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鳥インフルエンザはどうなっているか?
今年4月にメキシコで出現し、世界中に広がった新型インフルエンザは、秋に入り、日本でも大流行を迎えようとしています。新型インフルエンザのウイルスはかつて1957年に流行したウイルスに似ており、現在50歳代以上の人には免疫があるらしいともいわれていますが、多くの人にとってははじめて遭遇するウイルスであり、感染がある程度拡大するのは仕方ないでしょう。

新しいインフルエンザ・ウイルスがどのようにして出現してくるのかは、まだはっきりしていませんが、鳥のインフルエンザ・ウイルスとヒトのインフルエンザ・ウイルスがブタに感染し、ブタの体内で両方の遺伝子が混ざり合って、新しいウイルスが出現するとされています。中国南部の農家ではアヒルとブタを一緒に飼っているところが多く、こうした場所から新しいウイルスがあらわれると考えられています。今回の新型インフルエンザ・ウイルスは、ブタのインフルエンザ・ウイルスが変異して、ヒトからヒトに感染するウイルスになったものです。

このブタ・インフルエンザがヒトの世界に突然あらわれる前には、高病原性鳥インフルエンザの流行が心配されていました。一時あれほどさわがれた鳥インフルエンザは今、どうなっているのでしょうか。

鳥インフルエンザの発生は現在も続いています。WHOの発表によれば、2003年から2009年8月11日までの世界での患者数は合計438名で、そのうち262名が死亡しています。2009年だけでいえば、患者数は43名、死亡は12名です。一時、患者発生が顕著だったインドネシアでは、今年、患者は発生していませんが、中国、ベトナムでは患者発生が続いています。今年、患者発生が目立つのはエジプトで、その多くが小児です。

鳥インフルエンザは鳥のウイルスが直接にヒトに感染するルートをとっています。1997年に香港で最初の流行がありましたが、このとき世界ではじめて鳥からヒトへの直接感染が確認されました。現在発生している患者も、弱った家禽や死んだ家禽と濃厚な接触があったとされています。

鳥インフルエンザ・ウイルスには多くの変異株がありますが、遺伝子を解析したところ、その系統は1996年にカモにあらわれたウイルスにまでさかのぼることがわかっています。このウイルスが翌年、香港でヒトに感染したわけです。鳥インフルエンザ・ウイルスは0型から9型まで10のグループに分けられます。このうち現在流行しているのは2型に属するウイルスで、活発に変異を重ね、新しいサブグループが次々と生まれています。このように変異がはげしいことは、ワクチン製造の難しさを物語っています。

鳥インフルエンザ・ウイルスはまだ鳥のウイルスですが、それがいつヒト型のウイルスに変異するかわかりません。引き続き注意深い監視が必要です。
スペースシャトル、ディスカバリー打ち上げ
スペースシャトル、ディスカバリーが宇宙に向かいました。今回のSTS-128は国際宇宙ステーションの組立・補給ミッションで、多目的補給モジュール「レオナルド」などが積まれています。スペースシャトルとしては128回目の打ち上げになります。打ち上げ時刻は現地時間で28日の午後11時59分という真夜中の打ち上げとなりました。

STS-128

打ち上げに向けてカウントダウンが進んでいくのをNASAのサイトでチェックするのは、いつもながらわくわくするものです。昨晩、「ディスカバリーの打ち上げは今夜」というNASAの発表を確認し、今朝起きてからNASA TVを見ると、2時間30分のホールドの最中で、発射台のディスカバリーが夕焼けに美しく染まっていました。お昼に外出から戻ったころには、もちろんTマイナス3時間からのカウントダウンが進んでいました。

“T-9 Minutes and Counting” 最後のカウントダウンが開始されました。いつもと同じように、すべてが秒単位で進んでいきます。オービター・アクセスアームが離れ、APUがスタートし、外部燃料タンクのキャップが外れます。30秒前、オービターのオート・シークエンスがスタート。6秒前、メインエンジンがスタート。T-0、固体ロケットブースターが点火し、ディスカバリーは発射台を離れました。日本時間で午後0時59分でした。

