H-?Aはこれまで40回連続で打ち上げに成功している信頼の高いロケットであり、今回も確実にXRISMとSLIMを宇宙に運んでくれると思います。
一方、JAXAではこのところ、イプシロンロケット6号機の打ち上げ失敗、H3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗、イプシロンSロケット第2段モーター地上燃焼試験の爆発事故などが起こっています。これらの原因はそれぞれ独立しており、直接的な連関はないものの、日本の基幹ロケットを開発する任務をもつ国立研究開発法人としてのJAXAの体制について、もう一度考える必要性があることを示唆しているように思えます。
また、今回打ち上げられるSLIMに関しても、JAXAの役割について考えざるを得ません。
中国は2013年に嫦娥3号を月面に着陸させ、搭載していたローバー玉兎が着陸地点周辺を調査しました。中国はその後、嫦娥4号を月の裏側に着陸させ、嫦娥5号では月物質のサンプルリターンを成功させました。中国は今後打ち上げる嫦娥6号で再びサンプルリターンを行い、嫦娥7号を南極域に着陸させる予定です。
インドは2019年にチャンドラヤーン2号で月面着陸に挑戦しましたが、この時は失敗しました。しかし、今年の8月23日には、チャンドラヤーン3号を南極域に着陸させることに成功しました。今後、搭載していたローバーで周辺の調査を行う予定です。
チャンドラヤーン3号の着陸成功の3日前には、ロシアの月探査機ルナ25号がやはり南極域に着陸を試みましたが、成功しませんでした。
21世紀初の有人月着陸を目指すNASAのアルテミス計画は、月の南極への着陸を目指しており、各国の月探査計画も南極を目指す時代に入っています。
一方で、NASAは民間による月面輸送サービスCLPSを進めています。今のところ、2023年に3機、2024年に3機、2025年に1機、2026年に1機の民間の月着陸機が、月面にペイロードを運ぶことになっています。
こうした世界の潮流の中では、月の赤道域を目指し、小型着陸機の技術実証を行うSLIMは、もはやJAXAが行うミッションではなくなってしまいました。
JAXAは2007〜2009年に月周回衛星かぐや(SELENE)ミッションを成功させ、月科学の進歩に大きく寄与しました。JAXAの研究者はその頃にはすでに、かぐや後継機SELENE-2の検討に入っていました。着陸機とローバーによるSELENE-2ミッションが実現していれば、日本は世界の月探査の第一線に躍り出ていたはずです。しかし、SELENE-2は予算が得られず、中国、インドの後塵を拝すことになってしまいました。
月探査は国と国の競争ではありませんが、自国の最高の技術を使っていち早く未知の領域に挑戦し、成果を出すことが人類の進歩に貢献するのです。そして、ここにこそ、国立研究開発法人としてのJAXAの役割があるといえます。
なぜ、ロケットの失敗が続くのか? なぜSELENE-2ではなく、SLIMになってしまったのか? JAXAを応援するために、このあたりから、日本の宇宙開発の今後を考えてみたいと思います。
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画像:NASA
北海道大学の藤田修教授を代表研究者とするFLAREが、「きぼう」利用テーマ重点課題区分として採択されたのは2012年でした。これまでの地上研究で、微小重力環境での材料の燃焼を評価する新手法がつくり上げられました。これを宇宙で検証するために、今年の5月から、「きぼう」に設置された固体燃焼実験装置SCEMでの実験がはじまっています。
画像:JAXA
現在、国際宇宙ステーション(ISS)や宇宙船で使われる材料には、船内火災に対する安全性確保のため、1998年に制定されたNASAの材料燃焼試験基準が使われていますが、この基準にはいくつかの課題が指摘されています。
まず、NASAの基準は重力の影響が考慮されていません。これまでの研究で、材料の燃焼は重力の影響を強く受け、微小重力環境の方が燃えやすくなる場合もあることが分かっています。
また、NASAの基準では船内環境(例えば酸素濃度)を変えると、その度に試験をし直す必要があります。現在、ISS内の空気は地上と同じ1気圧、酸素濃度21%ですが、アルテミス計画では月面居住施設等で0.56気圧、酸素濃度34%という低圧・高濃度酸素の条件が検討されています。材料の燃焼性は酸素濃度に強く依存します。ISSでこれまで使われてきたNASAの実験装置では、1気圧かつ 21%以下の酸素濃度での燃焼実験しか実施できません。
FLAREでは、ろ紙、プラスチック、難燃性素材などさまざまな材料の燃焼特性を取得して新手法の妥当性を検証し、次世代の国際的基準となることを目標にしています。また、SCEMは低圧条件や45%までの高濃度酸素条件における燃焼実験を行うこともできるため、アルテミス計画に対応した燃焼特性データの取得も可能です。
実験の最初のシリーズでは、試料にろ紙が用いられ、その燃焼の様子が撮影されました。その動画を見せていただきました。細長いろ紙の半分ほどまで燃焼が進んだところで酸素濃度が限界となり炎は消えましたが、その後は炎のない燃焼(冷炎)によって、ろ紙は最後まで燃えてしまいました。
FLAREは今後、FLARE-2、FLARE-3と進んでいくとのことで、月や火星を想定した1/6Gや1/3GというパーシャルG(低重力)での実験も行われる予定です。
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画像:NASA
若田宇宙飛行士がISSで行う実験のうち、Micro Monitorは、軌道上あるいは月や火星で用いられる飲料水中の微生物をリアルタイムでモニタリングする手法の確立を目的としています。
具体的には、細胞数の計測に用いられるフローサイトメトリーを宇宙仕様にした装置によって、リボフラビン(ビタミンB2)活性をもつ生物粒子の数を計測します。
現在、ISSの飲料水(再生水と地上からの水を混ぜて用いています)のモニタリングは、飲料水のサンプルを地上に持ち帰り、細胞培養で行っています(ちなみにNASAの基準値は50コロニー/mlとのことです)。しかし、月や火星ではそうはいかず、その場での計測が必要になります。飲料水製造装置のラインに宇宙で使える生物粒子計を組み込んでおけば、飲料水が安全であることを常に確認でき、万が一微生物の異常増殖(アウトブレイク)が発生しても、それをすぐに検知でき、迅速な対策をとることができます。
こうした方法の実現に向け、今回は若田宇宙飛行士がISSの飲料水をサンプルとして採取し、それを地上で生物粒子計を用いて微生物数を計測します。また、次世代シーケンサーで微生物叢を解析し、ISS内の環境微生物叢のデータと比較することも行います。これによって、ISSの飲料水に含まれる微生物の特徴や地上の飲料水との関係、ISS内環境微生物の影響などが明らかになります。
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画像:NASA
LBPGE(CBEFを用いた低重力環境下における液体挙動に関するデータ取得)は、低重力環境下(月は1/6G、火星は1/3G)での液体挙動を調べる実験で、JAXAがトヨタ自動車と共同研究している有人与圧ローバー「ルナ・クルーザー」のギアボックスに用いる潤滑油の検討という目的もあります。
月の極域では昼間の最高温度は110℃になる一方、夜間は−170℃にもなります。こうした温度環境に加え、1/6Gの条件で、粘度をもつ液体がどのような挙動を示すかは分かっていません。ルナ・クルーザーは2週間の夜間を含む最長42日間の長距離移動を想定しており、駆動系のかなめとなるギアボックスにどのような特性をもつ潤滑油を用いるかは、きわめて重要な問題です。
本実験では高い粘度をもつ液体、粘度の低い液体、および水の3種類について、1/6Gや1/3Gの人工重力下でその挙動を観測します。人工重力の発生に、これまで細胞実験で使われてきた細胞培養実験装置(CBEF)を用いるのが、この実験の興味深い点です。ライフサイエンス系の実験では、0Gとの対照用に、1Gの環境をつくるため人工重力発生機(ターンテーブル)を使うことが多いのですが、ターンテーブルの回転数を変えれば、発生するGは可変です。今回はまったく分野の異なる実験に、この装置を用いることになりました。
画像:JAXA
液体の挙動はカメラで撮影され、地上で解析されます。若田宇宙飛行士は液体を封入した容器やカメラが設置された実験装置をターンテーブルにセットし、実験終了後に回収すればよく、実験自体のオペレーションはつくば宇宙センターからリモートで行われます。
月や火星では、推薬プラント、離着陸機、環境制御・生命維持システムなど液体を使用するシステムが多くあり、今回の実験の成果はそれらの設計などにも利用されると思われます。
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射点で水素漏れが検出されたためです。
NASAはSLSを射点に置いたまま、9月5日午後5時12分EDT (日本時間6日午前6時12分)あるいは9月6日午後6時57分EDT (日本時間7日午前7時57分)の打ち上げを目指します。
もしもこの2つの機会で打ち上げができない場合、SLSはVABに戻ることになります。その場合、おそらく次のウインドウ(9月19日〜10月4日)には間に合わず、打ち上げは10月17日以降になります。
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コア・ステージの4基のRS-25エンジンの1つ(エンジン3)にトラブルが発生したため。Tマイナス40分でのホールドを行い、トラブルシューティングを行ったが、問題を解決できなかった。次の打ち上げ機会は9月2日午後12時48分EDT(日本時間3日午前1時48分)だが、この機会に打ち上げができるかどうかは、それまでにトラブルを解決できるかどうかにかかっている。
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この原稿を書いている7月28日21時JSTでのThe Aerospace Corporationの予測では。落下は7月31日9時24分JST±16時間。中国の宇宙ステーションの軌道傾斜角が41.5度なので、赤道をはさんで北緯41.5度、南緯41.5度までのどこかに落下します。日本列島でいえば、北海道を除く全域に落下の可能性があります。
第1段は全長約30m、直径5m、落下時の重量約23t。第1段の20〜30%が大気園内で燃えつきず、地上に落下するとみられます。長征5号Bの第1段は2020年の打ち上げでは大西洋に落下、2021年の2度目の打ち上げではインド洋に落下しました。
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若田宇宙飛行士ら4名は第68次ISS長期滞在クルーとして、スペースX社のクルードラゴン5号機(クルー5)に搭乗し、9月1日(日本時間9月2日)に打ち上げられることになっていました。打ち上げが延期になった直接の原因は、クルー5を打ち上げるファルコン9ロケットが損傷したことにあります。検査のための輸送中、第1段と第2段の結合部に損傷が発生し、いくつかの装置の交換が必要になったのです。このため、修理に時間が必要になりました。
これに加え、アルテミス1の打ち上げが8月末から9月初めに行われることになりました。打ち上げ候補日は8月29日、9月2日、9月5日となっており、クルー5の9月初めの打ち上げとバッティングすることになってしまいました。
ケネディ宇宙センターの39A射点と39B射点で、同時期に重要なミッションの打ち上げ準備および打ち上げを行うのは、NASAにとって現実的ではありません。
一方、ロシア側の第68次長期滞在クルーはソユーズMS-22で打ち上げられます。今回の米露間での「シート交換」合意にもとづき、ロスコスモスのアンナ・キキナ宇宙飛行士がクルー5に搭乗する一方、NASAのフランシスコ・ルビオ宇宙飛行士がソユーズMS-22に搭乗します。ソユーズMS-22の打ち上げは9月21日に予定されています。
ソユーズMS-22 のISS到着後、現在ISSに滞在中のMS-21のクルーは引継ぎを終えて地球に帰還します。もともとクルー5はMS-22より先の打ち上げでしたが、順番がかわり、MS-22のISS到着およびMS-21のISS離脱後になりました。
以上のようないくつかの要因をふまえたスケジュール調整で、クルー5の打ち上げが9月29日以降になったわけです。
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ここに書いたように、2月24日以降も、ISSの運用は通常と同じように続けられていますが、ロシアをめぐる宇宙活動にさまざまな影響がでています。
ノースロップ・グラマン社のシグナス補給船NG-17は2月21日にISSに結合し、6月28日にISSを離脱しました。シグナスNG-17はISSを離れる直前の6月25日に、ISSの軌道高度を上げるリブーストを行いました。ISSは高度約400kmの軌道をまわっていますが、このあたりにも空気はわずかに存在します。空気抵抗によってISSの高度が少しずつ下がっていくため、1か月に1回程度、軌道高度を上げるマヌーバーが必要になります。これがリブーストです。
シグナスNG-17は6月20日にリブーストの最初の試みを行いましたが、この時はエンジン噴射5秒後にデータ異常のためマヌーバーは停止されました。しかしその後、データに異常がなかったことが明らかとなり、6月25日に301秒間エンジンを噴射させてリブーストを成功させたのです。
ISSのリブーストはこれまでロシアのザーリャ・モジュールのスラスターかプログレス補給船を用いて行われており、アメリカの宇宙機が行うのはこれが最初でした。NASAはアメリカの宇宙機でISSのリブーストを行うことを以前から考えていました。ISSの運用のうち、ロシアにのみ依存する要素を少なくするためです。
シグナス補給船を打ち上げるアンタレス・ロケットは、第1段にロシア製のエンジンRD-181を使用しています。2月24日のロシアの特別軍事作戦開始にともないアメリカがハイテク製品の禁輸を発表すると、ロスコスモスのドミトリー・ロゴジン総裁は「今後、RD-181をアメリカに売却しない。また、すでに納品済のRD-180のサービスも行わない」と述べました。ノースロップ・グラマン社によると、2基のRD-181に必要な部品はそろっており、今後2回のシグナス打ち上げには問題ないとのことです。
RD-180とRD-181は、旧ソ連時代に開発されたエネルギア・ロケットの第1段に用いられたRD-170を原型とするエンジンです。非常に性能の良いエンジンで、RD-180は20年以上にわたってULAのアトラス?およびアトラスVロケットの第1段に使われてきました。2021年に最後の122基が納品されました。ULAが現在開発中の大型ロケット「ヴァルカン」では、第1段にブルーオリジン社が開発中のBE-4エンジンを採用します。
RD-181は初期のアンタレス・ロケットに使われていたエンジンに代わって採用されました。長期的にRD-181が供給されないとなると、シグナスによるISS補給ミッションに影響がでてくるかもしれません。
648機の衛星によるコンステレーションを目指すワンウェブ社は、2月29日にバイコヌール宇宙基地からソユーズ・ロケットで同社の衛星36機を打ち上げる予定でしたが、打ち上げは直前に中止されました。また、アリアンスペース社のギアナ宇宙センターからはロシア側のスタッフが引き上げ、同センターからのソユーズ・ロケットによる打ち上げもできなくなりました。アリアンスペースがすでに予約を取っている打ち上げについて、同社は別のロケットによる打ち上げを手当てする必要があります。
ESAはロスコスモスと共同で進めていた火星探査計画エクソマーズについて、ヨーロッパの火星ローバー「ロザリンド・フランクリン」の組み立てを一時中断しました。ロザリンド・フランクリンは2020年の打ち上げだったものが延期され、今年、ロシアのプロトンMで打ち上げられる予定になっていました。このままでは今年の打ち上げはできず、さらに2年後の打ち上げ機会を待つしかありません。ESAはまた、ロシアの月探査機ルナ25、ルナ26、ルナ27への協力関係を解消しました。
ドイツはロシアのX線宇宙望遠鏡「スペクトルRG」に搭載されている同国の装置eROSITAをセーフモードに移行させました。スペクトルRGはドイツのマックスプランク研究所と共同で開発された望遠鏡で、eROSITAはドイツの観測装置です。この措置に対してロゴジン総裁はISSでロシアが行っているドイツの実験を停止すると述べています。
このような動きの中で、2月24日以来多くの人が、ISS計画もこれで終わってしまうのではないかと心配してきました。今のところ、ISSに関して決定的なことは起こっておらず、当面はクルー5の行方について気をもんでいる状況が続いています。
地上だけでなく宇宙分野でも進んでいる西側世界からのロシアの孤立化は、長期的にはISS計画にも影響を与えることになるかもしれません。ISS計画は2024年までは現在のまま運用されることになっています。NASAはさらに2030年までの運用延長を表明していますが、一方で「国際宇宙ステーション2022移行計画」を発表し、ポストISSの時代、すなわち民間宇宙ステーションの時代に向けた準備を始めています。
こうした流れの中で、ロシアが2025年以降ISS計画にいかに関わっていくか、さらにはポストISS時代に西側諸国に対してどのようなスタンスをとるのかは不透明です。ISS計画にロシアが参加し、ロシアを含む多くの国々の固い絆が軌道上に結ばれてすでに30年近い歳月が流れています。この強い絆が失われないことを願うばかりです。
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若田宇宙飛行士らはケネディ宇宙センターからスペースX社のクルードラゴンで打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)に向かいます。しかしながら、打ち上げまで2か月を切った現在も、NASAからは打ち上げ日時とクルーメンバーが正式に発表されていません。その理由は、クルー5にロシア人宇宙飛行士のアンナ・キキナさんが搭乗することになっているからです。
NASAとロスコスモスは、自国の宇宙飛行士を相手国の宇宙船に搭乗させることで合意しています。これは両国の宇宙船のどちらかが何らかの理由で飛行停止になった際、相手国の宇宙船に搭乗して国際宇宙ステーションに向かう必要があるためです。キキナ宇宙飛行士はこの合意にもとづき、昨年からクルー5に搭乗する訓練を進めていました。ところが、今年2月24日にウクライナでロシアによる「特別軍事作戦」が始まってしまったのです。
NASAは今年5月に、キキナ宇宙飛行士の搭乗に関してはロシア側の了解を待っていると述べました。一方、ロスコスモスは6月11日に、宇宙船の相互搭乗に合意する声明を出しました。しかしながら、7月2日付けのSpace Newsの記事によると、相互搭乗に関して、まだ両宇宙機関間で最終的な契約にまで至っていないとのことです。とはいえ、ここに書いたように、クルーの訓練は引き続き行われています。
