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NASA の2017年宇宙飛行士候補者
2017 NASA astronaut candidates

NASA の新しい宇宙飛行士候補者が発表されました。前回の2013年宇宙飛行士クラスは8名でしたが、今回、1万8300名の応募者の中から選抜されたのは12名でした。2000年以降のNASA宇宙飛行士クラスの中で最大の人数です。国際宇宙ステーション(ISS )以遠の宇宙空間への有人探査を推し進めようとするNASA の意気込みが感じられます。

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ジョンソン宇宙センターでの発表式にはマイク・ペンス副大統領も参加し、「12名はわれわれの国家を偉大な発見の高みに導くだろう。第45代アメリカ大統領ドナルド・トランプ氏も私も皆さんを誇りに思う」と語りました。オバマ前大統領は有人宇宙探査に消極的でしたが、トランプ政権は、NASA の有人宇宙探査活動はアメリカが偉大な国家であるために不可欠と考えています。

候補者は今後2年間の訓練に入ります。ISS での活動の訓練、アメリカの商業宇宙船での飛行訓練、さらにオライオン宇宙船とSLSロケットによる深宇宙探査のための訓練が含まれます。NASA長官代行のロバート・ライトフッドは「国際宇宙ステーションでの新たな研究を行うとともに、今よりももっと遠い宇宙へ行くための準備もする。彼らはとても忙しくなるだろう」と語りました。

2017年選抜の宇宙飛行士候補者は以下の通りです。

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前列左から
ジーナ・カードマン(29歳)。ノース・カロライナ出身の生物学者。土壌や深海底中の微生物が専門。
ジャスミン・モベリ(33歳)。海兵隊少佐。アリゾナ州にある海兵隊ユマ海兵航空基地の試験評価飛行隊に所属している。
ジョニー・キム(33歳)。海軍中佐。マサチューセッツ総合病院に緊急医療部の医師として勤務。SEAL での経験あり。
ラジ・チャリ(39歳)。空軍中佐。エドワード空軍基地では第461航空試験飛行隊のコマンダーとしてF-35 の飛行試験を行った。
ロラール・オハラ(34歳)。ウッズホール海洋研究所の研究者。ゴダード宇宙飛行センターやジェット推進研究所で学んだ経験もある。
後列左から
フランク・ルビオ(41歳)。陸軍少佐。医務官として勤務。作戦時の600時間を含む1100時間以上のヘリコプター搭乗経験がある。
マシュー・ドミニク(35歳)。海軍中佐。選抜結果が発表された時、ドミニクは第115戦闘攻撃飛行隊の指揮官として空母ロナルド・レーガンに乗艦していた。
ワレン・ホバーグ(31歳)。MIT航空宇宙部門のアシスタント・プロフェッサー。
ロブ・クリン(33歳)。スペースX社で打ち上げ技術部門のリーダーとして勤務していた。南極氷河の掘削経験をもつ。
カイラ・バロン(29歳)。海軍士官学校に勤務。原子力潜水艦作戦チームに女性士官として初めて参加した1人。
ボブ・ハインズ(42歳)。空軍出身。ジョンソン宇宙センターでリサーチ・パイロットとして勤務していた。
ジェシカ・ワトキンズ(29歳)。専門は地質学。エイムズ研究センター、ジェット推進研究所で研究後、現在はカリフォルニア工科大学で火星ローバー、キュリオシティの探査プログラムに参加している。
ハンガーS:NASA 有人宇宙飛行の揺籃
Hangar S:Cradle of NASA’s human spaceflight

前の話の続きです。ジョン・F・ケネディとNASA にまつわる写真の中で、私が好きなのは下の写真です。1962年2月20日、ジョン・グレンはマーキュリー6号に搭乗し、アメリカ初の軌道周回飛行を成功させました。2月23日、ケネディ大統領は当時ケープ・カナヴェラル空軍基地にあったNASA の施設を訪れ、グレンにNASA殊勲賞を授与しました。これはその時の写真です。ケネディの右がグレン、その隣が妻のアニー、そして娘のリンと息子のデイビッドです。デイビッドの右はNASA長官のジェームズ・ウェッブ、ケネディの左にリンドン・ジョンソン副大統領がいます。

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背景の ”MANNED SPACECRAFT CENTER” の文字が誇らしげです。「ニュー・フロンティア」を掲げて登場した若い大統領、アメリカの未来を支える若い家族、宇宙を目指すために誕生したNASA。皆が若く、未来への希望に燃えていました。1950年代後半から1960年代はじめの、アメリカが最も輝いていた時代を象徴する写真の1枚といえるでしょう。

この写真に写っている建物は、ケープ・カナヴェラル空軍基地のインダストリアル・エリアにあるハンガーS です。

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ハンガーS はアメリカ空軍が1957年に建設しました。資材の保管等が目的でしたが、すぐにアメリカ海軍研究所(NRL)が人工衛星を打ち上げるヴァンガード計画のために使用することになりました。下の写真は、その頃のインダストリアル・エリア入口にあった表示板です。

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1958年に発足したNASA は、人間を宇宙に送るマーキュリー計画をスタートさせました。この計画に使用する施設として、ハンガーS は1959年に空軍からNASA に移管されたのです。

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1961年9月、テキサス州ヒューストンに有人宇宙計画のためのセンターが建設されることになりました。10月24日、Manned Spacecraft Center(現在のジョンソン宇宙センター)が発足。これにともない、ハンガーS もこのセンターに属することになりました。ハンガーS の壁に ”MANNED SPACECRAFT CENTER” が表示されていたのは、そのような事情によります。

1963年まで、ハンガーS はNASA の有人宇宙計画の拠点となりました。ハンガーS には宇宙船のシミュレーター、宇宙船の気密をチェックするための真空チャンバー、マクダネル社の工場から運ばれてきたマーキュリー宇宙船の最終点検場、宇宙飛行士の居住区、医務室などが置かれていました。マーキュリー計画の宇宙飛行士たちは日々の訓練をここで行い、打ち上げの日にはここでメディカルチェックを受け、宇宙服を着て発射台に向かったのです。帰還して回収されたマーキュリー宇宙船もハンガーS に持ち帰られ、点検を受けました。

レッドストーンロケットによるマーキュリー3号と4号の打ち上げは第5発射台、アトラスロケットによるマーキュリー6号、7号、8号、9号の打ち上げは第14発射台で行われました。軌道上の宇宙飛行士と交信するミッション・コントロールはMCC(マーキュリー・コントロール・センター)で行われました。MCC はハンガーS とは別の場所に設置されていました。

ハンガーS は1965年からはいくつかの人工衛星ミッションのために使用されました。この頃には、有人宇宙船の打ち上げはケープ・カナヴェラル空軍基地の北に建設されたケネディ宇宙センターで行われ、宇宙飛行士の訓練やミッション・コントロールはヒューストンで行われるようになっていました。スペースシャトル計画の後期には、ハンガーS は固体ロケットブースターの整備場所として使用されました。下の写真は1966年頃のインダストリアル・エリアで、矢印の建物がハンガーS です。

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2011年のスペースシャトル計画の終了にともない、ハンガーS はその役目を終え、NASA はこの建物を撤去リストに入れました。ところが、ハンガーS はマーキュリー計画の歴史的遺産であるとして、この建物を保存する動きがはじまりました。さらに2015年にはスペースX社が6か月ハンガーS を借りたこともあり、ハンガーS はまだ解体にいたっていません。

ハンガーS は、現在内部は空っぽで、マーキュリー計画当時のものは何も残っていません。建物の外側だけが残っているのみです。そのためNASA は、保存の対象にならないと考えているようです。しかしながら、ハンガーS 以外に、マーキュリー計画当時の面影を残す施設は残っていません。第5発射台があった場所は現在、空軍宇宙&ミサイル博物館になっています。第14発射台は整備塔などがすべて撤去された廃墟状態で、発射台に向かう道の入り口に、マーキュリー計画の記念碑が建てられています。MCC の建物は2010年に解体され、コントロールルームの装置は、ケネディ宇宙センターのビジターコンプレックスに展示されています。

下の写真はGoogle Earth で見た現在のハンガーS です。建物はかなり傷んでいるようですが、あの日、ケネディやグレンや多くの人が集まっていた場所はそのまま残っています。

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Google Earth
ハンガーS はNASA の有人宇宙計画の揺籃となった場所です。何とか保存されるといいのですが。
NASAとケネディ生誕100年
NASA:JFK 100

2017年5月29日はジョン・F・ケネディ生誕100年にあたる日でした。NASA のサイトにはケネディとNASA に関する記事が写真とともに掲載されていました。そこに掲載されていた写真を何枚か紹介しましょう。

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この写真は、1962年にケネディがケープ・カナヴェラル空軍基地を視察した際のブリーフィング風景です。当時はソ連とのミサイル競争の真っただ中でした。左からNASA長官のジェームズ・ウェッブ、副大統領のリンドン・ジョンソン、NASA打ち上げ運用センター(ケネディ宇宙センターの前身)所長のクルト・デブス、ケネディ、1人おいて国防長官のロバート・マクナマラです。

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ジョン・グレンによるマーキュリー6号の飛行成功後に行われたフロリダ、ココビーチでのパレードの際の写真です。左からケネディ、ジョン・グレン、そしてレイトン・デイビス空軍大将。

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非常に有名な写真です。1961年5月25日、ケネディは議会で「アメリカは1960年代が終わらないうちに人間を月に送り、安全に地球に帰還させる」と演説しました。

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1962年9月12日にヒューストンのライス大学で行った演説の際の写真です。ケネディは、「われわれは月へ行くことを選んだ」と述べ、月を目指すことがアメリカの国家目標になったことを高らかに宣言しました。

ケネディは1963年11月22日、テキサス州ダラスで暗殺され、アポロ11号の月着陸を見届けることはできませんでした。NASA のサイトの記事では、アポロ11号の月着陸船イーグルが月面に降り立った1969年7月20日、アーリントン墓地のケネディの墓に誰かが小さな花を飾り、「大統領、イーグルは着陸しました」というメモを置いていたというエピソードを紹介しています。
天舟1号、打ち上げ
Tianzhou 1 cargo ship launched

中国の無人補給船「天舟1号」が4月20日午後7時41分(北京時間)に、海南島の文昌衛星発射センターから打ち上げられました。

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天舟1号は全長9m、直径3.35mで、補給物資を搭載する貨物部と、エンジンや機器類を収めた機器推進部から構成されます。軌道実験モジュール「天宮1号」をベースに製造されています。物資輸送能力は6.5トンで、日本の「こうのとり」、アメリカのドラゴンおよびシグナスと同規模です。また、燃料補給能力ももっています。

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天舟1号は2日後に軌道実験モジュール「天宮2号」との自動ドッキングを行う予定です。今回の飛行は軌道上でのランデブー、ドッキング技術の実証が大きな目的であり、2か月の間にさらに2回のドッキングを試験することになっています。天宮2号に前方からアプローチしてドッキングする方法と、後方からドッキングする方法の両方が試されるようです。また、天宮2号への燃料補給も行います。天宮2号や国際宇宙ステーションが周回している高度には、わずかに空気が存在しています。宇宙ステーションの高度は少しずつ低くなっていくため、ときどきエンジンを噴射して高度を保つ必要があります。そのための燃料の補給も天舟1号の重要な役割になります。

天舟1号は2か月間の試験を終えた後、さらに3か月軌道上にとどまり、その後、大気圏に再突入する予定です。

今回のミッションは、中国の有人飛行計画において3つの非常に重要な意味をもっています。

第1は、天舟1号ミッションの成功によって、中国の有人宇宙計画の「第2段階」が終わるということです。中国は1992年に独自の有人宇宙計画「921計画」をスタートさせました。このとき、計画は3段階で行うことが決定されました。第1段階は、有人宇宙飛行を実現させること、第2段階は有人宇宙船と軌道上の実験モジュールとのドッキング、そして宇宙飛行士が宇宙に滞在するための技術を実現すること、そして第3段階は宇宙ステーションの実現です。昨年、神舟11号のクルーが天宮2号で1か月の宇宙滞在を行っており、第2段階の残された課題が、無人補給船による物資補給技術の実証でした。したがって、今回の天舟1号のミッションが成功すれば、第2段階は終了し、いよいよ独自の宇宙ステーション建設をめざす第3段階に入ることができるわけです。

第2は、天舟1号に打ち上げに使われた長征7号ロケットです。現在、中国では長年使用してきた長征2号、3号、4号シリーズのロケットを長征5号、6号、7号にリプレースすることが行われています。長征5号は重量級のロケットで2016年に初打ち上げが行われました。中国の宇宙ステーション建設にはこのロケットが使われます。6号は軽量のペイロードを打ち上げるためのロケットで、2015年に初打ち上げが行われています。長征7号は今後、長征ロケット・ファミリーの主力となるロケットで、これまで長征2号Fロケットで行っていた神舟宇宙船の打ち上げにも使われることになります。長征7号は2016年に最初の打ち上げを行っており、今回が2回目の打ち上げになります。

第3は、打ち上げが行われた文昌衛星発射センターです。中国にはこれまで3つ(酒泉、太原、西昌)の衛星発射センターがありました。文昌は2016年から使用が開始された中国の新しい衛星発射センターで、長征5号と長征7号の発射台はここにあります。これまで酒泉から打ち上げられてきた神舟宇宙船も、ここから打ち上げられるようになります。文昌は他の衛星発射センターに比べて緯度が低いため、静止衛星の打ち上げに適しており、今度、中国を代表する宇宙センターになっていきます。

このように、中国の宇宙開発は今、軌道上での強固なプレゼンスを確保するための新たな段階に入りつつあります。

中国の無人補給船「天舟1号」打ち上げへ
China's cargo spacecraft Tianzhou-1 to be launched

中国の無人補給船「天舟1号」が4月20日から24日の間に打ち上げられることになりました。天舟1号は軌道上の宇宙実験モジュール「天宮2号」と無人ドッキングを行います。下の画像の左が天宮2号、右が天舟1号です。

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天舟1号は海南島の文昌衛星発射センターから、長征7号ロケットで打ち上げられます。下の画像は4月17日、組立点検棟から発射台に移動を開始した長征7号です。フェアリングの中に天舟1号が収められています。

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下の画像は移動する長征7号を組立点検棟の屋上から撮影したものです。遠方左の建物が長征7号の発射台、右側は長征5号の発射台です。

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天宮2号には昨年、神舟11号のクルー2名が約1か月の宇宙滞在を行いました。天舟1号のドッキングが成功すると、中国独自の宇宙ステーション建設への最後の関門がクリアされることになります。
NASAの2018会計年度の予算案
The President’s 2018 Budget requests for NASA

トランプ政権による2018会計年度の予算教書が発表になりました。

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NASA の予算案は約191億ドルで、前年度比0.8%の減でした。トランプ大統領の宇宙政策はまだ明確になってはいないものの、前に予想した政策が予算に反映されていると思われます。

小惑星リダイレクト・ミッションは予想通り中止されました。今後、有人宇宙探査の目標は月にシフトしていくとみられます。地球科学ミッションは約1億ドル削減の18億ドルでした。それほどドラスティックな削減ではありませんでしたが、気候変動を観測するPACE、大気中の二酸化酸素濃度を観測するOCO3、太陽の輻射量を正確に測るCLARREOパスファインダーなどは中止されました。また、オバマ政権が力を入れていたNASA の教育プログラムも大幅に予算が削減されました。

一方、宇宙探査関連の予算は確保されています。木星の衛星エウロパを観測するエウロパ・クリッパー、火星探査のマーズ2020 は継続。SLS とオライオンも37億ドルの予算がついて開発続行になりました。

また、今後NASA は民間とのパートナーシップを強化していくことになります。
中国「宇宙強国」への野望とアメリカの「第3オフセット戦略」
China’s ambition in Space and the United States’ Third Offset Strategy

『中国、「宇宙強国」への野望』がウェッジ社から発売になりました。

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中国の宇宙開発は近年、飛躍的な発展を続けていますが、その一方で、軍事的利用に対する懸念も高まっています。中国の宇宙開発の全体像や、その目指すところをまとめた本はこれまでありませんでした。本書は中国宇宙開発の歴史から最新の成果、今後の野心的な計画、さらにはその軍事的側面までをまとめました。また、中国の宇宙開発がいかなる考えの下に、いかなる体制で進められているかにも触れています。

中国の宇宙開発は日本の安全保障にも大きく関係しています。中国に対してどのような立場をとるにせよ、私たちは中国の宇宙開発についてもっと知る必要があります。この本が、皆様にお役に立てばと願っています。

この本では、地球周回軌道から月面までの支配権をめさす人民解放軍の戦略について触れています。これを読んでいただければ、中国がパワフルな宇宙計画によってアメリカをしのぐ軍事強国を目指していることがおわかりになると思います。では、こうした動きに対してアメリカはどうしているのでしょうか? 

これに関しては、この本のテーマではないので触れていませんが、当然のことながら、アメリカでは中国に対抗する新たな動きがはじまっています。それが「第3オフセット戦略」です。

第3オフセット戦略が正式にスタートしたのは、2014年11月に発表された国防総省の「国防革新イニシアティブ」(DII)によってですが、その構想は2012年にできあがっていました。第3オフセット戦略はロシアと中国に対して通常兵器による圧倒的な軍事能力をつくりあげ、それを戦争の抑止力とする戦略を意味しています。特に、近年軍備力を増強し、アメリカの脅威となりつつある中国が主たる対象になっています。

ちなみに、第1オフセット戦略とは、1950年代にヨーロッパにおけるソ連の軍事的優位を核の大量報復戦略にとってくつがえした戦略、第2オフセット戦略とは、アメリカと均衡するまでになったソ連の核戦力に対して1980年代にステルス、精密誘導などのハイテクによって軍事的優位を確立した戦略のことです。第2オフセット戦略の成果が発揮されたのが、1991年の湾岸戦争における「砂漠の嵐作戦」でした。中国人民解放軍はアメリカ軍の行動を分析し、これからの戦争では宇宙が決定的な要素になるという結論に達しました。これが中国に大きなインパクトを与え、人民解放軍は「制天権」を目指す宇宙開発を推進することになったのです。

第3オフセット戦略は今のところまだ非常に幅広い概念で、ひとことで説明するのは困難ですが、先端的な技術の導入により、兵器システムのみならず、軍事作戦、さらには軍の組織そのものにまで革新をもたらすことを目標としています。この戦略の中心人物であるロバート・ワークス国防副長官によると、人工知能と自動化技術によって、人間と機械が協働する新しい戦力がつくられていくとしています。第3オフセット戦略を実現する技術として、具体的にはビッグデータ、ディープラーニング、量子コンピューター、ロボット、自動化・無人化技術、小型化技術、3次元プリンターなどの新しい生産技術などがあげられ、民間企業の技術や基礎研究の成果を積極的に導入していく方針です。また、宇宙アセットの防御、航空やサイバー空間での戦闘能力強化が重視され、極超音速ミサイル、レールガン、指向性エネルギー兵器などの開発も検討されています。

宇宙空間は第3オフセット戦略において非常に重要な位置を占めることになり、2015年9月にJICSpOC(統合省庁間連合宇宙作戦センター)が創設されました。軍とインテリジェンス関連の機関が宇宙で連携する組織です。宇宙状況監視はJSpOC(統合宇宙運用センター)によって行われています。JICSpOC はJSpOC にとってかわる組織ではありません。JICSpOC では当面、主に宇宙空間での作戦の立案やシミュレーションなどが行われる予定です。
中国が「宇宙白書」2016年版を発表
China’s Space Activities in 2016

中国が5年ごとに発表している「宇宙白書」の2016年版(『2016中国的航天』)が発表されました。

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これまでの成果と主に今後5か年の計画が述べられています。全文に目を通しましたが、内容に特別目新しいところはなく、中国がこれまで表明してきた野心的な宇宙開発計画が今後も継続して進められていくことが述べられています。

2016年は中国の宇宙開発にとって大きな躍進の年となりました。「白書」が発表される絶妙なタイミングだったといえます。

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2016年には合計22回の衛星打ち上げが行われました。中国の年間打ち上げ回数は2010年以降増えており、2011年、2012年、2015年には19回の打ち上げが行われました。しかし20回を超えたのは2016年が最初です。特に11月は4回、12月は3回という過密スケジュールでした。9月1日に行われた長征4号C による高分10号の打ち上げは失敗したものの、それ以外の21回は成功。その中には、天宮2号および神舟11号の打ち上げが含まれます。

年間の打ち上げ回数は、その国の宇宙活動の規模や活発さの度合いを示す1つの指標にはなるでしょう。その点でみると、中国の宇宙開発はアメリカやロシアに負けないくらい元気だといえます。

また、ロケットについても、長征5号と長征7号の初打ち上げが行われました。前年には長征6号の初打ち上げにも成功しており、新世代の輸送システムが顔をそろえました。

「白書」は国際関係について、まず国連活動の枠内で宇宙を平和的に利用するとした上で、「一帯一路」の国々との協力関係の強化、APSCO(アジア太平洋宇宙協力機構、中国が主導している)の活動の支援、上海協力機構における宇宙分野での協力強化などをあげています。また、二国間協力についてロシア、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)、ブラジル、フランス、イタリア、イギリス、ドイツ、オランダ、そしてアメリカとの関係について述べています。また、アルジェリア、アルゼンチン、ベルギー、インド、インドネシア、カザフスタンとも協力関係を結んだとも述べています。ちなみに、日本とはこのような形で書かれる関係はありません。

「白書」の冒頭には、平和目的や人類への貢献がうたわれていますが、中国の宇宙開発が軍事と一体化しているのは事実であり、宇宙の軍事利用に関して重大な懸念がもたれています。
ジョン・グレン:1921〜2016
John Herschel Glenn:1921〜2016

1962年にアメリカ人としてはじめて地球周回飛行を行ったジョン・グレンさんがなくなりました。

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フレンドシップ7 での飛行については、ここここここに書きました。マーキュリー計画やその頃のソ連との宇宙開発競争に関しては、『ファイナル・フロンティア――有人宇宙開拓全史』に詳しく書いてあります。

グレンさんは1998年、77歳のときにスペースシャトル、ディスカバリーで36年ぶりの宇宙飛行を行いました。このSTS-95 ミッションでは、向井千秋宇宙飛行士が一緒でした。STS-95 の後、グレンさんは日本を訪れました。このとき、お目にかかる機会があり、「何度も宇宙を往復しているスペースシャトルに比べて、フレンドシップ7 の飛行はどうでしたか」と聞いてみました。「当時はすべてが新しく、最先端だった」というのが、グレンさんの答でした。グレンさんの ”cutting-edge” という言葉が印象的でした。まさに時代を切り開いていく飛行だったわけです。

NASA のサイトには、グレンさんの写真がたくさん紹介されています。いくつかを見てみましょう。

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訓練中のグレンさん。後ろにあるのがフレンドシップ7 です。

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打ち上げの日、フレンドシップ7 に乗りこむグレンさん。

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フレンドシップ7 で飛行中のグレンさんです。グレンさんは地球を3周して帰還しました。

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STS-95 ミッションのために、ジョンソン宇宙センターで訓練するグレンさん。NASA に戻ってきたグレンさんに、スタッフもうれしそうです。

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アメリカの有人宇宙飛行の2人のレジェンドです。左がジョン・グレンさん、右がニール・アームストロングさん。2012年2月、フレンドシップ7 飛行50周年記念式典の際の写真です。アームストロングさんは2012年8月になくなりました。
トランプ政権の宇宙政策はどうなるか
Space exploration under President Trump

トランプ政権の宇宙政策がどうなるか、少し考えてみました。選挙中の演説などから推測すると、オバマ政権時代の宇宙政策は大きく方向転換するでしょう。NASA の宇宙探査計画は強化され、宇宙事業への企業参入が加速するでしょう。一方、地球科学ミッションは大幅に縮小されます。そして、月が改めて脚光を浴びることになると思われます。

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まず、2009年にオバマ大統領が就任した時のことを思い出してみましょう。オバマ大統領は有人宇宙探査に関する新たな政策を諮問するため、オーガスティン委員会を組織しました。委員会は、探査の最終目標を火星とするものの、そこに至る道筋は月を経由するだけでなく、小惑星やラグランジュ点もあるという「フレキシブル・パス」という考え方を示しました。これをもとに、オバマ大統領はブッシュ政権下で進められてきた月着陸を目指すコンステレーション計画をキャンセルし、NASA をあてどのない航海へと旅立たせたのでした。

それでもNASA は何年もかけて ”Journey to Mars” というコンセプトを確立させ、当面の目的地が月であるか小惑星であるかには深く立ち入らず、2030年代に火星を目指す準備を進めてきました。コンステレーション計画で開発されていた次世代宇宙船の開発は続けられ、今日のオライオン宇宙船となっています。コンステレーション計画の打ち上げロケットは開発中止されましたが、月や火星を目指せる次世代大型ロケットSLS が新たに開発されています。NASA はSLS に無人のオライオン宇宙船を載せて月を周回するミッションを2018年に予定しています。一方、「フレキシブル・パス」の手前、小惑星ミッションも考えざるを得ず、小惑星を捕獲して地球近くの軌道までもってくるというARM(小惑星リダイレクト・ミッション)も進めています。

オバマ大統領の宇宙政策の特徴は、未来への明確なビジョンを打ち出さなかったこと、アメリカが宇宙空間でリーダーシップを維持することに積極的ではなかったことです。これはオバマ大統領が宇宙にほとんど関心のない大統領であったことも多分に影響していると思われます。ところが、その間に宇宙では大きな地殻変動が起こっていました。スペースX社に代表される新たな民間企業の参入、そして中国の台頭です。

トランプ氏が主張する「偉大なアメリカ(Make America Great Again)」の実現には、宇宙でのリーダーシップは不可欠です。しかし、オバマ政権が続けてきた宇宙政策では、アメリカがリーダーシップを発揮することはできないと、トランプ氏は考えています。「ドナルド・トランプと私は、アメリカの宇宙政策を再び偉大なものにするプランをもっている」。10月31日、副大統領候補(当時)のマイク・ペンス氏は、ケネディ宇宙センターやケープカナヴェラル空軍基地のあるフロリダ州スペースコーストでこう演説しました。ペンス氏がここを遊説場所に選んだのには理由があります。スペースコーストは2011年のスペースシャトル退役後しばらくは閑古鳥が鳴くほどでしたが、現在はロケットや宇宙船、人工衛星など宇宙産業の工場が集中し、新たなブームを迎えているからです。

ISS(国際宇宙ステーション)への人員・物資輸送は、2018年からはボーイング社、スペースX社、シエラネバダ社が行います。このCOTS(Commercial Orbital Transportation Services)計画は、2004年のブッシュ政権の宇宙政策において、スペースシャトル退役後のISS との往復を商業サービスに任せるという方針のもとにスタートしたもので、今、それが実現しようとしています。さらに衛星打ち上げサービス(スペースX社やブルーオリジン社)、衛星サービス(ワンウェブ社)、宇宙滞在モジュール(ビゲロー社)などの分野でも、新しい企業が続々と宇宙に参入しています。

地球低軌道は民間企業にまかせ、NASA は太陽系探査をもっと強力に推進すべきというのが、トランプ政権の基本的なスタンスです。“NASA could once again reach for the stars”と、トランプ氏は述べています。2025年以降のISS の運用にも、民間企業が大幅に関与することになるでしょう。この ”private-public partnerships” の拡大により、アメリカの宇宙でのリーダーシップは揺るぎないものになります。トランプ氏は雇用創出のため橋や道路を建設するというニューディール的な公共投資を行う姿勢を示していますが、広大なフロンティアを目指す宇宙産業の振興は、多数の雇用創出にもつながります。

NASA の宇宙探査計画、特に有人宇宙探査計画を加速するための財源には、NASA の地球科学ミッションの予算が充てられるのではないかと憶測されています。共和党には、二酸化炭素排出による地球温暖化を作り話であると信じている人が多く、トランプ氏もその1人かもしれません。地球温暖化が世界的に注目されることになったきっかけの一つは、NASA のゴダード宇宙科学研究所のジェームズ・ハンセンが、1988年に議会で行った証言です。そのため、共和党の一部の人たちに、NASA の地球科学ミッションはあまり評判がよくありません。

NASA の地球科学部門の年間予算はNASA 全体の約1割で、約19億ドルです。JAXA 全体の年間予算を上回る規模です。これを探査部門に投入しようというのです。新たな財源を手当てせずに宇宙産業の振興と雇用創出を実現するという、いかにもビジネスマン的な発想です。トランプ氏らが「後方支援業務」とよぶNASA の地球科学ミッションの多くは、NOAA(海洋大気庁)とUSGS(地質調査所)に移管される可能性があります。また、地球観測衛星による環境監視の商業サービスがより活発になると思われます。

小惑星ミッションARM はキャンセルされるのではないでしょうか。そのかわり、NASA はまず月を目指すことになるでしょう。

月は将来の火星有人探査の技術を習得する上でも最適な環境です。さらに、中国は月探査計画を着々と進めており、有人月着陸も計画しています。その意図が月の資源獲得にあるとの指摘もあります。月資源の採取や利用に関する国際的な取り決めはまだできておらず、このままでは中国が既得権を握ってしまう心配があります。トランプ政権はこの問題に取り組まねばなりません。

トランプ政権の外交政策はまだよくわかりませんが、ウクライナやシリアの問題で冷え込んだロシアとの関係は改善される可能性があります。一方、中国との関係は微妙です。こうした動きや、宇宙でのリーダーシップを求めるアメリカの姿勢は、ISEF(国際宇宙探査フォーラム)やISECG(国際宇宙探査協働グループ)で検討されている国際宇宙探査計画にも影響してくる可能性があります。

トランプ政権は、軍事面でも宇宙で圧倒的な優位に立つための政策を取るでしょう。国防総省は特に、中国が開発を進める衛星破壊のための高エネルギー兵器や極超音速滑空飛翔体に神経をとがらせています。前者はレーザーや粒子ビームなどで衛星を攻撃する兵器です。アメリカでは、1980年代に進められたスターウォーズ計画(SDI)が中止されて以降、この分野の研究はほとんど行われていません。また中国が開発中の極超音速滑空飛翔体WU-14 は、マッハ10ものスピードで大気圏に再突入して核攻撃を行う兵器で、これが実現すれば、アメリカのミサイル防衛システムを突破することが可能といわれています。中国に対して遅れをとっている分野に資金が投入され、DARPA(国防高等研究開発局)や防衛産業で新たな研究開発がはじまることになるでしょう。

これまで述べたことが、来年以降どれだけ実現していくかは、今後の成り行きを見守るしかありません。しかし、トランプ政権が目指そうとしている宇宙の姿が、ここから大きく外れていくことはないと思われます。
JAXA 航空シンポジウム2016
『JAXA 航空シンポジウム2016: 技術力×連携が目指す新たなステップ』が10月13日に東京ビッグサイトで開催されます。

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参加申し込みはこちらから。

今年も私が進行役をつとめさせていただくことになりました。今回のシンポジウムでは、JAXA が取り組んでいる「航空分野におけるオープンイノベーションハブ」について発表があります。また、今話題のMRJ について、三菱航空機技術本部副本部長の佐倉潔氏とJAXA 航空技術部門航空プログラムディレクタの大貫武氏からお話をうかがうことになっています。とても楽しみです。
天宮2号:中国の宇宙の軍事化が新たな段階へ
Tiangong 2:China creates Space Force

中国はまもなく宇宙実験室「天宮2号」を打ち上げます。天宮2号は、宇宙を目指す人類の活動にとって大きな成果の1つといえますが、一方で、この計画には軍事的色彩も強く、中国が進める宇宙軍事化が新しい段階に入ることを意味している点にも注意が必要です。

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天宮2号は長さ約14m、直径約4m、重量約20t です。2011年に打ち上げられた天宮1号と同じサイズですが、生命維持システムが大幅に改善されています。1号にはなかった酸素発生装置が設置され、水再生装置も新しいものに交換されています。天宮2号の打ち上げが成功すれば、10月には2名の宇宙飛行士が神舟11号で打ち上げられ、天宮2号で30日間程度の長期滞在を行う予定です。

中国は2018年に天宮2号の次の世代のモジュールを打ち上げ、これをコア・モジュールにしていくつもの科学実験モジュールを結合させた自前の宇宙ステーションを2022年に完成させる予定です。

中国の有人宇宙飛行において軍事ミッションが行われていることは、早い段階から指摘されてきました。2003年10月15日に打ち上げられた神舟5号で、楊利偉宇宙飛行士は中国初の有人飛行を行いました。その直前の10月2日に、ロシアや中国の宇宙開発に詳しいマーク・ウェイドは、神舟宇宙船についての記事を『スペース・デイリー』のサイトに投稿しました。ウェイドはここで、それまでに4回打ち上げられた無人の神舟が、ELINT(電子諜報)を行っていたという専門家の分析を紹介しています。それによると、神舟1号から4号まで、どの軌道モジュールにも2種類のアンテナが設置されていました。1つは3本のブームの先に取り付けられたUHF アンテナで、地上の電波をとらえるためのものです。もう1つは弧状に並べられた7個のホーンアンテナで、地上の電波源の位置を特定するためのものです。中国はそれまでELINT 衛星をもっていなかったので、「これは中国の宇宙からの偵察活動にとって大きな飛躍であった」とウェイドは書いています。神舟4号は2003年のイラク戦争時も飛行しており、中国はアメリカの軍事行動について貴重な情報を取得したとみられます。

神舟3号と4号には、偵察用のカメラも搭載されていました。カメラは軌道モジュールの先端と軌道モジュール本体の2個所に設置されていました。開口部の大きさから、カメラの口径は50〜60cm とみられています。2台のカメラを用いることにより、広域からクローズアップまでいくつものモードで撮影が可能です。カメラの最大分解能は1.6m とのことです。

これらのことは、中国が公開したニュース映像や雑誌に掲載されていた組立中の神舟の写真の分析から明らかになりました。「中国初の有人宇宙飛行の主なミッションは軍事偵察活動であろう」と、ウェイドは書いていました。実際、神舟5号にも、さらには2005年に打ち上げられた神舟6号にも、同じ偵察用カメラが設置されていたことが確認されています。

中国の有人宇宙飛行で行われる軍事ミッションを警戒する声は、天宮1号によってさらに高まりました。天宮1号では科学実験なども行われましたが、宇宙飛行士が軌道上から偵察活動を行う軍事プラットフォームとしての有効性を検証することも、その目的の1つであったと考えられています。天宮2号や将来の宇宙ステーションも同様に、科学実験室や他国の宇宙飛行士を搭乗させる外交ツールとしても使われるでしょうが、一方で、人民解放軍の宇宙空間への配備が進められていくでしょう。なぜなら、地上ではその準備がはじまっているからです。

習近平国家主席は、人民解放軍をアメリカに勝つ軍隊にするための改革に取り組んでいます。2015年12月31日に人民解放軍は陸軍、空軍、海軍、ロケット軍、戦略支援部隊という4つの軍と1つの部隊に再編されました。人民解放軍は歴史的に陸軍の規模が大きく、指揮系統も複雑でしたが、今回、陸軍指導機構(陸軍司令部)が設置されて指揮系統が統一されるとともに、空軍、海軍と同格になりました。戦略核ミサイルを担当するロケット軍はこれまでの第二砲兵が昇格したものです。

新たに設置された戦略支援部隊は、4軍を支援するための重要な任務を与えられており、軍事航天部隊(宇宙)と網路信息戦部隊(サイバー)に分かれています。軍事航天部隊は軍事衛星の運用や宇宙監視などを行いますが、対衛星攻撃(ASAT)も担当するでしょう。網路信息戦部隊は当然サイバー攻撃も担当します。つまり、有事の際にASAT とサイバー攻撃で4軍を支援するのが戦略支援部隊の任務なのです。

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今回、「軍事航天部隊」すなわち宇宙部隊が人民解放軍の中で正式な名称を与えられました。

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しかし、この部隊の任務は地上にとどまります。宇宙に配備される部隊は別に組織されるはずです。

中国の有人宇宙計画を進める載人航天工程弁公室は、人民解放軍の総装備部に置かれていましたが、2016年1月の機構再編によって装備発展部の下に置かれることになりました。宇宙飛行士は空軍のパイロットから選抜されています。近い将来、ここから航天軍(宇宙軍)が形成されていくでしょう。戦略支援部隊の軍事航天部隊の機能の一部が編入されるかもしれませんし、軍事航天部隊全体が統合されるかもしれません。この航天軍はさらに空軍と合体し、「天空軍」となるでしょう。

中国が目指すこうした宇宙戦闘部隊創設への動きを、単なる憶測と考える方もいると思いますが、習国家主席自らがこの構想を明らかにしています。例えば2014年4月15日の『人民網』には、「習近平総書記「空と宇宙を統合した強大な空軍を構築」」という記事が掲載されています。この記事によると、習主席は前日に空軍を視察し、全将兵に対して「新情勢下の党の軍事力強化目標をしっかりと押さえ、部隊の革命化、近代化、正規化を全面的に強化し、空と宇宙を統合し、攻撃と防御を兼ね備えた強大な人民空軍の構築を加速して、中国の夢、軍事力強化の夢の実現を揺るぎない力で支えなければならない」と強調したとのことです。

中国は神舟という有人宇宙船をもち、天宮2号とそれをコアにした独自の宇宙ステーション計画を進めていますが、軍事用の有人宇宙船や宇宙ステーションを別に開発する計画はありません。したがって、「中国の夢」を実現するための航天軍あるいは天空軍の宇宙空間での活動は、外に対しては民生用とみなされている神舟宇宙船、天宮2号、将来の宇宙ステーションを使って行われることになります。

宇宙開発には科学研究や宇宙の実利用といった民生目的の部分だけでなく、防衛または軍事的側面も存在します。こうしたデュアルユースは、世界各国の宇宙開発に共通していますが、中国は異例で、すべての宇宙開発が軍事部門の指揮下にあるといってよいことが、多くの研究者によって指摘されています。そして、その宇宙軍事化が、今、新しい段階に入りつつあるというわけです。
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ASAT(対衛星兵器):中国が宇宙でしかける見えない戦争
Chinese ASAT weapons:”Prepare for space combat”

中国人民解放軍は軌道上の人工衛星を攻撃するASAT(対衛星兵器)の開発と実戦配備を着々と進めています。

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中国のASAT はアメリカに対抗するために開発されていますが、近い将来、中国がアメリカの衛星に攻撃をしかける可能性は低いでしょう。むしろ日本の衛星に対して、東シナ海での有事発生時にASAT が使われる可能性が高いと考えられます。

少し前のことですが、「日本の情報収集衛星が中国上空で機能不全におちいった」との記事が中国のポータルサイト「今日頭条」に掲載され、ネット上で話題になりました。この記事によると、情報収集衛星の機能不全は中国のASAT による攻撃のためだというのです。荒唐無稽な話のようですが、「火のないところに煙は立たぬ」といいます。たとえでたらめであっても、何もないところから話がつくられることはありません。何か背景があるはずです。

この記事が掲載された8月3日の前日、平成28年版の『防衛白書』が閣議了承されました。今年の『防衛白書』は東シナ海や南シナ海での中国の軍事的脅威について、昨年版よりもかなりつっこんで記述しています。中国国営新華社通信は早速、「中国脅威論と海洋の安全問題を継続して騒ぎ立てている」などと非難しました。翌3日には中国外務省が「防衛白書は中国の内政上の問題を批判しており、中国政府は断固として抗議する」との声明を発表。また国防部も「中国に対するいれなき批判を停止するよう求める」との談話を発表しました。折しも尖閣諸島周辺には連日、多数の中国船舶が集結し、接続水域に入ったり、領海侵犯をくりかえしていました。国防部の談話は、「日本自衛隊の南西方面への軍事力の配備は現状を変えることに当たる」と主張し、「われわれは日本側に対して、ブーメランで自分を傷つけないよう、間違った言行を停止するよう忠告しよう」と、武力衝突の可能性をにおわせていました。

こうした状況を見るなら、この時期に「今日頭条」に記事が書かれた背景は明らかでしょう。中国の対衛星兵器は日本の衛星もターゲットにしており、おそらくレーザー照射あるいはサイバー攻撃のシミュレーションをすでに行っているということです。将来、東シナ海で有事が発生した場合、中国はまず自衛隊が使っているXバンド通信衛星や情報収集衛星を無力化してから攻撃を開始するでしょう。GPS信号は妨害され、GPS と相互運用している準天頂衛星も無力化されるでしょう。もちろん、自衛隊のネットワークやアメリカ軍とのデータリンクには強力なサイバー攻撃がしかけられます。海上自衛隊は目や耳をふさがれた状況で中国海軍を迎え撃たねばなりません。島嶼攻防の海戦は、アメリカ軍に対応する時間を与えず、短時間で決着してしまうことは危惧されます。

中国はASAT の実験を以下の通り、これまでに8回行っています。( )内は使用されたミサイルです。

2005年7月(SC-19)ASAT用ミサイルの試験
2006年2月(SC-19)軌道上のターゲット破壊に失敗
2007年1月(SC-19)軌道上のターゲット破壊に成功
2010年1月(SC-19)弾道軌道のターゲット破壊に成功
2013年1月(SC-19)弾道軌道のターゲット破壊に成功
2013年5月(DN-2)ASAT用ミサイルの試験。
2014年7月(SC-19)弾道軌道のターゲット破壊に成功
2015年11月(DN-3)ASAT用新型ミサイルの試験

SC-19 は移動発射式の中距離弾道ミサイルDF-21(東風21)をベースにしたASAT用ミサイルです。よく知られているように、2007年のASAT 実験では、寿命がきた自国の気象衛星「風雲1C」(高度865km)を破壊しました。この実験で大量のスペースデブリが発生しました。追跡可能なサイズのデブリだけで3000個以上におよび、国際社会から大きな批判を浴びました。その後、中国は地球周回軌道に達しない弾道軌道のターゲットを破壊し、デブリが発生しない実験を行っています。中国は2010年、2013年1月、2014年の実験をミサイル防衛システムのための実験と主張しています。SC-19 はすでに相当数が実戦配備されていると考えられます。

