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スペースシャトル以後:有人宇宙飛行の新たな時代へ
スペースシャトル計画の終了により、宇宙飛行士や技術者など多くの人々がNASA を離れています。シャトル最後のフライトSTS-135 のコマンダーだったクリス・ファーガソンさんやその前のSTS-134 のコマンダー、マーク・ケリーさんなどもすでにNASA を去りました。少しさびしい感じがしますが、シャトル計画の遺産はさまざまな場所で受け継がれ、有人宇宙飛行の新しい時代を築いていくことになるのでしょう。

10年以上にわたってスペースシャトルのローンチ・ディレクターをつとめたマイク・ラインバッハさんもNASA を離れ、ULA(United Launch Alliance)で新たなチャレンジに取り組むことになったようです。

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ULA はロッキード・マーチン社のアトラス5 ロケットとボーイング社のデルタ4 ロケットによる人工衛星打ち上げを行っています。今後、商用有人宇宙飛行の打ち上げも行うため、有人打ち上げについてのラインバッハさんの豊富な知識と経験が必要とされています。

シャトル打ち上げ時のNASA のライブ映像で、ケネディ宇宙センターの打ち上げ管制室(Firing Room 4 といいます。NASA の有人ロケット打ち上げの歴史を感じさせる名称です)で指揮をとるラインバッハさんの姿を、皆さんもよく見かけたことと思います。私にとってとくに印象に残っているのは、STS-135 の打ち上げで見せた見事な判断でした。

このブログで何度も書いたことがあるように(たとえばこれ)、スペースシャトルの打ち上げは、約3日前からカウントダウンとホールド(カウントダウンの中断)をくり返しながら準備を進めていきます。打ち上げの最終判断はT−9分に行われ、以後は打ち上げの自動シークエンスが進みます。ところが、STS-135 ではT−31秒でカウントダウンが停止してしまったのです。打ち上げの自動シークエンス開始後、T−5分にかくされたホールドが組みこまれており、たまにここでのホールドが行われますが、T−31秒でのカウントダウン停止は、シャトルの歴史上はじめてのことでした。

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T−5分後のカウントダウン停止は過去に5回ありました。1984年のSTS-41D、1985年のSTS-51F、1993年のSTS-55とSTS-51、1994年のSTS-68で、いずれもT−6.6秒のメインエンジン点火後、メインエンジンの不具合あるいは異常な信号が検知されて緊急停止したものです。すべての場合で、その日の打ち上げは中止されました。

STS-135 では、酸素ベントアームの引きこみを確認する信号が受信されなかったため、コンピューターが自動的にカウントダウンを停止させました。酸素ベントアームは打ち上げ直前まで液体酸素タンクの圧力を逃がしておく役目を果たしています。液体酸素タンクの加圧後、アーム先端のキャップが外部燃料タンク頂部から離れはじめるのはT−2分50秒です。ライブ映像でこのシーンを見ると、「いよいよ発射だ!」という気分になったものです。

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アームが整備塔側に完全に引きこまれていなければ、打ち上げ時にシャトルの機体を傷つけてしまう危険性があります。酸素ベントアームがシャトルから離れたことは映像に写っていましたが、完全に引きこみ位置で保持されているかどうか、下から確認する必要がありました。しかし、作業員はすでに発射台周辺から退避しており、目視での確認は不可能です。

それまでに例がなかった事態が発生しても、ラインバッハさんは落ち着いていました。状況をチェックし、酸素ベントアームの引きこみ確認に問題があることがわかると、ラインバッハさんは「カメラ062」の映像をモニターに表示するよう指示しました。映し出された映像には、アームが引きこまれている状態が写っていました。ラインバッハさんはそれを確認すると、打ち上げシークエンス再開を指示しました。T−31秒からのカウントダウンが開始され、アトランティスは無事に最後の宇宙へと飛び立ちました。

この間の一部始終はNASA のライブ映像でそのまま流れました。下は、そのときのカメラ062 からの映像です。

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発射台の周辺には、シャトルの打ち上げをさまざまな角度から監視・記録するために、多数のカメラが設置されていました。カメラ062 は「酸素ベントアームの引きこみを映像で遠隔確認することが必要になる状況が発生するかもしれない」という想定のもとに、整備塔を見上げる角度で設置されました。これまで一度も使われずにきたものが、最後の最後になって必要になったのです。

また、T−31秒というのは、打ち上げシークエンスが地上のコンピューターからシャトルのコンピューターにバトンタッチされ、シャトルのコンピューターでの自動シーケンスが開始されるタイミングにあたります。シャトルの打ち上げプログラムには、こんなこともあろうかと、ここでのホールドもあらかじめ組みこまれていたわけです。

国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングするミッションでは、シャトル打ち上げのウインドウは狭く、STS-135 では10分間でした。この間に問題が解決されなければ、打ち上げを延期せざるを得ません。ラインバッハさんの的確な指示で、カウントダウンの中断は2分19秒ですみました。その2分19秒間に、NASA が長い時間をかけて培ってきた有人打ち上げ技術の成果が凝縮していました。スペースシャトル最後の打ち上げで、ラインバッハさんはNASA の底力を示してくれたのです。
ファイナル・ストップ。スペースシャトル計画完了。
7月21日午前5時57分(アメリカ東部夏時間、日本時間午後6時57分)、スペースシャトル、アトランティスはケネディ宇宙センターに帰還しました。

sts135_landing

スペースシャトルの車輪が滑走路上で止まると、シャトルのコマンダーは「ホイールストップ」と機体停止をヒューストンに報告するのが常でしたが、今回は少し違っていました。アトランティスのコマンダー、クリス・ファーガソンは「ミッション完了、ヒューストン」と連絡したのです。「30年にわたる任務の後、スペースシャトルは歴史の中にその場所を得た。ファイナル・ストップの時が来た」。ヒューストンからCAPCOM のバッチ・ウィルモアが返事を送ってきました。「ホイールストップ了解。おめでとう、アトランティス、そして30年にわたって世界中の人々をインスパイアしてきたこの信じがたい宇宙船に力を与えてくれたたくさんの情熱的な人たち。いい仕事だった」。

スペースシャトル計画は終了しました。これだけ複雑で多様な機能をもつ再使用型の有翼宇宙船は、しばらくは出てこないでしょう。しかし、スペースシャトルで得られた技術は、別のタイプの宇宙船に応用されていくはずです。
アトランティスの着陸機会
スペースシャトルの第1着陸機会は200周目で、7月21日午前5時56分58秒(アメリカ東部夏時間、日本時間21日午後6時56分58秒)です。この場合、Deorbit TIG すなわち軌道離脱のエンジン噴射時刻は午前4時49分04秒(日本時間午後5時49分04秒)、場所は北緯6度18分、東経92度43分、スリランカの東の上空、高度は約390km です。エントリー・インターフェイス(EI)すなわちアトランティスの機体が大気の影響を受けはじめるのは午前5時24分頃(日本時間午後6時24分頃)、高度は約120km、アトランティスがソニックブームとともにケネディ宇宙センターの上空に姿をあらわすのが午前5時52分頃(日本時間午後6時52分頃)の予定です。

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天候の都合などで帰還が1周遅れて201周目になった場合、Deorbit TIG は午前6時25分44秒(日本時間午後7時25分44秒)、場所は南緯7度58分、東経79度27分、インド洋の上空です。EI は午前7時00分頃(日本時間午後8時00分頃)、ケネディ宇宙センターの上空に姿をあらわすのが午前7時28分頃(日本時間午後8時28分頃)、着陸が午前7時32分55秒(日本時間午後8時32分55秒の予定です。

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空がきれいに晴れ上がっていれば、アトランティスの見事な着陸を見ることができるでしょう。
スペースシャトルの遺産:風に飛ぶ種子のように
スペースシャトル、アトランティスの帰還が近づいてきました。宇宙にたくさんの宇宙飛行士を送り、宇宙でたくさんの仕事をしたスペースシャトルの時代がもう少しで終わろうとしています。

Atlantis_middeck

スペースシャトル計画の終了によって、NASA が大きく変わっていくのも事実です。これまでシャトル計画にかかわってきた多くの宇宙飛行士、地上のスタッフ、技術者、科学者、施設の作業員が別の道を歩むことになります。

FD 13 のエグゼキュート・パッケージの最後には、地球に帰還するクルーに向けての(同時にNASA チームのすべてに向けての)、次のようなメッセージが書かれていました。

「それがどんなものになるにせよ、私たちは次の大きな冒険に歩み出していきます。私たちはいろいろな方面に散らばっていくでしょう。しかし、風に飛ぶ種子のように、私たちは私たちが学んだことを、多くの違った場所で根づかせることでしょう。シャトル計画は終わるかもしれませんが、その遺産は人間の活動があるところどこででも生きていくでしょう」

ポスト・スペースシャトル時代がどうなっていくのか、まだはっきり見えていない部分もあります。しかし、スペースシャトルの遺産はきっとさまざまな形で今後の宇宙活動に生かされていくに違いありません。
アトランティス、ISS から分離
19日午後5時18分(日本時間)、アトランティスは国際宇宙ステーション(ISS)を離れました。ISS からのスペースシャトルの最後の分離でもあります。

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アトランティスが結合していたISS のハーモニー・モジュールのハッチドアには、アトランティスがISS にもってきたスペースシャトルの模型とSTS-1 で飛んだ星条旗が飾られていました。

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機体前部のスラスターを噴射しながら遠ざかっていくアトランティスの姿は感無量でした。

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アトランティスはOBSS による機体検査も終え、いよいよ帰還の準備に入ります。
アトランティス、帰還へ
7月18日、アトランティスのクルーは国際宇宙ステーション(ISS)に別れを告げ、午後11時28分(日本時間)にISS とアトランティスを結ぶハッチが閉じられました。アトランティスはこれから帰還の準備に入ります。

ハッチ・クローズに先だって、アトランティスとISS のクルーは、特別なセレモニーを行いました。

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そして、アトランティスが地球からもってきた特別な品が、コマンダーのクリス・ファーガソン宇宙飛行士から紹介されました。1つは、スペースシャトルの模型で、シャトルの開発に携わった何人かがサインをしています。そして、もう1つは、やはりというか、STS-1 で宇宙を飛んだ星条旗でした。

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30年前にスペースシャトルの最初の飛行で宇宙を飛んだ星条旗が、スペースシャトルの最終便で運ばれてきたのです。「次にアメリカの宇宙船でISS を訪れる宇宙飛行士が、ふたたびこれを地上にもって帰るまで、この旗はISS に飾られる」と、ファーガソン船長は語りました。この旗によって、宇宙を切り開いてきたスペースシャトルのスピリットはISS に受け継がれることでしょう。またアメリカにとって、新しいアメリカの有人宇宙船でこれを持ち帰るという大きな目標ができたことになります。

スペースシャトルの模型と宇宙飛行のシンボルといえる星条旗を残して、アトランティスのクルーはハッチの奥へ消えていきました。

アトランティスの帰還は7月21日午前5時57分(アメリカ東部夏時間、日本時間21日午後6時57分)の予定です。
ハッブル宇宙望遠鏡のサービスミッション
スペースシャトルの数ある飛行の中で何が記憶に残っているかと聞かれると、多くの人がハッブル宇宙望遠鏡の修理ミッション(サービスミッション)をあげるようです。確かに、このミッションはスペースシャトルの能力がフルに発揮されたものでした。

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ハッブル宇宙望遠鏡は1990年のSTS-31 で打ち上げられました。ハッブル宇宙望遠鏡は口径2.4m の反射望遠鏡で、全長は13m、重量が11t あります。軌道高度534km という、スペースシャトルがそれまで到達したことのない高みに達したディスカバリーは、ペイロードベイに積んでいたハッブル宇宙望遠鏡をロボットアームで取り出し、軌道に投入しました。

第1回のサービスミッションは1993年のSTS-61 で行われました。5回の船外活動が行われ、ハッブル宇宙望遠鏡のピンボケは解消されました。ハッブルは本来の観測能力を発揮することが可能になり、天文学の教科書を次々に書き換える素晴らしい成果を生みはじめたのです。

2回目のサービスミッションは1997年のSTS-32 によって行われました。3回目のサービスミッションは2回に分けて行われ、サービスミッション3A が1999年のSTS-103 で、3B が2002年のSTS-109 で行われました。

ハッブル宇宙望遠鏡のサービスミッションを行うには、シャトルはまず高度500km 以上の軌道でハッブルにランデブーし、ロボットアームでハッブルを捕捉しなければなりません。ハッブルをペイロードベイに固定した後、船外活動を行って、観測機器や部品の交換を行います。作業完了後、ハッブルはロボットアームでふたたび軌道に投入されます。ランデブー、捕捉、船外活動、軌道への再投入。どれをとってもきわめて難度の高い作業です。

コロンビア事故後にシャトルの飛行が再開された際、ハッブル宇宙望遠鏡のサービスミッションは危険度が高いため、ロボットで行うべきという議論が巻き上がりました。しかしながら、このような高度な作業を無人でできるわけもなく、最後のサービスミッションが2009年にSTS-125 で行われました。このときは、サービスミッションを行うアトランティスで万が一のトラブルが発生した場合にそなえ、エンデバーがいつでも救出に向かえる体制がとられました。

ハッブル・サービスミッションの船外活動には、高い技量が必要とされます。フライト前にはプールに沈めたモックアップで長時間の訓練を行います。さらに、ハッブル宇宙望遠鏡自体についての高度な科学的知識も要求されます。天体物理学の専門家であり、ハッブル宇宙望遠鏡の観測装置の開発にもかかわったジョン・グランスフェルド宇宙飛行士は、ハッブル宇宙望遠鏡についてのプロフェッショナルとして、最後の3回のサービスミッションに搭乗しました。

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グランスフェルド宇宙飛行士は1995年にSTS-67 で初飛行を行いました。2回目の飛行はSTS-81 のミール宇宙ステーションへのドッキングミッションでした。STS-103 の3A、STS-109 の3B ミッションの後、2004年にNASA のチーフ・サイエンティストに就任しましたが、ハッブル宇宙望遠鏡への最後にミッションにペイロード・コマンダーとして搭乗しました。グランスフェルド宇宙飛行士は3回のサービスミッションで合計8回の船外活動を行いました。船外活動の合計時間は58時間30分に達しています。
バーバラ・モーガン:宇宙にも教育にも終わりはない
NASA の宇宙飛行士および元宇宙飛行士は、それぞれの思いをいだいてスペースシャトル最後のミッションを見守っていることでしょう。一人ひとりの宇宙飛行士に、それぞれの物語があり、それらが全部集まってスペースシャトルという宇宙船の30年間の物語が形作られているのです。

宇宙飛行士たちの物語をすべて紹介することはもとより不可能ですが、その何人かについて語るとすれば、バーバラ・モーガンさんを抜きにするわけにはいかないでしょう。

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1985年、NASA は宇宙を教育の場として利用するために「ティーチャー・イン・スペース」計画を開始しました。全米1万1000人の候補者の中から宇宙を飛ぶ教師として選ばれたのが、ニューハンプシャー州の高校教師クリスタ・マコーリフとアイダホ州の小学校教師バーバラ・モーガンでした。モーガンはマコーリフのバックアップとして訓練を受け、「ティーチャー・イン・スペース」の2回目の飛行で宇宙を飛ぶ予定になっていました。

ところが、1986年1月、マコーリフが乗り込んだスペースシャトル、チャレンジャーの事故により、「ティーチャー・イン・スペース」計画は中止されました。シャトルの飛行再開が見えない中、モーガンは小学校に戻りましたが、その後もNASA の教育プログラムとの協力関係は残りました。

1998年、NASA はふたたび宇宙を教育に利用する計画をスタートさせ、モーガンはNASA 初の「エディケーター・アストロノート」に指名されました。しかし、エディケーター・アストロノートにもミッション・スペシャリストの資格が必要であり、2年間の宇宙飛行士訓練コースが待っています。モーガンは当時46歳。実際に宇宙を飛ぶときには50歳を超えていることはわかっていましたが、ふたたび宇宙に挑戦したいと長い間考えていた彼女に迷いはありませんでした。

モーガンは2000年に宇宙飛行士の資格を取得し、2002年にNASA は、モーガンがSTS-118 のクルーとして2004年に国際宇宙ステーション(ISS)を訪れると発表しました。しかし、2003年2月、コロンビアの事故によって、彼女が乗るはずだったオービターは失われ、スペースシャトルはふたたび飛行中断に追い込まれました。

そして2007年、実に22年間におよぶ希求の末に、55歳になったバーバラ・モーガンはスペースシャトルで宇宙へと飛び立ちました。このSTS-118 ISS 組み立てミッションは、特別に ”Build the Station, Build the Future” とよばれました。モーガンはISS から子供たちに宇宙での生活について語り、宇宙にもっていった1000万粒のシナモン・ベイジルの種子は全米の小学校に配られました。

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STS-135 についてのNASA のポッドキャストで、モーガンは次にように語っています。「チャレンジャー事故の後、スペースシャトル計画を止めることもできた。コロンビア事故の後も、止めることはできた。しかし私たちはそうしなかった。間違っていたところを見つけ、それを直し、子供たちのために、未来への扉を開きつづけた」

この言葉は、NASA あるいはアメリカという国だけでなく、彼女自身の人生にもあてはまるでしょう。そして、「宇宙と同じように、教育に終わりはない」「教育の目的は子供に未来を与えること」「子供たちは大人が何をするかを見ている」という、彼女の教師としての信念のあらわれでもあります。

STS-118 の帰還後、私はモーガンさんと会う計画を立てていましたが、実現しないうちに、2008年、モーガンさんはNASA を離れ、教育者としての新しい仕事につきました。
スペースシャトル:Going to Work in Space
スペースシャトル、アトランティスが国際宇宙ステーション(ISS)に運んだ多目的補給モジュール、ラファエロには、4265kg の荷物が積まれていました。アトランティスのクルーおよびISS の長期滞在クルーは、これらの荷物をISS に移送する作業を行っているところす。ラファエロは帰還時に2570kg の荷物を地上に持ち帰ることになっています。12日には、アトランティスのクルーは長期滞在クルーのマイケル・フォッサムとロナルド・ギャレンが行った船外活動の支援も行いました。軌道上でのスペースシャトルのクルーはきわめて多忙です。

下の写真は、スペースシャトルがはじめて飛んだ1981年にNASA がつくったポスターの中の1枚です。長い間、私の仕事場に貼ったりしたため、いたんでいますが、帰還するコロンビアの横に ”Going to Work in Space” というコピーが見られるのがわかると思います。

Space_Shuttle

まさにこの言葉が、スペースシャトルの飛行をもっとも端的にあらわしていると、私は考えています。アポロ時代の宇宙飛行は、危険をともなう探検でした。しかし、スペースシャトルは宇宙で仕事をして、宇宙を人類にとってより身近なものにすることが、その任務なのです。

スペースシャトルの打ち上げ費用は、当初想定していた通りには下がりませんでした。宇宙の実利用といっても、そこには冒険的要素やリスクは依然として存在し、それがもっとも悲劇的にあらわれたのがチャレンジャーとコロンビアの事故でした。確かにそうなのですが、人や物を運ぶだけでなく、30年間にわたって宇宙でたくさんの仕事をしてくれた宇宙船としてスペースシャトルをみることも必要です。今の日本では、スペースシャトルをはじめて飛ばした頃のNASA の高い志を評価する雰囲気が薄れてしまったことが残念です。

アトランティスは日本時間の7月21日午後6時56分に帰還の予定です。
スペースシャトルは失敗作?
今日の朝日新聞朝刊の科学面に、「シャトル型宇宙船に休止符」というスペースシャトル関連の記事がのっていました。30年間の貢献はわきに追いやられ、「2度の死亡事故やコスト高がたたり」後継機は見当たらないという相変わらずのストーリーでシャトルが語られるのは少しさびしい気がします。スペースシャトルを「中途半端な失敗作」という人もいるようです。

コストの話はうんざりというのが私の正直な気持ちです。シャトルの「1回の打ち上げ費用は600億円を超え」ており、「日本のH2A ロケットの6倍以上」といわれても、H2A を6回以上打ち上げればシャトルと同じことができるわけではありません。

翼をもった再使用型宇宙船は、1950年代からすでに技術者の夢でした。そのルーツの1つは、ゼンガーのシルバーバードですが、フォン・ブラウンの「カーゴロケット」もまた、再使用型の宇宙船でした。

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現実の世界でも、エドワーズ空軍基地では、X-15 ロケット機が大気の縁にまで達していました。その後テストされたのは、数々のリフティングボディの有翼着陸実験機でした。スペースシャトルはこうした技術者の夢と挑戦の賜物であるわけですが、技術者の情熱や卓越したアイデアがあれば新しい宇宙船が誕生するわけではありません。むしろ、それ以外の要因が大きな比重を占めています。スペースシャトルにしても、ポスト・アポロ時代のアメリカの宇宙政策と密接に絡んだ、すぐれて政治的な産物でした。

朝日新聞の記事では「荷物と人を一緒に運ぶという発想」が高コストの原因というコメントが紹介されていました。しかし、スペースシャトルの歴史について少しでも勉強した人なら、宇宙飛行士と空軍の偵察衛星を一緒に運ぶことがスペースシャトルの原点だったことを知っているはずです。すべての制約や条件がないところから新しい宇宙船を設計するのであれば、どんな選択も可能ですが、スペースシャトルを論じるにあたっては、それが生まれた背景を抜きにして語ることはできず、「荷物と人を一緒に運ぶという発想」がそもそも間違っていたと指摘したところで、意味はありません。

アメリカ国民に対してスペースシャトル計画が約束した「低コスト」と「再利用」がどこまで実現されたかを検証するのは大事ですが、同時に、科学・国防・商業などの分野で宇宙の実利用を進め、1970年代にはフロンティアである宇宙を、80年代、90年代には人間にとってより身近でアクセス容易なものにするというシャトル計画の目的がどこまで達成されたかも確認しなければなりません。

スペースシャトルは宇宙飛行士やペイロードを宇宙に運ぶだけでなく、そこで科学観測や宇宙実験を行い、人工衛星やハッブル宇宙望遠鏡やガリレオ探査機を軌道に投入し、ハッブル宇宙望遠鏡の修理を行い、故障した人工衛星を回収し、国際宇宙ステーション(ISS)にモジュールや部品を運び、船外活動を行ってISS を組み立て、ISS から不用品や宇宙実験の成果をもちかえりました。

スペースシャトルを「中途半端な失敗作」(私はそうは思いませんが)とする意見は、シャトルを単なる輸送手段として一面的にしか見ていないからなのでしょう。スペースシャトルが宇宙で何をし、私たちに何をもたらしたかに思いをめぐらせてみましょう。スペースシャトルがどんなに素晴らしい宇宙船だったかがおわかりになると思います。
スペースシャトル:最初のコマンダー、ジョン・ヤング
スペースシャトル計画の初期の写真の中で、とくに私の記憶に特に残っているものの1枚が下の写真です。

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最初のフライトであるSTS-1 帰還時の写真です。着陸場所はカリフォルニアのエドワーズ空軍基地。支援のスタッフと一緒にタラップを降りてくるのは、コマンダーのジョン・ヤングです。私たちが見なれてシャトル帰還時の光景とは少しことなり、ヤングのいでたちからして、いかにも新型宇宙機の試験飛行から帰還したという雰囲気があります。

ジョン・ヤングは1962年にNASA 宇宙飛行士に選抜されました。最初の飛行は1965年のジェミニ3号、2回目は1966年のジェミニ10号、3回目は月着陸の最終リハーサルであった1969年のアポロ10号でした。そして1972年には、アポロ16号のコマンダーとして、月面に立ちました。アポロ計画の終了にともない、アポロ時代の宇宙飛行士がほとんどNASA を去る中にあって、ヤングは現役としてNASA にとどまりました。

アポロ計画の終了は1972年です。1981年のシャトルの初飛行までの間、NASA が行った有人飛行は1973年に打ち上げられたスカイラブへの3回の飛行と、1975年のアポロ・ソユーズ・テスト・プロジェクトのみでした。この空白期間を埋め、シャトル時代の宇宙飛行士を育てていくために、ジョン・ヤングの存在はきわめて大きかったといえます。その豊富な宇宙飛行の経験からいって、スペースシャトル初飛行のコマンダーをつとめるのはこの人しかいなかったでしょう。このころ、すでにヤングは伝説の宇宙飛行士でもありました。

1981年10月、私はヒューストンにヤングをたずねました。彼が語るコロンビア初飛行の様子は、それ以前のジェミニやアポロ宇宙船での飛行経験が裏打ちされた、とても奥の深いものでした。コロンビアが高温のプラズマに包まれた大気圏再突入の様子にしても、宇宙船をとりまく炎の色の違いから、コロンビアはアポロ宇宙船ほどの高温にはさらされていなかったことを説明してくれました。

スペースシャトルのコックピットについて、「もう古い」といったヤングの言葉は印象的でした。考えてみると、スペースシャトルは1970年代の技術で開発された宇宙船です。フライバイワイヤのような当時最新のシステムも導入されていましたが、最新鋭の戦闘機に比較するとすでに古くなっていたのでしょう。その後、スペースシャトルのモックアップに入れてもらったとき、私はヤングの言葉を思い出しながら、コックピットを眺めてみましたが、ディスプレイはブラウン管、計器はアナログ表示、スイッチ類も確かに古い感じがしました。コマンダーとパイロットがデータを入力するキーボードも、なんとなく電卓のキーのようでした。下の写真は、STS-1 時のシャトルのコックピットの様子です。

