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アフリカ環境報告
石弘之さんの『キリマンジャロの雪が消えていく』(岩波新書)を読み終えたところです。『地球環境報告』『地球環境報告供戮離▲侫螢版ともいえ、この本のタイトルとしては、むしろサブタイトルの「アフリカ環境報告」がふさわしいように思われますが、ヘミングウェイの小説にも書かれたキリマンジャロの雪が急速に失われつつあり、2020年には消失してしまうかもしれないという現実は、多くの難問に直面するアフリカの象徴といえます。

私がかけだしの編集者だったころ、石さんは朝日新聞の編集委員をされており、何度か原稿をお願いしたことがあります。そのころから、世界の人口問題や環境問題に関心をお持ちでした。その後、とくにアフリカの問題には現地での仕事も含めて長年、深くかかわってこられました。そのまとめが本書です。

アフリカの人口は過去100年間で8倍に増え、2009年には10億人を超えたが、このうち3人に1人が栄養不足、年間数十万人が干ばつや洪水などの自然災害の犠牲となり、年間約150万人がエイズで命を奪われるといった厳しい現実が、本書では語られていきます。私たちがニュースで断片的にしか知らない情報が、本書ではその歴史や背景を踏まえてくわしく説明されており、アフリカの実状を知るためにとても役立つ本となっています。

日本にいると、アフリカで起こっていることは他人事のように感じられますが、温暖化が進行していく地球の未来を考えるとき、アフリカの存在を抜きにすることはできません。「温暖化はむしろ良いことだ。脳卒中や心臓病で死ぬ日本人は減る。気温が2度Cくらい上昇して、何の問題があるのか」などという暴論を本やテレビ番組で展開している人たちがいますが、こうした人たちは、世界平均気温が2度C上昇することによって、アフリカの人たちが、さらにどれだけの貧困や飢餓や病気にさらされることになるのか、まったく考えていないといえるでしょう。本書は、地球の未来を考える多くの方に読んでいただきたい1冊です。

「貧困や環境破壊の大波に翻弄されるアフリカを救い出す特効薬は、これまでのところ見つかっていない。多分、そうしたものはないのだろう。これからも、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら、人智を尽くした総力戦を展開するしかない」と、石さんは「あとがき」で述べています。アフリカにずっとかかわってこられた石さんですが、残念なことに、アフリカについて書くのは多分これが最後であり、あとは若い人たちにバトンタッチしたいとのことです。石さんには長い間ご苦労さまでしたといいたいと思いますが、同時に、この石さんの、いわば「アフリカ最終報告」が、地球の未来を考える道しるべとして、次の世代に受け継がれることを願います。

114番目の元素と「安定の島」
アメリカのローレンス・バークレー国立研究所の研究者によって114番目の元素の存在が確認されました。

原子番号92のウランまでの元素は天然に存在しますが、超ウラン元素、すなわち93番目からの元素は人工的につくらなければなりません。『理科年表』(丸善)には118番目までの元素が掲載されています(ただし117番目は未発見)。しかしながら、その存在が確認され、元素としての名前がつけられているのは111番目のレントゲニウムまでで、学校の理科の教科書の周期律表でもここまでが記載されています。

112番目からの元素には暫定的な名前がつけられています。112番目の元素にはコペルニクスにちなんで「コペルシウム」と命名する案があるようです。113番目の元素は、日本の理化学研究所でつくられており、その存在が確認されれば、日本に命名権が与えられそうです。

114番目の元素は、10年前にロシアのドゥブナ合同原子核研究所で発見の報告があったものです。超ウラン元素をつくるには、原子同士を加速器で衝突させなくてはなりません。ローレンス・バークレー国立研究所ではカルシウム48をサイクロトロンで加速し、ターゲットであるプルトニウム242に衝突させました。その結果、114番目の元素2個(質量数286と287の同位体1個ずつ)をつくることに成功しました。これらの元素の崩壊モード、寿命、発生するエネルギーなどはドゥブナの報告を追認するものであり、114番目の元素の存在が確かめられたとのことです。

この114番目の元素には特別な意味があります。超ウラン元素は寿命が非常に短いものが多く、人工的につくっても、すぐに崩壊してしまいます。しかしながら、ある種の元素はより安定であると予想されており、その1つが114番目の元素なのです。ローレンス・バークレー国立研究所でつくられた2個の寿命は、質量数286の方は10分の1秒ほどでしたが、質量数287の方は2分の1秒程度ありました。

安定な超ウラン元素は、不安定な海に浮かぶ「安定の島」にたとえられます。これまでもある程度寿命の長い元素がとびとびに発見されてきましたが、114番目の元素と、その先には、より大きな「安定の島」が存在するかもしれないと、研究者は考えています。下の図は、ローレンス・バークレー国立研究所のウェブサイトに掲載されていた「安定の島」のイメージです。右側が大きな「安定の島」ということでしょう。

安定の島
火星大気の散逸過程を探るMAVEN ミッション
NASA の火星大気探査ミッション MAVEN のPI(主研究者)であるコロラド大学のブルース・ジャコースキー教授と、何度かメールのやりとりをしました。MAVEN ミッションと太陽活動の極大期の関係について、少し教えてもらいたいことがあったからです。

火星探査機MAVEN

現在の火星の大気は希薄ですが、かつて火星には温暖で大量の水が存在した時代があり、そのころには今よりも濃い大気があったと考えられています。火星の大気が宇宙空間に失われていくことを、火星大気の「散逸」とよんでいます。かつて火星にはどれだけの大気があったのか、その組成はどうだったのか、いかにして現在のような大気になったのか、というような火星大気の進化を考える上で、火星大気の散逸過程や散逸率を知ることはきわめて重要です。もちろんそれは、現在の火星大気で何がおこっているのかを知ることにもなります。

火星が誕生して間もない時期には、多数の小天体による衝突が原始大気を散逸させた可能性があります。しかし現在にいたる火星の歴史を通じて最も重要な役割を果たしているのは、太陽の放射と太陽風(太陽からのプラズマ)であると考えられています。MAVEN は、この火星大気の散逸過程における太陽の役割を調べるためのミッションなのです。

よく知られているように、太陽活動には約11年の活動周期があります。火星大気の散逸に太陽がどのように影響を与えているかを調べるのであれば、太陽活動が極大期に近いあたりで観測を行う必要があるでしょう。一方、火星への探査機の打ち上げ時期は約2年に1度しかめぐってきません。そのようなわけで、MAVEN ミッションと太陽活動の極大期の関係をジャコースキー教授に聞きたかったのです。

ジャコースキー教授によると、次の太陽活動の極大期は2013年とみられており、MAVEN はこの2013年に打ち上げられ、2014年に火星に到達し、1年間の観測活動を行います。すなわち、MAVEN が観測を行うのは、太陽の活動が極大期から急速に落ちていく時期にあたるわけですが、この時期に観測を行うのが重要なのだとジャコースキー教授はいいます。MAVEN ではミッション中に、このような太陽の活動度がことなる時期の観測を行うと同時に、「ディープ・ディップ」とよばれる一時的な軌道降下を5回行って、火星の高層大気だけでなく、下層大気の観測も行うことになっています。

NASA は小型で安いコストででき、科学目的を絞った探査機を火星にシリーズで送り込むスカウト計画を進めており、MAVEN は、2008年に火星の北極に着陸したフェニックス・マーズ・ランダーに続くスカウト計画第2弾のミッションです。2008年9月に、20のプロポーザルの中から選ばれました。

MAVEN ミッションにはコロラド大学の他、カリフォルニア大学バークレイ校、NASA のゴダード・スペース・フライト・センターなどがチームに加わってサイエンスをしっかり固め、ロッキード・マーチン社が参加してマーズ・オデッセイやマーズ・リコネッサンス・オービターと基本的に同じ探査機本体を製造します。軌道の解析はジェット推進研究所が担当します。

今後のスケジュールは2011年に設計を完了して機体の製造に入り、2013年11月18日〜12月7日に打ち上げ、2014年9月に火星周回軌道に到達します。その後1年間観測を行って2015年中に運用を終了し、2016年はじめにはプロジェクト全体を完了させる予定です。スカウト計画応募のための作業をはじめてから計画完了まで10年というフットワークの軽さは、今後の惑星探査の1つの方向性を示しているように思えます。

分子進化のほぼ中立説
太田朋子先生の『分子進化のほぼ中立説』(講談社ブルーバックス)を読みました。太田先生は木村資生先生の共同研究者として、分子進化の中立説の確立に大きな貢献を果たしましたが、それだけでなく、中立説では困難な点を説明するために、「弱有害突然変異仮説」すなわち「ほぼ中立説」を提唱しています。

生物はどうやって進化していくのか? これは現代の生物学にとっても、とても難しい問題です。生存に有利な突然変異が自然淘汰によって生き残るというダーウィンの自然淘汰説だけで、生物進化を説明することができないことはほぼ明らかです。分子進化のほとんどは生物にとって有利でも不利でもない変異が広がったものであるとする中立説は、自然淘汰説(ネオダーウィニズム)の天敵のように思われた時代もありましたが、今では、両方が進化に貢献していると考えられています。

「ほぼ中立説」とは、淘汰を受ける突然変異と中立的な突然変異の間に、「ほぼ中立」すなわち「弱有害」な突然変異が存在するという考え方です。この弱有害突然変異には、生物集団が大きい場合には淘汰がはたらきますが、集団が小さくなるほどドリフト(遺伝的浮動)の効果が大きくなり、変異は偶然に広がっていきます。

ヒトゲノムの解読以降、生物の進化は、これまで論じられてきた形質の変化だけでなく、ゲノム自体の進化としてあつかうことが可能となり、進化のメカニズムの解明は新たな段階に入っています。ネオダーウィニズムと中立説の間に、弱い効果をもつ突然変異を考える「ほぼ中立説」は、ゲノムの複雑な進化を解き明かしていく上で大きな役割を果たす可能性があります。太田先生自身も「ゲノム時代の現在、大量のデータが得られ理論の検証も可能になった。また以前には予想もできなかった遺伝子の発現調節やゲノム構成についての知識も増え、ほぼ中立説の適用範囲が広がってきた」と「はじめに」で書いています。

生物のゆるやかな進化を示す化石は多く発見されているのに対して、生物が急激に進化していくときの化石が少ない理由も、「ほぼ中立説」で説明できるのではないかと、太田先生は書いています。すなわち、急激な進化は大集団中では淘汰されてしまいますが、小集団では生き残る可能性があるからです。

ブルーバックスにしては難解なのが少し残念ですが、ゲノムの進化論がもう少し進んだ段階で、この本の続編を読みたいと思いました。

古代マヤの暦と2012年の地球大異変(3)
古代マヤの暦(長期暦)が2012年で終わるという話を、世界の終末と結びつけたのは、「フォトンベルト」というオカルト的な発想でした。数年前には、書店に行くとフォトンベルト関連の本が結構並んでいたものです。ネット上でフォトンベルトを検索すれば、かなりのヒットがありました。どうやら、この話題は海外で盛り上がっていたようです。これらの本やウェブの情報によると、フォトンベルトとは、次のようなものだそうです。

フォトンベルトとは、フォトン(光子)が帯状(ドーナツ状)に分布したもので、人類がまだ手にしたことのないエネルギーをもっている。
フォトンベルトはプレアデス星団にある。プレアデス星団の星々は、星団で最も明るい星であるアルシオーネを中心にまわっており、太陽もこの星系に含まれる。すなわち太陽もアルシオーネのまわりをまわっている。
フォトンベルトは1961年、「科学者ポール・オット・ヘッセ」(パウル・オットー・ヘッセ)によって、人工衛星からの観測で発見された。フォトンベルトは「黄金色の光に満ちた星雲」である。普通、星雲には質量がないが、この星雲には質量があった。
ドーナツ状のフォトンベルトは、アルシオーネを中心とする星系の公転面と直交しており、ちょうど太陽の軌道のあたりを通っている。太陽はアルシオーネを2万6000年で1周しているので、太陽は1万3000年ごとにフォトンベルトを出たり入ったりする。太陽がフォトンベルトに入ってから抜けるのに2000年かかる。
フォトンベルトに入らないときは闇の時代であり、フォトンベルトに入ると光の時代がおとずれる。現在、太陽系はフォトンベルトに入りかけている。太陽系が完全にベルトの中に入るのは2012年である。
フォトンベルトに入ると、人間や地球は大きな影響を受ける。フォトンは生命体を原子レベルから変えてしまい、人類の進化を促進させる。フォトンはまた地球にも影響を与え、地磁気の逆転や洪水がおこる。

フォトンベルトというのは、以上のように荒唐無稽なもので、すべては科学的誤謬の上につくられた虚構です。あまりにも馬鹿らしいので、ここで反論することはしませんが、一部の人たちはこうした考えを信じているのです。

フォトンベルトという言葉が知られるようになったきっかけは、オーストラリアのニューエイジ団体が出版する雑誌NEXUS の1991年2月号に掲載された記事でした。その後、この記事にない内容がいろいろつけくわえられました。その1つが、「太陽系が完全にベルトの中に入るのは2012年である」です。誰かが勝手に、フォトンベルトとマヤの暦を結びつけ、「2012年に何かがおこる」という話が広がっていったのです。

「古代マヤの暦と2012年の地球大異変」の真相とは、このようなものです。いかなる科学的根拠もないことがおわかりでしょう。しかし、こうした話を信じている人は、「NEXUS という雑誌の記事に書いてあった」ということだけで、実際にはその記事を読んで検証することもせず、本やウェブの情報を受け入れているのです。

NEXUS 1991年2月号の記事を読んでみると、いろいろなことがわかります。記事の著者は「シャーリー・ケンプ」という女性であること、天文学的には荒唐無稽でありながら、「ディラックによる反粒子の予言」、「アンダーソンによる陽電子の発見」、「反陽子と反中性子の発見」「電子と陽電子の対消滅」など物理学に関しては正確な記述がみられること、そして、「2012年」に関してはなにも書いていないことなどです。もう1つ、とても大事なことが、記事の最後にありました。この記事はオーストラリアのUFO 研究団体、AIUFOFSR が刊行する機関誌の1981年8月号から許可を得て再録したものだったのです。そこで私は、もう少し調べてみることにしました。

アデレードにあるAIUFOFSR は、オーストラリアの有名なUFO 研究家コリン・ノリス氏が主宰していた団体です。ノリス氏は1947年にアメリカで「空飛ぶ円盤」が話題になって以来、活動をつづけてきたそうです。ノリス氏は高齢でしたが、2004年に連絡をとったとき、快く私の質問に応じてくれました(私がコンタクトしたとき、ノリス氏は病院での脳検査を終えて帰宅したところでした。ノリス氏は2009年に亡くなりました)。同氏によると、この記事は間違いなく彼が発行していた機関誌に1981年に掲載されたもので、原稿は彼のところにもちこまれたものでした。彼はそれまで、フォトンベルトなどという言葉は聞いたことがなかったし、原稿にでてくる星の名前も知らなかったそうです。

ノリス氏によると、著者はシャーリー・ケンプという女性になっていますが、実際は大学生との共作でした。シャーリー・ケンプは当時ノリス氏のUFO 団体の資料係でもある中年の女性でした。大学生も当時ノリス氏の団体のメンバーでしたが、現在はオーストラリアの原子力研究機関に勤める研究者です。この記事の物理学に関する記述だけが科学的に正確であった理由はこれで明らかになりました。彼はこの記事に関わったことを認めていますが、現在の自分の立場もあり、本名を明らかにすることを断っているといいます。シャーリー・ケンプが今どうしているかは知らないということでした。

このように、フォトンベルトとは、30年近く前の1本の投稿原稿からはじまり、1999年7月に世界が滅亡するというノストラダムスの大予言が外れた後、古代マヤの暦と結びつけられ、2012年に何かがおこるという話に発展してきたということになります。
EarthCARE プロジェクト
秋葉原のアキバホールで行われたEarthCARE シンポジウム「地球温暖化を見つめる目」に行ってきました。EarthCARE は2013年に打ち上げが予定されている人工衛星です。日本のJAXA、NICT(情報通信研究機構)とESA(ヨーロッパ宇宙機関)の3者による共同ミッションで、雲とエアロゾル(大気中の微粒子)を観測することを目的としています。

2007年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書では、温室効果ガスやその他の要因が地球温暖化にどれだけ影響力をもっているか(これを放射強制力といいます)が検討されており、エアロゾルが雲に与える効果には、まだ大きな不確実性があることが示されています。この不確実性を小さくしていくことは、気候変動予測の精度を上げる上で非常に重要です。

EarthCARE はまさにこの問題を克服するためのミッションです。衛星の開発、搭載するセンサーのうち、大気ライダー、多波長イメージャー、広帯域放射収支計の開発、衛星の運用は ESA が担当し、JAXA と NICT は雲プロファイリングレーダー(CPR)の開発を行っています。

CPR は宇宙空間から地球に向かって電波を発射し、雲から散乱されて戻ってくる電波を測定することで、これまでなかなか分らなかった雲の垂直構造を高感度で観測します。衛星用ミリ波帯アンテナとしては世界最大級の直径2.5m のアンテナが搭載されます。CPR はさらに、衛星搭載レーダーとしては世界初のドップラー計測を行うことができます。これによって、雲粒子の運動の観測や雲と雨の区別も可能になります。

地球温暖化防止のための対策をより効果的なものにしていくためには、信頼性の高い科学的データが必要です。EarthCARE はそのために、大きな役割を果たすことになると思います。
新アレクサンドリア図書館の役割
2002年10月16日に、かつて古代アレクサンドリア図書館があったと考えられる場所のすぐ近くにオープンした新アレクサンドリア図書館は、「文明間の対話」をその使命としており、以下の4つを目標として掲げています。

世界がエジプトを知る窓になること
エジプトが世界を知る窓となること
デジタル時代をリードする研究機関になること
教育、寛容、対話、相互理解の中心になること

アレクサンドリア図書館のウェブサイトを訪れると、アラビア語のトップページの右上に、フランス語、英語とならんで「日本語」の文字があることにお気づきになるでしょう。このボタンを押すと、日本語のサイトに移動します。

アレクサンドリア図書館

2003年10月、私はアレクサンドリア図書館を訪問し、イスマイル・セラゲルディン館長にお会いしました。このとき、私はアレクサンドリア図書館と日本との交流の第一歩として、アレクサンドリア図書館の公式日本語サイトをつくらせてほしいという提案をしました。セラゲルディン館長からは即座に了解をいただきました。これがきっかけになって、アレクサンドリア図書館の公式日本語サイトが生まれたのです。

日本語サイトのオープンに際していただいたメッセージの中で、セラゲルディン館長は「現代によみがえったアレクサンドリア図書館は、さまざまな文化や人々の間で対話ができる自由のための場所でありたいと願っています」と語っています。

そのセラゲルディン館長が来日し、10月2日に国立国会図書館で講演します。タイトルは「パピルスからPDFへ:よみがえるアレクサンドリア図書館」です。古代アレクサンドリア図書館の歴史と新アレクサンドリア図書館の役割が語られるはずです。講演の後、長尾真・国立国会図書館館長との対談も予定されています。
X-48Cの風洞試験
NASAラングレー・リサーチ・センターにある1930年建造の巨大風洞での最後の試験が、X-48Cを用いて行われたというニュースが、NASAのウェブサイトに載っていました。この風洞では、これまで多くの航空機の実物大試験が行われてきました。ラングレーはアメリカの有人宇宙船発祥の地でもあり、マーキュリー宇宙船の風洞試験もここで行われたのです。長い歴史をもつ風洞ですが、老朽化のため、引退が決まっていました。

X-48はNASAとボーイング社が開発を進めているハイブリッド・ウイング・ボディ、あるいはブレンデッド・ウイング・ボディの実験機です。ブレンデッド・ウイング・ボディというと、これまではB-1やF-16のような翼と胴体のつなぎ目の部分が一体化された航空機をさすことが一般的でしたが、NASAのいうブレンデッド・ウイング・ボディは全翼機といえるものです。

X-48C

スパン6.4mのX-48Bは2007年に無人での試験飛行に成功しています。X-48Cも同じサイズですが、搭載エンジンを3基から2基にした点と、エンジン音を遮蔽するための垂直フィンを3枚取り付けた点が、X-48Bとちがっています。

今年の4月にNASAの航空担当局長ジェイウォン・シン氏が来日し、JAXAの調布航空宇宙センターで講演したときも、次世代固定翼機としてX-48の話をしていました。複合材を用いて機体の重量を軽くして燃費の向上をはかり、エンジンの取り付け位置を工夫するなどして騒音の軽減を図っています。
久しぶりに花巻を訪ねる(2)
今日は、釜石線(愛称は銀河ドリームライン釜石線)で遠野まで行ってきました。「銀河鉄道」のモデルとなった岩手軽便鉄道は、大正4年に花巻〜仙人峠間が開通しました。その後、昭和11年に国有化され、国鉄釜石線となりました。かつての軽便鉄道の路線を、遠野まで往復してみようというわけです。

ただし、軽便鉄道の花巻〜似内間は、現在の釜石線の花巻〜似内間とはルートが異なっていました。当時は、国鉄花巻駅前にあった軽便鉄道の花巻駅から、イギリス海岸の近くを通って似内に至っていました。昭和19年に国鉄花巻駅に乗り入れることになり、これにともなってルート変更が行われたのです。

朝9時17分発の快速「はまゆり1号」に乗り、遠野には10時9分に着きました。遠野を11時12分発の快速「はまゆり4号」で花巻にとんぼ帰りをしたので、遠野には1時間ほどしかいませんでしたが、遠野にもまた魅力的な世界があります。

遠野の絵葉書

銀河ドリームライン釜石線の各駅にはエスペラントで愛称がつけられています。遠野はフォルクローロ(Folkloro)で、民話という意味です。

遠野駅

賢治には岩手軽便鉄道を題材にした「岩手軽便鉄道の一月」と「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」という詩があります。また、「冬の銀河ステーション」では「銀河軽便鉄道」として出てきます。窓の外を眺め、賢治が見た風景を想像しながら、花巻に戻りました。
久しぶりに花巻を訪ねる(1)
久しぶりに宮沢賢治の故郷、花巻に来ています。これまでも何度か花巻を訪れていますが、今回来たのは、『銀河鉄道の夜』に書かれている内容について、いくつか確かめたいことがあったからです。とても細かいことばかりなのですが、賢治が死ぬまで推敲を重ね、未完に終わった『銀河鉄道の夜』を読み解くには、そのようなディテールが重要なのです。

まず、宮沢賢治記念館の展示を久しぶりに見てから、イーハトーブセンターを訪問し、資料を購入しました。その後の、少し早い昼食は山猫軒です。

山猫軒

『銀河鉄道の夜』では、星は「空の三角標」として表現されています。三角標とは測量のために三角点の上に組むやぐらをいいます。宮沢賢治記念館のすぐそばの、あまり目立たない場所に、胡四王山の三角点があります。この三角点は、明治40年、すなわち賢治が11歳のころに設置され、測量作業が行われました。賢治は当時、ここの三角標を見たかもしれません。

胡四王山三角点

午後は、賢治の生家があった豊沢町に行ってみました。当然のことですが、街並みは大正時代とまったく変わってしまいました。しかし、高い建物がほとんどない静かな通りは、当時のたたずまいを今も伝えている気がします。
HTV、国際宇宙ステーションに到着
9月11日のH-Bロケットによる打ち上げから7日、HTV(宇宙ステーション補給機)は予定通り、国際宇宙ステーション(ISS)に到着しました。

HTVのISSとのドッキングは次のような手順で行われます。

HTVはまず、GPSを用いた相対GPS航法でISSに接近し、ISSの後方5kmの位置(接近開始点)で一旦停止します。さらにISSの下方約500mの位置まで移動し、ここからレーザーセンサーを使って、「きぼう」に設置された反射板を目標に接近していきます。これをランデブーセンサー航法といいます。ISSから300m(ホールドポイント)、次に30m(パーキングポイント)の2点で自動的に停止しながら、HTVは徐々に接近し、ISSの下方10m付近で停止します。このポイントでHTVがISSに対して相対的に停止したことが確認されると、ISSからの指令でHTVのスラスターが停止され、HTVはフリードリフト状態に入ります。そしてISSのロボットアームがHTVを把持し、ハーモニー・モジュール(ノード2)地球側の共通結合機構にドッキングさせるのです。

深夜0時をまわったところでNASA TVに接続すると、ヒューストンのミッション・コントロールからの映像が流れていました。HTVは接近開始点に到達し、ちょうどISSへの接近をはじめるところでした。ISSとヒューストンの間ではひんぱんに交信が行われ、ミッション・コントロール・ルームのスクリーンにはHTVの軌道が表示されていました。ISSのデスティニー・モジュールのロボットアーム操作盤の前では、ニコール・ストット宇宙飛行士が、HTVを把持し、ドッキングさせるための準備をしています。

HTVの把持は、日本時間午前4時51分に完了しました。HTVのISSへのドッキング作業がはじまったのは午前7時ごろです。ヒューストンのミッション・コントロール・ルームでISSと交信しているのは星出彰彦宇宙飛行士です。ISSのデスティニー・モジュールではニコール・ストット宇宙飛行士とロバート・サースク宇宙飛行士がロボットアームを操作しています。ドッキング作業はきわめて順調に進み、7時26分に終了しました。この後、16本のボルトが絞められ、電力・通信ラインが結合されると、HTVの結合は完了ということになり、宇宙飛行士の入室が行われます。

ISSにドッキングしたHTV

H-BロケットによるHTVの打ち上げ、そしてHTVのISSとのドッキングの成功は、日本の宇宙開発が新たな時代に入ったことを示すものです。これについては、改めて書きましょう。とにかく今は、とても眠いので。
「ティラノサウルス」か「ティランノサウルス」か?
千葉の幕張メッセでは「恐竜2009−砂漠の奇跡」展が9月27日まで開かれています。なんとか見に行きたいと思っているのですが、どうもその時間がとれそうもありません。

ところで、駅などに貼ってあるこの恐竜展のポスターを見て、おやっと思った人もいるのではないでしょうか。「ティランノサウルス」と書かれているからです。最も有名で、最も人気のあるこの恐竜の学名は Tyrannosaurus で、普通は「ティラノサウルス」と表記され、「ティランノサウルス」と表記されるのはまれです。

私が子供のころには「ティラノザウルス」でしたが、これはドイツ語読みにしていたためです。その後、学名はできるだけラテン語読みに忠実に表記することとなり、「ティラノサウルス」が一般的になりました。しかし、学名のラテン語読みをもっと正確に表記すべきだという立場から、これを「ティランノサウルス」とする表記が出てきたのです。この方式では、たとえば、これもよく知られた恐竜の1つであるアロサウルス(Allosaurus)は「アルロサウルス」となります。

学名のラテン語をカタカナで表記するのは、とても難しい問題を含んでいます。第一に、ラテン語は現在使われている言語ではなく、本当の発音を知っている日本人(外国人もですが)はけっして多くはありません。次に発音が正確にわかっても、それをカタカナで完全に表記することは不可能です。さらに、新しくつけられた学名の中には、たとえば英語の地名や人名などが含まれることがあります。これまでもラテン語読みにすべきなのかという問題もあります。

したがって、正確なラテン語読みを追求するといっても限界がでてきます。「ティランノサウルス」にしても、”Tyra” の部分をもっと正確に発音すれば「テュラ」になるのではないでしょうか。あまりこだわらずに、一般に使われている表記を用いるべきだと思います。

月の海の名前もラテン語です。昨年、私は月周回衛星「かぐや」のハイビジョン映像に英語のナレーションを入れる仕事をしました。台本を一読したアメリカ人のナレーターは私に言いました。「私はラテン語はわからないのです。英語(米語)風に発音します」。もちろん、私に異論はありません。天文学の世界では、まあ、こんなところで問題はおきません。しかし、恐竜の世界は少しばかりうるさいのです。

「恐竜2009−砂漠の奇跡」展で「ティラノサウルス」が「ティランノサウルス」になっている理由はとても簡単で、監修者が群馬県立自然史博物館館長の長谷川善和先生だからです。長谷川先生はずっとこの表記をとってきましたから、主催者も長谷川先生に監修をお願いした時点で、「ティランノサウルス」になることは了解済みだったでしょう。ちなみに、主催者の中の1社である日経ナショナルジオグラフィック社で出版している『恐竜図鑑』では、監修者がことなるため「ティラノサウルス」になっています。

長谷川先生と同じことを、研究歴がもっと少ない人がすると、本の編集者は苦労します。子供向けの本なので一般に用いられている「ティラノサウルス」を使おうとしても、監修者が頑としてゆずらず、泣く泣く「ティランノサウルス」にしたという本を、私は知っています。そんなことよりも、学問的業績を上げることの方が大事だと私は思います。
ヴィンテージ・アレクサンドリア
ロレンス・ダレルは『アレクサンドリア四重奏』の中で、アレクサンドリアには「五つの種族、五つの言語、十にあまる宗教」があると書いています。19世紀後半から20世紀前半にかけて、アレクサンドリアは地中海最大の商業港として栄え、ギリシア人をはじめ、地中海沿岸からさまざまな人たちがこの都市に集まってきました。当時のアレクサンドリアはエネルギッシュでスタイリッシュなコスモポリタン都市だったのです。

カイロの The American University in Cairo Pressから出版されている “Vintage Alexandria ― Photographs of the City 1860-1960” は、そのころのアレクサンドリアを現代によみがえらせた写真集です。モダンな街並み、高級なファッションに身を包んだ男女、名士や王族が顔をみせるパーティー、海岸でくつろぐ人々。個人のアルバムやポストカードなどから収集された写真は、今では失われたアレクサンドリアの姿を生き生きと伝えてくれます。

この写真集を見ると、多くの人がアレクサンドリアに心をひかれていたことがわかります。ダレルは第二次世界大戦中、イギリス大使館の仕事で最初はカイロに、次にアレクサンドリアに駐在しました。そして彼もまたこの国際都市に魅了されたのです。写真集に掲載されている下の写真は、1930年代のアレクサンドリアの風景です。中央の白い建物が、『アレクサンドリア四重奏』にも登場するセシル・ホテルです。1929年にオープンしたこのホテルは、当時アレクサンドリアで最も洗練されたホテルでした。

Vintage Alexandria

21世紀、アレクサンドリアは私たちに新しい姿を見せてくれるでしょう。今から2000年前、ここには世界最大の図書館がありました。そのアレクサンドリア図書館は2002年、現代によみがえりました。世界に向けて開かれた新アレクサンドリア図書館は、新しいアレクサンドリアをつくる大きな推進力となっています。

古代マヤの暦と2012年の地球大異変(2)
著名なマヤ文明研究者であるマイケル・D・コウの ”Breaking Maya Code” は、マヤ文字解読のスリリングなプロセスを解説した興味深い本です。この本をニューヨークの書店で買ったのは今から10数年も前のことですが、それからずっと、私はこの本のエピローグが気になっていました。

コウによると、今もユカタン半島に住むマヤの末裔の賢人たちは、「紀元2000年から少したつと世界が終わる」と語っているというのです。その日は、マヤの長期暦がはじまってから187万2000日が経過した日、すなわち2012年12月21日あるいは12月23日です。そのとき、世界はどうなるのでしょうか? 2003年12月に出版された翻訳『マヤ文字解読』(創元社)から引用してみましょう。

そしてこの日に何が起こるのか? 『ティシミンのチラム・パラムの書』のカトゥンの予言はこのように告げている。
そして空は割れ
 そして大地は持ち上がり、
そしてそこに始まるは
 一三人の神々の書。
そして起こるは
 地上の大洪水、
そして立ち上がるは
 偉大なイツァム・カブ・アイン(大地のワニ)。
言葉の終わり、
 カトゥンの閉幕。
それは洪水、
 それは終わりをもたらす、
 カトゥンの言葉に。
 
「カトゥンの閉幕」とは、(1)で説明した長期暦の終りを意味しています。長期暦で数える日数は5つの位からなっており、下の位からキン、ウィナル、トゥン、カトゥン、バクトゥンとよばれます。1キンが1日のことで、20キンが1ウィナル、18ウィナルが1トゥン、20トゥンが1カトゥン、20カトゥンが1バクトゥンになります。すなわち、カトゥンは0から19までをくりかえし、1サイクルを終えるたびにバクトゥンが増えていきます。現在は12バクトゥンの時期にあるのですが、マヤの長期暦では13バクトゥンはないということになっています。すなわち、これ以上カトゥンを数えることができない日がくるのです。これが「カトゥンの閉幕」です。

もちろん私は、その日に世界が終わりになるなどと信じているわけではありません。ただ、古代マヤの世界観が、今もユカタン半島に生きていることに興味をおぼえたのです。おそらくコウもそうだったのでしょう。とはいえ、これは私たちのイマジネーションをかきたてる話ではあります。

私がこの話から連想するのは、アーサー・C・クラークの短編『九十億の神の御名』(ハヤカワSF文庫『天の向こう側』に収録)です。チベットのラマ僧たちが、彼らの文字を9個使ってできる配列をすべて並べて、世界中の神の名前を書いてしまおうとする物語です。すべての文字列が完成したとき、星は光を失い、世界の終わりがはじまるのです。

ある組み合わせの数字や文字の全配列が成就するとき、世界に何かがおこるという発想は、それほどめずらしいものではないと思われます。われわれには、数字や文字の組み合わせに神秘的な力を感じてきた長い歴史があります。『ティシミンのチラム・パラムの書』の「言葉の終わり」や「カトゥンの閉幕」に同じような意味合いを感じるのは私だけでなないでしょう。

「2012年」に、こうした古代マヤの暦にまつわる背景があるのは事実です。しかし、私たちには見えない世界でトウモロコシ畑やジャングルが荒れくるう水でおおわれ、洪水のシンボルであるワニの神イツァム・カブ・アインが姿をあらわすだけなら、それは民族学や文化人類学の研究テーマでしかなかったでしょう。しかし、あるオカルト的な発想のせいで、マヤの末裔の賢人たちの話は終末論に結びついていったのです。
3D MOON の試写会
月周回衛星「かぐや」のプラネタリウム向け全天周映画「3D MOON」の試写会に行ってきました。3人の子供たちが月からやってきたウサギに導かれて、月を旅する物語です。「かぐや」の観測成果が随所にもりこまれており、3Dメガネをかけて迫力のある映像を楽しめます。今後、全国のプラネタリウムで上映される予定ですが、それに先立ち、9月22日から30日(26日を除く)の午後3時30分から、東京の科学技術館で一般上映されます。