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SC-19 は低軌道上の衛星しか攻撃できません。2013年5月に試験されたDN-2(動能2)は高高度の衛星を攻撃するために開発されたミサイルです。このとき、弾頭は高度約3万km にまで達しました。弾頭は何かに衝突することなく落下し、大気圏に再突入しました。その特殊な軌道から、アメリカ国防省筋は、この実験が高度2万6500km のGPS や高度3万6000km の静止軌道上の衛星攻撃を想定したものと考えています。一方、中国は「科学観測」と主張しています。DN-2 は2020年ごろに配備される予定で、GPS の破壊を目的としているという見方があります。

2015年には新型のASAT用ミサイルDN-3 が登場しました。DN-3 はDN-2 を高性能化したミサイルで、静止軌道の衛星攻撃が目的とみられます。中国はDN-3 の試験をミサイル防衛システムのためと主張しています。

これらの実験は、キネティック(運動エネルギー)弾頭を用いたものです。赤外線とレーダーでターゲットを捕捉し、超高速の物体を衝突させて破壊する方式ですが、こうした「ハードキル」兵器は多数のデブリを発生させます。そのため、衛星攻撃をくり返すと、自国の衛星をデブリ衝突の危機にさらすことになります。そこで、衛星を破壊せずに無力化させる「ソフトキル」兵器が考えられており、中国はこの分野にも力をいれています。高出力レーザー、荷電粒子ビーム、マイクロ波ビームなどを用いるダイレクト・エネルギー兵器、あるいは指向性エネルギー兵器といわれるものです。ビームは地上施設のほか、移動車両、航空機、衛星などからも発射可能です。

2005年にアメリカの偵察衛星に対してレーザーが照射され、偵察活動が妨害される事態が起こりました。2013年、これが中国によるものであることが、実際にこの攻撃を行った中国人技術者の話から明らかになりました。中国の対衛星レーザー兵器は急速な進歩を遂げていると考えられています。

中国は軌道上で相手の衛星を捕捉・攻撃するシステムも開発中です。共通軌道(Co-orbital)方式とよばれるものです。この対衛星兵器は通常は普通の小型衛星の姿をして軌道をまわっており、命令を受けると、軌道変更してターゲットの衛星に接近します。運動エネルギー兵器としてそれ自体が衝突して相手の衛星を破壊する方法(カミカゼ衛星)以外に、搭載している爆薬やレーザー、電磁パルスなどによって、ターゲットを破壊する方法もあります。

2008年9月、中国の有人宇宙「船舟7号」から小型光学衛星BX-1 が軌道投入されました。この衛星のイメージセンサーは地球観測に使われる他、アメリカの衛星や宇宙船に接近して偵察を行うことも可能でした。BX-1 は事前の告知なしに国際宇宙ステーションからわずか45km しか離れていないところを通過しました。この接近はオーストラリアとニュージーランド間の海域上空で行われ、その真下には中国の追跡管制艦がいました。明らかに何らかの「作戦」ないし「訓練」が行われたともみられます。

有人宇宙船を用いたこの訓練について、中国の軍事問題に関する専門家と知られる国際評価戦略センター主任研究員のリチャード・フィッシャー氏はアメリカ議会で、「中国が彼らの有人宇宙プラットフォームを戦争に使う準備ができたことを、われわれに明確に知らせるためのものであった」と証言しています。まもなく打ち上げられる「天宮2号」によって、中国の有人宇宙ステーションの軍事利用はさらに進むでしょう。

小型衛星にロボットアームをとりつけ、ターゲットを捕捉し破壊することも考えられています。2013年7月に、中国は3機の小型衛星CX-3、SY-7、SJ-15を打ち上げました。このうちの1機(おそらくSY-7)はロボットアームをもっていました。この衛星は他の衛星のうちの1機をロボットアームで捕捉し、軌道変更して2005年に打ち上げられた衛星SJ-7 の近くまで移動しました。このようなロボットアームをもつ衛星は、故障した衛星の修理やスペースデブリの除去などにも利用できますが、ASAT用兵器としても非常に有効です。

最近、中国は小型衛星の開発・利用に力を入れています。科学観測など民生分野での利用のほか、軍事的にも高い価値があると考えられるからです。2015年9月、中国は新しいロケット長征6号を打ち上げました。ペイロードは軌道上でさまざまなデモンストレーションを行う小型衛星20機でしたが、重量わずか100g という「フェムトサテライト」も4機含まれていました。中国が小型衛星のさまざまな可能性を探っているのがわかります。

サイバー攻撃もASAT の手段の1つです。2007年10月と2008年7月、USGS(アメリカ地質調査所)の地球観測衛星ランドサット7号にサイバー攻撃がかけられ、12分間以上、観測が妨害されました。ただし、衛星の指令系統は乗っ取られませんでした。2008年6月には、NASA の地球観測衛星テラに2回サイバー攻撃がかけられ、1回目は2分間以上、2回目は9分間以上、観測が妨害されました。両方のケースで、衛星にコマンドを与えるすべてのステップが破られ、衛星は外部のコントロール下に置かれましたが、敵対的なコマンドを実行することは行われませんでした。これらのサイバー攻撃には中国か関与していると考えられています。

2014年9月、NOAA(アメリカ海洋大気局)がアメリカ軍と政府機関に観測画像や気象情報を提供しているシステムがハッキングされ、NOAA は2日間、情報提供を停止しました。NOAA はこの攻撃が中国からしかけられたものである確証をもっているようです。

このように、中国は今、さまざまなASAT手段を開発し、実験を行い、実戦配備しようとしています。一方、アメリカは運動エネルギー方式のASAT手段は保有していますが、実験は1980年代に終えており、最近では2008年に1度だけ実験を行っています。このときはSM-3 ミサイルが用いられ、故障して大気圏に再突入することになった偵察衛星がターゲットとなりました。ダイレクト・エネルギー方式の兵器に関しては、1980年代に進められたスターウォーズ計画(SDI)が中止されて以降、研究はほとんど行われていません。その間に中国はさまざまなASAT手段を開発してきました。宇宙での戦争能力に関しては、もはやアメリカに対して優位に立っているといって過言ではありません。そのため、アメリカでは中国が進める宇宙空間の軍事化やASAT に対する警戒感が急速に高まっています。

はたして、宇宙空間で他国の衛星を破壊するような事態が発生する可能性はあるのでしょうか? 中国はひそかにその準備を進めていると考えらます。

フィッシャー氏はアメリカ議会の公聴会で、「習近平国家主席は2012年12月5日に、人民解放軍第二砲兵部隊(現在のロケット軍)に対して、戦闘能力のタイムリーな展開を確保するために、地上をベースとした対衛星攻撃能力の構築を強化するように指示しました」と証言しました。この習主席の指示は公にされませんでしたが、2014年末に発表された中国のあるベテラン将軍の論文中で触れられました。しかし、この論文はすぐにウェブ上から削除されました。また、この論文に注目した中国の軍事専門ブロガーの記事も、すぐに消えました。

習主席はまた、2014年4月14日に人民解放軍の空軍に、「空と宇宙の能力を統合しなければならない」と語りました。習主席はこのときさらに、「宇宙での戦争に備えよ」という指示を与えたとされています。

フィッシャー氏は「中国人民解放軍の目標は地球低軌道における他国の活動を拒否し、そこを支配し、さらにその支配を地球から月にまで広げることです」とも証言しています。また、次のようにも語っています。「中国は近い将来、紛争が起こった場合にASAT を使うと思います。特に南シナ海、台湾、そして尖閣諸島で何かが起こった時に」。
ワンウェブ社の小型衛星コンステレーション計画:日本の宇宙政策は世界に取り残される?
宇宙基本計画工程表(平成28年度改訂)」の策定に向けた意見募集が行われています。この意見募集は平成27年度改訂の工程表の構成にそって行われるものです。工程表を見ていると、日本の宇宙政策には長期的なビジョンが欠落しており、このままでは世界の宇宙開発の大きなうねりから取り残されてしまうのではないかと心配になります。世界の宇宙開発は驚くほどのスピードで動いており、2020年の東京オリンピックの頃には、その様相がまったくことなっているかもしれません。

世界の宇宙開発がダイナミックに動いていることを示す例の1つが、ワンウェブ社による低軌道小型衛星コンステレーション計画です。ワンウェブ社の計画では、高度1200km の20の軌道面に648機の小型衛星を打ち上げ、全地球をおおうインターネット網を構築します。

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ワンウェブ社の計画でまず注目すべきは、そのスピード感です。この構想が外部に向けて明らかになったのは2015年1月のことでした。2017年には早くも打ち上げがはじまり、2019〜20年にはサービス開始の予定です。また、ベンチャー企業の構想に巨大企業が投資し、宇宙ビジネスのメインストリームの企業がパートナーとして参加していることにも注目すべきです。

ワンウェブ社の創設者グレッグ・ワイラーは、2007年にO3bネットワークス社を設立し、12個の衛星で低緯度地域にインターネット通信サービスを提供する事業を立ち上げました。その後、O3b はグーグル傘下に入りましたが、ワイラーは2014年にグーグルを離れ、ワンウェブ社の前身であるワールドビュー・サテライツ社で現在の事業をスタートさせました。構想自体は彼がグーグル時代に考えていたものです。

ワンウェブ社に投資している主な企業には、ヴァージン・ギャラクティックの事業を進めるヴァージン・グループ、チップメーカーのクアルコム、コカコーラ、メキシコの通信サービス会社トータルプレイ、インド最大の通信事業を展開するバーティ・エンタープライズなどがあります。また、ヨーロッパを代表する宇宙企業エアバス・ディフェンス&スペース社、静止軌道での衛星通信サービスを行っているインテルサット社、地上インフラを提供するヒューズ・ネットワークシステム、衛星打ち上げサービスを行っているアリアンスペースなどがパートナーとなっています。

現在、ワンウェブ社の経営陣には、ワイラーと共同創設者のオハド・フィンケルスタインの他、ヴァージン・グループ創設者のリチャード・ブランソン、クアルコム前CEO で現会長のポール・ジェイコブズ、バーティ・エンタープライズの創設者スニル・バーティ・ミタル、エアバス・グループCEO のトーマス・エンダースが名をつらねています。

ワンウェブ社はスペア分もふくめ、合計900機の小型衛星を製造することにしています。衛星の重量は約150kg です。この衛星の開発・製造を請け負っているのが、エアバス・ディフェンス&スペース社です。最初の衛星10機は同社のツールーズの工場で製造されますが、ワンウェブ社はエアバス社と共同で2017年にはケネディ宇宙センター近くに工場を完成させ、1週間に15機以上のペースで衛星を製造することにしています。工場の誘致には、フロリダでの宇宙産業の振興を推進しているスペース・フロリダが動きました。ワンウェブ社の工場近くにはブルーオリジン社のロケット工場、ロッキード・マーチン社のオライオン宇宙船組立工場、ボーイング社の宇宙船スターライナー(CST-100)の組立工場、シエラネバダ社の宇宙船ドリームチェイサーの組立工場などがあります。

衛星の打ち上げを担当するのはアリアンスペース社です。打ち上げにはソユーズロケットが使われます。発射場はギアナ、バイコヌール、プレセツク、そして最近スタートしたボストーチヌイが使われます。1回の打ち上げで32〜36機を軌道投入する予定です。また、アリアンスペースが現在開発中のアリアン6型、そしてヴァージン・アトランティックの空中発射システム「ローンチャーワン」も使われます。

衛星の運用を行うのはインテルサット社です。同社は静止軌道に大型の通信衛星を打ち上げでサービスを行う事業を展開していますが、今回、ワンウェブ社の事業にも参加することになりました。同社が保有している地上の施設も使われます。同社の狙いの1つは、北極域での通信サービスにあると思われます。地球温暖化の影響で北極海の氷は減少しており、夏季には大西洋と太平洋を結ぶいわゆる「北西航路」が開けます。北極海での資源開発も盛んになると予想され、この地域での通信需要は急増するとみられますが、静止軌道上の衛星はこれが苦手でした。それ以外の地域でも、低軌道小型衛星によるサービスとの連携は、同社の事業に広がりをもたせることになります。

小型衛星のコンステレーションによる通信サービスは、かつてマイクロソフト社のビル・ゲイツも考えていました。またFacebook のマーク・ザッカーバーグも考えていたといわれます。しばらく前には、こうした構想を実現する技術基盤は不十分だったのですが、現在は技術の急激な発展でそれが可能になっています。

ワイラーはグーグルにいた頃、この計画をスペースX社のイーロン・マスクと話をしていました。しかし、その後2人はたもとを分かちました。マスクは現在、4000機の衛星によるコンステレーション計画を発表しています。

ワンウェブ社やマスクのコンステレーション構想が外部に向けて明らかになる直前の2014年11月には、スペースX社を含む「半ダース」ほどの企業がコンステレーションのための周波数をITU(国際電気通信連合)に申請するという出来事があり、「衛星インターネットのゴールドラッシュ」といわれました。なお、ワンウェブ社はすでに周波数を取得しており、他社にくらべて優位に立っています。

小型衛星のコンステレーションによるインターネット・アクセスサービスは世界の衛星通信市場に革命をもたらす可能性があります。それほど遠くない将来、低軌道にはワンウェブ社やスペースX社など複数の企業による低軌道小型衛星のコンステレーションが、何層も地球を包み、宇宙通信の新しいインフラとしてその地位を確立するかもしれません。低軌道の小型衛星は、静止軌道上の通信衛星にくらべて、極地域も含め世界中のどの地域にもサービス可能でデジタル・デバイドを解消できる、安価にサービスを提供できる、信号の遅延時間が数十ミリ秒しかない(静止衛星では0.3秒程度)、衛星全損のリスクがない、などの特長があります。

グーグルやザッカーバーグは小型衛星ではなく、無人機やドローン、成層圏気球などによって同様のインターネット・アクセスを実現する研究開発を続けています。

平成27年度改訂の工程表に載っている「技術試験衛星」は、日本の衛星メーカーにとって次世代の通信衛星技術を獲得する上で非常に重要な存在です。工程表には「10年先の通信・放送衛星の市場や技術の動向を予測しつつ、世界最先端のミッション技術や衛星バス技術等を獲得することにより、関連する宇宙産業や科学技術基盤の維持・強化を図る」と書かれています。しかし、ここに書かれている「10年先の通信・放送衛星の市場や技術の動向」の検討に、小型衛星のコンステレーションは含まれているのでしょうか?

2015年5月18日の宇宙政策委員会宇宙民生利用部会では、以下のような質疑応答が議事要旨に掲載されています。

「米国では多数の小型通信衛星を打ち上げた衛星インターネットが話題になっているが、この背景は何か」
「米国内ではブロードバンド環境が十分ではないところもあることから、そのような地域向けのサービスを念頭に置くとともに、米国内だけでなく、途上国のマーケット獲得を狙っていると考えられる」

もう少し詳しい議論はあったかもしれませんが、「要旨」がこれであるということは、この程度の認識であったということでしょう。工程表には技術試験衛星の開発により、「2020年代後半から、我が国衛星メーカーが国際市場(年間20機程度)で1割を獲得すると期待されます。(現状の4倍)」と書かれていますが、大型の通信衛星はすでに成熟した産業で、欧米には多くの強豪メーカーがあります。その中での市場参入はかなり大変なことである上に、「10年先」には世界の衛星通信市場自体が様変わりをしてしまう可能性さえあります。

日本の宇宙政策には、長期におよぶ視点と、めまぐるしく動く世界の動向に対応したスピード感の両方が望まれます。
NASA長官、「きぼう」について語る
Kibo:Our Shared Destiny Will Be Written by Us, Not for Us

NASA のチャールズ・ボールデン長官が、自身のブログで先日の日本訪問について書いています。

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このブログでボールデン長官は、日本政府の高官と宇宙探査に関して話し合い、JAXA を訪問したと述べ、「NASA とJAXA の関係は、世界で最も緊密で広範囲にわたり、かつ最も長く続いている2国間協力の1つ」であるとしています。そのシンボルといえるのが、国際宇宙ステーション(ISS)計画における両国のパートナーシップです。

ボールデン長官はISS の日本実験棟の名前である「きぼう」(Hope)という言葉は、現在ISS で行われている研究や協力関係を非常によく説明していると書いています。そして、オバマ大統領の以下の言葉を引用しています。

「希望とは、誰かがつくってくれるものではなく、私たちによってつくられるものである。世界が今のままでいいと甘んじることのない、世界をあるべき姿につくり変える勇気をもった人たちによって」。

これは、ボールデン長官が筑波宇宙センターの「きぼう」運用管制室の前で私たちに語った言葉でもあります。その際には、この言葉の前段にあたる部分も含まれていました。

「希望とはただ楽観的になることではない。やらなければいけないたくさんの仕事や行く手に立ちふさがるものを無視することでもない。希望とは私たちの内にあり、それを追求し、それのためにはたらく勇気をもてば、より良いことが待っていると語りかけている」。

ISS とはまさに、人類が希望をもって未来に挑戦している場所であるといえます。
NASA長官が筑波宇宙センターを訪問
NASA Administrator Charles Bolden visits Tsukuba Space Center

8月5日、NASA のチャールズ・ボールデン長官がJAXA の筑波宇宙センターを訪問しました。

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ボールデン長官はちょうど改修が終わったばかりの「きぼう」日本実験棟の運用管制室(MCR:ミッション・コントロール・ルーム)を視察しました。「きぼう」日本実験棟の運用は、この部屋で行われます。大型のスクリーンには、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の大西卓哉宇宙飛行士からのメッセージも流されました。

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ボールデン長官は、「きぼう」での実験について、宇宙ばかりでなく地上の生活にも役立つ成果をあげつつあることを強調しました。また、ISSでの活動は、日本にとって将来の宇宙探査活動の礎になるとも語りました。

同長官は日本とアメリカの50年間以上におよぶ長い同盟関係にもふれ、宇宙に分野において、今後も日本がアジアのリーダーであることを希望すると語りました。
国際宇宙ステーションから撮影した夜の地球と天の川
Milky Way and airglow from ISS

国際宇宙ステーション(ISS)から撮影された地球と天の川の写真です。

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画面の下半分は地球の夜の部分で、ISS は太平洋の島国キリバスの上空にいます。写真の右方向が北です。海は一面雲におおわれていますが、写真の右側には、雲の中で発生した雷によって青白く光っている場所があります。その光は、上部に見えるISS の太陽電池パネルに反射しています。

地球の縁には大気光が見えています。大気光とは大気中の分子や原子が太陽光で励起され、それらが反応して光を発する現象です。大気の縁に近いところではオレンジ色と緑色の大気光が見え、その上層に赤い色の大気光が鮮やかに見えています。

その先には天の川(銀河系)が雄大な姿を見せています。銀河系の中心はISS の太陽電池パネルの向こう側にあります。銀河系中心に近いために、このあたりには多くの星が集まっており、それらの星々の輝きは大気光を通しても見えています。また、星間ガスとちりの雲がシルエットになってつくりだす黒い筋も見事に見えています。
ボストーチヌイ宇宙基地からのソユーズロケット打ち上げに成功
Soyuz rocket successfully launched from Vostochny Cosmodrome

ロシアの新しい宇宙基地ボストーチヌイから、本日午前11時01分(日本時間)に、最初のソユーズロケットが打ち上げられました。

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打ち上げの様子を現地で見守ったプーチン大統領は「これからしなくてはならないことはたくさんあるが、これはロシアの宇宙開発にとって非常に重要な、素晴らしい一歩だ」と語りました。ロシアの宇宙開発は、これで新しいステージに入ったことになります。
ポストISS:宇宙での「日本外し」が現実になる日(3)
国際宇宙ステーション(ISS)計画はアメリカ、ロシア、日本、ヨーロッパという4極によって運用されてきました。アメリカと中国の宇宙での協力関係が、これまで述べてきたような中国の思惑通りに進めば、ポストISS 時代の有人宇宙活動は、アメリカと中国の2極によって運用されることになるでしょう。中国が提唱している地上における「新型大国関係」と同じ構図が、宇宙で実現するわけです。

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中国は実験モジュール「天宮2号」を今年打ち上げの予定です。また、2018年にはコアモジュール「天和」を打ち上げ、これらを結合させた独自の宇宙ステーションを2020年頃に完成させる予定です。人員輸送には「神舟」宇宙船を、物資補給には「天舟」輸送船を用います。

この宇宙ステーションは中国にとって科学研究以上の価値をもちます。おそらく、中国と関係の深い国々の宇宙飛行士がここを訪れることになるでしょう。その最初はナイジェリアの宇宙飛行士になるかもしれません。同国は以前から有人宇宙飛行に意欲的で、2030年に宇宙飛行士を打ち上げる計画をもっています。最近、同国の多数の技術者が中国で研修を行うことに両国が同意したとも伝えられています。ナイジェリアはアフリカ最大の産油国で、中国は近年、同国との関係を深めています。

これは、かつてソ連が共産圏の結束を固めるためにインターコスモス計画で用いた手法です。当時、共産圏諸国の宇宙飛行士が次々とサリュートやミール宇宙ステーションを訪れたものでした。中国も地上世界での権益確保や影響力の拡大に、宇宙ステーションをフルに利用するでしょう。

ISS は現在のところ、2024年までの運用が決まっています。ISS 計画は国際宇宙基地協力協定にもとづく国同士のプロジェクトですが、2024年以降は民間がかなり関与した形で運用されていくでしょう。その一方で、ISS 以遠、すなわち月や火星への有人飛行への国際枠組みができていきます。地球周回軌道においては独自の宇宙ステーションを運用して、アメリカに対抗するスーパーパワーの位置を維持し、地球周回軌道以遠への有人飛行には、アメリカにとって非常に重要なパートナーとして関わっていくのが、中国の戦略といえます。

ロシアとヨーロッパは宇宙分野ですでに中国とも関係が深く、ポストISS の時代にも重要な位置を占め続けますが、日本にはほとんど出番がなくなるでしょう。

日本はISS 計画の重要なパートナーであり、ISS 利用に関してアメリカと強い関係にあります。2015年9月11日に、宇宙に関する包括的日米対話第3回会合が開催され、宇宙における強固な協力関係が改めて確認されました。また12月22日に両国は、新たな日米協力の枠組である「日米オープン・プラットフォーム・パートナーシップ・プログラム(JP-US OP3)」に合意しました。これにより、日本が2024年までのISS 運用延長に参加することが決定されました。JP-US OP3 の文書でもふれられている通り、ISS 計画おける日米間のパートナーシップは、政治的・戦略的・外交的重要性を踏まえた日米協力の象徴的存在となっています。

JP-US OP3 の文書ではISS 計画について、「地球上の全ての人々の福祉を促進し、各々の宇宙政策の目標を追求するために利用されるべきである」とした上で、「アジア太平洋地域における宇宙途上国を含むISS 非参加者との国際的な協力を増大させることは、重要な共通の関心事項である」と述べています。日本は1993年以来、アジア太平洋地域における宇宙利用の促進を目的としてAPRSAF(アジア・太平洋地域宇宙機関会議)の活動を進めてきました。現在、40以上の国や地域、機関が参加し、地球観測、防災などの他、ISS の利用などに関しても取り組みを行ってきました。一方、中国は2008年にAPSCO(アジア太平洋宇宙協力機構)をスタートさせています。

ポストISS の時代においても、日本はアメリカの重要な同盟国であり続けるでしょうが、ISS 計画と同様の役割を国際宇宙探査計画において果たすことができなければ、宇宙における新型大国関係が事実上できあがっていくことになります。宇宙における「日本外し」を自ら招くことになるのです。宇宙空間とサイバー空間は、地上の安全保障体制と不可分の関係にあり、宇宙におけるプレゼンスの低下は、日本の安全保障や外交力にマイナスの大きな影響を与えることになるでしょう。

ポストISS の時代への準備は、各国ですでにはじまっています。次のアメリカ合衆国大統領が誰になるかによって、宇宙における米中の関係は変わっていく可能性があります。次の政権が明確な宇宙政策を打ち出すには、少し時間がかかるかもしれません。その間にも、中国の宇宙への進出は休むことなく続いていきます。
ポストISS:宇宙での「日本外し」が現実になる日(2)
2015年6月23〜24日、ワシントンにおいて第7回米中戦略・経済対話が行われました。NHK の加藤青延解説委員は「時事公論」で、活発な議論が行われたこの対話をふり返り、中国はそれまでの強気の姿勢から「対米関係改善の方向に舵をきったのではないか」と述べています。今回の対話で両国が合意した項目は200にのぼりますが、その中に、民生宇宙分野での第1回米中対話を北京で開催することが含まれていました。オバマ政権は、アメリカの対中宇宙政策の転換に向けて一歩踏み出したわけです。

民生宇宙分野における第1回米中対話はアメリカ国務省と中国国家航天局(CNSA)の共催で、2015年9月28日に北京で開催され、活発な意見交換が行われました。

国務省のメディア向け発表文によると、この対話では、宇宙空間の持続的利用(主にスペースデブリ問題)、地球観測、宇宙科学、宇宙天気予報、測位衛星システムの利用などが議論されました。注目すべきは、この対話において、将来の国際宇宙探査に関しても意見交換が行われたことです。発表文には「両国は宇宙探査の国家計画について情報交換し、次回のISEF(国際宇宙探査フォーラム)に関して議論を行った」としています。また、第2回目の米中対話を2016年にワシントンで開くことが合意されました。ここでも、再びISEF について両国が意見交換するのは間違いないでしょう。

当然のことですが、アメリカにはジョンソン-フリースのような親中派ばかりではなく、中国に対して強い警戒心をもっている人もたくさんいます。この米中対話に対しても異論があり、2014年に引退したウルフ議員の後任となったジョン・カルバートソン委員長も、この対話に反対の立場をとっています。

ここで、ISEF をめぐる動きについて、説明しましょう。現在、アメリカ、ロシア、日本、ヨーロッパ、カナダによって国際宇宙ステーション(ISS)計画が行われていますが、人類の次の目標は火星の有人探査であり、その途中のプロセスとしての月面活動です。このような宇宙探査は国際協力によらなければ実現が困難です。そのための国際的な枠組みについて議論しているのがISEF です。

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2011年、各国の閣僚級が参加した第3回宇宙探査ハイレベル会合がイタリアのルッカで行われ、第4回会合をアメリカで行うことが決定されました。この第4回会合がISEF として開催されることになり、2014年に第1回のISEF がワシントンで行われました。ポストISS の時代においても、宇宙でのリーダーシップを確保するというアメリカの強力な意志がその背景にあります。

第1回ISEF には35の国や機関が参加しました。日本からは下村博文文部科学大臣、奥村直樹JAXA理事長などが参加しました。この会合で下村大臣は「今後の国際宇宙探査の枠組みづくりに積極的に関わる」、「日本の得意な技術や独自の技術を活かして、将来の宇宙探査に主体的に貢献する」など、日本の立場を表明しました。第3回宇宙探査ハイレベル会合に参加していた中国も、もちろんこの会合に参加し、存在感を強めていました。

この会合で、日本は第2回のISEF を2016年または2017年に日本で開催したいと表明し、了承されました。

第2回のISEF では、宇宙開発主要国が自らの宇宙探査ビジョンを表明し、将来の枠組みづくりについての意見交換が行われるでしょう。NASA は現在開発中の次世代大型ロケットSLS に無人のオライオン宇宙船を乗せて月を周回するミッションを2018年に予定しています。こうしたスケジュールからすると、日本で開催される第2回ISEF の次の第3回ISEF で、月着陸や月面での活動に関して具体的な議論が行われ、火星探査ミッションの国際的な枠組みに関しても話し合いがはじまるでしょう。私の個人的感触ですが、中国は第3回ISEF を北京で開催するためのネゴシエーションをワシントンと進めているとみられます。中国にとって米中対話の核心はISEF にあるという見方もあります。その他のテーマの実現には、それほど高いハードルはないからです。

もしも北京で第3回のISEF が開催されるとなれば、中国は参加国に無人から有人までフルレンジの宇宙技術をデモンストレーションし、ポストISS 時代のアメリカの主要パートナーが中国であることを示すでしょう。NASA の代表者が北京を訪問した映画『オデッセイ』のあの場面が、もっとはなばなしく展開されるわけです。

2010年と2013年に中国を訪問したことのあるNASA のチャールズ・ボールデン長官は、2015年10月12日、イスラエルで開催された国際宇宙会議(IAC)に出席した際、「アメリカはISS 以遠への国際宇宙探査に中国を含めるべきである。NASA と中国の協力を禁止する現在の決まりは一時的なものだと私は考える」と述べています。彼はまた、それから2週間後の10月28日、アメリカのシンクタンクCenter for American Progress でのイベントで、「私は中国との協力に楽観的だ。有人宇宙分野でもその時期に来ている。そう少し辛抱が必要だ」と語っています。

それでは、日本の状況はどうでしょうか。第2回ISEF での下村大臣による積極的な発言にもかかわらず、その後の現実はというと、残念ながら将来の宇宙探査に関する議論はまったく行われていません。2016年に予定されていた第2回ISEF のための準備会合は、いつのまにかなくなりました。2017年に第2回会合が開催されても、日本には発表できる宇宙探査ビジョンはなく、参加国に対していかなるアピールをすることもできないということになりそうです。

その間に、中国は米中対話やその他のルートで、アメリカの主要パートナーとなるための準備を着実に進めていくでしょう。
ポストISS:宇宙での「日本外し」が現実になる日(1)
先日、ハリウッド映画『ゼロ・グラビティ』と『オデッセイ』の背後には、「将来の国際宇宙探査の主要メンバーから日本が外されてしまうかもしれない現実世界の動きがある」という記事を書きました。この記事を読んだ何人かの方から、「それは考えすぎではないか」という質問を受けました。そこで、もう少し、この問題をご説明しましょう。

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現在、アメリカと中国の間には宇宙分野での公式な協力関係がまったくありません。下院商業司法科学関連省庁歳出小委員会のフランク・ウルフ委員長(当時)が2011年のNASA歳出法案に盛りこんだ「ウルフ条項」によって、NASA とホワイトハウスの科学技術政策局(OSTP)は、中国政府および中国企業との協力に連邦政府の予算を使うことを禁じられているからです。この法律は、当時大きな問題になったアメリカの政府機関や企業などへの中国のサイバー攻撃を背景に成立したものです。

しかしながら最近では、宇宙空間における中国のプレゼンスがここまで高まった以上、米中間の宇宙での断絶状態を継続させるのは、国家安全保障上得策ではないという意見が出ています。スペースデブリや衛星破壊兵器、宇宙の商業利用、天体資源の開発などに関して、中国を同じ土俵に乗せなければ、中国は勝手にふるまってしまうと考えられるからです。

海軍大学校のジョアン・ジョンソン-フリースは、宇宙の持続的利用を実現し、アメリカが宇宙での国家目標を達成するには、ウルフ条項の撤廃が必要だと主張してきました。そのジョンソン-フリースがCHINA US Focus というサイトに投稿した記事が2015年10月9日に掲載されています。このCHINA US Focus は、中国が実現したいと考えているアメリカとの「新型大国関係」(new type of major-country relationship)を実現するために情報発信をしているサイトです。中国とアメリカが世界を二分して支配する「新しい世界秩序」(the new world order)の樹立が目的で、日本については、「アメリカにとって日本は望ましいパートナーか?」、「アメリカは対日政策を見直すべき」、「アメリカは日本の核武装に注意が必要」といった立場をとっています。

ジョンソン-フリースがそのCHINA US Focus に投稿した記事”Found in Space : Cooperation” では、『オデッセイ』のマット・デイモンは中国の助けなしには地球に帰れなかったとし、「『ゼロ・グラビティ』と『オデッセイ』では、宇宙でのカタストローフがアメリカと中国の協力をもたらした」、「ハリウッドのおかげで、大衆はNASA やOSTP やその他の政府機関が宇宙で中国と協力すべきだと気がついた」と書いています。

宇宙での米中協力が必要という点で、ジョンソン-フリースとCHINA US Focus は一致していますが、その目指すところは必ずしも同じではありません。「同舟異夢」ともいえますが、CHINA US Focus にとってはありがたい投稿だったと言えるでしょう。

2015年11月14日には、GlobalPost のサイトにDavid Volodzko による ”The US has a law to stop NASA from working with China, and scientists hate it”という記事が掲載されました。この記事では、『ゼロ・グラビティ』と『オデッセイ』で中国がアメリカのピンチを救うことにふれ、今やこれが現実離れしたストーリーではないとしています。その上で、アメリカと中国が宇宙で協力するためには、ウルフ条項が障害になっていることを紹介しています。この記事の翻訳は『ニューズウィーク日本版』オンライン版で2015年12月9日に掲載されています。タイトルは「宇宙での「中国外し」は限界」という非常に分かりやすいものになっています。

それでは、現実にはどのような動きがあるのでしょうか。ジョンソン-フリースが重要視しているのが、2015年9月28日に北京で開催された、民生宇宙分野での第1回米中対話です。
ビゲロー社のインフレータブル構造物をISSに結合
BEAM:Successfully Installed to the ISS

4月8日に打ち上げられたドラゴン補給船の非与圧部に搭載され、国際宇宙ステーション(ISS)に運ばれたビゲロー社のBEAM(Bigelow Expandable Activity Module)が、トランクイリティ・モジュールに取りつけられました。

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BEAM は宇宙空間で膨らませることができる、いわゆる「インフレータブル」構造のモジュールです。ドラゴンに搭載する際のサイズは直径2.4メートル、長さ2メートルですが、膨張させると直径3.2メートル、長さ4メートルのモジュールになり、16立方メートルの空間が確保できます。下は、膨張させた後のBEAM の想像図です。

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BEAM は5月末に膨張させることになっています。その後2年間にわたって、宇宙の過酷な寒暖差や宇宙放射線、微小隕石の衝突などに対して安全かどうかが調べられます。内部には温度や圧力、放射線量などを記録するセンサーが設置されます。宇宙飛行士はBEAM 内で居住や作業をすることはなく、年に4回ほどBEAM に入って、モジュール内のチェックとセンサーデータの回収を行います。

ISS の各モジュールやトラスはアルミニウムでつくられています。一方、インフレータブル構造物は伸展が可能な多層構造の膜でつくられるため、打ち上げ時の重量が軽く、宇宙での組み立てが容易という利点があります。そのため、将来は地球周回軌道のみならず、月や火星探査で使われる構造物として利用されていく可能性もあります。

ビゲロー社はBAEM とは別に、もう少しサイズの大きいB330 というインフレータブルのモジュールを、2020年にアトラス5型ロケットで打ち上げることにしています。B330 はISS に結合可能ですが、単独で地球を周回する宇宙ステーションとして運用することも可能です。

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私が子供の頃に読んだ本では、宇宙ステーションは車輪型をした巨大な構造物として描かれていました。下はフォン・ブラウンが構想し、スペースアートの巨匠チェズリー・ボーンステルが描いた宇宙ステーションです。

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下は、宇宙ステーションの内部を説明するイラストで、フレッド・フリーマンが描いたものです。

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こうした巨大な宇宙ステーションには、当時からインフレータブル構造を採用することが想定されていました。技術的な課題もあり、人間が居住できるインフレータブル構造物を宇宙で実現するのはなかなかできませんでしたが、ビゲロー社のモジュールによって、いよいよそうした時代がはじまろうとしています。

国分寺インディ・ジョーンズ計画:地下に眠っていたペンシル実験の遺構
Kokubunji Indiana Jones Project:Test site identified by Ground Penetrating Rader

今から61年前の4月12日、ペンシルロケットによる日本初のロケット発射実験が国分寺市で行われました。

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写真提供:JAXA

実験場所は現在、早稲田実業学校のテニスコートになっており、その正確な位置はわからなくなっています。しかし、実験が行われたサイトのコンクリート構造物は現在も地下に埋まっている可能性が高いことが、これまでの調査でわかりました。

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写真提供:JAXA

国分寺インディ・ジョーンズ計画は、その実験場所の正確な位置を地中レーダーによって調べるのが目的です。レーダー調査は早稲田大学考古学研究室の協力により、2月7日に行われました。

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その結果、テニスコートの地下、深さ1〜2m のあたりでは、実験場所にあった2本のトンネルとみられる反応がありました。

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また、深さ2〜2.6m あたりでは、実験場所のコンクリート構造物の床とみられる反応がありました。

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これによって、ここがペンシル実験の行われた場所であり、そのときの構造物が遺跡にように、今も地下に眠っていることがほぼ明らかになりました。

もちろん、本当にそうであるかどうかは、実際に掘って調べる必要があります。いつの日か、発掘によってそれが確かめられるのを期待したいと思います。また、この場所は国分寺市にとっても、日本の宇宙開発にとっても貴重な文化遺産であり、今後、保護・保存がなされる必要があります。

『オデッセイ』と有人火星探査:宇宙での「日本外し」が現実になる日
遅まきながら、先日、映画『オデッセイ』を観てきました。この映画を一言でいうと、実際の有人火星探査では起こり得ないことのみでストーリーが出来上がっている作品です。

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『ゼロ・グラビティ』と同じように、中国市場を意識したこの作品では、アメリカの危機を最後に救うのは中国という設定です。原作と比較してみると、映画では中国での公開のためにいくつかの配慮があったことが分かります。

原作では、中国がアメリカに救いの手をさしのべるのは、アメリカに恩を売り、アレス5 のクルーに中国人宇宙飛行士を送りこむための方策であることが書かれていますが、映画では「善意」からアメリカを助けることになっています。また、NASA の火星探査ミッションの統括責任者ヴェンカト・カプーアは、原作では「ヒンドゥー教徒」とされ、インド系アメリカ人であることがわかります。しかし、現実世界では、インドは中国のライバルであるため、明らかにインド人とわかる風貌の俳優がNASA の高官として登場するのはまずいと考えたのでしょう。映画では、カプーアの父はヒンドゥー教徒、母はバプテスト教徒という設定になり、インド人には見えないキウェテル・イジョフォーが演じることになりました。

JPL の日本人科学者「Ryoko」役は、イギリス出身のナオミ・スコットが演じました。もちろん、これでは誰もこの役が日本人とは気がつきません。

国際宇宙ステーション(ISS)のモジュールの配置に詳しい方なら、『ゼロ・グラビティ』でISS に発生した火災の火元が、日本の「きぼう」モジュールだったことにお気づきと思います。ISS は日本の宇宙技術の失敗で放棄され、そのため危機におちいった主人公を救うのが中国の宇宙技術でした。

ハリウッドの作品におけるこうした「日本外し」は、ビジネスの事情によるものだけではないでしょう。周知のとおり、アメリカでは中国による「反日」のキャンペーンやロビー活動が活発に行われています。『ゼロ・グラビティ』や『オデッセイ』で日本の影がまったく消されているのは、こうした動きと無関係ではないと考えなくてはなりません。

現在、世界の宇宙開発は、2024年までのISS 計画を進めながら、その後の月や火星探査の準備をしていく時代に入っています。

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将来の宇宙探査について、各国の閣僚級が参加するISEF(国際宇宙探査フォーラム)や各国の宇宙機関が参加しているISECG(国際宇宙探査協働グループ)のような国際的な会合で議論が行われています。これまで独自の路線をとってきた中国は、こうした会合に参加し、その存在感を深めています。

一方日本では、残念ながら、ISS 計画以後の宇宙活動に関して、議論がまったく行われておらず、国際的な動きに明らかに遅れはじめています。このままいけは、将来の国際宇宙探査におけるアメリカのパートナーは、アジアでは中国となり、日本は蚊帳の外に置かれていくでしょう。そうなれば、日本がこれまで築いてきた宇宙におけるプレゼンスは失われ、宇宙空間をめぐる日本の安全保障に甚大な影響を与えることは明らかです。

『オデッセイ』は単なる娯楽作品ですが、その裏には、日本にとって悪夢の日が見えはじめています。
ISS への物資補給にドリームチェイサーも選ばれる
NASA awards Dream Chaser an ISS commercial resupply contract

NASA は2019年から2024年までの国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給に関し、スペースX社、オービタルATK社、シエラネバダ社と契約を結ぶと発表しました。スペースX社のドラゴン宇宙船とオービタル社のシグナス宇宙船はすでにISS への物資輸送を行っています。シエラネバダ社の宇宙船ドリームチェイサーは、ISS への人員輸送ではNASA の選にもれてしまいました。しかし、今回、ようやく「夢」をつかみました。

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ドリームチェイサーはNASA がISS からの緊急帰還用として構想していたHL-20 をベースに開発されたミニシャトル型の有翼宇宙船です。スペースシャトルと同じように地上に帰還し、何度も繰り返して使用が可能です。物資補給用のドリームチェイサーは、下の画像のように無人機本体(上)とカーゴモジュール(下)からなり、両方に物資を積載できます。

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下は、ISS にドッキングしたドリームチェイサーの想像図です。

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帰還時にはカーゴモジュールを分離し、無人機本体が滑走路に着陸します。

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ISS 上で行われた実験のサンプルなどは、無人機に搭載して回収することができます。

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スペースシャトルは2011年に退役しましたが、再使用型の有翼宇宙船は今後の有人宇宙飛行にとって非常に重要な技術です。今回、ドリームチェイサーが宇宙を目指すことになったのは、非常に意義のあることと思います。スペースシャトルのような大型の再使用型宇宙船をもう一度開発するのは大変ですが、ドリームチェイサーのような小型の宇宙船はアメリカやロシアでは長い開発経験があります。日本でも研究が行われていましたし、ヨーロッパにも開発構想があります。ドリームチェイサーが人間を乗せて宇宙へ出発する日もやがてくるでしょう。
2024年までの国際宇宙ステーション運用延長に日本も参加
Japan and US agree to the operation of ISS through at least 2024

12月22日、日米両国政府は国際宇宙ステーション(ISS)の2021年から2024年までの運用延長に関し,新たな日米協力の枠組である「日米オープン・プラットフォーム・パートナーシップ・プログラム(JP-US OP3)」に合意しました。これにより、日本が2024年までのISS 運用延長に参加することが決定されました。

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JP-US OP3 の文書でも触れられている通り、ISS 計画おける日米間のパートナーシップは、政治的・戦略的・外交的重要性を踏まえた日米協力の象徴的存在となっています。