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シャトルでの初飛行後、ヤングはシャトルのシステムや操縦性などについてきわめてくわしいデブリーフィングを行いました。その中にはコックピットの件も入っていたでしょう。だいぶ後になりましたが、シャトルのアップグレードの一環として、コックピットは液晶ディスプレイによるグラス・コックピット化がはかられました。また、着陸時に用いるHUD(ヘッドアップディスプレイ)も設置されました。下の写真が、新しくなったコックピットです。ただし、電卓キーのような入力装置はそのままのようです。

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ジョン・ヤングは1983年のSTS-9 スペースラブ・ミッションでもコマンダーをつとめました。宇宙飛行士室室長などをつとめた後、2004年にNASA を引退しました。
スペースシャトルの飛行:エグゼキュート・パッケージ
アトランティスは耐熱システムの点検を終え、国際宇宙ステーション(ISS)とのドッキングの準備を進めています。

毎日のクルーの活動は、打ち上げ前にすべて分刻みで決められています。しかし、必ず変更があるため、地上からは毎日最新版がPDF で送られてきます。それがエグゼキュート・パッケージ(Execute Package)とよばれるものです。インターネットがなかった時代は、スケジュールの修正はFax でシャトルに送られていました。

エグゼキュート・パッケージには、MET(ミッション経過時間。打ち上げからの経過時間で、シャトル内での作業スケジュールはこれを基準にしている)、GMT、軌道の周回数、軌道の昼と夜、オービターの姿勢、交信可能なTDRS(追跡データ中継衛星)、各クルーの作業スケジュールが示され、関連の資料も入っています。これを見れば、いまシャトルでどんなことが行われているのかを知ることができます。

execute_package

エグゼキュート・パッケージでは、最初の日がDay 000 となっています。Day 000 はクルーがケネディ宇宙センターから打ち上げられた日です。クルーはシャトルが軌道に入った後、約6時間で就寝します。起床はDay 000 の16時30分です。打ち上げの日を飛行第1日目とするFlight Day(FD)とは、飛行日の数え方にずれがあるので注意が必要です。
スペースシャトル、最後の宇宙へ
日本時間9日午前0時29分、スペースシャトル、アトランティスが宇宙へ向かいました。酸素ガス・ベントアームの引きこみ確認のために、T-31秒でカウントダウンが中断し、打ち上げは予定より約3分間遅れました。

sts135_launch

いよいよ、スペースシャトル最後のミッションがはじまりました。

クルーがシャトルに乗りこむ場所はホワイトルームとよばれます。ここでクルーの乗りこみをサポートするスタッフは、いつもたんたんと仕事をし、打ち上げの1時間ほど前に発射台を離れていきます。今回は最後の打ち上げとあって、発射台を離れる前に、中継のカメラに向かってスタッフが順番にメッセージボードを掲げました。

Godspeed_Atlantis

それを続けて読むと、以下のようになります。

On behalf of all who have designed and built, serviced and loaded, launched and controlled, operated and flown these magnificent space vehicles... Thank you for 30 years with our nation's space shuttles! Godspeed Atlantis! God bless America!"

1981年4月12日、コロンビアによるスペースシャトル最初の打ち上げを見守ったとき、今日という日がくるとは想像できませんでした。Godspeed Atlantis! アトランティスの素晴らしい飛行と無事の帰還を祈りたいと思います。
スペースシャトルの打ち上げ費用
最近、スペースシャトルの打ち上げ費用がどのくらいなのかという問い合わせをもらうことが何度かありました。どこまでを打ち上げ費用に含めるかによって、数字がことなってきますが、私はNASA の予算中のシャトル関連の費用を基準に考えています。

スペースシャトルを打ち上げるためには、射場、整備、管制、訓練などたくさんの施設を維持し、そこで働く多数の人員を年間を通じて確保しておかなくてはなりません。これらがシャトルの予算の大半を占めており、打ち上げ回数が増えても、かかる費用が急増するということはありません。シャトルの予算の中には運用に関するもののほかに、安全対策やシャトルシステムのアップグレードなどの費用も入っています。これらを打ち上げ費用から外すという考え方もあるかもしれませんが、そこまで細かく考える必要はないでしょう。

2003年のコロンビア事故以前のシャトル関連の予算を調べてみたところ、1993年〜2002年は平均で年間約33億ドルでした。この額は年によって多少増減がありますが、大きな変動はありません。この期間のシャトルの打ち上げ回数は年平均で約6回でした。したがって、シャトルを1回打ち上げるのに5.6億ドルほどかかったことになります。2005年のReturn to Flight 以後の状況(2005年〜2010年)をみると、シャトル関連の予算は年平均で約38億ドル、打ち上げ回数は年平均約3回になっています。したがって、1回の打ち上げ費用は約12億ドルということになります。

spaceshuttle_cost

コロンビア事故後、シャトルの打ち上げ費用は以前の2倍になっています。これは、シャトルの飛行を再開させるものの、国際宇宙ステーション(ISS)を完成させた後、退役させるという方針が確定したため、打ち上げ回数が減ったことがきいています。コロンビア事故後、シャトルの打ち上げ費用が高くなったことがシャトル退役の理由になったわけではありません。打ち上げ費用の高騰は、シャトル退役が決まったことの結果であるわけです。

スペースシャトルが開発されていたころは、打ち上げ回数は年間約50回(ほぼ毎週)とされていました。これが1981年の初飛行当時には年間24回(1か月に2回程度)となりました。しかし、実際には1986年のチャレンジャー事故によって、これだけの頻度で飛行を行うことは不可能になりました。年間の運用費は打ち上げ回数によってそれほど大きく変動はしませんから、シャトルが就航した当時の打ち上げ費用は、上と同様の計算でいけば、今よりもかなり安くなります。しかし、いろいろ資料を調べてみると、当時の打ち上げ費用は今と同じくらいの額が想定されていたようです。

スペースシャトルの打ち上げ費用を高いと判断するかどうかは、考え方によって違ってくるでしょう。ソユーズ宇宙船のような使い捨て型の方がはるかに安いのは事実です。しかし、1度に7名もの宇宙飛行士と、20t 以上もの荷物を同時に宇宙に運び、ハッブル宇宙望遠鏡の修理などの作業を行うことができる宇宙船は、スペースシャトル以外にはありません。シャトルの宇宙船としての評価は、打ち上げ費用だけでなく、多面的に行われるべきと思います。

アトランティス打ち上げへ、カウントダウン進む
アトランティスの打ち上げに向けたカウントダウンが進んでいます。天候が少し心配です。

STS-135 のミッションパッチは、ギリシア文字のアルファベットで最後の文字である“Ω”をモチーフにしており、スペースシャトル計画の終了をデザインしたものになっています。

sts-135

今回のSTS-135 のクルーは、コマンダーがクリス・ファーガソン、パイロットがダグ・ハーリー、MS-1 がサンドラ・マグナス、MS-2 がレックス・ウォールハイムです。クルーが4名というには、シャトルの4回の試験飛行が終わった後の、1982年のSTS-5、1983年のSTS-6 以来のことで、この数からも、シャトル計画の収束を感じないわけにはいきません。

STS-135 は国際宇宙ステーション(ISS)への補給ミッションで、ペイロードベイに搭載したラファエロ多目的補給モジュールにたくさんの荷物を積んでISS に届けます。帰りにはISS で不用になったものや宇宙実験のサンプルなどをラファエロに積みこんで地球に戻ります。地球に帰還する直前には、太陽電池をテストするために小型衛星を軌道に投入する予定です。
スペースシャトル最後の飛行へ、カウントダウン間もなく開始
スペースシャトル最後のフライト、アトランティスによるSTS-135の打ち上げは7月8日午前11時26分(アメリカ東部夏時間、日本時間9日午前0時26分)に予定されています。

Atlantis

スペースシャトルのカウントダウンはT−43時間からはじまりますが、途中にカウントダウン中断のホールドが入るため、約3日間をかけて、カウントダウンが進行していくことになります。カウントダウンは5日午後1時00分(アメリカ東部夏時間、日本時間6日午前2時00分)に開始される予定です。カウントダウン開始から打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、以下のようになります(すべて日本時間)。

7月6日
午後2時00分
カウントダウン開始。T−43時間。
午後3時00分
アトランティスの航行システムの立ち上げとテスト。
午後6時00分
カウントダウンはT−27時間まで進み、4時間のホールド開始。フライトデッキの事前点検完了。必要な作業員以外は発射台から退去。
午後10時00分
T−27時間からカウントダウン再開。アトランティスの燃料電池用タンクに極低温材充填開始。
7月7日
午前6時00分
カウントダウンはT−19時間まで進み、4時間のホールド開始。
午前6時30分
アトランティスのミッドボディ・アンビルカル・ユニット切り離し。
午前10時00分
T−19時間からカウントダウン再開。
午前11時00分
3基のメインエンジンの最終準備。
午後6時00分
カウントダウンはT−11時間まで進み、14時間01分のホールド開始。
7月8日
午前3時00分
回転式整備構造物(RSS)をパーク・ポジションに。アトランティスがその全容をあらわす。
午前8時01分
T−11時間からカウントダウン再開。
午前9時11分
アトランティスの燃料電池起動。
午後1時01分
カウントダウンはT−6時間まで進み、2時間のホールド開始。作業員は全員発射台から退去。
午後3時01分
T−6時間からカウントダウン再開。
午後3時11分頃
外部燃料タンクに推進剤充填開始。
午後6時01分
カウントダウンはT−3時間まで進み、2時間30分間のホールド開始。
午後6時01分頃
外部燃料タンクの推進剤充填完了。
午後8時31分
T−3時間からカウントダウン再開。
午後8時36分
クルーがO&C ビルを出て39A 発射台へ出発。
午後9時06分
クルーのアトランティス乗り込み開始。
午後10時11分
アトランティスのハッチクローズ。
午後11時11分
カウントダウンはT−20分まで進み、10分間のホールド開始。
午後11時21分
T−20分からカウントダウン再開。
午後11時31分
カウントダウンはT−9分まで進み、約45分間のホールド開始。この間に打ち上げの最終判断が行われる。
7月9日
午前0時17分
T−9分からカウントダウン再開。
T−9:00
地上の打ち上げシーケンサーが自動シーケンスを開始。
T−7:30
オービター・アクセス・アームが離れる。
T−5:00
補助動力装置が始動。
T−5:00
固体ロケット・ブースターと外部燃料タンクのアームが離れる。
T−3:55
オービターの補助翼のテスト。
T−3:30
メインエンジンのジンバルのテスト。
T−2:55
液体酸素タンクの加圧開始。
T−2:50
酸素ガス・ベントアームが離れる。
T−2:35
燃料電池が始動。
T−1:57
液体水素タンクの加圧開始。
T−0:50
オービターの電源を地上電源から内部電源に切り替え。
T−0:31
地上の打ち上げシークエンサーからアトランティスのコンピューターへ自動シーケンス開始コマンドを送信。自動シーケンス開始。
T−0:21
固体ロケット・ブースターのジンバルのテスト。
T−0:9.7
メインエンジン点火準備。ノズル下部の余分な水素ガスの燃焼開始。
T−0:6.6
メインエンジン点火。
T−0:午前0時26分
固体ロケット・ブースター点火。リフトオフ。
エンデバー、地球に帰還。全ミッション完了。
スペースシャトル、エンデバーは6月1日午前2時35分(アメリカ東部夏時間、日本時間1日午後3時35分)、ケネディ宇宙センターに帰還しました。今回の飛行期間は15日17時間38分51秒でした。ディスカバリーに続き、エンデバーもこれですべてのミッションを完了しました。

Endeavour

「ヒューストン、エンデバー。ホィール・ストップ」。エンデバーが停止すると、マーク・ケリー船長は、いつもの通りヒューストンに連絡しました。ヒューストンからの返事は、いつもより少し長いものでした。「25回のチャレンジングなフライトで、1億2200万マイルを飛んだこの驚くべき乗り物の歴史は終わるが、これから長く思い出されるだろう。お帰り、エンデバー」。「ありがとう、ヒューストン。スペースシャトルは素晴らしい乗り物だ。宇宙をマッハ25で飛び、飛行機のように滑走路に着陸する。本当に信じられない宇宙船だ」と、ケリー船長は答えました。「クルーを代表して、このミッションのために働いてくれたすべての人と、エンデバーのために働いてくれたすべての人に感謝する。この着陸が最後であるのはさびしいが、エンデバーは偉大な遺産となった」
エンデバー、宇宙へ
スペースシャトル、エンデバーは予定時刻通り、午後9時56分(日本時間)に打ち上げられ、最後の宇宙に向かいました。上空には雲があったため、青空に消えてゆくシャトルをずっと見ることはできませんでしたが、いつも通りの素晴らしい打ち上げでした。

STS-134

STS-134

STS-134は、16日間のフライトが予定されています。
エンデバー打ち上げへ、カウントダウン間もなく開始
延期されていたスペースシャトル、エンデバーの最後のフライト、STS-134の打ち上げは5月16日午前8時56分(アメリカ東部夏時間、日本時間16日午後9時56分)に予定されています。

sts134

カウントダウンはT−43時間からはじまりますが、途中にカウントダウン中断のホールドが入るため、約3日間をかけて、カウントダウンが進行していくことになります。カウントダウンは13日午前7時00分(アメリカ東部夏時間、日本時間13日午後8時00分)に開始される予定です。カウントダウン開始から打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、以下のようになります(すべて日本時間)。

5月13日
午後8時00分
カウントダウン開始。T−43時間。
5月14日
午前7時00分
エンデバーの航行システムの立ち上げとテスト。
午後0時00分
カウントダウンはT−27時間まで進み、4時間のホールド開始。フライトデッキの事前点検完了。必要な作業員以外は発射台から退去。
午後4時00分
T−27時間からカウントダウン再開。エンデバーの燃料電池用タンクに極低温材充填開始。
5月15日
午前0時00分
カウントダウンはT−19時間まで進み、8時間のホールド開始。
午前4時30分
エンデバーのミッドボディ・アンビルカル・ユニット切り離し。
午前8時00分
T−19時間からカウントダウン再開。
午前9時00分
3基のメインエンジンの最終準備。
午後4時00分
カウントダウンはT−11時間まで進み、13時間36分のホールド開始。
5月16日
午前1時00分
回転式整備構造物(RSS)をパーク・ポジションに。エンデバーがその全容をあらわす。
午前5時36分
T−11時間からカウントダウン再開。
午前6時46分
エンデバーの燃料電池起動。
午前10時36分
カウントダウンはT−6時間まで進み、2時間のホールド開始。作業員は全員発射台から退去。
午後0時36分
T−6時間からカウントダウン再開。
午後0時46分頃
外部燃料タンクに推進剤充填開始。
午後3時36分
カウントダウンはT−3時間まで進み、2時間30分間のホールド開始。外部燃料タンクの推進剤充填完了。
午後6時06分
T−3時間からカウントダウン再開。
午後6時11分
クルーがO&C ビルを出て39A 発射台へ出発。
午後6時41分
クルーのエンデバー乗り込み開始。
午後7時46分
エンデバーのハッチクローズ。
午後8時46分
カウントダウンはT−20分まで進み、10分間のホールド開始。
午後8時56分
T−20分からカウントダウン再開。
午後9時07分
カウントダウンはT−9分まで進み、40分間のホールド開始。この間に打ち上げの最終判断が行われる。
午後9時47分
T−9分からカウントダウン再開。
T−9:00
地上の打ち上げシーケンサーが自動シーケンスを開始。
T−7:30
オービター・アクセス・アームが離れる。
T−5:00
補助動力装置が始動。
T−5:00
固体ロケット・ブースターと外部燃料タンクのアームが離れる。
T−3:55
オービターの補助翼のテスト。
T−3:30
メインエンジンのジンバルのテスト。
T−2:55
液体酸素タンクの加圧開始。
T−2:50
酸素ガス・ベントアームが離れる。
T−2:35
燃料電池が始動。
T−1:57
液体水素タンクの加圧開始。
T−0:50
オービターの電源を地上電源から内部電源に切り替え。
T−0:31
地上の打ち上げシークエンサーからエンデバーのコンピューターへ自動シーケンス開始コマンドを送信。自動シーケンス開始。
T−0:21
固体ロケット・ブースターのジンバルのテスト。
T−0:9.7
メインエンジン点火準備。ノズル下部の余分な水素ガスの燃焼開始。
T−0:6.6
メインエンジン点火。
T−0:午後9時56分
固体ロケット・ブースター点火。リフトオフ。
エンデバーの打ち上げ、延期
スペースシャトル、エンデバーの打ち上げは、T−3時間からのカウントダウンが始まった後、APU(補助動力装置)1 のヒーターに問題が発生し、打ち上げは延期となりました。

STS134

打ち上げは早くても5月3日の午前3時33分(日本時間)とされています。
エンデバー打ち上げへ、カウントダウン間もなく開始
スペースシャトル、エンデバーの最後のフライト、STS-134 の打ち上げに向けた準備が進んでいます。打ち上げは4月29日午後3時47分(アメリカ東部夏時間、日本時間30日午前4時47分)です。

sts134

カウントダウンはT−43時間からはじまりますが、途中にカウントダウン中断のホールドが入るため、約3日間をかけて、カウントダウンが進行していくことになります。今回は30時間47分のホールドが設定されており、カウントダウンは26日午後2時00分(アメリカ東部夏時間、日本時間27日午前3時00分)に開始される予定です。

カウントダウン開始から打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、以下の通りになります(すべて日本時間)。

4月27日
午前3時00分
カウントダウン開始。T−43時間。
午後2時00分
エンデバーの航行システムの立ち上げとテスト。
午後7時00分
カウントダウンはT−27時間まで進み、4時間のホールド開始。フライトデッキの事前点検完了。
午後11時00分
T−27時間からカウントダウン再開。エンデバーの燃料電池用タンクに極低温材充填開始。
4月28日
午前7時00分
カウントダウンはT−19時間まで進み、8時間のホールド開始。
午前11時30分
エンデバーのミッドボディ・アンビルカル・ユニット切り離し。
午後3時00分
T−19時間からカウントダウン再開。3基のメインエンジンの最終準備。
午後11時00分
カウントダウンはT−11時間まで進み、13時間22分のホールド開始。
4月29日
午前8時00分
回転式整備構造物(RSS)をパーク・ポジションに。エンデバーがその全容をあらわす。
午後0時22分
T−11時間からカウントダウン再開。
午後1時32分
エンデバーの燃料電池起動。必要な作業員以外は発射台から退去。
午後5時22分
カウントダウンはT−6時間まで進み、2時間のホールド開始。作業員は全員発射台から退去。
午後7時22分
T−6時間からカウントダウン再開。
午後7時32分頃
外部燃料タンクに推進剤充填開始。
午後10時22分
カウントダウンはT−3時間まで進み、2時間30分間のホールド開始。外部燃料タンクの推進剤充填完了。
4月30日
午前0時52分
T−3時間からカウントダウン再開。
午前0時58分
クルーがO&C ビルを出て39A 発射台へ出発。
午前1時28分
クルーのエンデバー乗り込み開始。
午前2時32分
エンデバーのハッチクローズ。
午前3時32分
カウントダウンはT−20分まで進み、10分間のホールド開始。
午前3時42分
T−20分からカウントダウン再開。
午前3時53分
カウントダウンはT−9分まで進み、45分間のホールド開始。この間に打ち上げの最終判断が行われる。
午前4時38分
T−9分からカウントダウン再開。
T−9:00
地上の打ち上げシーケンサーが自動シーケンスを開始。
T−7:30
オービター・アクセス・アームが離れる。
T−5:00
補助動力装置が始動。
T−5:00
固体ロケット・ブースターと外部燃料タンクのアームが離れる。
T−3:55
オービターの補助翼のテスト。
T−3:30
メインエンジンのジンバルのテスト。
T−2:55
液体酸素タンクの加圧開始。
T−2:50
酸素ガス・ベントアームが離れる。
T−2:35
燃料電池が始動。
T−1:57
液体水素タンクの加圧開始。
T−0:50
オービターの電源を地上電源から内部電源に切り替え。
T−0:31
地上の打ち上げシークエンサーからエンデバーのコンピューターへ自動シーケンス開始コマンドを送信。自動シーケンス開始。
T−0:21
固体ロケット・ブースターのジンバルのテスト。
T−0:9.7
メインエンジン点火準備。ノズル下部の余分な水素ガスの燃焼開始。
T−0:6.6
メインエンジン点火。
T−0:午前4時47分
固体ロケット・ブースター点火。リフトオフ。
スペースシャトルの30年前の資料
スペースシャトルの初飛行STS-1 は30年前の4月でした。下の写真は、STS-1 のプレスキットです。

sts1

今のプレスキットと比べるとページ数も少なく、1色刷りですが、その最初のページには、「アメリカの宇宙輸送システム艦隊の初号機であるスペースシャトル、コロンビアは、初めての軌道飛行のために1981年4月に打ち上げられる」と書かれています。今読んでみると、それはスペースシャトル時代到来の宣言のようにも思えます。

実際、ここから世界の宇宙開発は新しい時代に入りました。2度の事故はあったものの、私たちはスペースシャトルが地球と宇宙を往復する時代をずっと生きてきたわけです。改めてこのプレスキットに目を通していると、皆が宇宙にわくわくしていた当時の雰囲気が思い出されてきます。

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このプレスキットには、スペースシャトルの打ち上げや帰還のシークエンス、フライトプランなどが載っていますが、オービターや全体のシステムのテクニカルな説明が知りたいときは、『スペースシャトル・ニューズ・レファレンス』を参照するようにと書かれています。下が、その『スペースシャトル・ニューズ・レファレンス』です。

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こちらは300ページ近い資料で、スペースシャトルの推進系(メインエンジン、固体ロケットブースター、外部燃料タンク)、オービターの構造とシステム、運用施設、クルーの訓練などが図版入りでくわしく説明されています。

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この資料のテキストの一部は、今はNASAのサイトのSpace Shuttle Reference Manual で読むことができますが、残念ながら図版は掲載されていません。

スペースシャトルについて勉強したり、何かトラブルが発生した場合などに調べるのに『スペースシャトル・ニューズ・レファレンス』は便利でしたが、もっと役に立ったのが、オービターを製造したロックウェル・インターナショナルが制作したプレス用資料でした。

sts

この資料ではさらにくわしくスペースシャトルについて説明されています。たとえばオービターの電気系統の配線がどうなっているか、油圧系のバルブはどうなっているかなどの詳細は、『スペースシャトル・ニューズ・レファレンス』には出ていませんが、ロックウェルの資料にはちゃんと載っています。コロンビア事故の直後、断片的に発表される情報を解釈するには、これが必要でした。

sts

sts

当時、これらの資料を個人的に入手するのは結構大変でしたが、30年の間、ずいぶん役に立ってくれました。今年、スペースシャトルが退役すると、こうした資料は歴史的価値をもつことになるでしょう。これからも大事に保管しておきたいと思います。
スペースシャトルの初飛行:ともに宇宙を切り開こう
30年前の今日、1981年4月12日、スペースシャトルがはじめて宇宙に向かいました。有人宇宙開発の新しい時代がはじまった日です。下の写真はそのときのもので、コロンビアが発射台を離れた瞬間です。大観衆が見守る中、コロンビアは力強く上昇して、青い空に消えていきました。

STS-1

このSTS-1 と、2回目の打ち上げのSTS-2 では外部燃料タンクは白く塗装されており、今とは少し違った印象を受けます。この塗装に使われたペイントはかなりの重量でした。スペースシャトルの輸送力をかせぐために、3回目の打ち上げからは、現在と同じように、外部燃料タンクの塗装は行われなくなりました。

STS-1 の打ち上げは午前7時00分03秒(アメリカ東部時間)に行われました。打ち上げは何度か延期され、さらに4月10日、発射直前に発生したコンピューターのトラブルによる2日間の延期ののちの旅立ちでした。

STS-1 のクルーは、コマンダーがジョン・ヤング宇宙飛行士(下の写真の左)、パイロットがロバート・クリッペン宇宙飛行士(同右)の2名でした。

STS-1

シャトルの最初の4回の飛行ははテスト飛行と位置付けられており、クルーはいずれも2名。着陸時に異常事態が発生した場合には緊急脱出できるよう、座席は射出席となっていました。

打ち上げから45分後、コロンビアは地球周回軌道に入りました。「さあ、ともに宇宙を切り開こう。この宇宙船はめざましい成果をあげつつある」と、コマンダーのヤング宇宙飛行士は地上に送ってよこしました。ペイロードベイ・ドアの開閉や航行システムのチェックが行われ、システムが順調に動いていることが確認されました。唯一の気がかりとして、オービター下面の耐熱タイルに何枚かの脱落が発見されましたが、地上からの観測などによって、安全性に問題ないと判断されました。

宇宙で2日間を過ごした後、コロンビアは4月14日に地球に帰還しました。コロンビアが軌道を離脱したころで、カリフォルニアのエドワーズ空軍基地から4機のT-38 が飛び立ちました。コロンビアをむかえるためです。大気圏に再突入して4分後、コロンビアは高温のプラズマに包まれ、通信途絶(ブラックアウト)状態に入りました。コロンビアの前方の窓いっぱいに明るい輝きが広がりましたが、それは素晴らしい光景であったと、ヤング宇宙飛行士はのちに語っています。

