東日本大震災:地震学者の責任(3)

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    東北大震災発生から1か月後に日本記者クラブで開かれた記者会見で、当時の地震予知連絡会会長の島崎邦彦氏は、地震学者の責任逃れとも受け取れる発言を続けます。「マグニチュード9の地震を予測するまで、あと一歩だった」と述べた後、今度は、「三陸沖北部から房総沖までのどの地方も大きな津波に襲われる危険性があると予測していた。この想定に基づいて国が防災対策を立てていれば、津波被害は少なかったろう」と言うのです。

     

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    島崎氏が言っているのは、2002年に地震調査研究推進本部の地震調査委員会が発表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」です。島崎氏は地震調査委員会の長期評価部会の部会長として、この報告書をまとめました。

     

    この「長期評価」は、三陸沖から房総沖までの太平洋沖で起こる地震について、発生間隔、想定されるマグニチュード、今後の発生確率を評価したものです。とはいっても、過去の地震記録から発生間隔とマグニチュードを調べ、得られた発生間隔と直近の地震が発生した年をもとに、次に起こる確率を導いただけのものです。それまで進めてきた地震予知計画の成果が反映されているわけではありません。

     

    「長期評価」では太平洋沖を以下のような領域に分け、評価をしています。

     

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    太平洋沿岸部に大きな津波被害をもたらす地震は、日本海溝に近い場所で発生します。「長期評価」では、それは上の図の「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」と書かれている縦に細長い領域であるとしています。東北地方太平洋沖地震の震源域はこれよりも日本列島に近いところまで広がっていましたから、この前提は間違っていたのですが、それはさておき、「長期評価」では、この領域では過去400年間に3回、マグニチュード8クラスの大地震が起こっているので、約133年に1回の割合で大地震が発生すると想定しています。

     

    太平洋沿岸部に大きな津波災害をもたらす次の大地震は、この縦に細長い領域のどこで起こるかは分かりません。三陸沖北部から房総沖までの、どの場所でも起こりうることになります。そしてこのことが、冒頭に述べた島崎氏の主張の根拠になっているのです。島崎氏によると、2003年の中央防災会議は、「長期評価」の被害想定を採用しませんでした。そのため、大きな被害になったというのです。

     

    しかしよく考えてみると、三陸沖北部から房総沖までのどの海岸も津波に襲われる危険性があることは、過去の地震記録から多くの人がすでに知っていることであり、どこの海岸でもそれなりの津波対策は考えられていました。「長期評価」が防災対策を促す新たな知見とはいえません。むしろ、「長期評価」は防災を考える人たちに誤ったメッセージを与えてしまいました。それは「発生確率」です。

     

    「長期評価」によると、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)」の発生確率は、さきほどの平均発生間隔133年をもとにして、「今後10年以内は7%程度、今後20年以内は10%程度」となっています。これは細長い領域全体のどこかで地震が起こる確率です。これを特定の海域での発生確率にすると、「今後10年以内に2%程度、今後20年以内に4%程度」となります。つまり、石巻市なり気仙沼市なり、あるいは福島原発なりの「どこか」が大津波に襲われる確率は、今後10年間で2%という非常に低い数字になってしまうのです。

     

    今後10年間で2%という発生確率は、津波地震の発生がそれほど迫っていないという意味に受け取られてしまいます。「長期評価」が津波対策に警鐘をならしたとは言えないでしょう。「長期評価」から9年後に、「三陸沖北部から房総沖まで海岸のどこかを襲う津波地震」ではなく、「三陸沖北部から房総沖まで全部の海岸を襲う津波地震」が起きてしまいました。

     

    「長期評価」は東日本大震災クラスの被害を想定していたという島崎氏の主張は、私にはあまり根拠がないように思われます。しかし、島崎氏はこの主張をいろいろな機会で展開するようになりました。例えば「予測されたにもかかわらず,被害想定から外された巨大津波」(『科学』2011年10月号)。その際、島崎氏がよく言及するのが、「長期評価」の第1ページ目に官僚が加えたという、以下のパラグラフです。

     

    「なお、今回の評価は、現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではあるが、データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等による限界があることから、評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある。」

                                            

    島崎氏は、このパラグラフが加えられたために、「長期評価」は防災対策に採用されず、東日本大震災の被害を小さくすることができなかったと、一貫して主張してきました。しかし、このパラグラフを加えたことは、きわめて適切だったと考えられます。

     

    「データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等による限界」が「長期評価」にはありました。とくに問題なのは貞観地震の扱いです。869年に起こった貞観地震による津波の浸水域は、東北地方太平洋沖地震の浸水域と同じくらいでした。貞観地震は明治時代に先駆的な研究が行われており、地震学者は誰でも知っていました。「長期評価」がまとめられた頃には、本格的な調査が行われており、データが十分でなくても、「長期評価」で検討すべきでした。それがなされなかったのは、「そのような地震はすぐに来るものではない」と島崎氏が考えていたからでしょう。「貞観地震の地震像が不鮮明であったため」と、島崎氏は言い訳をしています。

     

    「地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり」も事実でした。「長期評価」の想定は誤りでした。

     

    「防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある」も事実でした。今後10年間の発生確率2%という数字を、防災対策で使うべきではありません。

     

    このパラグラフを否定する島崎氏の主張には、科学者として必要な「自然あるいは自然現象に対する謙虚さ」が欠けているように、私には感じられます。

     



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