東日本大震災:再び、地震学者の責任を考える

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    823日付のYahoo!ニュースに、東京大学名誉教授の島崎邦彦氏のインタビュー記事「真っ当な対策があれば、原発事故はなかった 地震学者・島崎氏が見たもの」が載りました。島崎氏は東北地方太平洋沖地震が発生した20113月に地震予知連絡会の会長をつとめていた人物です。島崎氏はこの記事で相変わらず、「長期評価に沿って防災対策をしていれば18000余りの命が救われただけでなく、原発事故も起きなかった」と主張しています。「長期評価」とは同氏が中心になってまとめた地震調査研究推進本部地震調査委員会の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(2002年)のことです。しかし、島崎氏のこの主張には明らかに誤りがあります。地震学者としての社会的責任を逃れるための発言のようにさえ、私には感じられます。

     

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    東北地方太平洋沖地震を予知できなかった地震学者の責任や「長期評価」の中身、そして震災後の島崎氏の主張に関しては、以前、ここここここここに書きましたので、ぜひお読みください。インタビュー記事の島崎氏の主張が事実にもとづいていないことがお分かりになると思います。

     

    地震調査委員会の「長期評価」は、過去に発生した地震の記録から平均周期を計算し、それをもとに発生確率を算定するという大学生のレポートレベルの報告書です。日本の地震科学者は1965年に「地震予知計画」をスタートさせましたが、こうした研究の科学的成果が長期評価に反映されているわけではありません。

     

    前にも書きましたが、「長期評価」は来るべき巨大津波地震を予測するどころか、大地震の発生はさし迫っているわけではないという誤ったメッセージを与えるものでした。

     

    「長期評価」では「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)」について、「この領域全体では約133年に1回の割合でこのような大地震が発生すると推定される。・・・今後30年以内の発生確率は2 0%程度、今後50年以内の発生確率は30%程度と推定される。また、特定の海域では、断層長(200km程度)と領域全体の長さ(800km程度)の比を考慮して530年に1回の割合でこのような大地震が発生すると推定される。・・・今後30年以内の発生確率は6%程度、今後50年以内の発生確率は9%程度と推定される。」としています。つまり、かなり悠長な予測であることがわかります。

     

    また、このような大地震(津波地震)の「今後10年以内」の発生確率は、領域全体で「7%程度」、 特定の海域(例えば福島県沖)では「2%程度」とされています。これでは誰も巨大津波地震が迫っており、早急に防災対策を立てなくてはならないとは考えないでしょう。私が、「長期評価」は誤ったメッセージを与えるものであったという理由はここにあります。「長期評価」発表から9年後、すなわち「10年以内」に東日本太平洋沖地震は発生してしまいました。

     

    「長期評価」で評価の対象となった地震は、島崎氏のインタビュー中での言葉を借りれば「マグニチュード7程度の非常に大きな地震」でした。当時の地震学者の頭の中にある「非常に大きな地震」とはマグニチュード7〜8の地震であり、マグニチュード9.0の巨大地震など、想像もつかなかったのです。その理由は、当時地震学者が信じていた東北沖で発生する地震の発生モデルが間違っていたからです。「長期評価」も間違ったモデルにもとづく分析です。東北地方太平洋沖地震発生という現実の前に、「長期評価」の内容はまったく意味を失ってしまいました。

     

    東日本大震災発生から3か月後の201169日に、地震調査委員会は「東北地方太平洋沖地震に伴う長期評価に関する対応」を発表します。わずか2ページの文書です。未曾有の大震災に対して、たった2ページ(文章は1ページ)の文書しか発表しないは、地震調査委員会としての責任を果たしているとはいえないと思いますが、この文書の中で、海溝型地震の長期評価について以下のように述べています。

     

    「これまでの長期評価では、観測記録、歴史資料や地形・地質学的調査の成果に基づき、同じ領域で同等の規模の地震が繰り返し発生するという考え方で評価していた」が、今後は「各領域について過去に発生した地震のデータから想定した最も起こりうる地震のみならず、史料や観測記録で発生が確認されていない地震についても以下のようなことを考慮して科学的根拠に基づき想定できるよう、評価手法の改善を図る」。

     

    つまり、2002年の「長期評価」の手法の誤りを認め、今後は「科学的根拠」にもとづいて評価するとしています。「長期評価」が科学的な根拠にもとづいたものではないことを認めているわけです。地震調査委員会としてこのような見解を地震業界向けに発表する一方で、島崎氏は大きな被害が出たのは「長期評価」を認めなかったためという主張を、震災直後から国民に対して流し続けます。これは欺瞞ではないでしょうか。

     

    現在多くの地震学者は、マグニチュード9.0の巨大地震を予知できなかった反省をもとに研究活動をつづけています。しかし、島崎氏自身が地震学者の責任についてきちんと述べた言葉を私は聞いたことがありません。

     

    島崎氏は、国の中央防災会議が「長期評価」に沿った対策を決めなかったために、大きな被害がでたと主張しています。しかし、島崎氏が当時本当に巨大津波地震に備えた防災対策が緊急に必要であると考えていたのなら、個人の立場ででも、それを強く発信すべきだったのではないでしょうか。まして島崎氏は20065月から20085月まで日本地震学会の会長をつとめ、20094月から地震予知連絡会の会長という立場にあったわけですから、こうした場を通じて警鐘を鳴らすことも可能だったはずです。