3D MOON

「かぐや」は2009年6月に運用を終了しましたが、その観測成果は論文として今後も続々と発表されるでしょう。最近『ネイチャー』誌に掲載された論文は、マルチバンドイメージャによる成果で、月の高地の各所で斜長石の純度が非常に高い斜長岩が発見されたというものです。月の地殻の形成プロセスを考える上で、興味深い論文です。
オーガスティン委員会の報告
アメリカの有人宇宙計画の見直し作業を行っている独立審査委員会の最終報告書のサマリーが発表になっています。この委員会はロッキード・マーティン社の元社長ノーマン・オーガスティン氏が座長をつとめており、「オーガスティン委員会」ともよばれています。オバマ大統領はオーガスティン委員会の最終報告書を受けて、今後のアメリカの有人宇宙計画を策定することにしており、報告書は世界の有人宇宙計画にも大きな影響を与えることになります。サマリーの内容は以下の通りです。

2010会計年度で退役することになっているスペースシャトルの今後の飛行は、2005年のリターン・トゥ・フライト以来の実績の2倍の頻度で行うことになっている。シャトルの飛行は安全かつ慎重に行うべきであり、2011会計年度の第2四半期まで、飛行を延長させるべきである。

組み立てから利用の段階に入っている国際宇宙ステーション(ISS)の運用は、2015年までとされているが、アメリカやパートナーの国々が行ったISSへの投資に対する見返りは、ISSが2020年まで運用されることによって大きく拡大する。ISSの運用を延長しない場合、アメリカが国際的な有人宇宙活動のパートナーシップを構築し、それをリードしていく能力は損なわれることになる。

次期有人宇宙船を開発するコンステレーション計画の予算は2010年のシャトル退役と2016年はじめのISS廃棄を前提にしている。技術的および予算上の問題から、アレス汽蹈吋奪箸肇ライオン宇宙船、アレス好蹈吋奪箸鳩鄰緡αゥ▲襯謄△粒発には遅れが生じている。シャトルの後継となる次期有人宇宙船オライオンは2015年に初飛行の予定であるが、現在の開発状況を考えると、最低2年延びるとみられる。このことは、オライオン宇宙船がISSを訪れることはないこと、およびアメリカが自らの有人輸送手段をもたない「ギャップ」が最低でも7年間になることを意味している。

低軌道および地球軌道以遠への重量級ペイロードを打ち上げる能力をもつロケットは、今後の探査活動や安全保障面から有益である。重量物運搬ロケットとしては開発中のアレス気肇▲譽広垢里曚、シャトルの直接的な派生型、これまでの使いきりロケット(EELV)の派生型が考えられる。軽量型のアレス(ライト)も考えられる。

低軌道への有人打ち上げについては、多少のリスクはともなうものの、民間によるサービスを考えるべきである。このような商業サービスは実現可能になりつつあり、アメリカの航空宇宙企業に対して、十分なインセンティブをもった競争を開始させるべきである。これによってNASAはより挑戦的な開発に取り組むことができる。

有人宇宙探査にとって、火星は最終的な目的地ではあるが、最初の、かつベストの目標ではない。まず月の有人探査を行うことによって、火星に向かうための知識を獲得することができる。月の探査には2つの方法がある。1つは月面基地を建設し、そこに長期滞在して科学活動を行うもの、もう1つは、月面のさまざまな場所を探査するものである。

「まず月に行き、次に火星に行く」という道以外に、月、ラグランジュ点、小惑星、火星、火星の衛星などさまざまな場所を訪れ、知識を拡大していく「フレキシブル・パス」も考えられる。

2010年度の予算ガイドラインでは、低軌道を超えた有人宇宙探査を行うことはできない。意味のある有人宇宙探査を行うには、2010年度のガイドラインより年間30億ドル多い予算が必要である。

以上を踏まえ、委員会では今後の有人宇宙計画について5つのオプションを提示しています。このうちオプション1とオプション2は2010会計年度と同程度の予算が今後も続くことを前提にしています。

オプション1
シャトルの飛行を2011会計年度までとし、ISSは2016年に廃棄。アレス気肇ライオンはISSが廃棄後、飛行可能となる。アレス垢2020年代に実現し、月着陸は2030年代になる可能性がある。

オプション2
ISSの運用を2020年までに延長し、利用に力を入れる。シャトルの飛行を2011会計年度までとし、その後の低軌道へのクルー輸送には商業サービスを利用する。軽量型アレスによる月探査計画をスタートさせる。2020年代後半まで重量物運搬ロケットは実現しない。月着陸に必要なシステムを開発する予算はない。

オプション3
シャトルの飛行を2011会計年度までとし、ISSは2016年に廃棄。2017会計年度にアレス気肇ライオンを初飛行させる。月着陸は2020年代半ばに実現。

オプション4
ISSの運用を2020年までに延長し、低軌道へのクルー輸送には商業サービスを利用する。シャトルの飛行を2011会計年度までとし、軽量型アレス垢任侶醉人探査を目指す案と、有人輸送手段をもたないギャップを短縮させるために、シャトルの飛行を2015年まで延長させる案が考えられる。どちらの場合も、月着陸は2020年代半ばとなる。

オプション5
フレキシブル・パスの宇宙有人探査をめざす。シャトルの飛行を2011会計年度までとし、ISSの運用を2020年まで延長、低軌道へのクルー輸送には商業サービスを利用する。重量物運搬ロケットに軽量型アレス垢鰺僂い覦董∋箸いりロケット(EELV)の派生型を用いる案、シャトルの直接的な派生型を用いる案が考えられる。

オーガスティン委員会の最終報告書は9月中旬にオバマ大統領に提出される予定です。
H-IIBロケットによるHTV打ち上げ成功
宇宙ステーション補給機(HTV)技術実証機を搭載したH-IIBロケット試験機が、11日午前2時01分46秒、種子島宇宙センターから打ち上げられました。JAXAは打ち上げの模様をインターネットで中継していましたが、私は同じライブ映像をNASAテレビで見ました。日本の新しい重量級ロケットと新しい輸送機には、NASAも並々ならぬ関心をもっているようです。

HTV_Launch

H-IIBロケットはH-IIAロケットの増強型で、今回が初の打ち上げです。打ち上げ能力を向上させるため、第1段にはLE-7Aエンジンを2基束ね(H-IIAは1基)、第1段の直径をH-IIAの4メートルから5.2メートルにして、推進剤の量を1.7倍にしました。HTVの打ち上げに用いられるほか、静止軌道へ6トン級の衛星を投入することも可能、中型の衛星を2基同時に打ち上げることもできます。

HTVは国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶための無人輸送機です。食糧や衣類、実験装置、ラックなど最大6トンの物資を輸送することができます。HTVの打ち上げは、ISSの軌道面が種子島の上空を通過する時間帯に合わせて行わなくてはなりません。そのため、打ち上げは1日に1回、きわめて短い時間帯にしか行うことができません。

夜間の打ち上げだったため、ロケットはすぐに画面から見えなくなってしまいましたが、第1段分離、第2段分離は順調に行われ、HTVは所定の軌道に投入されました。HTVは今後、軌道修正をくり返しながら、約7日間をかけてISSに接近していきます。予定では9月18日に最終接近し、ISSのロボットアームによってISSに結合されることになっています。
よみがえったハッブル宇宙望遠鏡
今年5月のSTS-125による修理ミッション完了後、3か月にわたって観測装置の較正作業などが行われていたハッブル宇宙望遠鏡がよりパワフルになってよみがえり、このほど、修理後初の観測画像が公開されました。

