・ハーンの父親はアイルランド人、母親はギリシア人です。ハーンはギリシアで生まれましたが、2歳からは父の実家のあるアイルランド、ダブリンで育ちました。幼いころ、ゲール語(古アイルランド語)を話す子守からたくさんの妖精譚を聞いたそうです。また、彼が子供の頃にしばしば訪れた西アイルランドのコングはケルト文明以前のストーンサークルやその他の遺跡が残る場所です。少年時代にギリシア神話の本に熱中したという話もあります。そのような体験があったからなのか、ジャーナリストとして活躍するようになってからも、彼は世界各国の奇怪な話や不思議な話にずっと心をひかれていたようです。

シンシナティ、ニューオーリンズ、マルティニークなどで、いくつもの民族文化にふれて日本にやってきたハーンにとって、日本で聞かされた怪談は、彼の創作意欲をいたく刺激するとともに、日本文化に対する深い共感をよび起こしたにちがいありません。それがゆえに、彼の作品は私たちにとっても改めて日本文化を考えさせるものになっているのです。
UARS 落下:情報連絡室とは何だったのか
NASA の発表によると、UARS(上層大気研究衛星)は日本時間9月24日午後0時23分から2時9分の間に地球に落下したとのことです。正確な落下地点は明らかではありませんが、太平洋上とみられます。下の図はUARS の最後の経路で、丸印のついているあたり(北緯31度、東経219度)が、もっとも可能性の高い落下地点とされています。

UARS_reentry

今回の衛星落下については、多くのメディアが取り上げました。私自身も取材を受けたこともあり、エアロスペース社のウェブサイトで、数日前から落下予測地点のチェックをしていました。また、落下1日ほど前からはNASA も落下予定時刻の範囲を発表するようになりました。NASA の情報がアップデートされるたびに、JAXA はUARS の軌道を解析し、落下する可能性のある経路を算出し、その結果は文部科学省のフェイスブック上で逐次公開されました。文科省のウェブサイトには、UARS 落下に関するNASA の文書の仮訳や、デブリ落下に着いてのNASA のFAQ の訳なども掲載されていました。

一方、首相官邸の危機管理センターは情報連絡室を設置し、「わが国に何らかの危機、危険を及ぼす状況が認められる際には、即時に国民にお知らせする」と発表していました。首相官邸のツイッターでも「本日13時、「米国人工衛星落下に関する情報連絡室」を設置。随時、続報を提供します」と書きこまれていましたが、またしても「民主党の危機管理とはこんな程度か」と思わざるを得ませんでした。

結局、情報連絡室のツイッターの内容は「<衛星落下>文科省は、フェイスブックに衛星の情報を更新」あるいは「日本付近を同衛星が通る際の予測軌道図(JAXA 試算)も、文科省フェイスブックに掲載」など、すべての情報提供を文科省のフェイスブックに丸投げの状態で、私たちがNASA のサイトなどで数時間あるいはそれ以上前に知っている情報しか提供されませんでした。日本時間24日の未明には、UARS の落下予測時刻の誤差が縮まり、日本に落下しないことは明らかになっていましたが、情報連絡室から「UARS が日本周辺で大気圏に再突入する可能性はほぼなくなったものと考えられます」と発表されたのは10時20分のことでした。驚くほどの悠長さです。

情報管理室あるいは危機管理センターには、UARS 落下に関する危機とはどういうものかという認識は何もなかったのではないでしょうか。UARS の軌道傾斜角が57度のため、今回は「北緯57度から南緯57度までの、地球上のどこに落ちるかわからない」という表現がメディアでとりあげられ、多くの人に誤解を与えてしまったかもしれません。UARS は地球のどこにでも落下できるわけではなく、軌道経路に沿った場所にしか落下しないという点を、情報管理室はまず国民に説明すべきでした。UARS の落下時刻の予測から、実際には数日前から、UARS が日本上空を通過するのは3回しかなく、そのうち2回は北海道の北の海上、および沖縄のはるか南の海上でした。残りの1回が中部地方の上空を通過する経路でした。したがって、日本のほとんどの人にとって、UARS の残骸が頭の上に降ってくる危険性はもとからなかったのです。

