ナスカのミステリー(2):地上絵に一生をささげた女性研究者

0

    Nazca’s Mystery (2)The Lady Who Saved the Lines

     

    ナスカの地上絵は長い間知られずにいましたが、1926年に、この地域の上空を飛んだパイロットによって発見されました。1941年にアメリカ、ロングアイランド大学の歴史学者ポール・コソックが古代の灌漑システムを調査するため、この地を訪れ、地上絵と出会いました。コソックが帰国する際、彼の研究を引きついだのが、当時リマの国立博物館で働いていたマリア・ライヘでした。

     

    20180117_04.jpg

     

    マリア・ライヘは1903年、ドイツのドレスデンに生まれました。大学では数学を学び、27歳のときにペルーにやってきました。家庭教師などで生活費を稼ぎ、1937年にリマの国立博物館で働きはじめました。コソックが調査に来たとき、彼女はコソックの現地助手をつとめたのです。1946年、マリアは地上絵の調査を開始し、以後、地上絵の研究と保存に一生をささげました。マリアの研究とその著書“Mystery on the desert”によって、ナスカの地上絵は世界に知られることになりました。

     

    20180117_02.jpg

     

    Mystery on the desert”で彼女はこう書いています。「インカの時代の数世紀前、南ペルーの海岸近くに住んでいた人々は、とても独特なモニュメントをつくった。その大きさと正確な直線は、エジプトのピラミッドを連想させる。しかし、それはピラミッドのように高くそびえているのではなく、幾何学模様が数マイルにわたって平原に広がっているのである。まるで巨人が特大の物差しを使って描いたかのように」。

     

    また、こうも書いています。「リマからチリあるいはアレキパに向かうプロペラ機は、運がよければ、途中でコルディレラ山脈の西斜面に沿って飛んでくれる。地上を見下ろすと、そこには褐色の大地に明るい色で描かれた三角形や四角形、台形などが見える。その多くは飛行場によく似ている。小型機かヘリコプターでもっと低空を飛べば、さらにたくさんの直線や三角形、四角形からなる模様が見えてくる。直線は交差したり、並行に走ったり、放射状に広がったりしながら複雑なネットワークをつくっている。そしてそれらの直線的な模様の間に、動物をあらわす模様がある。それらは高度1500フィートからも明瞭に認められ、その大きさをうかがい知ることができる。これらの線や形が人工的なものであることは明らかだ。それらは何世紀もの間、昔のままで、誰にも発見されずにきた。サイズがあまりに大きいため、地上から見つけることができなかったのだ」。

     

    20180117_03.jpg

     

    巨大な地上絵を描くためには、古代人には不可能な高度な技術が必要だという意見もありますが、実際はそれほどむずかしくはありません。まず小さな絵を描き、これを拡大していく方法で描いたのだと、マリアは説明しています。実際、その作業に使われたと考えられる古い杭が埋まっているのが発見されています。

     

    ナスカの人々は、いったい何の目的のために地上絵を描いたのでしょうか? いくつかの考えがあり、中には異星人の宇宙船の発着場という荒唐無稽の説さえあります。マリアは、地上絵は天文現象と関連があり、古代のカレンダーだったのではないかと述べています。その根拠の1つとしてマリアは、描かれた直線の中に、夏至や冬至の日の出、日の入りの方角を示すものがあることを上げています。農耕をいとなんでいた古代ナスカの人々にとって、農作業をはじめる時期を知ることは重要だったと考えられます。

     

    このアイデアは、コソックが調査で訪れた621日、南半球の冬至の日に、ある線の延長上に太陽が沈むのを目撃したことにさかのぼります。マリアはさらに、おおぐま座やオリオン座などの星座に関連した線もあるとしています。ただし、無数といってよい線からは、任意の方向の線を選ぶこともでき、この説には困難な面もあります。現在では、研究者の多くは、地上絵は儀式の時に用いた聖なる道ではないかと考えています。また、地上絵の一部は地下水脈の位置を示すものだという研究もあります。

     