ブラックアウトを脱し、コロンビアは地上へ連絡をよこしました。「ハロー、ヒューストン。コロンビアはここだ」。この時点でコロンビアの速度はマッハ10.3、高度56.4キロメートルでした。マッハ6、高度42キロメートルで、コロンビアはカリフォルニアの海岸を横切りました。ソニックブーム(衝撃波)がエドワーズ空軍基地にとどろいたとき、クリッペン宇宙飛行士は操縦席でさけびました。「とうとうカリフォルニアに帰ってきたぞ!」。T-38 につきそわれて、コロンビアは姿をあらわしました。

STS-1

コロンビアはエドワーズ空軍基地の上空で大きく左に旋回し、23滑走路に進入しました。T-38 が1機、ぴったりと横につき、もう1機が後方からコロンビアをテレビカメラにおさめていました。コロンビアの車輪が機体から引き出されました。横を飛ぶT-38 がコロンビアの高度を読みあげます。「50フィート、40フィート・・・5、4、3、2、タッチダウン!」 2700メートルを滑走して、コロンビアはかげろうの中に機体を止めました。史上はじめて、翼をもった宇宙船が地上に帰還した歴史的瞬間でした。飛行時間は2日6時間20分53秒でした。

ジョン・ヤング宇宙飛行士はそれ以前に4回の宇宙飛行の経験をもち、アポロ16号のコマンダーとして、月面にも立ったベテランの宇宙飛行士です。打ち上げ時のヤング宇宙飛行士の脈拍数は平常時とさほど変わりませんでしたが、初飛行のクリッペン宇宙飛行士の脈拍数はかなり上昇していました。一方、帰還時にはクリッペン宇宙飛行士の脈拍数は落ち着いていました。それとは対照的にヤング宇宙飛行士の脈拍数は上昇していました。宇宙から無事に帰還することがいかに難しいことなのか、彼にはよくわかっていたのだと、私は思っています。

あれから30年、スペースシャトルはその長い任務を終えようとしています。STS-134、エンデバーの打ち上げは、国際宇宙ステーション(ISS)へのプログレス輸送船のドッキングの関係で、4月19日に延期され、現在、さらに4月29日に延期されています。
一時は遠ざかってしまった宇宙へ
国際宇宙ステーション(ISS)の第26次長期滞在クルーがソユーズTMA-01M で地球に帰還しました。同クルーのコマンダーはNASA 宇宙飛行士のスコット・ケリー、フライトエンジニアはロシア宇宙飛行士のアレクサンダー・カレリとオレッグ・スクリポチカでした。

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スコット・ケリー宇宙飛行士(一番右)の双子の兄弟マーク・ケリー宇宙飛行士は、まもなくSTS-134ミッションでISS へ向かいます。ディスカバリーの打ち上げが遅れなければ、2人はISS で顔を合わせることになっていました。STS-134ミッションは4月19日(日本時間では20日)に打ち上げ予定で、エンデバーにとって最後のフライトとなります。6月に予定されているアトランティスの追加フライトが決定される前は、STS-134がスペースシャトル計画にとって最後のフライトとなるはずでした。この歴史的なフライトのコマンダーに任命されたのがマーク・ケリー宇宙飛行士です。

マーク・ケリー宇宙飛行士はこれまで3度の宇宙飛行経験があり、星出彰彦宇宙飛行士が搭乗して「きぼう」の船内実験室をISS に運んだ2008年のSTS-124ミッションで、コマンダーをつとめています。

STS-134のクルーはマーク・ケリー宇宙飛行士(中央)のほか、パイロットがグレゴリー・ジョンソン宇宙飛行士、ミッション・スペシャリストがNASA のマイケル・フィンク宇宙飛行士、グレッグ・シャミノフ宇宙飛行士、アンドリュー・ヒューステル宇宙飛行士、そしてESA のロベルト・ヴィットーリ宇宙飛行士です。マーク・ケリー宇宙飛行士はクルーとともに1年半にわたって訓練を続けてきました。

sta134

今年1月8日、ケリー宇宙飛行士の妻であるガブリエル・ギフォーズ下院議員がアリゾナ州ツーソンで頭部に銃弾を受けるという事件が発生しました。入院したギフォーズ下院議員の容態は深刻で、ケリー宇宙飛行士は病院で妻に付き添わざるを得なくなりました。訓練の継続が不可能となった旨のケリー宇宙飛行士の申し出を受け、NASA はバックアップのコマンダーとしてリック・スターコー飛行士を任命してクルーの訓練を続けることとしました。同時に、ケリー宇宙飛行士がいつでも戻れるよう、彼をSTS-134のコマンダーにとどめました。

一時は4度目の宇宙が遠ざかってしまったマーク・ケリー宇宙士ですが、2月7日に訓練に復帰しました。記者会見でマーク・ケリー宇宙飛行士は、深刻な状態だった妻の容体は改善しており、「自分のミッションやクルーのこと、そしてガブリエルが私に何をしてほしいかを考え、任務に戻ることを決断した」と語りました。「マークが戻ってきれ、うれしい。彼はベテランのコマンダーであり、ミッションを成功させてくれると信じています。おかえりなさい。」と、ヒューストンの宇宙飛行士室室長のペギー・ウイットソンは語っています。

エンデバーは3月11日に発射台に移動し、打ち上げのための作業が続けられています。

endeavour

エンデバーは5機目のオービターとして、1986年のチャレンジャー事故の後、建造されました。この事故でスペースシャトル計画の将来を危ぶむ意見も上がったのですが、レーガン大統領はスペースシャトル計画の継続を表明、オービターの製造元であるロックウェル・インターナショナル社(その後ボーイング社に合併)は5機目のオービターを建造すると発表しました。スペースシャトル計画復活のシンボルでもあったエンデバーは、これまで24回のフライトを行っています。
ディスカバリー、地球に帰還。全ミッション完了。
頭上を通過するスペースシャトル、ディスカバリーの最後の光跡を午後6時30分過ぎに大手町で見送り、日本時間で深夜の着陸をNASA TV で見ました。

いつも通りの完璧なランディングでした。ディスカバリーに軌道離脱のGO サインが出たのは午前0時27分ごろ(日本時間、以下同じ)でした。0時52分、ディスカバリーは202周目で軌道離脱のエンジン噴射を行い、203周目で大気圏に再突入、1時57分にケネディ宇宙センターに着陸しました。飛行時間は12日19時間3分53秒でした。

sts133

sts133

sts133

ディスカバリーが滑走路に停止したとき、コマンダーのスティーブ・リンゼイ宇宙飛行士はヒューストンに報告しました。「ヒューストン、こちらディスカバリー。最後の、ホイール・ストップ」。これによって、ディスカバリーはその歴史的任務を終えました。ディスカバリーの車輪が停止した「ホイール・ストップ」の位置には標識が設けられ、ディスカバリーの全ミッションが完了した場所として恒久的に保存されることになりました。
ディスカバリー、まもなく帰還
スペースシャトル、ディスカバリーは今夜、ケネディ宇宙センターに帰還の予定です。着陸予定時刻は9日午前11時57分(アメリカ東部時間、日本時間10日午前1時57分)です。

ディスカバリーが国際宇宙ステーションを離れる前に、STS-133のクルーはISS長期滞在クルーとともに、記者会見にのぞみました。

sts133

この記者会見でCBS ニューズの記者は、ディスカバリーのパイロットのリック・ボー宇宙飛行士にたずねました。「あなたにはお子さんたちがいます。いつか、お孫さんをもつことになると思いますが、彼らはスペースシャトルを歴史の本やビデオ映像、インターネットの情報などでしか知ることができないでしょう。多分、あなたは彼らをスミソニアン航空宇宙博物館かどこか、ディスカバリーが展示されているところに連れていくでしょう。そのとき、あなたはスペースシャトルで飛ぶということがどんなものであったと、お孫さんたちに説明しますか?」。

ボー宇宙飛行士は次のように答えました。「私は、ディスカバリーをはじめスペースシャトルはドリームマシンだったと言うでしょう。スペースシャトルが行ったことは驚くべきものです。ロケットのように打ち上がって軌道に達し、帰りは極超音速機のように着陸する。その飛行は見事なものでした。ディスカバリーの最後の飛行に搭乗できたことは、私たち全員にとって誇りであり、名誉なことです」。

着陸の5時間ほど前から、クルーは着陸のための準備をはじめます。シャトルのラダーやエアブレーキ、エレボンを動かすAPU(補助動力装置)も起動されます。着陸4時間前に、ペイロードベイ・ドアを閉じます。着陸3時間前、クルーはオレンジスーツを着て、座席につきます。

着陸のGO / NO GO の決定は着陸2時間前になされます。軌道操作エンジン(OMS)による軌道離脱のエンジン噴射は、着陸約1時間前に行われます。エンジン噴射は3〜4分間、場所はインド洋の上空あたりです。ケネディ宇宙センターからは、ちょうど地球の反対側にあたります。

軌道を離脱し、高度を下げてきたディスカバリーは、着陸約30分前、高度120km あたりで、大気の抵抗を受けはじめます。このポイントをエントリー・インターフェイスといいます。大気圏に突入すると、ディスカバリーの機体は大気との摩擦熱によって、高温のプラズマに包まれます。ディスカバリーは高温に包まれながら、S 字ターンを行います。空気抵抗を利用して減速するためで、機体のバンク角度は80度に達します。

爆発音のような2回のソニックブームをとどろかせてフロリダに帰ってきたディスカバリーは、いよいよ滑走路へのアプローチを開始します。この時点ではコマンダーが手動で操縦しています。進入角度は約19度です。ディスカバリーはまるで空から落ちてくるような感じで降りてきます。

滑走路の手前、高度600m でコマンダーは機首を引き上げ、着陸の態勢に入ります。着陸15秒前、ランディングギアが引き出されます。滑走路にまずメインのランディングギアが着地します。タッチダウンの瞬間です。次に減速用のドラッグシュートが開き、続いて機首部分のランディングギアが着地します。

ディスカバリーが停止した「ホイール・ストップ」の時刻が、STS-133のミッション終了時刻であり、同時にディスカバリーが全ミッションを完了した瞬間となります。
ディスカバリー、最後の宇宙へ
いつも通りの、しかし素晴らしい打ち上げでした。2月24日午後4時53分(アメリカ東部時間)、発射台を離れたスペースシャトル、ディスカバリーは、フロリダの青い空を突き抜けて宇宙へ旅立ちました。STS-133はスペースシャトルの通算133回目、国際宇宙ステーション(ISS) への35回目のフライトです。ディスカバリーにとっては39回目、最後のフライトです。

Discovery

打ち上げから2分後に固体ロケットブースター切り離し、8分30秒後ほどでメインエンジンカットオフ、その後、外部燃料タンクを切り離しました。いよいよディスカバリーのファイナル・ミッションがはじまります。

クルーはスティーブ・リンゼイ(コマンダー)、リック・ボー(パイロット)、アルビン・ドリュー(MS1)、スティーブ・ボーウェン(MS2)、マイケル・バラット(MS3)、ニコール・ストット(MS4)の6人です。

今回のSTS-133ミッションでは、恒久的な補給モジュールとしてISS に取り付けるために「レオナルド」多目的補給モジュールを改造したPMM(Permanent Multipurpose Module)や、ISS の外部プラットフォームELC4、ISS の交換部品などが運ばれます。また、NASA とGM が共同開発したロボノートR2 も話題になっています。R2 は上半身だけのヒューマノイド型宇宙ロボットで、試験用としてISS に持ちこまれます。

打ち上げは予定より3分ほど遅れました。T−9分での45分間のホールド中にケープカナヴェラルの東域追跡局のコンピューターにトラブルが発生しました(それほど深刻なものではなかったのだと思います)。このトラブルを解決する時間をかせぐため、予定通りT−9分からのカウントダウンを再開後、T−5分でさらにホールドを入れためです。このT−5分でのホールドはめったにないのですが、「予備」として隠れているもので、緊急事態のホールドというほどのものではありません。私が現地で見たスペースシャトルの打ち上げでも、T−5分でのホールドが行われたことがありました。なぜT−5分かというと、ここからシャトルのAPU(補助動力装置)が動きだすからです。打ち上げまでの最後のホールドのチャンスであるわけです。

とはいえ、ロンチウィンドウの制約があり、このT−5分のホールドも今回は数分間の余裕しかなかったはずです。打ち上げはロンチウィンドウが閉じる直前に行われました。
ディスカバリー、まもなく宇宙へ
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げ時刻がだんだん近づいてきました。回転式整備構造物(RSS)はすでにパーク・ポジションに移動し、ディスカバリーがその姿をあらわしています。

Discovery

もう少しすると、外部燃料タンクへの液体酸素と液体水素の充填作業がはじまります。NASA TV での中継もその頃からはじまります。明日の朝まで、あまり睡眠がとれませんね。NASAのLaunch Blog は午前1時30分にスタートです。
ディスカバリー打ち上げへ、カウントダウン進む
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げカウントダウンが順調に進んでいます。