そもそも、UARS あるいはそれよりも大型の人工衛星の残骸が地上に落下することは、それほどまれなことではありません。1年に1〜数回はあるはずです。しかし、そうした大型衛星はほとんごが軍事衛星であるため、もともと軌道も明らかにされておらず、運用が終わっても、私たちに知らされることはないのです。UARS は非軍事衛星であり、NASA が打ち上げたものであるため、NASA は大気圏突入を発表したにすぎません。最近の大型軍事衛星は運用が終わると残った燃料を使って安全な場所に落下させていますが、とくに旧ソ連時代の軍事衛星はこれからもいくつも落ちてくるでしょう。
今後起こる可能性のある地震
東北地方太平洋沖地震の余震が相変わらず続いています。15日にも茨城県沖でM 6.2 の地震が起こりました。東北地方太平洋沖地震がきっかけとなって、今後、日本のどこで、どのくらいの大きさの地震が起こるのかは、とても気になるところです。

福島県沖や千葉県沖、茨城県沖で起こっている地震は、明らかに東北地方太平洋沖地震の余震と考えられるので、これからも引き続き発生すると考えられます。新潟や長野などの内陸部で発生している地震は、東北地方太平洋沖地震にともなう、いわば日本列島のひずみの再配分過程と考えられるので、これもしばらくは続くでしょう。また、東北地方太平洋沖地震震源域の北の北海道沖も、東北沖と同じように、これまでくりかえし地震が起こっている領域です。東北地方太平洋沖地震に誘発された地震が、この領域で発生する可能性があります。

首都圏での直下型地震については、以前にも書いたように、今後どうなるかは予想がつかないところです。というのも、東北地方太平洋沖のプレート境界は、ユーラシア・プレートの下に北アメリカ・プレートがもぐり込む典型的な海溝型ですが、千葉県から東海地方にかけての沖合では、ユーラシア・プレートの下に南からフィリピン海プレートがもぐり込み、さらにその下に太平洋プレートがもぐり込むという三重構造になっているからです。プレートの構造が複雑なため、首都圏直下での地震発生のメカニズムはまだよくわかっていません。首都圏に多数の「活断層」があるのは事実ですが、それがいつ動くかはわかりません。いたずらに心配するのではなく、いつ地震が起こっても大丈夫なように準備をしておくことが大事です。

東海地震・東南海地震・南海地震についてはどうでしょうか。東海から西日本沖のプレート境界は、フィリピン海プレートがユーラシア・プレートの下のもぐり込む海溝型です。東北地方太平洋沖地震に誘発されることはあまり考えられないとは思いますが、いつか必ず地震が発生するでしょう。その場合には、今回の東北地方太平洋沖地震と同じように、広域の岩盤が動く巨大地震となる可能性があります。また、東海地震・東南海地震・南海地震の3つの地震が、連動して発生する可能性があることが、過去の記録からも明らかになっています。1944年に東南海地震が発生してから2年後の1946年には、隣の想定震源域で南海地震が発生しています。

こうした、地震の連動は、最近のスマトラ沖でも起こっています。2004年12月26日にスマトラ島の西方沖で発生したM 9.1 の巨大地震では、津波によって、インドネシア、タイ、インド、スリランカ、モルジブなど周辺の国々に甚大な被害がもたらされました。スマトラ沖のスンダ海溝では、インド・オーストラリア・プレートがユーラシア・プレートの下に、年間約6cm のスピードで北東方向に沈みこんでいます。このときには、長さ1200km、幅100km 以上にわたる範囲の岩盤が動いたとみられています。東北地方太平洋沖地震と同じように、きわめて広い領域のエネルギーが一挙に解放されたわけです。

M 9 あるいはそれ以上の規模の巨大地震というのは、ほとんど起こることはありません。地震はプレート内の岩盤の破壊現象です。岩盤内にたくわえられたエネルギー(ひずみ)が破壊によって解放されることで地震がおこるわけです。通常はM 9 あるいはそれ以上の規模のエネルギーがたくわえられる前に岩盤は破壊され、地震がおこってしまいます。M 9 クラスの地震は、地震の発生規模としては限界に近いものだということができます。

2005年3月28日には、2004年12月の震源域のすぐ南で、M 8.5 の地震が発生しました。下の図をみると明らかなように、この2つの地震は、隣り合う2つの想定震源域で発生したものでした。