現在、アメリカとロシアはウクライナをめぐって厳しい対立関係にあります。しかし、ISS計画はアメリカ、ロシア、日本、ヨーロッパ、カナダの15か国による国際宇宙基地協力協定にもとづくものであり、NASAは現在もモスクワと常時連絡をとりながらISSを運用しています。2014年のロシアによるクリミア併合の際には、アメリカ政府の職員は電子メール、電話、会議などによるロシア側との接触をすべて禁止されましたが、ISSだけは特別とされ、NASAの職員はモスクワと連絡をとり、通常通りのISS運用を行いました。
今回、NASAは2月24日に短い声明を発表し、「アメリカのロシアへの輸出制限はロシアのISSの運用に影響を与えない。アメリカとロシアの民生分野の宇宙協力は引き続き可能」と述べました。ISSの運用は通常通り行われ、3月30日にはNASAのマーク・ヴァンデハイ飛行士がロシアのソユーズ宇宙船で地球に帰還しています。ロシアとの相互搭乗の合意にもとづき、NASAからはフランシスコ・ルビオ宇宙飛行士が今年秋に打ち上げ予定のソユーズMS-22に搭乗することになっています。
クルー5のメンバーはコマンダーがニコール・マン宇宙飛行士(NASA)、パイロットがジョシュ・カサダ宇宙飛行士(NASA)、ミッションスペシャリスト1が若田光一宇宙飛行士(JAXA)、ミッションスペシャリスト2がアンナ・キキナ宇宙飛行士(ロスコスモス)です。
ニコールさん(上の画像1番左)、ジョシュさん(上の画像左から2番目)、アンナさん(上の画像1番右)の簡単なプロフィールは以下の通りです。
ニコール・マン
米国海兵隊大佐。海兵隊に入隊し、イラクおよびアフガニスタンでの作戦にパイロットとして参加。その後、海軍テスト・パイロット・スクールに入学。F/A-18ホーネットおよびスーパーホーネットのテスト・パイロットをつとめた。2013年NASAの宇宙飛行士候補。今回が最初の宇宙飛行。1977年生まれ。
ジョシュ・カサダ
米国海軍大佐。ロチェスター大学で高エネルギー物理学の研究で博士号を取得後、海軍に入隊し、テスト・パイロットとなった。海軍テスト・パイロット・スクールの教官もつとめた。2013年NASAの宇宙飛行士候補。今回が最初の宇宙飛行。1973年生まれ。
アンナ・キキナ
ノボシビルスク州水運アカデミーで緊急事態防護を学んだ。2012年ロスコスモスの宇宙飛行士候補。2017年に月ミッションを模擬した国際隔離実験「シリウス」に参加。2021年から国際宇宙ステーション長期滞在ミッションの訓練を受けていた。今回が最初の宇宙飛行。1984年生まれ。
若田さんは、今回が5回目の宇宙になります。1996年、STS-72に日本人初のスペースシャトル・ミッションスペシャリストとして搭乗。2000年、STS-92に搭乗し、日本人として初めてISS建設に参加。2009年、ISS第18次/第19次/第20次長期滞在クルーとして日本人初のISS長期滞在を実施。2013年11月から2014年5月にかけて、ISS第38次/第39次長期滞在クルーとしてISSに188日間滞在し、後半の第39次長期滞在では日本人初のISS船長としてクルーの指揮をとりました。
クルー5のメンバーは約6か月、ISSに滞在します。ニコールさんとジョッシュさんはアルテミス計画の要員であり、月面探査ミッションに向けた最初の宇宙滞在となります。若田さんは先生役として、彼らをより優秀な宇宙飛行士に育ててくれるでしょう。アンナさんの宇宙滞在は、日本とロシアの宇宙分野での絆をさらに深めてくれるはずです。
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NASAジョンソン宇宙センター、ビルディング9、2022年5月13日。
クルー5とソユーズMS-22の2つのミッションは、ISS長期滞在のためのフライトであると同時に、アメリカとロシアが自国の宇宙飛行士を相手国の宇宙船に搭乗させるミッションでもあります。
上の画像の左から、フランシスコ・ルビオ(NASA、MS-22フライト・エンジニア)、ショシュ・カサダ(NASA、クルー5パイロット)、若田光一(JAXA、クルー5ミッション・スペシャリスト1)、ニコール・マン(NASA、クルー5コマンダー)、アンナ・キキナ(ロスコスモス、クルー5ミッション・スペシャリスト2)、ドミトリー・ペテリン(ロスコスモス、MS-22フライト・エンジニア)、セルゲイ・プロコピエフ(ロスコスモス、MS-22コマンダー)。
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法政大学名誉教授の下斗米伸夫先生の『ソ連を崩壊させた男、エリツィン』(作品社)、『新危機の20年 プーチン政治史』(朝日新聞出版)、『宗教・地政学から読むロシア』(日本経済新聞出版)は、ソ連崩壊以後のロシアについて知る上で大変参考になります。ウクライナを含む周辺諸国との関係の歴史的経緯についても詳しく書かれています。
サミュエル・ハンチントン(1927〜2008)の名著『文明の衝突』(集英社)は、ソ連崩壊からそれほど経っていない1996年に出版されました。この本で、ハンチントンは冷戦終結後の戦争が、国境ではなく文明の境界線に沿って起こることを指摘しました。ウクライナの「フォルト・ライン(断層線)」についても具体的に述べられており、今日ウクライナで起こっていることがすでに予測されています。ニューヨーク大学およびプリンストン大学の名誉教授で、ロシア研究が専門の政治学者であったスティーヴン・コーエン(1938〜2020)の『War With Russia?』は、2014年から2018年までにウクライナで起こったことを分析しています。
ウクライナがどういう国かを知るためには、黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)があります。また、隣国のポーランドは今回の紛争で鍵となる国の1つになっています。ポーランドについて知るには渡辺克義『物語 ポーランドの歴史』があります。
草野森作『プーチンの戦争』(筑摩書房)は2014〜2017年の現地取材をまとめたもので、当時ウクライナで何が起こり、人々がどんなことを考えていたかを知る上で役に立ちます。Institute for the Study of Warの『PUTIN’S OFFSET』は2020年に発表されたレポートで、プーチン大統領が2014年以来、西側に対して何を仕掛けているかを分析し、アメリカの対応を提案したものです。
ウクライナ問題は非常に複雑な背景をもっており、多面的な考察が必要です。
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6月13日(月)18時30分から「宇宙の店」にて。申し込みは以下から。
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クルードラゴンとはどんな宇宙船なのか。皆様と一緒に映像を見ながら、楽しく解説したいと思います。5月18日(水)18時30分から「宇宙の店」にて。
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はたして今回、人類はその砦を守ることができるでしょうか?
東西冷戦からはじまったロシアの宇宙開発と、国際宇宙ステーションの意義をもう一度考えてみたいと思います。
「ロシア宇宙開発ヒストリー」3月2日(水)18:30〜19:30。浜松町「宇宙の店」にて。
詳細と予約はこちらから
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3月2日(水)18:30〜19:30。浜松町「宇宙の店」にて。
詳細と予約はこちらから
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月についてのレトロでノスタルジックな話を書きました。ティルナノーグ出版から発売。本の内容や購入はここから。
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首都圏の地下には複雑なプレートの構造があります。首都圏の地盤である北アメリカプレートの下に南からフィリピン海プレートがもぐり込み、さらにそこに東側から太平洋プレートがもぐり込むという3層構造になっているのです。
そのため、首都直下地震には、地殻の浅いところで起こる地震、フィリピン海プレートと北米プレートの境界で起こる地震、フィリピン海プレート内で起こる地震、フィリピン海プレートと太平洋プレートの境界で起こる地震、太平洋プレート内で起こる地震、フィリピン海プレートおよび北米プレートと太平洋プレートの境界で起こる地震があります。
今回の地震はフィリピン海プレート内で起きた地震でした。
今回の地震は、最大震度6強を記録した2005年7月23日の千葉県北西部地震とよく似ています。マグニチュードは6.0、震央は今回とほとんど同じ、震源の深さは73キロメートルでした。この時もライフラインの破損や交通機関の停止と帰宅困難者の発生、エレベーターでの閉じ込めなどが起こりました。
1980年9月25日にも、今回とほとんど同じ場所でマグニチュード6.1の地震が起こっています。この地域では、約20年の周期で同じ規模の地震が繰り返し起こるのかもしれません。
南関東では1703年(元禄16)に、マグニチュード8.5の地震が発生しています。こうした巨大地震は2000〜3000年の間隔で発生すると考えられています。元禄関東地震から220年たった1923年(大正12)に、大正関東地震(関東大震災)が起こりました。この地震のマグニチュードは8.2です。大正関東地震と同規模の地震は200〜400年の間隔で発生すると考えられています。
地震調査推進本部による長期評価によれば、今後30年間に元禄型関東地震が発生する確率はほぼ0%、大正型関東地震が発生する確率は0〜2%とされています。
現在、私たちが警戒しなければならないのは、次の大正型関東地震の前に首都直下で発生する可能性のあるマグニチュード7クラスの地震です。このクラスの地震が首都圏で起こった場合の甚大な被害想定は、すでによく知られているところです。また、1923年の大正関東地震では、地震発生の直前やそれより少し前の1884〜1885年に、マグニチュード7クラスの地震が何度も起こっています。
大正関東地震の直後以後、マグニチュード7クラスの地震は首都圏では起こっていません。唯一、1987年にマグニチュード6.7の千葉県東方地震が起こったのみです。
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10月21日(木)18時35分から「宇宙の店」。
銀河鉄道はどこを走っているか? ケンタウル祭とはいつの祭りか? 天気輪の柱とは何か? ブルカニロ博士はなぜ消えたのか? 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の多くの謎について考えます。
詳しくはここへ。
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ここ半世紀ほどの世界平均気温の上昇傾向は引き続き進行しています。下の画像の黒線が観測値です。青色は自然起源の要因のみを考慮した推定値、茶色は人為・自然起源の両方の要因を考慮した推定値で、世界気温の上昇が人為的要因によるものであることが分かります。
下の画像は、1850〜1900年を基準とした世界平均気温の今後を示す図です。AR6では5つのモデルによるシミュレーション結果を示しています。
すべてのシナリオにおいて、世界平均気温は少なくとも今世紀半ばまで上昇を続けると予測されています。このうちSSP1-2.6とSSP1-1.9は、今後数十年の間に二酸化炭素およびその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少した場合のシナリオで、21 世紀末の気温上昇は、1850〜1900年を基準として1.5度Cおよび2度Cを超える程度になっています。しかし、最悪のシナリオでは5度C近い上昇となります。
今回の報告書で注目すべき点は、気候変動に対する人為要因の影響を評価するイベント・アットリビューションの検討結果が明らかにされていることです。
それによると、世界各地の極端な高温に関して、そのほとんどについて「人間の寄与の確信度」が高いと評価されており、近年の極端な高温現象に人為的要因が寄与していることが明らかになっています。一方、最近の大雨に関しては、多くの地域について「人間の寄与の確信度」は低いと評価されており、人為的要因がどれだけ寄与しているかについてさまざまな見解があることを示しています。
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その中で生まれたのが、『「多元主義」を理解するための30冊』の電子出版です。今回新たにKindle版で出版されました。多様化する世界を読み解くための名著30冊を取り上げています。
パンデミック下の世界は混迷し、その先行きは不透明です。こんな時にこそ読みたい本です。
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考察の出発点となるのは、2015年11月9日に『ネイチャー・メディシン』誌のサイトで発表された”A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses shows potential for human emergence”(コウモリのコロナウイルスのSARSに似た集団は、人間界への出現の可能性を示す)という論文です。この論文は武漢ウイルス研究所の石正麗(Shi Zhengli)らと、ノースカロライナ大学のラルフ・バリックのグループとの共同研究の成果を述べたものです。論文投稿日は2015年6月12日ですので、研究はそれから数年前にさかのぼって開始され、おそらく2014年中には終わっていたと推測されます。
SARSウイルスや新型コロナウイルスは、表面にスパイクとよばれるタンパク質の突起をもっています。これがヒトの細胞のACE2という受容体に結合します。この研究では、SARSウイルスをベースに、SARSウイルスによく似たSHC014-CoVというウイルスのスパイクタンパク質を挿入して、キメラウイルスを作成しました。培養されているヒトの細胞にこのキメラウイルスを作用させたとこと、ウイルスはヒトの細胞に感染し、ウイルスの増殖がみられました。また、ヒト化マウス(SARSウイルスが結合するヒトのACE2受容体をもたせた実験用マウスのこと)に作用させたところ、マウスの肺にSARSと同じような症状があらわれたと報告されています。こうした結果から、論文は、現在コウモリの集団で循環しているウイルスから新たなSARSウイルスが出現する可能性があると述べています。
この研究で用いられたのが、ゲイン・オブ・ファンクション(機能獲得)でした。将来パンデミックをもたらす危険性のあるウイルスをあらかじめ人工的に作成し、その性質や予防手段を研究するのです。
ゲイン・オブ・ファンクションでウイルスの感染性を高める研究では、ACE2に効果的に結合するスパイクを見つけることに焦点が集まっています。この論文の研究では、ベースとなるSARSウイルスのスパイクタンパク質を別のさまざまなウイルスのスパイクタンパク質に置き換える実験が行われました。SARSウイルスと他のコロナウイルスのスパイクとの多数の組み合わせを細胞培養で継代を繰り返し、より効果的にヒトに感染する組み合わせを選別していきます。こうした研究では、おそらく、SARSウイルス以外のSARSに似たウイルスをベースにした実験も行われたでしょう。
この研究に至るまでにはどういう経緯があったのでしょうか。
2002〜2003年に流行したSRASが収まった後、武漢ウイルス研究所の石ら中国の研究者はヒトに感染する新しいコロナウイルスの研究に着手しました。2008年に発表された論文では、研究者たちはSRASに似たコウモリのコロナウイルスに、SARSウイルスのスパイク部分のタンパク質を挿入する実験を行いました。すると、このキメラウイルスはヒトのACE2に結合して細胞に侵入することができることが示されたのです。
また2010年に発表された論文では、他のコウモリのウイルスについても、ヒトへの感染能力が調べられました。こうした研究はSARSウイルスの前駆ウイルスを探す上でも有効と述べられています。
一方、バリックのグループは2008年に、SARSによく似たコウモリのウイルスのゲノムを用い、そのRBDの部分をSARSウイルスのRBDの配列に置き換える実験を行った結果を発表しています。RBDとはウイルスのスパイクのうち、ACE2受容体に結合する部位のことです。実験の結果、バリックらは、このゲノムがヒトに感染する能力をもったと報告しています。
上に紹介した3つの研究はどれも、その目的がSARSよりも感染力の高いウイルスを人工的につくろうという点で共通しており、2015年に論文となった研究の先駆的な研究といえます。こうした経緯があって、武漢ウイルス研究所とバリックのグループの共同研究が行われたのでしょう。研究資金の一部はNIAID(国立アレルギー感染症研究所)から出されていました。
ところで、この2015年の論文の終わりの部分には、きわめて興味深い記述があります。すなわち、「こうしたアプローチは、合衆国政府のゲイン・オブ・ファンクション研究のモラトリアムの文脈の中で語られるものである」というのです。明らかに、この研究の続きをアメリカ国内で行うことはできませんでした。
そこで、石らがその後の研究を武漢ウイルス研究所内で行うことになったのです。バリックらとの共同研究で、石らは研究に必要な技術をすべて学んでいました。NIAID所長のアンソニー・ファウチはNIAIDの研究資金をピーター・ダシャックのエコヘルス・アライアンスを通じて提供することにしました。
その後、武漢の研究所でどのような研究が行われたのか、詳細を知ることは困難です。おそらく、研究資料やウイルスサンプルなどはすべて他の場所に移され、サーバーに載っていた関連資料もすべて削除されているでしょう。
しかし、そうであっても、武漢ウイルス研究所の研究者以外で、研究の詳細を知っているはずの人物が少なくとも1人います。それはダシャックです。彼は2019年12月、まさにパンデミックがはじまる直前に行われたインタビューで、次のように語っています。「われわれはSARSに非常に近い100を超える新しいSARS関連コロナウイルスを発見しました・・・それらのいくつかは実験室でヒト細胞に入り、それらのいくつかはヒト化マウスのSARS疾患を引き起こすことができます」。ダシャックはさらに、スパイクのタンパク質を他のウイルスに入れる実験についても触れています。
武漢ウイルス研究所で、できる限り人間に危険なウイルスをつくる研究が行われていたことは間違いありません。ただし、新型コロナウイルスがその産物なのか、それとも自然界のコウモリからやってきたものなのかは明らかになっていません。
