最近のエントリー
カテゴリー
過去のエントリー
カレンダー
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728     
<< February 2011 >>
ブログ内を検索


PROFILE
モバイル
OTHERS
ディスカバリー、最後の宇宙へ
いつも通りの、しかし素晴らしい打ち上げでした。2月24日午後4時53分(アメリカ東部時間)、発射台を離れたスペースシャトル、ディスカバリーは、フロリダの青い空を突き抜けて宇宙へ旅立ちました。STS-133はスペースシャトルの通算133回目、国際宇宙ステーション(ISS) への35回目のフライトです。ディスカバリーにとっては39回目、最後のフライトです。

Discovery

打ち上げから2分後に固体ロケットブースター切り離し、8分30秒後ほどでメインエンジンカットオフ、その後、外部燃料タンクを切り離しました。いよいよディスカバリーのファイナル・ミッションがはじまります。

クルーはスティーブ・リンゼイ(コマンダー)、リック・ボー(パイロット)、アルビン・ドリュー(MS1)、スティーブ・ボーウェン(MS2)、マイケル・バラット(MS3)、ニコール・ストット(MS4)の6人です。

今回のSTS-133ミッションでは、恒久的な補給モジュールとしてISS に取り付けるために「レオナルド」多目的補給モジュールを改造したPMM(Permanent Multipurpose Module)や、ISS の外部プラットフォームELC4、ISS の交換部品などが運ばれます。また、NASA とGM が共同開発したロボノートR2 も話題になっています。R2 は上半身だけのヒューマノイド型宇宙ロボットで、試験用としてISS に持ちこまれます。

打ち上げは予定より3分ほど遅れました。T−9分での45分間のホールド中にケープカナヴェラルの東域追跡局のコンピューターにトラブルが発生しました(それほど深刻なものではなかったのだと思います)。このトラブルを解決する時間をかせぐため、予定通りT−9分からのカウントダウンを再開後、T−5分でさらにホールドを入れためです。このT−5分でのホールドはめったにないのですが、「予備」として隠れているもので、緊急事態のホールドというほどのものではありません。私が現地で見たスペースシャトルの打ち上げでも、T−5分でのホールドが行われたことがありました。なぜT−5分かというと、ここからシャトルのAPU(補助動力装置)が動きだすからです。打ち上げまでの最後のホールドのチャンスであるわけです。

とはいえ、ロンチウィンドウの制約があり、このT−5分のホールドも今回は数分間の余裕しかなかったはずです。打ち上げはロンチウィンドウが閉じる直前に行われました。
ディスカバリー、まもなく宇宙へ
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げ時刻がだんだん近づいてきました。回転式整備構造物(RSS)はすでにパーク・ポジションに移動し、ディスカバリーがその姿をあらわしています。

Discovery

もう少しすると、外部燃料タンクへの液体酸素と液体水素の充填作業がはじまります。NASA TV での中継もその頃からはじまります。明日の朝まで、あまり睡眠がとれませんね。NASAのLaunch Blog は午前1時30分にスタートです。
ピックアップトークJAXA 第1回はイプシロンロケット
JAXAi の閉館で中断してしまったマンスリートークが、装いも新たに「ピックアップトーク JAXA」としてスタートすることになりました。

第1回のテーマは、固体ロケットM-V の後継機、イプシロンロケットです。JAXA のイプシロンロケットプロジェクトチームの福添森康さんにお話をうかがいます。

3月2日、午後7時(開場6時30分)から丸善丸の内本店3階の「日経セミナールーム」で行われます。JAXAi のときと違って、整理券が必要です。詳細はこちらでご確認下さい。
ディスカバリー打ち上げへ、カウントダウン進む
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げカウントダウンが順調に進んでいます。

KSC

打ち上げのターゲット時刻は、日本時間で2月25日午前6時50分24秒です。ディスカバリーの目的地である国際宇宙ステーション(ISS)がケネディ宇宙センターの真上を通過した後、その後を追うように打ち上げが行われます。ロンチウィンドウ(打ち上げ可能時間帯)は10分間です。