    キラウエア火山:溶岩の流出続く

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      KiraueaEruption of Lava Continues

       

      ハワイ島のキラウエア火山が活発な活動を続けています。

       

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      はげしく噴き上がる溶岩は時には高さ10m以上にも達しています。粘性が低い溶岩は川のような流れになり、520日には海岸にまで達しました。海水と反応して水蒸気が上っています。オーシャン・エントリーとよばれる現象です。

       

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      ハワイ島は北からコハラ、マウナケア、フアラライ、マウナロア、キラウエアという5つの火山からできています。ハワイ島の南東部に位置するキラウエアはその中で一番若い火山です。標高1248mの頂上にあるのがキラウエア・カルデラで、直径は5km×3km。カルデラの周囲にはビジター・センターやハワイ火山観測所(HVO)、トーマス・ジャガー博物館があり、ハワイ島の観光名所になっています。火山に関する展示があるトーマス・ジャガー博物館の展望台からはカルデラ内を眺望することができます。

       

      キラウエア・カルデラは1924年までは常に溶岩をたたえていました。1924年にカルデラ内のハレマウマウ火口で大規模な水蒸気爆発が起こりました。以後、カルデラ内の活動は比較的静穏になりましたが、それでもたびたび溶岩を流出しています。2008年にはハレマウマウ内に新しい火口ができ、オーバールック火口とよばれています。

       

      キラウエア・カルデラの西にはサウスウェスト・リフトゾーン、東側にはイースト・リフト・ゾーンとよばれる噴火帯が伸びています。キラウエア火山の特徴は、カルデラ内の活動に加え、こうした噴火帯から大量の溶岩が流出する点にあります。キラウエア火山をつくっているマグマ溜りはカルデラの真下約2~3kmという非常に浅いところにあり、上昇してくるマグマはカルデラ内の火口だけでなく、これらの噴火帯へも移動していくのです。

       

      サウスウェスト・リフトゾーンでは1974年に溶岩流出がありましたが、それ以降、活動はありません。最近の活動はイースト・リフト・ゾーンに移っています。イースト・リフト・ゾーンはキラウエア・カルデラに近いアッパー・イースト・リフト・ゾーン、その東のミドル・イースト・リフト・ゾーン、さらにその東のロワー・イースト・リフト・ゾーンに分けられます。

       

      現在のキラウエア火山の活動は、1983年から続いているものです。1983年、キラウエア・カルデラの東約15kmの地点ではげしい溶岩の噴出がはじまりました。アッパー・イースト・リフト・ゾーンとミドル・イースト・リフト・ゾーンの境あたりの場所です。溶岩の噴出は3年以上にわたり、高さ255mになった火砕丘はプウオーオーと名づけられました。1986年に溶岩の噴出は北東にできた割れ目に移動しました。溶岩は州道130号線を分断し、海に達しました。1992年には再びプウオーオーが活動を開始しました。プウオーオーの活動は2007年にも活発になり、北東部に新しい割れ目が生まれ、溶岩が流出しました。2008年から2014年の間、プウオーオーとその東にできた割れ目から大量の溶岩が流出し、海に達しています。

       

      今年53日に始まった溶岩の流出は、ロワー・イースト・リフト・ゾーンで起こりました。レイナニ・エステーツという住宅地に割れ目が出現し、溶岩が噴出しました。以後、現在までに合計23個の割れ目が生じています。

       

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      現在割れ目噴火が特に活発なのはレイナニ・エステーツよりも東の22196523の割れ目で、流出した溶岩が海岸にまで達しています。下はUSGS(アメリカ地質調査所)が発表している地図の一部です。

       

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      一方、ハレマウマウ火口は515日に水蒸気爆発を起こし、翌16日には噴煙が高度9000mに達しました。同火口は以後も噴煙を上げています。

       

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      キラウエア火山の活動は今後も続きそうです。


      巨大津波は予測できたか?

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        福島第一原発に関し、国と東電に損害賠償を求めていた集団訴訟の判決が京都地裁でありました。「津波を予見できたのに対策を怠った」として、賠償を命じるものでした。報道によると、判決は政府が2002年に発表した「長期評価」で津波地震が起こり得ると指摘した点を重視したとのことです。

         

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        私はちょうど、東日本大震災から7年目の節目で当時の地震学の状況を振り返り、「長期評価」に関してここここここここに詳しく書いたところでした。

         

        これを読んでいただければお分かりになると思いますが、当時国や東電がマグニチュード9の地震や、それによって引き起こされる大津波を予見することは不可能でした。なぜなら、地震学者自身がそれを予測できなかったからです。東電は、既往の津波をもとに当時定められていた土木学会の「原子力発電所の津波評価技術」に基づいて津波対策を行っており、基準で定められた津波の高さをさらにかさ上げした防潮堤を設置していました。

         

        土木学会は2011年当時、新しい津波評価技術の検討に入ろうとしていたところでした。したがって、東電がそれに先駆けて巨大津波を予見し、対策を取ることはできない状況でした。

         

        裁判官は判決にあたって地震や津波に関していろいろと勉強したのだと思いますが、限界があります。海外の文献まで含めて当時の地震学の状況を把握し、「長期評価」自体を客観的に評価することはできないでしょう。阿蘇山が噴火した際の火砕流が海を越えて伊方原発にまで達するという昨年の広島高裁の判断の際にも感じたのですが、こうした専門的内容を扱う裁判の方法は今のままでよいのだろうかと考えてしまいます。



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