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この問題を説明するには、まずウイルスのゲイン・オブ・ファンクション(機能獲得)について述べなければいけません。
ウイルス学の分野で行われるゲイン・オブ・ファンクションは、あるウイルスにヒトに感染し、深刻な症状を引き起こす能力をもたせることをいいます。インフルエンザ・ウイルスやSARSウイルスのようなパンデミックをもたらす危険性のあるウイルスに対してゲイン・オブ・ファンクションを行う目的は、将来、パンデミックをもたらすウイルスをあらかじめ人工的に作成し、そのウイルスがどのような仕組みでヒトに感染し、病原性を発揮するようになるのか、それを防ぐためのワクチンをどのようにして開発したらよいのかなどの科学的知見を得ることにあります。ウイルス学の最先端で研究する科学者にとって、ゲイン・オブ・ファンクションはきわめて魅力的は研究手法といえます。
とはいえ、このような研究はリスクをともないます。もしもゲイン・オブ・ファンクションで作成したウイルスが外部に流出した場合、本当にパンデミックをもたらす危険性があります。河岡義裕らがこの手法を用いてH5N1亜型鳥インフルエンザ・ウイルスについて行った研究が2012年に『ネイチャー』誌に発表されたのをきっかけに、アメリカで議論が巻き起こり、2014年に、インフルエンザ・ウイルス、SARSウイルス、MERSウイルスにゲイン・オブ・ファンクションを用いる研究に対する3年間のモラトリアム(一時中止)が実施されました。
ゲイン・オブ・ファンクションを用いた研究は、リスクよりも得られるものの方がはるかに大きいという立場を一貫してとってきたのが、国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長のアンソニー・ファウチでした。NIAIDはNIH(国立衛生研究所)傘下の研究所の1つで、ファウチは1984年からNIAID所長の地位にあり、歴代大統領の保健衛生問題のアドバイザーをつとめてきました。
モラトリアムが実施されると、ファウチはアメリカで行うことができなくなったゲイン・オブ・ファンクションの実験を武漢ウイルス研究所の石正麗に行わせることとし、NIAIDから毎年約60万ドルの資金を拠出しました。そして、アメリカ国民の目を欺くかのように、資金を迂回する組織として利用したのが、ピーター・ダシャック率いるエコヘルス・アライアンスだったのです。
エコヘルス・アライアンスを通じた武漢ウイルス研究所への資金提供は2014年から2019年まで行われました。ただし、2019年分については半分がトランプ政権によって停止され、残りも2020年に停止されました。しかし、少なくとも300万ドルが武漢ウイルス研究所に流れたことになります。エコヘルス・アライアンスのダシャックは15年以上にわたって石と交流があると語っています。ダシャックと中国の関係の詳細は不明です。また、これほどスムーズに武漢への研究委託が行われた経緯も不明ですが、石は以前からゲイン・オブ・ファンクションの研究で、アメリカやヨーロッパの研究者と交流がありました。
ファウチは、武漢の研究所で行われたコウモリのウイルスを用いたゲイン・オブ・ファンクション実験に、アメリカの資金が使われた可能性はまったくないと主張しており、石もそのような研究を否定する発言をしています。しかし、実際のところは不明で、新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所でつくられ、流出した可能性を否定できません。
石は『サイエンス』誌の質問に答えた文書で、武漢ウイルス研究所におけるコロナウイルスの研究はバイオセーフティレベル2とレベル3の実験室で行われたと述べています。バイオセーフティレベルは1から4までの段階に分けられ、エボラ・ウイルスや天然痘ウイルスのような非常に危険なウイルスの実験は最高レベルであるレベル4の実験室で行われます。SARSウイルスや鳥インフルエンザ・ウイルス、新型コロナウイルスなどの実験はレベル3で行われます。インフルエンザ・ウイルス、はしかウイルスなどの実験はレベル2で行われます。
レベル4での実験はきわめて厳密な安全基準にもとづいて行われますが、それよりも基準のゆるいレベル3やレベル2の実験では規則が十分に守られず、何らかの事故によってウイルスが流出する危険性がないわけではありません。新型コロナウイルスの最初の患者が発生する前の2019年11月に、武漢ウイルス研究所の職員3人が新型コロナウイルスないしインフルエンザ・ウイルスに感染したような症状を呈したとする情報が情報機関からもたらされています。
ファウチは、トランプ大統領がウイルスは武漢の研究所から流出したと発言するとすぐに、そのような説は科学的ではないと批判しました。その後も武漢ウイルス研究所からの流出説を否定してきましたが、2021年5月11日には「新型コロナウイルスの流行が中国で自然に始まったとは確信していない。今後も調査を続ける必要がある」と述べました。ファウチは中国寄りの人物とみられていますが、この発言を中国メディアははげしく批判しています。
新型コロナウイルスの起源をめぐる問題は、今後の米中関係にも影響を与えかねない問題です。一方、科学的観点からは、ゲイン・オブ・ファンクションのような非常に有効だがリスクもある手法をいかに安全に使っていくのか、今後のパンデミックを未然に防ぐ知恵を人類はいかにして手に入れることができるのかなど、いくつもの課題が見えてきました。
5月25日には、NIHが武漢ウイルス研究所に研究資金を与えること禁止する法案が上院で議決されるなど、アメリカでは毎日のように、この問題をめぐる動きが続いています。今後もこの問題を注意深く見守っていきたいと思います。
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新型コロナウイルスはSARSウイルスに近縁のウイルスです。両者とも、もともとは雲南省に生息するキクガシラコウモリがもっているウイルスで、SARSの場合、ハクビシンが中間宿主となってヒトの世界にもたらされました。新型コロナウイルスが出現した時も、科学者は何らかの中間宿主が媒介して武漢の海鮮市場へこのウイルスがもたらされたと考えました。
したがって、感染発生当初、このウイルスが武漢ウイルス研究所で人工的につくられ、事故によって外部に流出したとは考えられず、いずれ中間宿主も発見されると考えられていました。
しかし、その後、このウイルスが自然起源であるとすると説明が難しい点がいろいろ明らかになりました。その1つは、中間宿主がいつまでたっても発見されなかったことです。武漢の海鮮市場でも中間宿主になるような動物の肉を扱った形跡はまったく見つかりませんでした。
疫学調査でも、キクガシラコウモリからヒトへの伝搬の痕跡がまったく見つかりませんでした。新しいウイルスがヒトの世界にもたらされる場合、まずコウモリの世界で循環しているウイルスに変異が起こり、中間宿主となる動物やヒトに感染する能力をもったウイルスが出現し、それがコウモリの生息地周辺で他の動物に広がっていきます。コウモリの生息地近くで生活するヒトが直接感染することもあります。いずれにしても、まず、コウモリの生息地の周辺で感染が広がるのが普通です。しかし、そのような痕跡は一切発見されず、雲南省から1000km以上も離れた武漢で突然ウイルスが出現したのです。
新型コロナウイルスの感染者が発生した頃は、キクガシラコウモリがすでに冬眠に入っている時期であることも、自然起源説の難点とされています。武漢で患者が報告されたのは2019年12月ですが、この季節にキクガシラコウモリがウイルスを伝搬させる行動をとるのは難しいと考えられます。
武漢で流行初期に採取された患者のゲノム配列がすべて非常に似ていることも不思議な点です。自然起源の場合、ウイルスは波状的にヒトの世界に侵入し、感染を拡大させると考えられます。わずかに変異した複数の種類のウイルスが侵入してくるので、患者のゲノムにも少しずつ差異が出てくるはずです。しかし、解析された患者のゲノムはまるで、このウイルスの起源がたった1つであるかのように斉一だったのです。
さらに、ウイルスのゲノムや立体構造の解析から、このウイルスには人工的操作が加えられたのではないかとも考えられる証拠が見つかりました。
新型コロナウイルスの表面にはスパイクと呼ばれる突起があり、これがヒトの細胞の表面にあるACE2という受容体と結合することによって、ウイルス感染のプロセスがはじまります。スパイクのタンパク質(S)はS1とS2の2つのタンパク質からなっていて、S1は受容体との結合に、S2はウイルスと細胞との融合に役割を果たします。ウイルスが細胞に侵入する際には、スパイクが受容体に結合した後、S1 がS2から切り離されることが必要です。
新型コロナウイルスにはS1とS2との間にフューリン切断部位あるいはフューリン開裂部位と呼ばれる領域があることがわかりました。スパイクが受容体と結合した後、この領域でS1とS2とが切断されます。このメカニズムによって新型コロナウイルスはきわめて効率的にヒトの細胞に侵入することができるのです。
ところが、このフューリン切断部位はSARSウイルスにも、MERSウイルスにも、その他のSARS関連コウモリウイルスにも存在しません。新型コロナウイルスだけがもっているのです。S1タンパク質とS2タンパク質をつくるための遺伝子配列を比べてみると、新型コロナウイルスにだけ、この領域をつくるための配列が挿入されています。
上の画像で、一番上は新型コロナウイルスのS1/S2領域のアミノ酸配列、2番目は新型コロナウイルスに最も近縁なコウモリのウイルスRaTG13のアミノ酸配列、一番下は共通祖先であるセンザンコウのウイルスのアミノ酸配列です。新型コロナウイルスでは緑色の部分が挿入されています。
しかも、ここの配列には、コウモリのコロナウイルスではあまり使われないが、ヒトの細胞ではよく使われる塩基配列が使われていました。こうした挿入は自然界では非常に起こりづらいはずです。
上に述べたような事実は、新型コロナウイルス研究の早い時期にわかっていました。一方、ウイルスが人工的につくられたものではないかという考えに反対する主張も、早い時期から見られました。まず、『ランセット』誌の2020年2月19日号に、27人の科学者の共同声明が掲載されました。ここでは、「このアウトブレイクの迅速でオープンで透明な情報共有は、ウイルスの起源に関する噂や誤った情報によって脅威にさらされている。私たちは新型コロナウイルスが自然起源ではないという陰謀論的理論を強く非難する」と述べられていました。
その後、この声明は、共同声明にも名を連ねているNPO団体エコヘルス・アライアンスの会長ピーター・ダシャックが組織したものであることが明らかにされました。エコヘルス・アライアンスは後述するNIH(国立衛生研究所)の資金で武漢ウイルス研究所に研究委託をしていた組織であり、ダシャックはその中心人物でした。武漢の研究所がからむウイルス流出説や人工説を否定するために動いたわけです。
3月17日には『ネイチャー・メディシン』誌4月号の記事として、スクリップス研究所のクリスチャン・アンダーソンらによる新型コロナウイルスの起源に関する論文が発表されました。この論文では「われわれはウイルス起源が研究室であるといういかなるシナリオも信じない」と書かれていました。明らかに、新たな研究成果の発表というよりは、ウイルス人工説を否定することを目的に書かれたものでした。
7月31日には『サイエンス』誌に武漢ウイルス研究所の研究室長である石正麗(Shi Zhengli)のインタビューが掲載されました。石はコウモリのウイルスの研究で世界的に知られた研究者で、「バット・ウーマン」あるいは「バット・レディ」の異名をもっています。このインタビューは『サイエンス』誌の質問に石が文書で回答したものですが、この中で、石はウイルスが研究所から漏れたというのは事実ではなく、トランプ大統領は私たちに謝罪すべきだと述べました。
アメリカ社会全体も、科学コミュニティも、ウイルス人工説を陰謀論とする状況の中で、こうした流れに逆らってまで自然起源説に反対する科学者はいなくなりました。自分の地位や研究資金獲得に影響が出ると考えたからです。科学記者もこの問題を追うことはなくなりました。
ニコラス・ウェイドは2021年5月2日に発表した彼の記事「新型コロナウイルスの起源――手がかりを追って」の中で、「ダシャックとアンダーソンの主張は非常に政治的なもので、科学的な声明ではありませんでした。しかし、驚くほど効果的でした。主要メディアの記事はほとんどの場合、ダシャックとアンダーソンの主張に頼り、彼らの議論の欠陥を理解することはありませんでした。主要なネットワークにはすべて専門の科学記者がいて、科学者に質問し、彼らの主張を確認できたはずです。しかし、ダシャックとアンダーソンの主張はほとんど反論されませんでした」と書いています。
こうした経緯で、現在に至るまで、自然起源説と人工説を科学的知見に基づいて検証することは行われていません。
2021年1〜2月にはWHOの調査団が中国に入り、ウイルスの起源について調査しました。3月30日に発表された報告書では、ウイルスは自然起源とする説がきわめて有力で、研究所からの流出説は「可能性が非常に低い」とされました。しかし、調査に当たって、中国側は十分な情報を提供せず、また、調査団のアメリカ側リーダーとしてWHOが指名したのはダシャックでした。WHOの報告書が客観性を欠いていたのは明らかで、さらなる調査が必要とされています。
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新型コロナウイルスがコウモリから伝搬したとする自然起源説と、研究所から事故によって流出したとする説のどちらが正しいかはまだ決着がついておらず、今後の詳しい調査が必要とされます。この問題はアメリカの対中政策からウイルス研究の最前線まで、さまざまな要素を含んでいます。以下、3回に分けてまとめてみました。
アメリカの主要メディアはこれまで、武漢ウイルス研究所からのウイルス流出説を陰謀論と片付けていました。それがなぜ、ここにきて、この説を信ぴょう性が高いとして取り上げるようになったのでしょうか。事実経過をみていきましょう。
中国のウイルス研究の拠点である武漢ウイルス研究所は、生物兵器を開発する能力を有する施設として、以前からアメリカの情報機関の監視対象でした。
武漢ウイルス研究所のバイオセーフティ対策には問題が多く、北京のアメリカ大使館は2018年1月に武漢ウイルス研究所の安全対策についての懸念とアメリカ政府のサポートを要請する公電を本国に送ったほどでした。こうした状況下で、2019年12月、新型コロナウイルスに感染した患者が武漢で発生したのです。
アウトブレイクと同時に、ウイルスの起源が武漢ウイルス研究所かもしれないという情報はホワイトハウスや国務省にもたらされました。決定的な証拠は得られないものの、状況証拠は時間の経過と共に蓄積していきました。また、一部のメディアは患者発生から間もない時期から、武漢の研究所で行われている危険な研究やウイルス流出の可能性を報道していました。その最初の報道の1つは、2020年1月26日の『ワシントン・タイムズ』紙の記事でした。
2020年4月30日、トランプ大統領は記者会見で、ウイルスの起源は武漢ウイルス研究所にあると述べました。主要メディアはこれを陰謀論として批判しました。しかし、トランプ大統領の発言の背景には情報機関からの十分な裏付け情報があったと考えるのが合理的です。
トランプ大統領の発言と同日に、この件に関し、アメリカ合衆国国家情報長官からの声明が発表されました。後述するように、当時は自然起源説が有力でしたが、この声明では、「インテリジェンス・コミュニティは新型コロナウイルスが人工的に作られたものでも、遺伝子操作されたものでもないという科学界のコンセンサスに同意している」としながらも、「インテリジェンス・コミュニティは今後も徹底的に調査を行い、感染が動物との接触から始まったのか、それとも武漢の研究所での事故の結果なのかを判断する」と述べていました。
さらに、5月3日には、CIA長官の経歴をもつマイク・ポンペオ国務長官が、武漢ウイルス研究所からの流出説には「たくさんの証拠がある」と語ったことにも留意すべきです。ポンペオ長官は後に国務省内に調査チームを立ち上げました。
しかしながらその後、主要メディアが武漢ウイルス研究所からの流出説をまともに取り上げることはありませんでした。理由はいくつか考えられます。パンデミック拡大の中で、取り上げるべき他のニュースがたくさんあったこと、一般市民はウイルスの起源よりもワクチンや治療薬の開発について知りたかったことなどです。しかし、最も重要な理由は、武漢の研究所からの流出説はトランプ大統領の対中国強硬姿勢をより鮮明にすることになり、同年11月の大統領選挙で、彼らが支持する民主党に不利に働くという判断だったでしょう。
つい最近まで、流出説は一般市民からほとんど忘れられた存在になっていました。しかし、科学の世界では、2020年夏ごろまでに、自然起源説では合理的な説明が難しい研究成果がいくつも得られていたのです。最近になって流出説が再浮上した理由の1つとして、流出説を支持するこうした科学的知見や武漢ウイルス研究所で行われていた研究の実態が改めて社会に露出するようになったことがあげられます。
そのような例としては、『ニューヨーク』誌2021年1月4日号に掲載された作家ニコルソン・ベイカーの記事、2月17日に『メディカルネット』のニュース欄に掲載されたリジ・トーマスの記事、『エンヴァイロメンタル・ケミストリー・レターズ』3月25日号に掲載されたインスブルック大学のロッサナ・セグレトらの論文、5月2日に『メディウム』のサイトで発表された元ニューヨーク・タイムズ科学記者ニコラス・ウェイドの記事、5月11日に『インディペンデント・サイエンス・ニュース』に掲載されたバイオサイエンス・リソース・プロジェクトのジョナサン・ラスマンらの投稿などがあります。
『サイエンス』誌5月14日号には、明確な結論がでなかった中国でのWHO(世界保健機関)の調査結果を受けて、ウイルス起源のさらなる調査を求める科学者からのレターが掲載されました。また最近では、元 CDC(疾病予防管理センター)所長のロバート・レッドフィールドがCNNのインタビューに答え、「私見ではあるが、パンデミックの原因は武漢研究所からのウイルス流出にあると思う」と述べています。
最近の主要メディアの論調に対応して、バイデン政権の方針も変わったように見えます。スタート時のバイデン政権はこの問題に対して消極的で、ポンペオの調査チームを解散させたほどです。その方針が変更された意図は必ずしも明らかになってはいませんが、対中国の新たな軸をつくるためかもしれません。
最近、アメリカ上院では経済、外交、人権などの面で中国と対決姿勢を強める「2021戦略的競争法案」が可決されました。また、中国に対抗し、AIやIT、生命科学など10分野の科学技術開発を促進させる「エンドレス・フロンティア法案」も上下院に提出されました。どちらも超党派で進められており、成立の可能性は高いとされています。こうした動きの中で、バイデン政権は対中国政策で国内をまとめるためのカードとして、流出説を使うつもりかもしれません。
バイデン大統領は90日間の期限付きで、流出説の信ぴょう性を調査するようインテリジェンス・コミュニティに命令を出しました。この調査結果が真相を明らかにするのか、それともこの問題の幕引きとして使われるのか、今後の成り行きに注目しておく必要があります。