最後のホールドが終わり、T−9分からのカウントダウンが開始されてから打ち上げまでは、以下のように進んでいきます。

T−9:00
カウントダウン再開。地上の打ち上げシーケンサーが自動シーケンスを開始。
T−7:30
オービター・アクセス・アームが離れる。
T−5:00
補助動力装置が始動。
T−5:00
固体ロケット・ブースターと外部燃料タンクのアームが離れる。
T−3:55
オービターの補助翼のテスト。
T−3:30
メインエンジンのジンバルのテスト。
T−2:55
液体酸素タンクの加圧開始。
T−2:50
酸素ガス・ベントアームが離れる。
T−2:35
燃料電池が始動。
T−2:35
液体水素タンクの加圧開始。
T−0:50
オービターの電源を地上電源から内部電源に切り替え。
T−0:31
地上の打ち上げシークエンサーからディスカバリーのコンピューターへ自動シーケンス開始コマンドを送信。自動シーケンス開始。
T−0:21
固体ロケット・ブースターのジンバルのテスト。
T−0:9.7
メインエンジン点火準備。ノズル下部の余分な水素ガスの燃焼開始。
T−0:6.6
メインエンジン点火。
T−0
固体ロケット・ブースター点火。リフトオフ。
生命の言語:DNA とパーソナル医療の革命
フランシス・コリンズの『遺伝子医療革命――ゲノム科学がわたしたちを変える』(NHK出版)を読み終えたところです。コリンズは国立ヒトゲノム研究所の所長時代に国際コンソーシアムによるヒトゲノム・プロジェクトを率いて解読を完了させ、現在はNIH(国立衛生研究所)の所長をつとめています。有能な研究者はすぐれた書き手(あるいは語り手)でもあるとことが多いのですが、彼もその例にもれず、今回はゲノム科学と医療というきわめてホットなテーマを手際よくまとめています。矢野真千子さんによる翻訳もこなれており、きわめてエキサイティングな本になっています。

原書のタイトルは “The Language of Life—DNA and the Revolution in Personalized Medicine” です。ヒトゲノム・プロジェクトによって、ATCG の4種類の塩基によって書かれた人間のゲノムの文字列がすべて明らかになりました。そこに書かれているぼう大な中身を読み取るゲノム科学は爆発的に発展しており、DNA はまさに「生命の言語」となりつつあります。その結果、医療の分野では、個人のゲノム情報にもとづいたパーソナル医療、日本でよく使われる言い方ではオーダーメード医療が現実のものになりつつあります。原書のタイトルはこうした状況をよく表現しているのですが、日本語版では、あまり意味のない凡庸なタイトルになってしまったのは残念です。ちなみに「オーダーメード医療」というのは東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長である中村祐輔先生が使い始めた言葉で、アメリカでは “Personalized Medicine” とよばれています。

今後の医療がどうなっていくかを知る上で、ぜひ多くの方に読んでいただきたい本です。パーソナルゲノム医療の分野はまだ新しいため、素人の私たちにはいろいろ判断に迷うことがあります。本書の中でコリンズはゲノム医療に関する具体的な問題に彼なりの評価をしていますが、彼の考え方は現実的で前向き、かつ多くの情報をベースにしたバランスのとれたもので、たいへん参考になります。

そのような例の1つが、アメリカではすでにビジネスになっている個人向けの遺伝子検査サービスです。コリンズはこのうち3社の検査サービスを受けた体験を本書の中で述べています。ワシントンD.C. からほど近いメリーランド州ベセスダに研究棟が建ち並ぶアメリカの医学・生物学研究の総本山NIH の所長が、まさか偽名で検査サービスを受け、自分たちの事業が評価されてしまうことになるとは、各社は夢にも思っていなかったでしょう。これら3社について、コリンズは「科学的に厳密な方法で事業を行っている」とした上で、そのサービスの問題点や検査結果を聞く顧客の心構えや結果の解釈の仕方などをていねいに説明しています。コリンズは今後、こうした検査サービスは必要であるが、なんらかの形で国の監督が必要と考えています。

本書の中には、抗がん剤「イレッサ」にふれた個所があります。これについては、また別の機会に書きたいと思っています。
ディスカバリー打ち上げへ、カウントダウン開始
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げに向けたカウントダウンが、日本時間午前5時00分に開始されました。ディスカバリーにとって、最後の宇宙への旅です。