Sumatra

少しわかりづらいですが、図の左上に、2004年の地震の震源が赤い星印で示されています。この地震で、紫色の斜線の、主に震源から北西方向の領域のエネルギーが解放されました。2005年の地震の震源は、2004年の震源の少し右下に黄色い星印で示されています。この地震では、赤い斜線の領域のエネルギーが解放されました。2005年の地震は2004年の地震がトリガーになったと考えられます。

そうすると、これら2つの想定線源域の南側、すなわちオレンジ色の領域での地震発生が気になります。私は以前、この「空白域」で近い将来M 8 以上の地震が発生する可能性があるという記事を書いたことがあります。また、イギリスの研究グループが同じ趣旨の論文を『ネイチャー』誌に発表しました。そして実際、2007年9月12日に、赤字で「2007」と示した場所で、M 8.5 の地震が発生しました。2004年の地震がトリガーになって、M 8 クラスの地震が南の方向へ、連動して起こったのです。

またこの図からは、2005年の地震発生域でそれ以前に起った大地震は1864年、2007年の地震発生域でそれ以前に起った大地震は1833年であることがわかります。過去の地震発生も連動していた可能性があります。

このように、東海地震・東南海地震・南海地震でも隣り合う想定震源域が連動し、短い期間内に連続して大地震が発生することは十分に考えられます。
ソユーズ・ロケット飛行再開:綱渡りのISS 長期滞在ローテーション
ソユーズU ロケットの事故原因調査の終了を受け、中断していた国際宇宙ステーション(ISS)への人員輸送と物資補給が再開されます。

Soyuz

ロシア連邦宇宙庁(FSA)は、今後のプログレス補給船およびソユーズ宇宙船を、以下のようなスケジュールで打ち上げると発表しました。このスケジュールは変更される可能性もあります。

10月30日に、打ち上げ時期が保留されていたプログレスM-13M が打ち上げられます。そして、打ち上げが延期されていた第29/30次長期滞在クルーが搭乗するソユーズTMA-22 が11月12日に打ち上げられます。ISSにドッキングするまで約3日間かかりますから、ISS 到着は11月15日になります。第27/28次長期滞在クルーはソユーズTMA-21 で9月16日に帰還する予定ですが、古川さんらの第28/29次長期滞在クルーは今のところ11月16日に帰還の予定(帰還日の延期は数日しか余裕がない)なので、ISSが無人になることはありません。しかし、第29/30次長期滞在クルーのISS 到着と第28/29次長期滞在クルーのISS 離脱までわずか数日という綱渡りのローテーションになりそうです。

第30/31次長期滞在クルーの打ち上げは12月20日に予定されており、これによって一時的に3名体制になるISS の長期滞在は、6名体制に復帰することになります。また、2012年1月26日にはプログレス補給船の打ち上げが予定されています。
ソユーズU ロケットの事故原因調査が終了
ロシア連邦宇宙庁(FSA)は、8月24日のプログレスM-12M 打ち上げ失敗に関するソユーズU ロケットの事故調査を終了したと発表しています。事故の原因は、第3段のRD-0110 エンジンのガスジェネレーターの不具合とのことです。不具合をおこした部品の回収も行われていない段階で、主にテレメトリーデータの解析だけで、早々と結論を出してしまうのは、いかにもロシア式です。今後はすでに納品されている部品のチェック、製造工程での品質管理の向上などの措置がとられます。

これまでに生じた不具合の際にもそうでしたが、原因の同定にいたるまでのプロセスや解決策については、必ずしも国際宇宙ステーション(ISS)のパートナー国にくわしく報告されるわけではありません。ソユーズ・ロケットの打ち上げには旧ソ連時代からの実績があり、ロシア側としては彼らなりの方法で、信頼性の確保に万全の態勢をとっていくのでしょう。
国際宇宙ステーション:無人になる可能性も
ロシアの無人補給船プログレスM-12M の打ち上げ失敗が、国際宇宙ステーション(ISS)計画に大きな影を投げかけようとしています。ISS はしばらくの間、無人で運用されることになるかもしれません。

