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IPCC のデータ捏造疑惑は本当か?
すでに皆さんも新聞記事やブログの情報でご存じのように、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「データ捏造疑惑」なるものが、主にアメリカやヨーロッパの懐疑派(温室効果ガスによる地球温暖化に否定的立場をとる人々)のブログで盛り上がっています。地球温暖化研究の世界的拠点の1つであるイギリス、イーストアングリア大学の気候研究ユニット(CRU)のサーバーに何者かが侵入し、1996年から最近までの1000通以上のメールが盗まれ、ウェブ上で公開されてしまったのです。CRU のフィル・ジョーンズ所長はメールが本物であることを認めました。盗まれたメールの中には、温室効果ガスによる地球温暖化の証拠としてIPCC が使ったデータが捏造されたものであることを示唆する内容のものもあるとされ、ウォーターゲートならぬ「クライメートゲート」という言葉まで登場しました。

この騒動でまず私が言いたいのは、不正に取得され、許可なくネット上にアップされたメールの内容を、そのまま転載して批判している懐疑派のやり方はマナー違反だということです。不正に取得された情報は、いくら重要なことが書かれていると思っても、無視すべきであると私は考えます。真相を追及したいのなら、別の方法を使うべきです。今回の懐疑派の人たちの行動は、サーバーへの不法侵入という犯罪に加担していると非難されても仕方ないでしょう。メールを書いた人物をおとしめ、IPCC の報告書に不信感をもたせる目的で、不法侵入者はデータをアップし、「告発メール」を懐疑派に送りつけたのですから。今回の事件の報道で、ニューヨーク・タイムズ紙やBBC などの大手メディアがメールの文面を引用していないのは流石です。

この事件について、「IPCC のデータ捏造疑惑」という言葉が使われていますが、これでは「IPCC データ」なるものがあり、これが捏造かどうか問題になっているかのように受け止められてしまいます。実際には、IPCC が採用した個別の研究に「データ捏造疑惑」があるということです。その対象となっているのは、いわゆるホッケースティック曲線です。これについては先日も書きましたが、「疑惑」が本当なのかどうかを検証するため、もう一度、最初から説明しましょう。

ペンシルベニア州立大学のマイケル・マンらは、木の年輪、氷床コア、サンゴなどのデータを用いて、過去600年間の北半球平均気温を復元し、1998年に『ネイチャー』誌に発表しました。翌1999年には、過去1000年までを復元した論文を『ジオフィジカル・リサーチ・レターズ』誌に発表しました。後者に掲載されていたグラフは2001年に発表されたIPCC の第3次評価報告書に収録されました。これがホッケースティック曲線とよばれることになったグラフです。

ホッケースティック

青い線が復元された過去の気温、黒い線は40年平均をとって変化をなめらかにしたもの、灰色の部分は推定気温の誤差の範囲を示しています。赤い線は温度計で測られた実際の気温です。過去の気温はあまり変化を示さず、わずかに低くなりながらほぼ直線状に推移していますが、20世紀に入ったあたりから、気温は急上昇しています。この形がホッケーで使うスティックに似ていることから、ホッケースティックの名がつけられたのです。

IPCC の第3次評価報告書では、このグラフは、20世紀の気温上昇が過去に例のない特別なものであり、温室効果ガスによる気温上昇を示唆するものとして位置づけられていました。一方、温室効果ガスによる地球温暖化を否定したい懐疑派からは、「中世の温暖期や小氷期が再現されていない。このデータは信頼性に欠ける」「近年の気温上昇が特別であることを強調するための操作が行われている」といった批判がもちあがり、ホッケースティック曲線は、IPCC 対懐疑派の象徴的存在となっていったのです。

2003年、スティーブン・マッキンタイアらは、「マンらが使用したデータを使って再計算したところ、ことなる結果が出た。マンらのデータ処理方法は間違っている」という、ホッケースティック曲線を否定する論文を発表しました。これに対してマンらは、マッキンタイアらの計算方法は正しくないと反論しました。

2004年、マンらは1998年の論文に関する訂正を『ネイチャー』誌に掲載しました。この訂正をもって、マンらの結論が間違っていたかのような記述がみられますが、これは誤りです。訂正されたのは使用したデータの出所の一部であり、論文の結果に影響を与えるものではありませんでした。

ホッケースティック論争は議会の注目するところとなり、全米科学アカデミーの関連団体である全米研究会議(NRC)内に過去2000年間の気温を検討する委員会がつくられました。この委員会の報告書は2006年に発表されました。報告書では、過去の気温復元に関する複数の研究が検討されています。下のグラフは、この報告書に掲載されているもので、6つの研究結果が色分けで示されています。最近の黒く太い線は温度計による実測値です。

NRC

このグラフを見ると、1000年ごろの中世の温暖期とよばれる時代には気温が比較的高く、1400〜1700年ころの小氷期とよばれる時代には気温が比較的低いといった傾向はみられるものの、その変動幅はマンらのホッケースティック曲線の誤差の範囲にほとんど含まれています。20世紀に入ってからの気温の急激な上昇はここでも明らかです。報告書では、結論として以下の点を上げています。
・20世紀の最後の数十年間の世界平均気温は、過去400年間のいかなる時期よりも
 高かった。
・より古い時代については不確実性が増すものの、ほとんどの場所で、最近25年間
 の気温は、過去1100年間のどの時期よりも高かったと考えられる。
・北半球の20世紀の気温が過去1000年間のどの時期よりも高かったというマンらの
 結論は、過去の気温復元の研究結果からも、世界的な氷河の後退をはじめとするさ
 まざまな事例からも支持される。