2024年までのISS 運用延長について、すでにロシアとカナダが参加を決定しています。

宇宙は人類最後のフロンティアです。ISS 計画は人類が地上と宇宙を自由に往復し、宇宙で仕事をし、宇宙で居住する時代をつくるための最初の一歩といえるものです。日本の宇宙開発はISS 計画への参加によって大きな成果を得ています。今後はその成果を日本だけでなく、アジア諸国、そして人類全体のために役立てていく必要があります。
油井宇宙飛行士、地球に帰還
Expedition 44/45 crew lands safely in Kazakhstan

国際宇宙ステーション(ISS)での142日間の滞在を終えて、油井亀美也宇宙飛行士ら第44次/第45次長期滞在クルーが帰還しました。油井さんはとても元気で、「冷たい風も心地よい感じがする」と地球帰還の印象を語っていました。

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ISSのクルーが搭乗したソユーズ宇宙船が日没後に帰還するのは、今回が初めてでした。NASA TV のライブ映像を見ていても、いつものようなパラシュートでの降下や着地の瞬間を見ることはできませんでした。モスクワ郊外にある管制センターTsUPの大型スクリーンに「着陸!」の画面が出るのを見て、着地の確認をするしかありませんでした。着陸時刻は12月11日22時12分頃(日本時間)とされ、正確な時刻はまだ報告されていません。

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12月のカザフスタンはきびしい気候になります。この日も雲が低く垂れこめ、強風が吹き、雪が舞う中での、太陽が沈んでから1時間半後の夜間着陸となりました。

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ソユーズ宇宙船はジェズカズガン市の北東に着陸しました。強風のため、着陸場所にテントを張ってメディカル・チェックを行うことはせず、油井さんらクルーの3人はヘリですぐにジェズカズガンに運ばれました。
シグナス宇宙船、再び国際宇宙ステーションへ
Cygnus cargo ship to the ISS

国際宇宙ステーション(ISS)への補給物資を積んだオービタル社のシグナス宇宙船が、12月6日午後4時44分(日本時間7日午前6時44分)、ケープカナヴェラルから打ち上げられました。天候不良により、予定より3日遅れた打ち上げでした。

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今回のシグナス宇宙船には、アメリカの最初の宇宙飛行士チームの1人、ディーク・スレイトン・ジュニアの名がつけられています。スレイトンはマーキュリー計画の宇宙飛行士として選ばれましたが、心臓欠陥のため一度現役を引退、1975年のアポロ・ソユーズ・テスト・プロジェクトで念願の宇宙飛行を果たしました。「ディーク・スレイトン・ジュニア」にはクルー用の生活物資、部品類、科学実験機器、EVA用宇宙服の交換部品、「きぼう」から軌道投入されるナノラック社の超小型衛星など、約3.5トンが積み込まれています。

シグナス宇宙船は12月9日にISS に到着し、「こうのとり」と同じように、ISS のロボットアームを使ったキャプチャー作業が開始される予定です。下の画像は、2014年1月にISS に到着したシグナス宇宙船です。

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シグナス宇宙船は昨年10月、アンタレス・ロケットによる3回目の打ち上げに失敗しました。原因は第1段エンジンAJ-26 の不調のためでした。AJ-26 は1960年代に旧ソ連が有人月飛行のために開発したエンジンを改良したものです。オービタル社はこの事故を受け、アンタレス・ロケットの第1段エンジンをロシア製のRD-181 エンジンに変更しました。新しいアンタレス・ロケットは2016年には使用可能となる予定で、今回はULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)のアトラス5ロケットがシグナス宇宙船の打ち上げに使われました。
スコット・ケリーさんのツイッター
Scott Kelly:YearInSpace

国際宇宙ステーションで1年間の長期滞在を行っているNASA のスコット・ケリーさんは、ツイッターで素晴らしい地球の写真を送ってくれています。また、そえられている短い文章は、宇宙飛行士としての長い経験に裏付けられた味わい深いものです。

最近のケリーさんのツイッターから、いくつかご紹介しましょう。

12月1日。COP 21。「宇宙から見る地球は美しいが、人間活動が環境に与えている影響も見える」。

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11月30日。地球の夕方。美しい明暗境界線の写真です。「日が暮れて、今日は昨日になる」。

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11月30日。バグダッドの夜景。「私が5年前に宇宙から見た時より、明るくなっているように見える」。

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11月28日。地球の夜景。「夜のとばりが下りると、地球は星のように輝きだす」。

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11月26日。「感謝祭の食事」。一番手前に油井さんがいます。

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11月25日。「普通は宇宙での100日を祝うが、今の私にとっては、あと100日」。

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11月21日。「宇宙での朝は、時にはまぶしすぎる」。

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皆さんもケリーさんのツイッターをチェックしてみて下さい。もちろん、油井さんのツイッターも忘れずに。
ソユーズ宇宙船が帰還
Soyuz TMA-16M lands safely

ISS短期滞在クルーの2人、アンドレアス・モーゲンセン宇宙飛行士(ESA)とアイディン・アインベトフ宇宙飛行士(カザフスタン)、そして第43/44次長期滞在クルーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士(ロシア)が乗ったソユーズTMA-16Mが、9月12日午前9時51分(日本時間)にカザフスタンの草原に着陸しました。

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パダルカさんにとって今回のISS長期滞在は5回目の宇宙飛行でした。通算の宇宙滞在日数は879日となり、世界最長記録となりました。これまでの記録は、ロシアのセルゲイ・クリカレフさんの803日でした。

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ロシアのセルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士、モーゲンセン宇宙飛行士、アインベトフ宇宙飛行士が搭乗したソユーズTMA-18Mは9月2日に打ち上げられ、同日ISSにドッキングしました。この飛行は、ISSで1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリー宇宙飛行士とミカエル・コニエンコ宇宙飛行士のために帰還用の新しいソユーズ宇宙船を届けることが目的の1つになっていました。ソユーズ宇宙船の耐用日数は180日であるため、1年滞在を行うクルーの帰還用にソユーズ宇宙船を新しいものと交換することが必要なのです。また、パダルカさんが長期滞在を終え、ヴォルコフ宇宙飛行士と交代します。

ISSのクルーは9人となり、9月8日には地球との交信イベントが行われました。下の画像はその時のもので、前列左からケリー、アインベトフ、モーゲンセン、後列左から油井亀美也、パダルカ、ヴォルコフ、コニエンコ、オレッグ・コノネンコ、チェル・リングリン各宇宙飛行士です。

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地球に帰還した3人の宇宙飛行士はヘリでカザフスタンの首都アスタナに移動し、ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領による歓迎セレモニーに出席しました。
『シチズン・マーズ』:マーズワン計画の火星移住希望者
Citizen Mars:Candidates for Red Planet colonists

オランダの非営利団体マーズワンが進める「火星移住計画」の「入植者候補」5人を取り上げた動画『シチズン・マーズ(火星市民)』シリーズが、Engadget の英語版サイトにアップされました。「エピソード1」から「エピソード5」までの5本で、各5〜8分の長さです。Engadget のオリジナル・コンテンツとして制作されています。

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マーズワンは「2027年に最初の入植者を火星に送り込む」としています。移住した人々は地球に帰ってくることはできません。帰るための手段がないからです。

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Mars One

マーズワンは2013年にこの火星への片道切符を希望するボランティアを募集し、2015年2月に応募者20万人の中から100人(マーズ100)を選抜しました。『シチズン・マーズ』に登場しているのは、この中の5人です。

現在の技術を使って人間を火星に送るというマーズワンの「火星移住計画」は、技術的にみて不可能です。資金面、法制面、倫理面などからも実現可能性はなく、マーズワンは現在多くの批判にさらされています。その中で発表されたこの『シチズン・マーズ』は、5人の人物がなぜ火星に移住しようと考えているのかをドキュメンタリータッチで描いています。

この作品を観ることは、私にとって奇妙な体験でした。登場人物は、アメリカ、ロスアンゼルスで技術系の企業に勤め、ロッククライマーでもあるスー・アン・ピョン(女性、35才)、エジプト、カイロに住む保険会社のセールスマンでプロのバスケットボール選手でもあるムハンマド・サラム(男性、32才)、イタリア、トリエステの研修医ピエトロ・アリプランディ(男性、25才)、南アフリカ、ケープタウンに住む量子生物学の研究者アドリアナ・マレイス(女性、31才)、そしてインド、コーヤンブットゥールで機械工学を学ぶ学生シャラーダ・プラサッド(女性、19才)。計算された人選で、地域的にも文化的にも人類社会の多様性を示しています。ここで描かれているのは、NASA に代表される私たちがよく知っている火星への有人計画とはまったく異質な世界です。それぞれの登場人物は世界の片隅でそれぞれの人生の課題を抱え、それがゆえに火星に行くことを望んでいます。火星に行くことは地球での生活をすべて捨てることであり、家族や友人、恋人と永遠に離れ離れになることを意味しますが、それでもなお、彼らは火星に行きたいと切実に考えています。

私が「奇妙な体験」を書いたのは、以下のような意味です。おそらく、5人の登場人物の人生はリアルなものでしょう。しかし、マーズワンの虚構の計画の上に成り立つこの作品では、どこまでが現実で、どこからがドラマなのかが分からないのです。その結果、『シチズン・マーズ』は、エンターテイメントの領域を超えて、ある意味ではマーズワンの非常に出来の良いプロパガンダになってしまいました。しかし、この作品で描かれた彼らの人生の重みを、マーズワン財団が受け止めることはできないのです。

『シチズン・マーズ』では、地球への帰還が不可能という点が強調されています。しかし、人類はやがて火星との往復手段を確立するでしょう。エンターテイメント作品とはいえ、この点を強調しすぎた演出には違和感をもちました。

100人の候補者は次の段階で24人にしぼられ、2026年に火星へ旅立つのは4人とされています。『シチズン・マーズ』に登場した5人が選ばれるかどうかはわかりません。いつかは、彼らもマーズワンから離れ、別の道を歩むことになるでしょう。個人的には、私はカイロのムハンマドには、ビジネスマンとして成功してほしいと思っています。女性にとって制約の多い社会から抜け出そうという強い意志をもったインドのシャラーダには、ぜひ地上で大きな夢を実現してほしいと思います。

マーズワンをめぐる最近の動きを紹介しておきましょう。

2015年3月、マーズ100 の1人であるアイルランドの研究者は、マーズワンに懐疑的になったという見解を発表しました。「マーズワンの選考過程ではスカイプでの10分間の面接しか行われず、問題があった。マーズワンの計画は科学に対する悪いイメージを社会に与えてしまう可能性がある。それは私にとって悪夢のシナリオだ」。これに対してマーズワン共同創設者のバス・ランスドロプはデイリーメール紙で火星移住は実現可能と反論しました。

同じ2015年3月、マーズワンの「アンバサダー」であり、計画のサポーターと見られていたノーベル物理学賞の受賞者でユトレヒト大学教授のヘーラルト・トフーフトは、「火星移住にはもう少し時間とコストがかかる。2024年に移住計画が開始されるとは思っていない」と語りました。

マーズワンは2018年に入植者の活動をサポートするための着陸機と周回機を火星に向けて打ち上げ、2022年〜2023年に居住用モジュールを着陸させ、2024年に最初の入植者を火星に送り込むというスケジュールを発表していました。現在では、入植者を送る時期は4年ほど遅れています。2018年の着陸機と周回機の打ち上げ時期が変更されたという発表はないようですが、実際に準備がどこまで進んでいるか明らかではありません。宇宙関連企業2社(マーズワンによるとアメリカのロッキード・マーチン社とイギリスのサリー・サテライト・テクノロジー社)が計画の検討を依頼され、両社は報告書を作成しましたが、その後の動きはないようです。しかし、本当に2018年に打ち上げるのであれば、もう時間がありません。

マーズワンは2015年7月に宇宙開発企業パラゴンが作成した火星での環境制御・生命維持システム(ECLSS)の概念設計を発表しました。しかし、これはあくまで概念設計の範囲にとどまるもので、実際の開発に向けた動きはまだないとみられます。

マーズワンは火星移住計画に必要な予算を60億ドルとしており、その費用は投資会社またはクラウド・ファンディングで調達するほか、入植希望者の選抜・訓練過程や火星での生活の放映料でまかなうとしています。しかし、2015年2月、マーズワンは入植希望者の選抜・訓練を全世界で放映する予定だったテレビ番組の制作会社Endemol との契約が合意に至らなかったと発表しました。

2015年8月13日〜16日にワシントンDC で行われた火星協会の会議では、2日目に「マーズワンは実現可能か?」というセッションが開かれ、前年9月に「マーズワンの計画は現在の技術では不可能」という論文を発表したMIT の若手研究者たちとランスドロプが議論しました。ここでもランスドロプは、60億ドルの予算で2027年に人間を火星に送り込むのは可能と主張しました。
「こうのとり」5号機、キャプチャー成功
HTV-5 captured

「こうのとり」5号機は予定時刻より少し早い8月24日19時29分(日本時間)に、国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアームによってキャプチャー(把持)されました。下の画像は、ISS で1年間の長期滞在ミッションを行っているスコット・ケリーさんが撮影したキャプチャー後の「こうのとり」5号機です。背景には地球、手前には「きぼう」日本実験棟が写っています。

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「こうのとり」5号機をISS から10m の位置でぴたっと静止させた筑波宇宙センターの「こうのとり」運用管制室、ヒューストンのISS 管制センターから的確な指示を出した若田さん、そしてISS のロボットアームで「こうのとり」5号をキャプチャーした油井さん。素晴らしい仕事でした。

ケリーさんが撮影した下の画像では、「こうのとり」5号機が太陽の光を反射し、黄金色に輝いています。

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「こうのとり」5号機のISS との結合作業は25日2時28分に終了しました。
油井さんの「こうのとり」キャプチャーは8月24日の予定
HTV-5 will arrive at ISS on Aug. 24

8月19日20時50分に打ち上げられた「こうのとり」(HTV)5号機は、20日4時25分に初期高度調整マヌーバを行い、順調に飛行を続けています。

現在「こうのとり」5号機は約300km×200km の軌道をまわりながら、高度約400km の国際宇宙ステーション(ISS)を追いかけています。今後、第1回高度調整マヌーバで高度約300km の円軌道に入り、第2回高度調整マヌーバで高度を上げ、さらに第3回高度調整マヌーバを行ってISS に近づいていきます。「こうのとり」5号機のキャプチャー(把持)が油井亀美也宇宙飛行士によって行われるのは、8月24日の19時55分頃とされています。下は2014年8月に、「こうのとり」4号機がISS のロボットアームでキャプチャーされた時の画像です。

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第1回高度調整マヌーバは8月23日2時55分、第2回高度調整マヌーバは8月24日12時07分、第3回軌道調整マヌーバは同日15時12分に実施される予定です。第3回高度調整マヌーバの後、「こうのとり」5号機はISS と直接交信が可能な領域に到達します。ここからは筑波宇宙センターの「こうのとり」運用管制室とヒューストンにあるISS管制センターとの統合運用がはじまります。ヒューストンの管制センターのCAPCOM の席には若田光一宇宙飛行士が座り、ISS や「こうのとり」運用管制室に指示を送ることになっています。

「こうのとり」5号機は「きぼう」日本実験棟に搭載されているPROX(近傍通信システム)との通信を確立し、ISS に接近していきます。第3回高度調整マヌーバ実施から1時間ほどで、AI(接近開始点)に到達するはずです。AI はISS と同じ高度の軌道上で、ISS の後方5km のポイントです。

「こうのとり」はISS の真下から接近する「Rバー・アプローチ」をとります。ヒューストンからISS 接近を許可する指示がでると、「こうのとり」運用管制室からコマンドが送られ、「こうのとり」5号機はAI 軌道制御を行って、まずISS の真下約500m のポイントに達します。「きぼう」日本実験棟の下側にはレーザー光を反射する装置が設置されており、「こうのとり」5号機は、ここからはランデブーセンサーからレーザー光を照射しながら自分の位置を確認して、ISS に接近していきます。ISS 真下250m のホールドポイント、30m のパーキングポイントで一時停止して安全を確認しながら、「こうのとり」5号機はゆっくりと上昇し、最終的にISS の真下約10m のポイントでISS に対して相対的に静止します。

筑波の「こうのとり」運用管制室からすべて正常の報告がなされると、ヒューストンの若田さんはISS 上の油井さんに対して、「HTV をキャプチャーせよ」との指示を送ります。ここからは油井さんの腕のみせどころです。「こうのとり」5号機はハーモニー(第2結合部)の地球側に結合されます。下は、「こうのとり」4号機が同じ位置に結合した際のISSのCG です。

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オールジャパン体制で行われる「こうのとり」5号機のキャプチャーを、世界が見守ることになるでしょう。「こうのとり」のランデブー・キャプチャー方式はアメリカの宇宙船「ドラゴン」や「シグナス」でも採用されており、ISS でのスタンダードな技術となっています。
「こうのとり」5号機、宇宙へ
HTV-5 launched from the Tanegashima Space Center

宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機は予定通り、本日20時50分49秒に種子島宇宙センターから打ち上げられました。

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今回の打ち上げには世界が注目しました。国際宇宙ステーション(ISS)への補給ミッションはロシアのプログレス、アメリカのドラゴン、シグナス、そして「こうのとり」によって行われています。シグナスは2014年10月に打ち上げに失敗しました。打ち上げ再開は今年の12月と見られています。ドラゴンは2015年6月に打ち上げが失敗、現在事故原因の究明とその対策が行われており、次回打ち上げの予定は決まっていません。ロシアのプログレスは、2015年4月に打ち上げに失敗。その後、7月に飛行を再開しました。

こうした中での「こうのとり」5号機の打ち上げ成功は、日本の技術力の高さを改めて世界に示すものだったといえるでしょう。

「こうのとり」5号機は24日にISS に接近し、油井亀美也宇宙飛行士がロボットアームでキャプチャーする予定です。NASA のウェブサイトには油井さんの最新の写真が掲載されていました。ISS での忙しい生活にも慣れて絶好調のようです。

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「こうのとり」5号機のキャプチャーの際、ヒューストンの管制センターでは若田光一宇宙飛行士がCAPCOM をつとめ、油井さんに指示を出す予定です。一方、「こうのとり」自体の運用管制は筑波宇宙センターの「こうのとり」運用管制室で行われます。まさにオールジャパン体制で「こうのとり」によるISS への物資輸送が行われるわけです。ISS 計画にける日本の存在感が示されることは、とてもうれしいことです。
油井宇宙飛行士:宇宙で食べるレタスの味
Expedition 44 crew eat “Space lettuce”

国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在を開始した油井亀美也宇宙飛行士は、8月7日に国分寺市で開催された交信イベントで、はじめて地上の子供たちと交信しました。また昨日は、JAXA 東京事務所でメディア向けの交信イベントが行われました。私はその両方に出席しましたが、油井さんは宇宙での環境にすっかり慣れて、元気に仕事をしているのがわかりました。

JAXA 東京事務所での交信イベントの直前に、ISS で栽培したレタスを収穫し、スコット・ケリー宇宙飛行士、チェル・リングリン宇宙飛行士、そして油井さんがそれを食べる映像が地上に送られてきました。NASA のウェブサイトでも紹介されました。

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油井さんの出身地は高原レタスの出荷量日本一の長野県川上村です。その川上村で育った油井さんは記者の質問に、宇宙レタスはとてもおいしかったと答えました。

このレタスはアメリカのVeggie という栽培装置の中で、LEDライトを用いて育てられたものです。

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第1回目の栽培実験は若田光一宇宙飛行士がISS に滞在していたとき、スティーブン・スワンソン宇宙飛行士によって行われ、収穫された野菜は地上に持ち帰られ、安全性が確かめられました。宇宙環境で有害な微生物が繁殖するなどの可能性もあるからです。その結果安全性が確認され、今回、ケリーさんが種子をまいたレタスが収穫されたのです。

NASA は将来の火星有人探査にそなえ、火星に野菜工場をつくることを考えています。人工的な環境で野菜を栽培するVeggie は、そのための先駆的な実験といえます。

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火星の有人探査が実現するのはまだずっと先のことですが、そのための準備をNASA は今から着々と進めているのです。

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この実験によって得られた成果は、地上の野菜工場などにも利用できます。
ボストーチヌイ:ロシアの新しい宇宙基地
Vostochny Cosmodrome:Russia’s new space port

昨夜、NHK BS でロシアの新しい宇宙基地ボストーチヌイについて、少し話をしました。ボストーチヌイ宇宙基地は極東のアムール州に位置し、現在急ピッチで第1期工事が進んでいます。

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1991年のソ連邦崩壊にともない、バイコヌール宇宙基地を擁するカザフスタンは、ロシアにとって別の国になってしまいました。現在、ロシアはバイコヌール宇宙基地を借用する契約をカザフスタンと結んでいます。しかしながら、軍事衛星を含む自国の衛星や宇宙船を打ち上げる基地が外国にあるのは、国家安全保障上、非常に大きな問題です。ロシアはソ連邦崩壊から間もなく、自国の領土内に新しい宇宙基地を建設することを決断しました。

新しい宇宙基地の候補地として、当初、極東の3個所が選ばれました。しかし、太平洋に面した場所は、地震の心配や強風の問題があり、2007年に現在の場所が最終的に選ばれました。かつてここは「スヴォボドヌイ18」とよばれたミサイル発射基地であり、1996年からは小規模なロケット打ち上げ基地として使われてきました。鉄道、道路、発電所などのインフラがすでに整備されており、強風が吹かず、晴天の日が多いといった気象条件にも恵まれていました。居住区として近くに人口5000人ほどのウグレゴルスクという町もありました。

ボストーチヌイの緯度は約51度で、バイコヌールとほぼ同です。ロシア領土内では南に位置し、衛星や宇宙船を東に向かって打ち上げる場合に、バイコヌールからの打ち上げと同じくらいに地球の自転力を利用できます。また、ロケットの第1段や第2段の落下場所も、無人の土地や海なので問題になりません。

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ボストーチヌイの建設工事は2011年にはじまりました。第1期工事ではソユーズ2 ロケットを打ち上げるための施設や発射台が建設されます。これにともなって鉄道や道路の再整備、居住施設などの建設も行われています。工事は遅れ気味でしたが、プーチン大統領はロシア宇宙庁に対して、2015年12月には工事を完成させて、最初の打ち上げを行うことを求めています。そのため、突貫工事が行われているというのが現状です。

バイコヌール宇宙基地では、発射台に設置された整備塔がソユーズロケットを左右から支える仕組みになっていましたが、ボストーチヌイでは、移動式の大型施設で整備を行い、ペイロードの搭載もこの施設内で、ロケットを垂直に立てた状態で行う方式になっています。これはギアナ宇宙センターに建設されたソユーズ2 ロケットの打ち上げ施設と同じ方式です。

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(CG)

ソユーズ2 ロケットの打ち上げ施設が完成した後は、アンガラロケットの打ち上げ施設のための第2期工事が引き続いて行われることになっています。アンガラは現在ロシアが開発中の純ロシア製の大型ロケットです。これまでのロシアのロケットや宇宙船には、部分的にウクライナ製の部品やシステムが使われているために、多くの問題が生じてきました。ボストーチヌイからのアンガラロケットの打ち上げは、ロシアが自国の領土から、自国の技術だけでつくったロケットを打ち上げることを意味し、ロシアは悲願の「バイコヌール・フリー」「ウクライナ・フリー」を実現することができるのです。

下は、ボストーチヌイ宇宙基地の全体図です。左下が居住区となるウグレゴルスクの町です。バイコヌールでいえばレーニンスクにあたります。右がソユーズ2 とアンガラ打ち上げのための区域です。左上に空港があります。

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下は、打ち上げ区域を拡大したものです。第1期工事が灰色、第2期工事がオレンジ色で示されています。左上の灰色の場所で。現在ソユーズ2 発射台の工事が行われています。第2期工事のアンガラロケットの発射台はその右下のオレンジ色の場所です。これらの下に、ソユーズ2 とアンガラロケットの組立・整備棟があります。

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組立・整備棟の左のオレンジ色は、有人宇宙飛行のための施設で、ここで打ち上げ前の宇宙飛行士の準備・点検作業等が行われます。現在、ロシアは次世代の有人宇宙船を開発中です。これを打ち上げるロケットには、アンガラの有人打ち上げバージョン(アンガラ5P)が用いられることになっています。アンガラによる新しい有人宇宙船の打ち上げがはじまるのは、2020年代半ばとみられます。

アンガラロケットの発射台が建設される場所の少し北には、スヴォボドヌイ時代のサイロの跡が残っています(右上)。

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ロケットの打ち上げ関連施設だけで宇宙基地が完成するわけではありません。基地を支える労働力、特に若く優秀な技術者が多数必要になってきます。そのための研究機関や教育機関が必要ですし、ロシア国内からの多数の関係者、さらには海外からの訪問客を受け入れる施設も必要です。下は現在のウグレゴルスクの町ですが、今後、大規模な再開発が行われます。やがては極東の一大ハイテクセンターになっていくでしょう。

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ボストーチヌイからの衛星打ち上げが本格化するのは2011年頃からです。これによって、バイコヌール宇宙基地が見捨てられてしまうのかといえば、そうではありません。プーチン大統領はカザフスタンとの良好な関係を今後も保ちたいと明言しています。これまでロシアの衛星の60%以上がバイコヌールから打ち上げられていました。ボストーチヌイ完成後も10%ほどは、引き続きバイコヌールから打ち上げられることになっています。
油井さん、ISSへの長い1日(2)
ISS crew arrived at ISS(2)

打ち上げ予定時刻の4分ほど前、国際宇宙ステーション(ISS)がバイコヌール宇宙基地の真上を北東方向へ通過していきました。油井さんたちの乗ったソユーズTMA17-M は、これを追いかけるように打ち上げられます。

6時02分、ソユーズロケットの第1段と第2段が点火され、ロケットは発射台を離れました。

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離昇の瞬間までロケットを支えている4本の構造物が花びらのように開く独特の発射方式です。間近から見ることはできませんが、写真を拡大してみると、すごい迫力です。

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上昇するロケット第1段の4本のブースターが2分後に切り離されるのも、地上からよく見えました。ロケットは第2段のエンジンのみで上昇を続けます。

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ソユーズ宇宙船内の映像が送られてきました。右側の座席に座っているチェル・リングリンさんが見えます。手前にはマスコットが下がっています。今回は映画『スター・ウォーズ』のR2-D2 でした。ソユーズ・コマンダーのオレッグ・コノネンコさんが子供さんたちから贈られたものです。

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5分後、第2段が燃焼を終了して切り離され、第3段が点火されました。船内の別のカメラからの映像です。手前がコノネンコさん、向う側が油井さんです。油井さんの表情はR2-D2に邪魔されてあまりよく見えません。

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油井さんはカメラに向かって手を振ることもなく、マニュアルをしっかり見ています。シミュレーターがいかによくできていても、やはり実際の飛行とは異なります。おそらく油井さんはテストパイロットとしての習性が目覚め、9分間の飛行の間に五感のすべてを使って、ソユーズの性能をチェックしていたのではないでしょうか。

9分後、第3段が分離され、ソユーズは地球周回軌道に達しました。ソユーズの高度は約200km。ISS は高度約400km で、ソユーズの前方約3600km にいます。ソユーズはこれから地球を4周する間に軌道高度を上げながら、ISS に接近していきます。

ISS に接近したソユーズです。左側の太陽電池パネルが展開していません。しかし、飛行に影響はありませんでした。

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ソユーズのカメラから見たISS です。距離は100m。ソユーズのターゲットとなるドッキングポートが画面のほぼ中央に見えています。

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ドッキング直前のソユーズをISS から撮影しました。先端のドッキング・プローブが見えています。

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ドッキングの瞬間。日本時間で11時45分でした。

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ソユーズTMA17-M はロシアのラスヴェット(MRM1)に結合しました。ISS にはケリーさんたちが乗ってきたソユーズTMA-16M と、プログレス58 と60 も結合しています。

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リークチェックなどを行った後、日本時間で午後1時56分にソユーズ側のハッチが開かれました。クルーはコノネンコさん、リングリンさん、油井さんの順にISS に入室しました。スコット・ケリーさんに迎えられる油井さんです。

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入室の後、地上との交信が行われました。

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油井さんの宇宙からの最初のツィートは「無事に宇宙に到着しました。皆さんの地球は、皆さんと同じでとても美しいです」というものでした。一緒に載っていた油井さんの写真は見事なムーンフェイスでした。

翌日には「今日は宇宙での仕事始めの日でした」とツィート。いよいよ油井さんの宇宙での生活がはじまりました。油井さんのこれからの活躍を期待しましょう。
油井さん、ISSへの長い1日(1)
ISS crew arrived at ISS(1)

油井亀美也宇宙飛行士はISSでの長期滞在をはじめました。打ち上げ当日の油井さんを振り返ってみましょう。

打ち上げの約6時間前、現地時間では23日の0時過ぎ、クルーはレーニンスクのコスモノートホテルを出発します。ホテルの扉にサインするのが慣例です。油井さんはしっかりした字で、名前を書きました。

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油井さんが泊まったのは304号室。油井さんのサインの下に星出彰彦さんのサインが見えます。

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ホテルのロビーでロシア正教の神父から祝福を受けます。ソ連の時代には、この儀式はありませんでした。

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ゼムリャーネの歌『トラヴァ・ウ・ドーマ』に送られてホテルを出発。バイコヌール宇宙基地に向かうバスに乗りこみます。ビルディング254まで45分ほどかかります。

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バイコヌールのビルディング254に到着。ソコル宇宙服を着てチェックを行います。

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宇宙服のチェックを済ませた後、隣の「金魚鉢」とよばれる部屋で、関係者や家族とガラス越しに話をします。一番手前が油井さんです。

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ビルディング254を出発します。建物を出て、歩き始めるクルー。ソ連の時代からの見慣れたシーンですが、いよいよ宇宙へ出発という雰囲気が盛り上がってきす。私はこのシーンがとても好きです。

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宇宙への出発をロシア宇宙庁に報告します。宇宙庁責任者とクルーの足元を見てください。誰がどこに立つかはあらかじめ決められており、その場所はペンキで塗られています。油井さんは左側の座席に座るので、この写真では一番手前に立っています。

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バスに乗りこみ、サイト1の発射台に到着しました。

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発射台の前で記念撮影。神父も参加し、ロシアらしいというか、宇宙というテクノロジーと古くからの宗教が一緒になった何とも興味深い光景です。

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いよいよソユーズに搭乗です。エレベーターに乗りこむクルー。ここにも飛行の安全を祈る神父が。

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皆に手を振るクルー。ここから先、エレベーターに乗って上に行けるのはクルーの他、2名のスタッフだけと決まっています。

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クルーの搭乗が完了するのは、打ち上げの約2時間前です。打ち上げ45分ほど前には、整備構造物が展開し、ソユーズロケットがその全容をあらわしました。

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ソユーズ船内で必要なチェックを終えた後、クルーは打ち上げを待ちます。ガガーリンの時からの伝統で、打ち上げ直前まで、船内には音楽(ラブソング)が流れてきます。
ソユーズ宇宙船、左側の太陽電池パネル開かず
Soyuz TMA-17M docked to ISS with one solar array undeployed

油井亀美也宇宙飛行士の搭乗したソユーズTMA-17M は打ち上げから約6時間後の午前11時45分(日本時間)に、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。このときISS からスコット・ケリーさんが撮影した写真には、左側の太陽電池パネルが開いていないソユーズが写っていました(ソユーズは天地逆の姿勢で接近しています)。

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ソユーズは打ち上げから9分間後に第3段から切り離され、地球を周回する軌道に達します。クルーはこの瞬間から多忙になります。特に、地球を4周して6時間後にランデブー・ドッキングするようになってからは、クルーは休む暇もなく作業を続けます。油井さんたちもすぐに宇宙船の状態をチェックし、各システムを起動していきました。ところが、ここでソユーズに1つ、問題が発生しました。ソユーズは地球周回軌道に達するとすぐに、下のCGのように、4つに折ってあった左右の太陽電池パネルを展開します。

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ところが、左側の太陽電池パネルの展開が確認されなかったのです。しかし、モスクワ郊外にある管制センターTsUP は早々に結論を下しました。TsUP の責任者であるウラジーミル・ソロヴィヨフは直接、ソユーズ宇宙船コマンダーのコノネンコ宇宙飛行士と交信し、「4周6時間のランデブー・ドッキングへGO」と伝えました。太陽電池パネルからの充電が必要になる前に、ソユーズのバッテリーだけで軌道変更を行い、ISS にドッキングすることが可能だからです。

ソユーズTMA-17M はISS とのドッキングを果たし、左側の太陽電池パネルはドッキングの直前に展開しました。

結局、何もトラブルは起こりませんでしたが、ロシアでは今後、これが問題になるかも知れません。なぜなら、同じようなことが2014年9月に打ち上げられたソユーズTMA-14M でも起きていたからです。このときにも左側の太陽電池パネルが展開しませんでした。下が、ISS に接近中のソユーズTMA-14M です。展開していなかった左側の太陽電池パネルは、ドッキング後に展開しました。

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このとき、ロシア宇宙庁は原因を調査し、対策をとったはずでした。しかし同じ問題が起こってしまったのです。プーチン大統領は、このところのロケットや衛星・探査機の失敗を重視し、つい最近、ロシア宇宙庁(ロスコスモス)を統一ロケット・宇宙会社と合併して、新たに国営企業ロスコスモスを設立する法律にサインしました。ロシアはこれまで態度を保留していた2024年までのISS 計画参加も表明したばかりです。宇宙開発体制の再編と強化が緊急の課題となっています。
油井さん、宇宙へ
Expedition 44/45 crew to the International Space Station

油井亀美也宇宙飛行士ら第44次/第45次長期滞在クルーを乗せたソユーズTMA-17M は、6時02分(日本時間)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。

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素晴らしい打ち上げでした。私は油井さんの地元、長野県川上村で皆さんと一緒に打ち上げを見守りました。ソユーズ宇宙船は、6時間後には国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングの予定です。
油井亀美也宇宙飛行士:パイロットの誇り
Kimiya Yui:Test-Pilot Astronaut

下は、バイコヌール宇宙基地でソコル宇宙服の点検を行う油井さんら第44/45次ISS長期滞在クルーの写真です。

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ブルースーツの油井さんが胸につけているネームタグが、他の宇宙飛行士のネームタグと違うデザインになっていることにお気づきの方もいると思います。下が油井さんのネームタグです。

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NASA の宇宙飛行士室は、各宇宙飛行士のネームタグを制作し、支給しています。宇宙飛行士が民間の出身の場合、翼の間に宇宙飛行士室のシンボル(星と3本の光線、そしてリング)を置いたウイングマークが使われています。例えば下は、油井さんと同じクルーのチェル・リングリンさんのネームタグです。

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ちなみに3本の光線が通り抜けるリングは地球周回軌道をあらわしています。このシンボルはアポロ計画の頃からNASA で使われてきました。日本人宇宙飛行士のネームタグにもこのデザインが使われてきました。

宇宙飛行士が軍の出身の場合、それぞれの所属のウイングマークに宇宙飛行士室のシンボルを組み合わせています。例えば、アメリカ空軍出身の宇宙飛行士の場合は、星と盾に宇宙飛行士室のシンボルを組み合わせて銀色の糸で刺繍しています。下は、6月にISS 長期滞在から帰還したテリー・ヴァーツさんのネームタグです。

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アメリカ海軍出身の宇宙飛行士の場合は、錨と盾に宇宙飛行士室のシンボルを組み合わせて金色の糸で刺繍します。下は、現在、ISS で1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリーさんのネームタグです。

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油井さんのウイングマークは、航空自衛隊のパイロットの徽章(下)をもとにデザインされています。鷲と桜の組み合わせで、銀色の糸で刺繍されています。また、その左下の青いマークは、油井さんがテストパイロットとして所属していた岐阜の飛行開発実験団のマークです。

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そのようなわけで、油井さんのネームタグは、これまでNASA になかったデザインになっています。日本人宇宙飛行士としての、さらに航空自衛隊のパイロット出身者としての誇りと責任を胸に、油井さんはいよいよ宇宙へ飛び立とうとしています。
カザフのライトスタッフ
Kazakh’s Right Stuff

油井さんが国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中に、ソユーズTMA-18M によるタクシーフライトがあります。タクシーフライトとは、短期滞在クルーが搭乗するフライトで、現在1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリー宇宙飛行士(右)とミカエル・コニエンコ宇宙飛行士(左)の帰還用ソユーズ宇宙船を交換するために行われます。

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ソユーズ宇宙船の耐用日数は200日間とされています。そのため、2人が乗ってきたソユーズTMA-16M は、帰還時には耐用日数が過ぎてしまうのです。そこで、TMA-18M でISS にやってきたクルーは10日間ISSに滞在した後、TMA-18M を残し、TMA-16M で帰還します。タクシーフライトによるソユーズ宇宙船の交換は、ミール宇宙ステーションの時代にはよく行われていました。

TMA-18M は9月1日に打ち上げの予定です。ロシアのセルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士と、ESA のアンドレアス・モーゲンセン宇宙飛行士の他、サラ・ブライトマンが宇宙旅行者として搭乗することになっていました。しかし、ブライトマンは5月に飛行をキャンセルしました。ブライトマンに代わって搭乗するのは、カザフスタンの宇宙飛行士、アイディン・アイムベトフです。ヴォルコフは、現在ISS に滞在しているゲナディ・パダルカ宇宙飛行士と交代して長期滞在に入ります。モーゲンセンとアイムベトフは9月11日に、パダルカとともに地球に帰還します。

ミグ27 とスホーイ27 のパイロットであるアイムベトフは2002年にカザフスタンの宇宙飛行士に選ばれ、2003年から2009年まで、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を受けました。

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ロシアとカザフスタンの間の契約で、アイムベトフの飛行は2009年に予定されていましたが、リーマンショックに端を発した世界的な経済危機のため、飛行は見送りとなりました。アイムベトフと一緒に訓練を受けたもう1人のカザフスタンの宇宙飛行士、ムクター・アイマカノフはソユーズ搭乗の機会を得るために国籍をロシアに移しました。しかしアイムベトフは「私はカザフスタンの旗の下で飛びたい」と語ったと、カザフスタンの宇宙機関Kazcosmos のウェブサイトは述べています。

アイムベトフは帰国後、カザフスタンに宇宙開発研究所を設立、また宇宙飛行士養成のための学校も設立しました。

アイムベトフは今年の4月11日にカザフスタンの新聞のインタビューに答えて、ロシアでの訓練の体験などを語っています。インタビューの頃は、彼の飛行がどうなるか、まったく不透明でした。彼はこの難しい状況に関して「宇宙飛行というものは、劇場のチケットを買うのとはちがう。(ISS計画に参加している)17か国以外の国の宇宙飛行士が宇宙を飛ぶことは可能だ。いつか道は開けるだろう」と語っていました。

アイムベトフは、トクタル・アウバキロフ、タルガ・ムサバエフにつづきカザフスタンで3人目の宇宙飛行経験者となります。

アウバキロフのソユーズTM-13 による飛行は1991年で、ソ連崩壊が目前に迫った時でした。ソ連は資金不足のため、予定されていた2回のソユーズの飛行を一緒にしてしまいました。そのため、ソユーズTM-13 には短期滞在のアウバキロフとオーストリアのフランツ・フィーボックが搭乗し、ロシア人宇宙飛行士はアレクサンドル・ヴォルコフのみでした。そのため、TM-12 による帰りのフライトで地球に戻るはずだったセルゲイ・クリカリョフはミールに残らざるを得ず、その間にソ連は崩壊しました。地球に帰還したクリカリョフは「最後のソ連市民」といわれたものでした。

ムサバイエフは1994年と1998年にミールで2度の長期滞在を行い、さらに2001年にはソユーズTM-31 のクルーとして国際宇宙ステーションを訪れています。

ロシアの宇宙開発にとって、カザフスタンは重要な国です。ロシアは極東にボストチヌイ宇宙基地を建設しており、いずれは人工衛星の打ち上げも、有人宇宙船の打ち上げもここから行う計画です。しかし建設工事は遅れており、まだ当分の間はカザフスタンからバイコヌール宇宙基地を借りる必要があります。また、コロリョフやガガーリン以来のロシア宇宙開発の歴史そのものといえるバイコヌールを完全に手放すことができるかどうか疑問です。

ロシアはベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスとともに「ユーラシア経済同盟」を発足させています。強いロシアを目指すプーチン大統領にとって、資源大国カザフスタンは経済の面でも非常に重要な位置を占めています。カザフスタンの宇宙飛行士のソユーズ搭乗には、こうした側面があるのも事実です。
油井亀美也宇宙飛行士の打ち上げ迫る
Expedition 44/45 crew at Baikonur Cosomodrome

油井宇宙飛行士の打ち上げ日(7月23日)が近づいてきました。モスクワ郊外のガガーリン宇宙飛行士訓練センターを出発し、バイコヌール宇宙基地に到着、さらに打ち上げ当日まで、ISSクルーはロシア有人宇宙飛行の伝統的儀式を次々とこなしていきます。それらについては最近ではよく知られるようになり、JAXA のウェブサイトでも紹介されています。このブログでも2011年6月の古川聡さんの打ち上げの際に紹介してありますので、興味のある方はそれらをご覧ください。

油井さんたち第44/45次ISS長期滞在クルーは、7月10日にバイコヌール宇宙基地に到着しました。下がそのときの写真です。

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翌11日、クルーは早速ビルディング254 で、搭乗するソユーズTMA-17M の帰還モジュールのチェックを行いました。左からチェル・リングリン宇宙飛行士(アメリカ)、オレッグ・コノネンコ宇宙飛行士(ロシア)、そして油井さんです。

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その後、クルーは同じビルディング254 内で、打ち上げ時に着るソコル宇宙服の装着点検(フィットチェック)を行いました。各宇宙飛行士の体形に合わせて作られたライナー(打ち上げと着陸に際の衝撃から宇宙飛行士を守る衝撃緩衝材で、それぞれの座席に装着される)のチェックも行いました。

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クルーはその後、ソコル宇宙服を装着したまま、もう一度ソユーズTMA-17M に戻って、内部のチェックなどを行いました。