固体ロケットブースターを切り離し、ディスカバリーは上昇を続けていきます。

“Negative Return !”  ヒューストンのミッション・コントロールからのよびかけにディスカバリーも答えます。“Negative Return !” トラブルが発生しても、ケネディ宇宙センターには緊急帰還できない高度まで達したという意味です(この場合には大西洋を越えてスペインやモロッコに着陸します)が、1981年のSTS-1の打ち上げでこの言葉を聞いたときから、私にはこの言葉に、「シャトルよ、もう後戻りはできないぞ。お前は宇宙に行くしかない」という気持ちがこめられているような気がしてなりません。

そしてMECO(メインエンジン・カットオフ)。ディスカバリーはあっという間に軌道に達しました。

シャトルは来年、国際宇宙ステーションの完成とともに退役することになっており、こんなふうにシャトルの打ち上げを楽しめるのも、あと6回しかないというのは、さびしい限りです。NASAの打ち上げ予定(Consolidated Launch Manifest)によると、今後のシャトルの打ち上げは以下のようになっています。
2009年11月12日 STS-129 アトランティス
2010年2月4日 STS-130 エンデバー
2010年3月18日 STS-131 ディスカバリー(山崎直子さんが搭乗)
2010年5月14日 STS-132 アトランティス
2010年7月29日 STS-133またはSTS-134 エンデバー
2010年9月16日 STS-133またはSTS-134 ディスカバリー
旧ソ連時代のアルマズ有人宇宙船が復活
旧ソ連時代の宇宙計画の中には、軍事機密のベールに包まれ、その実態があまり知られてこなかったものがあります。1970年代に行われたアルマズ計画もその1つです。かつてはトップシークレットだったこの計画の宇宙船を用いて商業有人宇宙飛行を行うという事業が、イギリスのエクスカリバー・アルマズ社によって発表されました。

同社は、当時アルマズ計画に参画していたNPO Mashinostroyeniaと協力し、3人乗りの再使用型有人宇宙船(RRV)とサービスモジュールによって、1週間程度の宇宙飛行を提供することになっています。最初の打ち上げは2013年を目標としています。この事業が実現すれば、宇宙ビジネスに興味のある企業や国際宇宙ステーション計画に参加していない国などにも宇宙利用の機会が得られることになるでしょう。エクスカリバー・アルマズ社はいくつかの宇宙関連企業とも提携関係をもっており、その中には日本のJAMSS(有人宇宙システム株式会社)もふくまれています。

アルマズ計画はアメリカ空軍が1963年に提唱したMOL計画(軍事用の有人宇宙ステーション計画)に対抗して1965年にスタートしました。MOL計画が1969年にキャンセルされた後も、紆余曲折をたどりながら開発は続けられましたが、1991年のソ連崩壊によって計画は終末を迎えました。

アルマズは宇宙ステーションと有人宇宙船TKSから構成されていました。

1971年に登場した世界初の宇宙ステーション、サリュート1号は、アルマズ宇宙ステーションをベースに、ソユーズ宇宙船とのドッキング機能などを加えて製造されたものです。その後打ち上げられた「ミリタリー・サリュート」、すなわちサリュート2号、3号、5号は、アルマズ宇宙ステーションによる軍事ミッションでした。一方、民生用のサリュートは、サリュート4号、6号、7号からミール宇宙ステーションのコアモジュールをへて、国際宇宙ステーションのサービスモジュール(ズヴェズダ)へと発展しました。

プロトンロケットによって打ち上げられる有人宇宙船TKSは再使用が可能な再突入カプセルVAと、機械船の役割を果たす基本機能モジュールFGBから構成されていました。FGBは国際宇宙ステーションのFGB(ザーリャ)の原型となりました。再使用型再突入カプセルVAが、エクスカリバー・アルマズ社がRRVとよんでいるものです。同社のプレスリリースによると、RRV(すなわちVA)はかつて9回打ち上げが行われ、そのうちの2機は複数回の飛行を行ったとされています。