打ち上げは日本時間で2月24日午後6時50分の予定です。打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、こちらをご覧ください。
ディスカバリー、打ち上げへ
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げに向けた準備が進んでいます。打ち上げは2月24日午後4時50分(アメリカ東部時間、日本時間25日午前6時50分)の予定です。

Discovery

カウントダウンはT−43時間からはじまりますが、途中にカウントダウン中断のホールドが入るため、約3日間をかけて、カウントダウンが進行していくことになります。今回はいつもより少し長めの30時間50分のホールドが設定されており、カウントダウンは21日午後3時(アメリカ東部時間)に開始される予定です。

カウントダウン開始から打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、以下の通りになります(すべて日本時間)。

2月22日
午前5時00分
カウントダウン開始。T−43時間。
午後6時00分
ディスカバリーの航行システムの立ち上げとテスト。
午後9時00分
カウントダウンはT−27時間まで進み、4時間のホールド開始。フライトデッキの事前点検完了。
2月23日
午前1時00分
T−27時間からカウントダウン再開。ディスカバリーの燃料電池用タンクに極低温材充填開始。
午前9時00分
カウントダウンはT−19時間まで進み、8時間のホールド開始。
午後1時30分
ディスカバリーのミッドボディ・アンビルカル・ユニット切り離し。
午後5時00分
T−19時間からカウントダウン再開。3基のメインエンジンの最終準備。
2月24日
午前1時00分
カウントダウンはT−11時間まで進み、13時間25分のホールド開始。
午前10時00分
回転式整備構造物(RSS)をパーク・ポジションに。ディスカバリーがその全容をあらわす。
午後2時25分
T−11時間からカウントダウン再開。
午後3時35分
ディスカバリーの燃料電池起動。
午後4時25分
必要な作業員以外は発射台から退去。
午後7時25分
カウントダウンはT−6時間まで進み、2時間のホールド開始。
午後7時35分
作業員は全員発射台から退去。
午後9時25分
T−6時間からカウントダウン再開。
午後9時35分頃
外部燃料タンクに推進剤充填開始。
2月25日
午前0時25分
カウントダウンはT−3時間まで進み、2時間30分間のホールド開始。
午前0時25分頃
外部燃料タンクの推進剤充填完了。
午前2時55分
T−3時間からカウントダウン再開。
午前3時00分
クルーがO&C ビルを出て39A 発射台へ出発。
午前3時30分
クルーのディスカバリー乗り込み開始。
午前4時35分
ディスカバリーのハッチクローズ。
午前5時35分
カウントダウンはT−20分まで進み、10分間のホールド開始。
午前5時45分
T−20分からカウントダウン再開。
午前5時56分
カウントダウンはT−9分まで進み、45分間のホールド開始。この間に打ち上げの最終判断が行われる。
午前6時41分
T−9分からカウントダウン再開。
午前6時50分
打ち上げ。
若田さん、ISS のコマンダーに
若田光一さんの2回目の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在が決定しました。第38次/第39次クルーとして、2013年末から約6か月、ISS に滞在します。後半の第39次長期滞在では、ISS のコマンダーをつとめることになりました。コマンダーの任務はISS クルーの安全を確保し、長期滞在ミッションを遂行するために、長期滞在の指揮をとることです。

Koichi_Wakata

若田さんは2009年に約4か月半のISS 長期滞在を行いました。若田さんにとって、地球帰還後の次の目標は、2度目の長期滞在とISS のコマンダーだったのでしょう。常に新たな目標に向かって進む若田さんの前向きの姿勢には敬服するしかありません。アメリカとロシアの宇宙飛行士以外でISS のコマンダーとなるのは、ESA のフランク・ディビュナー宇宙飛行士につづいて2人目です。コマンダーに任命されるには、宇宙飛行の経験やリーダーシップだけでなく、各国の宇宙機関や宇宙飛行士から高い信頼を受けていることが必要です。

若田さんは前回の長期滞在の際、コマンダーだったロシアのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士の仕事ぶりに大きな影響を受けたことを語っていました。宇宙ステーションの安全を維持し、クルーを指揮するとはどういうことなのかを、すぐ近くで見て、学んできたわけです。