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上はNASAの科学可視化スタジオが作成したその予想画像。
東京では、部分食の始まり18時44.6分、皆既食の始まり20時09.4分、食の最大20時18.7分、皆既食の終わり20時28.0分、部分食の終わり21時52.8分。月と地球の距離は約35万7000kmです。
]]>新店舗は浜松町の世界貿易センタービル南館5階です。
私も本日行ってきました。店内には宇宙グッズが充実し、展示コーナーやフリーWi-Fiのスペースもあります。
詳しくは以下。
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当時の内務省衛生局の編による『流行性感冒』は東洋文庫から出版されています。今回の現代語訳は、それを西村秀一氏が平易な現代文としたものです。新型コロナウイルスの流行にともない、私も1年前に東洋文庫版を読みましたが、やはり現代語訳の方がすんなり読めます。また、読み進むうちに、日本における新型コロナウイルス対策の経緯が頭に浮かび、考えさせられることが多々ありました。
日本におけるインフルエンザ・パンデミック、いわゆる「スペイン風邪」は1918年(大正7)から1921年(大正10)まで3波の流行があり、総計約2380万人の患者と約38万8000人の死者を出しました。『流行性感冒』には流行の経緯と、国および地方自治体でどのような対策がとられたかが、海外の情報も含めてまとめられています。刊行は流行が終息した直後の1922年(大正11)であるにもかかわらず、しっかりした統計や豊富な海外情報が掲載されており、当時の医務官僚の優秀さがしのばれます。
当時はウイルスの存在はまだ知られていませんでした。インフルエンザの病原体として数々の細菌が候補にあげられましたが、病原体の特定はできず、「もしかしたら陶製細菌濾過器を通過する目に見えないものかもしれない」という考えもあったことが紹介されています。「陶製細菌濾過器を通過する目に見えないもの」とは、すなわちウイルスのことです。
そのような病原体の正体も分からない状況で、当時、各国がとった対策は、マスクを着用して飛沫感染を防ぎ、多数が集まる場所の使用を制限して密を避ける、感染した場合は隔離と入院を行うということでした。
この原則は、100年後の現在の新型コロナウイルス対策でも変わりません。日本の場合、マスク着用と密の回避が対策の主眼となっており、隔離と入院が不十分なために感染の連鎖を食い止めることができていません。
今から考えると間違った対策もありましたが、未知の病原体がもたらすパンデミックに100年前の人々がどのように立ち向かったのかを知ることは、新型コロナウイルスとの今後の戦いの参考になると思います。
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政府は?飲食を通じた感染の防止、?変異ウイルスの監視体制の強化、?感染拡大の予兆をつかむための戦略的な検査、?安全・迅速なワクチン接種、?次の感染拡大に備えた医療体制の強化、を今後の対策としてあげています。
現在は、国も自治体も主に?についての取り組みを行い、飲食店関連での感染拡大を防ぐことに重点を置いています。もちろん、これは非常に重要です。しかし、最近の新規陽性者の年齢構成を見れば分かりますが、外での飲食機会の少ない中高齢者層でも感染が広がっています。また、東京都のデータによれば、新規陽性者のうち「接触歴等不明者」が毎日半数近くを占めています。つまり、飲食の場だけではなく、日常生活のさまざまな場面で感染が発生する「市中感染」が広がっているのです。
市中感染を食い止めるための唯一といってよい方法は、隔離の徹底です。この方法が感染拡大防止にいかに効果的であるかは、武漢で証明されました。武漢で行われたような徹底した隔離措置は、日本や欧米社会では実現できないでしょうが、彼らの経験から学ぶことは大事です。
現在、日本ではPCR検査で陽性が確認された場合、入院する必要のある人以外には、宿泊施設での経過観察と自宅療養が適用されています。しかし、この隔離措置のうち自宅療養は、同居家族がいる場合、家族間の感染につながり、そこからさらに感染が広がる危険性があります。
『ランセット』誌のオンライン版で2020年4月29日に発表されたロンドン大学衛生熱帯医学大学院のDickensらの寄稿では、専用の隔離施設で行う隔離措置と、家庭での隔離の効果を検討したシミュレーション結果が紹介されています。その結果が以下の図です。
この図で、黒い線は隔離措置をしない場合の新規感染者数の推移で、流行のカーブを示しています。青い線は在宅隔離を行った場合のカーブで、欧米で行われた事例がシミュレーションのデータとして使われました。赤い線は専用の施設で隔離を行った場合のカーブで、陽性判明者とその濃厚接触者を施設で隔離した武漢でのデータがシミュレーションに用いられました。
このシミュレーションでは、在宅隔離は流行のピークを8日間遅らせる効果があり、ピーク時の感染者数は約7100人減少しています。専用の施設で隔離を行った場合、流行のピークは18日間遅れ、ピーク時の新規感染者数は約1万8900人減少しました。
上の図は、同じシミュレーションでの流行全体の感染者数です。隔離措置をとらない場合に比べて、在宅隔離をした場合の総感染者数は約19万人減っています。専用の施設で隔離した場合の総感染者数は約54万6000人減っています。つまり、在宅隔離による20%の減少に比べて、隔離施設による隔離では約57%も減少しているのです。
以上のシミュレーション結果は、在宅隔離による感染拡大防止効果には限界があることを示しています。実際、同居する家族がいる場合に、家族間感染をおこさずに自宅療養を行うには細心の注意が必要です。最近の東京都のデータでは、「自宅療養」と「入院・療養等調整中」が毎日1000人程度計上されており、これが市中感染の一因になっていると考えられます。
新型コロナウイルスの感染拡大防止に隔離の強化が必要なもう1つの理由は、無症状でも他人を感染させるリスクがあることです。これもまた、市中感染の原因となっています。したがって、少なくとも陽性が判明した人とその濃厚接触者については、感染がそれ以上起こらないようなより強い措置を講じる必要があるのです。
新規陽性者の隔離とその濃厚接触者の経過観察措置を行う施設は、ウイルスとの戦いの最前線に位置する存在です。ここで感染の連鎖を断ち切ることによって、以後の戦いを有利に進めることができます。さらに、この施設は政府の対策?の入り口でもあり、医療崩壊を防ぐことにもつながります。
武漢方式の隔離は難しいにしても、日本社会に合ったより強い隔離の方法を考えるべきです。いずれにしても、ホテル等に頼ることのない専用の隔離施設を新設する必要があります。日本のプレハブ技術は非常に進んでいますので、快適な環境の施設を短期間に建設することができるでしょう。東京都のデータを見れば、東京都では最低で1000室の隔離施設が必要とされています。
新型コロナウイルスは近い将来、世界から消えることはないでしょう。このウイルスと共存し、常にある程度の感染者は発生するものの、社会を混乱させない程度の流行に抑えていくことが求められます。そのためには、こうした専用の隔離施設が必要です。ほとんど使用しない時期があるとしても、事態に即応できる施設として、ウイズコロナの時代に必要な社会コストと考える必要があります。
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2つの白い点のうち、上がパラシュート、下がパーシヴィアランスです。画像左には、探査のターゲットとなっているジェゼロ・クレーターの扇状地が見えていますので、パーシヴィアランスは着陸目標地域に着陸したものとみられます。
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岩手県花巻市で賢治ゆかりの場所をめぐり、奥州市では国立天文台水沢VLBI観測所を訪問。「天気輪の柱」のモデルとなった天頂儀を見学、さらに本間希樹先生からブラックホールについてのレクチャーをいただきます。
詳細はここ。
新型コロナウイルス感染防止については、旅行会社に万全の対策をお願いしています。
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大英自然史博物館について調べているうちに、ふと出会ったのが、ケヴィン・アダムスさんのニューアルバム” Mary Anning of Lyme”でした。メアリー・アニングは19世紀の化石ハンターで、魚竜のイクチオサウルスや首長竜のプレシオサウルスの全身骨格の発見者として知られています。
https://kevadams.bandcamp.com/album/mary-anning-of-lyme
1799年、ドーセット州ライム・リージスに生まれたメアリー・アニングは11歳の時に家具職人だった父親を亡くし、一家は貧しい状態に陥ります。メアリーはジュラ紀の地層が露出した海岸で化石を探しては、これをコレクターに売ることで生計を立てました。化石の採集法について父親に教えてもらったことが役に立ちました。
当時はイギリスで古生物学が誕生する時代で、リチャード・オーウェンが恐竜という言葉をつくったのもこの頃です。アニングが発見した化石標本は、現在は絶滅してしまった生物がかつて地球上に生きていたという、今では当たり前の考え方が社会に浸透していう上で、大きな役割を果たしました。
このアルバムはどういう経緯でできたのか? ケヴィンさんとはどういうミュージシャンなのか? ケヴィンさんにメールを送ったところ、すぐに返信がきました。ケヴィンさんはイギリスのフォーク・ミュージシャンで、以前はライブ演奏などをしてきましたが、多発性硬化症という難病を発症し、現在は自宅のスタジオで音楽を書いたり、録音をしたりしているそうです。
2018年に” A Crossword War”というアルバムを発表した後、メアリー・アニングのプロジェクトを提案したのが友人のコリン・ホワイト氏でした。ホワイト氏は科学者であり、ライム・リージスからそれほど遠くないエクスターに住んでいました。ケヴィンさんはそれまでメアリーについて少ししか知らなかったそうですが、彼女について知れば知るほど魅了されていきました。メアリーは読み書きができる以上の正式な教育を受けていませんでしたが、自ら学んで熟練した古生物学者としての知識を得ました。女性の役割が出産や家庭を守ることでしかなかった時代に、科学の世界で大きな貢献を果たしたのです。ケヴィンさんはさらに古生物学や化石そのものにも興味をもつようになったそうです。
このアルバムでは、メアリーと父のリチャードが言葉を交わしながら、曲が進み、プレシオサウルスを発見する” The Plesiosaur”へと物語が展開していきます。それは同時に、ケヴィンさん自身が時空を超えてライム・リージスへと思いをはせていくプロセスでもあります。そして太古の生物が化石となり、長い時間の果てにメアリーに発見されるという、壮大な地球の営みを主題にした” Earth, Air, Fire, Water”で終わるという構成になっています。アルバムのジャケットのライム・リージスの写真を眺めながら、聴き入ってしまいました。
新型コロナウイルスによるロックダウンの下でも、多くのアーティストが素晴らしい仕事をしたことと思います。このアルバムもその1つといえるでしょう。ケヴィンさんの制作スタイルからして、ロックダウンは大きな障害にはならなかったそうです。メアリーの声はケヴィンさんの妻のルースさん、リチャードの声はケヴィンさん自身です。フルートと笛とリコーダーは友人のシーナ・マッソンさんが自宅で演奏し、電子ファイルで送ってくれました。「ですからアルバム全体はとてもホームメイドです」とケヴィンさんは語っています。
なお、メアリー・アニングを主人公にしたケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナン主演の映画『Ammonite』が最近話題になっていますが、ケヴィンさんのアルバムはこれとはまったく関係がないそうです。
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NASAの火星ローバー、マーズ2020(パーセヴィアランス)が、ケープカナヴェラル空軍基地41射点からアトラスVロケットによって打ち上げられました。
打ち上げは予定通り、2020年7月30日午前7時50分(アメリカ東部夏時間)に行われました。
打ち上げ2分後に4本の固体ロケットブースター分離。4分21秒後に第1段のRD-180エンジンが燃焼終了し、第1段切り離し。4分50秒後にセントール上段ロケット点火。11分27秒後に上段のRL10エンジン停止。セントール上段は地球を約半周した後、打ち上げ45分後にエンジンに再点火し、約8分燃焼後にエンジン停止。マーズ2020を搭載したセントール上段は火星に向かう軌道に入りました。マーズ2020はセントール上段からから切り離され、約半年の火星への旅に出発しました。
マーズ2020の火星到着は2021年2月18日の予定です。降下地点はジェゼロ・クレーター、ミッション期間は1火星年(687日)の予定です。
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「不要不急の外出を控える」よう都民に要請する前に、東京都にはなすべき課題がたくさんあります。
最大の問題は、PCR検査で陽性者を発見しても、宿泊施設や病院に収容できていないことです。7月23日現在の東京都の「検査陽性者の状況」を見ると、入院している人は964人だけです。一方、自宅療養が392人、入院・療養等調整中が717人となっています。つまり、入院している人より多い1000人以上の陽性者がコントロール下に置かれていないのです。これは底の抜けたバケツのような状態で、いくら陽性者を見つけても、二次感染・三次感染が起こってしまいます。
以上の数字は、東京都および各保健所のキャパシティの限界を示しているのではないでしょうか。早急にこの問題に手を入れないと、感染はさらに拡大するおそれがあります。
東京都のような大都市であれば、少なくとも1日10万件程度のPCR検査能力が必要です。これでも、全都民のPCR検査を行うには4か月かかってしまいます。現在は1日1万件にも達していない状況ですから、まだまだ十分といわざるをえません。
医療体制も心配です。東京都は2800病床を要請し、すでに2400病床を確保しているとのことですが、入院者数が964人ということは、保健所のキャパシティのほか、病院側でも受け入れ態勢が整っていないことを意味しているのでしょう。すでに医療体制はひっ迫に近い状態になっていると推測されます。
医療体制で一番問題なのは、東京都がコロナ用の病床を要請すればするほど、それ以外の病気の患者へのサービスが低下するということです。冬になってインフルエンザが大流行し、肺炎患者が急増する事態も考慮しておかなければなりません。さらに院内感染も心配です。本来、コロナ用の病床は一般医療を圧迫しないよう新規に整備し、維持すべきものです。これはwithコロナの時代で最も大事なことです。無症状・軽症者を対象にした宿泊施設も同様です。この考えが東京都にはまったくないようです。
感染症対策の基本は検査と隔離です。東京都が以上の対策を実施し、感染者を大量検査で早期に発見し、たとえ陽性者が発生したとしても、感染の連鎖を即座にストップできる体制をつくらない限り、東京オリンピックの開催は無理でしょう。
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新型コロナウイルスのエアロゾル(微粒子)による空気感染に関しては、ここに書きました。今回のクラスターについての報道を見ると、公演が始まる時点で出演者とスタッフはすでに感染していた可能性があります。打ち合わせやリハーサルで、感染が広がったのではないでしょうか。今後、こうしたイベントの場合、出演者やスタッフは公演が始まる前にPCR検査を受けるべきと思います。
劇場は小規模である上、休憩時に換気はしたものの、2時間の上演中は密閉したままだったようです。したがって、かなりの密状態が最低2時間続いたことになります。
こうした環境下で、感染した観客は飛沫感染のほか、公演中の劇場内に浮遊していたエアロゾルを吸うことによって感染した可能性があります。エアロゾルは密閉された環境中に数時間存在することがわかっています。
今後この種のイベントでは、飛沫および接触感染だけでなく、エアロゾル感染も防止する対策を十分にとる必要があります。
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新型コロナウイルスの感染は主に飛沫感染と接触感染によって起こりますが、密閉された環境下では、ウイルスが付着したエアロゾル(空気中を浮遊する微粒子)による空気感染も起こると考えられます。最近の感染例では感染経路不明のケースが増加しています。市中感染が進む中、職場や飲食、会合の場など、閉ざされた空間で自分でも気が付かないうちに感染するケースが増えていると思われます。
日本ではすでに、こうしたエアロゾルによる感染を想定して、オフィスや飲食店などでの換気を積極的に行うなどの対策が取られています。ところが、世界を見ると、WHOはいまだにエアロゾルによる感染を認めていません。そのため、エアロゾル感染防止策を奨励していないという事態になっているのです。
そこで、7月6日、世界の239名の科学者がWHOに書簡を送り、エアロゾルによる感染を認め、その対策を奨励するよう求めました。この書簡は公開されています
新型コロナウイルスのエアロゾルによる感染の可能性については、以前から論文が発表されています。いくつか例をあげると以下の通りです。
4月16日の『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に載った「新型コロナウイルスを含むエアロゾルが環境中に長く残存する」という論文はここで紹介しました。
medRxivに4月22日に投稿された中国の研究者の論文では、中国のレストランでの感染事例が分析され、換気不良による新型コロナウイルスのエアロゾル伝播は、地域社会への感染の広がりを説明している可能性があるとしています。
4月27日の『ネイチャー』に載った中国の研究者の論文では、武漢の病院でのエアロゾル検出結果から、新型コロナウイルスがエアロゾルを介して感染する可能性があると述べられています。
4月28日の『ネイチャー』には、新型コロナウイルスのRNAがエアロゾルから検出されたという論文が載っています。
5月27日の『エンヴァイロメント・インターナショナル』に掲載された論文では、「病院、店舗、オフィス、学校、幼稚園、図書館、レストラン、クルーズ船、エレベーター、会議室、公共交通機関などの公共施設」でエアロゾルを減少させる対策が、感染の可能性を減らすと述べられています。