エクスカリバー・アルマズ社の再使用型再突入カプセルRVV(同社のプレスリリースより)

手元の資料によると、1976年12月15日に打ち上げられたコスモス881と882(同時打ち上げ)、1977年7月17日に打ち上げられたコスモス929、1978年3月30日に打ち上げられたコスモス997と998(同時打ち上げ)、1979年3月23日に打ち上げられたコスモス1100と1101(同時打ち上げ)はアルマズ計画の再突入カプセルVAの打ち上げでした。いずれの打ち上げでも、VAは無事に帰還しました。コスモス929の打ち上げの際のペイロードはVAとFGB、すなわちTKSそのものでした。VAが帰還した後もFGBは5か月以上軌道上にとどまりました。2機のVAの同時打ち上げは1977年8月5日にも行われましたが、このときはプロトンロケットにトラブルが発生し、打ち上げは失敗しました。1機のVAは緊急脱出システムが作動して無事に着地しましたが、もう1機はロケットとともに失われました。エクスカリバー・アルマズ社のプレスリリースが述べている9回の打ち上げというのは、以上を指しているとみられます。これらの打ち上げはすべて無人で行われました。

情報がどこまで正確かは不明ですが、9回の打ち上げのうち、1978年に打ち上げられた2機のVAと、1979年に打ち上げられた2機のVAは同じ機体だったとされています。また1978年に打ち上げられた2機のVAのうちの1機は1977年の打ち上げ失敗の際に無事に回収された機体だった可能性があります。つまり、1機のVAは3回、もう1機のVAは2回の飛行を行い、再使用が可能であるというデモンストレーションが行われたことになります。これが、エクスカリバー・アルマズ社が2機のRRVは複数回の飛行を行ったと述べている意味と思われます。

30年以上前に試験飛行を行った有人宇宙船が今、新たな宇宙ビジネスとして再登場するあたりに、ロシアの宇宙技術の奥の深さが感じられます。ポスト・スペースシャトル時代に向けて、世界の有人宇宙活動はさまざまな展開を見せようとしています。しかしながら、日本がいまだ独自の有人宇宙活動に踏み出せず、世界の潮流から取り残されつつあるのは、残念としか言いようがありません。
RNA干渉の研究に大きな進展
DNAの情報からタンパク質を合成するための物質であるRNAが、実はそれ以外にもさまざまな役割を果たしているという事実に、私はずっと興味をもってきました。そのRNAに関する注目すべき論文が、8月23日付の『ネイチャー』電子版に掲載されました。国立がんセンター研究所の増富健吉先生らのグループによるその論文のタイトルを訳すと「TERTとRMPR RNAによってつくられたRNA依存性RNAポリメラーゼ」となります。これではいったい何のことかまったくわからないと思いますが、「RNA干渉」(RNAi)とよばれる現象の研究で大きな発見がなされたという内容なのです。

RNA干渉というのは、生体内にある2本鎖のRNA断片が、特定のタンパク質の合成を抑制するという現象です。ここ10年ほどの間に急速に研究が進みました。2006年度のノーベル医学・生理学賞はこのRNA干渉の発見に対して与えられています。RNA干渉は生体内のメカニズムを探る基礎研究から、がんやその他の病気の新しい治療法の開発まで、幅広い分野で利用が可能と考えられています。アメリカではすでに、肝臓がんの患者に対するRNA干渉薬剤のフェーズ気領彎音邯海はじまったというニュースも伝えられています。

RNA干渉を起こす際には、RNAは2本の鎖になっていなくてはなりません。1本鎖のRNAから、鋳型をつくって2本鎖のRNAをつくる役割を果たしているのがRNA依存性RNAポリメラーゼという酵素です。このRNA依存性RNAポリメラーゼはウイルスなどでは見つかっていましたが、ヒトをふくむ哺乳類では、RNA干渉が起こっているにもかかわらず、RNA依存性RNAポリメラーゼが発見されていませんでした。