これまでのところをまとめておきましょう。2670トンの補給物資を積んだプログレスM-12M は、8月24日午後5時00分(モスクワ時間)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。

M-12M

しかし、ソユーズU ロケット第3段の推進系の異常のため、打ち上げ後325秒にエンジンが停止し、軌道投入に失敗しました。推進剤供給系の圧力が異常に低下していたことが、テレメトリーデータでわかっているとのことです。プログレスとロケットは南シベリアのアルタイ共和国の山岳地帯に落下しました。

M-12M

ロシアはソユーズ・ファミリーのロケットを飛行停止とし、事故調査委員会を立ち上げて、原因究明にあたっています。宇宙飛行士が搭乗するソユーズ宇宙船はソユーズFG ロケットで打ち上げられますが、ソユーズFG の第3段はソユーズU の第3段とほぼ同じであり、もちろん現在は打ち上げができない状態です。

1978年に登場したプログレス補給船はこれまで136回打ち上げられており、打ち上げに失敗したのはこれが初めてです。ソユーズU はこれまで745回打ち上げられて、724回成功し、成功率97%という信頼性の高いロケットです。もちろん打ち上げ失敗もあるわけですが、スペースシャトルが退役し、ISS への人員輸送手段がソユーズ宇宙船しかなくなり、ISS への物資補給もかなりの部分をプログレス補給船に依存しなければならなくなってすぐに、このような状態になってしまったのは、なんとも運が悪いとしかいいようがありません。

事故の原因は、第3段のRD-0110 エンジンのターボポンプを駆動するガスジェネレーターの不具合との見方が出ています。ISS の国際パートナーはロシアが短期間で原因を解明し、ソユーズ・ロケットの飛行を再開することを期待していますが、RIA ノーボスチなどの最近の報道によると、調査は長引く可能性があります。というのも、事故原因の解明には第3段を回収し、異常の起った個所を調べる必要があるわけですが、ロケットの残骸は山岳の森林地帯に散らばっているため、回収に手間取っているからです。

プログレスによる補給が失われたことで、ISSでの当面の活動に大きな影響がでるわけではありませんが、時間がたつにつれて、数々の問題がでてくるでしょう。ISS にはプログレス以外に、日本の「こうのとり」(HTV)とヨーロッパのATV も物資を輸送することができますが、「こうのとり」3号機とATV 3号機の「エドアルト・アマルディ」はどちらも来年の打ち上げ予定になっています。

プログレスは物資輸送以外に、軌道上で別の重要な役割も果たします。ISS は軌道を周回している間に高度が低下してくるので、定期的に高度を上昇させなければなりません。これをプログレスのエンジン噴射で行っています。プログレスM-12M は3回(8月31日、9月14日、10月19日)の軌道上昇マヌーバーを行うことになっていました。ただし、ロシアのサービスモジュール「ズヴェズダ」も2基のエンジンをもっており、これで高度を上昇させることもできます。

9月22日には第29/30次長期滞在クルーであるダニエル・バーバンク宇宙飛行士、アントン・シュカプレロフ宇宙飛行士、アナトリー・イヴァニシン宇宙飛行士が搭乗するソユーズTMA-22 がISS に向かう予定でした。しかし打ち上げは延期され、今のところ10月28日とされています。

ISS 長期滞在の交代クルーの打ち上げ時期は不透明な状態ですが、現在ISS に滞在しているクルーは、決められた時期がくれば帰還しなければなりません。その理由は2つあります。1つはソユーズ宇宙船の耐用日数です。ロシアはソユーズ宇宙船の性能を保証する耐用日数を約200日としています。4月4日にソユーズTMA-21 で打ち上げられた第27/28次長期滞在クルー(アンドレイ・ボリシェンコ宇宙飛行士、アレクサンダー・サマクチャイエフ宇宙飛行士、ロナルド・ギャレン宇宙飛行士)の帰還は9月8日の予定でしたが、9月16日に延長されました。しかし、宇宙船の耐用日数があるので、ずっと宇宙にいることはできません。もう1つ、帰還時の条件になるのが日照です。カザフスタンの平原に着陸するソユーズ宇宙船は日中の帰還が原則となっています。夜間の回収作業は危険だからです。このため、TMA-21 は9月18日までに帰還する必要があります。これを過ぎると夜間の着陸になってしまい、次に日中の着陸が可能になるのは10月末以降になってしまいます。しかし、これではソユーズ宇宙船の耐用日数が過ぎてしまいます。

6月8日にソユーズTMA-02M で打ち上げられた第28/29次長期滞在クルー(マイケル・フォッサム宇宙飛行士、古川聡宇宙飛行士、セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士)の帰還は、11月16日に予定されています。11月19日になると夜間着陸の時期に入ってしまいます。次に日中の着陸が可能になるのは12月後半から1月はじめです。こうなると、やはりソユーズの耐用日数は過ぎてしまいます。しかも12月のカザフスタンの天候は非常にきびしく、着陸と回収作業はきわめて危険と考えられています。

ロシアは事故の原因を解明して対策をとった後、まずソユーズ・ロケットを無人で2回打ち上げて安全性の確認を行った後、ソユーズTMA-22 を打ち上げる予定です。具体的には9月25日にGLONASS−M 航行衛星を、10月14日にプログレスM-13Mを打ち上げ、その後にソユーズTMA-22 を打ち上げることを考えているようです。

ソユーズ・ファミリーのロケットには豊富な経験をもっているロシアのことですから、こうしたスケジュールで飛行を再開させることができるかもしれません。しかし、ソユーズTMA-02M は11月には帰還するでしょうから、それまでにソユーズ宇宙船を打ち上げられなければ、ISS は一時的に無人になってしまいます。2000年以降ずっと続いてきたISS 長期滞在が中断する事態になれば、古川さんたちは、ISS を無人運用モードに設定し、自らの手だけでISS を離れるという史上はじめての任務を行うことになります。

ISS を数か月間、地上からの遠隔操作で運用しても、それほど問題は起らないでしょう。しかし、それがもっと長期になると不具合が頻発し、やがてISS は宇宙を漂流することになるかもしれません。
ヒエロニムス・ボス『快楽の園』:あらゆるものが描かれた時代
『快楽の園』に限ったことではありませんが、ボスの作品では現実の生物があらゆる変容を遂げてあらわれてきます。トカゲやカエルのようにもともと不吉な存在と考えられていた生物だけでなく、家畜や鳥や昆虫、ときには人間までもが悪夢のような姿に変身してしまいます。しかも、こうした生物は驚くほどの存在感をもっています。

下の写真は、以前、アムステルダム空港のショップで買った『快楽の園』に登場する奇怪な植物や動物たちのフィギュアの一部ですが、まるで本当に絵画から飛び出してきたかのようで、3次元の物体になっても、何の違和感もありません。

Bosch

ボスは、カトリック教徒として、地上のあらゆるものが邪悪なものに変容する可能性を秘めていると考えていたのではないでしょうか。奇形やキメラの産物であるボスの生物たちは、誤った発生の過程をたどったために生じたものですが、それは外部の何者かの操作の結果ではなく、生命自身が内包する因子によってあらわれたのです。ボスにとっては単なる空想の産物ではなく、実際に存在し得る生命の一形態と考える方がいいかもしれません。

これだけのイマジネーションは、いかにして可能になったのでしょうか。それは『快楽の園』の明るい色彩と無関係ではありません。珊瑚色の植物も、男女の白い裸体も赤い果実も、どれもが中世の暗い雰囲気を脱した色をもっています。しかしこれも、ボスがレオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同じ時代を生きた人物だということを考えれば、容易に理解できるでしょう。イタリアでルネッサンスが花開く時代、ヨーロッパの辺境でも北方ルネッサンスがはじまろうとしていたのです。ボスの描く裸体が、ボッティチェリの『春』の女神たちに負けない輝きを放っているのも当然といえるでしょう。

ボスが生きたのは、長く続いた中世が衰えていく時代でした。ホイジンガが『中世の秋』に書いた時代です。教会の支配は続いていましたが、新しい価値観が少しずつ力を蓄えつつあり、宗教改革が間近に迫っていました。一つの時代が終わろうとしているときにあっては、古い時代の観念を新たな想像力で視覚化することが可能でした。ボッスの作品は幻想絵画として比類ないものですが、おそらく彼の時代にあっては確固たるリアリティーをもっていたに違いありません。一見すると異端のようでありながら、実は歴史の必然でした。