アメリカ、ワシントン州では、スカジット・ヴァレー合唱団が3月10日に行ったリハーサルで集団感染が発生しました。52人が感染、うち2人が死亡しました。medRxivに6月15日に投稿された論文では、この集団感染を分析し、エアロゾルが感染に大きな役割を果たした可能性が高いとしています。
SARSウイルスではエアロゾル感染が発生しました。SARSウイルスとほとんど同じウイルスである新型コロナウイルスでもエアロゾル感染がおこると考えるのは、しごく当たり前のことです。3月13日にmedRxivに投稿された論文では、新型コロナウイルスとSARSウイルスについて、ウイルスを含んだエアロゾルの安定性が比較されています。両者の安定性はほぼ同じという実験結果が得られました。ウイルスは数日間感染性を維持できると述べられています。
「私たちは医学界および関連する国内・国際機関に対して、新型コロナウイルスの空気感染の可能性を認識するよう訴える」という文章ではじまる239名のWHOへの書簡では、これまでの研究事例を多数あげながら、新型コロナウイルスがエアロゾルによって感染する可能性があることを示しています。そして、「医療現場で行われるエアロゾル産生処置を除いて、空気伝播を認めていない」WHOに対して、以下の対策を早急に奨励するように求めています。
・公共の建物、オフィス、学校、病院、老人ホームなどで、十分かつ効果的な換気を行う。
・局所排気、高効率フィルター、紫外線などでのウイルス除去で換気を補う。
・公共交通機関や公共の建物での過密を避ける。
ところが、これに対するWHOの反応はきわめてネガティブなものでした。7月7日に行われたメディア・ブリーフィングにおいて、この書簡に対する質問が出ましたが、WHOのベネデッタ・アルグランジは「私たちは、新型コロナウイルスとパンデミックに関する他のすべての分野と同様に、空気感染についても新たなエビデンスがあることを承知しています。したがって、私たちはこのエビデンスにオープンでなければならず、感染経路についての理解を深め、取るべき予防策について考えなければいけないと思っています」と、そっけなく答えただけでした。
そして7月9日にWHOは、新型コロナウイルスの感染経路とその予防策に関する文書を発表しました。これは事実上、239名の科学者の書簡に対する反論でした。
この文書の中で、新型コロナウイルスの主要な感染経路は飛沫と接触であるとされています。エアロゾルによる感染は、医療現場でエアロゾルを産生する処置を行う際に起こると考えられ、医療従事者に防護措置を推奨しています。一方、医療施設外の、閉鎖され換気のよくない環境でのエアロゾル感染については、可能性があるとはされているものの、今の時点では「仮説」であり、こうした環境下でエアロゾル感染がおこることは実証されていないと述べています。そのため、一般向けの感染防止策の中で、エアロゾル対策はまったく触れられていませんでした。
7月10日のメディア・ブリーフィングでは、日本人記者がこの点について質問すると、WHOのマリア・ヴァン・ケルコーフは「ナイトクラブやフィットネスセンターなど換気が乏しい環境での空気感染の可能性は排除しません」と答え、WHOがこの問題を重視していないことを明らかにしました。
やはり、今のWHOはどこかおかしいと考えざるを得ません。WHOは研究機関ではありません。世界の公衆衛生をまとめる立場であるからには、エアロゾル感染の可能性があるなら、それが科学的に立証されていないにしても、世界に警告を発する必要があるはずです。
WHOは新型コロナウイルスのヒト-ヒト感染を当初認めませんでした。危険なウイルスが登場したにもかかわらず、中国への渡航制限を推奨しませんでした。マスク使用も当初は奨励していませんでした。残念ながら、WHOのこうした対応が新型コロナウイルス蔓延の一因になっています。
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その原因が「夜の街」に転嫁されていますが、実際は夜の街以外での市中感染が起こり、家庭や会合・食事、職場など日常生活の場面での感染が拡大しています。さらに夜の街で感染した人が市中感染を加速させている可能性もあります。
以下のような意見がありますが、慎重な考えが必要です。
3月と状況が違っている→市中感染が進行し、クラスターを把握することが難しくなっている今回の方が、感染爆発の起こる可能性は高いかもしれない。
陽性者が増えたのはPCR検査が増えたため→PCR検査数は劇的には増えていない。今後検査数が増えれば、陽性者はさらに増加する可能性がある。
医療体制は十分→東京都の陽性者で「入院・療養等調整中」が203人もいる事実は、陽性者の受け入れ体制が現在でも十分とはいえないことを示している。陽性者および濃厚接触者が増えていけば、医療崩壊のおそれがでてくる。
病床は十分足りている→感染爆発が起これば病床はすぐに不足し、他の病気の患者に対する医療サービスが圧迫される。冬に季節性インフルエンザが流行すれば、さらに肺炎患者が発生し、病床数はひっ迫する。コロナ専門病棟の増設・新設が必要。
緊急事態宣言の発出は現実的ではありません。Withコロナの時代に生きるというのは、ロックダウンや緊急事態宣言なしに感染をコントロールしていくことを意味しています。検査と隔離を徹底すれば、感染をコントロールすることは可能です。
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99.99%の人が感染防止を心掛けても、0.01%の自覚の足りない人によって、感染は広がっていきます。「Withコロナの時代」を生きるとは、こうした事態と隣り合わせで生きていくということです。
現在、国や東京都は、ロックダウンをすることはできず、業界に休業要請をするわけにもいかず、結局無策のまま、感染拡大の終息を国民の自覚と医療従事者の献身的な努力に頼らざると得ないという状況になっています。
しかしながら、国や自治体が今やらなくてはならないことがいくつかあります。
まず、感染者の隔離の徹底です。PCR検査で陽性になった場合、症状が出ている人は入院、症状の出ていない人は宿泊施設で経過観察が必要です。後者について、今でも保健所が自宅待機を指示している例もあるようですが、例外なく隔離する必要があります。陽性者の自宅待機は家庭内感染や、無自覚な外出による新たな感染を生む危険があります。
さらに、感染者の濃厚接触者も一定期間の隔離が必要です。新たに感染が確認された人の中には、濃厚接触者が必ず含まれています。濃厚接触者は潜在的陽性者と考えることが大事です。
クラスターが発生した店や施設は閉鎖しなければなりません。店や施設の関係者は感染していなくても全員濃厚接触者ですから隔離が必要で、事実上営業はできなくなります。感染防止対策が十分に行われていることが確認されれば、営業再開できるようにします。こうした措置は現在の法律ではできないという人がいますが、自治体で条例をつくれば、いくらでも実現できるでしょう。食中毒を起こした飲食店に対しては同じような措置がとられています。
医療機関の負担を増やさないようにするためには、コロナ専門病院、あるいはコロナ専門病棟の新設が必要です。これによって、院内感染のリスクを低減させることもできます。コロナ専門病棟の新設は一部で行われているようですが、将来の第二波、第三波にそなえ、さらに十分な数を確保しなければなりません。東京都は流行の程度に応じて医療機関に病床確保を要請していますが、コロナ患者で病床がうまれば、その分、コロナ以外の患者に対する医療サービスが低下します。コロナ専門病院・病棟は、患者がいない場合には空いた状態で維持し、患者急増に備える必要があります。
もちろん、これらの前提として、PCR検査の充実が必要で、今後は感染リスクの高い集団に対する集中的な検査を行い、感染者を早期に発見する必要があります。
以上のような方策は、感染症対策の基本なのですが、なぜか日本では実現していないのです。
このままでは間違いなく感染爆発が起こります。本日の会見での、小池都知事の「感染が拡大しつつあると思われる段階」、医療提供体制について「体制強化の準備が必要」との説明は、あまりに楽観的といえるでしょう。
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クルー・ドラゴンの到着前、ISSに滞在していたのは第63次長期滞在クルーはNASAのクリス・キャシディ宇宙飛行士、ロシアのアナトーリ・イヴァニシン宇宙飛行士とヴァン・ヴァグナー宇宙飛行士の3人でした。そのため、NASAはISSのバッテリーを交換する船外作業をしばらくできない状況でした。当初、デモ2ミッションの期間は2週間程度と計画されていましたが、こうした事情もあり、ハーリー、ベンケン両宇宙飛行士のISS滞在期間は延長されました。NASAは6月26日と7月1日にバッテリー交換作業を予定しており、キャシディ宇宙飛行士とベンケン宇宙飛行士が船外活動を行う予定です。
クルー・ドラゴンの初のクルー輸送ミッション、「クルー1」は8月30日の打ち上げを予定しています。クルー1に搭乗するのはNASAのマイケル・ホプキンス宇宙飛行士、シャノン・ウォーカー宇宙飛行士、ヴィクター・グローヴァー宇宙飛行士、そして日本の野口聡一宇宙飛行士です。クルー・ドラゴンはそのため、7月末頃には地球に帰還する必要があります。
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5月30日午後3時22分(アメリカ東部夏時間、日本時間31日午前4時22分)の予定です。
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いよいよ、アメリカの宇宙飛行士がアメリカの宇宙船に搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)に向かうことになります。
スペースX社のクルー・ドラゴンの有人試験飛行Demo-2は、5月27日午後4時33分(アメリカ東部夏時間、日本時間28日午前5時33分)に打ち上げが予定されています。
打ち上げはケネディ宇宙センターの39A射点からファルコン9ロケットによって行われます。
クルーはダグ・ハーリー宇宙飛行士(右)とロバート・ベンケン宇宙飛行士(左)です。ハーリー宇宙飛行士は2回の宇宙飛行の経験がり、スペースシャトル最後のフライトSTS-135でパイロットをつとめました。ベンケン宇宙飛行士も2回の宇宙飛行の経験があります。
打ち上げ45分前以降のシークエンスは以下の通りです。この時点で、クルーはすでにドラゴン宇宙船に搭乗しています。
−45分00秒:推進剤注入開始指示
−42分00秒:クルー・アクセス・アーム後退
−37分00秒:ドラゴン宇宙船の緊急脱出システム作動
−35分00秒:ケロシン注入開始
−35分00秒:第1段液体酸素注入開始
−16分00秒:第2段液体酸素注入開始
−07分00秒:エンジン冷却開始
−05分00秒:ドラゴン宇宙船は内部電源に切り替え
−01分00秒:打ち上げ前最終チェック
−01分00秒:推進剤タンク加圧開始
−00分45秒:Go for Launch
−00分03秒:エンジン点火シークエンスがスタート
−00分00秒:リフトオフ
リフトオフ後は以下のようになります。
00分58秒:マックスQ
02分33秒:第1段エンジン・カットオフ(MECO)
02分36秒:第1段切り離し
02分44秒:第2段エンジン、スタート
07分15秒:第1段、エントリーのための燃焼開始
08分47秒:第2エンジン・カットオフ(SECO-1)
08分52秒:第1段、着陸のための燃焼開始
09分22秒:第1段着陸
12分00秒:第2段切り離し
12分46秒:ドラゴン宇宙船のノーズコーン・オープン
その後ドラゴン宇宙船は軌道変更を行い、約1日後にISSに接近し、ハーモニー・モジュールにドッキングします。
Demo-2クルーは第63次長期滞在クルーと合流しますが、ISSでの滞在期間はまだ決定されていません。
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NASAはアルテミス計画に用いる月着陸システム(HLS)を開発するために、3つの企業を選びました。各社が開発する月着陸システムのどれか1つによって、NASAは2024年に「最初の女性と次の男性」を月面に送ることを目指します。
選ばれたのは、以下の3社です。
ブルー・オリジン(ナショナル・チーム)
3つのエレメントからなるインテグレイテッド・ランダー・ビークル(ILV)を開発しています。打ち上げには同社のニューグレン・ロケットおよびULAのヴァルカン・ロケットを用います。ブルー・オリジンをプライムとするナショナル・チームにはロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマン、ドレイパーが参加しています。
ダイネティクス
ダイナティクス・ヒューマン・ランディング・システム(DHLS)を開発しています。昇降機能が一緒になったシステムで、打ち上げにはヴァルカン・ロケットを用います。
スペースX
スペースX社は巨大ロケットと着陸船が統合されたスターシップを開発しています。
NASAは以上の3社と2021年2月までの契約を結び、月着陸システムの概念を改良します。NASAはその後、評価を行い、次の実証ミッションに進む企業を選びます。デモンストレーション終了後、NASAはその企業の月着陸システムを月面への商業宇宙輸送サービスとして調達することになります。
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ウイルスのゲノムは感染をくり返しながら、少しずつ変異していきます。したがって、ウイルス感染者のゲノムを解読し、他の感染者のゲノムとどのくらい近縁かを調べることによって、ウイルスの系統樹をつくったり、どのような経路で感染したかを明らかにすることができます。
現在、GISAIDとよばれるデータベースには世界各地の新型コロナウイルス患者4511人のゲノム配列が登録されています。国立感染症研究所ではこのデータに、国内患者562人のゲノム配列を加えて分析し、ウイルスの親子関係のネットワーク図をつくりました。
これによると、武漢でのウイルス発生後、早い時期に日本にもたらされたウイルス、およびダイヤモンド・プリンセンス号の患者のウイルスは現在では消失しており、日本は第1波を抑え込んだことが分かりました。しかし、3月にヨーロッパからの帰国者(旅行者、在留邦人)経由で新たにウイルスがもたらされました。現在、このヨーロッパ株のウイルスが日本で流行しています。「初期の中国経由(第1波)の封じ込めに成功した一方、欧米経由(第2波)の輸入症例が国内に拡散した」と、調査報告では述べられています。
上のネットワーク図で、赤色が日本、空色がヨーロッパ、黄緑色がアメリカで流行しているウイルスです。武漢の近くにある赤色のクラスターは初期の感染によるものです。中国のウイルスは波状的にヨーロッパにもたらされたことが、この図から分かります。そのクラスターの1つからウイルスはアメリカ東海岸にもたらされました。アメリカ西海岸には太平洋を横断して中国から別系統のウイルスがもたらされました。現在日本で主に流行しているウイルスは左上に位置し、ヨーロッパに発生したクラスターの1つからもたらされたことが分かります。
GISAIDのデータを用いた同じようなネットワーク分析はNextstrainというウェブサイトでも行われています。
このネットワーク図では、ウイルスがヨーロッパおよび太平洋を渡ってアメリカにもたらされたことは分かりますが、日本人患者のゲノム配列データが初期のものであるため、ヨーロッパ株が日本に進入したことは分かりませんでした。
ドイツのPeter Forsterらのグループも同じような研究をPNAS(米国科学アカデミー紀要)に発表しています。この論文でForsterらは、新型コロナウイルスはA、B、Cの3つのグループに分けられるとしています。
A型はコウモリのウイルスに近い祖先型で、そこから東アジアに多いB型が派生しました。また、A型とC型はヨーロッパとアメリカにかなりの割合でみられるとのことです。このことは、今回の国立感染症研究所の結果と同様、ウイルスはヨーロッパに初期の段階から何度にもわたってヨーロッパにもたらされ、アメリカにはヨーロッパ経由と太平洋経由の2つのルートでもたらされたことを示しています。
このように、ゲノム情報を「配列指紋」として疫学調査に利用することは、ウイルス感染を追跡し、さらなる感染拡大を防止する上で非常に有益です。
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WHOは国ごとの感染者数と死者数をシチュエーション・レポートとして毎日発表しています。このレポートには、今回の流行に関するリスク評価も記載されています。それによると、PHEICが宣言された時点で、中国は「非常に高い」となっており、リージョナル(周辺地域)では「高い」、グローバル(全世界)も「高い」となっていました。感染拡大はまだ武漢市が中心であり、中国国外での感染はまだ非常に少ない状況を反映した評価です。しかし、感染は中国国外に広がっていきます。2月16日のデータを見ると、世界の感染者数は5万1857人、うち中国は5万1174人。流行の中心は相変わらず中国ですが、中国国外での感染は25か国に広がり、683人の感染者が出ていました。感染の広がりはパンデミック(世界的流行)の様相を呈してきたのです。
20世紀以降、パンデミックとされる世界的流行が4回起こっています。いずれもインフルエンザ・ウイルスによってひき起こされました。1918年〜1919年のスペイン風邪はその中でも最も規模の大きなパンデミックで、全世界で5000万人以上が死亡したといわれています。その後、1957年〜1958年のアジア風邪、1968年の香港風邪、そして2009年〜2010年の新型インフルエンザによるパンデミックがありました。
パンデミックは多数の感染者や患者が発生する世界的流行を意味するものの、パンデミックと認定するためのはっきりした条件があるわけではありません。WHOではインフルエンザの流行が起こった場合、感染の広がりを6つのフェーズに分け、世界的な流行に至ったフェーズ6をパンデミックとしてきました。しかし、2009年の新型インフルエンザの際、パンデミックの期間の区分けについて議論がありました。そこでWHOはこの定義を2017年に改訂し、現在では流行をパンデミック間フェーズ(パンデミックがない期間)、警告フェーズ(新しい流行が確認され、地域、国、世界レベルでの警戒が必要な段階)、パンデミック・フェーズ(流行が世界的規模で広がった段階)、移行フェーズ(流行が終息に向かう段階)に分けています。
WHOにおける新たなパンデミック・フェーズは、その前後の警告フェーズと移行フェーズとオーバーラップしており、各フェーズの間にはっきりした区切りを設けていません。したがって、パンデミックの認定は、WHOがどのようなリスク評価をするかにかかっているという点は変わっていません。
仮にパンデミックが宣言されても、それによって何かが変わるわけでもありません。むしろパンデミック宣言の発出は、感染拡大が全世界に脅威をおよぼす深刻な段階まで来たことを示す象徴的な意味をもつことになります。それだけに、中国はパンデミックと関連づけて語られることを好みませんでした。
今回の流行をいつWHOがパンデミックと認定するのかは、世界中のメディアが注目するところとなりました。2月17日の記者会見で、日本の記者から質問がでました。「WHOはインフルエンザが大規模に流行した段階をパンデミック・フェーズとしています。もしも新型コロナウイルスについて、WHOのグローバルのリスク評価が「高い」から「非常に高い」に変わったら、私たちジャーナリストはそれをパンデミックとよぶことができますか?」。これに対し、ライアンは以下のように答えました。
「私はパンデミックという言葉の使用には非常に注意する必要があると思います。新型インフルエンザの時には、パンデミックの時期とそうではなかった時期について多くの論争がありました。注意が必要だと思います。問題は、中国国外で効率的な感染が起こっているかどうかです。現在のところそれは観察されていません。したがって今、WHOはそのような議論をする立場にはありません。私たちは今、世の中に恐怖を引き起こさないよう非常に注意深くなくてはいけません。あなたが使った言葉を使うことに、非常に注意を払う必要があると思います」
WHOの感染性ハザードマネジメント部長のシルヴィー・ブライアンドも、「言葉の難しさはその解釈が変化することであり、一般の人々にとって非常にしばしば、パンデミックは最悪のシナリオを意味します。ですから、その出来事を最悪のシナリオとみなす前に、私たちにはもっと多くのエビデンスともっと多くのデータが必要であると思います」と答えました。
2月21日の記者会見では、APの記者から「私たちはパンデミックに近づいていますか?」という質問がでました。これに対してブライアンドは次のように答えています。
「どこを見るかによって、このアウトブレイクの異なるフェーズが見えてきます。たとえば武漢市には特殊な状況があります。また、中国のさまざまな省での状況があり、中国の外での感染者数はまだ非常に限られています。状況は進化していることがわかります。感染者がただ増加しているのではなく、さまざまな場所でさまざまな感染パターンが見られるのです。これこそが私たちが可能な限り多くの情報を得ようとしている理由なのです」「テドロス博士が言ったように、いくつかの場所で大きなクラスターが見られたとしても、私たちにはまだこの感染を抑えこむ可能性があります。したがって、状況が完全に変わったと言えるまで、状況を注意深く監視し続ける必要があります」
2月24日には、テドロス事務総長がこの問題に答えています。
「パンデミックという言葉を使用して流行を説明するかどうかに関する私たちの決定は、ウイルスの地理的な広がり、ウイルスが引き起こす疾患の重症度、およびそれが社会全体に及ぼす影響の評価に基づきます。今のところ、このウイルスの世界的な広がりは制御不能になってはおらず、より大規模な重症患者や死者の発生はありません。このウイルスはパンデミックになる可能性があるかと問われれば、あります。もうなっているのかと問われれば、私たちの評価では、まだです」「私は恐怖ではなく事実は必要だと一貫して話してきました。パンデミックという言葉を使うと事実には合わなくなります。そして恐怖を引き起こす可能性があります。今は、私たちが使用する言葉に集中する時ではありません」
ライアンも以下のように追加しました。
「インフルエンザのパンデミックは以前に発生したことがあります。ですから、インフルエンザではパンデミックが起こるかどうかを言うことは容易です。しかし新型コロナウイルスでは、感染のダイナミクスがまだわかっていないのです」「事務局長が何度も何度も言ったように、今は潜在的なパンデミックに備える準備段階にあります」
2月28日、WHOのシチュエーション・レポートによれば、全世界の感染者数は8万3652人。そのうち中国が7万8961人、中国以外では51か国で4691人の感染者が発生していました。中国での新規感染者数は減少しつつありましたが、2日前から、中国国外の新規感染者数が中国の新規感染者数を上まわるようになっていました。この日、WHOはグローバルのリスク評価を「高い」から「非常に高い」に引き上げました。
記者会見では、フォーブス誌の記者から、「われわれはパンデミックにどれだけ近づいていますか」という質問が出ました。ライアンは以下のように答えています。
「パンデミックとは、地球上のすべての人々がある期間内にウイルスに感染する可能性が高い状況のことです。これがインフルエンザであったならば、私たちはおそらくこれをパンデミックとよんだでしょう。しかし、このウイルスの流行は、封じ込め対策や強力な公衆衛生対応により、その経路が大幅に変更される可能性があるのです。パンデミックを宣言することは、感染を封じ込めようとしているときに役には立ちません」「パンデミックは世界的なレベルでの出来事を説明するために魅力的な言葉ですが、もしもあなたが医療システムの脆弱な国に住んでいる20億人の中の1人だろしたら、必ずしもそうではありません。それはあなたがウイルスを封じ込めて感染を減速させる可能性をあきらめているということを意味するのです」「コロナウイルスのパンデミックが発生していると言ってしまえば、地球上のすべての人々がそのウイルスにさらされることを受け入れたことになります。しかし、データはまだそれを支持していません」
このように、パンデミックの宣言に関して、WHOは一貫して慎重な姿勢をみせていました。しかし、3月に入ると、流れが変わってきます。
1月23日に閉鎖された武漢市では、その後強力な対策がとられ、その効果が2月後半には現れてきました。3月上旬になると、対策を指揮してきた専門家の間では、武漢市での新規感染者の発生は3月末までにゼロになるという見通しが語られるようになりました(実際には3月18日にゼロとなった)。
WHOのシチュエーション・レポートによると、3月に入ると、中国以外の国々での毎日の新規感染者数は1000人台から4000人台へと急増しているに対して、中国での新規感染者数は減少を続け、3月8日には46人と2桁台となりました。この趨勢は9日の45人、10日の20人、11日の20人と続いていきます。中国での流行が終息に向かっていることを示す数字です。
こうした中、これまでパンデミックを宣言することにきわめて慎重だったテドロス事務局長は3月9日、「ウイルスが非常に多くの国で足場をもつようになった今、パンデミックの脅威は非常に現実的になってきた」と述べました。
3月10日には習近平国家主席が湖北省と武漢市を視察し、「新型のウイルスを基本的に抑え込んだ」と宣言しました。
翌3月11日、WHOはパンデミックを宣言しました。テドロス事務局長は記者会見で以下のように述べました。
「過去2週間で、中国以外での新型コロナウイルスの感染者数は13倍に増加し、感染が発生した国の数は3倍になりました。現在、114か国で11万8000人を超える感染者がおり、4291人が命を落としました。今後数日から数週間で、感染者数、死亡者数、感染が発生した国の数はさらに増えると予想されます」「したがって私たちは、新型コロナウイルスはパンデミックとして特徴付けられるという評価を行いました」
また、3月13日の記者会見で、テドロス事務局長は以下のように述べました。
「13万2000人以上の感染者が123の国と地域からWHOに報告されています。5000人が命を落としました。悲劇的なマイルストーンです。現在、ヨーロッパはパンデミックの中心地となっており、中国を除く世界の他の国々全部よりも多くの感染者と死亡者が報告されています。中国での流行の最盛期に報告されたよりも多くの感染者が、毎日報告されています。繰り返します。現在、中国での流行の最盛期に報告されているよりも多くの感染者が毎日報告されているのです」
テドロス事務局長のこの発言では、世界は2つに分けられています。ウイルスの感染源でありながら、感染がほとんどなくなった中国、そしてウイルスが猛威を振るうそれ以外の国々です。WHOはきわめて巧妙に、中国をパンデミックの発生源というネガティブイメージから切り離すことに成功したのです。
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1月20日、中国は一転して、ヒト-ヒト間の感染を認めることになります。武漢市の感染拡大は深刻化していました。中国共産党もようやくこの事態に危機感を抱くようになり、1月23日の武漢市封鎖につながっていきます。
1月22日、WHOで緊急委員会が招集されました。新型ウイルスの感染拡大が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)に当たるかどうかを検討するためです。PHEICとは、WHOが定める国際保健規則(IHR)において、疾病の国際的拡大により、他国に公衆衛生上の危険をもたらすと認められる事態、および緊急に国際的対策の調整が必要な事態のことを指します。これまで、2009年の新型インフルエンザ、2014年の野生型ポリオウイルス、2014年のエボラ出血熱、2016年のジカ熱、2019年のエボラ出血熱でPHEICが宣言されています。
この時、中国国内の感染者は合計309人。武漢市の270人の他に湖北省各地、北京、上海など中国各地で感染者がではじめていました。また、タイで2人、日本で1人、韓国で1人の感染者が発生していました。感染が武漢市から中国各地へ、そして海外へと広がりはじめていたのです。WHOが患者発生を最初に報告してから3週間。SARSに近縁なウイルスの出現、ヒト-ヒト間での感染確認、武漢市での感染拡大、武漢市以外への感染の広がりという状況からすれば、WHOは迅速に動き、世界に警鐘を鳴らすべき時期にきていました。
しかし、中国からの報告で始まった会議は紛糾しました。PHEICを宣言すべきという意見に対して、中国は「ヒトからヒトへの感染が発生しているが、どのくらい効率よく感染するかは明らかではない。感染力はそれほど強くないかもしれない。データが不足しており、PHEICを宣言するのは時期尚早」と強硬に主張しました。面子にこだわる中国は、中国発のウイルスでPHEICを出したくないと考えていたのです。委員会参加者の半分は中国に同調。この日の会議で結論は出ず、翌日、改めて会議がもたれることになりました。
会議の後の記者会見で、テドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長は次のように述べています。
「私は中国代表者のプレゼンテーションの詳細さと深さに非常に感銘を受けました。また、私がここ数日直接話し合った中国の保健大臣の協力にも感謝します。彼のリーダーシップ、および習近平国家主席と李克強首相の強力な指示は非常に貴重です」
この日、緊急委員会は中国へのアドバイスとして、集団感染の封じこめと緩和のための公衆衛生対策を強化すること、春節の休み中に中国全土で監視と積極的な症例発見体制を強化すること、州の国際空港と港で出国の際のスクリーニングを実施し、発熱している旅行者を早期に発見して、国際交通への影響を最小限に抑えること、必要に応じて国内の空港、鉄道駅、長距離バスの駅でのスクリーニングを行うことを奨励しました。
しかし、インフルエンザの流行に際していかなる移動制限も推奨しないという立場を以前からとっているWHOは、新たなウイルスの出現に際しても、春節の休みの大移動で感染が中国国内さらには国外にまで広がることを防止するための、移動制限を含む積極的な対策を中国側に強く求めることはありませんでした。こうして中国は春節をむかえ、感染は世界に広がっていったのです。
翌23日の会議でも、結局意見は真っ二つに分かれたままで、PHEICを宣言するという結論には至りませんでした。WHO内での中国の影響力が大きいことがわかります。
テドロス事務局長は10日以内にもう一度会議を開くことにしました。しかし、その間にも感染拡大は続き、1月27日には中国の感染者数は4537人、死者106人となり、海外でも14か国で合計56人の感染者が確認されました。
テドロス事務局長は1月28日に北京に飛び、習近平国家主席と会見しました。「中国の指導者から感染拡大に関する対応について説明を受け、WHO側から技術支援を提供するため」とされていますが、実際には、中国の国際的イメージをダウンさせるPHEICを宣言せざるを得ない事情を習近平国家主席に説明することが目的だったとみられています。WHOの専門家チームは1週間前の1月20〜21日に武漢を訪問して情報収集を行っており、この時期に改めで中国を訪問して情報交換する必然性はありませんでした。テドロス事務局長は2017年、WHO事務局長のポストをイギリスのデイビッド・ナバロと争い、中国の支援を得て選挙に勝ったという経緯があります。
1月29日、ジュネーブに戻ったテドロス事務局長は、記者会見で以下のように述べました。
「私は習近平国家主席が今回のアウトブレイクについて詳しく知っており、対応に自ら関与していることに非常に励まされ、また感銘を受けました。たぐいまれなリーダーシップです。習国家主席は、彼らが取っている措置は中国だけでなく、世界の国々にとっても良いことだといっていました」「ご存じのように、現在全世界で6065人の感染者がおり、このうち中国は5997人で、世界中の全感染者のほぼ99%を占めています。中国では132人が命を落としましたが、中国以外では死亡例はありません。これまでに中国国外では68人の感染者しか見られず、死者も出ていないという事実は、中国政府が感染を国外にもち出さないためにとった異例ともいえる措置によるものです。中国の行動は私たちの感謝と尊敬に値するものです。中国は彼らの経済や他の要素を犠牲にしながら、それを行っているのです」
つまり、中国が犠牲をはらってウイルスと戦っているがゆえに、世界への拡散は食い止められているのであり、世界は中国に感謝すべきというわけです。テドロス事務局長の楽観的な見通しとは裏腹に、世界各国での感染はその後急速に拡大し、中国がウイルス封じ込めに失敗したことが明らかになっていくのですが。
テドロス事務局長に同行したWHO健康緊急プログラムのエグゼクティブ・ディレクター、マイケル・ライアンも、「中国への旅行中、私たちはあらゆるレベルでの中国政府の関与に非常に感銘を受けました」と、中国の対応を賞賛しました。ライアンはまた、「中国はこの疾病について透明性を持っていると思いますか」という記者からの質問に、以下のように答えました。
「中国は私たちに毎日症例を報告することに非常にオープンです。透明性の欠如は見られません。私は2002年と2003年にSARSに関与しましたが、その時の経験から、当時の中国の行動と現在の中国の行動を比較することはできないと考えています」「中国を指差す前に、私たちは新しい疾病に関するデータ共有にはセンシティブな要素があることを認識する必要があると思います。今回のケースでいえば、ウイルスに感染した国々は、中国を含めて非常に透明性が高いと思います」
2002年11月に広東省でSRASが発生した際、WHOは中国政府に対して、詳細な情報の提供と現地への調査チームを受け入れるよう要請しました。しかし、中国政府はこれを拒否。中国政府がWHOに情報を提供し、調査チームを受け入れたのは2003年4月でした。当時、煮え湯を飲まされたはずのライアンは、今の中国は違うと主張していますが、今回の感染でも、武漢市でのアウトブレイク直後には当局によるかん口令がしかれたことが今では明らかになっています。また、新型コロナウイルスの感染者や死亡者の統計にも不透明さが指摘されているのは、周知のとおりです。
1月30日、緊急委員会が開催され、WHOは1週間遅れでPHEICを宣言しました。テドロス事務局長は記者会見で以下のように述べました。
「私が北京から帰国して以来何度も言ってきたように、中国国民に深刻な社会的および経済的影響を与えているにもかかわらず、中国政府がウイルス封じ込めのためにとっている並外れた措置は賞賛に値するものです。中国政府が自国民と世界の人々を守るために行った対応がなければ、これまでに中国以外でもっと多くの症例が見られたでしょう」「新しいコロナウイルスの世界的なアウトブレイクに対して、私は国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を宣言しました。この宣言の主な理由は、中国で起こっていることが原因ではなく、他の国で起こっていることが原因です」「この宣言は中国への不信任投票ではありません。それどころか、WHOは中国のアウトブレイクを制御する能力に対して確信をもっています。私はほんの数日前に中国で習近平国家主席と会談しました。私は中国が透明性を保ち、今後も世界の人々を守る取り組みを続けることにまったく疑いをもっていません」
テドロス事務局長はさらに、新華社の記者からの「この宣言後に各国がとりうる極端な措置は何ですか。それに対してWHOはそれにどのように対応しますか」という質問に、以下のように答えました。
「私たちは中国が行っていることに対して敬意と感謝の意を表明すべきです。中国は他の国へウイルスを広めないよう信じられないほどのことをしています。どこかの国が何か措置を講じようとするなら、それは間違いです。WHOは中国に対する旅行や貿易の制限、あるいはその他の中国に対する措置を推奨しておらず、実際には反対します」
中国は新型コロナウイルスの感染拡大によって世界からシャットダウンされ、中国経済に大きな影響が出ることを懸念していたのですが、WHOはPHEIC宣言後も、中国への渡航制限、および中国からの旅行者の入国制限に反対する立場を改めて表明したわけです。
この頃から、各国は中国にいる自国民を本国に帰還させる措置や中国への渡航制限措置を取りはじめます。次第に中国は世界から切り離されていきます。こうした動きに対して、WHOは2月11日に「新規コロナウイルスの発生に関連した旅行者の本国帰還と検疫に関する重要な考慮事項」を発表しました。この中では本国への帰還や中国への渡航制限に関し、以下のように述べられています。
2020年1月30日、WHO事務局長は国際保健規則に基づく緊急委員会の助言にもとづいて、新規コロナウイルスの発生を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)と宣言した。その決定にしたがい、WHOは現在の情報に基づいて旅行や貿易の制限を推奨しないとした。24時間を超えて国際交通を著しく妨害するような措置は、アウトブレイク封じ込めの初期段階では、公衆衛生上意味をもっていると考えられる。そのような措置は、感染の影響を受けた国にとって対策をとるための時間をもたらし、まだ感染してない国にとっては防御の準備をする時間をもたらすからである。ただし、このような制限は期間を短くすべきで、状況の変化に応じて定期的に再検討する必要がある。
テドロス事務局長のあまりの中国寄りの発言に対して、やがて記者から質問が出るようになりました。2月12日の記者会見では、ユーロニュースの記者から「中国政府はWHOに対して、中国がしていることを賞賛するように圧力をかけているのですか」という質問が出ました。これに対してテドロス事務局長は10分以上にわたって熱弁をふるいます。その主な内容は以下の通りです。
