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ハンガーS:NASA 有人宇宙飛行の揺籃
Hangar S:Cradle of NASA’s human spaceflight

前の話の続きです。ジョン・F・ケネディとNASA にまつわる写真の中で、私が好きなのは下の写真です。1962年2月20日、ジョン・グレンはマーキュリー6号に搭乗し、アメリカ初の軌道周回飛行を成功させました。2月23日、ケネディ大統領は当時ケープ・カナヴェラル空軍基地にあったNASA の施設を訪れ、グレンにNASA殊勲賞を授与しました。これはその時の写真です。ケネディの右がグレン、その隣が妻のアニー、そして娘のリンと息子のデイビッドです。デイビッドの右はNASA長官のジェームズ・ウェッブ、ケネディの左にリンドン・ジョンソン副大統領がいます。

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背景の ”MANNED SPACECRAFT CENTER” の文字が誇らしげです。「ニュー・フロンティア」を掲げて登場した若い大統領、アメリカの未来を支える若い家族、宇宙を目指すために誕生したNASA。皆が若く、未来への希望に燃えていました。1950年代後半から1960年代はじめの、アメリカが最も輝いていた時代を象徴する写真の1枚といえるでしょう。

この写真に写っている建物は、ケープ・カナヴェラル空軍基地のインダストリアル・エリアにあるハンガーS です。

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ハンガーS はアメリカ空軍が1957年に建設しました。資材の保管等が目的でしたが、すぐにアメリカ海軍研究所(NRL)が人工衛星を打ち上げるヴァンガード計画のために使用することになりました。下の写真は、その頃のインダストリアル・エリア入口にあった表示板です。

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1958年に発足したNASA は、人間を宇宙に送るマーキュリー計画をスタートさせました。この計画に使用する施設として、ハンガーS は1959年に空軍からNASA に移管されたのです。

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1961年9月、テキサス州ヒューストンに有人宇宙計画のためのセンターが建設されることになりました。10月24日、Manned Spacecraft Center(現在のジョンソン宇宙センター)が発足。これにともない、ハンガーS もこのセンターに属することになりました。ハンガーS の壁に ”MANNED SPACECRAFT CENTER” が表示されていたのは、そのような事情によります。

1963年まで、ハンガーS はNASA の有人宇宙計画の拠点となりました。ハンガーS には宇宙船のシミュレーター、宇宙船の気密をチェックするための真空チャンバー、マクダネル社の工場から運ばれてきたマーキュリー宇宙船の最終点検場、宇宙飛行士の居住区、医務室などが置かれていました。マーキュリー計画の宇宙飛行士たちは日々の訓練をここで行い、打ち上げの日にはここでメディカルチェックを受け、宇宙服を着て発射台に向かったのです。帰還して回収されたマーキュリー宇宙船もハンガーS に持ち帰られ、点検を受けました。

レッドストーンロケットによるマーキュリー3号と4号の打ち上げは第5発射台、アトラスロケットによるマーキュリー6号、7号、8号、9号の打ち上げは第14発射台で行われました。軌道上の宇宙飛行士と交信するミッション・コントロールはMCC(マーキュリー・コントロール・センター)で行われました。MCC はハンガーS とは別の場所に設置されていました。

ハンガーS は1965年からはいくつかの人工衛星ミッションのために使用されました。この頃には、有人宇宙船の打ち上げはケープ・カナヴェラル空軍基地の北に建設されたケネディ宇宙センターで行われ、宇宙飛行士の訓練やミッション・コントロールはヒューストンで行われるようになっていました。スペースシャトル計画の後期には、ハンガーS は固体ロケットブースターの整備場所として使用されました。下の写真は1966年頃のインダストリアル・エリアで、矢印の建物がハンガーS です。

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2011年のスペースシャトル計画の終了にともない、ハンガーS はその役目を終え、NASA はこの建物を撤去リストに入れました。ところが、ハンガーS はマーキュリー計画の歴史的遺産であるとして、この建物を保存する動きがはじまりました。さらに2015年にはスペースX社が6か月ハンガーS を借りたこともあり、ハンガーS はまだ解体にいたっていません。

ハンガーS は、現在内部は空っぽで、マーキュリー計画当時のものは何も残っていません。建物の外側だけが残っているのみです。そのためNASA は、保存の対象にならないと考えているようです。しかしながら、ハンガーS 以外に、マーキュリー計画当時の面影を残す施設は残っていません。第5発射台があった場所は現在、空軍宇宙&ミサイル博物館になっています。第14発射台は整備塔などがすべて撤去された廃墟状態で、発射台に向かう道の入り口に、マーキュリー計画の記念碑が建てられています。MCC の建物は2010年に解体され、コントロールルームの装置は、ケネディ宇宙センターのビジターコンプレックスに展示されています。

下の写真はGoogle Earth で見た現在のハンガーS です。建物はかなり傷んでいるようですが、あの日、ケネディやグレンや多くの人が集まっていた場所はそのまま残っています。

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Google Earth
ハンガーS はNASA の有人宇宙計画の揺籃となった場所です。何とか保存されるといいのですが。

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