「まさに、爛熱の季節、凋落の時であった」と、ホイジンガは書いています。「思考は、まったく想像力によりかかり、・・・およそ、ありとあらゆる想念が、かたちに刻まれ、絵に描かれたのである。」(中公文庫『中世の秋』、堀越孝一訳)
ヒエロニムス・ボス『快楽の園』:あり得たかもしれない遠い時代の記憶
昨日のテレビ東京の「美の巨人たち」ではヒエロニムス・ボスの『快楽の園』を取り上げていました。

Bosch

ボスがどのような画家だったのか、あまりよくわかってはいませんが、彼はその生涯をネーデルランド、ブラバント地方のス・ヘルトーヘンボスという町で送りました。生れたのは1450年ごろ、没年は1516年とされています。彼の祖父も父も画家でした。中世の伝統的な工房で、彼は絵画の手法を学んだのでしょう。

ボスの作品として現在残っているものは40点ほどですが、その中で最も有名で、かつ美術史上の最大の謎とされているのが、『快楽の園』です。マドリッドのプラド美術館所蔵のこの祭壇画は、中央および左右のパネルからなる三連画です。おびただしい数の人間と不思議な生物、そして異様な風景が描かれており、まるでフラクタル図形のように、細部をいくら拡大しても、その豊饒なイメージがつきることはありません。ボスの他の作品と同じように、全体の構成からディテールにいたるまで、そこには数えきれない暗喩がこめられていて、現代においてはもはやすべてを解読することは不可能です。

左パネルのエデンの園では、創造主がアダムのためにイブをつくるシーンが描かれています。しかしその足元には暗い池があり、異形の動物たちがはい上がってきています。池の中に浮いている真っ黒な生物は書物を読んでおり、おそらくは異端の思想を象徴しています。珊瑚色をした「生命の泉」のある池からも、不気味な両生類がはいだしています。背後の不思議な山の空洞からは黒い鳥の群れが飛び立ち、画面全体に不吉な予感を加えています。

中央パネルでは、裸の男女の群れが動物や植物の間でたわむれています。彼らがアダムとイブの末裔であることは間違いないでしょう。この中央パネルに描かれているすべてが、欲望の罪の暗喩であるはずです。しかし、すべてが罪であるとすれば、この無垢の明るさは何なのでしょうか。人々の表情はむしろ安らかで、何かを夢みているようにさえ見えます。はげしい感情や欲にとらわれた人間の表情を、あれだけたくみに描くことのできるボスが、なぜ、ここでは人々をまるで罪を知らないかのように描いたのでしょうか。『快楽の園』の最大の謎はここにあります。

右パネルは地獄の光景で、ここではボスの作品でおなじみの、ありとあらゆる奇怪な生物が登場します。

ボスは『快楽の園』で何を描きたかったのでしょうか。手がかりはいくつかあります。1つは中央パネルの風景が(そしておそらくは右パネルの風景もが)左パネルにそっくりなことです。もう1つは、ボッスの他の三連画『最後の審判』や『乾草車』の左パネルには描かれている楽園追放のシーンが、この作品の左パネルでは描かれていないことです。さらに中央パネルの男女が自らの裸体に羞恥を感じていないことにも注意すべきでしょう。

彼らはまだ禁断の果実を食べていないのです。つまり、『快楽の園』の舞台は、アダムとイブが追放されることのなかったエデンの園であり、原罪を知らずに地に満ち、ノアの洪水を経験することのなかった人間のもう一つの歴史が描かれていると、私は考えています。

ボスが描きたかったのは、人間世界の多様なありようだったのではないでしょうか。私たちの知っている歴史はひと通りしかありませんが、別の歴史もあり得たはずです。まして真実と罪とが未分化だった人類の神話時代にあっては、どのような世界を考えることも可能なはずです。そこでは人間はずっと楽園で暮らしていたかもしれないし、その楽園に突然おそろしい終末が訪れることがあったかもしれません。『快楽の園』はボスにとって、消えかけた人類の記憶の再現、あるいは別の歴史のシミュレーションだったのではないかと、私は考えています。そうであればこそ、この祭壇画を閉じた扉に、きわめて印象的な天地創造の場面が描かれたのではないでしょうか。

