軌道上のイコン
野口聡一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在中の写真の中に、私が「おやっ」と思った写真がありました。野口宇宙飛行士がコマンダーのオレッグ・コトフ宇宙飛行士と、ロシアのモジュール、ズヴェズダで食事をしている写真(左)ですが、私が気になったのは、野口宇宙飛行士の後ろにある、ズヴェズダの壁です。ここには、右側には宇宙開発の父といえるコンスタンティン・ツィオルコフスキーの写真が、左には世界初の有人宇宙飛行を行ったユーリー・ガガーリンの写真が貼ってあります(右)。どちらもロシアの宇宙開発を語る上で欠かすことのできない人物です。

ここは、野口宇宙飛行士がISSにやってきたときには、下のようでした。ツィオルコフスキーとガガーリンの写真の間にはイコンが飾ってありました。また、コトフ宇宙飛行士の後ろには、写真がもう1枚貼ってありました。

この一番左の写真を私はこれまで見たことがなく、これが誰なのか、以前から気になっていたのですが、先日、若田さんがこれもツィオルコフスキーだと教えてくれました。若田さんら第20次長期滞在クルーが今年2月に来日した際、2人のロシア人宇宙飛行士、コマンダーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士、そしてロマン・ロマネンコ宇宙飛行士と話をする機会がありました。そのときも、この写真が話題になりましたが、ロシアでは皆が知っている写真のようです。

若田さんがISSに滞在していたときの上の写真には、ロシアが開発中といわれるミニ・シャトル型の有人宇宙船クリッパーの模型が置かれていました。また、天井近くに十字架とイコンが飾ってありました。それより2年ほど前の第15次長期滞在クルーのころには、下の写真のように、ロシアのチーフデザイナー、セルゲイ・コロリョフの写真が飾られていました。

ズヴェズダのこの場所は、ロシアの宇宙飛行士たちが地上からもってきた写真や思い思いの品を飾るところになっています。ロシアの宇宙開発史にとって最も重要な3人の人物の写真が、宇宙飛行士たちとともに飛行しているのは当然といえますが、それらと一緒に飾られているイコンは、ロシアの伝統的な文化や生活習慣が宇宙に持ちこまれていることのあらわれといえるでしょう。今では、バイコヌール宇宙基地から宇宙へ旅立つ宇宙飛行士たちは、ロシア正教の聖職者に聖水で祝福されてから、宿舎であるコスモノート・ホテルを出発するのです。
由緒ある歴史的なイコンが、宇宙を飛んだことも何度かあったようです。最近では2009年9月30日に打ち上げられたソユーズTMA-16によって、『しるしの聖母』として有名なイコンがISSに運ばれ、地球を176周した後、ソユーズTMA-14で10月11日に地球に戻りました。

ここは、野口宇宙飛行士がISSにやってきたときには、下のようでした。ツィオルコフスキーとガガーリンの写真の間にはイコンが飾ってありました。また、コトフ宇宙飛行士の後ろには、写真がもう1枚貼ってありました。

この一番左の写真を私はこれまで見たことがなく、これが誰なのか、以前から気になっていたのですが、先日、若田さんがこれもツィオルコフスキーだと教えてくれました。若田さんら第20次長期滞在クルーが今年2月に来日した際、2人のロシア人宇宙飛行士、コマンダーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士、そしてロマン・ロマネンコ宇宙飛行士と話をする機会がありました。そのときも、この写真が話題になりましたが、ロシアでは皆が知っている写真のようです。

若田さんがISSに滞在していたときの上の写真には、ロシアが開発中といわれるミニ・シャトル型の有人宇宙船クリッパーの模型が置かれていました。また、天井近くに十字架とイコンが飾ってありました。それより2年ほど前の第15次長期滞在クルーのころには、下の写真のように、ロシアのチーフデザイナー、セルゲイ・コロリョフの写真が飾られていました。

ズヴェズダのこの場所は、ロシアの宇宙飛行士たちが地上からもってきた写真や思い思いの品を飾るところになっています。ロシアの宇宙開発史にとって最も重要な3人の人物の写真が、宇宙飛行士たちとともに飛行しているのは当然といえますが、それらと一緒に飾られているイコンは、ロシアの伝統的な文化や生活習慣が宇宙に持ちこまれていることのあらわれといえるでしょう。今では、バイコヌール宇宙基地から宇宙へ旅立つ宇宙飛行士たちは、ロシア正教の聖職者に聖水で祝福されてから、宿舎であるコスモノート・ホテルを出発するのです。
由緒ある歴史的なイコンが、宇宙を飛んだことも何度かあったようです。最近では2009年9月30日に打ち上げられたソユーズTMA-16によって、『しるしの聖母』として有名なイコンがISSに運ばれ、地球を176周した後、ソユーズTMA-14で10月11日に地球に戻りました。