「理事会において、ほとんどすべての加盟国が中国の功績を称賛しています。中国の行動が私たちをより安全にしていると言っています」「中国がしていることに対してWHOが感謝することに、多くの圧力があることを私は知っています。しかし、私たちは圧力に屈して真実を語らないわけにはいきません。私たちは真実を語るべきです。中国は賞賛されることを要求する必要はありません」「もう一つ追加します。私たちは習国家主席に会いました。私たちは感染発生について彼がもっている知識のレベルを知りました。私たちは、彼が直接感染拡大を防止する対策を率いていることを直接知りました。私たちが常に政府の関与、政治的なリーダーシップを要請していることをあなたもご存知でしょう。それを私たちは見たのです。あなたはそのようなリーダーシップに感謝しないのですか?」「これは非常に深刻なウイルスです。中国はウイルスの拡散を遅くするために多くの良いことを行っています。事実がそれを物語っており、私たちはそれを考えなければいけません。感染者数を見ると、中国では4万人以上ですが、世界の他の地域では400人程度です。1人しか死んでいません。ですから、真実を語り、世界が判断できるようにしましょう。世界の他の地域は武漢や湖北省に比べて安全です」
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結論を先に述べると以下のようになります。
・テドロス事務局長だけでなく、WHO全体が中国の影響下にある。
・WHOは中国によってマイナスになるような発言や行動をしない。
・長い経験をもつWHOの専門家もテドロス事務局長の意向に非常に敏感で、おそらくWHO内部にはテドロス体制とでも呼ぶべきシステムができ上がっている。
中国はアメリカと対決するため、国連や国際機関での影響力を強めています。現在のWHOの状況は、そうした中国の世界戦略の中で理解すべきと思います。
まず、新型コロナウイルス発生時のWHOの初動について、みていきましょう。
WHOが武漢市での肺炎患者の発生を中国側から最初に報告されたのは、2019年12月31日のことでした。これまでの調査から、未知のウイルスによる肺炎患者の発生は11月17日までさかのぼることができるとされています。また、武漢市の華南海鮮市場でのアウトブレイク以前に、2つのクラスターが発生していたことも分かっています。武漢市の医師の間で、未知のウイルスによる肺炎患者の発生がもっと早い時期から知られていた状況下で、WHOの中国事務所がその情報をまったく知らなかったのかどうかは、今後検証すべき課題です。
12月31日に武漢市の衛生健康委員会が発表した内容は、「武漢市の海鮮市場で27人のウイルス性肺炎患者が発生。うち7人は重症。明らかなヒトからヒトへの感染は確認されておらず、医療関係者も感染していない。専門家が病原ウイルスを調査中」というものでした。
同委員会は1月3日には、「患者は44人に増え、うち11人が重症。濃厚接触者の追跡調査が行われている。ヒトからヒトへの明確な感染は確認されておらず、医療関係者も感染していない。病因の調査が進行中であるが、インフルエンザ、鳥インフルエンザ、アデノウイルス感染などの一般的な呼吸器疾患は除外されている」と発表しました。
さらに1月5日には、「患者は合計59人でうち7人が重症。これら59人の患者の発症時期は、最も早いものは2019年12月12日、最も新しいものは12月29日。163人の濃厚接触者の追跡調査が進行中。ヒトからヒトへの明確な感染は確認されておらず、医療関係者の感染もない。病原となるウイルスの調査が行われているが、インフルエンザ、鳥インフルエンザ、アデノウイルス、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)などのウイルスは除外されている」という発表がありました。
すなわち、11月中旬には原因不明の肺炎患者の発生がみられ、患者数は年が明けた頃には急速に増加していました。症状も原因ウイルスとしてSARSやMERSのウイルスが疑われるほど深刻だったわけです。
中国側からの報告を受け、WHOは1月1日にIMST(インシデント管理サポートチーム)を設置して対応を開始。1月4日にはツイッターに「湖北省武漢市で肺炎患者のクラスターが発生、死亡例はなかった」と投稿しました。さらに1月5日に、以下のような内容の、新たなウイルスによる疾病発生のレポートを発表しました。
2019年12月31日、中国湖北省武漢市で原因不明の肺炎の症例がWHOの中国事務所に報告された。2020年1月3日の時点で、原因不明の肺炎患者は44人、うち11人は重症で、残りの33人は安定した状態。原因ウイルスはまだ特定されていない。すべての患者が武漢市の医療機関に隔離され治療を受けている。症状は主に発熱、数人の患者は呼吸困難で、胸部レントゲン写真では両方の肺に侵襲性の病変がみられる。予備調査によると、ヒトからヒトへの感染のエビデンスはなく、医療従事者の感染も報告されていない。120人の濃厚接触者が医学的観察を受けている。ウイルスの同定作業が進行中である。
WHOの発表は中国側の発表そのものでした。
このレポートにおいて、WHOの各国へのアドバイスは、インフルエンザおよび重症急性呼吸器感染症に関する勧告が適用されるというものでした。旅行者のための特定の対策は推奨しておらず、「WHOは中国への旅行または貿易の制限を推奨しない」と述べられていました。
その間にも、中国では原因ウイルスの特定作業が続いており、1月9日、新型のコロナウイルスが原因であることが発表されました。SARSやMERSのウイルスと同じ仲間だったわけです。
WHOは1月10日に、以下のような内容のトラベル・アドバイスを発表しました。
2019年12月31日、原因不明の肺炎のクラスターが中国湖北省武漢市で報告された。1月9日、中国当局は、このウイルス性肺炎の原因が、これまでのヒトコロナウイルスとは異なる新しいタイプのコロナウイルスだと発表した。報告された患者の症状は主に発熱で、数人の患者は呼吸困難、胸部X線写真は両肺の浸潤を示している。予備調査では、ヒトからヒトへの重大な感染はなく、医療従事者の感染も発生していない。
海外旅行者は武漢市に出入りする際、以下のようなリスク軽減策をとることを勧告する。すなわち、急性呼吸器感染症の人との密接な接触を避ける、病気の人や環境に触れた後は手を洗う、生きているまたは死んでいる家禽や野生動物との接触を避ける、急性呼吸器感染症の症状がある旅行者は咳エチケットを行う。国際的な移動を制限しないことを推奨する。武漢市は国内および海外旅行の主要ハブである。現在、武漢市以外での患者の報告はない。1月の最後の週からはじまるの中国の旧正月の休み中に大幅に増加すると予想される人口移動を考えると、他の場所から患者が報告されるリスクが増加するであろう。WHOは旅行者に特定の健康対策を推奨しない。入国の際のスクリーニングのメリットはほとんどないと考えられる。WHOは中国への旅行または貿易の制限を推奨しない。
このように見てくると、「感染は武漢市に限られている。死者はいない。ヒトからヒトへの感染はない。中国あるいは武漢市への旅行に問題はない」というWHOの発表は、意図的であるか、結果的にそうなったのかは別として、武漢市のアウトブレイクをそれほど重大なものではないという情報操作を行っていた中国側の意図に沿ったものだったといえるでしょう。
当時、武漢市では1月6日から10日まで、武漢市の人民代表大会および政治協商会議が行われており、11日から17日まで湖北省の人民代表大会と政治協商会議が開かれることになっていました。さらにその先には3月5日からの北京での全国人民代表会議が予定されていました(2月24日に延期が決定)。これらの重要な政治日程のさなかにアウトブレイクの深刻さを表沙汰にしたくないという意図が、少なくとも武漢市や湖北省の共産党幹部に働いていたことは、想像に難くありません。
1月12日、中国は新型コロナウイルスの遺伝子配列を公開しました。13日にはタイで患者が発生。中国国外での最初の患者でした。
この時期、中国側がこだわったのは、「ヒトからヒトへの感染がない」ということでした。もしも新型のコロナウイルスがヒトからヒトへ感染するものであれば、爆発的な感染拡大という重大な局面が懸念されます。一方、ヒトからヒトへの感染がなければ、2013年から何度か起こっている鳥インフルエンザA(H7N9型)の感染のように、大規模には至りません。中国としてはこの時期、どうしても「ヒトからヒトへの感染がない」としたかったのでしょう。
しかし、武漢市の医師たちは新型コロナウイルスがSARSウイルスと似ていることを知った時から、このウイルスがヒトからヒトに感染すると考えていました。そして実際、この時期に患者から医師への感染が始まっていたのです。濃厚接触者の追跡から、家族への感染もすでにこの頃に確認されていました。
おそらくこうした状況が背景にあると推測されますが、WHOの1月14日の記者会見において、WHOで新型コロナウイルスのテクニカルリードをつとめるマリア・ヴァン・ケルコーフは、「限定的ではあるが、主に家族間でヒトからヒトへの感染があったとみられる。感染が拡大するリスクがある」と述べました。ところがその日のうちに、WHOのツイッターに「ヒトからヒトへの感染を示す明確なエビデンスはない」という投稿がなされました。この投稿はWHOの中間管理職クラスの人物による指示で行われたもので、ヴァン・ケルコーフの発言を否定することが目的だったといわれています。WHOの中に、中国への明らかな忖度を行う人たちが存在することを示す例といえます。
SARSやMERSの専門家であるヴァン・ケルコーフやその他のWHOの専門家は、新型ウイルスがヒトからヒトに感染することを最初から認識していたと思われますが、この時期、WHOはこの問題に深入りすることはありませんでした。WHOの情報発信は総じて中国側が提供する情報の通りでした。
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論文では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とSARSウイルス(SARS-CoV-1)を比較しています。これによると、新型コロナウイルスとSARSウイルスの残存性は同じ性質を示す場合と異なる場合があるようです。
新型コロナウイルスがどのくらい残存しているかについては以下の通りです。銅の上では10時間くらいで消滅しますが、ボール紙上では50時間くらいは残存しています。
ステンレス鋼やプラスチック上ではさらに長く、ステンレス鋼では80時間くらい、プラスチック上では80時間以上残存します。
したがって、ウイルス感染を防ぐには手洗いだけでなく、日常生活で触れるものについて、できるだけアルコール消毒をする必要があります。
さらに、新型コロナウイルスは空気中にエアロゾルの状態で数時間残っていることもわかりました。
上は、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に発表された別の論文に掲載されている画像で、会話をしている際に飛び散る細かい飛沫を可視化したものです。飛沫は想像以上のスピードで広範囲に飛び散ります。
したがって、閉ざされた空間あるいはそれに準じる密接した状況での会議、食事会、飲み会などでは新型コロナウイルスを含む飛沫やエアロゾルに持続的にさらされる可能性があり、非常に危険であるといえます。
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すでに欧米の専門家の間では、今回の新型コロナウイルスの流行が100年に1度のパンデミックであるという認識が広がっています。私たちは4度のインフルエンザのパンデミックを経験しています。1918年のスペイン風邪、1957年のアジア風邪、1968年の香港風邪、そして2009年の新型インフルエンザです。これらのうち、100年前のスペイン風邪は規模がけた違いに大きく、世界で5000万人以上が死亡したといわれています。
下の画像は私がアメリカ国立健康医学博物館から提供を受けたものです。1918年のパンデミックで一番有名な写真といっていいでしょう。カンザス州のアメリカ陸軍キャンプ・ファンストンに設置された臨時病床の写真です。
第二次世界大戦中の1918年3月にアメリカで始まった感染の第1波は大西洋を渡り、ヨーロッパで拡大しました。第2波の流行は1918年夏に始まりました。第2波のウイルスの感染力は強く、症状が重篤で、世界中に多数の死者をもたらしました。このため、第二次世界大戦が早く終わったともいわれています。
人類は今、この大流行に匹敵するパンデミックと戦っています。上の写真と同じような光景が世界の大都市で見られます。下はマドリッドに設置された臨時病床です。
ロンドンのエクセル展覧会センターにも臨時病床が設置され、ナイチンゲール病院と命名されました。
ニューヨークのジャヴィッツ・コンベンション・センターも臨時の病院となりました。
日本では病床の圧倒的不足という事態はまだ起きていません。今後、このような状況にならないよう最大限の対策を取る必要があります。
海外主要国と日本の医療の状況を比較するために、新型コロナウイルスによる現在の死者数から人口10万対死亡率を計算してみました。イタリアとスペインは28.0、フランスが13.7、イギリスが8.2と、医療の現場が非常に厳しい状態に置かれていることを示しています。アメリカは全土の統計では3.0となりますが、ニューヨーク州のみで計算すると、28.1となります。一方、ドイツは2.0でもちこたえています。
これらに対して日本の人口10万対死亡率は0.06(クルーズ船を除く)と非常に低い水準です。しかし、今後、爆発的な感染拡大が起こってしまえば、日本の医療体制も崩壊の危機に直面することになります。
感染源がわからない孤発例が増えている現在の状況は不気味です。私たちが1人1人、他人との接触機会を8割削減し、R0を1以下にしない限り、感染拡大は続いていきます。
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WHOの発表によると、3月11日現在、113の国と地域で新型コロナウイルスの感染が確認されています。感染者数は全世界で11万8322人(うち中国8万955人、中国以外3万7367人)、死者は全世界で4292人(うち中国3162人、中国以外1130人)となっています。
20世紀以降、人類はインフルエンザで4回のパンデミックを経験しています。1918年の「スペイン風邪」(スペイン・インフルエンザ)、1957年の「アジア風邪」(アジア・インフルエンザ)、1968年の「香港風邪」(香港インフルエンザ)、2009年の新型インフルエンザです。インフルエンザ・ウイルス以外の流行でWHOがパンデミックを宣言するのははじめてです。
ウイルスの流行を食い止めるための対策は、大きく3つに分けられます。
1つ目はウイルスの侵入を遅らせる水際作戦です。湖北省や浙江省などからの入国制限、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の検疫は、このための措置でした。水際作戦はウイルスの侵入を完全に食い止めることはできません。あくまで、ウイルスの侵入を遅らせて、結果として感染者の数を抑えることにその目的があります。
2つ目は、感染の拡大を遅らせるための早期封じ込めです。イベントや集会の自粛要請や小・中・高の休校はそのための措置でした。早期封じ込めも感染の拡大を完全に食い止めることはできません。しかし、この措置を取ることによって、感染の機会は明らかに減ります。
3つ目は医療の介入です。水際対策と早期封じ込めによって、感染の拡大は抑制され、感染者数のカーブはピークが低くなり、なだらかな山になります。流行の開始とともに医療体制を強化し、なだらかな山となった流行に対して必要な医療サービスを行うのです。流行のピークを下げることは、医療への負荷を減らすという重要な意味をもっています。
以上の対策をできる限り早い時期から行うことによって、流行を最小限にとどめることができます。下の図は「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(2013年閣議決定)に掲載されているもので、この考え方を図式化したものです。
政府の対策にはその内容や時期について様々な批判もありますが、大筋としては、以上の考え方に則った対策がとられてきました。そのため、日本では爆発的な感染拡大は見られていません。
しかしながら、今後の世界での流行を考えた場合、日本と同じように感染拡大を抑えられる国がどれだけあるか心配です。アメリカやヨーロッパ諸国でさえ、十分な医療サービスを提供できない事態も考えられます。参考までに、2009年の新型インフルエンザのパンデミックの際の人口10万対死亡率を見てみると、カナダ1.32、メキシコ1.05、オーストラリア0.93、イギリス0.76、シンガポール0.57、韓国0.53、フランス0.51、ニュージーランド0.48、タイ0.35、ドイツ0.31に対して、日本はわずか0.16でした(資料・岡部信彦氏)。
今回のパンデミックにいたる過程を見ると、WHOの対応にかなり問題があったといえます。1月30日の緊急事態宣言はもっと早く出すべきでした。しかも、この緊急事態宣言においても、「旅行または貿易の制限を推奨しない」としていました。そのため、各国の水際作戦が遅れた可能性があります。
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新型コロナウイルスが発症初期あるいは無症状でも他人を感染させるのではないかという指摘は以前からありましたが、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』の2月19日付けオンライン版に、これに関して中国CDC(中国疾病予防コントロールセンター)で行われた感染者のウイルス量の解析結果が”TO THE EDITOR”として掲載されました。
この解析は17人の新型コロナウイルスの発症者、およびウイルスに感染したが無症状だった1人について、鼻と喉からサンプルを採取して、ウイルス量の経時変化を見たものです。その結果が以下の図です。
黒い線が発症した人の喉のウイルス量、青い線が鼻のウイルス量です。これによると、両者とも発症時にすでにウイルス量が多く、その特徴は鼻で顕著です。さらにこの図は、発症以前に感染者の体内でウイルス量が増加しており、発症前に他人にウイルスを感染させている可能性があることを示しています。
また、無症状のまま終わった1人のウイルス量も同じ傾向を示しました。すなわち、新型コロナウイルスは無症状でも他人を感染させている可能性があることを示唆しています。
新型コロナウイルスがこうした特徴をもっているのではないかという点は、ここに書いた通りです。
新型コロナウイルスはSARSウイルスに近縁ですが、発症してから数日経過してから感染能力が高くなったSARSウイルスとは異なる特徴をもっていることになります。こうした解析がさらに進み、新型コロナウイルスの感染プロセスが解明されることを期待したいと思います。
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基本再生産数R0とは、1人の感染者が何人にウイルスを感染させるかの数です。1月29日付の『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』誌に掲載された中国の研究者による論文では、R0は2.2(1.4〜3.9)とされ、WHOなどもこの数値を使っていました。しかし最近では、R0はもっと高い数値になるのではないかという論文が次々と発表されています。