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ソユーズに乗りこむ油井さんです。

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油井さんはソユーズ宇宙船のコマンダーであるコノネンコさんの補佐をするレフトシートに座ります。打ち上げ時の操作を確認しています。

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12日、クルーは滞在しているコスモノートホテルの前で、ロシア、アメリカ、日本、カザフスタンの国旗を掲揚する伝統的儀式を行いました。

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13日、ソユーズTMA-17M の帰還モジュールの上に居住モジュールが結合されました。燃料や圧縮ガスが充てんされ、ソユーズロケット組立棟であるビルディング112 に運ばれました。

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14日には、TMA-17M の最終チェックが行われ、フェアリングがかぶせられました。

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ソユーズTMA-17M を乗せたロケットが発射台に向けてロールアウトするのは、打ち上げ3日前の7月20日です。ロールアウトがはじまるのは現地時間で午前7時と決まっています。
バイコヌール宇宙基地の建設
Criation of Baikonur Cosmodrome

油井亀美也宇宙飛行士は7月23日に、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から飛び立ちます。ロシア宇宙庁は6月2日にバイコヌール宇宙基地設立50周年を祝いました。バイコヌール宇宙基地はどのようにして建設されたのでしょうか。

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現在、ソユーズ宇宙船やプログレス補給船を打ち上げているソユーズ・ロケットは、セルゲイ・コロリョフが開発した大陸間弾道ミサイルR-7がオリジンです。そのR-7のために、1954年、ソ連は新しい打ち上げ実験場を建設することにしました。多くの候補地が検討された結果、現在バイコヌール宇宙基地のあるカザフスタンのチュラタムが選ばれました。当時のチュラタムはモスクワとタシケントを結ぶ鉄道の駅とそれに付随した小さな建物が数棟あるだけで、周囲には広大なステップが広がっていました。チュラタム駅からはかつて銅の採掘のために敷設された鉄道が北に伸びていました。

この場所が選ばれた理由は次のようなものでした。
・アフガニスタンやイランとの国境から1600km以上も離れていて、西側のスパイが侵入することは不可能。
・降水量が少ない。
・無人の土地が広がっており、打ち上げたロケットの第1段や第2段の落下場所を確保できる。またロケットが制御不能になって落下しても安全。
・ロケット打ち上げ時に追跡管制を行う地上局を打ち上げ場から400km以上離れた場所に設置可能。
・鉄道がすでに敷設されていて、輸送が容易。
・他の候補地より南にあり、その分だけ打ち上げ時に地球の自転力をよけいに利用できる(これは、特にコロリョフが強調した点でした)。

1955年1月、先遣隊がチュラタムに到着し、工事が開始されました。工事はまず、サイト1(現在のソユーズ・ロケットの発射台のある場所)へ通じる道路を建設することからはじまりました。1955年6月2日、ソ連国防省はチュラタムを新しいロケット打ち上げ実験場とすることを正式決定しました。これがバイコヌール宇宙基地の公式の設立日となったのです。

工事は過酷な自然条件の中で行われました。チュラタムの夏は50度Cもの高温、冬はマイナス25度Cという寒さになります。工兵たちは最初テント暮らしでしたが、数年後にはチュラタム駅の南側、シルダリア川に面した場所に居住用の建物が建設さられていきました。ここが発展して、現在のレーニンスクの町ができあがります。当時は「ザーリャ」(夜明け)とよばれていました。

ロケット発射台のための掘削工事は1955年6月にはじまりました。この場所を見学した方ならお分かりと思いますが、発射台の場所には巨大なピットが掘削されており、そこに「スタジアム」とよばれた鉄骨とコンクリートの発射台が設置されています。打ち上げの際、ロケットの噴射はこのピットから横方向に曲げられて逃がされます。人類が掘った最大の穴といわれたこのピットの掘削はわずか3か月で完了しました。

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発射台自体の工事は1955年7月からはじまりました。打ち上げの際にロケットを支持している構造物が花びらのように開くこの発射台を設計したのはウラジーミル・バーミンです。打ち上げ時の振動テストなどは現地でできないため、バーミンはすべての試験をレニングラードで行い、その後部材を分解して、1956年10月に鉄道でチュラタムに運びました。同じ頃、チュラタムからサイト1への道路工事も完成しました。

1957年4月、打ち上げ実験基地は完成しました。発射台、ロケットの最終組み立てを行うMIK、液体酸素用プラント、2か所の追跡ステーション(ヴェガとサターン)などが揃いました。R-7の打ち上げ実験は1957年5月から始まりましたが、失敗が続きます。R-7はケロシンと液体酸素を使う液体燃料ロットであり、核弾頭ミサイルとして実戦配備するのは困難でした。しかし、R-7は1957年10月にスプートニク1号を打ち上げます。1961年には、ユーリー・ガガーリンを乗せたヴォストーク1号を打ち上げます。こうして、R-7は現在のソユーズ・ロケットへと改良を重ねていきます。

ガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行が成功した際、ソ連は打ち上げ基地の場所をチュラタムではなく、「バイコヌール」と発表しました。実際のバイコヌールはチュラタムの北東約370kmにある町です。ソ連は実際の場所を西側に知られないようにしたのです。もっとも、アメリカはそれ以前に、U-2偵察機によってその位置を正確につかんでいたのですが。
NASA、商業宇宙船のための宇宙飛行士チームを指名
Launch America:NASA names commercial crew astronauts

アメリカの商業有人宇宙船による初飛行に向け、NASA はコマーシャル・クルー・アストロートとして4名のベテラン宇宙飛行士を指名しました。

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左から、ロバート・ベンケン。スペースシャトルで2回の宇宙飛行(STS-123とSTS-130)を行い、2012年からはNASA の宇宙飛行士室のチーフを務めてきました。エリック・ボー。スペースシャトルで2回の宇宙飛行(STS-126とSTS-133)を行いました。ダグ・ハーリー。スペースシャトルで2回の宇宙飛行(STS-127、STS-135)を行いました。サニータ・ウィリアムズ。2回のISS長期滞在を行い、通算宇宙滞在は322日に達します。

4名の宇宙飛行士は、現在ボーイング社が開発中のCST-100、およびスペースX社のドラゴン有人宇宙船での訓練を開始することになります。「ローンチ・アメリカ」の合言葉のもと、アメリカの宇宙船によるアメリカの宇宙飛行士の打ち上げ復活を目指すNASA にとって、大きなマイルストーンといえます。

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アメリカの商業有人宇宙船による初飛行(試験飛行)は2017年末までに行われる予定ですが、アメリカ議会がこの計画の来年度予算をカットしたため、翌年にずれこむ可能性もあります。

CST-100 とドラゴンにはまず国際宇宙ステーション(ISS) への有人試験飛行を行うことが義務づけられており、これにNASA の宇宙飛行士が同乗することになります。CST-100 が先に試験飛行を行うとみられています。その場合、ボーイング社側のクルーはクリス・ファーガソンになる可能性があります。ファーガソンはスペースシャトル最後の飛行であったSTS-135 のコマンダーでした。スペースシャトル退役後、ボーイング社に移り、CST-100 の開発に関わってきました。

スペースシャトル最後の飛行でISS を去る際に、ファーガソンは「アメリカの宇宙船が次に国際宇宙ステーションを訪れ、宇宙飛行士がこれを地上に持ち帰るまで、この旗はここに飾られる」と語り、スペースシャトル最初の飛行であったSTS-1 で宇宙を飛んだ星条旗をISS に残してきました。「最後のシャトル・コマンダー」であるファーガソンが、初の商業宇宙船で再びISS を訪れることなれは、非常に意義深いものがありますし、有人宇宙開発にはそのようなドラマ性があっていいのだと思います。

かつて200名を超えていたNASA の宇宙飛行士は現在47名です。1996年選抜のグループ16より前の宇宙飛行士はいなくなりました。グループ16には、第50/51次長期滞在クルーとして3度目のISS 長期滞在に挑むペギー・ウイットソンや現在ISS で1年間の長期滞在を行っているスコット・ケリーらがいます。コマーシャル・クルー・アストロノートに選ばれたウィリアムズは1998年選抜のグループ17です。ベンケン、ボー、ハーリーは2000年選抜のグループ18です。ベンケンに代わって宇宙飛行士室のチーフとなったクリス・キャシディーは2004年選抜のグループ19です。

スペースシャトル時代の多くの宇宙飛行士がNASA を離れましたが、ファーガソンのようにその後、民間企業で商業宇宙船の開発に携わっている人もいます。
プログレス補給船、ISSに到着
Progress supply ship arrived at ISS

7月3日に打ち上げられたプログレス補給船M-28M(60P)は、7月6日午前2時11分(日本時間)に、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。プログレス補給船は4月28日に打ち上げられたM-27M が制御不能となって以来、飛行が中断されていました。

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プログレスは下の画像のように、ISS のピアース(DC-1)にドッキングしました。現在、ロシアのサービス・モジュール、ズヴェズダの後部には2月に打ち上げられたプログレスM-26M(58P)が結合しています。第44次長期滞在クルーが乗ってきたソユーズTMA-16M(42S)は、MRM-2(多目的実験モジュール2)に結合しています。

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現在、アメリカのドラゴン補給船の飛行は中断されています。シグナス宇宙船は今年の11月に飛行再開の予定です。ISS への次の補給ミッションは、日本の「こうのとり」5号機で、8月16日に打ち上げの予定です。
ドラゴン補給船、打ち上げに失敗
SpaceX CRS-7 launch failed

国際宇宙ステーション(ISS)に物資を届けるドラゴン補給船が打ち上げに失敗しました。

6月28日午前10時21分(アメリカ東部夏時間)、ドラゴン補給船7号機(SpX-7)を搭載したファルコン9 ロケットは、ケープカナヴェラル空軍基地の40発射台から打ち上げられました。上昇は順調でしたが、打ち上げから約2分20秒後、突然、白い噴煙が発生しました。直後に爆破指令が送られ、ロケットは破壊されました。

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スペースX 社によると、ファルコン9 ロケットの第1段は正常に作動しましたが、第1段切り離しの直前に第2段の液体酸素タンクの圧力が急上昇したとのことです。今後、原因の究明が行われます。

ドラゴン7号機には、ISS への補給物資のほか、アメリカの商業有人宇宙船がISS にドッキングするために使われるIDA というアダプターが積まれていました。商業有人宇宙船によるISS へのクルー輸送は2017年末には開始される見込みです。

ISS への物資補給はこのところ失敗が続いています。昨年10月28日にはオービタル・サイエンス社のシグナス補給船が打ち上げに失敗しました。今年の4月28日にはロシアのプログレス補給船が打ち上げられましたが、予定の軌道に投入することができず、ISS とのドッキングを果たせませんでした。シグナス補給船は今年の11月に打ち上げが再開されることになっています。プログレス補給船は7月3日に打ち上げの予定です。

スペースX 社のドラゴン補給船はずっと順調に打ち上げを行ってきました。今回が7回目のISS への物資補給でした。間もなく長期滞在を開始する油井宇宙飛行士がISS に滞在している間にも、9月に8号機(SpX-8)がISS にやってくる予定になっていました。しかし、ドラゴン補給船の飛行は中断されました。今回の事態が、ISS に滞在する宇宙飛行士の生命に危険を及ぼすことはありませんが、NASA はISS への補給計画を大幅に見直すことになります。
油井宇宙飛行士の打ち上げは7月23〜25日
ISS crew launch scheduled between July 23 and 25

ロシア宇宙庁は国際宇宙ステーション(ISS)第44/45次長期滞在クルー(ロシアのオレッグ・コノネンコ宇宙飛行士、NASA のチェル・リングリン、油井亀美也宇宙飛行士)が搭乗するソユーズTMA-17M の打ち上げを7月23から25日に行うと発表しました。

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これに先立って、7月3日にプログレス補給船の打ち上げを行います。

現在、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在しており、帰還が延期されていた第42/43次長期滞在クルー(NASA のテリー・バーツ宇宙飛行士、ESA のサマンサ・クリストフォレッティ宇宙飛行士、ロシアのアントン・シュカプレロフ宇宙飛行士)は、ソユーズTMA-15M で6月11日に地球に帰還します。

セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士をISS に運び、現在ISS に滞在中のゲナディ・パダルカ宇宙飛行士が帰還するソユーズのタクシーフライトの打ち上げは9月1日に予定されています。このフライトにはサラ・ブライトマンが搭乗するはずでしたが、飛行をキャンセルしました。3人目の搭乗者はまだ決まっていません。

ISSに物資を運ぶ日本の「こうのとり」5号機は8月16日に打ち上げられます。
熱帯降雨観測衛星TRMM:6月17日に大気圏再突入か
TRMM spacecraft expected to re-entry on June 17

NASA は熱帯降雨観測衛星TRMM がまもなく大気圏に再突入すると発表しました。正確な日時はまだ予測できませんが、7月17日の可能性が大きいとのことです。

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TRMM は1997年11月28日に打ち上げられ、17年以上にわたって熱帯域の降雨を観測してきました。降雨観測に使われたレーダーはJAXA とNICT が共同開発したものです。TRMM は2014年7月8日に軌道高度を維持するための燃料が枯渇し、以後、軌道高度は次第に低下していました。JAXA は2014年10月7日に運用を終了しました。NASA も本年4月8日に観測機器の電源を落としました。

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NASA によると、TRMM は大気圏内で完全には燃え尽きず、燃料タンク、窒素タンク、高利得アンテナなどの一部が地上に落下するとのことです。破片は12個ほどとみられ、合計重量は約112kg です。落下するのはすべて金属(チタン合金)で、有毒な物質は含まれていません。

TRMM の軌道傾斜角は35度で、北緯35度と南緯35度の間を周回しています。したがって、ヨーロッパ、ロシア、そしてアメリカと日本のほとんどの地域に破片が落ちてくることはありません。

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TRMM の破片によって人間に被害がおよぶ確率は4200分の1とのことです。これは、TRMM の大気圏再突入を4200回繰り返した時、1人の人間が被害を受けることが1回起きるという意味です。
油井宇宙飛行士、7月下旬に打ち上げの見通し
ISS crew set to launch in late July

ロシア宇宙庁は6月9日に、油井亀美也宇宙飛行士らISS第44/45次長期滞在クルーが搭乗するソユーズTMA-17M の打ち上げ日を発表する見通しです。

4月28日に打ち上げられたプログレス補給船M-27Mは軌道上で制御不能となり、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを断念しました。打ち上げに使われたソユーズ2-1aロケットの第3段とプログレス補給船の切り離しの際に不具合が発生したものとみられ、原因が解明されるまで、ソユーズFGロケットを使うISS 長期滞在クルーの打ち上げも延期されました。

ソユーズ2-1aロケットは航法装置が従来のアナログ型からデジタル型に代わるなどの改良が加えられています。事故調査委員会は、この設計に欠陥があり、これが正常な切り離しができなかった不具合に関係していると結論付けました。

ロシア宇宙庁はまず7月上旬(3日とみられています)にプログレス補給船の打ち上げを行い、その後、油井宇宙飛行士らの打ち上げを7月下旬に行う予定です。
油井宇宙飛行士の打ち上げ、延期に
Launch of Soyuz TMA-17M delayed

ソユーズ宇宙船TMA-17M による油井亀美也宇宙飛行士ら第44/45次長期滞在クルーの打ち上げは5月27日(日本時間)に予定されていましたが、7月中旬以降に延期されることになりました。下の画像はガガーリン宇宙飛行士訓練センターでの第44/45次長期滞在クルーで、左からチェル・リングリン宇宙飛行士、オレッグ・コノネンコ宇宙飛行士、そして油井さんです。

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4月28日に打ち上げられたプログレスM-27M は、第3段切り離しの際のトラブルで制御不能になり、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングできず、5月8日に大気圏に再突入しました。ロシア宇宙庁は現在、その原因を調査中です。プログレスM-27M を打ち上げたソユーズ2-1a は、ソユーズ宇宙船の打ち上げに使われているソユーズFG に比べ、第3段の航法装置や推進剤タンクなどが新しくなっています。しかし、両者は基本的に同じロケットなので、今回のトラブルの原因を究明し、必要な措置をとってソユーズFG の打ち上げの安全性を確認しなければ、長期滞在クルーの打ち上げはできません。

現在ISS 上には、第42/43次長期滞在クルーのテリー・バーツ宇宙飛行士、サマンサ・クリストフォレッティ宇宙飛行士、アントン・シュカプレロフ宇宙飛行士、1年間の長期滞在を行う第43/44/45/46次長期滞在クルーのスコット・ケリー宇宙飛行士、ミカエル・コニエンコ宇宙飛行士、第43/44次長期滞在クルーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士が滞在しています。第42/43次長期滞在クルーは5月13日に地球に帰還することになっていましたが、油井さんらの打ち上げが延期されたことにともない、滞在期間が延長されました。帰還日は発表されていませんが、6月11日という情報もあります。油井さんらが到着するまで、しばらくの間、ISS は3人体制となります。

次のプログレス、M-28M の打ち上げは8月6日に予定されていましたが、M-27M での補給ができなかったことから、ロシア宇宙庁はこれを7月初旬に早めることにしました。これには、油井さんらの打ち上げの前に、ソユーズロケットの安全性を確認する意味もあります。
プログレスM-27M、大気圏に再突入
Progress M-27M reentered the Earth’s atmosphere

ロシア宇宙庁はプログレスM-27M が日本時間8日午前11時04分に大気圏に再突入したと発表しました。再突入の場所は太平洋の上空でした。
プログレスM-27M:5月8日に大気圏再突入か
Progress M-27M:Fall back to Earth on Friday

ロシア宇宙庁はプログレス補給船M-27M が5月8日か9日に大気圏に再突入すると発表しました。正確な時刻は予測できず、今のところ、日本時間で8日午前7時23分から9日午前3時55分の間としています。

M-27M は4月28日にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられましたが、軌道上で制御不能となり、国際宇宙ステーション(ISS)とのドッキングを果たせませんでした。下の画像は、今年の2月に打ち上げられ、ISS にドッキングしたプログレスM-26M です。

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M-27M は約7tの貨物を積んでいます。大気圏再突入の際にほとんど燃えつきてしまいますが、一部は地球に落下する可能性があります。大気圏再突入の正確な時刻が予測できないため、落下場所も特定することはできませんが、地上に被害をもたらす危険性は非常に少ないと思われます。
フリーダム7:アメリカ初の有人宇宙飛行
Freedom 7:Trajectory of historic flight

今から46年前の1961年5月5日、マーキュリー宇宙船フリーダム7 によるアメリカ初の有人宇宙飛行が行われました。

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搭乗していたのはアラン・シェパードです。ユーリ・ガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行に遅れること23日でした。

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打ち上げに使われたレッドストーンロケットの能力から、フリーダム7 の飛行は弾道飛行となりました。飛行時間15分28秒でした。NASA のサイトには、その飛行経路を示す当時の資料がアップされていました。

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打ち上げは午前9時34分(アメリカ東部時間)でした。2分22秒後、レッドストーンロケットのエンジン燃焼終了。その10秒後に緊急脱出システム分離。3分後に自動姿勢制御システムが作動し、カプセル底部のヒートシルドを進行方向に向ける姿勢となりました。大気圏再突入に向けた姿勢です。上の資料にも、この ”Attitude Programming” が示されています。

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その後、シェパードは宇宙船の操縦テストを行い、ピッチ、ヨー、ロールの3方向すべての姿勢制御操作を行いました。ガガーリンの乗ったボストーク1号の飛行はすべて自動操縦でしたので、シェパードは宇宙空間で宇宙船を操縦した人類初の人間となりました。

プログレス補給船M-27M が制御不能に
Russian Spacecraft Progress M-27M out of control

4月28日13時9分(現地時間、日本時間16時9分)、プログレス補給船M-27M がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。打ち上げは順調に見えましたが、プログレスは地球周回軌道に達した直後に、制御不能になりました。

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太陽電池板の展開は確認されましたが、テレメトリーデータが途絶しているため、プログレスの各装置がどのような状態なのか不明です。管制センターに送られてきたプログレスからの映像によると、プログレスは5秒間に1回というスピードで回転しています。

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プログレスは打ち上げ後、地球を4周して、約6時間後にISS(国際宇宙ステーション)にドッキングする予定でした。モスクワ郊外の管制センターTsUP は、以前行われていた地球を34周してISS にドッキングする方法に変更し、プログレスとロシアの地上局間で交信が可能な打ち上げ後4周の間にプログレスとの通信を回復しようとしましたが、できませんでした。TsUP はその後もプログレスとの通信回復を試みましたが、成功せず、ロシア宇宙庁はISS とのドッキングを行わないという決定を下しました。

プログレスには約1400kgの生活物資、実験用器材、交換部品、約400kgの水、約450kgの酸素、約870kgのサービスモジュールエンジン用燃料が搭載されていました。ISS では現在、1年間の長期滞在を行うアメリカのスコット・ケリーさんとロシアのミカエル・コニエンコさんを含む6人のクルーが滞在しています。今回のプログレスによる補給がなくなっても、クルーの生活に影響がでることはありません。アメリカのドラゴン宇宙船は6月に打ち上げの予定です。また、8月には日本のHTV(こうのとり)がISS に物資を運びます。

プログレスの現在の高度は190km×260km 程度で、どんどん高度を下げています。あと1週間ほどで大気圏に再突入し、燃えつきてしまうとみられています。ただし、プログレスの1部が燃え尽きずに地上に落下する可能性があります。どこに落下するか予測できませんが、被害が出る可能性は非常に低いと考えられています。

プログレスの打ち上げが失敗したのは、2011年のプログレスM-12M 以来、2度目のことです。今回の失敗の原因は、第3段ロケットとの切り離しの際に生じたとみられています。プログレスの打ち上げは長い間、ソユーズU というロケットで打ち上げられてきました。今回の打ち上げではソユーズ2-1a ロケットが使われています。ソユーズ2-1a は航法装置がデジタル化された新しいソユーズロケットで、バイコヌールやプレセツク、クールーのギアナ宇宙センターからの人工衛星打ち上げに使われてきました。また、2014年10月にはプログレスM-25M を打ち上げました。今回はソユーズ2-1a による2回目のプログレス打ち上げでした。ロシア宇宙庁は、プログレスの打ち上げをソユーズU からソユーズ2-1a に切り換えることを考えていました。

ロシア宇宙庁は現在、原因を調査中です。ISS へのクルーの打ち上げはソユーズFG によって行われています。今回のソユーズ2-1a で起きたトラブルが、次のISS クルーの打ち上げに影響するかどうかはまだわかりません。次のISS クルーは、日本人宇宙飛行士油井亀美也さんを含む第44次/第45次長期滞在クルーで、現在、打ち上げは5月27日に予定されています。
TRMM 衛星、ミッション終了
TRMM mission has come to an end

NASA はTRMM(熱帯降雨観測衛星)の観測機器の電源を4月8日に落としたと発表しました。

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TRMM は1997年11月に打ち上げられて以来、熱帯域の降雨を観測してきました。昨年、軌道高度維持のための燃料がなくなり、以後、高度を下げながら観測を継続してきましたが、TRMM の観測はこれで終了したことになります。17年という驚異的な長さのミッションでした。

TRMM は今後も高度を落とし、大気圏に再突入します。その時期は正確には予測できませんが、6月中旬あたりとみられています。
ミスター・スポックが死去
NASA Remembers Leonard Nimoy

『スタートレック』シリーズでミスター・スポック役を演じたレナード・ニモイ氏が2月27日に亡くなりました。

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国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中のNASA の宇宙飛行士テリー・バーツは、ニモイ氏をしのび、ツイッターに下の写真をアップしました。

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NASA のウェブサイトも哀悼の意を表し、「NASA のミッションに携わってきた科学者、技術者、宇宙飛行士は、彼から大きなインスピレーションを受けた。彼はUSS エンタープライズのサイエンス・オフィサー以上の存在だった」という、チャールズ・ボールデン長官のメッセージを紹介しています。ニモイ氏はNASA のイベントなどに度々協力し、現在、準惑星ケレスに接近中の探査機「ドーン」の紹介動画のナレーターもつとめています。

スペースシャトル開発の過程で、滑空試験用のオービター「OV-101」が製作されました。この機体は当初「コンスティテューション」という名前がつけられることになっていましたが、当時放映されていた『スタートレック』の多くのファンは「エンタープライズ」と名付けるようNASA に要望しました。ホワイトハウスもこれに賛成し、エンタープライズと名付けられた経緯があります。NASA のウェブサイトには、1976年のエンタープライズのロールアウト時の写真も掲載されました。ニモイ氏をはじめ、USS エンタープライズのクルーが写っています。

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左から、ジェームズ・フレッチャー(NASA 長官)、デフォレスト・ケリー(マッコイ役)、ジョージ・タケイ(スールー役)、ジェームス・ドゥーアン(スコット役)、ニッシェル・ニコル(ウフーラ役)、レナード・ニモイ、ジーン・ロッデンベリー(『スタートレック』制作者)、ドン・フュークア(フロリダ州選出の民主党議員)、ウォルター・ケーニング(チェコフ役)です。

エンタープライズによる飛行試験ATL(Approach and Landing Tests)は1977年に行われました。SCA(スペースシャトル輸送用に改造されたボーイング747)の上部に固定したままの飛行を合計8回行った後、5回の自由飛行が行われました。

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ミスター・スポックの母星である惑星バルカンの太陽のモデルとして、最初、エリダヌス座イプシロン星とエリダヌス座40番星があげられていました。『スカイ&テレスコープ』誌の1991年7月号にロッデンベリーとハーバード・スミソニアン天体物理学センターの研究者3名による手紙が掲載されました。この中で、「われわれはエリダヌス座40番星をバルカンの太陽にしたい」と述べられています。その理由として、40番星の年齢が約40億年で太陽の年齢に近いこと、一方、イプシロン星は年齢が10億年と若すぎ、高度な文明が登場するには至っていないと考えられることを上げています。

エリダヌス座40番星は地球からの距離が約16光年で、3個の星から構成される三重連星系であることがわかっています。このうちの40番星A がバルカンの太陽と考えられています。

最近はたくさんの系外惑星が発見されています。NASA が系外惑星の探査を始めた頃、バルカンもいずれ発見されるだろうと期待されていました。NASA の系外惑星データベースをチェックしたところ、現在、合計1819個の系外惑星が確認されています。しかし、残念ながらエリダヌス座40番星ではまだ惑星は確認されていません。ちなみに、イプシロン星では、惑星が1個、発見されています。

NASA のケプラー望遠鏡はそれ以外に約4200個の惑星候補を発見しています。ケプラーが観測を行ったのは主にこと座やはくちょう座の方向でしたが、4200個の中にバルカンは含まれているのでしょうか。
『宇宙から見た雨――熱帯降雨観測衛星TRMM 物語』
Rain as seen from Space:Tropical Rainfall Measuring Mission

『宇宙から見た雨――熱帯降雨観測衛星TRMM 物語』が、毎日新聞社から発売になりました。JAXA が企画し、私が関係者の方々から取材して執筆した本です。

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熱帯降雨観測衛星TRMM は、JAXA とNASA の共同ミッションで、その名の通り、熱帯域の降雨を観測する衛星として1997年に打ち上げられました。以来16年以上にわたって観測を行ってきましたが、昨年、搭載している燃料がなくなり、軌道高度を維持できなくなりました。TRMM の成果は昨年2月に打ち上げられたGPM(全球降水観測計画)主衛星に引き継がれています。

TRMM に搭載された降雨レーダーは、宇宙から雨を観測するための世界最初のレーダーです。その技術を進化させたものが、GPM 主衛星に搭載された二周波降水レーダーDPR です。

レーダーを開発し、それを打ち上げ、運用し、成果を出した人たちの長い歴史をまとめたノンフィクションです。宇宙版「プロジェクトX」というところでしょうか。ぜひ、お読みください。

TRMM は今年の4月頃に大気圏に再突入し、寿命を終える予定です。
オリオン宇宙船初飛行:宇宙探査の新しい時代のはじまり
Orion’s successful flight:New era of space exploration

NASA のオリオン宇宙船の初飛行成功は、宇宙探査の新しい時代のはじまりを告げるものでした。

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NASA はこの飛行を、火星への有人飛行の第一歩と位置付けています。

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オリオン宇宙船の開発は2005年にまでさかのぼります。2003年のスペースシャトル、コロンビアの事故後、当時のブッシュ大統領は新しい宇宙政策を発表し、スペーシャトルを国際宇宙ステーションの完成後に引退させるとともに、新たな宇宙探査に挑戦すると発表しました。こうして月への有人探査を目指すコンステレーション計画がはじまり、新しい有人宇宙船CEV(Crew Exploration Vehicle)の開発がはじまったのです。

その後、オバマ政権はコンステレーション計画をキャンセルしましたが、CEV の開発は続けられ、現在のオリオン宇宙船となりました。

スペースシャトルの飛行再開後、NASA は国際宇宙ステーション(ISS)への物資および人員輸送を民間の宇宙船で行う計画を進めてきましたが、一方で、国際宇宙ステーション以遠の目標、すなわち、月、小惑星、ラグランジュ点、そして火星への有人飛行を可能にする次世代宇宙船の開発を進めてきました。今回のオリオン宇宙船の初飛行は、NASA のこうした長い準備が実を結び、新しい時代の幕が開かれたという意味をもっています。

アメリカは新たな宇宙探査を多くのパートナーと一緒に進めて行こうとしています。ESA(ヨーロッパ宇宙機関)は、オリオン宇宙船の2回目の飛行(2018年、無人月周回飛行)でサービスモジュール(機械船)を担当することになっています。ISS への物資輸送に用いられているATV の技術がベースになります。

こうした動向の中で日本の宇宙開発政策がどうなっているかといえば、人類のフロンティアへの挑戦という長期的視点がまったく欠落している点が心配です。
オリオン宇宙船、初飛行に成功
Orion spacecraft completes First Spaceflight Test

NASA の次世代有人宇宙船オリオンは12月5日午前7時05分(アメリカ東部時間、日本時間同日午後9時05分)に、ケープカナヴェラル空軍基地の37B 発射台から、デルタ4ヘビー・ロケットによって打ち上げられました。

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オリオン宇宙船は予定通りに飛行し、地球2周目に最高高度5800キロメートルに達した後、大気圏に再突入し、無事太平洋に着水しました。

オリオン宇宙船の初飛行は成功し、NASA は月、小惑星、そして火星への有人飛行に大きな一歩を踏み出しました。

以下は、NASA TV からキャプチャーした画像です。

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上昇するロケット。ロケットカメラからの映像。真ん中右に見えているの
はブースター

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メインエンジン燃焼終了(MECO)

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第1段分離

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サービスモジュールのフェアリング分離

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ヒューストンのオリオン・フライト・コントロール・ルーム

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2回目の第2段エンジン噴射終了(SECO2)

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オリオン内部カメラからの映像。最高高度近く。地球が丸く見えている。

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最高高度5800キロメートルに到達

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大気圏再突入。姿勢制御エンジンの噴射が窓ガラスに写っている。

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メインパラシュートを開いて降下。NASA のグローバルホーク「イカナ」
からの映像。

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スプラッシュダウンの瞬間の内部カメラの映像。

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カリフォルニア沖約440キロメートルの海上に浮かぶオリオン。回収チームのヘリコプターからの映像。
オリオン宇宙船の打ち上げ、延期
EFT-1:Orion spacecraft launch postponed

オリオン宇宙船の本日の打ち上げはなくなりました。次のローンチ・ウインドウは明日12月5日の午前7時05分(アメリカ東部時間、日本時間午後9時05分)に開きます。

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本日の午前7時05分に予定されていた打ち上げは、打ち上げ4分前のホールドの間に、7時17分に変更されました。しかし、打ち上げ4分前のカウントダウンが開始されてからすぐに、強風のためホールドとなりました。打ち上げ時刻は7時55分に再設定され、打ち上げ4分前からのカウントダウンがはじまりましたが、ふたたび風のためにホールドとなりました。

新たに設定された打ち上げ時刻は8時26分でした。しかし、打ち上げ4分前からのカウントダウンがはじまってからすぐに、またしてもホールドになりました。今度の原因は燃料バルブのトラブルでした。打ち上げチームはトラブル解消の対応を取り、打ち上げ時刻はローンチ・ウインドウが閉じる直前の9時44分に設定されました。

しかし、打ち上げ4分前からのカウントダウンを目指して点検中に、打ち上げチームは本日の打ち上げ中止を決定しました。
オリオン宇宙船の打ち上げ間近
EFT-1:Orion spacecraft ready for launch

NASA の次世代有人宇宙船オリオンの初試験飛行が近づいてきました。打ち上げは12月4日午前7時05分(アメリカ東部標準時間、日本時間同日午後9時05分)の予定です。ローンチ・ウインドウは2時間39分です。

試験飛行はExploration Flight Test (EFT)-1 とよばれており、オリオン宇宙船はデルタ4型ロケットによって、ケープカナヴェラル空軍基地の37B 発射台から打ち上げられます。下の画像は、発射台で打ち上げを待つデルタ4型で、ロケットの先端にはオリオン宇宙船が搭載されています。

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EFT-1 では、オリオン宇宙船は地球を2周することになっています。2周目に入ったところで、第2段ロケットに再点火し、高度約5800キロメートルにまで達します。ここから大気圏再突入をはかります。これは月や小惑星、火星などからの帰還の際の大気圏再突入を想定したものです。パラシュートで降下した宇宙船は、太平洋に着水します。予定通りに打ち上げが行われた場合、スプラッシュ・ダウンは11時29分(日本時間5日午前1時29分)になります。

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飛行の主なイベントは以下の通りです。

打ち上げ後1分23秒:マックスQ
1分25秒:音速に到達
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3分56秒:ブースター燃焼終了・分離
5分30秒:第1段メインエンジン燃焼終了。
5分33秒:第1段分離
5分49秒:第2段エンジン点火。11分50秒間の燃焼開始。
6分15秒:フェアリング分離
6分20秒:緊急脱出システム分離
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17分39秒:第2段エンジン燃焼終了。オリオン宇宙船は185×888キロメートルの軌道に。
1時間55分26秒:地球を1周後、第2段エンジンに再点火。4分45秒間の燃焼開始。
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2時間0分09秒:第2段エンジン燃焼終了。
2時間5分:ヴァンアレン帯に突入。
2時間20分:ヴァンアレン帯を通過。
2時間40分:オリオン宇宙船のRCS(リアクション・コントロール・システム)作動。
3時間05分:オリオン宇宙船は高度5800キロメートルに到達。
3時間09分:オリオン宇宙船はサービルモジュールおよび上段ロケットとの分離姿勢に。
3時間23分41秒:オリオン宇宙船のクルー・モジュールをサービス・モジュールおよび上段ロケットから分離。
3時間30分:ヴァンアレン帯に再び突入
3時間57分11秒:大気圏再突入のため、10秒間RCS を噴射。
4時間05分:ヴァンアレン帯を通過。
4時間13分35秒:エントリーインターフェイス。大気圏に再突入。時速3万2000キロメートル。
4時間13分41秒:ブラックアウト。約2.5分間通信が途絶。
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4時間15分03秒:最大加熱。2200度C。
4時間19分29秒:クルー・モジュールの上部カバー分離。
4時間19分31秒:ドラッグシュートが開く。落下速度は時速480キロメートル。
4時間20分40秒:メインパラシュートが開く。落下速度は時速160キロメートルから30キロメートルへ。
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4時間23分29秒:太平洋に着水。カリフォルニアの沖合約1000キロメートル。
アンタレス・ロケット、打ち上げ直後に爆発
Antares rocket exploded after launch

国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶシグナス宇宙船を載せたアンタレス・ロケットは、アメリカ東部夏時間の10月28日午後6時22分(日本時間29日午前7時22分)にヴァージニア州ワロップス島の発射台から打ち上げられましたが、打ち上げ直後にロケットが爆発しました。

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現在、現場での緊急事態対応活動が行われていますが、けが人はいないようです。

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この事故によって、ISS に運ぶ予定の物資が失われました。そのため、ISS で予定されていた実験や作業に遅れが生じることが考えられます。ただし、ISS への物資輸送はアメリカのドラゴン宇宙船、ロシアのプログレス宇宙船も行っており、ISS に滞在している宇宙飛行士の生存に影響がでることはありません。
NASA の次期宇宙船:ボーイング社 とスペースX 社を選定
Crew transport:NASA selects Boeing and SpaceX

NASAは国際宇宙ステーション(ISS)への人員輸送を行う民間企業の有人宇宙船として、ボーイング社のCST-100とスペースX社のドラゴンV2を選びました。

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CST-100

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ドラゴンV2

契約額はボーイング社が42億ドル、スペースX 社が26億ドルとなっています。2017年の飛行開始を目標としており、これによって、アメリカがISS へのアクセスをロシアのソユーズ宇宙船に頼る時代が終わることになります。

シエラネバダ社が開発していたミニシャトル型の宇宙船ドリーム・チェイサーは選からもれました。同社は今後も開発を続けたいと表明しています。また、議会が2社の有人宇宙船を認めるかどうかはわからず、最終的には1社の宇宙船のみが残る可能性もあります。
超・絶景宇宙写真――NASA ベストフォトセレクション
Marvelous View of Space:NASA Best Photo Selection

『超・絶景宇宙写真――NASAベストフォトセレクション』が、パイインターナショナルから発売になりました。

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幕張メッセで「宇宙博2014」が開かれていることもあり、最近、多くの方が宇宙に関心をお持ちのようです。本書は、50年以上におよぶNASA の宇宙活動をテーマに、有人宇宙飛行、太陽系探査、天体観測、宇宙からの地球観測の4つのジャンルについて、NASA の多数のアーカイブの中から、私のお気に入りの写真ばかりを集め、それらに解説を加えたものです。

世界で一番美しいNASA 写真集になっていると自負しています。
若田宇宙飛行士帰還:和のリーダーシップの、その先へ
国際宇宙主テーション(ISS)のコマンダーとして活躍した若田光一宇宙飛行士が188日間の長期滞在を終えて、地球に帰還しました。素晴らしい長期滞在でした。

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日本の有人宇宙活動やそれを支える宇宙技術はISS 計画のパートナー国から高い評価を受けており、今後の国際的な有人宇宙探査計画において重要な役割を果たすことを期待されています。

現在、アメリカとロシアはウクライナ問題をきっかけに緊張関係にあります。4月2日に、NASA は職員に対して、ロシア政府関係者との電話や電子メール等による連絡や会議での直接接触を禁止する措置をとりました。しかし、この措置はISS に関しては適用されませんでした。地上での対立がISS に持ち込まれることはなかったわけです。

ところが最近、ロシアのロゴジン副首相は、2020年以降のISS 計画に参加しない可能性を示唆しました。この発言がどこまで現実味をもっているかは疑問ですが、有人宇宙活動の国際的な枠組みは今後、大きく変わっていく可能性もあります。その中で日本は、日本らしい方法でその責任を果たしていくべきです。若田宇宙飛行士が世界に示した「和のリーダーシップ」をさらに展開していけるかどうかが、日本の宇宙活動に問われています。
若田光一宇宙飛行士、間もなく帰還
Expedition crew returns on Tuesday

昨年11月7日の打ち上げから6か月、国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在を行っていた若田宇宙飛行士が、間もなく地球に帰還します。帰還は5月14日に予定されています。

下の写真は、若田さんが現在コマンダー(船長)をつとめている第39次長期滞在クルーのメンバーです。時計回りに、若田さん、アレクサンダー・スクボルソフさん、ミハイル・チューリンさん、スティーブン・スワンソンさん、リチャード・マストラッキオさん、オレッグ・アルテミエフさんです。

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NASA によると、日本時間の5月13日午後3時に、ISS コマンダーの権限を若田さんがスワンソンさんに移譲するセレモニーが行われます。

5月14日のスケジュールは以下の通りです(いずれも日本時間)。
午前4時15分
若田さん、マストラッキオさん、チューリンさんが乗り込んだソユーズTMA-11M のハッチが閉じられます。
午前7時36分
ソユーズTMA-11M がISS から分離されます(アンドッキング)。
午前10時04分
ソユーズTMA-11M の軌道離脱噴射(デオービット・バーン)が開始されます。噴射は4分50秒間ほど続きます。

ソユーズTMA-11M は高度約120km で大気圏に再突入します(エントリー・インターフェイス)。その直前にクルーの乗った帰還モジュールと、軌道モジュール、機器・推進モジュールとの分離が行われます。エントリー・インターフェイスから約7分後、クルーには最大の加速度がかかります。

高度10km まで降下すると、まず2個のパイロット・パラシュートが展開、次にドラッグシュートが展開され、続いてメイン・パラシートが展開されます。高度5km でカプセルのヒートシールドが分離され、着地の際の衝撃を吸収するための座席のショック・アブソーバーが作動します。

午前10時57分
ソユーズTMA-11M はカザフスタンの平原に着陸します。現地時間では午前7時57分の朝方の着陸です。

着陸後、若田さんらはヘリコプターでカザフスタンのカラガンダ空港に移動します。空港内で歓迎のセレモニーが行われた後、若田さんとマストラッキオさんはNASA 機でヒューストンに戻ります。チューリンさんはモスクワに戻ります。

下の写真は、ISS のキューポラの窓から外を見ている若田さんです。ロシアのドッキング・モジュール、ピアースから撮影されました。キューポラはISS の地球側に設置されていますので、若田さんの頭上には青い地球があります。

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若田さんは今回が最後の宇宙滞在になります。美しい地球の姿をよく見てきてほしいと思います。
ソユーズTMA-12M、ISSに到着
Soyuz TMA-12M docked with ISS

第39/40次長期滞在クルーを乗せたソユーズTMA-12M は、日本時間3月28日午前8時53分に、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。

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気密のチェックなど、ハッチ・オープン前の作業が行われています。ハッチが開けられ、クルーがISS に入室するのは、午前11時55分頃の予定です。
第39/40 次長期滞在クルー:ISS 到着は28日に
Soyuz TMA-12M docking delayed

