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月面ローバー、ルノホート1号
Lunokhod 1 on the surface of the moon

『ファイナル・フロンティア』では1960年代の米ソの月着陸競争について書きましたが、本自体のテーマが有人宇宙飛行であったために、当時の月のサイエンスについてはあまり書くことができませんでした。

アポロ計画が月の起源や進化の解明にどれだけ貢献したかはすでに多くの文献に書かれていますが、ソ連のルナ計画で得られた科学的成果については、あまり知られていないのが実状です。そこで、私は今、これについてもう一度勉強しています。

ルナ1号が打ち上げられたのが1959年、ルナ計画最後の探査機となったルナ24号が打ち上げられたのは1976年です。この間に月のリモートセンシングのほか、3度のサンプル・リターンと2度のルノホートによる月面探査が行われました。ルノホートは8個の車輪を持つ無人ローバーで、1号は月面で約10か月活動し、10キロメートルを移動しました。2号は月面で約4か月活動し、37キロメートルを移動しました。

20131116_01

当時の研究論文をなかなか入手できなかったのですが、ロシアの比較惑星学の第一人者であるアレクサンドル・バジレフスキー先生からたくさんの資料を送っていただきました。その中には、1970年11月に雨の海に着陸したルノホート1号に関する論文がありました。1972年に発表されたもので、バジレフスキー先生も著者の1人になっています。「ルノホート1号による月面探査の結果は、雨の海の探査域に多数のクレーターと岩石片が存在することを示している」とはじまるこの論文からは、当時の月面探査の興奮が伝わってきます。

ルノホートは、搭載されたナビゲーション・カメラで撮影した月面の画像を地球に送ってきました。クリミアのシンフェロポリにあったミッション・コントロール・ルームでは、ルノホートのパイロットが数秒間隔で送られてくる月面の画像を見ながら、操縦をしていました。送られてくるのが連続した映像でない上に、月から地球まで信号が届くのに3秒ほどかかるため、パイロットは障害物を避けながら慎重にルノホートを移動させる必要がありました。

20131116_02

このコントロール・ルームは軍の管轄で、科学者は立ち入り禁止になっていました。しかし、若かりし頃のバジレフスキー先生は自分の椅子を持って毎日この部屋に入りこみ、その様子を見ていました。「そのときどんな気持ちでしたか?」とメールを送ったところ、バジレフスキー先生からは、次のような返信が来ました。「月面から送られてくる画像を見るのはとてもエキサイティングでした。しかし、同時にそれは自分の仕事でもありました。私は自分がモニター画面で見たもの、岩石やクレーター、あるいはそれらの関係などをずっとノートに書き止めていました」。

ルノホートは多数の月面のパノラマ写真も撮影しました。

20131116_03

それらの写真からは、何ともいえない月面のリアリティーが感じられます。

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