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代替医療の危険性
日本学術会議が「ホメオパシー」について、科学的な根拠はなく、医療現場で使わないようにという会長談話を発表しました。

ホメオパシーを含む代替医療といわれるものには、医学的な効果はないと考えるべきです。医学的に効果がないというだけなら、まだいいのですが、今回問題になっているように、今日の医療が否定され、患者が病院に行くことが阻害されれば、社会的な弊害が生じます。会長談話の内容はきわめて当然のことですが、代替医療に対するこうした批判は、もっと早い段階からなされてしかるべきでした。

代替医療の多くは、近代医学が未発達の段階であった時代に起源をもっています。ホメオパシーも200年の歴史をもっているようです。当時はそれなりに医療行為をめざすものであったのでしょう。ヨーロッパの一般向けの医学書などでは、最近までホメオパシーについて触れられているものもあり、まだ何らかの治療効果があると受け止められているようです。

現代の医学も完全ではなく、治癒が困難な病気や症状もたくさんあります。なんとか治りたいと考える患者の心理にしのびこんでくるのが代替医療です。しかし代替医療には危険な側面もあるので、周囲の方は医師とも相談して適切なアドバイスをしてあげるべきです。
関西発の宇宙開発
枚方市野外活動センターで行われた関西宇宙イニシアティブ(KaSpI)主催の宇宙ふれあいサマーキャンプに参加してきました。

KaSpI_0814

1日目の星空観望はあいにくの曇り空でしたが、同センターにある60cm 望遠鏡で、雲の切れ目からアルビレオの二重星を見ることができました。また、京都大学花山天文台台長の柴田一成先生と研究室の方によって、4D2U の投影も行われました。「ようこう」のデータによる太陽の極小期および極大期の3D 映像、「ひので」のデータによる太陽の3D 映像、「ひので」のデータとSOHO による磁力線の比較など興味深い映像を見せていただきましたが、これらは京都大で制作されたものです。

花山天文台は1929年に設立された当時から、天文台をアマチュアに公開してきました。現在、NPO法人「花山星空ネットワーク」が設立され、市民向けの活動を行っています。

2日目には、私も子供たちに宇宙の話をしました。

KaSpI は関西に小型人工衛星開発の新たな拠点をつくることを目的としており、「宇宙の身近に」が合言葉です。KaSpI が打ち上げを考えている人工衛星KaSpI-1には、軌道上の衛星に子供たちが直接ふれることのできる機能が搭載され、子供たちが衛星に向けて命令を送ると、衛星がそれにしたがう様子が、スクリーンに映し出されるとのことです。こうして、子供が宇宙に直接ふれあう機会をつくろうというわけです。「まいど1号」は打ち上げられたものの、関西発の宇宙開発はこれからと考えるKaSpIの活動を、私も応援させていただきたいと思います。
「地球温暖化」35周年
私たちは「地球温暖化」すなわち”Global Warming” という言葉をごくふつうに使っていますが、RealClimate によると、この ”Global Warming” という言葉がはじめて科学ジャーナルに登場したのは、ちょうど35年前のことだそうです。すなわち、アメリカのウォーリー・ブロッカーが『サイエンス』誌の1975年8月8日号に発表した論文 ”Climate Change――Are We on the Brink of a Pronounced Global Warming?”(気候変動――われわれは地球温暖化への瀬戸際にいるのか?)で使われたのが最初でした。ブロッカーは海水の塩熱循環(海洋大循環)の研究で有名です。

ブロッカーがこの論文を書いた頃、世界の気温は下がり気味の傾向を示していました。しかしブロッカーはこの論文で、「現在の気温低下の傾向はこれから10年ほどの間に、二酸化炭素による温暖化に道を譲るだろう」「来世紀初頭までに、二酸化炭素は地球の気温を過去1000年間に経験したことのないレベルまで引き上げるだろう」と書いています。彼は二酸化炭素による20世紀中の気温上昇を0.8度Cと予測しています。彼はこの数値を、二酸化炭素の排出量が毎年3%増加し、そのうちの半分は海洋や陸地に吸収されずに大気中に残ることをベースに計算しているのですが、IPCCの第4次評価報告書によれば、過去100年間(1906〜2005年)の世界気温の上昇は0.74度C(0.56〜0.92度C)とされていますから、これはおどろくほど正確な予測です。

ところで、ブロッカーは二酸化炭素による地球温暖化を最初に科学ジャーナルで指摘した研究者というわけではありません。J.S.ソイヤーによる ”Man-made Carbon Dioxide and the “Greenhouse” Effect”(人為的に排出される二酸化炭素と温室効果)という論文が『ネイチャー』誌の1972年9月1日号に掲載されているのです。

すでに1970年代に、世界を代表する科学雑誌『ネイチャー』誌と『サイエンス』誌に、石油の大量消費にともなう大気中の二酸化炭素の増加が世界気温の上昇をもたらすという論文が発表されているのは、きわめて意味深いことです。その後、多くの研究者が地球温暖化に関心をもつようになり、研究が進みました。そして1988年にUNEP(国連環境計画)とWMO(世界気象機関)によってIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設立されることになるのです。

地球温暖化に懐疑的な立場をとる人はよく、「科学者は1970年代から1980年代にかけては地球が寒冷化すると言っていた。それが急に地球温暖化に変わったのはおかしい」あるいは「科学者が地球温暖化をとりあげるようになったのは、1988年にNASAのジェームズ・ハンセンがアメリカ議会で証言してからである」というようなことを言います。例えば、伊藤公紀氏・渡辺正氏の『地球温暖化論のウソとワナ』(ベストセラーズ)には、「1988年の「ハンセン」証言で、地球温暖化はメディア経由で全世界の話題になり、すぐさま日本にも伝わった。話を聞き及んだ環境関係者は大いに喜ぶ。・・・「仕事」になれば巨費を動かせるテーマだからだ」と書かれています。

私はこうしたことを書く人は、当時のことは何も知らず(おそらく地球環境問題にはまったく関心がなかったのでしょう)、海外の懐疑派が主張していることを受け売りしているだけだと考えています。当時、地球が寒冷化すると主張していた人はそれほどいませんでした。一方、地球温暖化を懸念する動きは次第に高まってきていました。私が地球温暖化に関する最初の記事『暑くなる地球』を科学雑誌(Newton)に書いたのは、ハンセン証言の1年前、1987年7月のことです。このとき、私は何人もの研究者に取材をし、アメリカから資料を取りよせて記事を書きました。この記事は、多くの人が地球温暖化について知るきっかけになったのですが、伊藤公紀氏も渡辺正氏も、私の書いた記事は読んでいなかったようです。

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