    マリアは地上絵を保存するため、ほうきで線をはいてきれいにしていました。いつもほうきを持っていたため、マリアは魔女であるという噂がでるほどでした。

     

    1994年、ナスカの地上絵は世界遺産に登録されました。マリア・ライヘは1998年に95歳で亡くなり、遺体は地上絵の近くに埋葬されました。


    ナスカのミステリー(1):砂漠に広がる巨大な地上絵

    0

      Nazca’s Mystery (1)Lines on the Desert

       

      ペルーの首都リマから南に約400km。アンデス山脈のふもとのナスカ台地に、巨大な地上絵が残されています。

       

      20180116_01.jpg

       

      ナスカ台地はアンデス山脈からの流れがつくった扇状地が砂漠になった土地で、雨はほとんど降りません。飛行機から見ると、まるで他の惑星に来たような荒涼とした風景が広がっています。面積は220平方kmほどで、北はインヘニオ川に、南はナスカ川によって区切られています。下の画像はナスカ台地の北半分です。

       

      20180116_02.jpg

       

      ナスカ台地には1000本以上の直線や多数の四角形、三角形、渦巻きやジグザグなどの幾何学模様、さらにはさまざまな動植物が描かれています。それらはみな巨大で、直線の中には長さ8km以上におよぶものもあります。くさび型をした四角形の最大のものは長さ1.6km、動物などの絵柄でも全長が100mをこえるものがあります。現在もいくつかの地上絵が新たに発見されています。

       

      地上絵のほとんどは、無数とも思える直線です。これらはランダムに分布しているわけではなく、ある点から放射状に広がる傾向を示しています。このような直線が放射状に広がるポイントとして、合計62か所が確認されているといいます。直線や細長いくさび型をした四角形などはナスカ台地に広く分布しています。

       

      一方、動物や植物の絵柄は、インヘニオ川に近い台地北端約10平方kmの地域に集中しています。そこにはサル、クモ、イヌ、コンドル、ハチドリ、サギ、トカゲ、ヘビ、クモ、トンボ、クジラ、シャチ、トンボ、クモ、サルなどの動物や、花や海藻などの植物、渦巻きなどの模様が描かれています。クモやサル、トリ、渦巻きなどは、アンデス一帯では古くから水に関するシンボルであったといわれています。動物や植物の絵柄はナスカの地上絵全体からみると、その数は少なく、全部で30個ほどです。これらの動植物はみな、古代ナスカの人々の生活に深い関係があったものなのでしょう。

       

      砂漠の上に描かれた動物たちや植物、幾何学模様は、一筆書きの単純な線画ですが、それぞれの特徴がみごとにとらえられており、きわめて印象的です。ナスカの地上絵がわれわれをひきつけてやまないのは、巨大さだけではなく、その芸術性にもあるのです。

       

      20180116_03.jpg

       

      これらの地上絵を描いたのは、紀元前100年ごろから紀元500年ごろまでこの土地に栄えていたナスカ文化をになった人々です。ナスカ文化は独特の装飾やあざやかな色彩をもつ陶器で知られており、それらの陶器には地上絵と同じような模様や動植物が描かれています。ナスカの人々はインヘニオ川やナスカ川両岸の峡谷でトウモロコシや綿花の農耕を営んでいましたが、自生していたキアベの森林を伐採しすぎたため、エコシステムが破壊され、この地から姿を消したと考えられています。

       

      ナスカ台地は表面10cmほどが、酸化して黒味を帯びた小石でおおわれていて、その下の土は白っぽい色をしています。ナスカの地上絵は表面の黒い石を取り除いた白い線で描かれています。取り除いた小石は縁に並べられ、図形の輪郭を強調することに使われていました。ナスカ台地は世界で最も乾燥した場所のひとつであるため、地上絵は2000年にわたってそのままの姿を保ってきました。


      1

      calendar

      S M T W T F S
       123456
      78910111213
      14151617181920
      21222324252627
      28293031   
      << October 2018 >>

      selected entries

      categories

      archives

      links

      profile

      書いた記事数:72 最後に更新した日:2018/10/12

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM