われわれは月に行くことを選んだ

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    We choose to go to the moon

     

    1962912日、ケネディ大統領はヒューストンのライス大学で有名な演説を行いました。「われわれは月へ行くことを選んだ」と述べ、月を目指すことがアメリカの国家目標であることを高らかに宣言したのです。

     

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    当時はソ連との冷戦の真っただ中の時代でした。アメリカは宇宙開発でソ連に後れを取っていました。そこでケネディは1961525日、議会で「アメリカは1960年代が終わらないうちに人間を月に送り、安全に地球に帰還させる」と発表し、月着陸一番乗りをめざすアポロ計画がスタートしました。

     

    それから14か月後のライス大学での演説の頃には、月に行く技術をマスターするためのジェミニ計画の準備が進められ、アポロ宇宙船の開発もはじまろうとしていました。ケネディはライス大学の演説で述べています。「われわれは60 年代が終わる前に月へ行く。それが容易ではなく困難であるがゆえに。・・・そしてわれわれがその挑戦に勝つつもりでいるがゆえに」。アメリカにとってソ連との競争に勝つことが「自由と平和」を守るためのアメリカの使命であると、アポロ計画の意義を述べたのです。

     

    ケネディは19631122日、テキサス州ダラスで暗殺され、アポロ11号の月着陸を見届けることはできませんでした。アポロ11号の月着陸船イーグルが月面に降り立った今から50年前の1969720日、アーリントン墓地のケネディの墓に誰かが小さな花を飾り、「大統領、イーグルは着陸しました」というメモを置いていたというエピソードが残されています。



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