2007年に発表されたIPCC 第4次評価報告書では、過去1300年間の気温についてさらに多くの研究結果を収録したグラフが示されています。下のグラフがそれで、このうち紺色の線はマンらのホッケースティック曲線です。「ホッケースティック曲線は間違っていたので、IPCC の第4次報告書では削除された」という記述が一部にみられますが、これは誤りです。

IPCC第4次報告書

このグラフに収録されているデータには、NRC のグラフに載っているものも、そうでないものもあります。気温の復元に使用したデータの種類や処理の仕方で、さまざまな曲線が描かれていますが、気温の実測値(黒い線)と比べてみれば、20世紀の最後の数十年間の気温は、過去1300年間のどの時期よりも高くなっています。ホッケースティック曲線が、他の研究結果と比べて特別に外れた傾向を示していないこともわかります。それどころか、これらの曲線をオーバーラップさせた下のグラフでは、最も重なりの多い部分(色の濃い部分)の形はホッケースティック曲線とほぼ同じであることがわかります。

IPCC第4次報告書2

ホッケースティック曲線は、学問が進歩してきている今となってはわざわざ取り上げる必要はないが、当時としては良い仕事だったし、今からみても明らかな間違いはなかったといえるでしょう。ところが、今回の騒動で、ふたたび「捏造疑惑」がもち上がりました。はたして、ホッケースティック曲線に使われたデータには、意図的な結論を導き出すために捏造された部分があるのでしょうか? 私自身がマンらのデータをチェックしたわけではありませんが、答は否でしょう。マンらは当時からデータを公開していました。そして、マンらをはげしく批判したマッキンタイアらは、マンらから提供された同じデータを使って再計算をしたわけですから、もしもデータの捏造があったとしたら、そのころすでに明らかになっていたはずです。

しかし、「今回明らかになったジョーンズ所長のメールには、データの捏造を示す内容が書かれていたではないか」という方もいるでしょう。最初に書いたように、ジョーンズ所長のメールを引用するのはしたくないのですが、すでにネット上で出回っていることでもあるので、「疑惑」を晴らすために引用して、検証してみましょう。問題となっているのは、以下の文章です。

I’ve just completed Mike’s Nature trick of adding in the real temps to each series for the last 20 years (ie from 1981 onwards) and from 1961 for Keith’s to hide the decline.

このメールは、マン(Mike)らが1998年に『ネイチャー』誌に発表した論文に関するものです。“trick” や ”hide” といった刺激的な言葉が見られますが、これは私信であるための特別な言葉遣いという面があるかもしれません。あまり先入観にとらわれずに、この文章を読んでみましょう。文章の前半は、復元したデータと一緒に、実測値もグラフにプロットする(add)ことを意味しています。復元データに実測値を組み入れてデータ操作をするということではありません。復元データは1980年までなので、実測値を一緒にプロットしておけば、1981年以降の気温上昇が示せるという考えなのでしょう。実際に、ホッケースティック曲線はそうなっています(下)。

ホッケースティック部分

後半は、年輪のデータについて触れたものです。樹木の成長は気温に影響されるため、年輪の幅を過去の気温の指標として利用することができます。ところが、1960年ごろ以降は、実際の気温は上昇していくのに対して、年輪が示す気温は低くなっていく(decline)という傾向が北半球高緯度の樹木でみられるのです。キース・ブリッファ(Keith)はこれについて1998年に『ネイチャー』誌に論文を発表しています。ジョーンズ所長の文章は、1961年以降の年輪のデータはそのまま使うことができないことを意味するものです。私には、ジョーンズ所長のメールがデータ捏造を示しているとは読めません。

『ネイチャー』誌12月3日号のエディトリアルのページでは、このメールについて触れており、”trick” とは賢い(合法的な)テクニックを意味するスラングであるとした上で、『ネイチャー』誌は論文に重大な疑惑があると判断された場合には調査を行うのが編集方針だが、今回のメールに関してはそのような点は見受けられないとしています。

懐疑派が主張している「データ捏造疑惑」に、何の根拠もないことは明らかです。今回の騒動で最も大事なことは、地球温暖化研究で重要な役割を果たしてきた研究者たちの、1996年から2009年にいたる1000通以上のメールを調べても、IPCC を批判するために使えたのは、今ではほとんど意味をもたないホッケースティック曲線だけだったという点です。それ以外のどのメールを見ても、懐疑派が主張するような「データの捏造」や「政治的意図による事実の歪曲」や「陰謀」などを示す証拠は見つからなかったのでしょう。科学的な研究によって明らかにされてきた温室効果ガスによる地球温暖化という事実を、それを否定したい懐疑派の人々自身が証明してしまったのです。

『ネイチャー』誌12月3日号は、「盗まれたメールは科学的陰謀を明らかにすることはなかったが、気候学者が世間からより支持されていくための方法について光を当てた」と述べています。「捏造疑惑」とは別の問題として、この事件をきっかけに、気候変動という社会的にも重要な意味をもつ科学の進め方について、研究者たちはいろいろ考えはじめていることを、最後につけ加えておきます。

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