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「こうのとり」2号機、ISSに到着
宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)が国際宇宙ステーション(ISS)に到着しました。2009年のHVT 実証機の打ち上げの際は、H-B ロケットも初号機ということもあり、その飛行を打ち上げから注意深く見守っていましたが、今回は安心して見ていることができました。

HTV_2

「こうのとり」はISS 計画にとって重要な輸送手段です。スペースシャトル退役後は、実験ラックのような大型の荷物や暴露部に取り付ける装置類は「こうのとり」でしか運べません。日本の宇宙技術の将来にとっても、「こうのとり」は非常に大切な役割を担っています。「こうのとり」は帰還時に大気圏内で燃えつきてしまいますが、これを地上での回収が可能なタイプに改良できれば、その利用方法は大きく広がります。さらに、「こうのとり」は基本的に有人機ですから、日本独自の有人宇宙船の実現につながっていきます。

「きぼう」日本実験棟や「こうのとり」によって、日本の有人宇宙技術はそのレベルの高さを世界に認められるところまできましたが、ここにとどまっているわけにはいきません。宇宙開発分野に限らず、技術には常に新しいチャレンジが必要です。日本の財政は非常に厳しい状況ですが、未来のための芽を摘み取ることない科学・技術政策を期待したいものです。
素粒子と時間と空間
美術家の笠木絵津子さんに久しぶりに会いました。笠木さんがTRISTAN の写真をもって私のところにやってきたのは20数年も前のことでした。TRISTAN というのは当時筑波の高エネルギー物理学研究所(現在の高エネルギー加速器研究機構)に建設されていた電子と陽電子を衝突させる加速器のことです。笠木さんの写真に私はそれまでにない新しさを感じました。こうしてTRISTAN の写真は『Newton』の24ページの大特集となったのです。

TRISTAN の写真展を開いた後、笠木さんはアートの勉強のためにニューヨークに留学。その後の笠木さんの仕事について、私は雑誌などでその一端を知るだけにとどまっていました。その笠木さんが昨日、突然、私の前に現れたのです。

Etsuko_Kasagi

これまでの仕事をまとめた資料を見て、笠木さんの仕事は、世界で起こる事象に対する認識において、TRISTAN のころと変わらないものを持ち続けていることがわかりました。それは何かというと、そもそも笠木さんが学生時代に学んだ物理学に記述されていたことでもあります。加速された粒子が正面衝突する機会はそれほど多くはありませんが、もしもそれが起こると驚くべきエネルギーが発生します。母親が亡くなったとき、笠木さん自身がそれを体験したのです。そして時間と空間が相対的であることは、笠木さんに新しい芸術表現をもたらしました。国境を超え、過去と現在を交錯させる笠木さんの作品に、他の人にはなしえないリアリティーがあるのは、それが単なるイマジネーションや新しいテクニックの産物ではなく、笠木さん自身の体験が根源的な形で投影されることによっているのでしょう。
スペースシャトルの追加のフライトが決定
NASA はスペースシャトルの追加のフライトSTS-135 を6月28日に行うことを決めました。このフライトはアトランティスによって行われ、ラファエロ多目的補給モジュールをISS に運びます。スペースシャトルはエンデバーによるSTS-134 が最後の飛行とされてきましたが、NASA は追加のフライトを検討してきました。そのためアトランティスは昨年5月の帰還後も飛行可能な状態に置かれていました。NASA のウェブサイトの打ち上げスケジュールのページは1月21日に更新され、STS-135 が追加されています。

STS-133 のディスカバリーはインタータンク部分の補強作業が終了しました。1月31日に発射台に移動され、2月24日に打ち上げの予定です。クルーの1人ティモシー・コプラ宇宙飛行士は自転車事故でけがをしたため、スティーブ・ボーウェン飛行士に交代しました。ボーウェン飛行士はSTS-132 で飛行したばかりです。コプラ飛行士が回復途上にありますが、2月の打ち上げには間に合わないようです。

STS-134 の打ち上げは4月19日に予定されています。コマンダーのマーク・ケリー宇宙飛行士の妻のガブリエル・ギフォーズ上院議員は先日頭部を銃撃され、入院中です。このため、NASA はコマンダーのバックアップにリック・スターコー宇宙飛行士を指名しました。「この措置はケリー宇宙飛行士が妻をサポートする時間をつくるためのものであり、コマンダーは今も彼である」と、宇宙飛行士室室長のペーギー・ウィットソンは述べています。
近代日本奇想小説史:横田順彌氏の労作
横田順彌氏の『近代日本奇想小説史』(ピラールプレス)が刊行されました。SF マガジンに連載されていたものを大幅に加筆修正したもので、40年以上にわたる横田氏の古典SF 研究の集大成といえるものです。今回出版されたのは「明治篇」ですが、それでも1200ページあります。まさに労作といえます。

Junya_Yokota

本書で紹介されている作品は、SF を中心に多岐のジャンルにわたっています。アカデミックな日本の近代文学史には登場しないものばかりというか、横田氏の古書収集によってはじめて私たちが知ることになった作品が多数あります。本書は明治という時代の精神や日本のSF の源流を理解する上で貴重な資料であると同時に、当時の出版文化の研究書としても後世に残るものといえるでしょう。