若田さんは現在、NASA で宇宙飛行士室のISS 運用ブランチのチーフをしていますが、3月からは、新しいミッションに向けて訓練に入ります。宇宙飛行士としての高い資質と、なによりもその素晴らしい人柄で、コマンダーの任務を果たしてくれるに違いありません。
宇宙利用シンポジウム2011
今日は丸ビルホールでJAXA の「宇宙利用シンポジウム2011」が開かれました。第1部の進行役は私がさせていただきましたが、6名の方からご講演をいただき、たいへん充実したシンポジウムとなりました。

jaxa110217

JAXA の本間正修理事からは、ユーザーからのニーズをくみ上げて衛星の開発を行い、衛星を打ち上げ、運用することによって安心・安全で豊かな社会の実現をめざすというJAXA の役割を簡潔に説明していただきました。

「みちびき」のプロジェクトマネージャの寺田弘慈さんからは、現在進んでいる実証実験の途中成果が発表されました。「みちびき」の利用によってカーナビの精度が現在の10メートル前後が1メートル以下になるというのは説得力がありました。

スカパーJSAT 株式会社の前田吉徳さんからは、放送・通信分野の将来像が説明されました。私がとくに興味をもったのが、携帯電話と衛星通信の合体の可能性です。精密測位データも併用し、万能携帯電話が登場するかもしれません。

砂防・地すべり技術センターの池谷浩理事長は、災害監視分野における衛星の利用について話をされました。新燃岳の噴火も続いており、聞いている方々も興味をもたれたと思います。

東京大学の沖大幹先生は地球環境分野での衛星利用について話をされました。沖先生の専門である地球の水循環分野については、JAXA は来年度に、水循環変動観測衛星GCOM-W を打ち上げる予定です。GCOM-W には現在NASA のアクア衛星に搭載されて活躍しているAMSR-E の後継機AMSR2 が搭載されます。

海洋研究開発機構の堀田平理事は、海洋分野における衛星利用の意義と将来への期待についての話をされました。海の上ではインターネットを使うことができず、これは洋上での研究や観測の大きな障害になっていました。「きずな」を用いれば、この問題を解消できます。深海と陸上のシームレスな通信の話も興味深いものでした。

第2部の進行役はテレビ東京の大江麻里子さんで、宇宙飛行士の向井千秋さんも登場し、衛星の利用について活発な討論が行われました。

第1部で私のアシスタントをつとめていただいた流川ミサさんブログはこちらです。
We’re Behind You, Discovery !
スペースシャトル、ディスカバリーの最後のフライトに向けた準備が進んでいます。打ち上げは2月24日午後4時50分(アメリカ東部時間)の予定です。外部燃料タンクの修理のため、39A 発射台から一度スペースシャトル組立棟(VAB)に戻ったディスカバリーは、2月1日に再び発射台に移動しました。

STA-133

移動式発射プラットフォーム(MLP)に載せられたスペースシャトルは、巨大なクローラーで発射台まで運ばれます。クローラーは非常にゆっくり動くので、この「ロールアウト」作業には約8時間がかかります。発射台につくと、シャトルはMLP ごと固定され、クローラーは離れていきます。

ディスカバリーを載せたMLP の後部には“We’re Behind You, Discovery !” と書かれた横断幕が飾られていました。「俺たちがついているぞ。がんばれよ!」という意味でしょう。NASA は最近のロールアウトでは毎回、こうした横断幕を飾ってオービターを送り出しています。オービターがアトランティスの場合は、もちろん最後の部分は”Atlantis” になり、エンデバーの場合は”Endeavour” となります。

STS-133

この横断幕にはたくさんの人のサインが書かれています。いったいどれくらいの人がサインしているのでしょう。

STS-133

これがディスカバリーにとって最後のフライトだと思うと、“We’re Behind You, Discovery !” も、また別な意味合いをもってくるように思えます。「応援しているぞ」とディスカバリーによびかけているだけでなく、「ディスカバリーが切り開いた宇宙への道を、これからも進んでいく」という決意がそこにこめられているように、私には思えます。多くの人々の、まさに万感の思いに送られて、ディスカバリーは宇宙に向かうことになります。
トヨタ車のシロ判定にNASA の技術チームが貢献
アメリカの運輸省はトヨタ車の「急加速問題」についての調査報告書を発表し、トヨタ車の電子制御システムに欠陥はなかったことを明らかにしました。消費者からクレームのあった急加速の原因は主にドライバーの運転ミスだったようです。

10か月におよんだこの調査は、NASA 技術・安全センター(NESC)の30名の技術者が道路交通安全局(NHSTA)に協力して行いました。その結果はNASA のウェブサイトでも公開されています。「意図しない急加速を引き起こすような電子回路の不具合はなかった」と、調査チームのリーダーであるマイケル・カーシュは語っています。

NESC は2003年のスペースシャトル事故をきっかけに、ラングレー研究センターに設立された組織で、技術的に非常に複雑な問題の解決のために、各分野のトップクラスの専門家が集められます。

nesc

最近では、チリの落盤事故の救出作業にも協力したとのことです。こうした宇宙航空技術の専門家によって、日本車のエンジンに内蔵されている制御システムの優秀さが改めて検証されたことは非常に意味があることだと思います。
月面のヒュパティア
3月5日公開の映画『アレクサンドリア』では、天体の運行のしくみを解き明かそうとするヒュパティアの姿が描かれています。

Hypatia

古代アレクサンドリア最後の天文学者ヒュパティアは、月のクレーターの名前になっています。直径は40×30キロメートルです。

Hypatia

ヒュパティア・クレーターはアポロ11号の着陸地点のすぐ近くに位置しています。着陸地点の南側にヒュパティア谷という全長180キロメートルほどの細い溝があり、その南側、月の古い地形に「未開の入江」という海が入り込んだ複雑な地形の中に、ヒュパティアはあります。

Hypatia

ヒュパティの少し南には、アレクサンドリアの司教だったテオフィロス(直径110キロメートル)、そしてテオフィロスの死後、司教となった甥のキュリロス(直径100キロメートル)が並んでいます。キュリロスはヒュパティアと親交のあったアレクサンドリア長官のオレステスとはげしく対立します。ヒュパティアはこの抗争にまきこまれて殺されました。ヒュパティアの西にある小さなクレーター、テオン・ジュニアが、ヒュパティアの父テオン(アレクサンドリアのテオン)です。その上のテオン・シニアは1世紀ごろのギリシアの天文学者スミュルナのテオンです。

このあたりのクレーターには、どのような経緯で名前をつけられたのでしょう(IAU による命名は1935年)。アレクサンドリアの2人の司教のクレーターがその力を誇るように並んでいる近くに、キリスト教徒に殺されたヒュパティアが、海と陸地の境界の複雑な地形の中、形のくずれたクレーターとして位置し、父のテオンがそのヒュパティアを見守っています。まるで1600年前の出来事がそのまま月面に記されているような気がします。
アレクサンドリア:ヒュパティアの死と学術都市の終焉
カイロやアレクサンドリアでの騒乱状態がニュースで伝えられる中、5世紀のアレクサンドリアの、「知のコスモポリス」の終焉を描いた映画『アレクサンドリア』の試写に行ってきました。3月5日公開です。

Hypatia

レイチェル・ワイズが演じるこの映画の主人公は、アレクサンドリアの数学者、天文学者、哲学者であるヒュパティアです。生まれた年ははっきりせず、350年から370年の間とされています。父のテオンは古代アレクサンドリア図書館に関連して名前がでてくる最後の数学者、哲学者であり、ヒュパティアは父から学問を授かりました。

Hypatia

70万巻ともいわれる書物を所蔵していた大図書館と、当時の一流の学者たちが集まってきた研究所ムーセイオンによって、古代アレクサンドリアは長い間、世界の知の中心地となっていました。しかしヒュパティアの時代に、図書館やムーセイオンがまだ残っていたかどうかはわかっていません。図書館とムーセイオンは王宮地区につくられ、セラペイオン(セラピス神殿)に姉妹の図書館があったとされていますが、現在は跡形もなく、図書館とムーセイオンがいつごろ、どのようにして姿を消したかは謎のままです。

図書館の消失に関しては、紀元前47年、アレクサンドリアに駐留していたカエサル軍がクレオパトラの弟であるプトレマイオス13世の軍隊に攻撃されたとき、カエサルが港に放った火が延焼して図書館を焼失させたという説のほか、269年にパルミラのゼノビアがアレクサンドリアを占領した際に破壊されたという説、映画『アレクサンドリア』にも出てくるキリスト教徒によるセラペイオン破壊の頃に失われたという説もあります。また、642年にアレクサンドリアがアラブに占領された際、すべての書物が浴場の薪のかわりに燃やされたのが図書館の最後だったという説もあります。しかし、どれも定かではありません。2008年にアレクサンドリア図書館のイスマイル・セラゲルディン館長が来日して講演した際、セラゲルディン館長は、古代アレクサンドリア図書館は少しずつ衰退し、姿を消したと語っていました。

ヒュパティアは、アレクサンドリアの学問が困難を迎えた時代に生きました。アレクサンドロス大王がこの地に新しい都市をつくったときから、人間は民族や思想で差別されることはないという精神の下にアレクサンドリアは発展してきました。それがゆえにアレクサンドリアは知のコスモポリスとなりえたのです。「アレクサンドロスには・・・伝統的であったギリシア人中心の華夷思想を否定しようとする側面も強力に存在していた。そして、そこに招聘された文人・学者の出身地の多様性が示すように、プトレマイオス諸王は、アレクサンドロスのこうした観点の継承者であった」(野町啓『学術都市アレクサンドリア』講談社学術文庫)。しかしヒュパティアの時代に、もはやその精神が失われつつあったことを、映画『アレクサンドリア』は描いています。415年にヒュパティアが虐殺された事件は、古代世界の知の中心であった学術都市アレクサンドリアの終焉を告げる象徴的な出来事でした。

アレクサンドリアの学問を最後まで守ったヒュパティアの著作は残されていませんが、父のテオンによるエウクレイデス(ユークリッド)の『原論』の編纂をヒュパティアは手伝ったといわれています。また、後に『アルマゲスト』とよばれることになるクラディオス・プトレマイオスの『数学全書』のテオンによる注釈には、共同作業者としてヒュパティアの名が記述されています。当時最高の知識を身につけた学者であったと考えられます。天文学者としてのヒュパティアは、プトレマイオスが確立した理論の継承者であったでしょう。

古代バビロニアやエジプトなどでも天体観測は行われていましたが、天文学の教科書の最初に古代ギリシアの天文学がでてくるのは、ギリシアの学者たちによって、はじめて天体の運行を数学的に説明しようという試みがなされたからでしょう。世界でおこる事象の背後にはその本質である「イデア」が存在するというプラトンの考えは、古代ギリシアの宇宙モデルに大きな影響を与えました。プラトンにとって円はもっとも完全な形であり、天体の運行は「一様な円運動」によって説明されなければならないと考えたのです。アリストテレスは地球が宇宙の中心にあり、そのまわりに太陽や月、惑星などの各天体が動く層が重なっているというモデルを考えました。アリスタルコスは地球が自転し、太陽のまわりをまわっているという説をとなえましたが、地球中心説がゆらぐことはありませんでした。

太陽のみかけの大きさが季節によって変化することや、惑星が「逆行」することなどは古くから知られていました。詳細な恒星カタログをつくったことで知られるヒッパルコスは、太陽と月の運動を説明するために「周転円」の考え方を導入しました。周転円とは、大きな円にそって動いていく小さな円のことで、大きな円の中心が地球であり、太陽や月は周転円上を一定の速さで動いていきます。

こうした考えを体系的にまとめたのが、2世紀のアレクサンドリアで活躍したクラディオス・プトレマイオスです。プトレマイオスは地球を宇宙の中心におき、月や太陽や惑星が周転円上を動くモデルを考えますが、このモデルでは天体の動きを完全には説明できないことに気づきます。こうして彼は「エカント」という概念を考え出しました。下の図のように、地球は、各天体の周転円がまわる大円の中心から離れたところに位置しています。大円の中心から地球までの距離と等しく、地球の反対側にあるのがエカントです。周転円を描く天体はこのエカントから見て一様に動いています。