Bosch

透明な球の中で今、海と陸地が分かれつつあります。人類が登場するにはまだ相当の時間がかかる、太古の地球の姿です。
電磁波で地震予知は可能か?
防災の日の今日は、首都圏直下型地震に関する報道が、いくつものメディアで見られました。首都圏直下型に限らず、地震はいつ、どこで起るかわかりません。しかも、東北地方太平洋沖地震から半年たちましたが、現在はまだ、かなりの規模の余震が起る可能性のある時期です。地震に対する十分なそなえが大切です。

3月11日の東北地方太平洋沖地震では、それに先立つ3月9日に発生したM7.3の地震、および3月10日の3回の地震が、3月11日の本震となんらかの関係があったと考えられます。しかし、これらの地震が起った時点で、数日後にM9.0の巨大地震が起ると予測するのは困難といわざるをえません。なんらかの方法で予知に役立つ前兆現象をとらえることはできないのでしょうか。

これに関して最近話題になっているのは、地震電磁気現象です。地震とは地殻内で起る破壊現象です。破壊にいたるまでに、岩盤内にはひずみが蓄積し、圧電効果によって電流が流れます。この電流で電磁波が発生します。最終的な破壊が起る直前には岩盤内で微小な破壊が進みますが、この際にも摩擦などによって電流が流れるので、電磁波が発生すると考えられています。こうした地震に先だって発生する電磁波によって電離層のじょう乱が起こり、電子密度が変化したり、波長の長い電波の伝搬に影響がもたらされる可能性があります。この現象をとらえることができれば、地震予知ができるかもしれないと考えられ、研究が進められています。

北海道大学理学研究院の日置幸介教授は、GPS 衛星からの電波を利用して電離層の電子密度を調べたところ、3月11日の地震発生の40分ほど前から震源地上空の電子密度が顕著に上昇していたと発表しました。電子密度の上昇は2004年のスマトラ沖地震(M9.1)や2010年のチリ地震(M8.8)でも観測されていたとのことです。

震源地上空の電子密度が上昇するメカニズムはよくわかっていません。とくに今回のように震源が海底下の岩盤にある場合、そこで発生した電磁波がどのようにして海水を通過し、高度70km 以上の電離層の、しかも震源の真上の領域にのみ影響を与えるのかは、まったくわかっていないといってよいでしょう。電離層での電子密度の上昇は磁気嵐のような他の自然現象によっても起ります。今回観測された電子密度の上昇が地震によるものと結論づけるには、まだ検証が必要と思われます。

電気通信大学の早川正士特任教授は、VLF/LF 観測ネットワークをつくり、電波の伝搬異常を観測しています。VLF(超長波)は波長10~100km の電磁波、LF(長波)は波長1~10km の電磁波です。新聞報道によると、3月5~6日に夜間の電波の平均振幅が極端に小さくなったとのことです。これは、早川先生のグループが以前から地震の前兆として注目していた現象です。データが蓄積されていけば、電離層のじょう乱と地震との関係がもっと明らかになるでしょう。私は昨年、早川先生からいろいろお話をうかがう機会がありました。早川先生は地震予知だけでなく、地表と電離層間で起るシューマン共振という現象を地球温暖化の観測に利用する研究も行っています。

地震電磁気現象の研究が行われるようになったのはここ10年ほどで、その歴史はまだ浅いといわざるを得ません。これを地震予知に用いることができるかどうかを明らかにするには、まだ多くの解明しなければならないことが残っています。しかし、すでに研究は国際的な広がりをもっており、フランスでは地震によって発生する電磁波を観測する人工衛星DEMETER を2004年に打ち上げています。

千葉大学大学院の服部克己教授も、地殻変動に関連する電磁気現象の観測を行っています。服部先生からお話をうかがったとき、地震電磁気現象の研究でネックとなっている点としてあげていたのは、この分野が電磁気学と地震学の完全な境界領域であるため、どちらの学会に論文を発表しても、その論文がきびしく評価される機会が少ないということでした。一部にはまだ誤解もあるようですが、地震電磁波の研究は科学的に厳密な手法で研究が行われています。今後、学問的に活発な議論が起こることを期待します。

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