KSC

打ち上げのターゲット時刻は、日本時間で2月25日午前6時50分24秒です。ディスカバリーの目的地である国際宇宙ステーション(ISS)がケネディ宇宙センターの真上を通過した後、その後を追うように打ち上げが行われます。ロンチウィンドウ(打ち上げ可能時間帯)は10分間です。

最後のホールドが終わり、T−9分からのカウントダウンが開始されてから打ち上げまでは、以下のように進んでいきます。

T−9:00
カウントダウン再開。地上の打ち上げシーケンサーが自動シーケンスを開始。
T−7:30
オービター・アクセス・アームが離れる。
T−5:00
補助動力装置が始動。
T−5:00
固体ロケット・ブースターと外部燃料タンクのアームが離れる。
T−3:55
オービターの補助翼のテスト。
T−3:30
メインエンジンのジンバルのテスト。
T−2:55
液体酸素タンクの加圧開始。
T−2:50
酸素ガス・ベントアームが離れる。
T−2:35
燃料電池が始動。
T−2:35
液体水素タンクの加圧開始。
T−0:50
オービターの電源を地上電源から内部電源に切り替え。
T−0:31
地上の打ち上げシークエンサーからディスカバリーのコンピューターへ自動シーケンス開始コマンドを送信。自動シーケンス開始。
T−0:21
固体ロケット・ブースターのジンバルのテスト。
T−0:9.7
メインエンジン点火準備。ノズル下部の余分な水素ガスの燃焼開始。
T−0:6.6
メインエンジン点火。
T−0
固体ロケット・ブースター点火。リフトオフ。
ディスカバリー打ち上げへ、カウントダウン開始
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げに向けたカウントダウンが、日本時間午前5時00分に開始されました。ディスカバリーにとって、最後の宇宙への旅です。

打ち上げは日本時間で2月24日午後6時50分の予定です。打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、こちらをご覧ください。
ディスカバリー、打ち上げへ
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げに向けた準備が進んでいます。打ち上げは2月24日午後4時50分(アメリカ東部時間、日本時間25日午前6時50分)の予定です。

Discovery

カウントダウンはT−43時間からはじまりますが、途中にカウントダウン中断のホールドが入るため、約3日間をかけて、カウントダウンが進行していくことになります。今回はいつもより少し長めの30時間50分のホールドが設定されており、カウントダウンは21日午後3時(アメリカ東部時間)に開始される予定です。

カウントダウン開始から打ち上げまでの主なイベントとその時刻は、以下の通りになります(すべて日本時間)。

2月22日
午前5時00分
カウントダウン開始。T−43時間。
午後6時00分
ディスカバリーの航行システムの立ち上げとテスト。
午後9時00分
カウントダウンはT−27時間まで進み、4時間のホールド開始。フライトデッキの事前点検完了。
2月23日
午前1時00分
T−27時間からカウントダウン再開。ディスカバリーの燃料電池用タンクに極低温材充填開始。
午前9時00分
カウントダウンはT−19時間まで進み、8時間のホールド開始。
午後1時30分
ディスカバリーのミッドボディ・アンビルカル・ユニット切り離し。
午後5時00分
T−19時間からカウントダウン再開。3基のメインエンジンの最終準備。
2月24日
午前1時00分
カウントダウンはT−11時間まで進み、13時間25分のホールド開始。
午前10時00分
回転式整備構造物(RSS)をパーク・ポジションに。ディスカバリーがその全容をあらわす。
午後2時25分
T−11時間からカウントダウン再開。
午後3時35分
ディスカバリーの燃料電池起動。
午後4時25分
必要な作業員以外は発射台から退去。
午後7時25分
カウントダウンはT−6時間まで進み、2時間のホールド開始。
午後7時35分
作業員は全員発射台から退去。
午後9時25分
T−6時間からカウントダウン再開。
午後9時35分頃
外部燃料タンクに推進剤充填開始。
2月25日
午前0時25分
カウントダウンはT−3時間まで進み、2時間30分間のホールド開始。
午前0時25分頃
外部燃料タンクの推進剤充填完了。
午前2時55分
T−3時間からカウントダウン再開。
午前3時00分
クルーがO&C ビルを出て39A 発射台へ出発。
午前3時30分
クルーのディスカバリー乗り込み開始。
午前4時35分
ディスカバリーのハッチクローズ。
午前5時35分
カウントダウンはT−20分まで進み、10分間のホールド開始。
午前5時45分
T−20分からカウントダウン再開。
午前5時56分
カウントダウンはT−9分まで進み、45分間のホールド開始。この間に打ち上げの最終判断が行われる。
午前6時41分
T−9分からカウントダウン再開。
午前6時50分
打ち上げ。
We’re Behind You, Discovery !
スペースシャトル、ディスカバリーの最後のフライトに向けた準備が進んでいます。打ち上げは2月24日午後4時50分(アメリカ東部時間)の予定です。外部燃料タンクの修理のため、39A 発射台から一度スペースシャトル組立棟(VAB)に戻ったディスカバリーは、2月1日に再び発射台に移動しました。

STA-133

移動式発射プラットフォーム(MLP)に載せられたスペースシャトルは、巨大なクローラーで発射台まで運ばれます。クローラーは非常にゆっくり動くので、この「ロールアウト」作業には約8時間がかかります。発射台につくと、シャトルはMLP ごと固定され、クローラーは離れていきます。

ディスカバリーを載せたMLP の後部には“We’re Behind You, Discovery !” と書かれた横断幕が飾られていました。「俺たちがついているぞ。がんばれよ!」という意味でしょう。NASA は最近のロールアウトでは毎回、こうした横断幕を飾ってオービターを送り出しています。オービターがアトランティスの場合は、もちろん最後の部分は”Atlantis” になり、エンデバーの場合は”Endeavour” となります。

STS-133

この横断幕にはたくさんの人のサインが書かれています。いったいどれくらいの人がサインしているのでしょう。

STS-133

これがディスカバリーにとって最後のフライトだと思うと、“We’re Behind You, Discovery !” も、また別な意味合いをもってくるように思えます。「応援しているぞ」とディスカバリーによびかけているだけでなく、「ディスカバリーが切り開いた宇宙への道を、これからも進んでいく」という決意がそこにこめられているように、私には思えます。多くの人々の、まさに万感の思いに送られて、ディスカバリーは宇宙に向かうことになります。
スペースシャトルの追加のフライトが決定
NASA はスペースシャトルの追加のフライトSTS-135 を6月28日に行うことを決めました。このフライトはアトランティスによって行われ、ラファエロ多目的補給モジュールをISS に運びます。スペースシャトルはエンデバーによるSTS-134 が最後の飛行とされてきましたが、NASA は追加のフライトを検討してきました。そのためアトランティスは昨年5月の帰還後も飛行可能な状態に置かれていました。NASA のウェブサイトの打ち上げスケジュールのページは1月21日に更新され、STS-135 が追加されています。

STS-133 のディスカバリーはインタータンク部分の補強作業が終了しました。1月31日に発射台に移動され、2月24日に打ち上げの予定です。クルーの1人ティモシー・コプラ宇宙飛行士は自転車事故でけがをしたため、スティーブ・ボーウェン飛行士に交代しました。ボーウェン飛行士はSTS-132 で飛行したばかりです。コプラ飛行士が回復途上にありますが、2月の打ち上げには間に合わないようです。

STS-134 の打ち上げは4月19日に予定されています。コマンダーのマーク・ケリー宇宙飛行士の妻のガブリエル・ギフォーズ上院議員は先日頭部を銃撃され、入院中です。このため、NASA はコマンダーのバックアップにリック・スターコー宇宙飛行士を指名しました。「この措置はケリー宇宙飛行士が妻をサポートする時間をつくるためのものであり、コマンダーは今も彼である」と、宇宙飛行士室室長のペーギー・ウィットソンは述べています。
ディスカバリーの打ち上げは早くても2月下旬に
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げは、早くても2月下旬になる見通しです。

ディスカバリーは昨年11月5日に打ち上げられる予定でしたが、発射台で外部燃料タンクの一部に亀裂が発見されました。さらに12月22日にディスカバリーを発射台からVAB(シャトル組立棟)に戻し、X 線で検査したところ、新たな亀裂がみつかりました。

問題となっているのは、外部燃料タンクの「インタータンク」とよばれる部分です。ここは液体酸素タンクと液体水素タンクを構造的に結合させている部分で、さらに左右の固体ロケットブースターとの前部結合個所があります。

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円筒形をしたインタータンクは、縦にストリンガー(梁)が入ったパネル6枚と、固体ロケットブースターとの結合部があるスラストパネル2枚から構成されます。スラストパネルは固体ロケットブースターと結合しているため、打ち上げの際に大きな力がかかります。11月に発見された亀裂の個所は、左側のスラストパネルの右側のパネルの2本のストリンガーでした。12月に新たに発見された亀裂の個所は同じ左側のスラストパネルの左側のパネルの3本のストリンガーでした。NASA はこれらのストリンガーの亀裂を修理し、補強する作業を行ってきましたが、さらに他のストリンガー32本についても補強作業を行っています。

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問題は、亀裂の発生原因がまだわかっていないことです。12月17日には発射台で、センサーを取り付けた外部燃料タンクに推進剤を再充填し、T−31秒までカウントダウンを行い、外部燃料タンクを加圧しました。しかし、このテストで異常は発見されませんでした。NASA ではさらに後方散乱X 線を使った検査も行っていますが、原因はまだつかめていません。

NASA は亀裂の原因解明と今後の補強作業の進捗状況などを検討し、新たな打ち上げ日を決定する予定です、現状では2月3日から10日のウィンドウでの打ち上げは無理とみられ、2月24日から3月6日のウィンドウが考えられています。ただし、2月26日にはヨーロッパの宇宙ステーション輸送機ATV の2号機がISS にドッキングする予定であるため、27日以降の打ち上げが現実的です。ただし、NASA はAT Vのドッキングがもう少し早まれば、それ以前の打ち上げの可能性もないわけではないとしています。
最後のフライト
注文していた “COLUMBIA:Final Voyage” が届きました。STS-107、スペースシャトル、コロンビアの最後の飛行についてまとめたフィリップ・チェンの力作です。

Columbia

2003年2月1日、コロンビアは軌道を離脱して大気圏に再突入し、ケネディ宇宙センターへの帰還の途につきました。太平洋からカリフォルニア州上空にさしかかろうとしていた午前8時52分(アメリカ東部時間、以下同じ)まで、すべては順調でした。ところがその後、ヒューストンのミッション・コントロール・センター(MCC)は、コロンビアの右車輪ブレーキ温度の急上昇にはじまる異常なテレメトリーデータを次々と受信しはじめます。コロンビアのリック・ハズバンド船長との交信は8時59分に途絶。テレメトリーデータもその直後に失われます。メリットアイランドの地上追跡局はコロンビアを捕捉することができず、予定の時刻になっても、コロンビアがフロリダ上空に姿を見せることはありませんでした。

午前9時12分55秒、フライトディレクターのリロイ・ケインはMCC のGC(地上管制官)のビル・フォスターに指示します。「ドアをロックしたまえ」。そしてMCC 内のすべてのフライトコントローラーに呼びかけます。「諸君、不測事態対応措置をとらなければならない。チェックリスト2.8-5ページを開いてほしい」。MCC から外部へのいかなる通信も禁じられ、すべての記録が保存される処置がとられました。こうしてNASA はチャレンジャー事故以来の、きわめて厳しい日々を迎えることになったのです。

その後、NASA は事故原因を徹底的に究明し、時間はかかりましたが、シャトルの飛行を再開させます。将来、誰かが大気圏再突入について改めて研究するときにも役立つように、コロンビアの残骸はすべて保存されました。事故はいたましいものではありましたが、それは未来への遺産として引き継がれていくのです。フィリップ・チェンが “COLUMBIA:Final Voyage” の最後の章を “Legacy:The Science Not Lost” とし、コロンビアで行われた微小重力実験の成果について詳しく触れたのも、そのような理由からだったのでしょう。

宇宙開発は、うまく進むこともあれば、厳しい時期を迎えることもあります。将来のために、どんなときにも前に進もうという精神に理解を示す社会でなければ、宇宙への挑戦は困難です。金星探査機の軌道投入に失敗しただけで、宇宙機関の理事長が国民に謝罪しなければならない今の日本の後ろ向きの風潮は、早く直した方がいいと、私は思っています。
ディスカバリーの打ち上げは早くても2月3日
NASA はスペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げを早くても来年2月3日まで延期すると発表しました。修理箇所のテストと解析にまだ時間がかかるため、打ち上げを次のロンチウィンドウまで伸ばすことにしたものです。

Discovery

ディスカバリーの最後のフライトに向けて、NASA は安全性の確保を最優先に考えています。2月3日の打ち上げの場合、打ち上げ時刻は午前1時34分(日本時間午後3時34分)となります。
ディスカバリーの打ち上げは12月17日以降に
NASA はディスカバリーの打ち上げは早くて12月17日と発表しました。修理個所が安全であるかどうかの検証がまだ十分ではないとの判断のようです。さらなるテストと解析が必要です。

