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映画『ドリーム』:アフリカ系アメリカ人女性たちとNASA
Hidden Figures

NASA の初期の有人宇宙計画に大きな役割を果たしたアフリカ系アメリカ人女性たちを描いた映画『ドリーム』を観てきました。

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とてもよくできた映画です。この映画に登場するキャサリン・ジョンソンさん、ドロシー・ヴォーンさん、メアリー・ジャクソンさんは実在の人物です。この映画をきっかけに多くの人が宇宙開発に興味をもってもらえればと思います。1950年代後半から1960年代初めにかけてのなつかしいアメリカ車や女性たちの素敵なファッションを楽しむこともできます。

残念なことといえば、プログラムの日本で書かれた解説部分に、マーキュリー計画の背景説明に正確ではない個所が多々あったり、映画として脚色された部分が事実と混同されかねない書き方をされていたことでしょうか。

彼女たちの成功を「ポジティブな考え方」や「あきらめない心」のせいにするのは、物事の一面しか見ていないことになるでしょう。そのような美談からはほど遠く、彼女たちを取り巻く環境はきわめてきびしいものでした。第二次世界大戦の時代から戦後、そして1958年にNASA が発足してからも、アメリカ社会には深い人種差別がありました。それでもなぜ、彼女たちがNASA で大きな業績を成し遂げることができたかといえば、それは彼女たちの能力と努力のたまものであり、そして、キャサリン・ジョンソンさんが最近のインタビューで語っているように、NASA が1つの目標にむかって皆で進んでいく組織だったからでしょう。

この映画に興味をもたれた方はマーゴット・リー・シェタリーの原作“Hidden Figures: The American Dream and the Untold Story of the Black Women Mathematicians Who Helped Win the Space Race” を読むことをお勧めします。映画ではキャサリンさんのマーキュリー計画での仕事が中心になっていますが、原作の最初の3分の1は、ドロシー・ヴォーンにささげられています。

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ドロシーさんは当時NASA で働いていた多くの黒人女性たちのパイオニアといえる存在でした。1943年12月、バージニア州ファームビルの高校教師だったドロシーさんがグレイハウンド・バスに乗って、NASA の前身であるNACA(アメリカ航空諮問委員会)のラングレー・リサーチ・センターに向かうところから、すべての物語がはじまるのです。

ドロシーさんはラングレー・リサーチ・センターの西エリア計算ユニットに配属されます。「人間コンピューター」として計算尺や機械式計算機を用いて航空分野の計算をするのが仕事でした。ドロシーさんたち黒人女性と、同じ仕事をする白人女性たちの仕事場は分けられており、ドロシーさんたちが隔離されていた建物が西ユニットでした。1949年にドロシーさんは西ユニットのスーパーバイザー(監督者)になりました。黒人女性のスーパーバイザーはNACA初のことでした。彼女の役職は1958年10月にNACA がNASA に改組されるまで続きました。NASA がスタートすると、黒人女性を隔離していた施設はなくなり、それとともにドロシーさんは新しいコンピューター部門に移りました。ドロシーさんは1971年にNASA をリタイアし、2008年に亡くなりました。

ドロシーさんが長をしていた西エリア計算ユニットにメアリー・ジャクソンさんが雇われたのは1951年でした。2年後に超音速風洞実験の部署に配属されたメアリーさんは、これをきっかけにエンジニアになる道を目指します。

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メアリーさんが黒人女性として初のNASA のエンジニアになったのは1958年のことでした。メアリーさんは1985年にNASA をリタイアし、2005年に亡くなりました。

キャサリン・ジョンソンさんが西エリア計算ユニットにやってきたのは1953年の夏のことでした。2週間後、ドロシーさんは彼女を飛行研究部門に異動させます。キャサリンさんはそこで航空機の計算や航空機事故の調査に携わりました。ソ連との宇宙競争がはじまり、1958年にNASA が創設されると、有人宇宙飛行を目指すスペース・タスク・グループがラングレー・リサーチ・センター内に組織され、マーキュリー計画がスタートします。キャサリンさんがそこで重要な役割を果たすことは、映画で描かれた通りです。

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ただし、映画で描かれたキャサリンさんに対する差別には、かなり脚色された部分があります。当時のラングレーでは白人用のトイレと黒人用のトイレは分かれていましたが、キャサリンさんは白人用のトイレを使っていました。その理由は、トイレが白人用と黒人用に分かれていることを知らなかったためでした。白人用のトイレには「白人用」という表示がなかったからです。数年たってキャサリンさんはそのことを注意されましたが、彼女はそれを無視し、白人用のトイレを使いつづけたとのことです。当時、差別を感じることはあまりなかったと、キャサリンさんは語っています。

キャサリンさんは1986年にNASA をリタイアしました。2015年、オバマ大統領はキャサリンさんに対して大統領自由勲章賞を授与しました。また、2016年9月にラングレーにオープンした計算センターは、彼女の業績をたたえ、キャサリン・ジョンソン・コンピュテーショナル・リサーチ・センターと命名されました。

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キャサリンさんは現在99歳ですが、とても元気です。最近のインタビューで、キャサリンさんは「私は1日も無駄にしませんでした。私に与えられた仕事は質問に答えること。そのために私は常に全力をつくしました。それが私の考え方です」と答えています。また、「NASA の若いエンジニアへのアドバイスは?」と聞かれて、「その仕事を好きになってください。そうすれば、あなたはベストをつくすことができます」とも語っています。

原作者のマーゴット・リー・シェタリーは、原作と映画で一番違っているところはどこかと聞かれて、「実際にはたくさんの黒人女性がチームで仕事をすることで、成果は成し遂げられたのです」と語っています。「しかし、登場人物が300人もいる映画をつくることができないことはわかります」。

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