TERTというのは、染色体の末端にあるテロメアを維持する役割をもつ酵素です。テロメアの末端が失われることが、細胞の老化と関係しているかもしれないことはよく知られています。増富先生らのグループは、このTERTがRMRPというRNAと結合すると、RNA依存性RNAポリメラーゼとしてはたらくことをつき止めました。RMPRというのはタンパク質をつくる役割をはたしていないRNAのことをいいます。ヒトにもRNA依存性RNAポリメラーゼが存在し、それが実際に細胞内でつくられていることが初めて明らかになったわけです。RNA干渉を人為的にコントロールし、がんなどを治療する研究につながるかもしれません。

研究が進めば進むほど、意外な事実が明らかになる生命現象の不思議さに感動せずにはいられません。
古代マヤの暦と2012年の地球大異変(1)
1999年のノストラダムス大予言や、コンピューターの2000年問題で世間が騒いだことなど、今では思い出す人もいなくなってしまいました。2001年9月11日の同時多発テロにはじまり、最近の世界金融危機まで、世界はしばらくの間、地球の終わりなど気にしている余裕はありませんでした。しかし、数年前から、2012年に地球に何かが起こるという話が少しずつ広まりつつあります。そして、この秋、そのタイトルも『2012』という、2012年に世界が滅亡するという映画が公開されます。監督は『GODZILLA』『インデペンデンス・ディ』『デイ・アフター・トゥモロー』などのローランド・エメリッヒです。彼のことですから、これまで見たことのないような地球滅亡シーンを見せてくれるでしょう。

ところで、なぜ2012年なのでしょうか? これには古代マヤ文明の暦が関係しています。古代マヤの人々は4種類の暦をもっていました。儀式暦(神聖暦)、太陽暦、長期暦、短期暦です。

儀式暦は当時の儀式や占いに用いられたもので、1サイクルは260日です。1日から13日までが20回くりかえされて260日となります。太陽暦は365日を1年とする暦です。20日からなる月が18あり、最後に5日からなる短い月がつけ加えられていました。古代マヤの人々は天体の運行を精密に観測していたので、1年の正確な長さも知っていましたが、この暦ではうるう年による補正は行われていませんでした。したがって彼らの太陽暦では、同じ日付であっても、長い間には季節が変わってしまいます。

儀式暦と太陽暦は組み合わせてもちいられました。これはカレンダーラウンドとよばれています。同じ組み合わせの日付がもう1度もどってくるには、260日と365日の最小公倍数である1万8980日、すなわち52年が必要です。

長期暦(ロングカウント)は長い年代をあらわすために考案されたもので、5つの位で表示されます。それぞれの位は、下の方からキン、ウィナル、トゥン、カトゥン、バクトゥンとよばれます。1キンは1日のことです。20キンが1ウィナルなので、キンの位は20になると0に戻り、ウィナルの位が1つ増えます。18ウィナルが1トゥン、20トゥンが1カトゥン、20カトゥンが1バクトゥンです。したがって、1ウィナルは20日、1トゥンは360日(約1年)、1カトゥンが7200日(約20年)、1バクトゥンは14万4000日(約395年)となります。

短期暦は、この長期暦を簡略化したものです。

長期暦は過去のある日を起点とし、そこからどれだけ経過したかを示す暦です。長期暦が使われるようになったのは、マヤ文明の古典期(紀元250〜900年)ですが、そのはじまりの日はそれより3000年以上も昔に設定されていました。正確な日付については、紀元前3114年8月11日という説と、同じ年の8月13日とする説があります。古代マヤの人々が、どうしてその日を長期暦のはじまりとしたかは、わかっていません。

インターネット上で公開されているマヤ・カレンダーを用いて、たとえば2009年8月24日をマヤの暦であらわすと、「12.19.16.11.3 3アクバル 1モル」となります(カレンダーのスタートを紀元前3114年8月13日とした場合)。「3アクバル 1モル」はカレンダーラウンドで、「3アクバル」が儀式暦、「1モル」が太陽暦の日付をあらわします。「12.19.16.11.3」が長期暦による日付です。これを見るとわかるように、現在は12バクトゥンの時期にあたります。

マヤの伝説によれば、バクトゥンが13回くりかえされると、その先はないことになっています。すなわち2012年12月21日あるいは12月23日になると、バクトゥンの位は13となり、長期暦の表示は「13.0.0.0.0」となります。ここで世界は終わりになるというわけです。

ユカタン半島には地域や民族によってことなるいくつもの神話が存在しますが、世界が創生と洪水による終末をくりかえすというのは、共通した概念のようです。長期暦をつくりだした人々にとって、暦のはじまりの日は、現在の世界が誕生した日だったのでしょうか。そうだとすると、暦の終わりの日には、世界は洪水によって終末を迎えることになります。

古代マヤの暦では今、13バクトゥンのサイクルが終わりに近づき、終末へのカウントダウンがはじまっています。もちろん、その日が来ても何も起こらないでしょうが、実は、2012年の地球大異変説は、派手な特撮映画のテーマだけではすまされないオカルト的側面をもって社会に浸透してきたのです。
地球温暖化の原因は自然変動?
オーロラ研究の権威であり、アラスカ大学国際北極圏研究センター名誉教授の赤祖父俊一先生は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書に批判的な立場をとっており、著書や雑誌記事、講演会などで、二酸化炭素による地球温暖化に異論を唱えています。その内容は以下に集約できます。
\こΦげ垢両緇困浪甬10年間止まっている。
∈Fの温暖化は自然変動によるものであって、二酸化炭素の増加が原因ではない。
しかし、この2点はどちらも正しいとはいえません。

まず,任后2爾凌泙鮓てください。1880年から2008年までの世界気温の推移です。21世紀の世界気温は20世紀に比べ異常に高い水準で推移していることがわかります。これを、「気温上昇は過去10年止まっている」と説明することは、地球温暖化がストップしてしまったかのような誤解を読む人に与えかねません。2008年の冬には世界気温が急に下がり、「地球温暖化は終わった」と、いわゆる「懐疑派」の人たちは勢いづきましたが、これは当時東太平洋に出現していたラ・ニーニャが原因でした。結局2008年の世界気温は、NOAA(アメリカ海洋大気局)によれば観測史上8位タイ、NASAによれば観測史上9位、日本の気象庁によれば観測史上10位の暑い年となりました。気象機関によって順位が違っているのは、観測データの処理の仕方がことなっているためです。

1880年からの世界気温の推移(NASA/GISS)

今年はエルニーニョが発生していますので、世界気温は高くなる傾向にあります。NOAAによると、今年7月の世界気温は観測史上第5位の高温(日本の気象庁のデータでは観測史上3位)となりました。また、海面水温だけをとれば、観測史上最高を記録しています。

地球温暖化の傾向は、長期的なトレンドの中でしか見えてきません。世界の気温は毎年変動しており、短期間の推移から何らかの結論を導き出すのは危険です。図の赤い線(5年移動平均)を見ても、20世紀の後半から世界気温が上昇をつづけ、地球温暖化が進んでいることはまちがいありません。

次に△任后8什澆涼狼紊1800年ごろの「小氷期」からの回復過程にあり、このころからほぼ直線的に気温は上昇してきたと、赤祖父先生は考えています。その上昇率は、赤祖父先生の計算によると100年あたり約0.5度Cです。IPCCの第4次報告書では、気温の上昇率は過去100年間で0.74度Cとされています。そのうちの0.5度Cが自然変動分であるとすれば、二酸化炭濃度が気温上昇に占める寄与は非常に小さいということになります。上の図にみられる世界気温の推移は、小氷期からの長期的な上昇傾向にPDO(太平洋十年規模振動)という太平洋の海水温の変動が加わったものというのが、赤祖父先生の主張です。