HST

左上はバタフライ星雲ともよばれるさそり座の惑星状星雲NGC6302です。死につつある星から放出されたガスが双方向に噴き出しています。右上は「ステファンの五つ子」とよばれるペガスス座の銀河群です。左下はケンタウルス座の巨大球状星団であるオメガ星団の中心部で、数多くの星がひしめいています。右下はりゅうこつ座の星形成領域イータ・カリーナ星雲の一部です。

STS-125ミッションでは、WFPC2(広視野/惑星カメラ2)がWFC3(広視野カメラ3)に交換され、COSTER(光学補正装置)のかわりにCOS(宇宙起源分光器)が取りつけられました。またACS(掃天観測用高性能カメラ)とSTIS(宇宙望遠鏡撮像分光器)の修理も行われました。このほか、科学機器コマンド・データ処理システム、高精度ガイドセンサー、ジャイロ、バッテリー、断熱カバーなども交換されました。

これらによって、ハッブル宇宙望遠鏡は強力な観測能力をそなえ、今後10年間は観測を続けることが可能といわれています。
スティーヴ・ブルームの新しい写真集
ロンドンのテムズ・アンド・ハドソン社から2009年後半の出版カタログが届きました。10月のフランクフルト・ブックフェア向けのカタログです。

テムズ・アンド・ハドソン社は歴史、美術、建築、自然などの分野で、非常にクォリティーの高い本を出版しています。同封されていた手紙によると、今年秋のおすすめの本の中には、最近の気候変動問題も視野に入れた “The Complete Ice Age” や、アポロ月着陸40周年と世界天文年の記念企画 “Secrets of the Universe” などがあります。私がカタログ中で興味をひかれたのは、スティーヴ・ブルームの新しい写真集 “Trading Places” でした。

Trading Places

スティーヴ・ブルームは南アフリカ生まれの写真家で、 “Elephants!” (翻訳は『ゾウ!』ランダムハウス講談社)や “Spirits of the Wild” などの素晴らしい野生動物の写真集や、アフリカに生きる人々をテーマにした “Living Africa” を、テムズ・アンド・ハドソン社から出版しています。

いつものことですが、スティーヴ・ブルームの写真は、私たちが知らなかった世界を教えてくれます。“Trading Places” では、ケニヤのナイロビ郊外で商売を営む人々と彼らの店がテーマになっています。けっして豊かではないけれども、生きるためのエネルギーに満ちた街路の風景は、おそらくブルームがはじめてカメラに収めたものです。その一部は彼のホームページで見ることができますが、フランクフルトでぜひ実物の写真集を手にとってみたいと思います。
JAXAが宇宙飛行士候補者を追加採用
JAXAは宇宙飛行士候補者として金井宣茂さんを追加採用することを決定し、本日、記者会見が行われました。金井さんは海上自衛隊の一等海尉、潜水医官です。潜水医学を勉強するうちに、共通点の多い宇宙医学に興味をもつようになり、宇宙飛行士候補者の募集に応募したのだそうです。

JAXA記者会見

JAXAは昨年から宇宙飛行士候補者の選抜を行い、今年4月に油井亀美也さんと大西卓哉さんを宇宙飛行士候補者として採用しました。このとき「補欠」となった金井さんは、その後もいつ宇宙飛行士候補者に採用されてもいいように、自己研鑽を続けてきたとのことです。とはいっても、いつJAXAから連絡が来るとも分らない毎日は、大変だったのではないかと思います。金井さんもこれで晴れて宇宙飛行士候補者となり、9月中旬にはNASAでの訓練のために油井さんと大西さんに合流することになります。

3人の新しい宇宙飛行士候補者には、日本の宇宙開発のために、そして自身の夢を実現するために、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
神の庭に咲く花々
WWF(世界自然保護基金)が1998年から2008年の10年間をかけて行った東ヒマラヤ地域の調査レポートが、さきごろ発表されました。調査されたのはネパール、ブータン、中国(チベット自治区)、インド北部にまたがる広大な地域で、レポートのタイトルに ”Where Worlds Collide” とあるように、いくつものことなる生態系が境を接する生物多様性の宝庫です。もちろん、この “Collide” には、ヒマラヤ山脈がインド亜大陸とユーラシア大陸の衝突によって形成されたという意味もこめられています。

レポートによると、今回の調査で353の新種の生物が発見されました。その中には、よく発達した後肢の幕を使って空を飛ぶことのできる珍しいカエルもおり、報道ではこの空飛ぶカエルがクローズアップされていましたが、私は242種の新種の植物の中に含まれていた美しい花々に興味をひかれました。

Impatiens namchabarwensis はチベットで発見されたホウセンカの仲間です。人跡未踏の地を100kmも奥に入ったことにある深い峡谷で発見されました。ウルトラマリンの花弁をもつこの花は1年中咲いており、気温と湿度によって色が変わります。寒いときは青色ですが、気温が上昇すると紫色に変わるとのことです。学名はこの花が見つかった峡谷の名からつけられました。Meconopsis tibetica はチベットで発見されたケシの仲間です。深紅の花弁の中心には黄色いおしべがリング状にならんでいます。

WWF東ヒマラヤ調査
左:Impatiens namchabarwensis(Elayne Takemoto/WWF Nepal)、真中:花弁が紫色になったImpatiens namchabarwensis(Elayne Takemoto/WWF Nepal)、右:Meconopsis tibetica(Margaret Thorne/WWF Nepal)

インドのシッキム州ではランの仲間が発見されました。シッキムは「インドラ(ヒンドゥーの神)の庭」という意味の地名でもよばれるそうですが、Coelogyne pantlingiiCalanthe yuksomnensis は神の場所にふさわしい純白のランです。Liparis dongchenii は黄色のランで、1本の枝に多くの花をつけています。

WWF
左:Coelogyne pantlingii(Sudhizong Lucksom/WWF Nepal)、真中:Calanthe yuksomnensis(Sudhizong Lucksom/WWF Nepal)、右:Liparis dongchenii(Sudhizong Lucksom/WWF Nepal)

東ヒマラヤに限らず、まだ私たちが知らない花が咲いている場所はたくさんあるはずです。しかし、その場所の自然が失われれば、それらの花は私たちが一度も見ることのないうちに、地上から姿を消してしまいます。
LROが撮影したアポロ12号着陸地点
アメリカの月探査機LROは高度50キロメートルという低い軌道から、月表面を詳細に観測しています。LROには50センチメートルの解像度をもつカメラが搭載されています。そのカメラがアポロ12号の着陸地点を撮影した画像が公開されました。

1969年11月19日、2度目の月面着陸に成功したアポロ12号は、アポロ11号が失敗した場合には9月に打ち上げられ、人類史上初の月面着陸に再度挑戦するという重要な任務を与えられていました。しかし、アポロ11号が成功し、「1960年代が終わらないうちに人間を月に送り、無事に帰還させる」というケネディ大統領の宣言は達成されたため、打ち上げを急ぐ必要はなくなり、アポロ11号の興奮がひと段落した11月に打ち上げられたのです。