第39/40次長期滞在クルーのアレクサンダー・スクボルソフさん、スティーブン・スワンソンさん、オレッグ・アルテミエフさんを乗せたソユーズTMA-12M は、日本時間3月26日午前6時17分に、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。

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ISS 到着は約6時間後の同日午後12時04分の予定でしたが、途中での軌道修正噴射が正常に行われず、ISS 到着は3月28日まで遅れることになりました。

最近のソユーズでは、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングは、以下のように地球4周後に行われます。従来の地球を34周、2日間かかったドッキングに比べて、約6時間という非常に短い時間でISS に到着することができるのです。

1周目
太陽電池パネルとアンテナを展開
第1回ランデブー・バーン(軌道修正噴射)
第2回ランデブー・バーン
2周目
第3回ランデブー・バーン
第4回ランデブー・バーン
3周目
自動ランデブー・ドッキング開始
第5回ランデブー・バーン
自動ランデブー・ドッキング用のクールス・システムを起動
第6回ランデブー・バーン
4周目
ISS から5km まで接近
ISS のまわりをフライアラウンド
最終接近開始
ドッキング
5周目
ハッチ開放、歓迎セレモニー

ところが、今回の飛行では、1周目の2回のランデブー・バーンは正常に行われたものの、2周目での3回目のランデブー・バーンが行われませんでした。原因はまだわかっていませんが、ソユーズが所定の方向を向いていなかったためにエンジンが噴射されなかったのではないかとみられています。モスクワの管制センターは、以前の2日間でのランデブー・ドッキングに切り換えることにしました。このために、ソユーズのISS 到着が遅れることになったのです。

ISS 到着は日本時間3月28日午前8時58分の予定です。なお、2日間のISS への飛行は当初からオプションとして用意されており、3人のクルーのための空気、水、食糧などに心配はありません。

以下に、打ち上げ当日のクルーの様子を紹介しましょう。

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Zemlyane(ゼムリャーネ)の「トラヴァ・ウ・ドーマ」が流れる中、コスモノートホテルを出てバスに乗りこみます。

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宇宙への出発を報告します。

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ロケットの前で記念撮影を行います。

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ロケットに乗りこみます。

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発射です。未明の打ち上げでした。
第39/40次ISS 長期滞在クルー、打ち上げ間近
Expedition 39/40 crew members set to launch Tuesday

国際宇宙ステーション(ISS)には、現在、若田光一さん、リチャード・マストラキオさん、ミハイル・チューリンさんの3人の宇宙飛行士が滞在しています。3月26日午前6時17分(日本時間)には、スティーブン・スワンソン(左)、アレクサンダー・スクボルソフ(真ん中)、オレッグ・アルテミエフさん(右)が搭乗したソユーズTMA-12M がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、同日午後12時04分にISS にドッキングする予定です。

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バイコヌール宇宙基地では、燃料を充てんし、安全性をチェックしたソユーズ宇宙船にフェアリングをかぶせ、ロケットに結合する作業が行われています。まもなく、射場までの移動がはじまります。

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3月13日にバイコヌール宇宙基地に到着した3人は、すでに搭乗するソユーズのチェックなども終え、準備は万全です。

この3人のバックアップクルーの中には、ロシアで4人目の女性宇宙飛行士となるエレナ・セロヴァさんがいます。

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エレナさんは2009年にエネルギア社の宇宙飛行士候補者に選抜されました。星の町(ガガーリン宇宙飛行士訓練センター)で訓練を続け、2010年に宇宙飛行士の資格を取得しました。2011年12月にISS の第41/42次長期滞在クルーに指名されています。2014年9月にISS に向かう予定です。
若田宇宙飛行士、ISS コマンダーに就任
Koich Wakata:Japan's first ISS Commander

国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の若田光一飛行士がISS コマンダーに就任するセレモニーが、日本時間の午後6時から、「きぼう」日本実験棟内で行われました。

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ISS からの映像を流すNASA TV には、別の番組の映像がたびたび途中に入ってしまうというハプニングがありましたが、ISS 上で第38次長期滞在クルーのコマンダーであるオレグ・コトフ宇宙飛行士から若田さんにコマンダーの権限が移譲される様子を見ることができました。

ヒューストンの管制室も初の日本人コマンダー誕生を祝福しました。また、筑波の管制室との交信も行われました。この交信の中で、若田さんは日本語でのメッセージも送ってきました。その中で、若田さんはISS コマンダーの任務を遂行するために、「和の心」を大切にしたいと語りました。いかにも、若田さんらしい言葉です。今後の活躍を期待したいと思います。
アームストロング・フライト・リサーチ・センター
Armstrong Flight Research Center:DFRC renamed

月面を歩いた最初の人間であるニール・アームストロングを記念して、NASA のドライデン・フライト・リサーチ・センターの名称が、3月1日に、アームストロング・フライト・リサーチ・センターに変わりました。

ドライデン・フライト・リサーチ・センターは南カリフォルニアのエドワーズ空軍基地内にあり、NACA(アメリカ航空諮問委員会、NASA の前身)の時代から、ここで多くの実験機の試験飛行が行われてきました。

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アームストロングは1955年から1962年まで、このセンターのリサーチ・テスト・パイロットでした。NASA によると、この間、アームストロングはのべ2400時間以上飛行し、48種類の航空機の試験飛行を行ったとのことです。その中には極超音速実験機X-15 での7回の飛行も含まれています。

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アームストロングは1962年にNASA の宇宙飛行士となり、1966年にジェミニ8号の飛行を行った後、1969年にアポロ11号で人類初の月着陸を成功させました。

ドライデン・フライト・リサーチ・センターでは、アポロ月着陸船のシミュレーターとして開発されたLLRV(Lunar Landing Research Vehicle)の飛行試験も行われました。

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もちろん、アームストロングもチームの一員として飛行試験に参加しています。

アメリカの高速飛行航空機の開発に大きな足跡を残し、最後はNASA の副長官もつとめたヒュー・ドライデンの名は、同センターの西部航空試験場をドライデン航空試験場と名称変更して残されることになりました。
GPM 主衛星、打ち上げに成功
GPM Core Observatory launched from Tanegashima Space Center

二周波降水レーダーDPRを搭載したGPM 主衛星が、2月28日午前3時37分、種子島宇宙センターから打ち上げられました。

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GPM(全球降水観測)とは、地球をまわるいくつもの衛星で世界の降水を常時観測する国際協力ミッションのことです。GPM 主衛星はその中心的な存在になります。

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DPR はJAXA とNICT(情報通信研究機構)が共同で開発しました。「二周波」とは2種類の電波(Ku帯13.6GHz、Ka帯35.5GHz)を使うという意味です。熱帯に降る強い雨も、温帯の霧雨も観測できます。また、雪が降っている様子も観測できます。DPR の走査幅は、13.6GHzレーダーが約245km、35.5GHzレーダーが約125kmです。GPM 主衛星には、アメリカが開発したGPM マイクロ波放射計(GMI)も搭載されています。

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これまで宇宙に打ち上げられた降水レーダーは、NASA のTRMM(熱帯降雨観測衛星)に搭載されているレーダーのみです。このレーダーも日本が開発したものです。1997年に打ち上げられたTRMM は今も現役で、16年以上にわたって雨の観測を行っています。DPR はTRMM のレーダーを高性能化したレーダーといえます。

GPM 主衛星の軌道傾斜角は65度で、中高緯度域までカバーしており、地球全体の降水の95%を観測することが可能です。気候変動の研究や天気予報の精度向上、洪水災害防止などに降水量の観測は非常に重要で、DPR には大きな期待がかけられています。

GPM 主衛星自体はNASA の衛星で、それを日本のH-IIA ロケットで打ち上げました。GPM/DRP は日本とアメリカの共同ミッションであり、キャロライン・ケネディ駐日大使が打ち上げを見るために種子島を訪れたのはとてもよかったと思います。日本とアメリカの宇宙での緊密な協力関係は非常に大事です。
中国の有人宇宙飛行計画と軍事ミッション
China’s manned spaceflight program and military missions

下の写真は、2013年6月11日、中国の酒泉衛星発射センターの管制室で神舟10号の打ち上げ成功を報告し、敬礼する有人宇宙計画総指揮の張又侠上将です。同上将は人民解放軍で武器の開発や調達、近代化などを担当する総装備部の部長で、人民解放軍のトップ4の1人です。中央軍事委員会委員(委員長は習近平)もつとめています。中国の有人宇宙計画は人民解放軍総装備部の管轄になっており、張上将の直接指揮下で行われているのです。

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神舟10号には聶海勝(下の写真中央)、張暁光(右)、王亜平(左)が搭乗し、軌道上の宇宙ステーション、天宮1号にドッキングしました。

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急速に発展する中国の宇宙開発に対して、近年、アメリカは自国の安全保障にとって大きな脅威になるのではないかという警戒心を高めています。2007年に中国が行った衛星破壊実験後は、こうした議論が特に活発になりました。人民解放軍が開発している宇宙技術の中には、衛星破壊のような「宇宙対抗」手段だけでなく、レーザー兵器や粒子ビーム兵器、マイクロ波パルス兵器のような、より攻撃的な兵器もあるのではないかという推測もあります。

中国の有人宇宙計画において軍事ミッションが行われていることも、アメリカが警戒する理由の1つです。これは、2003年に神舟5号で楊利偉が中国初の有人飛行を行った頃から指摘されていました。共産圏の宇宙開発に詳しいマーク・ウェイドは、2003年10月2日に、神舟についての記事を『スペースデイリー』のサイトに投稿しました。この時期は、神舟5号の打ち上げの直前に当たっています。ウェイドはここで、それまでに4回打ち上げられた無人の神舟が、ELINT(電子諜報)を行っていたという専門家の分析を紹介しています。それによると、神舟1号から4号までには、軌道モジュールに2種類のアンテナが設置されていました。1つは3本のブームの先に取り付けられたUHF アンテナで、地上の電波をとらえます。もう1つは弧状に並べられた7個のホーンアンテナで、地上の電波源の位置を特定します。中国はそれまでELINT 衛星を持っていなかったので、「これは中国の宇宙からの偵察活動にとって大きな飛躍であった」とウェイドは書いています。神舟4号は2003年のイラク戦争時も飛行しており、中国はアメリカの軍事行動について貴重な情報を取得したとみられます。

神舟3号と4号には、偵察用のカメラも搭載されていました。カメラは軌道モジュールの先端と軌道モジュール本体の2個所に設置されていました。開口部の大きさから、カメラの口径は50〜60cm とみられています。2台のカメラを用いることにより、広域からクローズアップまでいくつものモードで撮影が可能です。中国の専門家によると、カメラの最大分解能は1.6m とのことです。これらのことは、中国が公開したニュース映像や雑誌に掲載されていた組立中の神舟の写真の分析から明らかになりました。

以上のことから、「中国初の有人宇宙飛行の主なミッションは軍事偵察活動であろう」と、ウェイドは書いています。実際、神舟5号にも、さらには2005年に打ち上げられた神舟6号にも、同じ偵察用カメラが設置されていたことが確認されています。

中国の有人宇宙飛行で行われる軍事ミッションを警戒する声は、2011年に打ち上げられた宇宙ステーション、天宮1号によって、さらに高まりました。天宮1号はソ連時代のアルマズ宇宙ステーションに重ねて語られることがあります。アルマズは23mm 機関砲を装備し、宇宙空間の戦闘での生存性を高めた軍用の宇宙ステーションでした。アルマズはサリュート2号、3号、5号として実際に打ち上げられ、宇宙から偵察活動を行いました。

天宮1号は主に非軍事目的に利用されるものの、宇宙飛行士が長期滞在して偵察を行う軍事プラットフォームとしての有効性を検証することも、その目的の1つであるという指摘があります。中国が目指す宇宙での覇権確立に、有人宇宙計画も重要な役割を果たすのです。ジョージ・ワシントン大学宇宙政策研究所所長のスコット・ペースはアメリカ議会の委員会で次のように証言しています。「中国の有人宇宙計画は人民解放軍によってマネージメントされ、軍事目的で開発された技術を使っている。したがって、正確に言えば、中国は科学や探査など非軍事の活動を行ってはいるが、非軍事の宇宙計画というものは中国に存在しない」。
宇宙と炎:ソチ冬季オリンピック開会式
Space and Fire:Sochi Winter Olympics opening ceremony

ソチ冬季オリンピックが開幕し、聖火台に火が灯されました。その炎は、ロシア民話に登場する火の鳥のようでしたが、私は下の絵を思い出しました。この絵は、ロシアの伝統的な絵画の町パレフの画家が描いたものです。松明を掲げて宇宙を飛ぶのはガガーリンです。パレフの画家たちは、ガガーリンにはじまった宇宙飛行にインスピレーションを受けた作品をたくさん発表しており、これはその1枚です。

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今回の冬季オリンピックの聖火リレーには、国際宇宙ステーション(ISS)の9名のクルーも参加しました。昨年11月7日にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた若田光一さんら第38次/第39次長期滞在クルーは、聖火リレーに使われるトーチをISS に運びました。

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このトーチは11月9日、オレグ・コトフ、セルゲイ・リャザンスキー両宇宙飛行士の船外活動によって宇宙空間に出され、2人は高度400km の軌道上でトーチを高々と掲げました。その後、船内に戻ったトーチを持って、コトフ宇宙飛行士はトレッドミルで走りました。さらにトーチはISS クルーの間を渡った後、11月11日、第36次/第37次長期滞在クルーによって地球に持ち帰られました。

安全性の問題から、ISS 上では炎は点けられなかったものの、こうしてロシア中を巡った聖火リレーに、宇宙も加わりました。それだけでなく、宇宙から地上に戻ったそのトーチが、ウラジスラフ・トレチャクさんとイリーナ・ロドニナさんによって、聖火台の点火に使われたのです。宇宙と炎が結びついたその場面を見て、私はパレフの画家が描いた絵を思い出したわけです。
宇宙空間とサイバースペースの覇権をねらう中国
China’s military:Counter-Space and Cyberwarfare

アメリカ国防総省が中国の軍事力に関して毎年まとめている報告書の2013年版では、「人民解放軍の兵器近代化の目標と最近の傾向」の章の中で、Counter-Space(宇宙対抗)という項目を設け、人民解放軍の宇宙戦略について述べています。

人民解放軍は、高度に情報化された現代の戦争においては、敵が宇宙へアクセスするのを阻止することがきわめて重要とみなしており、アメリカの戦力に対抗するA2/AD(アクセス阻止/エリア拒否)の要としています。国防総省の報告書は、「人民解放軍は宇宙空間の利用と宇宙対抗能力を増強するための多様なテクノロジーを獲得しつつある」とし、有事の際には偵察衛星、通信衛星、航法衛星、早期警戒衛星などへの攻撃がきわめて有効と考えていると述べています。中国は、アメリカとその同盟軍の軍事作戦を分析し、現代の戦争では宇宙空間が情報取集から命令伝達に至るまでの非常に重要な場所となっていることを学んだのです。

中国は2009年1月に、運用を終えた自国の気象衛星を地上からミサイルで破壊し、宇宙対抗能力を保有していることを世界に示しました。

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この衛星破壊実験によって、スペースデブリが約40%も増えてしまったことはよく知られています。この衛星破壊実験があってから、アメリカは人民解放軍の宇宙戦略に特にナーバスになりました。

アメリカが中国に対してもう1つ神経を尖らせているのが、サイバー攻撃です。国防総省の報告書でも、Cyberwarfare in China’s Military(中国軍におけるサイバー戦争)という項目を設けています。2012年、アメリカ政府および国防関連の組織・企業等に対して、中国は大規模なサイバー攻撃をしかけました。国家安全保障上きわめて重要な機密情報が大量に盗まれたとみられています。

人民解放軍のサイバー戦争に関する考え方は非常に明快です。サイバー攻撃は敵の機密情報取集にきわめて有効であり、有事の際には敵のネットワークを攻撃することによって、敵の動きを止めたり、通信や兵站などの対応時間を遅らせたりすることができます。さらに、ミサイル等による攻撃と同時に行うことによって相乗効果が得られます。人民解放軍は現代の戦争においては、「情報ネットワークは戦場全体の神経系統」であると位置づけており、これを攻撃する能力を高めています。

宇宙空間とサイバースペース、この2つは事実上一体の関係にあります。そのため、アメリカはこの2つの領域で覇権をねらう中国の動きに神経質になっているのです。

中国は宇宙での存在感を急速に高めています。中国の宇宙計画は軍の管轄下で行われています。有人宇宙飛行や月・惑星探査も、それが「中国の夢」の実現を目指しているとすれば、それは大きな枠組みの中では、上に述べたような戦略の中に含まれていると考えざるを得ません。日本は今後の宇宙計画を外交や安全保障を含めた総合的な立場から進めていく必要があります。今の宇宙政策委員会で議論するだけでは不十分ではないでしょうか。「国際宇宙ステーション計画に参加した成果は上がっていない」という視野の狭い考えをもとに、国際宇宙ステーション計画の運用延長から撤退し、宇宙を中国に明け渡してしまうことがあってはいけないと私は考えます。
ISS 計画参加は安全保障上も必要
ISS and Japan’s national security strategy

アメリカが国際宇宙ステーション(ISS)の運用を2024年まで延長することを表明しました。今後、日本ではISS 計画の成果とは何か、2020年以降も参加していくかどうか議論されていくと思います。

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日本は「きぼう」日本実験棟の開発と運用によって、人間を宇宙空間に長期間滞在させる能力を保有するに至りました。また、日本人宇宙飛行士のISS での活動によって、宇宙空間で実際に仕事をし、生活する経験も蓄積しています。さらに、宇宙ステーション補給機「こうのとり」と、それを打ち上げるH-IIB ロケットの開発によって、宇宙への輸送手段も確立しました。地上とまったく異なる宇宙という環境で、科学実験や観測を行う技術も獲得しています。細かいことを数え上げていけばきりはありませんが、こうした総合的な有人宇宙技術の体系が、日本がISS 計画から得た成果です。これは一朝一夕に得られるものではありません。1980年代からの長い期間にわたる挑戦によってはじめて可能になったのです。

日本の有人宇宙技術は、今後、人類が宇宙に活動領域を拡大していく上で貴重な国際貢献を果たしていくことになるでしょう。それだけでなく、国家の安全保障上も必要不可欠な存在です。

アジア地域では、今、中国の拡張主義的な行動が問題になっています。軍事力を増強し続ける中国に対して、軍備でのみ対抗するという発想は現実的ではありません。外交的な努力によって、アジア地域の平和と安定に貢献することこそが日本の役割です。そのためには、日本が国益の追求だけでなく、アジア全体の繁栄のためにも貢献しているリスペクトされる国であることが大事になってくるでしょう。日本にとって、有人宇宙技術は、まさにそのようなソフトパワーの源泉なのです。

最近の中国は宇宙活動の面でも特筆すべき成果を上げています。その成果自体は評価すべきですが、一方で、その目的が国威の発揚にある点に懸念が残ります。おそらく、今後はアジア地域での影響力強化に利用されていくでしょう。先日の嫦娥3号の月着陸の際にも、新華網はこれを「中国の夢」を実現するものだと賞賛しましたが、「中国の夢」は必ずしも「人類の夢」ではないのです。

日本がISS 計画から身を引けば、これまで築き上げてきた技術はすぐに時代遅れになってガラパゴス化し、宇宙の分野で日本がアジアに貢献していく機会はどんどん失われていくでしょう。
ISS:「きぼう」日本実験棟の成果は上がっていない?
ISS:Science at Kibo experiment module

アメリカは国際宇宙ステーション(ISS)の運用を2024年まで延長すると発表しました。これに関して、朝日新聞は1月11日の記事で、「前向きに考えるべき」という下村博文・文部科学相のコメントを紹介したうえで、「日本の実験棟「きぼう」での成果がほとんど得られていないことなどを理由に、参加に難色を示す意見も根強い」と書いています。さらに、「ISS は目立った成果が出ておらず、将来の有効な活用が見えないのがネックだ」という宇宙政策委員長代理の松井孝典さんのコメントも掲載しています。

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ISS の成果が上がっていないというからには、宇宙政策委員会はまず、何をもって「成果」と考えているのかを、国民に説明しなくてはなりません。現在、宇宙政策委員会が言っている「成果」というのは、「きぼう」日本実験棟で行われている宇宙実験が、成長戦略に結びつく経済効果をもたらしていないという、きわめて視野の狭い立場からの考えでしかないような気がします。しかし、基礎研究や自然の探求の価値を経済効果で測ることができないことは、松井さん自身が一番よくご存じのはずです。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生は、カミオカンデ建設のための予算を得るための説明にいった際に、「この計画が成功するとどのくらい儲かるのですか?」と聞かれ、「まったく儲かりません」と正直に答えたと話しています。

「きぼう」日本実験棟で行われている実験の成果は、学術的な視点から検証されるべきであり、宇宙政策委員会では、将来の宇宙探査構想や、それにもとづくISS の「将来の有効な活用」をもっと広い視野で検討すべきです。
ISS の運用を2024年まで延長
Extension of the ISS until at least 2024

1月9〜10日にワシントンでは各国の宇宙機関の代表が集まって、将来の宇宙探査について話し合う会議が開かれることになっています。これに向けて、NASA のチャールズ・ボールデン長官は、オバマ政権が「国際宇宙ステーション(ISS)の運用を少なくとも2024年まで延長すると決定した」と発表しました。現在、ISS は2020年まで運用されることになっていますが、それ以降については何も決まっていませんでした。

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ISS の延長運用は、アメリカが今後も宇宙空間においてリーダーシップを確保していくために、ISS 計画をいかに重要なものと位置付けているかを示すものです。NASA は月や小惑星、さらには火星の有人探査のために、次世代有人宇宙船オライオンと、これを打ち上げる重量級ロケットSLS を開発中です。ISS の軌道を超えた目的地の探査のためには、こうしたハードウエアだけでなく、宇宙での長期滞在にともなう数々の医学的リスクを低減させるための研究や、宇宙空間で長期間生存していくためのシステムを開発することが必要とされ、ISS はそうした研究開発のための貴重な場所となるのです。

一方、NASA はスペースシャトル退役後、ISS への輸送に民間の宇宙船を使う計画を進めてきました。物資輸送についてはすでにドラゴン宇宙が就航しており、シグナス宇宙船の最初の輸送フライトが間もなく打ち上げになります。クルー輸送用の有人宇宙船については現在3社が競っており、2017年にはこれらの中のどれかを使って有人飛行を行うことを目指しています。ISS の運用延長は、こうした民間の宇宙船にとって飛行機会が格段に増えることを意味しており、民間宇宙輸送が劇的に加速されることになるでしょう。地球低軌道への輸送には民間の宇宙船を使って宇宙の商業利用を加速させ、自身はより遠い目的地への先進的な探査を行うのがNASA の方針です。これによってこそ、アメリカが宇宙でのリーダーシップを維持することが可能なのです。

ISS 計画はアメリカのほか、ロシア、日本、ヨーロッパ、カナダが参加して運用されています。これらの国際パートナーも2020年以降、ISS 計画に参加するかどうかを検討しなければなりません。アメリカは他のパートナーが手を引いても、自国だけでISS を延長運用することにしています。おそらく、アメリカはロシアとは事前に打ち合わせを行っているでしょう。ロシアはパートナーとしてとどまるはずです。

それでは、日本はどうしたらよいかということですが、日本も延長運用に参加しなければならないと私は考えます。ここのところ日本では、ISSの科学実験だけを近視眼的にとらえ、「ISS には膨大な税金が使われているが、その割に成果は上がっていない」というネガティブな意見が幅を利かせています。その間に中国は有人宇宙飛行の面で飛躍的な発展を遂げ、すでに軌道上には中国のミニ宇宙ステーション「天宮1号」がまわっている時代になってしまいました。予算がつかないまま、長い間足止めをくらっている日本のSELENE-2 に先んじて、先日は嫦娥3号が月着陸を実現しました。

日本がISS 計画から下りることは、宇宙先進国の立場を自ら捨てることであり、アジアにおいては、宇宙を中国に明け渡してしまうことにほかなりません。日本だけで予算が捻出できないというのなら、アジアの国々と組んでISS 計画に参加していくといった発想も必要です。今後のアジア情勢を考えたとき、宇宙開発というソフトパワーを使ってアジア地域の平和と安定に貢献していくことが日本に求められています。
地球の出:アポロ8号から45年
Earthrise:View from the moon

今から45年前の1968年12月21日、フランク・ボーマン、ジェームズ・ラヴェル、ウィリアム・アンダースの3名を乗せたアポロ8号が打ち上げられ、3日後の24日に月に到達しました。人間が初めて月を周回する軌道に入った飛行でした。

月を回りながら眼下に広がる月面の写真を撮影していたアポロ8号のクルーは、4周目で、月の地平線から地球が上っていく光景、「アースライズ」を初めて眺め、非常な感動を受けました。その時撮影された写真は、20世紀の宇宙探査の歴史の中で最も有名な写真の1枚となっています。暗黒の宇宙空間に浮かぶ青い地球の姿は、あらためて、地球の大切さを教えてくれます。

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月の地平線とその上に浮かぶ地球の姿を一緒のフレームに収めた写真は、それ以前に無人の月探査機によっても撮影されていました。下は、1966年にアメリカの月周回探査機ルナー・オービターが撮影したものです。

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ルナー・オービターはアポロ宇宙船の月着陸場所を調査するために打ち上げられた探査機で、月の表面の詳細な写真を多数撮影しました。NASA は2008年に、当時のデータをもとに高精細のデジタル画像を作成しました。それが上の画像です。

当時のソ連の宇宙船も、同じような写真を撮影していました。下は、1968年11月に、ゾンド6号が撮影したものです。ゾンド宇宙船は有人月周回飛行を目指した宇宙船でした。

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下は1969年8月にゾンド7号が撮影した写真です。

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今から40年以上前、人類は宇宙という未知の空間への探検を始めたばかりでした。地球の軌道を離れ、月を目指した計画が、地球が宇宙の一員であることを私たちに教えてくれたのです。

なお、当時のアメリカとソ連の月着陸競争やゾンド宇宙船については、『フィナル・フロンティア』に詳しく書いてあります。
ISS:1回目の船外活動が終了
Station crew removed failed pump module

国際宇宙ステーション(ISS)のポンプ・モジュールを交換するための1回目の船外活動が、12月21日に終了しました。船外活動はチャード・マストラッキオさんとマイケル・ホプキンンスさんによって行われ、若田光一さんがロボットアームの操作を行いました。

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ヒューストンの管制センターのCAPCOM 席には星出彰彦さんの姿がありました。

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船外に出たマストラッキオさんとホプキンンスさんは、まず不具合を起こしたポンプ・モジュールのアンモニアのラインと電力ケーブルを外す作業を行いました。作業は予定よりも早く進んだため、マストラッキオさんは、2日目の船外活動で行うことになっているポンプ・モジュールの取り外しと仮置きまでの作業を行うことを地上に提案し、了承されました。船外活動はそこまで行われ、5時間28分間で終了しました。

2回目の船外活動は23日に予定されていましたが、24日に変更されました。船外活動後のチェックの際、マストラッキオさんの船外活動服に少量の水が侵入してしまい、次回の船外活動では、マストラッキオさんは別の船外活動服を着用することになりました。そのため、新しい船外活動服のサイズ合わせやチェックなどの時間が必要になったのです。

実は、今回の船外活動では、船外活動服に別の問題があり、対策が取られていました。今年7月にNASA のクリス・キャシディさんとESA のルカ・パルミターノさんが船外活動を行った際、パルミターノさんの船外活動服の冷却ループで水漏れが起こり、ヘルメット内に水が浸入しはじめました。パルミターノさんはエアロックに緊急帰還しました。水漏れの原因はフィルターに何かが混入して水の流れがブロックされ、逆流したためと考えられました。しかし、この問題は完全には解決されていませんでした。このとき不具合を起こした船外活動服No. 3011 は、今回ホプキンスさんが着用しました。NASA は船外活動を行うに当たって、2人のヘルメット内に吸水材を装着するとものに、ヘルメット内に水漏れが発生した場合、エアロックまで戻る間呼吸が可能なように、シュノーケルの役割をはたすチューブもヘルメット内に用意していました。しかし、実際には、この問題は発生しませんでした。
ISS:ポンプ・モジュール交換のため、船外活動実施へ
ISS:EVAs to replace Pump Module

国際宇宙ステーション(ISS)で不具合を起こしたポンプ・モジュールを交換するための船外活動が行われることになりました。船外活動を行うのはチャード・マストラッキオさんとマイケル・ホプキンンスさんです。船外活動は3回にわたって行われ、最初の2回はマストラッキオさんがEVA1 を、ホプキンンスさんがEVA2 を、3回目はホプキンンスさんがEVA1 を、マストラッキオさんがEVA2 をつとめます。ロボットアームの担当は若田光一さんです。

不具合を起こしたポンプ・モジュールとスペアのポンプ・モジュールの位置は下の通りです。スペアはESP-3 とよばれる保管場所に置かれています。

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第1日目には、まず、不具合を起こしたポンプ・モジュールを取り外す準備を行います。ポンプ・モジュールと4本のアンモニアのループは、クイック・ディスコネクトとよばれる自動防漏式のカップリングで結合されています。下のCG の青色の線がアンモニアの流れる管を示しており、右端の部分がクイック・ディスコネクトです。マストラッキオさんがこのクイック・ディスコネクトを外します。

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アンモニアの2本の管にはポンプ・モジュール・ジャンパーが取り付けられます。これはポンプ・モジュールを取り外した後、昼夜の寒暖差でアンモニアに過大な圧力がかかるのを防ぐためのものです。5本の電力コネクターも外されます。この日には、スペアのポンプ・モジュールを覆っている多層断熱材を外す作業も行われます。

第2日目には、まず故障したポンプ・モジュールを取り外す作業が行われます。ポンプ・モジュールは近くに仮置きされます。

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次に、スペアのポンプ・モジュールをESP-3 から取り外し、ロボットアームで移動します。

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その後、電力ケーブルが結合されます。

第3日目には、クイック・ディスコネクトを接続し、新しいポンプ・モジュールの取り付けを終えます。

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一方、古いポンプ・モジュールはESP-3 に保管されます。

ヒューストンからは、すでに船外活動の手順書やクイック・ディスコネクトの外し方などの資料映像がISS に送られています。
ISS のポンプ・モジュール:船外活動で交換へ
ISS:Spacewalks to repair faulty cooling system

国際宇宙ステーション(ISS)の外部冷却ループの不具合はまだ解決していません。NASAは問題となっているフロー・コントロープ・バルブのあるポンプ・モジュールをスペアと交換するための船外活動を行うことにしました。このため、準備が進められていたシグナス宇宙船の打ち上げは、来年1月中旬以降に延期されました。

船外活動はリチャード・マストラッキオさんとマイケル・ホプキンンスさんによって、12月21日、23日、25日に行われます。ISS の長期滞在クルーは船外活動に実施に向けて、すでに準備を進めていました。
ISS:シグナス宇宙船の打ち上げ延期
ISS:Flow Control Valve troubleshooting

国際宇宙ステーション(ISS)の外部冷却ループA のフロー・コントロール・バルブの不具合に対するトラブルシューティングが続いていますが、まだ復旧の見通しはついていません。そのため、12月18日に予定されていたシグナス宇宙船の打ち上げは19日以降に延期されました。シグナス宇宙船はこの9月にISS への試験飛行に成功しており、今回が大1回目の輸送ミッションとなります。

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一方、ISS 長期滞在クルーのチャード・マストラッキオさんとマイケル・ホプキンンスさんは、今週後半に実施されるかもしれない船外活動に備えて、クエスト・エアロックで船外活動用宇宙服の点検を行いました。
国際宇宙ステーションの外部冷却ループが自動停止
ISS:Cooling system malfunction

12月11日、国際宇宙ステーション(ISS)の外部冷却ループA を駆動しているポンプ・モジュールが自動停止しました。ISS の外部冷却ループは2系統あります。NASA はISS のいくつかの機器の冷却をループB に切り換えるとともに、ISS の運用や実験等に影響を与えない範囲で、ハーモニー、コロンバス、そして「きぼう」モジュールのいくつかの機器を停止させました。ISS には現在、若田光一さんを含む第38次長期滞在クルーが滞在していますが、クルーに危険はありません。NASA は原因を調査中ですが、冷却媒体であるアンモニアの流量をコントロールしているバルブの不具合とみられています。

ループA のポンプ・モジュールは、ISS の右舷側にあります。

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ISS には、機器の作動やクルーの活動によって発生する熱を取り除く熱制御システム(ATCS:能動的熱制御システム)が備わっています。クルーが仕事をしたり生活する与圧部では、内部熱制御システム(IATCS)が水による冷却ループで除熱します。アメリカおよび国際パートナー(日本、ヨーロッパ)の各モジュールからの熱はハーモニー・モジュールにある熱交換器に導かれます。この熱交換器を介して、熱は外部熱制御システム(EATCS)のアンモニアによる冷却ループに伝えられ、ラジエーターによって宇宙空間に放出されます。外部冷却ループでアンモニアを使用しているのは、アンモニアが冷却媒体として優れた性質をもっているからです。ただし、アンモニアは有毒なので、与圧部の冷却ループでは水を用いているのです。

現在、ループB は正常に動いていますが、万が一、こちらにも異常が発生すると深刻な事態になりかねません。そのため、NASA は早急にループA を復旧させたいとしています。

故障したとみられるフロー・コントロール・バルブは、アンモニアの温度を調節するためのものです。ハーモニーの熱交換器に流れ込むアンモニアの温度が下がり過ぎて与圧部側の冷却水が凍ってしまわないよう、ラジエーターからのアンモニアと熱交換器からのアンモニアの流量を調節して、温度をある範囲に保っているのです。今回、アンモニアの温度が規定値以下になりそうになったため、ループが自動的に停止しました。

フロー・コントロール・バルブは、ポンプ・モジュール内のPCVP(ポンプ&コントロール・バルブ・パッケージ)という装置の中にあります。ポンプ・モジュールを開けてバルブを修理することはできないので、遠隔操作やソフトウェアの変更などで復旧できない場合は、ポンプ・モジュールごとスペアと交換することになるかもしれません。船外活動が行われる場合は、おそらくリチャード・マストラッキオさんとマイケル・ホプキンンスさんが船外に出て、若田さんがロボットアームを操作して支援することになるでしょう。ポンプ・モジュールのスペアが設置されている場所は以下の通りです。

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右舷側のポンプ・モジュールは2010年に回路がショートして動かなくなりました。この時、3回の船外活動を行って交換したものが、今回問題を起こしたポンプ・モジュールです。

12月18日にはシグナス宇宙船が補給物資を積んで打ち上げの予定になっていますが、外部冷却ループの復旧が優先されるため、打ち上げは延期になる可能性があります。
ジョン・F・ケネディ:われわれは月へ行くことを選んだ。
JFK at Rice University:The moon and the planets are there

ジョン・F・ケネディ大統領が凶弾に倒れてちょうど50年がたちました。NASA のアポロ計画は、彼が1961年5月25日に議会で行った演説から始まったことはよく知られています。NASA のサイトには今、ケネディが行った議会での演説、1962年9月12日にヒューストンのライス大学で行った演説、そして「有人宇宙飛行:ケネディの遺産」という3本の動画がアップされています。

中でも、ライス大学での演説は、アポロ計画がスタートした当時の雰囲気をよく伝えています。アメリカの有人宇宙計画の拠点となったNASA の施設を訪れた際に行われたこの演説で、ケネディは、月を目指すことがアメリカの国家目標になったことを高らかに宣言しています。

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 なぜ、月なのか? なぜ、それをゴールに選んだのか? なぜ、一番高い山に上ろ
 うとするのか? そう聞く人がいるかもしれない。われわれは月へ行くことを選ん
 だ。それは、月へ行くことが易しいからではない。月へ行くことが難しいからであ
 る。そのゴールが、アメリカの技術を結集させるからである。その挑戦を今行いた
 いと望み、その挑戦を先延ばしにしたくないからである。

彼の演説からは、宇宙というフロンティアに乗り出したアメリカの意気込みが感じられます。およそ18分間の演説は、次のような言葉で締めくくられています。

 エベレストで命を落とすことになるイギリスの探検家ジョージ・マロリーは、なぜ
 山に登るのかと聞かれた。彼は答えている。「そこに山があるからだ」。そう、
 そこに宇宙がある。そして、われわれはそこに行きたいと望んでいる。そこに月や
 惑星がある。そして、新しい知識や平和への希望がそこにある。人類が乗り出した
 この最も危険で、最も偉大な冒険に神の祝福があらんことを。

あえて困難に挑む精神がなければ、人類は宇宙へ出ていくことができません。改めてそれを知らされる演説です。
ソユーズTMA-09Mが帰還
Soyuz TMA-09M landed in Kazakhstan

第36/37次長期滞在クルーと、船外活動によって宇宙空間に出たソチ冬季オリンピック用の聖火トーチを乗せたソユーズTMA-09M が帰還しました。

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モスクワ郊外、コロリョフにある管制センターTsUP の中央の大型スクリーンにはソユーズの位置が表示されます。両側のスクリーンには、最近では大気圏再突入からパラシュート展開までのソユーズの状態が表示されるようになっています。

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ソユーズは予定通り着陸しました。着陸後の風景はいつもと同じでしたが、1つだけ違っていたのは、リクライニングシートに収まったコマンダーのフョードル・ユールチキン宇宙飛行士がずっとトーチを手に持っていたことです。

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ソ連の時代、サリュート宇宙ステーションにはトレーニング装置があまりなかったので、宇宙に長期滞在した宇宙飛行士は地球に戻ってきたときには筋力が衰えていました。歓迎の花束さえ重かったのです。それが、今では軌道上のトレーニング装置も充実し、クルーは毎日2時間ほどトレーニングをしているので、地球から戻ってきた直後でも重さ1.8キログラムのトーチを持っていられたのです。
若田光一宇宙飛行士、長期滞在はじまる
Expedition 38/39 crew arrives at ISS

若田光一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在がはじまりました。

若田さんら第38/39次長期滞クルーが乗ったソユーズTMA-11M の打ち上げは、7日午後1時14分(日本時間)に予定通り行われました。見事な打ち上げでした。私は若田さんの地元であるさいたま市宇宙劇場でのカウントダウン・イベントで解説を行い、皆さんと一緒に宇宙へ飛び立つ若田さんを見送りました。

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ソユーズ宇宙船とISS とのドッキングには以前は2日間かかっていましたが、ソユーズTMA-M 型の今年のフライトからは、打ち上げから6時間、地球を4周後にドッキングすることができるようになりました(ここを参照)。TMA-M 型ではコンピューターやアビオニクスの性能が向上し、短い期間でドッキングできるだけの精密な軌道変更・制御が行えるようになったためです。TMA-11M はISS のロシア側モジュール、ザーリャの地球側に結合しているラスヴェット(MRM1)にドッキングします。

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ソユーズ宇宙船のドッキングはISS の前方から接近するV-bar アプローチで行われます。そのため、ドッキング前にISS はラスヴェット・モジュールが進行方向を向くように姿勢を変更していました。ドッキングはきわめてスムーズに行われました。

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TMA-11M は午後7時27分にISS にドッキングしました。午後9時44分にはISS への入室が行われ、若田さんたちクルーが元気な姿で現れました。軌道上のクルーとの歓迎セレモニーは、ロシアのサービス・モジュールで行われ、クルーはバイコヌール宇宙基地に見送りに来た関係者や家族たちと交信しました。

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打ち上げから約9時間で、こうしたイベントが行われるのを見ていると、宇宙は本当に近くなったと実感できます。ISS とのドッキングに2日間かかっていたときは、この交信イベントはモスクワ郊外の管制センターTsUP で行われていました。しかし、今年からはバイコヌールでの交信が恒例行事になっています。

8日には、アメリカのデスティニー・モジュールから地上との記者会見が行われました。9日午後11時30分(日本時間)にはロシア側の船外活動が開始される予定で、若田さんたちクルーが運んできたソチ冬季オリンピック用のトーチが宇宙空間に持ち出されます。このトーチは軌道上の第36/37次長期滞在クルーが地球に持って帰り、来年2月のソチ・オリンピックの開会式で、聖火台に点火するためのトーチとして使われることになっています。このトーチのために、若田さんたち第36/37次長期滞在クルーの打ち上げは2週間ほど早まったのです。

10日に、第37次長期滞在クルーと第38次長期滞在クルーとの間で指揮権の移管と引継ぎが行われ、若田さんたちは正式にISS 長期滞在クルーとなります。11日午前5時(日本時間)には第36/37次長期滞在クルーが乗ったソユーズTMA-09 のハッチがクローズされ、午前8時26分にISS から分離の予定です。午前10時55分に軌道離脱、午前11時49分地球帰還の予定です。
ファイナル・フロンティア:消えた宇宙飛行士
Final Frontier:Missing Cosmonaut

『ファイナル・フロンティア』では、ソ連時代に一度、歴史から消されてしまった宇宙飛行士についても書きました。もしかしたら、宇宙を飛ぶ最初の人間になっていたかもしれないグリゴーリー・ネリューボフは、下の写真のように、ソ連時代には写真を修整されて、その存在を抹消されていました。

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1980年代のはじめには、修正されていない写真が西側でも知られるようになりましたが、彼がソ連の最初の宇宙飛行士チームの一員であることが明らかになったのは、1986年のゴルバチョフによるグラスノスチ(情報公開)を待つしかありませんでした。初期の有人宇宙飛行は東西冷戦の真っただ中で行われていました。ソ連では、その飛行計画が政治的な要素に影響されることがありました。ネリューボフはそうした時代の宇宙飛行士だったのです。

ファイナル・フロンティア
Final Frontier:History of manned space flight

『ファイナル・フロンティア』が青土社から発売されました。1961年のガガーリンの飛行から、直近の本年9月までの有人宇宙飛行の歴史をまとめたものです。

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有人宇宙開発の歩みを年表で教科書的に追うのではなく、数々のエピソードを中心に大河ドラマ風にまとめました。宇宙についてあまりご存じない方も楽しめると思います。

若田光一宇宙飛行士は間もなく、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在に出発します。宇宙という過酷な環境に、なぜ人間は向かうのか? 若田さんの考えもご紹介することができました。