本書の刊行を記念して、昨日、東京堂本店で長山靖生氏と北原尚彦氏によるトークイベントが行われました。体調を崩している横田氏も出席し、楽しい話を聞くことができました。私も仲間に入れていただいている日本古典SF 研究会は横田氏を中心につくられたもので、初代会長が長山氏で、現在は北原氏が会長をつとめています。『偽史冒険世界』(筑摩書房)『怪獣はなぜ日本を襲うのか?』(筑摩書房)『奇想科学の冒険』(平凡社)など多くの著書のある長山氏が一昨年末に出版した『日本SF 精神史』(河出書房新社)は、日本のSF の系譜を幕末・明治から戦後までたどったもので、古典SF 研究の入門書としても格好です。シャーロック・ホームズに関しては日本で一番調べている北原氏にも『SF 奇書天外』(東京創元社)があります。

横田氏には、健康に気をつけていただき、大正・昭和(20年まで)篇を期待したいと思いますが、ご本人によると20年かかるとのことです。実際、そのくらい大変な仕事です。
母なる地球:野口聡一宇宙飛行士の本
野口聡一宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中に撮影し、ツイッターで配信した写真をまとめた『宇宙飛行士が撮った母なる地球』(中央公論新社)が発売になっています。ツイッター上で流れたときにも、ずいぶん話題になりましたが、本の形でもう一度写真を眺めてみると、地球のさまざまな表情を再発見できるかもしれません。

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本書に収録されている野口さんとのインタビューは私が担当しました。動いている地球を撮影するこつ、とくに印象に残った風景など、いろいろな話をうかがっています。インタビューの間に何度か話がおよんだのが、肉眼で見た光景と写真との差異でした。人間の視覚というのは素晴らしいもので、解像度の高いカメラで撮影しても、肉眼で実際に見た光景の詳細さには勝てないようです。また、野口さんの写真の中には、地球の表面だけでなく、ISS の一部や地平線が一緒に写っているものがあります。宇宙空間ではこのような場合、明暗のコントラストが非常に強くなります。カメラの露出を暗い方に合わせると、明るい方がとんでしまいます。明るい方を適度な露出にすると暗いところがつぶれてしまいます。ところが、人間の目はその両方をちゃんと見ることができます。

自分が見たままの光景をどうやって写真に撮ったらいいか、たぶん野口さんはずいぶん苦労されたのではないかと思います。野口さんの写真がそれぞれ味わい深いのは、そうした思いがこめられているためではないでしょうか。
アレクサンドリアの風
写真集『アレクサンドリアの風』(岩波書店)を出版している写真家の中川道夫さんが、1月27日午後7時からスルガ銀行d-laboで講演を行います。中川さんは1979年からアレクサンドリアの取材しており、写真家の目から見たアレクサンドリアの魅力についてお話しいただける予定です。

Alexandria

ご自身が撮影した写真をまじえた中川さんのお話は、たぶん、古代アレクサンドリアから現代のアレクサンドリアまで、歴史や文化、建築、芸術など幅広い範囲に及ぶでしょう。アレクサンドリアについてひと通りの知識をもっていると、より楽しめるはずです。そんなときにおすすめの本があります。E・M・フォースターの『アレクサンドリア』で、現在、ちくま学芸文庫から出版されています。

Alexandria

『インドへの道』や『ハワーズ・エンド』『眺めのいい部屋』などの作品で知られるイギリスの作家E・M・フォースターは1915年から1919年までアレクサンドリアに滞在し、たちまちこの街に魅了されました。そしてアレクサンドリアの旅行案内書として書き上げたのが本書です。アレクサンドリアの歴史や文化について手際よくまとめられており、アレクサンドリアのガイドブックとして最適な1冊になっています。

『アレクサンドリア』には古代の市街地を示す地図も載っています。この地図を参照しながら本文を読むと、理解が深まります。アレクサンドリアでは考古学的調査が進み、古代の市街地の様子が少しずつ明らかになっています。『アレクサンドリア』に掲載されているものも含めて、これまでの地図と最近の復元地図が大きくことなるのは、市街とファロス島をつなぐヘプタスタディオン堤防です。アレクサンドリアの街は東西および南北方向に走る道路によって碁盤の目に仕切られていました。これまでの地図では、ヘプタスタディオン堤防はこの碁盤の目に対して斜めの角度でファロス島に伸びていましたが、最近の調査で、堤防は南北方向の道の延長上にあったことがわかっています。

Alexandria
The Architecture of Alexandria and Egypt (Yale University Press)

時代が下るとヘプタスタディオン堤防の両側は土砂で埋まり、本土とファロス島は地続きになってしまいました。
中国のステルス機「殲20」
中国が開発中のステルス機「殲20」の試験飛行を撮影した動画に対する反響がネット上を飛び交っています。

J-20

殲20 は海外ではJ-20 とよばれています。Black Silk の名もあります。1月11日の試験飛行後、アメリカでは最新鋭の第5世代戦闘機F-22 ラプターを脅かす存在との報道がなされ、F-22 の生産中止に再考をうながす論調さえみられます。第5世代戦闘機とは、ステルス性に優れ、高い機動性や超音速巡航飛行能力などをもつ戦闘機をいい、現在のところ存在するのはF-22 のみです。

ロシアは第5世代戦闘機T-50 の開発にあたり、2001年にインドと中国に共同開発を持ちかけました。インドはロシアとの共同開発に合意しましたが、中国は政治的判断から、独自開発の道を選択しました。中国人民解放軍空軍は現在、第4世代に属するスホーイ社のSu-27 フランカーの輸入機およびライセンス生産版であるJ-11(殲11)、および自ら開発した(とはいっても多くの海外技術が入っています)F-16 に対抗できるといわれるJ-10(殲10)を運用しています。次世代戦闘機としてはJ-12 の開発が伝えられていました。しかし、第5世代戦闘機の開発が容易でないことは推察されます。そこへ登場したのが殲20 でした。

殲20 の動画を見てまず気がつくのは機体の形状です。カナードとデルタ翼をもつ機体はMIG-1.44 によく似ています。

J-20

1980年代はじめ、アメリカは後にF-22 を生み出すATF(先進戦術戦闘機)計画をスタートさせました。同じころ、ロシアも次世代戦闘機開発計画MFI を開始し、コントラクターに選ばれたミコヤン設計局はMIG-1.42 の開発をスタートさせました。その試験機がMIG-1.44 です。MFI は1996年ないし1997年ごろに中止されましたが、ミコヤンは2000年にMIG-1.44 の初の試験飛行を行いました。MIG-1.44 は数回の試験飛行しか行っていない試験機ですが、世界のメディアにも公開され、プラモデルも発売されていますから、殲20 とMIG-1.44 の外部形状が似ていることに、マニアの方はすぐに気がついたでしょう。

ロシアではMFI の中止後、F-22 に対抗できる次世代機の開発計画PAK FA が新たにスタートしました。ミコヤンはMIG-1.44 の改良案でこの計画に臨みましたが、スホーイがコントラクターに選定されました。PAK FA で開発されたのがT-50 です。競争に敗れたミコヤンは、MIG-1.44 を中国に売り込んだのかもしれません。あるいは、独自開発を目指すとはいえ、海外の技術を必要としていた中国の方からアプローチしたのでしょうか。いずれにしても、殲20 にはロシア航空機メーカーの影が見え隠れします。

殲20 の空気取り入れ口の位置や垂直安定板の角度などは、MIG-1.44 とはことなっており、むしろF-22に似ています。MIG-1.44 をベースとしながらも、かなりの改良が加えられているようです。

ステルス性をきわめて高いレベルまで追求したF-22 に比べ、殲20 のステルス性能はそれほど高くないように見えます。カナードを持つ機体のRCS(レーダー反射断面積)について私はくわしくは知りませんが、機体各部にステルス性を高める設計がどこまで採用されているか疑問です。2機のエンジンの排気口はむき出しです。将来、新しいエンジンが搭載された際に、排気口の設計が全面的に変更されるのでしょう。

外見からしか判断できませんが、殲20 は機動性やスピードを重視し、ステルス性を多少犠牲にしているように思えます。それは設計思想の違いであり、中国はF-22 やT-50 の完全な対抗機を目指しているのではない可能性もあります。周囲は殲20 を第5世代と位置付けていますが、むしろF/A-18E/F スーパーホーネットやユーロファイター・タイフーンなど第4.5世代の戦闘機に近いコンセプトを追求しているのではないでしょうか。将来、アジアや中近東、アフリカ、南アメリカの国々などに売っていくには、その方が賢い選択かもしれません。

殲20 の全長は約23メートルと推定されています。これはF-22 やT-50 よりも長く、F-22よりも多くの燃料とミサイルや精密爆弾を搭載できます。ここにもアメリカやロシアと異なる設計思想が感じられます。

現時点では、情報が少なく、あまり詳しい議論をしても仕方ありません。殲20 がすぐに脅威になることはありませんが、以下の点は注意しておくべきでしょう。

1つは、航空機に限らず中国の軍事技術はアメリカに大きく後れをとっているものの、近年、急速にキャッチアップしているということです。もう1つは、中国指導部と軍の関係です。殲20 の初飛行はアメリカのロバート・ゲーツ国防長官が北京を訪問し、胡錦濤国家主席と会談した日に行われましたが、胡主席はこの試験飛行を事前に知らされていませんでした。ポスト胡錦濤時代に向けて動きはじめる中国の権力構造と軍の関係が微妙に作用しているかもしれません。
岩石型の系外惑星をはじめて発見
NASA は系外惑星探査機ケプラーによって、岩石型の系外惑星を世界ではじめて発見したと発表しました。この系外惑星はKepler-10b とよばれています。研究チームは「Kepler-10b はこれまで発見された中で最も小さな系外惑星であり、太陽以外の星をまわる岩石型惑星であることが確認された最初の天体である」と述べています。論文は『Astrophysical Journal』誌に受理されました。

Kepler_10b

2009年に打ち上げられたケプラーは、ハビタブルゾーンに位置する地球型惑星がどのくらい存在するかを推定することを観測の第1の目的としており、トランジット法という、系外惑星が恒星面を通過するときのきわめてわずかな光度変化を観測する方法で、系外惑星を探索しています。

1月13日現在、NASA のPlanet Quest のリストによると、これまでに発見された系外惑星の数は合計500個(惑星をもつ恒星の数は421個)となっています。このうち、”Terrestrial” に分類されている系外惑星は合計17個、”Earthlike planets” は0となっています。”Terrestrial” に分類されている系外惑星は、CoRot-7b のようないわゆる「スーパーアース」とよばれているもので、木星タイプの系外惑星より質量は小さいものの、地球よりはかなり重いものが多く、上限は海王星くらいまでのものです(ただし、スーパーアースの定義は確たるものではありません)。これらは岩石型の惑星であることが確認されているわけではありません。

Kepler-10b の主星であるKepler-10 は太陽と同じG 型に属する黄色ないしオレンジ色の星で、地球からの距離は560光年です。質量は太陽の0.9倍、半径は太陽の1.06倍と、太陽によく似ています。ただし、太陽の年齢が約45億年であるのに対して、Kepler-10 は80億年以上と老齢です。

Kepler-10b はKepler-10 のまわりを45.29日の周期でまわっています。自転速度は0.84日でした。Kepler-10b のサイズは、この天体がKepler-10 の前を通過するときの光度の落ちこみ具合から求めることができ、地球の半径の1.4倍であることがわかりました。研究チームはさらにKepler-10b の質量を地上の望遠境によるドップラー観測で求めました。質量は地球の4.6倍でした。したがって、Kepler-10b の密度は8.8グラム/立法センチであり、岩石型惑星であることがわかりました。この密度からすると、Kepler-10b は全質量の約75%が鉄のコアで、残りが岩石ということになります。ちなみに、太陽系の水星は鉄のコアが大きく、全質量の約70%を占めています。

下の図では、地球の質量と半径を1として、火星、金星、地球をプロットした曲線が太い白線で示されています。その上の細い白線は全質量の50%を水が占める水惑星を示しています。下の細い白線は全質量が鉄の場合を示しています。Kepler-10b が鉄の成分の多い岩石型惑星に位置していることがわかります。この図には、スーパーアースであるCoRot-7b とGJ 1214b がどのあたりに位置するかも示されています。

Kepler_10b

Kepler-10b はKepler-10 のすぐ近くをまわっています。太陽と水星の距離の約20分の1ということです。そのため、Kepler-10 の輻射によってKepler-10b の表面は1300度C 以上の超高温になっています。大気はすべて吹き払われているでしょう。

Kepler_10b

Kepler-10b はハビタブルゾーンには位置していませんが、研究チームは「Kepler-10b の発見はチームにとって大きなマイルストーンである」と、語っています。
ディスカバリーの打ち上げは早くても2月下旬に
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げは、早くても2月下旬になる見通しです。

ディスカバリーは昨年11月5日に打ち上げられる予定でしたが、発射台で外部燃料タンクの一部に亀裂が発見されました。さらに12月22日にディスカバリーを発射台からVAB(シャトル組立棟)に戻し、X 線で検査したところ、新たな亀裂がみつかりました。

問題となっているのは、外部燃料タンクの「インタータンク」とよばれる部分です。ここは液体酸素タンクと液体水素タンクを構造的に結合させている部分で、さらに左右の固体ロケットブースターとの前部結合個所があります。

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円筒形をしたインタータンクは、縦にストリンガー(梁)が入ったパネル6枚と、固体ロケットブースターとの結合部があるスラストパネル2枚から構成されます。スラストパネルは固体ロケットブースターと結合しているため、打ち上げの際に大きな力がかかります。11月に発見された亀裂の個所は、左側のスラストパネルの右側のパネルの2本のストリンガーでした。12月に新たに発見された亀裂の個所は同じ左側のスラストパネルの左側のパネルの3本のストリンガーでした。NASA はこれらのストリンガーの亀裂を修理し、補強する作業を行ってきましたが、さらに他のストリンガー32本についても補強作業を行っています。

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問題は、亀裂の発生原因がまだわかっていないことです。12月17日には発射台で、センサーを取り付けた外部燃料タンクに推進剤を再充填し、T−31秒までカウントダウンを行い、外部燃料タンクを加圧しました。しかし、このテストで異常は発見されませんでした。NASA ではさらに後方散乱X 線を使った検査も行っていますが、原因はまだつかめていません。

NASA は亀裂の原因解明と今後の補強作業の進捗状況などを検討し、新たな打ち上げ日を決定する予定です、現状では2月3日から10日のウィンドウでの打ち上げは無理とみられ、2月24日から3月6日のウィンドウが考えられています。ただし、2月26日にはヨーロッパの宇宙ステーション輸送機ATV の2号機がISS にドッキングする予定であるため、27日以降の打ち上げが現実的です。ただし、NASA はAT Vのドッキングがもう少し早まれば、それ以前の打ち上げの可能性もないわけではないとしています。
2012年:フォトンベルトの源流(3)
「シャーリー・ケンプ」の記事に載っているフォトンベルトの図は、以下のものです。今でもよく使われます。

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中心がアルシオーネで、プレアデスの他の星がそのまわりをまわっています。一番外側をまわっているのが太陽です。これらの星の公転面と直交するリング状のものがフォトンベルトです。太陽がフォトンベルトを出たり入ったりする様子がよくわかる図です。ノリス氏は自分でこの図を作成した記憶はないとのことなので、「シャーリー・ケンプ」が文章と一緒に制作したものでしょう。彼らは ”Der Jüngste Tag” の図を参考にして、これをつくったわけです。

”Der Jüngste Tag” の図をもう少しくわしく説明しましょう。

Photon_belt

黒い円盤を上から下に横切っているのが「光のリング」、円の中心はアルシオーネです。黒い部分は闇の領域、白い部分は光の領域です。白い矢印は、アルシオーネをまわる太陽系の運行を示しています。太陽系が闇の領域を運行している期間は1万年、光の領域にいる期間は1000〜2000年であることが読み取れます。円の右半分は現在の地球の歴史を示しています。円盤に書きこまれた数字は、この図に付随している説明によると、1が聖書による年代記のはじまりで紀元前4128年、2がノアの大洪水で紀元前2473年、3がクフ王のピラミッド建設で紀元前2170年、4がソドムの滅亡で紀元前2050年、5がダビデによるイスラエル統一で紀元前1039年となっています。そして、円盤の一番上にあたる紀元2000年のところに「最後の審判の日」があります。図の左半分は、現在の歴史がはじまる前の時代で、アトランティス伝説の時代となっています。また、円盤の一番外側は黄道十二宮を示しており、この図が占星術とも関係していることがわかります。現在は双魚宮の時代です。

ヘッセによれば、最後の審判の日というのは、太陽系が光の領域、すなわち光のリングに入る日のことを意味しています。その日は上のように2000年とされていました。しかし、2000年には何も起こらず、いつの間にかマヤの古代暦と結びつけられ、2012年に何かが起こることになっているわけです。

キリスト教の世界では、最後の審判あるいは世界の終末がいつ訪れるのかは、つねに大きな問題でした。たとえば16世紀はじめに、1524年に世界は大洪水によって終わるという説が大流行したことはよく知られています。こうした終末の時期の予測には、占星術が用いられることも多くありました。ヘッセはまた、古代エジプトの「永遠の生命」の象徴であるアンクの図像や、ピラミッドの構造に見られる神秘的な数の構成、アトランティス伝説などにも関心を示していました。世界が創造と破壊を繰り返すという考え方は、多くの民族の神話にみられます。独特の宇宙観や占星術、古代文明の神秘的解釈がキリスト教の終末論と結びついた、宇宙の黙示録ともいうべきヘッセの終末論は、このような中から生まれてきたものでしょう。

「シャーリー・ケンプ」が、「ヘッセがフォトンベルトを発見した」とした上で、フォトンベルトをめぐる太陽の周期についても同じことを書いていることから、彼らが ”Der Jüngste Tag” を参考にしてフォトンベルトの記事を書いたことは間違いありません。「シャーリー・ケンプ」の記事では、「地球はフォトンベルトに入りつつある」と書かれており、地球がフォトンベルトの影響を受けはじめたのは1962年としています。1962年にはUFOが多数目撃されたが、これはフォトンベルトを伝わって「宇宙旅行者」がやってくるようになったためではないかというのです。

「シャーリー・ケンプ」はヘッセの説の他、フォン・デニケンの著作についても触れています。今の読者に、デニケンの名はあまりなじみがないかもしれません。彼の著書で有名なのは1968年に出版されて世界的なベストセラーとなった『未来の記憶』と、その翌年出版された続編『星への帰還』です。エジプト、メソポタミア、マヤなど世界の遺跡を旅してまわったデニケンは、これらの本の中で、かつて地球には宇宙人が到来し、彼らが古代の高度な文明をつくりあげたという説を展開しました。グラハム・ハンコックの『神々の指紋』はデニケンの二番煎じといえるものです。

興味深いことに、「シャーリー・ケンプ」はさらに、アボリジニやマヤの神話、ノアの洪水などにも触れています。現在広まっているフォトンベルトの話は、マヤをはじめとする古代文明や、アボリジニやホピなどの先住民族の「予言」と関連して語られますが、その原型が、すでにここに存在しています。

「ヘッセは1961年に人工衛星による観測でフォトンベルトを発見した」という点についても、説明しておきます。「シャーリー・ケンプ」の記事では、「ヘッセがフォトンベルトを発見した」ことと「フォトンベルトは1961年に人工衛星による観測で発見された」ことは別に書かれています。この2つを一緒にしてしまったのは誰かの間違いです。しかも、人工衛星の歴史を調べてみれば、1961年当時、精密な天文衛星を打ち上げることはまだできなかったことはすぐにわかります。

世界初の人工衛星はソ連が打ち上げたスプートニク1号で、1957年のことでした。ソ連はその後すぐに、イヌを2頭載せたスプートニク2号を打ち上げ、翌1958年には科学観測目的のスプートニク3号を打ち上げます。1960年の4号からの打ち上げは、人工衛星というよりは有人宇宙船ボストークの試験でした。一方、アメリカは1958年のエクスプローラー1号で初の人工衛星打ち上げに成功しました。以後、アメリカが1961年までに打ち上げた人工衛星は、主に大気圏外の観測(エクスプローラー、ヴァンガード)、通信(エコー)、気象観測(タイロス)を目的としていました。1961年には、アメリカとソ連は有人飛行や月の探査に力を入れていて、天体の精密光学観測を行う衛星は打ち上げませんでしたし、当時、そのような衛星を打ち上げるだけの技術ももっていませんでした。

それならば、これは、何か別の人工衛星をヒントにしたつくり話なのでしょうか。1961年あたりで、この話に関係ありそうなのは、1962年にアメリカが打ち上げた初の太陽観測衛星OSO1かもしれません。OSO1は太陽フレアをはじめて宇宙から観測した衛星です。「ベルト」という言葉にこだわると、もしかしたら、1958年7月に打ち上げられて「ヴァン・アレン・ベルト」を発見したエクスプローラー4号がヒントになっているかもしれません。しかし「シャーリー・ケンプ」が何を誤解したのかは不明です。

フォトンベルトの系譜をたどっていくにつれて見えてきたのは、現在のフォトンベルト信者でさえ知らない深層流でした。これはただの荒唐無稽な話ではすまされない要素をもっています。そこには半世紀以上にもわたるキリスト教の終末論、占星術、滅亡したアトランティス伝説、マヤやエジプト、メソポタミアなど古代文明の神秘主義的解釈、アボリジニやアメリカ先住民の予言、現代の天文学をまったく無視した擬似科学、UFOや宇宙人幻想などが輻輳しています。これらは皆、不合理ではあるのですが、そうであるがゆえに、どこかで人々の心をとらえているものばかりです。フォトンベルトがひそかに命脈を保ってきた理由がそこにあります。

「科学の時代に、人間はなぜ、不合理なものを信じてしまうのか」。これは私たちにとって大きな問いです。UFO や宇宙人がエンターテイメントの対象としてメディアに登場するくらいのことに目くじらを立てる必要はありませんが、社会が閉塞している時代には、人はオカルト的な発想にひかれがちであることは忘れてはなりません。2012年が何もなく過ぎた後も、もしかしたらフォトンベルトは姿を変えて残っていくのかもしれません。

(注)古代マヤの暦と2012年の地球大異変(1)同(2)同(3)フォトンベルトの源流(1)同(2)、同(3)は、Japan Skeptics の機関誌12号(2005年)に掲載するために2004年に執筆した記事をベースにまとめてあります。
2012年:フォトンベルトの源流(2)
「シャーリー・ケンプ」のオリジナルの記事を読むと、「太陽がアルシオーネのまわりをまわっているのを発見したのは、天文学者ホセ・コマス・ソラである」という点についての真相がわかります。銀河系の構造を少しでも知っていれば、こんな考えがナンセンスであることはすぐに気がつくでしょう。しかし、宇宙の中心がアルシオーネであり、プレアデスの他の星や太陽がそのまわりをまわっているとする説は、実際に存在したのです。

これはドイツのヨハン・ハインリッヒ・フォン・メドラー(1794〜1874)が1846年に発表した説です。メドラーは月面の観測で有名な天文学者で、銀行家ウィルヘルム・ベーアの援助のもとにつくられた「ベーアとメドラーの月面図」(1837年発表)は、当時最もくわしく正確な月面図でした。そのメドラーは1840年、エストニアのドルパト天文台の台長になります。ここでプレアデス星団を観測し、アルシオーネがプレアデス星系の中心だとする説を発表するのですが、もちろん、これは正しくはありませんでした。ロバート・バーナム・ジュニアは『星百科大事典(改訂版)』(地人書館)の中で、これを「天文学史上最も奇妙な誤った解釈の一つ」と説明しています。「アルキオネが宇宙の“中心太陽”だという考えは、いくぶん人気を呼んだが、銀河の構造がわかってくるとともに、20〜30年の間に、この考えは見向きもされなくなってしまった」と、バーナムは同書で書いています。まさかメドラーの時代から150年以上もたった現代に、この説を信じる人たちがふたたび現われるとは、誰も想像していなかったでしょう。ホセ・コマス・ソラ(1868〜1937)は小惑星などを観測したスペインの天文学者です。「シャーリー・ケンプ」はメドラーとコマスを間違えてしまいました。そのため、コマスは不名誉な名前の使われ方をされてしまったのです。

ノリス氏から話を聞いて、「フォトンベルト」が世界に広まるきっかけがいかにしてつくられたかはわかりました。しかし、実はまだ、その先があります。私にはもう少し調べてみることが残っていました。というのも、フォトンベルトの話は、プレアデスの星系を含めそれなりのディテールを持っています。ノリス氏が言っていた2人がそのアイデアを全部考え出したわけではないのではないか、と考えたのです。

フォトンベルトの源流を調べるかぎは、フォトンベルトの発見者とされている「科学者パウル・オットー・ヘッセ」です。しかし、こういう名前の科学者は見当たりません。今ではWikipedia に彼の情報が載っていますが、私が彼のことを調べた2004年当時、情報はほとんどありませんでした。そこでドイツのネット書店で調べたところ、彼の著作として ”Der Jüngste Tag” (最後の審判の日)という本が出版されていることがわかりました。この本の分野は「宗教、秘義」となっていたので、彼が科学者でないことがわかりました。

”Der Jüngste Tag” には1959年版(出版社はVerl. Die Arve)と1967年版(出版社はTurm Verlag)があり、Turm Verlagから出版されているものは商品として生きていることが判明したので、さっそく取り寄せてみました。それが下です。この本が最初に出版されたのは1949年のようです。

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パウル・オットー・ヘッセについて調べれば、フォトンベルトがどこから来たかわかると、私は考えていましたが、手元に届いた ”Der Jüngste Tag” を開き、37ページの図を見たとたん、私の予感が的中していたことがわかりました。そこには、フォトンベルトの原型といえる図が載っていたのです。

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2012年:フォトンベルトの源流(1)
2012年が近づくにつれて、マヤの暦や「フォトンベルト」に関した話題が増えているようです。これらに関してはすでに古代マヤの暦と2012年の地球大異変(1)同(2)同(3)で書きました。「フォトンベルトが写っている写真」というのがハッブル宇宙望遠鏡の画像だったり、天文ソフトの天の川の画像だったりと、フォトンベルトについては荒唐無稽の話が多すぎますが、「2012年に太陽系はフォトンベルトに入る」「2012年には何かがおこる」と信じている人たちを、たとえば「フォトン・ベルトなんて何の根拠もないし、誰も発見してはいないし、存在しないことははっきりしているのに、何でそんなものの実在を信じられるのかが不思議である」(と学会・山本弘氏)と批判しているだけでは、この問題の本質には迫れないでしょう。ずいぶん前に流行ったフォトンベルトなるものがいまだにすたれず、まだその存在を信じている人がいるのはなぜかを、私はもう少し考えてみたいと思います。

「フォトンベルト」とはどんなものかを、もう一度書いてみます。
・フォトンベルトはプレアデス星団にある。プレアデス星団の星々は、星団で最も明
 るい星であるアルシオーネを中心にまわっており、太陽もこの星系に含まれる。す
 なわち太陽もアルシオーネのまわりをまわっている。これを発見したのは、天文学
 者ホセ・コマス・ソラである。
・フォトンベルトは1961年に、「科学者ポール・オット・ヘッセ」(パウル・オッ
 トー・ヘッセ)によって、人工衛星からの観測で発見された。
・ドーナツ状のフォトンベルトは、アルシオーネを中心とする星系の公転面と直交
 しており、ちょうど太陽の軌道のあたりを通っている。太陽はアルシオーネを2万
 6000年かけて1周しているので、太陽は1万3000年ごとにフォトンベルトに入っ
 たり出たりする。太陽がフォトンベルトに入ってからぬけるのに2000年かかる。
・フォトンベルトに入らないときは闇の時代であり、ベルトに入ると光の時代がおと
 ずれる。現在、太陽系はベルトに入りかけている。太陽系が完全にベルトの中に入
 るのは2012年である。
・フォトンベルトに入ると、人間や地球は大きな影響を受ける。

こうしたフォトンベルトなるものが世の中に流布するようになったのは、オーストラリアのニューエイジ団体の雑誌NEXUS の1991年2月号に掲載された記事がきっかけであり、その記事はオーストラリアのUFO 研究団体、AIUFOFSR の機関誌の1981年8月号から転載されたものであったことは、古代マヤの暦と2012年の地球大異変(3)で書きました。さらに、AIUFOFSR の主催者だったコリン・ノリス氏から話を聞いて、この記事の著者は「シャーリー・ケンプ」となっていたものの、実際はシャーリー・ケンプという中年女性と大学生の共作であったことも説明しました。

フォトンベルトの原稿は、この2人によってノリス氏のもとに持ちこまれたものでした。当時UFO の目撃情報が多発していたため、ノリス氏は彼の機関誌の読者はこの記事に興味をもつだろうと考え、掲載することにしたとのことです。その後、この記事は「太陽系は1万2000年の周期でやってくる“宇宙の雲”に入りつつあるのだろうか? われわれは真偽のほどはさだかでないものの、評判になった1881年の記事を紹介するが、判断は読者におまかせする」という編集部のコメントが付記され、NEXUS 誌に再掲載されます。ノリス氏が再掲載を許可したのは、1991年ごろには気候変動や地球環境問題が話題になりつつあり、この記事がまだ読者の興味をひく価値をもっていると考えたからであるとのことでした。

「フォトンベルト」という言葉はオリジナルの記事中に出てきますのが、AIUFOFSR の機関誌に掲載されたときのタイトルは “And So Tomorrow” というものでした。それが10年後、NEXUS 誌に再掲載されたときには “THE PHOTON BELT STORY” となっていました。その後、ニューエイジ関係者によってフォトンベルトを題材にした本が何冊も出版され、フォトンベルトは多くの人の間に広がっていきました。「フォトンベルト」という言葉をつくったのは2人ですが、この言葉を有名にしたのはNEXUS 誌ということになります。
恐竜から鳥類への進化に新しい視点
ティラノサウルスやヴェロキラプトルなどに代表される獣脚類の恐竜というと、高度に進化した捕食者というイメージが強いのですが、最近、アメリカ科学アカデミーの紀要に発表された論文によると、獣脚類コエルロサウルス類の恐竜では、むしろ植物系の食事をしていた恐竜が多かったとのことです。コエルロサウルス類の恐竜にはティラノサウルスやヴェロキラプトルなどのほか、鳥類にきわめて近縁な恐竜、鳥類に直接つながる系統が含まれます。コエルロサウルス類の恐竜の多くは羽毛をもっていたと考えられています。

シカゴにあるフィールド博物館のZanno とMakovicky は、コエルロサウルス類の恐竜について歯や口の形、胃の内容物などを調べ、彼らがどのような食事をしているかを統計的に解析し、コエルロサウルス類が肉食だったというこれまでの説をくつがえす結論に達しました。ティラノサウルスなど肉食恐竜はむしろまれな存在だったとのことです。

この話題は日本でも報道されました。報道された内容は以上のようなものでしたが、論文をよく読んでみると、彼らの研究成果が重要なのは、その先、鳥類への進化との関連にあると思われます。彼らの研究によると、すでに獣脚類の時代にとくに鳥に近縁の恐竜たちは広範に植物食を行い、肉食から植物食への適応を果たしていたというのです。オルニトミムスやオヴィラプトルなどでは、歯を失い、くちばしを発達させていく過程が進んでいますが、これは植物食に適応するために起こったものです。すなわち、コエルロサウルス類の一部が鳥類に進化するに先だって、すでにコエルロサウルス類の間で植物食が主流となり、くちばしを形成したり、首を長くするなどの適応が進んでいたというわけです。

最近では、恐竜か鳥か判別がつかない羽毛恐竜が次々と発見されています。恐竜から鳥類への進化について、また新しい視点がもたらされたといえるでしょう。
ポップアップ絵本で学ぶATLAS 実験
Papadakis 社の ”Voyage to the Heart of Matter” は、CERN のATLAS 実験を解説した、とてもよくできているポップアップ絵本です。

papadakis

加速器での素粒子実験を理解することは、子供にとっても大人にとってもなかなか難しいものですが、この絵本ではそれを楽しみながら勉強することができます。素粒子物理学の基礎や実験装置のディテールについてもていねいに説明されています。

ポップアップはかなりダイナミックです。下はATLAS が地下100メートルに設置されていることを説明しているページです。

ATLAS

下はATLAS の検出器自体を説明しているページです。ここでは中心部の飛跡検出器とカロリメーターの部分は別途自分でつくらなければなりません(内部に隠れて見えなくなってしまうのですが)。全体を組み立てるにはセロハンテープを使うなど、少し工夫が必要ですが、組み立てているうちに、ATLAS がどんな構造になっているかがわかってきます。

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下は、ATLAS での実験は宇宙のはじまりに迫るものであることを説明しているページです。ビッグバンから現在まで、137億年の宇宙の歴史を知ることができます。

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素粒子物理学の最先端の研究がこうした絵本になるのは、とても有り難いことです。絵本とはいいながら、細部まで配慮が生き届いており、教材としても十分使うことができると思いました。
世界最高エネルギーでの素粒子実験
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2011年も、科学の世界ではいろいろなことが起こるでしょう。その中で、私が期待している大ニュースの1つは、ヒッグス粒子の発見です。

私たちの世界をつくっている物質がどのような素粒子でつくられており、そこにどんな力がはたらいているかは、標準理論によって説明されています。しかし、この標準理論では、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子の存在が予想されていますが、これだけはまだ発見されていません。

現在、CERN(欧州合同原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)では7TeV(7兆電子ボルト)という世界最高衝突エネルギーでの実験が行われており、日本も参加しているATLAS 実験では、20世紀からもちこされた宿題であるこのヒッグス粒子の発見が当面の目標となっています。ヒッグス粒子はこれまでのATLAS 実験で生成されている可能性もありますが、バックグラウンド(既知の現象)が多いため、まだ見つかっていません。しかし、今年の実験でデータを集積し、解析することによって、その存在を確認できるのではないかと期待されています。ATLAS でヒッグス粒子が生成したイベントのシミュレーション例の画像を使って、上のニュー・イヤー・カードをつくってみました。

標準理論で説明できる、私たちが知っている「物質」というものは、宇宙のわずか4%でしかありません。その他のダークマターやダークエネルギーというものについて、私たちはまだ何も知りません。ヒッグス粒子を発見し、標準モデルを完成させた先には、ダークマターの有力候補といわれる超対称性粒子、さらには余剰次元やミニブラックホールといった、標準理論に枠を超えた新しい物理学の世界が広がっています。

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