12月17日の打ち上げの場合、打ち上げ時刻は午後8時51分(アメリカ東部時間、日本時間で18日午前10時51分)ごろとなります。
ディスカバリーの修理が終了
スペースシャトル、ディスカバリーは液体水素を外部燃料タンクに充填している際に水素ガス漏れが発生し、打ち上げが延期されていました。この水素ガス漏れは、水素ガスを安全に外に逃がすためのパイプとの接合部のGround Umbilical Carrier Plate(GUCP)という部分に不具合があったためでした。ガス漏れは解決したのですが、同じ時期に外部燃料タンクの断熱フォームの一部に亀裂が発見されました。この亀裂が生じた場所は液体水素タンクと液体酸素タンクを結合している構造の部分で、液体水素を抜く際に生じたものとみられます。その後の調査で、断熱材の下の金属材に亀裂が発生しており、断熱材の亀裂はこれによって生じたものであることがわかりました。

NASA では、金属材を補強し、その上に断熱材を塗布する作業を行ってきましたが、この作業が完了し、その点検も行われました。下の写真は、断熱材をスプレイしているところです。

NASA

NASA では今後、飛行の安全を確認する作業が行われ、その結果は11月29日に発表される予定です。もしもこの時点でGO サインが出れば、早ければ翌日からカウントダウンが開始されます。その場合、打ち上げは12月3日午前2時52分ごろ(アメリカ東部時間)となる予定です。
ディスカバリーの打ち上げは早くても11月30日
NASA はディスカバリーの打ち上げを次のロンチウインドウで行うことを決定しました。最も早い打ち上げ機会は11月30日午前4時05分(アメリカ東部標準時、日本時間30日午後6時05分)です。
ディスカバリー、打ち上げ延期
ディスカバリーの打ち上げが延期となりました。外部燃料タンクに液体水素を注入していたところ、顕著な水素ガス漏れが発見されたからです。水素ガス漏れがおきたのは、外部燃料タンクと、水素ガスを安全に逃がすためのパイプをつなぐGround Umbilical Carrier Plate(GUCP)という部分です。

STS-133

この問題を解決するためには、外部燃料タンクから液体水素を抜かなくてはなりません。このため、最も早い打ち上げ機会は11月8日12時53分(アメリカ東部標準時間、日本時間9日午前2時53分)となりました。これは、現在のロンチウインドウの最終機会で、これを逃すと、次のロンチウインドウは11月30日から12月5日になります。
ディスカバリー打ち上げへ:今後の主要イベントと時刻
T−11時間からのカウントダウンが開始されました。カウントダウンはこのままT−6時間まで進むはずです。打ち上げが予定通り、明日に行われるとすると、今後の主なイベントとその時刻は以下の通りになります(すべて日本時間)。

5日
午後5時20分
クルー起床
午後5時38分
カウントダウンはT−6時間まで進み、1時間のホールド開始。
午後6時38分
T−6時間からカウントダウン開始。外部燃料タンクに推進剤注入開始。
午後9時38分
カウントダウンはT−3時間まで進み、2時間30分間のホールド開始。
6日
午前0時08分
T−3時間からカウントダウン開始。
午前0時14分
クルーがO&C ビルを出て39A発射台へ出発。
午前0時44分
クルーが39A 発射台に到着。
午前1時59分
ディスカバリーのハッチクローズ。
午前2時48分
カウントダウンはT−20分まで進み、10分間のホールド開始。
午前2時58分
T−20分からカウントダウン開始。
午前3時09分
カウントダウンはT−9分まで進み、46分間のホールド開始(ここでのホールドの時間は従来40分間だが、今回は打ち上げの最適の時刻に合わせるため、46分間になった)。この間に打ち上げの最終判断が行われる。
午前3時55分
T−9分からカウントダウン開始。
午前4時04分
打ち上げ。
ディスカバリー打ち上げはさらに1日延期
メインエンジン3 に関する問題はクリアされましたが、天候条件が良くないため、ディスカバリーの打ち上げは、さらに1日延期されました。打ち上げは5日の午後3時4分(アメリカ東部夏時間、日本時間6日午前4時4分)の予定です。

STS-133

現在、カウントダウンはT−11時間でホールドされています。RSS(回転式整備構造物)の移動はすでに行われ、発射台上でディスカバリーがその姿をあらわしました。打ち上げがGO となり、T−11時間からのカウントダウンが開始されると、オービターの燃料電池が起動され、必要な作業員以外は発射台から退去します。カウントダウンはその後、T−6時間でホールドされ、この間に外部燃料タンクへの推進剤注入の安全性確認が行われ、作業員全員が発射台から退去します。T−6時間からのカウントダウンが開始されると、外部燃料タンクへの液体水素と液体酸素の注入がはじまります。
ディスカバリーの打ち上げ、また延期
ディスカバリーの打ち上げが少なくとも1日、延期されることになりました。メインエンジンを立ち上げ中、メインエンジン3(3基あるエンジンのうち右下のエンジン)のバックアップ・コンピューターの電源が入らなかったとのことです。コックピットの回路のブレーカーかスイッチに問題があるのではないかとみられています。

このため、NASA は問題解決の時間を確保するため、打ち上げを少なくとも1日延期することを決定しました。カウントダウンの時計は、現在T−11時間でホールドされています。現地時間で3日の午後2時に、次の日の打ち上げが可能か判断される予定になっています。打ち上げが決定された場合、打ち上げ時刻は4日の午後3時29分(日本時間5日午前4時29分)となります。
ディスカバリー打ち上げへ、カウントダウン開始
ディスカバリーの右OMS ポッドの修理が完了し、10月31日午後2時(アメリカ東部夏時間、日本時間1日午前3時)にカウントダウンが開始されました。打ち上げは3日午後3時52分(日本時間4日午前4時52分)です。カウントダウンはT−43時間からはじまりますが、途中にカウントダウン中断のホールドが入るため、約3日間をかけて、カウントダウンが進行していくことになります。

NASA

打ち上げ当日の天気が心配されますが、打ち上げ可となる確率は70%とみられています。ただし、ハリケーン「トマス」が発生しており、進路によっては打ち上げに影響するかもしれません。

NASA のLaunch Blog は3日の午前10時30分(日本時間午後11時30分)からはじまる予定です。
ディスカバリーの打ち上げは2日間延期
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げは2日間延期され、11月3日午後3時52分(アメリカ東部夏時間、日本時間4日午前4時52分)となりました。

ディスカバリーは射点での打ち上げ準備中に、OMS(軌道操作システム)エンジンの推進剤であるモノメチルヒドラジンの供給ラインにわずかな漏れが発生しましたが、修理は完了し、1日の打ち上げが決定されました。しかし、今度は右側のOMS のヘリウムと窒素を加圧するために用いるカップリングに漏れが発見されました。

NASA

この2個のカップリングの修理と点検、加圧作業のため、打ち上げを1日遅らせて2日の午後4時17分としましたが、さらに1日延期し、3日の打ち上げとなったものです。
ディスカバリー、最後のフライトへ
スペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げが11月1日午後4時40分(アメリカ東部夏時間、日本時間2日午前5時40分)に行われます。ディスカバリーにとって、これが最後のフライトです。

今回のSTS-133ミッションにおいては、恒久的な補給モジュールとしてISS に取り付けるために「レオナルド」多目的補給モジュールを改造したPMM(Permanent Multipurpose Module)や、ISS の外部プラットフォームELC4、ISS の交換部品などが運ばれます。また、NASA とGM が共同開発したロボノートR2 も話題になっています。R2 は上半身だけのヒューマノイド型宇宙ロボットで、試験用としてISS に持ちこまれます。

クルーは6人で、下の写真で左からアルビン・ドリュー(MS1)、ニコール・ストット(MS4)、エリック・ボー(パイロット)、スティーブ・リンゼイ(コマンダー)、マイケル・バラット(MS3)、ティモシー・コプラ(MS2)です。バラット宇宙飛行士は第19次および第20次長期滞在クルーとして若田光一宇宙飛行士と一緒にISS に滞在しました。

STS-133

STS-133のミッションパッチのデザインは、今年2月に亡くなったロバート・マッコールの晩年の作品をベースにしているとのことです。上昇していくスペースシャトルには固体ロケットブースターと外部燃料タンクがついていませんが、そんなことはどうでもよくなる、いかにもマッコールらしいドラマチックな絵柄です。背景の青い地球の向こうには星々が輝いています。スペースシャトルの時代は終わっても、宇宙を目指す人類のスピリットは失われないというメッセージにように、私には受け取れました。

STS-133

ディスカバリー(OV-103)は3機目のオービターとして1984年8月に初飛行しました。ディスカバリーの名は18世紀にキャプテン・クックが南太平洋を探検し、ハワイ諸島を発見した船の名前からとられました。この名はさらに、17世紀にハドソン湾や北極の北西航路を探検した船のものでもあります。

STS-133 はスペースシャトルの通算133回目、ISS への35回目のフライトです。ディスカバリーとしては39回目のフライトであり、この飛行回数はオービターの中で最も多いものです。

Discovery

ハッブル宇宙望遠鏡の軌道投入やミール宇宙ステーションとの初のランデブーなど、ディスカバリーにはいくつもの記憶に残るフライトがありますが、なんといっても忘れられないのは、チャレンジャーおよびコロンビア事故後の2回の飛行再開ミッションをディスカバリーがになったことでしょう。
STS-131ミッション報告会
山崎宇宙飛行士及びSTS-131クルーのミッション報告会に行ってきました。STS-131のクルー全員が顔をそろえ、宇宙での15日間の体験を語ってくれました。

sts-131

会場には多くの子供たちが来ていました。子供たちにとって、宇宙飛行士から直接に話を聞ける機会はとても大事です。宇宙での刺激的な体験は、子供たちに未知の世界への扉を開いてくれるでしょう。

この種のイベントでいつも思うことがあります。それはせっかくクルー全員がそろっているのに、クルーから話を聞く時間が少ないこと、そしてナビゲーターの質問が月並みだということです。月並みの質問をされれば、宇宙飛行士も、それまで何十回も答えたものと同じ決まり切った答をしなくてはなりません。そこからさらに踏みこんでこそ、子供たちに本当に伝えたい、宇宙飛行の生き生きとした世界が広がっていくのです。

たとえば、コマンダーのアレン・ポインデクスター宇宙飛行士とパイロットのジェームズ・ダットン宇宙飛行士には、Kuバンドアンテナが壊れた退役間近のディスカバリーをいかに操ってミッションを成功に導いたのかを聞いてみるとよかったかもしれません。2006年のSTS-121 、2007年のSTS-120、2010年のSTS-131と、異例ともいえる短い間隔で3回の飛行を行ったステファニー・ウィルソン宇宙飛行士には、ロボットアームのスペシャリストとして常に新しいミッションに取り組むことが、自分にとってどれだけのチャレンジであったかを聞くべきだったでしょう。

クルーの言葉の中で私が一番印象に残ったのは、ダットン宇宙飛行士が語った宇宙空間の暗闇の深さについてでした。こんないいい話をしてくれたのですから、ナビゲーターには、「それでは、その暗さは地上で見る夜空とどれだけ違うのか?」と、すかさず聞いてほしいところでした。そうすれば、ダットン宇宙飛行士は少し考えてから、宇宙で見る星の輝きが、サマーキャンプで見る満天の星とどんなに違うかを、子供たちに一生懸命話してくれたに違いありません。
アトランティス、最後の旅に出発
スペースシャトル、アトランティスが宇宙へ向かいました。今回のSTS-132 ミッションでは、ロシアのモジュールMRM-1 および補給物資を国際宇宙ステーション(ISS)に運びます。スペースシャトルは、3機のオービターが各1回ずつのフライトを残すのみとなっており、アトランティスはこれが最後のフライトとなります。

NASA

アトランティス(OV-104) は1985年10月に初飛行しました。1989年5月には金星探査機マゼラン、10月には木星探査機ガリレオを打ち上げ、1995年6月にはミール宇宙ステーションに初めてドッキングしたスペースシャトルとなりました。昨年5月には、ハッブル宇宙望遠鏡の最後の修理ミッションを行いました。今回が32回目のフライトになります。

STS-132のミッションパッチのデザインは下のようなものです。夕日に向かって飛んでいくアトランティスは、シャトル計画の終了が間近に迫っていることを示しています。

NASA

ケネス・ハム船長をはじめ6名のクルーも、ケネディ宇宙センターの技術者たちや打ち上げチームも、プロフェッショナルらしくふるまい、いつもと同じように打ち上げを成功させましたが、アメリカの有人計画の将来がどうなるかは不透明の中での打ち上げとなりました。オバマ大統領はコンステレーション計画をキャンセルし、NASA の宇宙飛行士を民間企業の開発した有人宇宙船でISS へ運ぶことを考えています。しかし、これについては、相変わらず反対意見も強い上、民間の有人宇宙船が、期待されているほど早い時期に宇宙を飛ぶことができるのかどうか、確たる保証はありません。
STS-131ミッション終了
山崎直子宇宙飛行士を乗せたスペースシャトル、ディスカバリーは、4月20日午後10時8分(日本時間)、ケネディ宇宙センターに着陸し、STS-131ミッションは終了しました。飛行時間は15日2時間47分10秒でした。

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日本人宇宙飛行士のスペースシャトル搭乗ミッションは、これで終わりました。スペースシャトルを初飛行から取材し、日本人宇宙飛行士のシャトル搭乗をずっと見守ってきた私としては、少しさびしい気分です。

スペースシャトルの飛行はあと3回、それぞれのオービターが最後の飛行をすることになります。すでにケネディ宇宙センターではアトランティスによるSTS-132の打ち上げ準備がはじまっています。現在のところ、打ち上げは5月14日に予定されています。通算34回目の国際宇宙ステーション(ISS)組み立てミッションで、ロシアの小型研究モジュールMRM1をISS に運びます。
STS-131、本日の着陸機会
ディスカバリーのケネディ宇宙センターへの着陸は、本日(20日)の午後8時34分(日本時間、以下同じ)の予定です。下は、その237周目の着陸までの経路図です。

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次の238周目では、ケネディ宇宙センターとエドワーズ空軍基地の両方に着陸可能です。着陸予定時刻は、エドワーズ空軍基地の場合が午後10時1分、ケネディ宇宙センターの場合が午後10時8分です。

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239周目と240周目の着陸場所はエドワーズ空軍基地になります。着陸予定時刻は239周目の場合が午後11時35分、240周目の場合が21日の午前1時11分になります。

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なお、ディスカバリーは本日の着陸が不可能でも、明日まで軌道上にとどまることに問題はありません。
STS-131、着陸は明日に延期
ケネディ宇宙センターは雲におおわれ、降雨の可能性もあるため、2回目の着陸機会も見送られて、ディスカバリーの着陸は明日に延期されました。

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明日の最初の着陸機会は237周目で、着陸予定時刻は午後8時34分(日本時間、以下同様)です。2回目の着陸機会の着陸予定時刻は10時8分です。スペースシャトルの軌道は1周ごとに経度で22.5度、西にずれていきます。そのため、この周回ではカリフォルニアのエドワーズ空軍基地へも着陸可能になります。次の周回からは、着陸場所はエドワーズ空軍基地のみです。エドワーズ空軍基地への2回目の着陸機会の着陸予定時刻は11時36分です。そして最後の着陸機会の着陸予定時刻は午前1時11分です。ディスカバリーはこれら4回の着陸機会のいずれかで帰還します。
STS-131、フロリダへ
今のところ、スペースシャトル、ディスカバリーは今夜9時48分(日本時間)にケネディ宇宙センターに着陸の予定です。

予定通りであると、ディスカバリーは222周目に軌道を離脱し、帰還します。下は、ケネディ宇宙センターまでのディスカバリーの経路です。

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現在の予報では、着陸時のケネディ宇宙センターの天候は必ずしも良好ではありません。したがって、ディスカバリーはもう1周、地球を周回し、223周目に帰還する可能性もあります。この場合、軌道離脱は午後10時17分、着陸は午後11時23分(いずれも日本時間)になります。

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ケネディ宇宙センターの天候が不順のままの場合、着陸は明日に延期されます。また、明日の着陸の場合、着陸場所がエドワーズ空軍基地に変更される可能性もあります。
STS-131、いよいよ帰還
山崎直子宇宙飛行士を乗せたスペースシャトル、ディスカバリーは約14日間のミッションを終え、ケネディ宇宙センターに4月19日(月)午後9時48分(日本時間)に着陸の予定です。現地時間では同日午前8時48分(アメリカ東部夏時間)で、朝方の帰還となります。

着陸の様子は午後9時からのライブ中継で視聴できるほか、丸の内のJAXAi でも開館時間を延長して、午後9時から10時30分までパブリック・ビューイングが行われます。私もJAXAi で山崎さんの帰還を見守りたいと思っています。

スペースシャトルの帰還は、次のように行われます。

着陸の5時間ほど前から、クルーは着陸のための準備をはじめます。シャトルのラダーやエアブレーキ、エレボンを動かすAPU(補助動力装置)も起動されます。着陸4時間前に、ペイロードベイ・ドアを閉じます。着陸3時間前、クルーはオレンジスーツを着て、座席につきます。

着陸のGO / NO GO の決定は着陸2時間前になされます。したがって、予定時刻に着陸が行われるかどうかは、午後8時前にNASA TV やNASA のLanding Blog などで確認することができます。ケネディ宇宙センターの天候などによっては、着陸までにもう1周したり(この場合には着陸時刻は約90分遅くなります)、着陸地がカリフォルニアのエドワーズ空軍基地に変更されたりします。

すべての条件が整えば、ディスカバリーにはヒューストンのミッション・コントロールから、こんなふうに軌道離脱の指示が送られてくるはずです。
“Discovery Houston, good news. You are GO for the deorbit burn.”

軌道操作エンジン(OMS)による軌道離脱のエンジン噴射は、着陸約1時間前に行われます。今回は午後8時43分に予定されています。エンジン噴射は3〜4分間、場所はインド洋の上空あたりです。ケネディ宇宙センターからは、ちょうど地球の反対側にあたります。

軌道を離脱し、高度を下げてきたディスカバリーは、着陸約30分前、高度120km あたりで、大気の抵抗を受けはじめます。このポイントをエントリー・インターフェイスといいます。大気圏に突入すると、ディスカバリーの機体は大気との摩擦熱によって、高温のプラズマに包まれます。この間、地上との交信状態は悪くなります。かつては通信が途絶するブラックアウトの状態になりましたが、現在では、静止軌道上の衛星を経由した通信が行えるため、完全な通信途絶になることはあまりないようです。ディスカバリーは高温に包まれながら、S 字ターンを行います。空気抵抗を利用して減速するためで、機体のバンク角度は80度に達します。このバンクを4回行います。

爆発音のような2回のソニックブームをとどろかせてフロリダに帰ってきたディスカバリーは、いよいよ滑走路へのアプローチを開始します。この時点ではコマンダーが手動でシャトルを操縦しています。進入角度は約19度です。通常の航空機の場合、進入角度は3度程度ですから、ディスカバリーはまるで空から落ちてくるような感じで降りてきます。

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滑走路の手前、高度600m でコマンダーは機首を引き上げ、着陸の態勢に入ります。着陸15秒前、ランディングギアが引き出されます。滑走路にまずメインのランディングギアが着地します。タッチダウンの瞬間です。次に減速用のドラッグシュートが開き、続いて機首部分のランディングギアが着地します。

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滑走路で停止すると、ディスカバリーはミッション・コントロールに連絡します。
“Houston Discovery, wheels stop.”
ヒューストンからは、こんな返事が返ってくるはずです。
“Roger wheels stop Discovery. Welcome home.”

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ディスカバリーが停止した「ホイール・ストップ」の時刻が、STS-131のミッション終了時刻となります。
STS-131、打ち上げ成功
山崎直子宇宙飛行士が搭乗したスペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げが予定通り行われました。現地時間6時21分の未明、日本時間では午後7時21分の打ち上げでした。今回のSTS-131ミッションは、スペースシャトルとして通算131回目、ディスカバリーとしては38回目の飛行で、ISS 組み立てミッションとしては33回目になります。

sts-131

いつものように、丸の内オアゾのJAXAi で解説をしましたが、今回は280名の方が来場し、皆さんの関心の高さがうかがわれました。山崎宇宙飛行士にとっては待ちに待った宇宙です。これから2週間、忙しい毎日が続きますが、宇宙を十分満喫してきてほしいと思います。

ISS では3月18日に第22次長期滞在クルーのジェフリー・ウィリアムズとマキシム・ソレオブ両宇宙飛行士が地球に帰還し、かわりに第23次/24次長期滞在クルーのアレクサンダー・スクボルソフ、トレイシー・カードウェル・ダイソン、ミカエル・ユニエンコの3名の宇宙飛行士が4月4日に到着し、6人体制になっています。ここにSTS-131のクルー7名が合流すると、ISS 上に13名の宇宙飛行士が滞在することになります。これは昨年7月の若田光一宇宙飛行士が地球に帰還する際のSTS-127ミッションのときと同じ、ISS での最多人数となります。
スペースシャトル、エンデバー、打ち上げ
スペースシャトル退役へのカウントダウンが始まる中、エンデバーが国際宇宙ステーション(ISS)に向かいました。打ち上げは米国東部標準時間2月8日午前4時14分(日本時間2月8日午後6時14分)でした。今回が最後の夜間打ち上げとなる模様です。このSTS-130ミッションでは、ISSの第3結合部「トランクウィリティー」と、これに取りつける「キューポラ」が運ばれます。キューポラには6枚の窓と天窓があり、地球観測などに用いられます。

sts130

オーガスティン委員会の報告書では、アメリカ人宇宙飛行士をアメリカの有人宇宙船が宇宙へ運べない期間を短縮するため、シャトルの飛行を延長する案も検討されていましたが、オバマ大統領の予算教書でこの案は採用されず、シャトルの飛行は、今回を入れてあと5回となりました。

次回の打ち上げは山崎直子宇宙飛行士が搭乗するSTS-131で、3月18日に予定されています。その後、各オービターは最終の飛行を行います。現在の予定は以下の通りです。
STS-132 アトランティス 5月14日
STS-134 エンデバー 7月29日
STS-133 ディスカバリー 9月16日
STS-129 打ち上げ
STS-129 が先ほど(日本時間4時29分)予定通り打ち上げられました。NASA TV で見ていましたが、見事な打ち上げでした。

今回のフライトはISS(国際宇宙ステーション)への補給ミッションです。クルーはチャールズ・ホーバー船長以下6名です。帰りにはISS に長期滞在しているNASA のニコール・ストットさんが搭乗します。ニコールさんはHTV のISS とのドキングや分離のためのロボットアームの操作を担当しました。彼女はスペースシャトルで打ち上げ・帰還する最後の長期滞在クルーとなります。
スペースシャトル、ディスカバリー打ち上げ
スペースシャトル、ディスカバリーが宇宙に向かいました。今回のSTS-128は国際宇宙ステーションの組立・補給ミッションで、多目的補給モジュール「レオナルド」などが積まれています。スペースシャトルとしては128回目の打ち上げになります。打ち上げ時刻は現地時間で28日の午後11時59分という真夜中の打ち上げとなりました。

STS-128

打ち上げに向けてカウントダウンが進んでいくのをNASAのサイトでチェックするのは、いつもながらわくわくするものです。昨晩、「ディスカバリーの打ち上げは今夜」というNASAの発表を確認し、今朝起きてからNASA TVを見ると、2時間30分のホールドの最中で、発射台のディスカバリーが夕焼けに美しく染まっていました。お昼に外出から戻ったころには、もちろんTマイナス3時間からのカウントダウンが進んでいました。

“T-9 Minutes and Counting” 最後のカウントダウンが開始されました。いつもと同じように、すべてが秒単位で進んでいきます。オービター・アクセスアームが離れ、APUがスタートし、外部燃料タンクのキャップが外れます。30秒前、オービターのオート・シークエンスがスタート。6秒前、メインエンジンがスタート。T-0、固体ロケットブースターが点火し、ディスカバリーは発射台を離れました。日本時間で午後0時59分でした。

固体ロケットブースターを切り離し、ディスカバリーは上昇を続けていきます。

“Negative Return !”  ヒューストンのミッション・コントロールからのよびかけにディスカバリーも答えます。“Negative Return !” トラブルが発生しても、ケネディ宇宙センターには緊急帰還できない高度まで達したという意味です(この場合には大西洋を越えてスペインやモロッコに着陸します)が、1981年のSTS-1の打ち上げでこの言葉を聞いたときから、私にはこの言葉に、「シャトルよ、もう後戻りはできないぞ。お前は宇宙に行くしかない」という気持ちがこめられているような気がしてなりません。

そしてMECO(メインエンジン・カットオフ)。ディスカバリーはあっという間に軌道に達しました。

シャトルは来年、国際宇宙ステーションの完成とともに退役することになっており、こんなふうにシャトルの打ち上げを楽しめるのも、あと6回しかないというのは、さびしい限りです。NASAの打ち上げ予定(Consolidated Launch Manifest)によると、今後のシャトルの打ち上げは以下のようになっています。
2009年11月12日 STS-129 アトランティス
2010年2月4日 STS-130 エンデバー
2010年3月18日 STS-131 ディスカバリー(山崎直子さんが搭乗)
2010年5月14日 STS-132 アトランティス
2010年7月29日 STS-133またはSTS-134 エンデバー
2010年9月16日 STS-133またはSTS-134 ディスカバリー

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