しかしながら、世界気温が100年間に約0.5度Cの割合で直線的に上昇してきたという解釈はまちがっています。IPCCの第4次報告書では、過去100年間では0.74度Cですが、最近50年間では100年あたり1.28度C、最近25年間では100年あたり1.77度Cと、気温上昇の傾向は最近になるにしたがって顕著になっていることが示されています。赤祖父先生はIPCCのこの説明を、IPCC第3次報告書の「ホッケースティック」とよばれた図を引き合いに出して否定しています。しかし、赤祖父先生が「信頼できる」としている全米科学アカデミーの報告書でも「20世紀最後の数十年の気温は過去400年間のどの時代にくらべても高温である」と書かれています。しかも、この報告書に掲載されたデータはIPCCの第4次報告書でも使われているのです。気温が直線的に上昇してきたとする主張には、なんら根拠はありません。

気温上昇が自然変動によるものだとすれば、その要因は何なのでしょうか。残念ながら赤祖父先生はこれについて説明していません。気温を上昇させる自然要因としては太陽活動がありますが、気温をここまで上昇させることはできないことが明らかになっています。太陽をまわる地球の軌道の変化は長い間には地球の気候を変動させますが、現在議論になっている地球温暖化のような短い期間の現象に影響を与えることはありません。結局、20世紀後半からの気温の急上昇を自然要因で説明することはできないのです。

赤祖父先生にはしばらくお会いしていませんが、今度、お会いする機会があれば、ぜひ、この問題についてお話ししてみたいと考えています。
「海のエジプト展」で古代アレクサンドリアを探訪する
横浜パシフィコで開催されている「海のエジプト展」が人気のようです。フランスの海洋考古学者、フランク・ゴディオ氏がアレクサンドリア、カノープス、ヘラクレイオンの海底から発掘した貴重な遺物が展示されています。ぜひ行ってみて下さい。ピラミッドやミイラの世界とは別の、もう1つの古代エジプト文明にふれることができるはずです。

私はオープン前日の内覧会に行ってきました。一番印象的だったのは、写真でしか知らなかったクレオパトラの横顔が刻まれたコインを、実際に見ることができたことでした。後世、多くの画家が想像でクレオパトラを描きましたが、実際のクレオパトラの面影をとどめているのは、この小さなブロンズのコインしかないのです。このコインを見る限り、クレオパトラは絶世の美女というよりは、意思の強い知性的な女性という感じがします。

古代アレクサンドリアといえば、多くの書物を集めた古代アレクサンドリア図書館や一流の学者が集ったムーセイオン、世界の七不思議の1つであるファロスの灯台、海底に沈んだクレオパトラの宮殿などが有名です。そもそもこの場所に都市をつくったアレクサンドロス大王の墓も、ここにあったといわれています。

時間をさかのぼり、古代アレクサンドリアを訪れて、街並みを歩いてみたい。ファロスの灯台のてっぺんから対岸を見渡してみたい。そのような私の願望に応えてくれる端末が、会場に置かれていました。古代アレクサンドリアの市街を再現した3次元CGを見ることができるのです。古代アレクサンドリアの上空を自由に飛びまわることができます。高い位置から市を一望することも、地上ぎりぎりまで降下して、大通りを進むこともできます。

私は古代アレクサンドリア探訪を十分に楽しむことができました。とはいっても、1回の時間は3分間です。タイムアウトになると、また最初から画面を操作しなければ、思う場所には行けません。端末に向かって何度も何度も画面を立ち上げる私を、不審に思った人もいたかもしれません。下の画像は、古代アレクサンドリア図書館にやっとたどりつき、ファロスの灯台を望むシーンを携帯のカメラに収めたものです。画面の左上には「残り時間4秒」の表示が見えます。