Equant

プトレマイオスのモデルは成功しました。天体の動きを正確に予測し、惑星の逆行もうまく説明できました。彼が確立した天動説はその後、1400年間にわたって世界を支配することになりました。このモデルを含み、古代世界の天文知識を集大成したものが『アルマゲスト』です。天体の運行を数学理論によって説明したという点で、プトレマイオスの業績は画期的であり、当時の知の最高峰であったということができます。ヒュパティアがこの理論を超えて、地球が太陽のまわりをまわっていることや、天体の軌道が楕円であることに気づいていたかどうかは記録に残されていません。

1507年に地動説を発表したコペルニクスも、「円運動」の呪縛から逃れることはできませんでした。天体の軌道が楕円であることを人類が知るには、17世紀はじめのケプラーの仕事をまつしかありませんでした。ケプラーがいかにして楕円の軌道に到達したかは『ヨハネス・ケプラー―近代宇宙観の夜明け』(アーサー・ケストラー、ちくま学芸文庫)にくわしく書かれています。

カール・セーガンはその著書『COSMOS』(木村繁訳、朝日新聞社)の宇宙をめぐる壮大な旅の最終章で、「私たちの歴史のなかでは、輝かしい科学文明が花を開いたことが一度だけあった」とし、「その科学文明のとりでは、アレキサンドリア図書館だった」と書いています。そして、「この図書館で最後まで働いていた科学者」としてヒュパティアを紹介し、その悲惨な死について触れています。「この図書館の最後の光も、ヒパチアの死後まもなく吹き消された」。

ラファエロは『アテネの殿堂』で古代ギリシアの哲学者や科学者たちを描いています。中央左の白の衣の女性がヒュパティアと考えられています。

Hypatia_Athen

映画『アレクサンドリア』はアレクサンドリアに関する最新の研究成果を取り入れて製作されたとのことです。最後に、アレクサンドリアの街を俯瞰するシーンが出てきますが、ヘプタスタディオン堤防の角度は、私が前に書いた通りになっていました。
ATV 2号機の打ち上げ準備進む
ヨーロッパの宇宙ステーション補給機ATV 2号機「ヨハネス・ケプラー」の打ち上げ準備が、フランス領ギアナのクールー宇宙基地で進んでいます。

ヨハネス・ケプラーは2月15日に打ち上げられます。打ち上げウィンドウは2月15日〜19日です。国際宇宙ステーション(ISS)とのドッキングは当初2月26日に設定されていました。ところがスペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げが2月24日に決定し、26日にISS とドッキングすることになったため、ESA はNASA と協議し、ヨハネス・ケプラーのISS ドッキングを2月23日に行うことにしました。アンドッキングは6月4日の予定です。

ISS には「こうのとり」2号機の次に、ロシアのプログレス補給船M-09M がドッキングしたところです。ISS クルーにとっては多忙な日々が続くことになります。

ATV は直径約4.5メートル、全長約10メートルで、「こうのとり」とほぼ同じ大きさです。与圧部のほか、水や酸素、窒素、燃料などを運ぶためのタンクを装備していますが、暴露部はありません。最大7.5トンの貨物をISS に運ぶことが可能とされています。

atv

ATV はアリアン5 ロケットで打ち上げられた後、ISS にランデブーし、ズヴェズダ(ロシアのサービスモジュール)にドッキングします。ATV の飛行はフランス、ツールーズのATV コントロールセンターでモニターされていますが、ISS とのランデブー、ドッキングは自動で行われます。自動ドッキング機能をもっているところは「こうのとり」と異なっています。

ヨーロッパでは将来ATV の与圧部を有人カプセルに発展させたARV(Advanced Reentry Vehicle)の構想をもっています。

arv

スペースシャトルの退役後、ISS への人員輸送はしばらくの間、ソユーズ宇宙船に頼るしかありませんが、ヨーロッパは独自の有人輸送手段を持とうとしています。ロシアとの共同開発や再使用型小型有翼機などの案も考えられていますが、ATV からの発展型はきわめて有力な案といえます。

▲PAGE TOP