アポロ12号では目標地点へのピンポイント着陸が試みられました。着陸地点は嵐の大洋で、その2年前に無人探査機サーベイヤー3号が着陸した場所です。アポロ12号の月着陸船イントレピッドは、サーベイヤー3号からわずか200メートルしか離れていない場所に着陸しました。今回公開されたLROの画像には、イントレピッドの降下段とサーベイヤー3号が写っています。

LROが撮影したアポロ12号着陸地点

サーベイヤー3号は、後にサーベイヤーと名づけられたクレーターの内側に着陸していました。イントレピッドはこのクレーターのふちに着陸しました。画像にはピート・コンラッドとアラン・ビーン宇宙飛行士が歩いた跡も黒く見えています。2人は最初の船外活動でイントレピッドから少し離れた場所にALSEP(アポロ月面実験パッケージ)とよばれた科学観測機器類を設置しました。2回目の船外活動ではヘッドなど近くの小クレーターをいくつか調査した後、サーベイヤー3号に到着し、その一部を回収しました。下の写真には、サーベイヤー3号とビーン宇宙飛行士の向こうにイントレピッドが見えています。

アポロ12号とサーベイヤー3号

LROはアポロ11号、14号、15号、16号、17号の着陸地点については、すでに観測しており、それぞれの月着陸船の降下段を確認しています。これらの画像によって、「アポロ宇宙船は月に行っていない」と、NASA陰謀説を主張する人々は完全に否定されたことになります。
ジャワ島の地震
9月2日、インドネシア、ジャワ島沖でマグニチュード7.0の地震が発生し、60名以上の死者がでています。

インドネシア周辺はインド・オーストラリア・プレートとユーラシア・プレートの境界にあたり、世界有数の地震多発地帯です。下の図にみられるように、ユーラシア・プレートの先端はこのあたりでスンダ・プレートという小さなプレートを形成しており、この下にオーストラリア・プレートが年間約6センチメートルのスピードでもぐりこんでいます。オーストラリア・プレートが沈みこむところはスンダ海溝とよばれています。

ジャワ

このあたりでは、最近では2006年5月26日、7月17日、2007年8月8日にも大きな地震がありました。それ以前の大きな地震は1994年6月2日ですから、最近、この領域では地震活動が活発になっているのかもしれません。そうだとすると、その活動は、スンダ海溝がこの図のさらに北西に伸びたあたりに位置するスマトラ沖の地震活動と、なんらかの関係がある可能性もあります。スマトラ沖では、2004年12月26日にマグニチュード9.1という巨大地震が発生し、大規模な津波被害がもたらされました。その後、2005年3月28日にはその南の空白域で、2007年9月12日にはさらにその南の空白域で大きな地震がおこっています。オーストラリア・プレートの沈みこみにともなって蓄積されたエネルギーは、2004年の巨大地震をきっかけに、南へ南へと解放されつつあり、それがジャワ島周辺の地震活動を刺激しているのかもしれません。

今回の地震は深さ約50キロメートルのところで発生しました。下の図は、1990年から現在までにジャワ島周辺でおきた地震の震源の位置および深度、そして規模を示しています。ちょうど真ん中の黄色い星印が今回の震源です。地震の規模でいうと、ほとんどはマグニチュード4〜5クラスです。震源の深さは色分けされており、茶色が深さ0〜35キロメートル、黄色が深さ35〜70キロメートル、緑色が深さ70〜150キロメートル、青色が深さ150〜300キロメートル、紫色が深さ300〜500キロメートル、赤色が深さ500〜800キロメートルです。明るい紫色の線がスンダ海溝で、そこから北にいくにつれて震源は深くなっており、プレートの沈みこみの様子がみてとれます。

ジャワ地震震源震度
ハインライン『夏への扉』の新訳
ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の新訳版が早川書房から出版されたので、早速読んでみました。SFの古典的名作とされるこの作品が書かれたのは1956年。日本では1963年に福島正実氏の訳でハヤカワSFシリーズとして出版され、1979年にハヤカワ文庫に入りました。私たちの多くは1970年代にこの作品を読み、それからは仕事や家庭に追われて、ゆっくり読み返す暇もなかったというのが、実情でしょう。ところが2009年8月、まるで「コールド・スリープ」から目覚めたように、この作品は突然、私たちのところに戻ってきたのです。ダニーもリッキーも、ピートも!

夏への扉

今回の訳は小尾芙佐さんによるものです。『アルジャーノンに花束を』の訳でご存知の方も多いでしょう。私にとってはアーシュラ・K・ル・グィンの翻訳でおなじみの方です。小尾さんの訳がすばらしいことは、読んですぐにわかりました。本を読み終えると、私は丸の内オアゾにある丸善の洋書売り場に行き、原書を探しました。アシモフやクラークなど、同時代に活躍した作家の作品が何タイトルも並ぶ中、私を待っていたかのように、ハインラインの作品は ”THE DOOR INTO SUMMER” だけがそこにありました。ページをぱらぱらめくると、ハインラインの簡潔で格調高く、それでいて軽妙な文体に小尾さんの訳がオーバーラップしてきます。これから2〜3日は電車の中で、小尾さんの訳を頭に思い浮かべながら、原書を楽しみたいと思っています。

この作品をはじめて読まれる方のために、ストーリーについてはふれないでおきましょう。1つだけ、『夏への扉』が時代を超えて、なぜこれほどまでに愛され、人々の心を打つのかといえば、それはこの作品にこめられている、未来に対する確信と希望にあるのではないでしょうか。こんな大事なことを、私たちは今、忘れかけています。社会はいまだ閉塞した状況にありますが、この作品を読んだ人はきっと勇気づけられ、自分も「夏への扉」を探すことができるにちがいないと思いはじめることでしょう。
カリフォルニアの山火事と地球温暖化
8月26日にカリフォルニア州ロスアンゼルスの北で発生した山火事は、31日までに約430平方キロメートルを焼きつくし、さらに燃え広がっていると伝えられています。アーノルド・シュワルツェネッガー知事は非常事態を宣言し、必死の消火活動が続けられていますが、異常高温と乾燥のために、火はなかなか勢いを弱めていません。下の写真は8月30日にNASAの地球観測衛星Terraが撮影した山火事の様子です。

カリフォルニアの山火事

カリフォルニア州では最近、山火事が度々発生しています。山火事の直接の原因は人為的なものも含めてさまざまですが、その背景に、進行する地球温暖化があることはまちがいありません。IPCC第4次報告書によれば、今後、地球温暖化が進んだときに、世界中でもっとも乾燥化する地域の1つとしてアメリカ西海岸があげられています。下の図は、北アメリカ大陸の今世紀末の降水量の変化予測(1980〜1999年に対する2080〜2099年における変化)で、緑色は降水量が増えるところ、茶色は減るところです。北アメリカ大陸の北部では、地球温暖化が進むと降水量は増えますが、カリフォルニアのあたりでは降水量は15%も減少すると予測されています。

北

カリフォルニアではすでに20世紀末から降水量の減少や度重なる干ばつがみられます。このまま地球温暖化が進んでいけば、乾燥化によって今回のように深刻な山火事がより頻繁に起こるようになるでしょう。

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