バーチャル・ツアー

「海のエジプト展」は9月23日まで開催されています。時間があれば、もう一度行ってみたいと思っているのですが、その最大の理由は、クレオパトラのコインではなく、このバーチャル・ツアーにあります。
ヨーロッパとロシア、火星探査で協力
ESA(ヨーロッパ宇宙機関)が計画中の火星探査機「ExoMars」が、2016年にロシアのプロトンロケットで打ち上げられることになりました。ExoMarsは火星に着陸し、表面を移動しながら、火星にかつて生命が存在したかどうかを調べることになっています。当初は2013年に打ち上げられることになっていましたが、計画は遅れていました。

ExoMarsはもともとアリアン5ロケットで打ち上げの予定でしたが、今回、火星探査に関するロシアとの協定がまとまり、コストが格段に安いプロトンでの打ち上げになったというわけです。

また、ロシアが2009年にソユーズ2ロケットで打ち上げを予定している「Phobos Grunt」がESAの地上ネットワーク施設を利用することも合意されました。Phobos Gruntは火星の衛星フォボスに軟着陸し、試料を地球にもち帰ることを目的としています。また、Phobos Gruntと一緒に中国初の火星探査機「蛍火1号」も打ち上げられます。

今後の火星探査に関しては、アメリカやヨーロッパに加え、ロシア、インド、中国などが、さまざまな国際協力も含めて計画を進めています。それにくらべると、日本の火星探査計画は一歩遅れているという感じは否めません。できるかぎり早く、戦略的観点から日本の火星探査計画を見直す必要があります。
太陽の黄金の林檎
イェーツの詩にその題名をとった、レイ・ブラッドベリの『太陽の黄金の林檎』は、地球のエネルギーが枯渇した時代の話です。宇宙船「金杯号」は燃えさかる太陽に向かうのですが、それは太陽の表面から炎をすくい上げて地球にもち帰り、ふたたび町を明るく照らし、機械を動かすためなのです。

金杯号が太陽表面に到達したとき、そこにはどのような光景が広がっていたのでしょうか? はげしく活動する太陽の素顔を、私たちは望遠鏡や人工衛星を使って、金杯号よりはるかに遠くから観測するしかありません。しかし、日本の太陽観測衛星「ひので」の画像や動画は、まるで私たちが金杯号に乗っているかのように、太陽表面の精細かつダイナミックな姿を教えてくれます。

「ひので」の画像や動画は国立天文台のひので ホームページで見ることができますが、とくに動画がおすすめです。
「ひので/XRTで見る、太陽の自転、コロナの発達」は、「ひので」のX線望遠鏡(XRT)で太陽のコロナをとらえたものです。コロナにははげしく活動している領域があることがわかります。
「太陽風の源を「ひので」により初めて同定。太陽風の加速機構に迫る」という動画では、太陽の活動領域から噴き出す高速ガスの流れが見えています。
「XRTによる静穏領域の動画」では、活動領域ほど活発ではない領域も、クローズアップしてみると絶え間なく活動していることがわかります。
「カルシウム線によるフレアリボンの成長」は、黒点周辺でおきた巨大フレアを「ひので」の可視光・磁場望遠鏡(SOT)がとらえたもので、まるでこの大爆発現象を間近から見ているような気になります。
太陽のへりを見ている「黒点上空の太陽大気中の波動の様子」では、噴き出すガスが草原のようにそよぎ、その上をプロミネンスが上下に振動しながら移動しています。
「黒点「ライトブリッジ」にて絶えず発生する彩層ジェット」は、太陽黒点の「割れ目」からジェットが噴き出す様子をとらえています。
また、可視光・磁場望遠鏡がとらえた光球と彩層の同時観測では、煮えたぎるような太陽表面の様子が明らかになっています。

これらを見ていただければ、私がなぜ「ひので」の動画から「金杯号」を思い出すのか、おわかりいただけるでしょう。

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