R0は感染者の置かれている環境や、どれだけ封じ込めや防護措置がとられているかによって変わってきます。R0を1.0以下にコントロールしなければ、ウイルスの流行は終息しません。新たな感染者が日本各地で発生し、感染ルートを追えないケースが増えている現状では、感染者をできるだけ早く発見し、症状が重篤にならないよう治療するとともに、他の人に感染させない措置を取ることが必要です。あまり適切な表現ではありませんが、モグラたたきゲームのように、感染者が日本全国どこにでも出現する可能性があることを前提に、感染者が発生すれば、すぐに適切な医療措置をとるという取り組みを続け、R0 を1.0以下にしていかなくてはなりません。
感染ルートが推定できる場合は、これまで取られてきた隔離ないし封じ込めの手段も必要です。感染症の専門家に中には、水際作戦でウイルスの侵入を食い止めることは不可能という理由(これ自体は正しい)から、政府のとってきた措置に批判的な方もいます。しかし、ここに書いたように、今回出現した新型コロナウイルスは、異常に感染性が高いという特徴をもっています。感染の可能性のある方を外部から隔離あるいはそれに近い措置をとることを今後も行わなければ、感染拡大を止めることはできないかもしれません。これまでの例でも、PCR検査で陽性が判明する前の段階で他の人を感染させている可能性があるからです。ウイルス感染直後はPCR検査をしても陽性にはなりません。
インフルエンザ・ウイルスなどでは、潜伏期末期に体内でウイルスが急激に増加し、発症とともに飛沫などで他人を感染させます。しかし、新型コロナウイルスは、どうやら潜伏期と発症期の境界があまり明確ではないようです。ウイルスに感染してまもない時期から、体内ではウイルスが増殖し続け、症状がはっきり現れない段階で他人を感染させてしまうのではないかと考えられます。
新型コロナウイルスがヒトの細胞に感染するメカニズムは、よくわかっていません。これまで知られているコロナウイルス(風邪のウイルスやSARSウイルス、MERSウイルス)の感染メカニズムと少し異なっているかもしれません。ウイルス自体が強力な感染能力をもっているのか、感染直後から他人を感染させてしまう特徴をもつために感染性が高いのかは不明です。
日本でも医療従事者やクルーズ船で作業していた職員までが感染しています。ちょっとした不注意でも感染してしまうウイルスであるという認識が必要です。
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このレポートは2月11までに確認された4万4672人の新型コロナウイルス感染者のサーベイ結果です。その中で特に重要と思われるいくつかの調査結果を紹介しましょう。
感染者の81%では症状はマイルドで、致死率は2.3%でした。感染者の男女比はほぼ1:1ですが、致死率でいうと男性が2.8%、女性が1.7%で、男性が少し高くなっています。
注目すべきは高年齢で致死率が顕著に高いことで、80歳以上の致死率は14.8%です。また持病を持っていない人の致死率が0.9%であるのに対して、持病を持っている人の致死率も顕著に高く、心臓血管系の病気をもっている人の致死率は10.5%、糖尿病をもっている人では7.3%、慢性呼吸器疾患の人は6.3%、高血圧の人は6.0%、がん患者は5.6%となっています。
新型コロナウイルスは感染性が非常に高い点も指摘されています。武漢市からはじまった感染は1か月でほぼ中国全土に広がりました。しかもそれは、武漢市を完全に遮断して隔離し、新年を祝う行事を中止させ、学校や職場に行くことを禁止し、多数の医師や公衆衛生の専門家を動員し、さらには軍の医療部隊の派遣や緊急病棟の建設など、非常に強固な対策が取られたにもかかわらず感染が広がったと指摘しています。
感染性が高い点に関連し、これまで1716人の医療従事者が感染したことも報告されています。
感染初期のデータからすると、武漢市の海鮮市場で動物からヒトへの感染が複数回おこり、その間にウイルスの変異が起こってヒト・ヒト間の感染能力をもつにいたり、爆発的な感染がはじまったという仮説が成り立つとのことです。
このサーベイで最も重要な点は、新型コロナウイルスはSARSウイルスやMERSウイルスほど致死的ではないが、両者にくらべて感染性が非常に高いという点です。その結果、感染者数が拡大し、その中の高齢者や持病をもつ高リスク・グループで死に至る人が多くなり、結果としてすでにSARSを上回る死者数を出しているという点にあります。
WHOのテドロス・アダノム事務局長はこのサーベイ結果を受けて、17日の記者会見で「新型コロナウイルスはSARSやMERSほど致死的ではない。感染者の81%の症状はマイルドだ」と述べました。しかし、このウイルスが感染性が高い点について注意喚起することはありませんでした。世界中の人々の生命を守る国際機関の事務局長とは思えない発言です。
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『セル・リサーチ』誌に武漢市のウイルス学研究所の研究グループの論文が掲載されています。研究グループは新型コロナウイルスの治療薬候補として、7種類の抗ウイルス剤について実験を行いました。実験の対象となった抗ウイルス剤は、すでにFDAで認可されているリバビリン、ペンシクロビル、ニタゾキサニド、ナファモスタット、クロロキン、そして現在臨床試験が行われているファビピラビル、レムデシビルです。
実験は、?候補となる抗ウイルス薬を作用させたアフリカミドリザルの細胞に、新型コロナウイルスを感染させ、培養して経過を観察する、および?新型コロナウイルスを感染させた細胞に抗ウイルス剤を作用させ、培養して経過を観察するという方法で行われました。
実験の結果、クロロキンとレムデシビルに効果が認められたとのことです。クロロキンは70年以上、抗マラリア剤として世界中で使われている薬剤です。レムデシビルはエボラ出血熱やマールブルグウイルス感染症の治療薬として注目されており、SARSおよびMERSウイルスを含むコロナウイルスに対しても抗ウイルス性をもつことが明らかになっています。
新型コロナウイルスに対抗する薬剤を新規開発するには時間がかかります。患者の治療に用いるには、既存の抗ウイルス剤のなかから効果のあるものを探索することが非常に重要になっています。
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南半球は今が真夏です。南極では異常な高温が観測されています。こうした高温は自然の変動の中で起こることもありますが、今回の高温は地球全体で進んでいる温暖化のあらわれと考えるべきでしょう。
南極半島(上の画像の左の半島)の先端にあるアルゼンチンのエスペランサ基地では2月6日に最高気温18.3℃が観測されました。これは2015年3月24日の17.5℃を上回る記録となりました。また、南極半島先端近くのシーモア島にあるアルゼンチンの観測基地で2月9日に20.75℃が記録されたとする報道もあります。これが本当だとすると、南極ではじめて20℃以上が観測されたことになります。WMO(世界気象機関)は南極半島の平均気温は過去50年間で3℃上昇しており、地球上でもっとも温暖化が進んでいる場所としています。
NASAとNOAAは1月15日に、2019年は観測史上2番目に世界平均気温が高い年であったことを明らかにしています。下の画像は1951〜1980年の平均気温と比べた2015〜2019年の平均気温の変化です。南極では平均気温が低くなっている場所もありますが、南極半島付近は気温上昇が顕著です。
平均気温が上昇すると、なぜこのような高温日が出現するかは、以下の図で考えるとよくわかります。
IPCC AR5
横軸はその日の最高気温、縦軸はその気温が出現する日数で、中央が平均値となります。当然のことながら、非常に寒い日もあれば、非常に暑い日もあります。地球温暖化が進むということは、この分布が全体的に右側(高温側)にずれることを意味します。すると非常に寒い日が出現する頻度は低くなり、非常に暑い日が出現する頻度は高くなります。つまり、非常な高温を記録する日が出現しやすくなるわけです。
NOAAは2020年の1月は、観測史上最も暖かかった1月であったと発表しました。南極半島では記録的な高温の日が出現しやすくなっているのだと考えられます。
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新型コロナウイルスのゲノム解析結果と他のコロナウイルスとの関連に関しての論文が、中国に研究者によって次々と発表されています(『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』誌の1月24日、『ランセット』誌の2020年1月24日、1月29日)。
コロナウイルスには、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの4つのグループがあります。これらの論文によると、新型コロナウイルスはベータ・コロナウイルスの仲間で、その中のサルベコウイルス亜属に属しています。この亜属にはSARSウイルスも含まれます。一方、MERSウイルスはベータ・コロナウイルスの仲間ではあるものの、遺伝学的にはこれらのウイルスから少し離れています。
A Novel Coronavirus from Patients with Pneumonia in China, 2019, NEJM
SARSウイルスに近縁とはいえ、これまでの感染や発症の状況をみていると、新型コロナウイルスはSARSとは異なる特徴をもっています。今後、ウイルス表面の分子の構造やウイルスの生活環などが明らかになっていくと、抗ウイルス剤の探索や簡易検査キットの開発などが進むでしょう。
上の系統樹をみれば明らかなように、新型コロナウイルスの最も近縁なウイルスは、中国に生息するコウモリが保有しているSARSウイルスに似たウイルスです。したがって、今回出現した新型コロナウイルスは、もともとコウモリがもっていたウイルスが変異し、家畜あるいは野生生物を媒介にヒトに感染したものと考えられます。
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NASAのスピッツァー宇宙望遠鏡のミッションが終了しました。
スピッツァー宇宙望遠鏡は宇宙空間から赤外線で天体を観測する望遠鏡で、2003年に打ち上げられました。以後、16年にわたり、さまざまな発見をもたらしました。スピッツァー宇宙望遠鏡は銀河や星の進化から系外惑星まで、赤外線による観測が非常に重要な役割を果たすことを私たちに教えてくれました。
現在、次世代の宇宙望遠鏡として、ジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡が開発されており、2021年に打ち上げの予定です。ジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡は赤外線の領域で天体観測を行い、スピッツァー宇宙望遠鏡のミッションを引き継ぐことになります。
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特に注目すべき天文現象には2017 T2 パンスターズ彗星の最接近、火星の準大接近、夕空での木星と土星の最接近などがあります。また6月21日には中国・台湾で金環日食があり、日本でも部分日食となります。半影月食は2回あります。旧暦の七夕(伝統的七夕)は8月25日です。中秋の名月は10月1日になります。満月は翌日の10月2日です。中秋の名月は旧暦の8月15日で、天文現象の満月と日付がずれることはしばしば起こります。
1月
4日:しぶんぎ座流星群が最大
11日:満月、半影月食(半影最大食分0.92)
2月
3日:節分
4日:立春
9日:満月
10日:水星が東方最大離角(夕方の西天)
3月
10日:満月
20日:春分
20日:明け方の東天で火星、土星、木星が接近して並ぶ
25日:金星が東方最大離角(夕方の西天で宵の明星)
4月
4日:金星とプレヤデス星団が大接近
8日:満月(今年のスーパームーン)
28日:金星が最大光度(夕空の西天で−4.5等)
5月
5日:立夏
7日:満月
22日:夕空で金星と水星が大接近
25日:2017 T2 パンスターズ彗星が地球に最接近(きりん座で5.7等)
6月
4日:金星が内合(以後は明け方の東天で明けの明星)
6日:満月、半影月食(半影最大食分0.59)
21日:夏至
21日:夕方の西天で部分月食(中国・台湾で金環日食)
7月
5日:満月
7日:七夕
10日:金星が最大光度(明け方の東天で−4.5等)
14日:木星が衝(−2.8等、いて座)
21日:土星が衝(0.1等、いて座)
8月
4日:満月
7日:立秋
12日:ペルセウス座流星群が極大
13日:金星が西方最大離角(明け方の東天で明けの明星)
25日:旧暦の七夕(伝統的七夕)
9月
2日:満月
3日:準惑星ケレスが衝(7.6等、みずがめ座)
12日:海王星は衝(7.8等、みずがめ座)
22日:秋分
10月
1日:中秋の名月
2日:満月
4日:くじら座の長周期変光星ミラが極大
6日:火星が準大接近(−2.6等、うお座)
31日:満月
11月
1日:天王星が衝(5.7等、おひつじ座)
7日:立冬
30日:満月、半影月食(半影最大食分0.85)
12月
13日:金星と細い月(月齢27.6)が明け方の東天で大接近
14日:ふたご座流星群が極大
21日:冬至
22日:夕空で土星と木星が最接近(いて座)
30日:満月
2017 T2 パンスターズ彗星の動き
火星の準大接近
6月21日の部分日食
6月21日の金環日食
12月22日夕空で土星と木星が最接近
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新型コロナウイルスの感染者が急増しています。いったい、ウイルスはどこからきたのでしょうか?
コロナウイルスは遺伝子をRNAでもつウイルスで、電子顕微鏡で撮影すると、表面にある突起が王冠のように見えることから、コロナウイルスという名がつきました。コロナウイルスはヒトに風邪をおこすウイルスとして4種類が知られていました。感染しても多くの場合、症状は軽く、ほとんどの人は子供のころにかかって免疫をもっています。したがって、コロナウイルスは人類にとってそれほど危険なウイルスではなかったのです。
しかしながら、21世紀になってから、ヒトにはげしい症状をもたらすコロナウイルスが出現しています。
最初の出現は2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスでした。中国の広東省で発生。このときの感染者の合計はWHOによると203年12月で8069人、死亡者はこのうち775人でした。次の出現はMARS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスで、2012年にサウジアラビアで発生。感染者は27か国におよび、2494人が感染、うち858人が死亡しました。上の画像はMARSウイルスの電顕写真です。
そして3回目の出現が、今回の新型コロナウイルスということになります。すなわち、これまではそれほど深刻な症状を引き起こさなかったウイルスが変異し、波状的に人間の世界に侵入しつつあるということになります。
SARS発生当初はハクビシンが感染減と考えられていました。しかし、その後の中国研究者による調査によって、2017年にキクガシラコウモリが自然宿主であることが明らかにされました。キクガシラコウモリの世界でやりとりされていたウイルスが人に感染するウイルスに変異し、ハクビシンを媒介にして人間の世界にもたらされたと考えられます。
MARSは、ヒトコブラクダからヒトに感染しましたが、この場合も、ラクダは媒介者で、自然宿主はエジプシャントゥームバットというコウモリであることがわかっています。
コウモリは、人間の世界に突然現れるエマージング・ウイルスの自然宿主となっていることが多いようです。エボラウイルスやマールブルグウイルスなど激烈な症状と高い致死率をもつフィロウイルスの宿主は、アフリカに生息するオオコウモリと考えられいます。
今回出現した新型コロナウイルスは遺伝子がSARSウイルスと80%以上一致しているという報告もあるようで、おそらくキクガシラコウモリを自然宿主とするウイルスでしょう。そのウイルスに感染した家畜もしくは野生動物が市場にもちこまれ、人に接触したことから感染が始まったと考えられます。
感染者が報告された当初は、ヒト・ヒト間の感染は確認されていないという報道がありました。しかし、2週間近いとされるウイルス感染後の潜伏期間を考えると、この考えは甘かったかもしれません。感染者の増加状況を見ていると、おそらく、新型コロナウイルスはヒトに感染してから変異してヒト・ヒト間の感染能力を獲得したのではなく、最初からヒト・ヒト間での感染能力をもっていた可能性があります。
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2020年は世界の宇宙開発にとって、大躍進の年になるでしょう。商業宇宙船スターライナーとクルードラゴンの就航で、アメリカは再び、アメリカの領土からアメリカの宇宙船でアメリカの宇宙飛行士を打ち上げることができるようになります。アルテミス計画では、いよいよアルテミス1(無人月周回ミッション)が行われます。宇宙観光旅行もはじまります。
日本も「はやぶさ2」の地球帰還と、新型基幹ロケットH3の試験機1号機の打ち上げをひかえています。
一方、中国は年末に長征5号がリターン・トゥー・フライトに成功し、今年は独自の宇宙ステーション「天宮」の建設が開始され、月面物質のサンプルリターンをめざす嫦娥5号の打ち上げも行われます。
民間の宇宙活動もますます活発になります。今年は世界の宇宙開発から眼が離せません。
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12月27日20時45分(北京時間、日本時間21時45分)、中国の重量級ロケット「長征5号」が海南島の文昌衛星発射センターから打ち上げられ、技術試験衛星「実践20号」の静止軌道投入に成功しました。
実践20号はDFH-5衛星バスを使用した重量約8トンの大型通信衛星で、Q/Vバンドでの通信やレーザー通信の試験を行うとのことです。
長征5号は2016年11月に初打ち上げに成功しましたが、2017年7月の2回目の打ち上げで、第1段エンジンに不具合が起こり、「実践18号」の打ち上げに失敗しました。今回の打ち上げ成功でリターン・トゥ・フライトを果たしたことになります。
今回の打ち上げ成功により、2020年には長征5号による火星探査機「真容」や、月物質のサンプル・リターンを目指す「嫦娥5号」の打ち上げが行われることになります。また、長征5号Bによる中国の宇宙ステーションのコア・モジュール「天和」の打ち上げも行われる可能性があり、中国の宇宙活動に拍車がかかるとみられます。
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