口蹄疫の感染経路をウイルスのゲノム解析で明らかに
口蹄疫ウイルスはどうやって宮崎県にもちこまれ、感染がいかに拡大していったのか、疫学調査チームによる調査が行われていますが、その結果はまだ明らかになっていません。感染経路の解明は、今後の防疫対策を考える上できわめて重要であり、ある程度確度の高い結果が得られれば、公開していくべきであると思います。

疫学調査は現地での聞き取りにもとづく地道な作業です。最近では、これに加え、ウイルスのゲノム解析を感染経路の推定に利用する手法も可能になってきました。ゲノムのデータを使えば、農場単位での感染経路の推定が可能です。

イギリスでは2001年に大規模な口蹄疫の流行がありました。グラスゴー大学環境・進化生物学部および動物衛生研究所パーブライト支所に所属していたエレノア・コタムは、この流行中に21の農場から採取された病原学的検査用の水疱上皮から23のウイルスを分離し、そのゲノム配列(口蹄疫ウイルスの全塩基配列約8500のうち、一部を除いた約8200塩基分)を決定しました。これらの配列を比較したところ、ゲノムの191のサイト(個所)で197の塩基の置換(6個所では2回の置換)が起こっていました。

塩基の置換とは、DNA あるいはRNA の複製時にエラーがおこり、ある塩基が別の塩基に置き換わることをいいます。コタムによると、口蹄疫ウイルスの塩基置換率は1サイト1日あたり2.26×10の−5乗で、農場あたりにすると1.5という高いものでした。この置換率の高さについては、村上洋介(当時家畜衛生試験場ウイルス病研究部病原ウイルス研究室長、現在は帝京科学大学教授)の『口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について』(1997)でも、「1回のウイルス感染でおおよそ1個の塩基の置換が生じることになる」と書かれています。

この高い置換率のために、コタムは23のウイルスの系統樹(下)を作成することができました。先日の記事で私が紹介した口蹄疫ウイルスの系統樹は、VP1というキャプシドタンパクの塩基配列(633塩基)にもとづくものでしたが、ゲノム全体の塩基配列を決定することで、個々のウイルスの変化を見ることができたのです。

Eleanor M Cottam, 2007

この系統樹と疫学調査によるデータ(発生の時期等)を組み合わせて再現された感染経路が下です。数字あるいはアルファベットが個々の農場を示しています。どの農場からどの農場にウイルスが伝染していったかが明らかになっています。

Eleanor M Cottam, 2007

日本でもこうした手法を導入して、感染経路の詳細な特定を行っていくことが必要だと思います。ただし、ウイルスのゲノム解析を行うには、各農場の感染家畜から新鮮な組織を採取しなければならず、あらかじめ調査計画と現地で使用するマニュアルを作成しておく必要があります。研究者の方々はコタムの論文を知っていると思いますが、今回、こうした調査手法が可能な状況かどうか、私にはわかりません。

▲PAGE TOP