クリスパーのならず者:『ネイチャー』誌が選んだ10人

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    CRISPR Rogue:Nature’s 10

     

    『ネイチャー』誌が選ぶ2018年の科学を賑わせた10人に、「はやぶさ2」プロジェクトの吉川真先生が「小惑星ハンター」として選ばれました。とてもうれしいことです。

     

    また、ゲノム編集を行った双子の赤ん坊を誕生させたと発表した中国、南方科技大学の賀建奎准教授も「クリスパーのならず者」として選ばれました。

     

    DNAの塩基配列を書き換えることをゲノム編集といいます。ゲノム編集にはいくつかの方法がありますが、クリスパー・キャス9とよばれる方法は、ゲノム編集を正確かつ容易に行うことができます。そのため、クリスパー・キャス9が登場した時から、将来はこの技術を使って受精卵のゲノム編集を行い、赤ん坊が病気のリスクをもって生まれてくるのを防ぐことができるのではないかと、多くの研究者が考えるようになりました。しかしそのためにはまだ多くの研究が必要とされており、現時点でこのような「治療」を行うのはきわめて危険と考えられていました。

     

    ところが11月26日、『MITテクノロジー・レビュー』誌が「中国の研究者がゲノム編集を行った受精卵から双子の女児を誕生させた」という特報をネット上に掲載したのです。ニュースはまたたく間に世界をかけめぐりました。賀准教授も同じ日に、ゲノム編集を行った双子の女児が誕生したことを自らが語る動画をYouTubeにアップしていました。論文は発表されておらず、これが事実かどうかは確認されていません。しかし賀准教授は11月28日に香港で行われたゲノム編集に関する国際会議でも同様の発言をしました。さらに2例目が妊娠初期にあるとも語っていました。

     

    これが事実であれば、ゲノム編集した受精卵を母親に戻し、出産させることを禁じた中国の法律に対する重大な違反であり、世界中の研究者の合意を完全に無視した行為ということになります。倫理的に大きな問題がある上、きわめて危険といわざるを得ません。当然のことながら、ゲノム編集にたずさわる世界中の研究者から強い批判の声があがりました。中国当局も調査をはじめましたが、「クリスパー・ベイビー」の誕生が事実なのかどうかも含め、正式な報告はまだありません。賀准教授は消息を絶ったままです。

     

    賀准教授のYouTubeの動画や香港の会議での発言からすると、賀准教授はゲノム編集技術を適用したヒト受精卵を誕生させることが倫理的にも安全性の面でも問題があることを承知の上で実験を行った、いわば「確信犯」といえます。その目的は名声と、それに付随して生まれるビジネスチャンスでしょう。賀准教授は自分の実験を、世界初の体外受精がノーベル賞を受賞した事例になぞらえています。賀准教授は今回の実験を行う以前にすでに多くの資金を獲得しています。実験が成功し、世界的に有名になれば、さらに大きなビジネスが可能になると考えたのではないでしょうか。

     

    ゲノム編集の研究は、アメリカと中国の間ではげしい競争が行われています。中国の若い研究者がアメリカに留学してゲノム編集の技術を学び、中国に戻って恵まれた環境で先端的な研究を進めるという構図ができあがっています。賀准教授もそのような1人でした。ヒト受精卵を対象にした研究も中国では活発に行われています。この分野の研究はアメリカでは進めにくい事情もあり、中国と共同研究しているアメリカの研究者もいます。さらに、アメリカのファンドも中国に流れ込んでいます。不妊治療を含む生殖医療の世界は将来大きな市場が見込まれています。中でも受精卵のゲノム編集にはビジネスの面でも大きな期待があります。生まれてくる赤ん坊の病気のリスクを防げるとしたら、両親が多額の費用を払うことは間違いありません。

     

    このようなヒト受精卵のゲノム編集をめぐる中国の事情を背景に、ゲノム編集の世界でそれほど知られた存在ではなかった賀准教授がフライングをしてしまったというのが、今回の事件です。中国のゲノム編集の研究コミュニティが猛反発した事情もそこにあります。しかし、いずれ第2、第3の賀准教授がでてくるのではないかと懸念するのは、私だけではないでしょう。

     



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