スペースシャトルの退役後、世界の有人宇宙開発は大きな転換点を迎えています。これからの日本の有人宇宙活動がどうあるべきかを考えていただく際の手引きとしても、お読みいただきたいと考えています。
ISECG の新しい国際宇宙探査ロードマップ
New Global Exploration Roadmap

ISECG(国際宇宙探査協働グループ)の新しい「国際宇宙探査ロードマップ」が発表されています。

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2007年に誕生したISECG では、世界の14の宇宙機関が集まって、これからの有人宇宙探査について議論しています。参加している宇宙機関はNASA(アメリカ)、JAXA(日本)、ROSCOSMOS(ロシア)、ESA(ヨーロッパ)、CNES(フランス)、DLR(ドイツ)、ASI(イタリア)、UKSPACE(イギリス)、CSA(カナダ)、SSAU(ウクライナ)、CSIRO(オーストラリア)、ISRO(インド)、KARI(韓国)、CNSA(中国)です。

ISECG は2011年9月に国際宇宙探査ロードマップをまとめました。それまでISECG は有人月探査を検討してきましたが、2009年に誕生したオバマ政権下でアメリカの有人探査計画が見直されたため、このときのロードマップでは2つのシナリオが示されることになりました。1つは最初に月に行くシナリオ、もう1つは最初に小惑星に行くシナリオです。近未来の有人探査の最終目的地を火星とし、国際宇宙ステーション(ISS)を出発点としてステップバイステップで火星に向かうことに違いはないのですが、当面の目標は月にこだわらないとしたのです。この背景には、オーガスティン委員会の「フレキシブル・パス」という考え方がありました。

オバマ政権誕生後、アメリカの宇宙探査活動の進むべき道を検討したオーガスティン委員会は、「まず月に行く」という道以外に、月、ラグランジュ点、小惑星、火星、火星の衛星などさまざまな場所を訪れて太陽系の知識を拡大していくフレキシブル・パスというオプションがあるとしました。オバマ政権はオーガスティン委員会の報告を受けて探査計画を見直し、ブッシュ政権下で「再び月へ」を目標として進められてきたコンステレーション計画をキャンセルしたのです。

今回発表された新しいロードマップでは、ISS から月周回軌道、さらに月面へと活動範囲を広げながら、火星に到達するための技術を獲得していくシナリオが示されました。小惑星の有人探査はこうした大きな流れの中に位置づけられています。ロードマップは12の宇宙機関によって作成され、中国とオーストラリアは参加していません。

月が当面の主たる探査目標になったこと以外に、ISECG のロードマップにはいくつかの重要なポイントがあります。その1つはISS のさらなる利用です。現在、ISSの運用は2020年までとされており、それ以降の利用についてはまだ何も決まっていません。企業が参入してくる可能性も考えられます。どのような運用形態になるにせよ、ISS は2020年以降も、人類が太陽系空間に活動領域を拡大していく上で重要な前進基地となります。現在行われている科学実験や医学研究に加え、探査に必要なさまざまなシステムをテストする場所としても使われることになるでしょう。人間が宇宙で長期間生存するためには環境制御、健康管理、通信、電力供給、深宇宙居住など、開発すべき技術がたくさんあるのです。ロボティックスやテレプレゼンスの重要性も改めて示されました。

ロードマップは、有人宇宙探査と無人探査ミッションの連携強化にも触れています。無人探査ミッションは太陽系に関する科学知識を拡大するだけでなく、有人宇宙探査活動にとっても重要で、有人探査をより安全に、そしてより実りのあるものにすることができます。

ロードマップの作成にあたっては、各宇宙機関が提供可能な技術、今後の技術開発課題なども検討されています。ISECG は任意の集まりなので、このロードマップ自体に拘束力はありませんが、将来、月や小惑星の有人探査が国際協力のもとに実現される場合に重要な役割を果たすことになるでしょう。
プロトン・ロケット、打ち上げ再開へ
Proton rocket to resume launches in September

ロシアのプロトン・ロケットは、9月に打ち上げを再開することになっています。

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プロトンは7月2日に打ち上げに失敗しました。すぐに事故調査委員会が立ち上げられ、2週間ほどで、ロケットのヨー(偏揺)軸の動きを検知する3個の角速度センサーが上下逆に取り付けられていたことが明らかになりました。8月5日にロシア宇宙庁は事故調査委員会の報告書を発表し、ウラジーミル・ポポフキン長官は9月中旬にプロトンの打ち上げを再開し、年内に4回ないし5回の打ち上げを目指すと語りました。

事故調査委員会の報告書によると、プロトンの2段目後部のプラットフォームに取り付けられた3個のヨー軸角速度センサーが反対方向に取りつけられていたために、リフトオフ直後から誤ったデータが検知され、リフトオフ6.8秒後にはエンジンNo.1、No.3、No.4、No.6のジンバルが異常に動きはじめました。7.7秒後には、ジンバルのヨー方向の角度は可動範囲の最大角である7.5度に達しました。12.733秒後、ロケットの姿勢は制御可能な範囲を超え、「ロケット故障」のコマンドが発せられました。

事故調査委員会の報告書は、今後こうした人為的ミスが起きないよう作業手順を見直すことや、センサーが逆に取り付けられないようプラットフォームを改良することなどを勧告しています。また、現在、打ち上げを待っているプロトンのセンサーはすべて調査され、取り付けミスはないことが確認されています。

プロトン・ロケットの商用打ち上げサービスを提供しているインターナショナル・ローンチ・サービシス社は、ルクセンブルグの通信衛星ASTRA 2E を9月15日に打ち上げることを決定しました。

ASTRA 2E を打ち上げた後、10月後半にはアメリカの衛星シリウスFM6 が打ち上げられる予定です。その後の打ち上げで優先されるのはロシア情報技術・通信省の通信衛星エクスプレスAT-1 とエクスプレスAT-2 とみられています。この2つの衛星は来年のソチ冬季オリンピックの衛星中継に必要です。

8月17日、国際宇宙ステーション(ISS)ではロシア宇宙飛行士による7時間29分の船外活動が行われ、ザーリャ・モジュールの外側に電源ケーブルとイーサネットのケーブルをめぐらせる作業が行われました。これはロシアの新しい多目的実験モジュール「ナウカ」のためのものです。「ナウカ」は今年末にプロトンで打ち上げられることになっていましたが、打ち上げは来年春に延びる模様です。


NASA の新しい宇宙飛行士候補者
To new destinations:2013 Astronaut Candidate Class

NASA は新しい宇宙飛行士候補者8名を発表しました。2013年アスキャンクラスのメンバーの写真を見ながら、私はこの中の少なくとも何人かは、間違いなく火星に行くことになるだろうと思いました。

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今回の8名は6100名の応募者の中から、1年半の時間をかけて選ばれました。6100名という応募者数は、これまでで2番目に多いものだそうです。

NASA のボールデン長官は、この新しい宇宙飛行士候補者グループは「NASA が小惑星と火星を含む太陽系の新しい目的地へと、探検と旅の境界を広げようとしていることを助けてくれる未来の宇宙飛行士たちだ」と語っています。

スペースシャトルの退役にともない、多くのベテラン宇宙飛行士がNASA を去りました。NASA のサイトを見ると、現在「アクティブ」(現役)となっている宇宙飛行士は49名にまで減っています。1987年選抜のマイケル・フォールさんと1992年選抜のキャサリン・コールマンさんを除くと、すべて1996年選抜以降の宇宙飛行士です。一見すると沈滞しているようにも見えるこの宇宙飛行の現場に、6000名以上が小惑星や火星への飛行を目指して応募したことに、私は感動しました。

それぞれの宇宙飛行士候補者を簡単に紹介しておきましょう。
ジョッシュ・カサダ(写真上の列の一番左)
39歳。高エネルギー物理学が専門の物理学者で、光子をあつかうベンチャー企業の共同創設者兼最高技術責任者です。
ビクター・グローバー(写真上の列の左から2番目)
37歳。アメリカ空軍所属のF/A-18 のパイロットです。空軍テスト・パイロット・スクールを卒業しています。
タイラー・ハーグ(写真上の列の左から3番目)
37歳。アメリカ空軍所属。空軍アカデミー、MIT、空軍テスト・パイロット・スクールの出身者です。
クリスティーナ・ハンモック(写真上の列の一番右)
34歳。NOAA(アメリカ海洋大気局)のアメリカ領サモア観測所のチーフをしています。
ニコール・オーナプ・マン(写真下の列の一番左)
35歳。アメリカ海兵隊所属のF/A-18 のパイロットです。海軍アカデミー、海軍テスト・パイロット・スクールの出身者です。
アン・マクレイン(写真下の列の左から2番目)
34歳。アメリカ陸軍所属のOH-58 ヘリのパイロットです。陸軍アカデミー、海軍テスト・パイロット・スクールを卒業しています。
ジェシカ・ミア(写真下の列の左から3番目)
35歳。ブラウン大学、国際宇宙大学卒業後、スクリップス海洋研究所で博士号を取りました。現在、ハーバード医科大学の助教です。
アンドリュー・モーガン(写真下の列の一番右)
37歳。アメリカ陸軍所属。医学博士で、緊急医療、フライト・サージャンの経験があります。

軍人5名(うちパイロット4名)、民間人3名です。男性4名、女性4名で男女比は1:1ですが、応募者も男女ほぼ同数だったそうです。
ISSでのアンモニア冷却材漏れ:緊急EVAで解決
EVA to repair ammonia leak completed

国際宇宙ステーション(ISS)でアンモニア冷却材漏れ修理のためのEVA(船外活動)が行われました。

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5月9日、ISS のクルーがP6トラスで冷却材のアンモニアが漏れているのを発見しました。P6トラスはISS の左舷トラスの一番外側の部分です。映像でも、漏れたアンモニアが小さな氷の粒になって飛散していくようすが確認されました。ヒューストンの管制チームはこの映像を解析し、アンモニアはP6トラスの電力系2B を冷却するループのポンプ流量コントロール装置(PFCS)から漏れているものと推定しました。

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2B はISS に8つある電力系の1つです。ISS の電力系は大量の熱を発生するので、媒体にアンモニアを用いた冷却ループで熱を輸送し、ラジエーターから宇宙空間に放熱しています。2B 冷却系のアンモニア量が漏れによって少なくなったため、地上のチームは2B の電力系をシャットダウンさせました。8つある電力系の1つが止まっても、ISS の運用に影響はでませんが、この状態がずって続くことになるのは問題です。というのも、さらにもう1つ、電力系がストップしてしまうと、ISS での科学実験などに支障がでてくるからです。

この問題を解決するには、アンモニアの漏れの原因を実際に調べ、必要ならPFCS をスペアと交換しなければなりません。このため、ヒューストンの管制チームは11日にクリス・キャシディ宇宙飛行士(下左)およびトム・マーシュバーン宇宙飛行士(下右)によるEVA を急きょ行うことにしたのです。

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EVA はアメリカ東部時間で11日の午後2時14分に開始されました。キャシディ宇宙飛行士とマーシュバーン宇宙飛行士はクエストから宇宙空間にでると、トラスを45メートル移動し、P6トラスの先端部分まで達しました。その後、漏れの部分をチェックし、PFCS をスペアと交換しました。

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交換後、アンモニアの漏れは発生していないようです。EVA は5時間30分で終了しました。地上の管制チームは、漏れが完全に止まったかどうか、今後数日をかけて確認することにしています。

クリス・ハドフィールド宇宙飛行士、ロマン・ロマンネンコ宇宙飛行士、そしてEVA を終えたばかりのマーシュバーンは13日にはソユーズで地球に帰還することになっています。
アンタレス・ロケットの打ち上げ成功
Antares rocket launched from Wallops Island

悪天候のために打ち上げが延期されていたオービタル・サイエンシス社のアンタレス・ロケットが4月21日午後5時に、NASA のワロップス航空施設の発射台0A から打ち上げられました。

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アンタレス・ロケットのフェアリング部分には、シグナス宇宙船と同じ重量のペイロードが載っており、地球周回軌道に投入されました。アンタレス・ロケットの初飛行は成功し、今年後半のシグナス宇宙船の国際宇宙ステーション(ISS)への初飛行へ道を開きました。

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これによって、NASA が進めている民間の宇宙船によるISS への物資輸送計画は新しい段階へと入っていくことになります。

ワロップスの発射台0A は新しく設置された発射台で、今回がはじめての打ち上げでした。NASA のチャールズ・ボールデン長官は、オービタル・サイエンシス社とNASA のチームを祝福するとともに、「アメリカの新しい宇宙港からISS へのロケット打ち上げが可能になった。民間会社と政府のユーザーに新しい利用機会を開くものである」と語りました。
アンタレス・ロケットの試験飛行は19日に
Antares launch rescheduled

4月17日に予定されていたアンタレス・ロケットの試験飛行が19日に延期されました。アンタレスはヴァージニア州にあるNASA のワロップス飛行施設から打ち上げられます。

NASA が進めているCOTS(Commercial Orbital Transportation Services)プログラムでは、ドラゴン宇宙船とともに、オービタル・サイエンシス社のシグナス宇宙船が国際宇宙ステーション(ISS)に物資を輸送することになっています。シグナス宇宙船を打ち上げるためのロケットがアンタレスです。

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アンタレスは2段式で、1段目にはケロシンと液体酸素を推進剤とするエアロジェット社のAJ-26 エンジンを2基使用しています。2段目にはATK 社の固体ロケットCastor 30 が使われています。全長は40.1メートル、直径は3.9メートル。ISS の軌道に5.2トンまでのペイロードを打ち上げることができます。オービタル・サイエンシス社によると、アンタレスのエンジンや部品にはすでに宇宙で実証されたものが採用され、信頼性が非常に高いとのことです。

アンタレスで打ち上げられるシグナス宇宙船は、全長約5メートル、直径約3メートル、気密モジュールに最大1.7トンの貨物を積むことができます。

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アンタレス・ロケットによるシグナス宇宙船の初飛行は今年後半に予定されています。
ソユーズ宇宙船、打ち上げ日にISS に到着
Four-orbit single day trip to ISS

第35/36次長期滞在クルーのパベル・ビノグラドフ、クリストファー・キャシディ、アレクサンダー・ミシュルキンが搭乗したソユーズTMA-08M 宇宙船は、3月29日午前2時43分(現地時間)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)へと向かいました。

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ソユーズTMA-08M のフライトプランはこれまでと異なり、打ち上げから地球を4周しただけでISS にドッキングしました。これまでのソユーズは約2日をかけてISS に接近し、34周目にISS へのファイナル・アプローチとドッキングが行われていました。打ち上げ当日の4周目でのドッキングはソユーズでははじめてですが、これまでプログレス補給船で3回行われています。

これまでは、ソユーズが地球周回軌道に達すると、クルーは宇宙服を脱いで軌道上での生活をはじめましたが、今回、クルーは宇宙服を着たままです。打ち上げ当日、クルーはコスモノート・ホテルを出てから、多忙な時間を過ごして打ち上げにのぞみます。その日のうちのISS とのドッキングは、クルーにとって負担が大きくなりますが、ISS までの時間が大幅に短縮されるので、宇宙飛行士は歓迎のようです。宇宙船の燃料や空気などを節約できるメリットもあります。

ソユーズTMA-08M は打ち上げから5時間45分後の午前8時28分に、ISSのロシア側小型研究モジュール「ポイスク」にドッキングしました。

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ソユーズTMA-08M のクルーをISS で迎えたのは、クリス・ハドフィールド、トーマス・マーシュバーン、ロマン・ロマネンコでした。

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ハッチが開いてソユーズのクルーが入ってくると、歓迎のセレモニーと地上との交信が行われました。上の写真で、前列左からキャシディ、ビノグラドフ、ミシュルキン、後列左からロマネンコ、マーシュバーン、ハドフィールド各宇宙飛行士です。
オライオン宇宙船の飛行試験
Orion spacecraft on course to the flight test

NASA が開発しているオライオン宇宙船の飛行試験の準備が順調に進んでいます。オライオンの飛行試験はExploration Flight Test (EFT)-1 とよばれており、2014年9月の打ち上げを目指しています。

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EFT-1 では、オライオン宇宙船はデルタ4型ロケットによって打ち上げられます。サービス・モジュールはロッキード・マーチン社が開発したものを使います。上は、デルタ4型の上段(第2段)に結合しているオライオン宇宙船の想像図です。

EFT-1 では、オライオン宇宙船はケープカナヴェラルから打ち上げられた後、地球を2周することになっています。2周目に入ったところで、上段ロケットで再加速し、高度約5800キロメートルにまで達します。ここから大気圏再突入をはかります。これは月や小惑星、火星などからの帰還の際の大気圏再突入を想定したもので、オライオン宇宙船のヒートシールドの性能をテストすることが目的です。パラシュートで降下した宇宙船は、カリフォルニア沖で回収されます。

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かつて「ファイアリングルーム 4」とよばれたケネディ宇宙センターのスペースシャトル打ち上げ管制室は全面的に改修され、オライオン宇宙船のための「ヤング・クリッペン・ファイアリングルーム」に生まれ変わりました。「ヤング・クリッペン」はもちろん、1981年のスペースシャトル初飛行のコマンダー、ジョン・ヤングとパイロットのロバート・クリッペンにちなむものです。こうして、NASA は新しい有人宇宙船の時代に向けた歩みを着々と進めています。
民間の宇宙船によるISS への人員輸送へ、NASA の選定作業進む
Commercial Crew Program:NASA takes a next step

NASA はスペースシャトルが退役する前年の2010年に、民間の宇宙船による国際宇宙ステーション(ISS)への人員輸送の計画であるCCP(Commercial Crew Program)をスタートさせ、複数の企業と契約を結んで検討を続けてきました。2012年9月に、ボーイング社のCST-100、シエラネバダ社のドリーム・チェイサー、スペースX社のドラゴンの3つの宇宙船が選定されました。

ボーイング社のCST-100(下)は再使用可能なカプセル型の宇宙船で、最大7名のクルーを搭乗させることができます。アトラス5型ロケットで打ち上げます。

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シエラネバダ社のドリーム・チェイサー(下)はNASA がISS からの緊急帰還用のライフボートに開発していたHL-20 をベースにしたミニシャトル型の宇宙船です。スペースシャトルと同じように、地上に滑空して着陸します。打ち上げにはアトラス5型ロケットを使います。

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スペースX社のドラゴン(下)も再使用可能なカプセル型の宇宙船で、最大7名のクルーを搭乗させることができます。ファルコン9ロケットで打ち上げます。

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CCP は2017年の有人飛行を目指しています。NASA は1月22日、これら3社の宇宙船について、安全性などの検定を行う作業をスタートさせました。この作業は2014年5月30日まで行われ、その後、最終選定が行われる予定です。NASA はこうしてISS までの人員輸送は民間宇宙船にまかせることとし、自らはISS 以遠への有人飛行を可能にする新型宇宙船と打ち上げロケットの開発を進めています。
オライオン宇宙船のサービス・モジュールをESAが提供
ESA provides Orion’s service module

NASA とESA は共同で記者会見を行い、NASA が2017年に打ち上げるオライオン宇宙船のサービス・モジュールをESA が提供することで合意したと発表しました。これは日本の宇宙開発にとって、いろいろ考えなくてはならない問題です。

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オライオン宇宙船は、2014年にデルタ4型ロケットで試験飛行を行う予定になっています。その後2017年に、これもNASA が開発中の新型重量級ロケットSLS に乗せてExploration Mission-1 が行われる予定です。Exploration Mission-1 は、月をまわって帰ってくる無人ミッションですが、NASA が開発中のオライオン宇宙船はアポロ宇宙船でいえば、クルーが乗りこむ司令船の部分です。実際の宇宙飛行には、機械船が必要です。この機械船にあたるサービス・モジュールをESA が担当することになったわけです。2014年の試験飛行のためのサービス・モジュールはロッキード・マーチン社が現在製作中です。

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ESA のサービス・モジュールは宇宙ステーション補給機ATV のシステムを応用したものです。軌道変更や姿勢制御のための推進機構をもち、太陽電池で発電します。クルーに必要な酸素や水も提供します。

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ESA は昨年11月21日にナポリで行われた閣僚級理事会で、オライオン宇宙船のためのサービス・モジュール開発を承認しました。この決定は、NASA が現在進めているISS の軌道よりも遠い目標、具体的にいえば月や火星への有人飛行計画に、ヨーロッパ各国も積極的に参加していくことを表明したものです。

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「宇宙は国際協力で探査を行うフロンティアである」とNASA探査システム開発局次長のダン・ダンバッカーは語っています。「国際宇宙ステーション(ISS)計画のパートナーであるESAとNASAとは素晴らしい関係にある。この関係が、これまで行ったことのない遠い宇宙へ人間を送ろうというわれわれの計画を助けてくれる」。

ひるがえって、日本の状況はどうでしょうか。長引く経済の低迷や震災からの復興が十分でないこともあるのでしょうが、ISS 以後の有人宇宙計画については、いまだに、立花隆さんに代表される「宇宙飛行士が死亡する事故が起こったとき、日本の社会はそれを受容できないから、日本独自の有人計画は不可能」というレベルの低い議論しかできていません。しかしながら、その間にも世界の有人宇宙開発は着実に進んでいます。このままでは、ISS 計画への参加で日本が築いてきた実績はいつの間にか時代遅れになり、世界に取り残されてしまうでしょう。
NASA の次世代ロケットSLS:コア・ステージが基本設計審査を通過
NASA's SLS Core Stage Passes PDR

NASA は次世代重量物打ち上げ用ロケットSLS(Space Launch System)の開発を進めています。SLS の第1段目はコア・ステージとよばれています。このコア・ステージが基本設計審査(Preliminary Design Review)を通過しました。

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コア・ステージはボーイング社がプライム・コントラクターになって開発を進めており、スペースシャトルのメインエンジンであるプラット&ホイットニー・ロケットダイン社のRS-25 が4基用いられます。

NASA はSLS の最初の打ち上げを2017年に予定しています。コア・ステージはSLS の中で最も重要な要素であり、これが基本設計審査を通過したことは、予定通りの打ち上げに向けた大きな前進といえます。
星出彰彦宇宙飛行士、帰還
Expedition 33 crew returned to Earth

星出彰彦宇宙飛行士が日本時間11月19日午前10時56分に帰還しました。宇宙での滞在期間は約127日、国際宇宙ステーション滞在期間は約125日でした。

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カザフスタンへの着陸は日の出の1時間前でした。下の写真は着陸したソユーズTMA-05M宇宙船を上空からとらえたものです。着陸して間もなく回収チームが集まってきました。

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星出宇宙飛行士ら第32次/第33次長期滞在クルーはカザフスタンのKostanay 空港に移動し、歓迎を受けました。カザフスタンからは花束とキャンデーとチョコレートが贈られ、FSA(ロシア連邦宇宙局)からは、各飛行士の顔と名前の入ったマトリョーシカが贈られました。

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日本人宇宙飛行士の宇宙滞在時間は、古川聡宇宙飛行士が長期滞在中に、ロシア、アメリカに次いで世界第3位になりました。日本人の宇宙滞在は新たな段階に入っています。星出宇宙飛行士が今回の長期滞在で目指したのは、「何も新しいことのない、何もニュースにならない」宇宙滞在でした。このあたりのことを、星出宇宙飛行士はJAXA機関誌『JAXA’s』の2012年5月号のインタビューで、次のように語っています。

「こうした時代での私たちの任務は、毎日毎日の決められた仕事を軌道上できちんとこなしていくことです。ニュースになるようなことが次々に起こるわけではありませんが、「継続」してきたことによって宇宙での生活が日常になることこそが、日本の有人宇宙活動の1つの到達点だと思います」。

もちろん、星出宇宙飛行士の活躍には目を見張るものがあり、メディアでも大きく取り上げられました。とくに3回の船外活動はすばらしいものでした。2回目の船外活動で、日本人宇宙飛行士の累計船外活動時間もアメリカ、ロシアに続いて第3位になりました。日本の有人宇宙活動にとって、宇宙はますます日常になりつつあります。
ニール・アームストロング:1930〜2012
Neil Armstrong:1930-2012

アポロ11号の船長として、はじめて月面に立ったニール・アームストロング氏が死去しました。82歳でした。下の写真は、月面活動を終えて、月着陸船内に戻ったときに撮られたものです。ほっとした表情が印象的です。

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アポロ11号が月着陸に成功したときの様子は、現在も私の記憶に鮮明です。そのとき自分がどこで、何をしていたかまで覚えていますが、あれから43年。アポロ計画は今では20世紀の歴史の一部となり、若い人たちにとっては遠い時代の出来事になってしまいました。

しかし、アポロ計画の意義は、今も色あせることはありません。人類が宇宙への挑戦をはじめてまだ間もない時代に、人間を月に送りこむという途方もない計画を立て、それを実現させたのがアポロ計画でした。東西冷戦という背景はあったものの、アポロ計画には、新しい世界を切り開くという人類共通の夢がこめられていました。アポロ11号の月着陸は、その夢が現実となった瞬間であり、多くの人々に、不可能と思われることも科学の力で実現できることを教えてくれた瞬間でもありました。
NASA の次世代ロケットSLS が基本設計段階へ
NASA はスペースシャトルの退役にともない、次世代重量物打ち上げ用ロケットSLS(Space Launch System)の検討を進めてきました。SLS は地球低軌道以遠、具体的には月、ラグランジュ点、小惑星、火星の探査のためのロケットで、有人宇宙船を打ち上げる70トン級と、大型ペイロード打ち上げ用の130トン級の2つがあります。

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SLS は先日、SRR(システム要求審査)とSDR(システム定義審査)を通過し、基本設計段階(Preliminary Design Phase)に進むこととなりました。PDR(基本設計審査)は来年末に予定されています。

SLS の第1段目にあたるコア・ステージには、スペースシャトルのメインエンジンであるプラット&ホイットニー・ロケットダイン社のRS-25 が4基用いられます。有人宇宙船の打ち上げの場合、これに5セグメントからなるATK 社の固体ロケットブースターが2本取り付けられます。

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大型ペイロードの打ち上げの場合、ブースターには固体あるいは液体の新型ブースターが採用される予定です。また上段ロケットには、J2X エンジン2基が用いられます。J2X は、アポロ計画のサターンV型ロケットで用いられた宇宙での再点火が可能なJ2 エンジンを改良したもので、NASA が進めてきた月探査用のアレス計画で開発が進んでいました。

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このように、SLS の開発は、これまでのNASA の資産をそのまま受け継ぐことによって、開発予算の縮減や開発期間の短縮、信頼性の確保などが可能と考えられています。有人打ち上げに用いる多目的有人宇宙船(MPCV)も、NASA が月探査用に開発してきたオライオン有人宇宙船がベースとなります。

SLS の開発は2016年末までに終了することを目標としていますが、このスケジュールが厳密に守れるかどうかは、今後のNASA の予算によっても影響されます。今のところ、SLSの最初の打ち上げは2017年に、無人のMPCV を乗せて行われることになっています。
星出宇宙飛行士の多忙な日々
Busy days on ISS

星出彰彦宇宙飛行士のISS 長期滞在がはじまりました。

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打ち上げに成功した「こうのとり」3号機は、27日にISS にドッキングの予定です。「こうのとり」3号機には、メダカを宇宙で90日間にわたって飼育できるハイテク水槽、AQH(水棲生物実験装置)や、5個の小型衛星、それらを軌道に放出するための小型衛星放出機構などが搭載されています。

「きぼう」日本実験棟には専用のエアロックとロボットアームが装備されています。5個の小型衛星は、今回、ここから軌道に投入されることになっています。また、10月ごろには、ソユーズ宇宙船で、宇宙で飼育するためのメダカが運ばれてくることになっており、AQH での最初の実験も行われる予定です。

「こうのとり」がISS に到着する前に、ISS では現在ピアース・ドッキングモジュールに結合しているプログレス補給船M-15M での再ドッキング試験が行われる予定です。M-15M は7月22日にISS から分離されます。一度160km ほど離れた後、23日にピアースに再ドッキングを行います。これは新しいランデブー・アンテナのテストをするために行われるものです。M-15M は7月30日にISS から分離され、大気圏に再突入します。8月1日には、次のプログレス、M-16M が打ち上げられ、地球を4周後、ピアースにドッキングする予定です。プログレスのドッキングには従来34周、2日間が必要でしたが、今回は打ち上げ当日にドッキングすることになります。

8月30日には、サニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士と星出宇宙飛行士による船外活動も予定されています。ウィリアムズ宇宙飛行士はすでに4回、合計29時間17分の船外活動経験をもっています。星出宇宙飛行士は、日本人長期滞在クルーとしてはじめての船外活動を行うことになります。船外活動は6時間の予定で、4個あるISS のMBSU(主電力系統切り換え装置)のうち、昨年から故障気味のMBSU 1 をスペアに交換する他、ロシアの科学実験モジュール「ナウカ」(MLM)用の電力ケーブルの敷設なども行うことになっています。なお、「ナウカ」の打ち上げは今年末の予定でしたが、最近の情報によると、来年になってしまいそうです。
星出宇宙飛行士、2度目の宇宙へ
Soyuz TMA-05M launched successfully

国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在のため、星出彰彦宇宙飛行士が、バイコヌール宇宙基地から飛び立ちました。

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日本人宇宙飛行士が当たり前のように宇宙に行く時代が来たことを実感する打ち上げでした。私たちにとって宇宙が身近な存在になり、また宇宙飛行士にとって宇宙での仕事が日常になればなるほど、宇宙での仕事に特別な新しさや、ものめずらしさはなくなります。しかし、それでも、星出宇宙飛行士が今回のISS 長期滞在で行う実験やさまざまな作業には興味深いものがたくさんあります。メディアもそうした星出宇宙飛行士の活躍ぶりをどんどん取り上げてもらいたいものです。

星出宇宙飛行士が2度目の宇宙に飛び立ったバイコヌール宇宙基地のSite 1 発射台は、ガガーリンが人類史上初めての宇宙飛行を行ったときに使われた発射台です。星出宇宙飛行士を乗せたソユーズTMA-05M の打ち上げは、この発射台での通算478回目の打ち上げでした。無人の打ち上げを含めてそれだけ多くのロケット発射を行っているのですが、ソ連崩壊後は、打ち上げ前にロシア正教の司祭が、ソユーズ・ロケットに打ち上げ成功の祈りをささげることが常になっています。

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宇宙がいくら身近になったとはいえ、それでも何が起こるかわからない。ロシア人はそう考えているようです。
ドラゴン宇宙船が帰還
Dragon Returns to Earth

国際宇宙ステーション(ISS)のハーモニー・モジュールからロボットアームによって分離されたスペースX 社のドラゴン宇宙船は、31日午前5時49分(アメリカ東部夏時間)にリリースされ、地球へ帰還することになりました。下の画像は、リリースされたドラゴン宇宙船、手前はロボットアームの先端です。

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ドラゴンは午前10時51分に、9分50秒間の軌道離脱エンジン噴射を行い、大気圏に再突入しました。下の画像は、大気圏再突入時の想像CG です。

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午前11時42分、ドラゴンはカリフォルニアの沖合に着水し、ミッションを完了させました。下の画像は海に浮かぶドラゴンです。

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下の画像は、ドラゴン回収の想像CG ですが、実際にも、このような回収シーンが展開されたのでしょう。スペースシャトル以前のNASA の宇宙船回収の現場を思い起こします。

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ドラゴンによるISS への物資補給は、宇宙開発の新しい時代の到来を告げるものといえます。ドラゴンは、もともとISS へ人員を輸送する有人宇宙船として設計されています。スペースX社の創設者でありCEO のエロン・マスクは「われわれはこれからもNASA と仕事をしていきたい。できれば3年以内にクルーを打ち上げたい」と語りました。
ドラゴン宇宙船のハッチ、オープン
Dragon's Hatches Opened

国際宇宙ステーション(ISS)に結合したドラゴン宇宙船のハッチが、26日午前5時53分(アメリカ東部夏時間)に開けられ、クルーが中に入りました。これから4日間をかけて地上から運んできた貨物の搬出および地球にもって帰る貨物の搬入作業が行われます。

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ドラゴンは25日午前3時50分に最終の軌道微調整を行い、ISS の下1.4km に到達しました。午前4時18分に接近のための噴射を行い、まず250m のホールド・ポジションに達しました。ISS から直径200m の空間には、衝突のリスクを回避するための仮想の球「キープアウト・スフィア」が設定されています。スフィア内に入るには、最終的に安全が確認されなければなりません。午前9時32分に30m まで接近する指示がでました。30m で一度ホールドした後、ドラゴンは10m のホールド・ポジションに停止しました。

ISS クルーのアンドレ・カイパースとドナルド・ペティットは、キューポラの操作卓でロボットアームを操作し、午前9時56分にドラゴンをキャプチャーしました。打ち上げ後、3日と6時間11分23秒でした。

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キャプチャーされたドラゴンは、午後0時02分にハーモニー・モジュールの地球側のドッキング口に結合されました。

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ドラゴンは5月31日、地球帰還の予定です。着水場所は太平洋、カリフォルニアの西の沖合いです。
ドラゴン宇宙船、打ち上げ成功
Dragon launched successfully

国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶスペースX 社のドラゴン宇宙船が、5月22日午前3時44分(アメリカ東部夏時間)、ファルコン9 ロケットによって、ケープ・カナヴェラル空軍基地から打ち上げられました。

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数々の試験をしながらISS に接近し、飛行4日目にはISS のロボットアームでキャプチャーされ、ハーモニー・モジュールの地球側のドッキング口に結合される予定です。

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民間の宇宙船がISS にドッキングするのは、はじめてのことです。スペースシャトル退役後の民間企業によるISS への物資輸送を実現するために、NASA は2006年、COTS(Commercial Orbital Transportation Services)にスペースX 社とオービタル社を選定しました。ドラゴンは2010年12月に試験飛行に成功しており、今回、ISS とのドッキングを目指します。オービタル社はシグナス宇宙船を開発中です。

ドラゴン宇宙船は与圧部と与圧されていない「トランク」とよばれる部分からなります。与圧部の大きさは直径3.66m、長さ4.4m、トランクは直径3.66m、長さ2.8m です。与圧部とトランクにそれぞれ3.3t の物資を積みこむことができます。今回はISS への試験飛行のため、460kg の物資しか積んでいません。

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ファルコン9 ロケットは全長48.1m、直径3.66m の2段式ロケットで、推進剤は両段ともケロシンと液体酸素です。

スペースX 社はNASA と最低12回のISS への物資輸送契約を結んでいる他、民間企業から、ファルコン9 による衛星打ち上げをすでに20件以上受注しています。これまでの受注金額は全部で40億ドル、このうちNASA との契約額は16億ドルです。
ATV 3号機によるISS リブースト
現在、国際宇宙ステーション(ISS)にはヨーロッパの補給機ATV 3号機「エドアルド・アマルディ」が結合しています。4月6日には、このATV を用いたISS のリブースト(軌道上昇)が行われました。下の画像は、そのときのようすを撮影したものです。

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リブーストにはATV のメインエンジンと、姿勢制御用スラスターが用いられました。上の画像では姿勢制御用スラスターの地球方向への噴射がよく見えています。ATV 後部についているメインエンジンの噴射も少し見えています。下の画像はATV によるリブーストの示すイラストです。

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ISS が周回している高度約400km の宇宙空間にも、わずかに空気が存在し、その抵抗によってISS はわずかずつ高度を下げています。そのため、ISS はときどき軌道を上昇させるリブーストを行います。今回のリブーストでISS の高度は5.55km 上昇したとのことです。また、プログレス補給船のドッキングとソユーズ宇宙船の期間に向けた軌道修正も一緒に行われました。

スペースデブリがISS に接近する場合にも、衝突を回避するための緊急の軌道変更が行われます。リブーストやこうした軌道変更はISS のサービス・モジュールの推進機構やプログレス補給船でも行われます。スペースシャトルを使って行ったこともありました。

ATV 3号機「エドアルド・アマルディ」は3月23日に打ち上げられ、29日にISS に到着しました。

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上の画像は、ATV 3号機がスラスターを噴射しながらISS に接近するようすです。
北朝鮮:人工衛星の打ち上げか、長距離弾道ミサイルの発射実験か
北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」に用いる長距離弾道ミサイルの本体部分が発射台に移動されたようです。北朝鮮は、地球観測衛星「光明星3号」を打ち上げるという声明をだしていますが、人工衛星を打ち上げるには、ロケット本体を組み立てて発射台へ運ぶだけでなく、打ち上げ基地への衛星の搬入、第3段への取り付けなど多くの作業が必要で、1か月以上前から現地での作業がはじまるのが普通です。これまで、そのような動きを伝えた情報はなく、北朝鮮が本当に人工衛星打ち上げの準備をしているのか疑問です。

打ち上げ後、世界各地の地上局とどのように連携して衛星追跡を行っていくかも不明です。また、ほぼ真南に発射するとのことですから、「光明星3号」は極軌道衛星ということになりますが、人工衛星を打ち上げた実績のない北朝鮮は、精密な軌道投入技術を要求される極軌道衛星の打ち上げに最初から挑戦するのでしょうか。

北朝鮮は1980年代に、エジプト経由で手に入れた旧ソ連のスカッドB をベースにノドンを開発しました。ノドンの最大射程は約1300km といわれています。

1998年8月31日に発射実験が行われ、第1段が日本海に、第2段が日本列島上空を飛び越え、三陸沖の太平洋上に落下したテポドン1号は、第1段がノドン、第2段がスカッドの改良型という構成だったとみられています。このとき北朝鮮は人工衛星「光明星1号」の打ち上げに成功したと主張しましたが、そのような物体が地球周回軌道上に達した事実はありませんでした。テポドン1号の最大射程は5000km に達すると推定されています。

テポドン2号は第1段に新しいロケットエンジンを採用しているとみられ、第2段がノドンという観測もあります。射程は6000km 以上と推定されています。テポドン2号は2006年7月5日に最初の発射実験が行われましたが、失敗に終わったとされています。2009年2月4日に2回目の発射実験が行われ、このときは東北地方の上空を通過しました。

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北朝鮮は人工衛星「光明星2号」の打ち上げ成功を発表しましたが、このときも、そのような軌道上の飛行物体は存在しませんでした。

現在、発射台にあるのがテポドン2号ないしその改良型なのか、あるいは新しいミサイルなのか、興味がもたれます。
北朝鮮、ミサイル発射場の最新画像
北朝鮮は金日成生誕100周年を記念して「人工衛星」を打ち上げるとしています。ミサイル(あるいはロケット)が打ち上げられるのは、これまでの咸鏡北道花台郡の舞水端里ミサイル発射場ではなく、平安北道鉄山郡に建設された東倉里ミサイル発射場です。GlobalSecurity.org のサイトには、この発射場をGeoEye が撮影した画像が掲載されています。

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3月20日に撮影されたとのことですが、発射台やアンビリカル・タワーは見えているものの、ミサイルないしロケットの姿はありません。また、人影や車も確認されません。別の画像に写っている組み立て棟周辺も同様です。北朝鮮は打ち上げを4月12日から16日の間としているようです。そうだとすると、この画像が取得された時点で、すでに打ち上げまで1か月を切っているわけですが、打ち上げの兆候が何も見えていないのは、なぜなのでしょうか。今後の成り行きを見守りたいと思います。
フレンドシップ7:「大統領、急に忙しくなりました」
フレンドシップ7 によるアメリカ初の有人地球周回飛行について書きました((1)(2))が、このときのエピソードをもう1つ、紹介しましょう。

フレンドシップ7 が地球を1周してケープ・カナヴェラル上空に戻ってくるとき、ケネディ大統領との電話交信イベントが計画されました。ジョン・グレンの飛行は、それまでソ連に先を越されていた有人宇宙飛行の分野で、アメリカがようやく一矢をむくい、以後の反撃を準備するための、きわめて重要なミッションでした。ジョン・グレンはいわば共産主義帝国に敢然と立ち向かう戦士であり、ホワイトハウスにとって、グレンとの電話交信は政治的に大きな意味があったのです。

「セグメント51」の警告ライトが点灯したのは、ケープ・カナヴェラルのMCC(マーキリー・コントロール・センター)とホワイトハウスの回線がつながる、まさにそのときでした。ランディング・バッグが展開したかもしれないという深刻な事態を示す信号です。フライト・ディレクターのジーン・クランツはすぐに部下に指示します。「(大統領の)電話のことは忘れろ。すぐにセグメント51 をチェックしてほしい」。

MCC は緊急対応に乗り出しました。一方、電話には大統領が出ていました。電話口の担当者はこう伝えるしかありませんでした。「大統領、急に忙しくなりました。電話で話す時間はないと思います」。どこかの国であれば、「状況を確認している間に、30秒でいいから話をさせろ」というようなことになりそうですが、ケネディは「機会ができたら電話してくれ」といって電話を切りました。

フレンドシップ7 はこの時点では最低7周することになっていました。まだ機会はあるという判断もあったのでしょうが、問題が発生した場合、その状況に責任をもつ部署や組織にすべてをまかせられるかどうかは、指導者の資質にかかわることです。ケネディは少しも迷うことなく、現場にまかせる決断を下したのでした。
フレンドシップ7:アメリカ初の有人地球周回飛行(2)
グレンは3周目に入りました。ハワイの上空まできたとき、地上局が伝えてきました。「ランディング・バッグが展開しているというセグメント51 の表示が出ている。エラーだとは思うが、ケープはチェックしたいとのことだ。ランディング・バッグのスイッチをオート・ポジションにしてライトがつくかをみてほしい」。このとき、グレンは数秒間考えたと、後に書いています。スイッチを押してグリーンのライトが点灯すれば、ランディング・バッグは展開していることがわかります。悪い状況ではあるものの、何が起きているかを把握することができるわけですが、このときグレンが考えたのは、別のことでした。もしも表示がエラーだった場合、スイッチを押して、それが誤作動したら、バッグを本当に展開させてしまうかもしれない。

しかし、グレンはそうしたこともすべて地上では考えた末のことだと理解し、スイッチを押します。ライトは点灯しませんでした。グレンは大気圏再突入の準備に入ります。

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カリフォルニア上空でグレンは軌道離脱の逆噴射を行いました。地上局にいた同僚のウォーリー・シラは「テキサスまでレトロパックをつけておくように」と指示します。レトロパックとは、3基の逆噴射エンジンを収めたパッケージのことで、ヒートシールドの外側にストラップで取り付けられていました。逆噴射終了後、レトロパックは切り離されます。

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MCC では、最後まで議論が続いていましたが、レトロパックを最後まで付けたまま再突入を行うという決断を下しました。ライトの点灯はエラーの可能性が高いが、確認ができない以上、安全策をとる必要があります。レトロパックをつけたままなら、ランディング・バッグが展開していたとしても、レトロパックのストラップがヒートシールドを船体に押し付けておく役目をします。

テキサス上空まで来ると、地上局はグレンに「再突入の間、レトロパックを分離しないように」という指示を送りました。グレンはレトロパックを付けたままの再突入に懸念をもちます。「なぜだい?」「ケープが決めたことだ。ケープが理由を説明する」。ケープ・カナヴェラルとの交信範囲に入ると、MCC のアラン・シェパードが理由を告げます。「ランディング・バッグが展開しているかどうか、確認できない。レトロパックをつけたままでも再突入は可能だ。再突入に問題はない」。「了解した」と、グレンは答えました。

数分後、降下するフレンドシップ7 は高温プラズマに包まれ、交信不能になるブラックアウトに入りました。グレンが窓の外を眺めると、レトロパックの破片が炎に包まれて飛んでいくのが見えました。3分後、交信が回復しました。「こちらフレンドシップ7。コンディションは良好だが、外は本物の火の玉だ。レトロパックの破片がずっと見えていたよ」。

フレンドシップ7 は4時間55分23秒の飛行の後、プエルト・リコ、サンフアン島の北西の海上に無事着水しました。ランディング・バッグのライトが点灯しており、バッグにもヒートシールドにも異常がなかったことを示していました。

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フレンドシップ7 の大気圏再突入はマーキュリー計画の中で、もっとも緊張に満ちたものでした。地上のミッション・コントロールと軌道上の宇宙飛行士とのコミュニケーションがどうあるべきかについて、NASA は多くのことを学びました。グレンは地上がトラブル発生をすぐに知らせなかったことについて、次のように書いています。

「管制官たちは私に心配させたくなかったのだ。しかし、私の考えは違う。パイロットを暗闇の中にほうっておくべきではない。特に彼が本当のトラブルに見舞われていると思っているのなら。パイロットの仕事はいつも緊急の事態にそなえていることだ。そして、すべてを知らされていないなら、彼は十分にそなえることができない」。
フレンドシップ7:アメリカ初の有人地球周回飛行(1)
今年の2月20日は、ジョン・グレンがアメリカ初の有人地球周回飛行を行って50年にあたります。

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1961年4月12日、ユーリー・ガガーリンはボストーク1号で世界初の有人宇宙飛行を行いました。これによって、東西冷戦下での米ソの宇宙開発競争は加速されました。アメリカはガガーリンの飛行に遅れること23日、5月5日にマーキュリー宇宙船でアラン・シェパードを打ち上げました。しかし、打ち上げに使われたレッドストーン・ロケットは力不足で、シェパードは15分間の弾道飛行を行ったのみでした。7月21日のバージル・グリソムの飛行も弾道飛行でした。地球周回飛行を行うにはアトラス・ロケットが必要でしたが、当時、アトラスはまだ人間を乗せられる段階に達しておらず、試験打ち上げは失敗と部分的な成功をくり返していました。

一方、ソ連は8月6日にゲルマン・チトフをボストーク2号で打ち上げ、地球を17周させることに成功しました。アメリカにとってもはや弾道飛行は意味をもたなくなり、3回目の弾道飛行はキャンセルされました。ジョン・グレンはアトラス・ロケットでの地球周回飛行に挑むことになったのです。

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グレンは自分が乗るマーキュリー宇宙船を「フレンドシップ7」と名づけました。フレンドシップ7 の打ち上げは最初1961年12月20日に計画されていましたが、62年1月16日に延期されました。さらに1月23日、1月27日と延期されました。1月27日にグレンはせまい宇宙船の中で6時間も待たされましたが、悪天候のために打ち上げはまたしても延期となりました。2月4日に予定された打ち上げも延期になり、ようやく2月20日にグレンを乗せたマーキュリー・アトラスはケープ・カナヴェラルの発射台を離れたのでした。打ち上げは世界中に中継され、1億3500万人が見守ったといわれています。

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フレンドシップ7 は地球を周回する軌道に入りました。グレンが「発光する宇宙ホタル」を見たと報告してきたのは有名な話です。これは宇宙船から放出された水分が凍り、太陽光で輝いたものでした。フレンドシップ7 は自動で姿勢制御されていましたが、地球を1周しかけたところで、ASCS(姿勢制御システム)にトラブルが発生し、宇宙船は左右にドリフトをはじめました。グレンは手動で姿勢を制御しなくてはならなくなりました。

フレンドシップが2周目に入ろうとしていたころ、ケープ・カナヴェラルのMCC(マーキュリー・コントロール・センター)のコンソールに「セグメント51」のライトがともりました。大気圏再突入時には宇宙船の底に取り付けられているヒートシールド(熱遮蔽板)が宇宙船を高温から守ります。ヒートシールドは着水前に本体から外れ、その間にあるエアバッグが膨らんで着水の衝撃を和らげます。セグメント51 のライトが点灯したことは、そのランディング・バッグがすでに展開し、その下にある熱遮蔽板がルーズになっている(ストラップでつながってはいる)状態を示しています。この状態で大気圏再突入を行えば、ヒートシールドが外れ、宇宙船は約2000度C の高熱によって燃えつきてしまう危険性があります。

フレンドシップ7 は次の3周目で大気圏再突入を行うことになっていました。時間はあまりありません。ここから、MCC の緊迫した時間がはじまります。セグメント51 のライトが点灯したのはエラーか、それともランディング・バッグは本当に展開しているのか。問題を解決するための緊急会議がもたれましたが、グレンにこの状況は知らされませんでした。

グレンは決められたフライト・プランを消化するのに追われる一方、相変わらず宇宙船の姿勢を手動で制御していました。インド洋上の船との交信で、グレンに指示がでます。「ランディング・バッグのスイッチをオフにしておくように」。オーストラリア、パースの地上局には同僚のゴードン・クーパーがいました。「ランディング・バッグのスイッチはオフになっているか?」「オフになっている」。「爆発音のような音を聞いたかい?」「いや」。グレンはヒートシールドに何か問題が起こっているのではないかと考えはじめます。
宇宙飛行士にささぐ
今年もまた、NASA の ”Day of Remembrance” がやってきました。宇宙に挑んで生命を落とした宇宙飛行士たちに思いをはせる日です。

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この時期はNASA にとって特別な意味をもっています。NASA の宇宙飛行士が死亡した3度の事故がこの時期に集中しているのです。

1967年1月27日、ケネディ宇宙センターの発射台で訓練をしていたアポロ1号で火災が発生し、クルーのバージル・グリソム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーが死亡しました。電気系統のショートが原因でした。宇宙船内では純粋酸素が使用されていたため、炎は瞬く間に広がり、飛行士は脱出することができませんでした。このころ、アメリカは1960年代が終わらないうちに月面に人間を送るアポロ計画を強力に推し進めていたのですが、この事故でアポロ計画は一時大きな危機を迎えることとなりました。

1986年1月28日には、スペースシャトル・チャレンジャー(51-L)が発射台を離れて73秒後に爆発し、7名のクルー、フランシス・スコビー、マイケル・スミス、ジュディス・レズニク、エリソン・オニヅカ、ロナルド・マクネア、グレゴリー・ジャービス、クリスタ・マコーリフの生命が失われました。原因は寒波が訪れていた時期にシャトルを打ち上げたために、O リングとよばれる固体燃料ブースターのゴム製部品が弾力性を失い、燃焼ガスがブースターから噴き出してしまったことによるものでした。この事故によって、シャトルは2年8か月の間、飛行が中断しました。

そして2003年の2月1日、地球に帰還するスペースシャトル・コロンビア(STS-107)はテキサス州上空で空中分解し、7名のクルー、リック・ハズバンド、ウィリアム・マックール、マイケル・アンダーソン、カルパナ・チャウラ、デイビッド・ブラウン、ローレル・クラーク、イラン・ラモンの生命が失われました。事故の原因はシャトル左翼前縁のRCC 耐熱材の破損によって、大気圏再突入時の高温ガスが機体内に侵入したためでした。事故後、シャトルの飛行は2年6か月にわって中断されました。

コロンビア事故から約1年後、NASA の2機の火星探査機が火星に軟着陸しました。2004年1月4日に着陸したスピリットのハイゲイン・アンテナの裏側には、コロンビア事故で命を落とした7名をしのぶ銘板がはられていました。

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また、スピリットが着陸した場所はコロンビア・メモリアル・ステーションと名づけられました。コロンビア・メモリアル・ステーションからは地平線はるかに丘陵地帯が見わすことができました。その丘陵はコロンビア・ヒルズと名づけられ、それぞれの丘にクルーの名がつけられました。スピリットはその後、その1つであるハズバンドヒルを登ることになりました。また、着陸地点の西に見えた3つの丘陵にはアポロ1号のクルーの名前がつけられました。

1月25日に軟着陸したオポチュニティーの着陸地点はチャレンジャー・メモリアル・ステーションと名づけられました。

月の裏側にはアポロ・ベイスンとよばれる大きなくぼみがあります。ここのクレーターには、アポロ1号、51-L 、STS-107 のクルー、そして人類初の月周回飛行を行ったアポロ8号のクルーの名がつけられています。

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これらの宇宙飛行士の名は、地球だけでなく、他の天体にもとどめられているのです。
国際宇宙ステーションを見よう
下の写真はNASAが発表しているもので、今年1月4日にヒューストンで撮影されました。月とその近くを通るISS(国際宇宙ステーション)が写っています。

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ISSは、肉眼でもはっきり見ることができます。しかし、あっという間に通り過ぎてしまいますので、出現する正確な時刻と方角をあらかじめ確認しておく必要があります。ISSは観測条件が良ければ1等星以上の明るさで輝いていますから、それさえ知っていれば、見逃す心配はありません。

ISSの目視予想情報はJAXAの「きぼう」を見ようのページで調べられます。今回、スマートフォンにも対応しました。私も早速、自分の携帯のお気に入りに入れました。

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これからは、ISSを見ることが多くなりそうです。
古川宇宙飛行士、地球に帰還
国際宇宙ステーション(ISS)での165日間の長期滞在を終えて、古川聡宇宙飛行士が帰還しました。

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古川宇宙飛行士ら第28/29次長期滞在クルーを乗せたソユーズTMA-02M がISS を離れたのは、今日の午前8時(日本時間、以下同じ)頃でした。軌道離脱のための約4分間のエンジン噴射を10時32分に行い、大気圏への再突入を開始しました。11時に帰還モジュールを分離、その後パラシュートを開き、11時26分にカザフスタンの草原に着陸しました。雪が薄く積もる非常に寒い日で、強い風も吹いていました。しかも、ソユーズ宇宙船の歴史でもあまり例のない夜明け前30分での着陸でした。しかし、着陸に何のトラブルもありませんでした。

まもなく着陸地点に回収チームが到着しましたが、そのころには空も明るくなっていました。クルーは3人とも元気な表情を見せていました。

下の写真は、ISSから撮影されたソユーズ宇宙船の大気圏再突入の様子です。先頭の明るい点がクルーの乗った帰還モジュール、後ろの2つの点は大気圏内で燃えつきていく機械モジュールと軌道モジュールです。

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古川宇宙飛行士とフォッサム宇宙飛行士はモスクワ近郊の星の町(ガガーリン宇宙飛行士訓練センター)には戻らず、ヒューストンでリハビリを行う予定です。
ソユーズ宇宙船、打ち上げ成功
ISS(国際宇宙ステーション)第29/30次長期滞在クルーのアントン・シュカプレロフ宇宙飛行士、アナトリー・イヴァニシン宇宙飛行士、ダニエル・バーバンク宇宙飛行士を乗せたソユーズTMA-22 が、14日午後1時14分(日本時間)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。雪の降る中でのソユーズの打ち上げを見るのは、はじめてのことでした。

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現地時間では午前10時14分の打ち上げで、クルーがソユーズに乗りこんだのはまだ暗いうちでした。

Soyuz_TMA_22

Soyuz_TMA_22

ソユーズTMA-22 は16日午後2時33分(日本時間)にISS にドッキングする予定です。古川聡宇宙飛行士ら第28/29次長期滞在クルーはシュカプレロフ宇宙飛行士らと交代し、22日午前11時25分に地球に帰還する予定です。
プログレス補給船、ISS に到着
10月30日に打ち上げられたロシアのプログレス補給船M-13M が、11月2日、ISS(国際宇宙ステーション)にドッキングしました。M-13M には2.6トンの補給品が搭載されていました。30日の打ち上げは、8月24日の打ち上げ失敗以来初の打ち上げとなりましたが、第3段エンジンにもトラブルはありませんでした。

ProgressM-13M

次は11月14日にソユーズTMA-22 が打ち上げられる予定です。第29/30次長期滞在クルーのアントン・シュカプレロフ宇宙飛行士、アナトリー・イヴァニシン宇宙飛行士、ダニエル・バーバンク宇宙飛行士はM-13M の打ち上げが成功した翌日の10月31日に、バイコヌール宇宙基地に到着しています。
プログレス補給船の打ち上げ準備進む
プログレス補給船M-13M の打ち上げ準備がバイコヌール宇宙基地で進んでいます。

M-13M

8月24日にプログレスM-12M の打ち上げが失敗して以来、FSA(ロシア連邦宇宙庁)はプログレス補給船の打ち上げに用いるソユーズUロケット、およびソユーズ宇宙船の打ち上げに用いるソユーズFG ロケットの飛行を中断し、飛行再開に向けた対策をとってきました。事故の原因は、第3段のRD-0110 エンジンのガスジェネレーターに十分な燃料が供給されなかったためとのことです。この不具合は偶発的に発生したもので、エンジンの信頼性に深刻な影響を与えるものではないとされています。

FSA はこれまでにエンジン製造ラインの品質管理体制の強化などの措置を行い、飛行再開を決定しました。すでに納品されていた18基のRD-0110 エンジンはサマラの工場に戻され、今後の打ち上げに使用するエンジンが新たな品質管理体制の下で製造されました。

FSA は10月30日にプログレスM-13M を打ち上げ、これに成功すれば、11月14日にソユーズ宇宙船で第29/30次長期滞在クルーを打ち上げる予定です。現在ISS(国際宇宙ステーション)に滞在している古川聡宇宙飛行士ら第28/29次長期滞在クルーは11月22日に帰還しますが、第30/31次長期滞在クルーは12月26日に打ち上げられ、現在一時的に3名体制になっているISS 長期滞在はふたたび6名体制となる予定です。
X 線天文衛星ROSAT が大気圏再突入へ
DLR(ドイツ航空宇宙センター)がウェブサイトでX 線天文衛星ROSAT の大気圏再突入に関する情報を掲載しはじめました。

ROSAT

再突入はUTC(協定世界時)で10月22日から23日とされています。ROSAT の質量は約2.4t で、このうち1.7t 分が大気圏で燃えつきずに30個ほどの破片となって地上に落下する模様です。ROSAT の軌道傾斜角は53度なので、北緯53度から南緯53度までのどこかに落下しますが、まだ誤差が1日の範囲であり、地球上のどの地点に落下するかは予測できません。破片は衛星の軌道にそった地域に落下しますが、直下だけでなく、幅80km ほどの範囲に落下する可能性があるとしています。

DLR の情報は仮訳されて、文部科学省のサイトに転載されています。また、同省のフェイスブックで更新情報が提供されるようです。
UARS 落下:情報連絡室とは何だったのか
NASA の発表によると、UARS(上層大気研究衛星)は日本時間9月24日午後0時23分から2時9分の間に地球に落下したとのことです。正確な落下地点は明らかではありませんが、太平洋上とみられます。下の図はUARS の最後の経路で、丸印のついているあたり(北緯31度、東経219度)が、もっとも可能性の高い落下地点とされています。

UARS_reentry

今回の衛星落下については、多くのメディアが取り上げました。私自身も取材を受けたこともあり、エアロスペース社のウェブサイトで、数日前から落下予測地点のチェックをしていました。また、落下1日ほど前からはNASA も落下予定時刻の範囲を発表するようになりました。NASA の情報がアップデートされるたびに、JAXA はUARS の軌道を解析し、落下する可能性のある経路を算出し、その結果は文部科学省のフェイスブック上で逐次公開されました。文科省のウェブサイトには、UARS 落下に関するNASA の文書の仮訳や、デブリ落下に着いてのNASA のFAQ の訳なども掲載されていました。

一方、首相官邸の危機管理センターは情報連絡室を設置し、「わが国に何らかの危機、危険を及ぼす状況が認められる際には、即時に国民にお知らせする」と発表していました。首相官邸のツイッターでも「本日13時、「米国人工衛星落下に関する情報連絡室」を設置。随時、続報を提供します」と書きこまれていましたが、またしても「民主党の危機管理とはこんな程度か」と思わざるを得ませんでした。

結局、情報連絡室のツイッターの内容は「<衛星落下>文科省は、フェイスブックに衛星の情報を更新」あるいは「日本付近を同衛星が通る際の予測軌道図(JAXA 試算)も、文科省フェイスブックに掲載」など、すべての情報提供を文科省のフェイスブックに丸投げの状態で、私たちがNASA のサイトなどで数時間あるいはそれ以上前に知っている情報しか提供されませんでした。日本時間24日の未明には、UARS の落下予測時刻の誤差が縮まり、日本に落下しないことは明らかになっていましたが、情報連絡室から「UARS が日本周辺で大気圏に再突入する可能性はほぼなくなったものと考えられます」と発表されたのは10時20分のことでした。驚くほどの悠長さです。

情報管理室あるいは危機管理センターには、UARS 落下に関する危機とはどういうものかという認識は何もなかったのではないでしょうか。UARS の軌道傾斜角が57度のため、今回は「北緯57度から南緯57度までの、地球上のどこに落ちるかわからない」という表現がメディアでとりあげられ、多くの人に誤解を与えてしまったかもしれません。UARS は地球のどこにでも落下できるわけではなく、軌道経路に沿った場所にしか落下しないという点を、情報管理室はまず国民に説明すべきでした。UARS の落下時刻の予測から、実際には数日前から、UARS が日本上空を通過するのは3回しかなく、そのうち2回は北海道の北の海上、および沖縄のはるか南の海上でした。残りの1回が中部地方の上空を通過する経路でした。したがって、日本のほとんどの人にとって、UARS の残骸が頭の上に降ってくる危険性はもとからなかったのです。

そもそも、UARS あるいはそれよりも大型の人工衛星の残骸が地上に落下することは、それほどまれなことではありません。1年に1〜数回はあるはずです。しかし、そうした大型衛星はほとんごが軍事衛星であるため、もともと軌道も明らかにされておらず、運用が終わっても、私たちに知らされることはないのです。UARS は非軍事衛星であり、NASA が打ち上げたものであるため、NASA は大気圏突入を発表したにすぎません。最近の大型軍事衛星は運用が終わると残った燃料を使って安全な場所に落下させていますが、とくに旧ソ連時代の軍事衛星はこれからもいくつも落ちてくるでしょう。
ソユーズ・ロケット飛行再開:綱渡りのISS 長期滞在ローテーション
ソユーズU ロケットの事故原因調査の終了を受け、中断していた国際宇宙ステーション(ISS)への人員輸送と物資補給が再開されます。

Soyuz

ロシア連邦宇宙庁(FSA)は、今後のプログレス補給船およびソユーズ宇宙船を、以下のようなスケジュールで打ち上げると発表しました。このスケジュールは変更される可能性もあります。

10月30日に、打ち上げ時期が保留されていたプログレスM-13M が打ち上げられます。そして、打ち上げが延期されていた第29/30次長期滞在クルーが搭乗するソユーズTMA-22 が11月12日に打ち上げられます。ISSにドッキングするまで約3日間かかりますから、ISS 到着は11月15日になります。第27/28次長期滞在クルーはソユーズTMA-21 で9月16日に帰還する予定ですが、古川さんらの第28/29次長期滞在クルーは今のところ11月16日に帰還の予定(帰還日の延期は数日しか余裕がない)なので、ISSが無人になることはありません。しかし、第29/30次長期滞在クルーのISS 到着と第28/29次長期滞在クルーのISS 離脱までわずか数日という綱渡りのローテーションになりそうです。

第30/31次長期滞在クルーの打ち上げは12月20日に予定されており、これによって一時的に3名体制になるISS の長期滞在は、6名体制に復帰することになります。また、2012年1月26日にはプログレス補給船の打ち上げが予定されています。
ソユーズU ロケットの事故原因調査が終了
ロシア連邦宇宙庁(FSA)は、8月24日のプログレスM-12M 打ち上げ失敗に関するソユーズU ロケットの事故調査を終了したと発表しています。事故の原因は、第3段のRD-0110 エンジンのガスジェネレーターの不具合とのことです。不具合をおこした部品の回収も行われていない段階で、主にテレメトリーデータの解析だけで、早々と結論を出してしまうのは、いかにもロシア式です。今後はすでに納品されている部品のチェック、製造工程での品質管理の向上などの措置がとられます。

これまでに生じた不具合の際にもそうでしたが、原因の同定にいたるまでのプロセスや解決策については、必ずしも国際宇宙ステーション(ISS)のパートナー国にくわしく報告されるわけではありません。ソユーズ・ロケットの打ち上げには旧ソ連時代からの実績があり、ロシア側としては彼らなりの方法で、信頼性の確保に万全の態勢をとっていくのでしょう。
国際宇宙ステーション:無人になる可能性も
ロシアの無人補給船プログレスM-12M の打ち上げ失敗が、国際宇宙ステーション(ISS)計画に大きな影を投げかけようとしています。ISS はしばらくの間、無人で運用されることになるかもしれません。

これまでのところをまとめておきましょう。2670トンの補給物資を積んだプログレスM-12M は、8月24日午後5時00分(モスクワ時間)にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。

M-12M

しかし、ソユーズU ロケット第3段の推進系の異常のため、打ち上げ後325秒にエンジンが停止し、軌道投入に失敗しました。推進剤供給系の圧力が異常に低下していたことが、テレメトリーデータでわかっているとのことです。プログレスとロケットは南シベリアのアルタイ共和国の山岳地帯に落下しました。

M-12M

ロシアはソユーズ・ファミリーのロケットを飛行停止とし、事故調査委員会を立ち上げて、原因究明にあたっています。宇宙飛行士が搭乗するソユーズ宇宙船はソユーズFG ロケットで打ち上げられますが、ソユーズFG の第3段はソユーズU の第3段とほぼ同じであり、もちろん現在は打ち上げができない状態です。

1978年に登場したプログレス補給船はこれまで136回打ち上げられており、打ち上げに失敗したのはこれが初めてです。ソユーズU はこれまで745回打ち上げられて、724回成功し、成功率97%という信頼性の高いロケットです。もちろん打ち上げ失敗もあるわけですが、スペースシャトルが退役し、ISS への人員輸送手段がソユーズ宇宙船しかなくなり、ISS への物資補給もかなりの部分をプログレス補給船に依存しなければならなくなってすぐに、このような状態になってしまったのは、なんとも運が悪いとしかいいようがありません。

事故の原因は、第3段のRD-0110 エンジンのターボポンプを駆動するガスジェネレーターの不具合との見方が出ています。ISS の国際パートナーはロシアが短期間で原因を解明し、ソユーズ・ロケットの飛行を再開することを期待していますが、RIA ノーボスチなどの最近の報道によると、調査は長引く可能性があります。というのも、事故原因の解明には第3段を回収し、異常の起った個所を調べる必要があるわけですが、ロケットの残骸は山岳の森林地帯に散らばっているため、回収に手間取っているからです。

プログレスによる補給が失われたことで、ISSでの当面の活動に大きな影響がでるわけではありませんが、時間がたつにつれて、数々の問題がでてくるでしょう。ISS にはプログレス以外に、日本の「こうのとり」(HTV)とヨーロッパのATV も物資を輸送することができますが、「こうのとり」3号機とATV 3号機の「エドアルト・アマルディ」はどちらも来年の打ち上げ予定になっています。

プログレスは物資輸送以外に、軌道上で別の重要な役割も果たします。ISS は軌道を周回している間に高度が低下してくるので、定期的に高度を上昇させなければなりません。これをプログレスのエンジン噴射で行っています。プログレスM-12M は3回(8月31日、9月14日、10月19日)の軌道上昇マヌーバーを行うことになっていました。ただし、ロシアのサービスモジュール「ズヴェズダ」も2基のエンジンをもっており、これで高度を上昇させることもできます。

9月22日には第29/30次長期滞在クルーであるダニエル・バーバンク宇宙飛行士、アントン・シュカプレロフ宇宙飛行士、アナトリー・イヴァニシン宇宙飛行士が搭乗するソユーズTMA-22 がISS に向かう予定でした。しかし打ち上げは延期され、今のところ10月28日とされています。

ISS 長期滞在の交代クルーの打ち上げ時期は不透明な状態ですが、現在ISS に滞在しているクルーは、決められた時期がくれば帰還しなければなりません。その理由は2つあります。1つはソユーズ宇宙船の耐用日数です。ロシアはソユーズ宇宙船の性能を保証する耐用日数を約200日としています。4月4日にソユーズTMA-21 で打ち上げられた第27/28次長期滞在クルー(アンドレイ・ボリシェンコ宇宙飛行士、アレクサンダー・サマクチャイエフ宇宙飛行士、ロナルド・ギャレン宇宙飛行士)の帰還は9月8日の予定でしたが、9月16日に延長されました。しかし、宇宙船の耐用日数があるので、ずっと宇宙にいることはできません。もう1つ、帰還時の条件になるのが日照です。カザフスタンの平原に着陸するソユーズ宇宙船は日中の帰還が原則となっています。夜間の回収作業は危険だからです。このため、TMA-21 は9月18日までに帰還する必要があります。これを過ぎると夜間の着陸になってしまい、次に日中の着陸が可能になるのは10月末以降になってしまいます。しかし、これではソユーズ宇宙船の耐用日数が過ぎてしまいます。

6月8日にソユーズTMA-02M で打ち上げられた第28/29次長期滞在クルー(マイケル・フォッサム宇宙飛行士、古川聡宇宙飛行士、セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士)の帰還は、11月16日に予定されています。11月19日になると夜間着陸の時期に入ってしまいます。次に日中の着陸が可能になるのは12月後半から1月はじめです。こうなると、やはりソユーズの耐用日数は過ぎてしまいます。しかも12月のカザフスタンの天候は非常にきびしく、着陸と回収作業はきわめて危険と考えられています。

ロシアは事故の原因を解明して対策をとった後、まずソユーズ・ロケットを無人で2回打ち上げて安全性の確認を行った後、ソユーズTMA-22 を打ち上げる予定です。具体的には9月25日にGLONASS−M 航行衛星を、10月14日にプログレスM-13Mを打ち上げ、その後にソユーズTMA-22 を打ち上げることを考えているようです。

ソユーズ・ファミリーのロケットには豊富な経験をもっているロシアのことですから、こうしたスケジュールで飛行を再開させることができるかもしれません。しかし、ソユーズTMA-02M は11月には帰還するでしょうから、それまでにソユーズ宇宙船を打ち上げられなければ、ISS は一時的に無人になってしまいます。2000年以降ずっと続いてきたISS 長期滞在が中断する事態になれば、古川さんたちは、ISS を無人運用モードに設定し、自らの手だけでISS を離れるという史上はじめての任務を行うことになります。

ISS を数か月間、地上からの遠隔操作で運用しても、それほど問題は起らないでしょう。しかし、それがもっと長期になると不具合が頻発し、やがてISS は宇宙を漂流することになるかもしれません。
古川聡宇宙飛行士、宇宙へ
古川聡宇宙飛行士がソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に向かいました。コスモノートホテルを出るときも、発射台に向かうときも満面の笑みで、待ちに待った日を迎えた喜びがうかがえました。

バイコヌールでの夜間の打ち上げは、整備塔の照明がとても幻想的です。

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打ち上げは時刻通りに行われました。

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古川さんはソユーズ宇宙船の左の席に座り、ロケットが上昇中は、コマンダーのセルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士の補助をします。下に写真の手前がヴォルコフ宇宙飛行士、奥が古川さんです。

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ソユーズ宇宙船は打ち上げから約9分後には、地球を周回する軌道に入りました。10日午前6時ごろ、ISS にドッキングする予定です。
宇宙船の安全を守るロシア式の考え方
古川聡宇宙飛行士が宇宙に出発する日が近づいてきました。打ち上げは日本時間で6月8日午前5時12分(日本時間)の予定です。

バイコヌール宇宙基地に到着してからの古川さんは、打ち上げにいたるまでのロシア側の手順にしたがって、準備を進めています。これらの中には、ソコル宇宙服のリークチェックや搭乗するソユーズ宇宙船の点検など技術的なものや、滞在しているコスモノートホテルでの国旗の掲揚、記念の植樹など、恒例となっているセレモニーがあります。

打ち上げまでのこうしたプロセスは、ロシアの有人宇宙船打ち上げの長い歴史の中でつくられてきたもので、ソユーズ宇宙船の打ち上げのたびに、毎回同じことがくり返されます。これらの中には「縁起をかつぐ」ものも多くあります。たとえば、ロケットを列車で発射台まで移動させるロールアウトを、打ち上げクルーが見るのは縁起が悪いとされています。一方、エンジニアがレールの上にコインを置き、列車の車輪でつぶすことは幸運を招くとされています。因果関係があってもなくても、打ち上げがうまくいったことはそのまま続け、うまくいかなかったことは2度としないというのが、ロシアの考え方です。

1960年10月24日、弾道ミサイルR-16 が発射台で爆発し、ネデリン将軍など100人近くが死亡する事故が起こりました。1963年10月24日にはR-9 ミサイルが爆発し、ふたたび死者が出ました。このときは、うまくいかなかったことを、もう1度くり返してしまったわけです。以後、バイコヌール宇宙基地では、10月24日には打ち上げを行わないことになっています。

迷信という人もいるかもしれませんが、とにかく結果がよかったことはそのまま続け、うまくいかなかったことは2度としないという考え方は、ある意味合理的で、これがロシアの有人宇宙船を安全で信頼性の高い乗り物にしたのだと私は考えています。そうでなければ、宇宙飛行士がソコル宇宙服のリークチェックを行うときに使うなんともレトロな装置の意味は理解できないでしょう。下の写真はエクスペディション7 のエドワード・ルー宇宙飛行士がリークチェックを行っているところで、背後にチェック用の装置が見えています。

Ex7_Lue

下の写真は、1984年のソユーズT-10 の打ち上げ前の写真ですが、背後にある装置が、少なくとも外見上はほとんど同じものであることがわかります。おそらく中身は改良されていると思われますが、ソ連の時代からずっと使い続けてきたものに対するロシアの人たちのこだわりが感じられます。

Soyuz_T10

さらに言えば、リークチェックを行う部屋自体にもこだわりがあります。バイコヌール宇宙基地に到着したクルーは、感染防止のため隔離状態に置かれ、VIP や記者などとの会見はガラス越しに行われます。そのため、クルーがいる部屋は「アクアリウム」(水族館)とよばれています。実は、1984年の写真のアクアリウムは、今のアクアリウムとは別の場所にありました。当時、宇宙飛行士が準備を整えて発射台に出発する建物は、今よりも発射台に近いサイト2 の1A という建物でした。現在はサイト254 のMIK OK という建物の中にあります。ところが、2つのアクアリウムの間取りやレイアウトはとてもよく似ているのです。
英雄たちの小径
打ち上げの前、バイコヌールのコスモノートホテルに滞在している宇宙飛行士たちは、ホテルのすぐ近くにある「英雄たちの小径」とよばれる遊歩道を歩きます。この道の両側には、無事に地球に帰還した宇宙飛行士がふたたびバイコヌールを訪れて植えた木が並んでいます。下の写真の一番左手前の木が、ユーリー・ガガーリンが植えた木で、すでに50年近い年月がたっています。

Avenur_of_Heroes

宇宙飛行士たちはこの道を歩きながら、宇宙への道を切り開いてきた先人たちの歴史に思いをはせることになります。道のつきあたりはプロトンロケットのモニュメントが立つちょっとした見晴らし台になっています。ここに立つと、眼下にシルダリア川が流れ、その向こうには広大なステップが地平線まで続いています。

現在では、宇宙飛行士たちは宇宙に飛び立つ前に、シルダリア川に沿った道に植樹するのが伝統となっています。
聖水とイコンと宇宙飛行士
バイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に向かうクルーは、打ち上げの日、コスモノートホテルを出る前に、ロシア正教会の司祭から祝福を授かることが恒例になっています。

cosmonaut_hotel

宇宙飛行士だけでなく、発射台のロケットとソユーズ宇宙船も、祝福を授かって宇宙へ飛び立ちます。

Baikonur

1994年10月にミール宇宙ステーションに向かったソユーズTM-20のクルー、アレクサンドル・ヴィクトレンコは打ち上げに際して、クルーとロケットおよび宇宙船への祝福をロシア正教会に頼みました。以来これが恒例となりました。

司祭が宇宙飛行士に聖水をかけて祝福を授ける光景は、ロシア正教会が共産党から弾圧されていたソ連の時代にはありえないことでした。打ち上げ間近の発射台の真下に司祭が立っている光景も、以前は考えられないことでしたが、今では、打ち上げのたびに見られます。

ISS のロシアのモジュールにイコンが飾られていることは、以前に書きました。ゲンナジー・パダルカ宇宙飛行士によると、今日では、ロシアの宇宙飛行士のほとんどが自分のイコンをもって宇宙に行くとのことです。また、ロシア正教会の有名なイコン(本物)が宇宙を飛んだことも何度かあります。

バイコヌール宇宙基地で打ち上げまでに行われる様々なセレモニーや恒例行事には、ガガーリンの飛行にまでさかのぼるものもありますが、時代の変化とともに付け加わり、新たな伝統となったものも多いのです。
星の町とロックグループ
昨日、Zemlyane の「トラヴァ・ウ・ドーマ」について書きました。1983年にモスクワを訪れたとき、私はこの曲について知る機会はありませんでした。当時、話題になっていたのは、Zodiac(ゾディアック)というロックグループでした。

Zodiac は1979年にラトビアで結成されたグループで、1980年の最初のアルバム「Disco Alliance」が大成功を収めました。次に取り組んだのが「宇宙」で、1982年、スプートニク打ち上げ25周年を記念したプロジェクトとして企画されました。Zodiac のメンバーは宇宙飛行士訓練センターのある星の町を訪れ、宇宙飛行士や科学者と宇宙について語り合いました。そして完成したのが、1983年にリリースされたアルバム「Music in the Universe」です。

私もそのとき、このLPレコードを買いました。「The Mysterious Galaxy」「Laser Illumination」「The Other Side of Heaven」など7曲が収められています。

Zodiac

これはカセットテープ版です。

Zodiac

当時のソ連の宇宙活動ははなばなしいものでした。宇宙飛行士たちはサリュート宇宙ステーションで次々と宇宙滞在記録を更新し、ソ連は宇宙でのプレゼンスを確固たるものにしていました。アメリカはこのころスペースシャトルを就航させ、アポロ計画以来の空白をへて、ようやく宇宙へ復帰したところでした。共産党政権下では、ロックは西洋の退廃的な音楽と位置付けられ、公式には認められていませんでしたが、1970年代後半から1980年代はじめになると、エレキ系の楽器やシンセサイザーを演奏し、新しい音楽の可能性を求める若者たちが登場します。そうした若者たちが、Zodiac やZemlyane のように、宇宙という新しい分野に関心を示したのは当然かもしれません。

ソ連時代の宇宙開発は厳重な機密のベールに包まれていました。しかし、一方では、西洋の音楽にかぶれていると見られがちな若者たちを受け入れる面もあったのです。
宇宙で夢に見るのはわが家の芝生
古川聡宇宙飛行士もツイッターで書いていますが、打ち上げの日、宇宙飛行士が宿舎であるコスモノートホテルを出てバイコヌール宇宙基地に向かうバスに乗るときに流れるのが、Zemlyane(ゼムリャーネ)の「トラヴァ・ウ・ドーマ」です。「わが家の芝生」という意味のこの曲は、宇宙飛行士が軌道上で見る夢を歌ったものです。「宇宙で見る夢は宇宙基地じゃない。星でもない。夢に見るのはわが家の緑の芝生」。

Cosmonaut_Hotel

この曲は1983年に大ヒットしました。「ヌ・ポゴディ」という当時人気のあったアニメTV番組でも流され、多くの人に知られるようになったようです。当時ソ連ではサリュート宇宙ステーションによる宇宙長期滞在が行われており、その成果はさらにミール宇宙ステーションでの長期滞在に引き継がれていきました。スペースシャトルによる短期フライトとはことなり、宇宙に飛び立った宇宙飛行士はしばらく地球に帰ってこれないことが、この曲の背景にあります。

故郷を想う切ない気持を歌っているものの、軽快なテンポの曲で、宇宙飛行士たちも気に入り、バイコヌールで流されるようになったのでしょう。長い訓練の末に宇宙に向かう宇宙飛行士は、自らの夢、彼を支えた多くの人々の思い、そして国家の使命を担って、危険と隣り合わせの場所に向かうわけです。宇宙飛行士の内面には緊張と高揚の両方が交錯しているはずです。そんな彼らが出かけていく場面に、たしかに「トラヴァ・ウ・ドーマ」はとても似合っている曲のように思われます。

「トラヴァ・ウ・ドーマ」はZemlyane のこのCD で聴くことができます。この中には彼らがこの曲を演奏している映像も入っています。

Zemlyane

Zemlyane は1960年代末にレニングラードの学生たちが結成したグループです。メンバーはだいぶ入れかえがあったものの、オリジナルメンバーの1人、セルゲイ・スカチコフを中心に現在も活動をつづけています。すっかりおじさんのグループになってしまいましたが、今でもコンサートでは「トラヴァ・ウ・ドーマ」を歌っています。

去る4月12日、モスクワで行われたガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行50周年記念コンサートにスカチコフが参加し、「トラヴァ・ウ・ドーマ」を新しいアレンジで歌ったとのことです。
砂漠の白い太陽
バイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船で飛び立つ宇宙飛行士は、打ち上げの前夜に『砂漠の白い太陽』という旧ソ連時代の映画を必ず見ることになっています。この伝統はかなり以前から続いているもので、1969年にこの作品が公開されてからすぐにはじまっているかもしれません。

『砂漠の白い太陽』の舞台は中央アジアの砂漠と、カスピ海に面した村です。時代は1920年ごろ。ロシア革命後の内戦が続いていた時代で、故郷へ帰る赤軍兵士と、革命政府に帰順しない現地の部族との戦いが描かれています。

The_White_Sun_of_the_Desert

内容は宇宙飛行とはまったく関係ありません。「アクション」とか「コメディ」と説明されているものもありますが、実際に作品を観てみると、けしてアクションものでもコメディでもありません。物語の展開よりも、樹木も草もまったくなく、砂漠がそのまま海に接するカスピ海沿岸の風景が印象的でした。
古川聡宇宙飛行士、いよいよ宇宙へ:トラディッショナル・ティー・パーティー
国際宇宙ステーション(ISS)第28次/第29次長期滞在クルーのマイケル・フォッサム宇宙飛行士(NASA)、古川聡宇宙飛行士、セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士(FSA)は、6月8日にバイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船でISS に向かいます。クルーはすでに5月25日、バイコヌール宇宙基地に移動しています。

古川宇宙飛行士らクルーが、ガガーリン宇宙飛行士訓練センターでソユーズ宇宙船搭乗の最終試験をパスした後、ロシア連邦宇宙局(FSA)での「トラディッショナル・ティー・パーティー」に臨んだのは5月17日のことでした。この日から、クルーはロシアの有人宇宙飛行の歴史の中でつくられてきた「伝統」にしたがって、打ち上げにのぞむことになります。

トラディッショナル・ティー・パーティーとは、ウラジーミル・ポポヴキン長官をはじめ、FSA 幹部とクルーの会見のことです。古川宇宙飛行士らが、ロシアからISSへ向かうクルーとして正式に認められたことを示すセレモニーといえるでしょう。

Tea_Party

会見の後、伝統に従ってフォルティスの腕時計がクルーに贈られました。

Fortis_Cosmonaut

フォルティスは1992年に宇宙向けのクロノグラフ開発を開始しました。さまざまなテストをへて、1994年に同社のコスモノート・クロノグラフは宇宙飛行士用のオフィシャル腕時計となり、同年10月、ミール宇宙ステーションに向かうソユーズTM-20 のクルー(アレクサンドル・ヴィクトレンコ、エレーナ・コンダコワ、ESA のウルフ・メルボルト)に贈られました。以来、ソユーズで宇宙へ向かうクルーにはフォルティスのコスモノート・クロノグラフが贈られるのが伝統となっています。
ガガーリンの宇宙飛行から50年
もうすぐ、4月12日です。今年20011年の4月12日は、宇宙開発史の上では2つの意味で特別な意味をもっています。1つ目は、ユーリー・ガガーリンがボストーク1号ではじめて有人宇宙飛行を行ってから50年、2つ目は、スペースシャトルの初の打ち上げから30年です。

ガガーリンの飛行は以下のようなものでした。

Yuri_Gagarin

1961年4月9日、ソ連国家委員会は人間を宇宙に打ち上げることを正式に承認。最初の宇宙飛行士に選ばれたのが27歳の空軍中尉ユーリー・ガガーリンでした。バックアップにはゲルマン・チトフが選ばれました。2人は宇宙飛行士チームのナンバーl とナンバー2 でした。なぜガガーリンが選ばれたのか。宇宙飛行士チームの責任者だったエフゲニー・カルポフは後年、次のように語っています。

「彼以外の飛行士たちもよく訓練されており、宇宙への最初の道を切り開くことができた。ガガーリンはこうした優秀な人間の中でもとびぬけた存在だったのかと問われれば、答はイエスだが、これだけでは正確ではない。最初の宇宙飛行には少しでも多くのすばらしい資質が要求されたのだ。開拓者の資質。そしてほかの人がお手本にしたい人物であること。具体的にいえば献身的愛国心、無限の楽天主義、頭脳の柔軟性、旺盛な好奇心、謙虚さ、人間的な温かさ、他人への心づかい、勇敢さ、決断力、きちょうめん、労働意欲、忍耐力、率直。そのような彼の資質が認められたのである」。

4月12日、ガガーリンとチトフは午前5時30分に起床。これからはじまる宇宙への旅のはなむけとして、2人はコテージの世話をしている婦人から野生のチューリップの花束を贈られました。発射台に向かうバスの中で撮影された有名な写真をみると、宇宙服に身を固めたガガーリンはさすがに緊張した面持ちです。うしろの席に座っているチトフも、歴史的瞬間の重みに耐えているようにみえます。

Yuri_Gagarin

6時50分。バスは発射台の下に到着。7時10分。ガガーリンはボストーク1号の座席におさまりました。ガガーリンは通信装置のスイッチをオンにしました。7時28分、チーフデザイナーのセルゲイ・コロリョフの声が飛びこんできます。「気分はどうだ、ユーリー? 打ち上げ準備は順調に進んでいる。すべて問題ない」。ガガーリンは答えました。「了解。僕にはそれ以外のことは考えられません」。打ち上げまでしばらく間がありました。準備が進む間、ガガーリンのヘッドフォンにはラブソングが流れていました。

8時40分。発射台周辺からの作業員の退避がはじまりました。8時55分。ニコライ・カマーニン将軍が連絡してきました。「打ち上げ10分前。ヘルメットを閉じたか?」。「了解。打ち上げ10分前。ヘルメットを閉じました。すべて異常なし。準備はできています」。ガガーリンは答えました。9時2分。「発射1分前。聞こえるか?」。コロリョフの声でした。「了解。発射1分前。準備オーケー」。9時3分。「上昇の間、私に答える必要はない。答えられるときだけ答えればいい。私のほうは常に状況を知らせよう」。「了解」。

9時7分。「エンジン点火」とコロリョフ。「了解。エンジン点火」。「前段・・中段・・本段・・発射!」。ガガーリンは答えます。「さあ、行こう! 騒音はわずか。すべて順調に作動。気分良好。すべて異常なし」。「よい旅を願っている。すべて異常なし」とコロリョフ。「行ってきます。またすぐに会いましょう」とガガーリンが答えたとき、ロケットはまばゆい炎をみせながら発射台を離れていきました。

「発射100秒。気分はどうだ、ケドル?」。コロリョフの声が聞こえてきました。ガガーリンのコールサインはケドル(セイヨウスギ)、地上のコールサインはザリャー(夜明け)でした。「気分は良好」。ブースターが切り離され、次に宇宙船をおおっていたカバーがはずされました。「カバーがはずれた。窓から地球がみえる」「何本かの川がみえる。大地の起伏がよくわかる。視界は良好。雲が浮かんでいる。とても美しい!」。最終段が切り離され、宇宙船は地球周回軌動に入りました。

ガガーリンは地上との交信でたびたび「気分は良好」と伝えてきました。これには理由があります。無重量状態が人体にどのような影響をおよぼすか、当時は何もわかっていなかったのです。宇宙はまだ想像を絶する場所であり、ガガーリンの飛行の大きな目的の1つは、人間が宇宙で健康でいられるかどうかを知ることでした。ガガーリンが地球を1周している間に、ソ連は世界初の有人宇宙飛行のニュースを発表、ガガーリンは少佐に昇進していました。

ボストーク1号がインド洋上にくると、姿勢制御装置がはたらき、軌道を離脱するロケットが点火されました。大気圏突入がはじまりました。高度7000メートルでガガーリンはカプセルから脱出しました。

10時55分。ロシア共和国、エンゲリス市近郊の農場。アンナ・タフタロワと孫娘のリタが空を見上げると、オレンジ色の飛行服を着た男がパラシュートで降りてくるのがみえました。地上に降り立った男が近づいてくるのをみて、彼女はリタの手を引いて逃げようとします。「おばさん、どこへ行かれるのですか。待ってください」。ガガーリンは声をかけました。「宇宙からきたんです。私の名はガガーリンです」。「ほんとうにあそこから?」タフタロワは不思議そうにガガーリンに歩み寄りました。彼女はミルクはいらないかとガガーリンにたずねます。ガガーリンは答えました。「電話をしたいのです。モスクワに連絡しなければならないのです」。「いいですとも。馬車に馬をつなげるのを手伝ってくれたら、あんたを電話のあるところまで運んであげますよ」。その間にラジオのニュースで飛行を知った村の人々がかけつけ、ガガーリンを祝福しました。こうして108分間の人類初の宇宙飛行は成功しました。

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訓練されたパイロットらしく、ガガーリンは彼がみた地球の光景を具体的に報告していました。のちに日本では「地球は青かった」が有名になりましたが、これはガガーリンの言葉を正確には伝えていません。飛行後のインタビューで、彼は地球の印象を次のように語っています。「飛行中、私は自分の目で地球が丸いのをみた。地球のへりはとても特別で美しかった。地球を包んでいる境界はきわめて薄く、微妙な青色をしていた。この青色が黒に変化していくさまは非常に美しく、言葉で表現することはむずかしい」。大気の層が宇宙に溶けこむ境界の青のグラデーション。その後の宇宙飛行士の誰もが印象的であると語ったあの微妙な青の色合いを、ガガーリンは語っていたのです。

ガガーリンはその後、宇宙飛行の現場を離れますが、ソ連の有人月着陸計画がスタートすると、ガガーリンもそのメンバーとなり、ソユーズ宇宙船で飛ぶための訓練を開始します。しかし1968年3月27日、ミグ15 での訓練飛行中に墜落事故で死亡しました。34歳でした。ボストーク1号で飛び立つ直前に、彼は語っています。「私のこれまでの人生は、この日のためにあったように思えます」。まさに彼の短い生涯は、人類を宇宙にみちびくために捧げられたのでした。
アメリカ空軍のX-37B、2度目の打ち上げ
アメリカ空軍の再使用型軌道試験機X-37B の2号機が、3月5日にケープカナヴェラルからアトラス5ロケットで打ち上げられました。

X-37B は無人の小型スペースシャトルといえるものです。全長9メートル、全幅4.5メートル、全高3メートル、質量約5トンで、小型衛星や実験装置などのペイロードを搭載するペイロードベイをもっています。スペースシャトルの軌道上での電力源は燃料電池ですが、X-37B は太陽電池で必要な電力をまかないます。スペースシャトルの宇宙滞在期間が2週間程度であるのに対して、X-37Bは270日間軌道上にとどまることができるよう設計されています。

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軌道上での任務が終了後、X-37B はメインエンジンに点火して軌道を離脱、大気圏に再突入して、カリフォルニア州のヴァンデンバーグ空軍基地の滑走路に着陸します。軌道離脱から着陸まではすべて自動で行われます。メインエンジンの推進剤には四酸化二窒素とヒドラジンが使われています。

X-37B の1号機は昨年4月22日に打ち上げられ、軌道上で224日間の任務を行った後、12月3日に帰還しました。下の写真は、基地に帰還した直後のシーンです。四酸化二窒素とヒドラジンは毒性が高いため、防護服に身を包んだ作業員が安全を確認しています。

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X-37B が軌道上でどのようなミッションを行うかは明らかにされていません。偵察用の新しいセンサーのテストなども行われているでしょうが、1号機、2号機では宇宙往還機自体のさまざまな技術試験が主とみられています。実際のところ、X-37B にはいくつもの新しい技術が盛りこまれています。自動操縦もそうですが(自動操縦で大気圏に再突入し、滑走路に着陸した有翼宇宙船はX-37B が最初です)、耐熱システムもスペースシャトルで使われているものより性能のすぐれたものが採用されています。スペースシャトルでは、大気圏再突入時に最も温度が高くなる機首と翼の前縁には強化カーボン・カーボン材が使われていますが、X-37B ではTUFROC とよばれる新開発のタイルが用いられています。また機体下面の耐熱タイルにはスペースシャトルのものより耐久性のあるTUFI というタイルが、また機体上面の耐熱ブランケットにはCRI という素材が用いられています。

アメリカ空軍は、X-37B によって宇宙へのアクセスと容易にし、必要なミッションを迅速にこなすことを目指しているようです。一部には、X-37B が実用化されると、これに兵器を搭載されるのではないかという議論があるようですが、宇宙空間に兵器をもちこむことは禁止されています。主な任務は偵察活動でしょう。X-37B を運用できるようになれば、従来の偵察衛星とSR-71 のようなスパイ機の活動のギャップを埋めることが可能になります。SR-71 は軌道の変更が可能で、この機能は偵察活動だけでなく、他国の衛星への接近などにも有効でしょう。宇宙空間での実験や小型の人工衛星の軌道投入も行われると思われます。

X-37B は紆余曲折をたどった計画でした。X-37 はもともとNASA が1996年に研究を開始した無人往還機の実験機でしたが、2004年にNASA は手を引き、この計画はDARPA(国防高等研究計画局)に移管されました。2006年からは空軍がこの計画を本格的に推進してきました。空軍は、スペースシャトルで実現できなかった宇宙へのアクセスを、自前の宇宙船を開発することで実現しようとしているのでしょう。

空軍にとっても、機体を製造したボーイング社にとっても、X-37B は1957〜1963年のダイナソア(X-20)計画にまでさかのぼることができます。

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ダイナソアは1人乗りの有翼宇宙船で、タイタン3ロケットで打ち上げられ、軌道上で任務を行った後、地上に帰還するというものでした。

ダイナソアをさらにさかのぼれば、ドイツのオイゲン・ゼンガーが第二次世界大戦中に研究していた有翼宇宙船シルバーバードにたどりつきます。

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第二次世界大戦終了後、アメリカはゼンガーの研究資料をもち帰り、これがベースになってダイナソアが構想されました。一方、ソ連も同じ資料を入手しており、独自のミニシャトルを開発しています。X-37B の背景には、宇宙往還機の長い歴史が横たわっています。
イプシロンロケットと先人たちの情熱
昨日の「ピックアップトークJAXA」では、日本の新しい固体ロケットであるイプシロンロケットについてお話をうかがうことができました。会場は満席で、イプシロンロケットに対する皆さんの関心の高さを物語っていました。

JAXA のイプシロンロケットプロジェクトチームの福添森康さんのプレゼンテーションで、イプシロンロケットの革新性がよくわかりました。初号機は2013年夏に、小型科学衛星SPRINT-Aを打ち上げる予定です。

福添さんの演台には、ペンシルロケットの模型が置かれていました。糸川英夫博士によって全長23センチメートルのペンシルロケットの発射実験がはじめて行われたのは1955年のことでした。以来、ロケット開発に情熱を注ぐ研究者たちのやむことのない挑戦によって、世界最高性能の固体ロケットM-V が完成しました。M-V ロケットは地球低軌道から地球重力圏脱出軌道まで、多様なペイロードを打ち上げる能力をもっていました。「はやぶさ」はM-V-5 で打ち上げられました。

私が昨年夏に訪れた枚方市野外活動センターには、日本の固体ロケット開発の黎明期の写真が並んでおり、たいへん感銘を受けました。下の写真はその中の1枚で、実験場の糸川博士が写っています。

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イプシロンロケットの開発には、M-V で培った技術だけでなく、こうした先人たちのスピリットまでもが受け継がれていることを、福添さんの話から強く感じることができました。
ISS に各国の宇宙船が結合
スペースシャトル、ディスカバリーは国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。これに先がけて、日本の「こうのとり」2号機(HTV 2)は、ディスカバリーのドッキングの邪魔にならないよう、これまで結合されていた「ハーモニー」(第2結合部)の地球側ポートから反対側の天頂側ポートに移設されました。

ISS にはロシアのソユーズ宇宙船、プログレス補給船、ヨーロッパのATV 2号機「ヨハネス・ケプラー」、そして「こうのとり」2号機がドッキングしていました。したがってディスカバリーのドッキングによって、ISS 計画を進めている4極の宇宙船がISS に集合したことになります。

ISS に接近するディスカバリーから撮影した映像にISS の全景がとらえられていました。ISS の下側(地球側)から撮影されており、ロシアのズヴェズダに「ヨハネス・ケプラー」がドッキングしているのが、画面の一番下に見えています。

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ISS から撮影された映像には、「ハーモニー」にドッキングしたディスカバリーが写っています。手前が「きぼう」で、移設された「こうのとり」2号機も金色に見えています。

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ISS 上には現在、12名の宇宙飛行士が滞在しています。
ピックアップトークJAXA 第1回はイプシロンロケット
JAXAi の閉館で中断してしまったマンスリートークが、装いも新たに「ピックアップトーク JAXA」としてスタートすることになりました。

第1回のテーマは、固体ロケットM-V の後継機、イプシロンロケットです。JAXA のイプシロンロケットプロジェクトチームの福添森康さんにお話をうかがいます。

3月2日、午後7時(開場6時30分)から丸善丸の内本店3階の「日経セミナールーム」で行われます。JAXAi のときと違って、整理券が必要です。詳細はこちらでご確認下さい。
若田さん、ISS のコマンダーに
若田光一さんの2回目の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在が決定しました。第38次/第39次クルーとして、2013年末から約6か月、ISS に滞在します。後半の第39次長期滞在では、ISS のコマンダーをつとめることになりました。コマンダーの任務はISS クルーの安全を確保し、長期滞在ミッションを遂行するために、長期滞在の指揮をとることです。

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若田さんは2009年に約4か月半のISS 長期滞在を行いました。若田さんにとって、地球帰還後の次の目標は、2度目の長期滞在とISS のコマンダーだったのでしょう。常に新たな目標に向かって進む若田さんの前向きの姿勢には敬服するしかありません。アメリカとロシアの宇宙飛行士以外でISS のコマンダーとなるのは、ESA のフランク・ディビュナー宇宙飛行士につづいて2人目です。コマンダーに任命されるには、宇宙飛行の経験やリーダーシップだけでなく、各国の宇宙機関や宇宙飛行士から高い信頼を受けていることが必要です。

若田さんは前回の長期滞在の際、コマンダーだったロシアのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士の仕事ぶりに大きな影響を受けたことを語っていました。宇宙ステーションの安全を維持し、クルーを指揮するとはどういうことなのかを、すぐ近くで見て、学んできたわけです。

若田さんは現在、NASA で宇宙飛行士室のISS 運用ブランチのチーフをしていますが、3月からは、新しいミッションに向けて訓練に入ります。宇宙飛行士としての高い資質と、なによりもその素晴らしい人柄で、コマンダーの任務を果たしてくれるに違いありません。
宇宙利用シンポジウム2011
今日は丸ビルホールでJAXA の「宇宙利用シンポジウム2011」が開かれました。第1部の進行役は私がさせていただきましたが、6名の方からご講演をいただき、たいへん充実したシンポジウムとなりました。

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JAXA の本間正修理事からは、ユーザーからのニーズをくみ上げて衛星の開発を行い、衛星を打ち上げ、運用することによって安心・安全で豊かな社会の実現をめざすというJAXA の役割を簡潔に説明していただきました。

「みちびき」のプロジェクトマネージャの寺田弘慈さんからは、現在進んでいる実証実験の途中成果が発表されました。「みちびき」の利用によってカーナビの精度が現在の10メートル前後が1メートル以下になるというのは説得力がありました。

スカパーJSAT 株式会社の前田吉徳さんからは、放送・通信分野の将来像が説明されました。私がとくに興味をもったのが、携帯電話と衛星通信の合体の可能性です。精密測位データも併用し、万能携帯電話が登場するかもしれません。

砂防・地すべり技術センターの池谷浩理事長は、災害監視分野における衛星の利用について話をされました。新燃岳の噴火も続いており、聞いている方々も興味をもたれたと思います。

東京大学の沖大幹先生は地球環境分野での衛星利用について話をされました。沖先生の専門である地球の水循環分野については、JAXA は来年度に、水循環変動観測衛星GCOM-W を打ち上げる予定です。GCOM-W には現在NASA のアクア衛星に搭載されて活躍しているAMSR-E の後継機AMSR2 が搭載されます。

海洋研究開発機構の堀田平理事は、海洋分野における衛星利用の意義と将来への期待についての話をされました。海の上ではインターネットを使うことができず、これは洋上での研究や観測の大きな障害になっていました。「きずな」を用いれば、この問題を解消できます。深海と陸上のシームレスな通信の話も興味深いものでした。

第2部の進行役はテレビ東京の大江麻里子さんで、宇宙飛行士の向井千秋さんも登場し、衛星の利用について活発な討論が行われました。

第1部で私のアシスタントをつとめていただいた流川ミサさんブログはこちらです。
ATV 2号機の打ち上げ準備進む
ヨーロッパの宇宙ステーション補給機ATV 2号機「ヨハネス・ケプラー」の打ち上げ準備が、フランス領ギアナのクールー宇宙基地で進んでいます。

ヨハネス・ケプラーは2月15日に打ち上げられます。打ち上げウィンドウは2月15日〜19日です。国際宇宙ステーション(ISS)とのドッキングは当初2月26日に設定されていました。ところがスペースシャトル、ディスカバリーの打ち上げが2月24日に決定し、26日にISS とドッキングすることになったため、ESA はNASA と協議し、ヨハネス・ケプラーのISS ドッキングを2月23日に行うことにしました。アンドッキングは6月4日の予定です。

ISS には「こうのとり」2号機の次に、ロシアのプログレス補給船M-09M がドッキングしたところです。ISS クルーにとっては多忙な日々が続くことになります。

ATV は直径約4.5メートル、全長約10メートルで、「こうのとり」とほぼ同じ大きさです。与圧部のほか、水や酸素、窒素、燃料などを運ぶためのタンクを装備していますが、暴露部はありません。最大7.5トンの貨物をISS に運ぶことが可能とされています。

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ATV はアリアン5 ロケットで打ち上げられた後、ISS にランデブーし、ズヴェズダ(ロシアのサービスモジュール)にドッキングします。ATV の飛行はフランス、ツールーズのATV コントロールセンターでモニターされていますが、ISS とのランデブー、ドッキングは自動で行われます。自動ドッキング機能をもっているところは「こうのとり」と異なっています。

ヨーロッパでは将来ATV の与圧部を有人カプセルに発展させたARV(Advanced Reentry Vehicle)の構想をもっています。

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スペースシャトルの退役後、ISS への人員輸送はしばらくの間、ソユーズ宇宙船に頼るしかありませんが、ヨーロッパは独自の有人輸送手段を持とうとしています。ロシアとの共同開発や再使用型小型有翼機などの案も考えられていますが、ATV からの発展型はきわめて有力な案といえます。
「こうのとり」2号機、ISSに到着
宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)が国際宇宙ステーション(ISS)に到着しました。2009年のHVT 実証機の打ち上げの際は、H-B ロケットも初号機ということもあり、その飛行を打ち上げから注意深く見守っていましたが、今回は安心して見ていることができました。

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「こうのとり」はISS 計画にとって重要な輸送手段です。スペースシャトル退役後は、実験ラックのような大型の荷物や暴露部に取り付ける装置類は「こうのとり」でしか運べません。日本の宇宙技術の将来にとっても、「こうのとり」は非常に大切な役割を担っています。「こうのとり」は帰還時に大気圏内で燃えつきてしまいますが、これを地上での回収が可能なタイプに改良できれば、その利用方法は大きく広がります。さらに、「こうのとり」は基本的に有人機ですから、日本独自の有人宇宙船の実現につながっていきます。

「きぼう」日本実験棟や「こうのとり」によって、日本の有人宇宙技術はそのレベルの高さを世界に認められるところまできましたが、ここにとどまっているわけにはいきません。宇宙開発分野に限らず、技術には常に新しいチャレンジが必要です。日本の財政は非常に厳しい状況ですが、未来のための芽を摘み取ることない科学・技術政策を期待したいものです。
母なる地球:野口聡一宇宙飛行士の本
野口聡一宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中に撮影し、ツイッターで配信した写真をまとめた『宇宙飛行士が撮った母なる地球』(中央公論新社)が発売になっています。ツイッター上で流れたときにも、ずいぶん話題になりましたが、本の形でもう一度写真を眺めてみると、地球のさまざまな表情を再発見できるかもしれません。

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本書に収録されている野口さんとのインタビューは私が担当しました。動いている地球を撮影するこつ、とくに印象に残った風景など、いろいろな話をうかがっています。インタビューの間に何度か話がおよんだのが、肉眼で見た光景と写真との差異でした。人間の視覚というのは素晴らしいもので、解像度の高いカメラで撮影しても、肉眼で実際に見た光景の詳細さには勝てないようです。また、野口さんの写真の中には、地球の表面だけでなく、ISS の一部や地平線が一緒に写っているものがあります。宇宙空間ではこのような場合、明暗のコントラストが非常に強くなります。カメラの露出を暗い方に合わせると、明るい方がとんでしまいます。明るい方を適度な露出にすると暗いところがつぶれてしまいます。ところが、人間の目はその両方をちゃんと見ることができます。

自分が見たままの光景をどうやって写真に撮ったらいいか、たぶん野口さんはずいぶん苦労されたのではないかと思います。野口さんの写真がそれぞれ味わい深いのは、そうした思いがこめられているためではないでしょうか。
JAXAi 最後の日
JAXAi の閉館日となった昨日は、朝からたくさんの方がJAXAi を訪れ、名残を惜しみました。日本の宇宙活動に気軽に触れることのできる施設として、これまで多くの方に愛されてきたJAXAi がなくなることは、とても残念です。

JAXA の情報はインターネットで得られますし、筑波や相模原などの施設には充実した展示場所があります。しかし、宇宙についてちょっと知りたいことがあるといった場合、JAXAi はとても便利な場所でした。スタッフが親切に説明してくれるところは、展示物や資料が置いてあるだけの施設とはまったくことなります。それほど広いスペースではありませんでしたが、ここでJAXA の動画を見たり、スタッフと話をしたりしているうちに、自分も日本の宇宙活動にかかわりをもっていることを実感させてくれました。6年後の軌道投入に挑戦する「あかつき」を応援するための「千のあかつき」キャンペーンでは、目標を上まわる2000個以上の「あかつき」のペーパークラフトが全国からJAXAi に届けられたとのことです。

JAXAi は子供たちにも人気でした。たくさんの子供たちがご両親と一緒にJAXAi を訪れましたし、修学旅行で東京に来た生徒たちも、自由時間に自主的に、あるいは先生に引率されてここにやってきました。JAXAi のような施設は未来をになう子供たちのために必要です。

事業仕分けでは、効果が不明という指摘がありましたが、宇宙や科学に対する国民の関心を深め、子供たちに大きな夢を与えたという点で、私は十分なコスト・パフォーマンスがあったと思います。場所が東京駅に近いため、確かに家賃は高かったでしょうが、JAXAi 内の展示パネルやイベントなどの際にもらえるお土産などは手作りのものも多く、お金はかけないけれど心のこもったそのような工夫が、JAXAi の魅力でもありました。

午後6時30分からは、1階の広場で特別トークセッションが行われました。ゲストは、再来年にISS で長期滞在が予定されている星出彰彦宇宙飛行士、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャの川口淳一郎先生、そしてJAXA の立川敬二理事長という豪華な顔ぶれでした。ナビゲーターは私がさせていただきました。ゲストの方々からは2010年をしめくくる素晴らしいお話をいただき、最後に立川理事長が、JAXAi は閉館になるが、これからもいろいろな形で広報活動を積極的に進めていきたいと話されました。

JAXAi

午後8時、JAXAi 入口でJAXA の舘和夫広報部長が最後のあいさつをして、JAXAi は閉館となりました。閉館に際しての来場者やJAXAi スタッフ、関係者の涙は、この施設にたくさんの人の思いがこめられていたことを物語っていました。

JAXAi

JAXAi 閉館についての私の率直な気持ちは、「民主党はずいぶん馬鹿なことをしたものだ」ということです。税金の無駄を削ること自体は大事なことですが、事業仕分けの経緯を見ていると、その本来の目的が果たされているとは到底思えません。仕分けの対象となった事業の中には名前を変えて復活しているものもあると伝え聞きますが、JAXA は仕分けの結果を受け止め、大人の対応をしたと思います。JAXAi はなくなりますが、ここで得られた多くの人とのつながりや多数のノウハウは、これからのJAXA の広報活動に生かされていくと私は信じています。
JAXAi での最後のマンスリートーク
JAXAi は12月28日で閉館のため、JAXAi でのマンスリートークは今日が最後となりました。今日はJAXA 有人宇宙環境利用ミッション本部の松尾尚子さんに来ていただき、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう実験棟」の2010年の成果と来年の話題を話していただきました。

2010年は、野口聡一宇宙飛行士のISS 長期滞在や山崎直子宇宙飛行士のスペースシャトルでの飛行など、話題の多い1年でした。「きぼう」内に設置されている流体実験ラックと細胞実験ラックでの科学実験は2008年8月にはじまっており、すでに数々の成果が出ています。来年1月20日に打ち上げが予定されている「こうのとり」2号機(HTV 2)では、さらに多目的実験ラック、温度勾配炉ラックが「きぼう」に運ばれます。また、船外実験プラットフォームに設置されたMAXI(全天X 線監視装置)は、新X 線天体をすでに2個発見しています。

来年には古川聡宇宙飛行士がISS で長期滞在の予定です。古川さんからは、今日のマンスリートークのためにメッセージ動画が送られてきました。医師としての経験をいかして、ぜひISS で頑張っていただきたいと思います。

JAXAi では28日18時30分からクロージング特別トークセッションが予定されています。
月からのクリスマス・メッセージ
それは1968年のことでした。12月21日に打ち上げられたアポロ8号は12月24日に月を周回する軌道に入りました。クルーはフランク・ボーマン(コマンダー)、ジム・ラベル(司令船パイロット)、ウィリアム・アンダース(月着陸船パイロット)の3名でした。人類初の月への有人飛行であり、月の地平線から青い地球が上ってくる、いわゆる「アースライズ」の写真を撮影したのも、このアポロ8号が最初でした。

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月を9周したところで、人類初の月からのTV 中継が行われました。「地球上のすべての人のために、アポロ8号のクルーからお送りしたいメッセージがあります」。そして、アンダース、ラベル、ボーマンは順番に旧約聖書の『創世記』の最初の部分を読み上げました。「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。・・・」。生命の痕跡さえない荒涼とした月面をカメラで写しながら読み上げられるそれらの言葉は、宗教を超えて、宇宙への畏敬をあらわすものであったと、私は思います。

「・・・神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた」。そしてボーマンはアポロ8号からのメッセージを次にように締めくくりました。「グッドナイト、グッドラック、そしてメリー・クリスマス。良き地球のすべての人々に神の祝福があらんことを」。それはまさに、人類にとって特別なクリスマスイブでした。

当時、アメリカと旧ソ連は月有人着陸一番乗りを競っていました。1968年に入ると、アメリカでは開発していたサターンV 型ロケットが登場し、地球周回軌道での無人飛行に成功していました。一方、ソ連はプロトン・ロケットとゾンド宇宙船による無人での月周回飛行に2度成功していました。

12月上旬、ソ連に月への打ち上げウィンドウが開いていました。アメリカはソ連がこの機会に有人のゾンドを打ち上げられるものと考えていました。しかし、宇宙飛行士を乗せたゾンドが発射台を離れることはありませんでした。ソ連は月着陸競争には破れましたが、月周回一番乗りでは、わずかではあるものの競争に勝つ可能性がありました。しかしプロトン・ロケットにはトラブルが発生しており、ソ連はそのチャンスを逃してしまいました。

月への打ち上げウィンドウは、打ち上げの場所、月と地球の位置、ロケットと宇宙船の性能、さらに月着陸の場合には着陸地点の位置や着陸地点での太陽の角度などによって決まります。12月下旬、今度はアメリカに月への打ち上げウィンドウがめぐってきました。アポロ8号はサターンV 型ロケットに有人のアポロ宇宙船を乗せる最初の飛行でした。この飛行を地球周回軌道で行う案もあったのですが、NASA はアポロ8号を月周回軌道に送るという大胆な決断を下しました。ソ連の月周回飛行が近いというCIA からの情報が入っていたからです。こうしてアポロ8号は歴史的な旅に出発したのです。なお、この時点で月着陸船は完成しておらず、アポロ8号の打ち上げでは、月着陸船と同等の重量物がダミーとして搭載されました。
ロシアの新型宇宙船
12月13日に打ち上げの予定であったソユーズTMA-20 の帰還モジュールは、バイコヌール宇宙基地に輸送された際に損傷を受けたため、ソユーズTMA-21 の帰還モジュールと交換されることになりました。交換用のモジュールはすでにエネルギア社からバイコヌールに到着しており、モジュールの結合と試験が行われることになります。このため、ソユーズTMA-20 の打ち上げは多少遅れますが、ISS 計画自体には何ら影響はないようです。

ソユーズTMA-01M、いわゆるデジタル・ソユーズはISS に何の問題もなくドッキングしました。ロシアからは次世代の有人宇宙船について、いくつもの話が流れてきています。その1つは、TMA-M シリーズのもととなったソユーズ700シリーズの開発です。先日も書いたように、TMA-M シリーズは当初の構想からみると控えめな改良にとどまっており、ソユーズの開発はまだ続いていると考えられます。この開発計画の延長には、ソユーズを月周回のための宇宙船とする構想もあるといわれています。1960年代はじめに登場したソユーズは、もともと有人月ミッションのための宇宙船として開発されたわけですから、もしもこれが実現すれば、きわめて興味深い話となるでしょう。

エネルギア社では、次世代の有人宇宙船を開発中とのことです。この宇宙船がどのようなものか、よくわかりませんが、最近の情報では、パラシュートで着陸する際、ジェットエンジンを併用することにより、着地精度をソユーズの半径20km 以内から、その10分の1の半径2km 以内に向上させることをめざしているとのことです。これによって、帰還の際の危険性が低減されるとともに、回収チームの負担も大幅に減ります。この宇宙船は2015年に試験飛行(無人)を行う予定だそうです。

一方、再利用型のミニシャトルの構想も依然としてあるようです。ロシアではクリッパーというミニシャトル型の宇宙船をヨーロッパなどに売り込んできました。再使用型の宇宙船はエネルギア社とは別の系列、具体的にはモルニア社によってMAKS とよばれたシステムとして開発されてきた歴史的経緯があります。MAKS は加速用の第1段に超音速機を利用するもので、20年以上前の時点で、実用にかなり近いところまでいっていました。ロシアにはこうした技術が、まだ眠っているようです。
ソユーズ宇宙船TMA-M シリーズ登場
第25次長期滞在クルーであるスコット・ケリー、アレクサンダー・カレリ、オレッグ・スクリポチカ各宇宙飛行士を乗せたソユーズTMA-01M は、10月8日にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、10日に国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしました。TMA-01M は、ソユーズ宇宙船の新シリーズであるソユーズTMA-M シリーズの初号機です。下の画像はISS に接近したソユーズTMA-01M です。

SoyuzTMA-01M

ソユーズ宇宙船は1960年代に登場して以来、ソユーズT、ソユーズTM、ソユーズTMA と進化してきました。ソユーズTMA-M はソユーズ700 として開発されてきた新型ソユーズで、「デジタル・ソユーズ」ともよばれてきました。ソユーズ700 は当初、きわめて革新的な改良を加える計画で開発が進められていましたが、資金の不足や開発の遅れなどにより、ソユーズTMA-M は限られた範囲での改良にとどまったようです。

とはいえ、ソユーズTMA-M はソユーズTMA にくらべて大幅に改良されているといわれています。まず、1974年以来使われてきたメインコンピューターArgon-16 に代わって新型のコンピューターTsVM-101 が搭載されました。また、ソユーズ宇宙船はこれまで、宇宙船各部をモニターするためのテレメトリーシステムに5基のアナログプロセッサーを用いていましたが、これがMBITS というデジタル装置に替えられました。これによって、ソユーズ宇宙船は完全にデジタル化されたとのことです。

下は、ソユーズTMA-01M のミッションパッチです。子供から寄せられた空高く飛んで行く鳥の絵がモチーフになっており、その鳥の姿が「0」と「1」で表現されているのは、この飛行が「デジタル・ソユーズ」のものであることを示しています。

SyuzTMA-01M_missionpatch

アビオニクス関連の装置も最新型になりました。全部で19の新しい装置によって、36の古い装置が置き換えられました。これによって、70kgの重量削減がはかられ、その分だけペイロードを搭載可能となりました。また、消費電力も大幅に少なくなりました。

TsVM-101 やMBITS はすでにプログレス補給船に搭載されて試験済みですが、ソユーズ宇宙船での試験が今回、ベテラン宇宙飛行士のカレリさんによって行われます。とくに地球帰還時のマニュアルモードなどはプログレスでは試験されていません。

ロシアではTMA-M 宇宙船の最初の2回の飛行をTMA-M シリーズの試験飛行としており、飛行中に発見された問題点を順次解決していく予定です。TMA-01M で明らかになった改善点を解決するためには多少時間がかかると予想されているため、12月に予定されている次の打ち上げには、従来のTMA 宇宙船が用いられます。この宇宙船TMA-20 は、TMA-01M の打ち上げを延期せざるをえない事態になった場合のバックアップとして、すでにバイコヌール宇宙基地に運ばれていましたが、輸送の途中で受けた損傷が深刻との情報もあり、現在12月13日に予定されている打ち上げは延期される可能性もあります。
準天頂衛星初号機「みちびき」打ち上げ成功
準天頂衛星初号機「みちびき」の打ち上げが成功しました。「みちびき」は今後約2週間でトランスファー軌道、ドリフト軌道をへて準天頂軌道に投入される予定です。その後、約3か月間の初期機能確認の後、本格運用に入ります。

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今回の打ち上げに成功により、H-A ロケットは18回の打ち上げで17回成功したことになります。打ち上げ成功率は94%です。これは世界のトップクラスの数字です。ちなみに、H-A の競合ロケットの打ち上げ成功率は、アメリカのデルタ4が91%、アトラス5が95%、ヨーロッパのアリアン5が94%、ロシアのプロトンK が94%、ゼニット3が91%、中国の長征3が90%となっています。
関西発の宇宙開発
枚方市野外活動センターで行われた関西宇宙イニシアティブ(KaSpI)主催の宇宙ふれあいサマーキャンプに参加してきました。

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1日目の星空観望はあいにくの曇り空でしたが、同センターにある60cm 望遠鏡で、雲の切れ目からアルビレオの二重星を見ることができました。また、京都大学花山天文台台長の柴田一成先生と研究室の方によって、4D2U の投影も行われました。「ようこう」のデータによる太陽の極小期および極大期の3D 映像、「ひので」のデータによる太陽の3D 映像、「ひので」のデータとSOHO による磁力線の比較など興味深い映像を見せていただきましたが、これらは京都大で制作されたものです。

花山天文台は1929年に設立された当時から、天文台をアマチュアに公開してきました。現在、NPO法人「花山星空ネットワーク」が設立され、市民向けの活動を行っています。

2日目には、私も子供たちに宇宙の話をしました。

KaSpI は関西に小型人工衛星開発の新たな拠点をつくることを目的としており、「宇宙の身近に」が合言葉です。KaSpI が打ち上げを考えている人工衛星KaSpI-1には、軌道上の衛星に子供たちが直接ふれることのできる機能が搭載され、子供たちが衛星に向けて命令を送ると、衛星がそれにしたがう様子が、スクリーンに映し出されるとのことです。こうして、子供が宇宙に直接ふれあう機会をつくろうというわけです。「まいど1号」は打ち上げられたものの、関西発の宇宙開発はこれからと考えるKaSpIの活動を、私も応援させていただきたいと思います。
準天頂衛星初号機「みちびき」の利用
今日のJAXAi でのマンスリートークは、JAXA の衛星利用推進センター準天頂衛星システムプロジェクトチーム主任開発員の小暮聡さんをお招きし、準天頂衛星初号機「みちびき」の利用について、お話をうかがいました。「みちびき」は今年夏に打ち上げの予定です。会場は立ち見の方が多数出る盛況で、宇宙利用に対する関心の高さを物語っていました。

現在、測位衛星システムをもっているのはアメリカとロシアですが、さらにヨーロッパ、中国、インドが計画を進めています。衛星による測位情報は生活の利便性の向上や災害時の安全確保など、多くの分野に役立つと期待されていますが、そのためには測位データの精度を高めることが必要です。準天頂衛星はGPS の補完という役割を果たすわけですが、測位データの精度が向上することによって、いかに優れたサービスが可能になるかがよくわかりました。

JAXA のみちびき特設サイトには、「みちびき」に関する多くの情報がアップされています。まもなく「みちびき」のウェブサイト「QZ-vision」も開設されるとのことです。
軌道上のイコン
野口聡一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在中の写真の中に、私が「おやっ」と思った写真がありました。野口宇宙飛行士がコマンダーのオレッグ・コトフ宇宙飛行士と、ロシアのモジュール、ズヴェズダで食事をしている写真(左)ですが、私が気になったのは、野口宇宙飛行士の後ろにある、ズヴェズダの壁です。ここには、右側には宇宙開発の父といえるコンスタンティン・ツィオルコフスキーの写真が、左には世界初の有人宇宙飛行を行ったユーリー・ガガーリンの写真が貼ってあります(右)。どちらもロシアの宇宙開発を語る上で欠かすことのできない人物です。

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ここは、野口宇宙飛行士がISSにやってきたときには、下のようでした。ツィオルコフスキーとガガーリンの写真の間にはイコンが飾ってありました。また、コトフ宇宙飛行士の後ろには、写真がもう1枚貼ってありました。

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この一番左の写真を私はこれまで見たことがなく、これが誰なのか、以前から気になっていたのですが、先日、若田さんがこれもツィオルコフスキーだと教えてくれました。若田さんら第20次長期滞在クルーが今年2月に来日した際、2人のロシア人宇宙飛行士、コマンダーのゲナディ・パダルカ宇宙飛行士、そしてロマン・ロマネンコ宇宙飛行士と話をする機会がありました。そのときも、この写真が話題になりましたが、ロシアでは皆が知っている写真のようです。

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若田さんがISSに滞在していたときの上の写真には、ロシアが開発中といわれるミニ・シャトル型の有人宇宙船クリッパーの模型が置かれていました。また、天井近くに十字架とイコンが飾ってありました。それより2年ほど前の第15次長期滞在クルーのころには、下の写真のように、ロシアのチーフデザイナー、セルゲイ・コロリョフの写真が飾られていました。

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ズヴェズダのこの場所は、ロシアの宇宙飛行士たちが地上からもってきた写真や思い思いの品を飾るところになっています。ロシアの宇宙開発史にとって最も重要な3人の人物の写真が、宇宙飛行士たちとともに飛行しているのは当然といえますが、それらと一緒に飾られているイコンは、ロシアの伝統的な文化や生活習慣が宇宙に持ちこまれていることのあらわれといえるでしょう。今では、バイコヌール宇宙基地から宇宙へ旅立つ宇宙飛行士たちは、ロシア正教の聖職者に聖水で祝福されてから、宿舎であるコスモノート・ホテルを出発するのです。

由緒ある歴史的なイコンが、宇宙を飛んだことも何度かあったようです。最近では2009年9月30日に打ち上げられたソユーズTMA-16によって、『しるしの聖母』として有名なイコンがISSに運ばれ、地球を176周した後、ソユーズTMA-14で10月11日に地球に戻りました。
バズ・オルドリンの長い旅路:どんなスーパーマンにもロイスは必要だ
アマゾンで予約していたバズ・オルドリンの “Magnificent Desolation: The Long Journey Home from the Moon” が届きました。

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オルドリンはアポロ11号でニール・アームストロングとともに初めて月面を歩きました。現在でも宇宙計画の将来について積極的に発言し、行動していますが、月から帰還後、一時は精神のバランスを崩し、鬱(うつ)やアルコール依存におちいり、離婚も経験しました。

アマゾンから来た案内で目次を見たとたん、これがどんな本かが分かりました。第1章は “A Journey for All Mankind” で、彼が月に旅立つところからはじまります。地球に戻った後の第4章は “After the Moon, What Next?” です。さらに第6章 “Flying High, Flying Low”、第8章 “Human Side of Hero”、そして第9章 “A Controlled Alcoholic” と続いていきます。

第15章は “Every Superman Needs His Lois” でした。「どんなスーパーマンにもロイスは必要だ」。この場合のロイスは、スーパーマンの恋人のロイス・レインであると同時に、彼の現在の妻の名前でもあります。この章のタイトルを見て、私はすぐにこの本を注文しました。

朝から少しずつ時間をみつけながら、ざっと読んでみました。本書のタイトルである “Magnificent Desolation” (壮大なる荒涼)とは、彼が月面で見た光景と、月から帰った後に彼が体験した精神の風景を意味しています。本のサブタイトルにもあるように、この本は、月から戻ったオルドリンが自らの家にたどりつくまでの長い旅について書かれたものです。彼の帰還の物語は、『オデュッセイア』のような数々の冒険に彩られた英雄譚ではなく、仕事の失敗や抗うつ剤、アルコール、離婚、孤独、父の死といった人間的要素に満ちています。彼がこうした状態から立ち直るきっかけとなったのが、ロイスとの出会いでした。

共同執筆者がニューヨーク・タイムスの売れっ子ライター、ケン・エイブラムであるため、ところどころ文章が出来過ぎの感はありますが、アメリカン・ヒーローの “rebirth” と “reunion” の物語として、これまで書かれた宇宙飛行士の本とは一線を画すものになっています。

本書は2009年にハードカバーで出版されたもののペーパーバック版です。本書のあとがきで、オルドリンは今年2月に発表されたオバマ大統領の新宇宙政策について新たに書いています。オバマ大統領の新政策の根拠となった昨年のオーガスティン委員会で、オルドリンは自らの意見を述べる機会があったようです。そこで、彼は以下の3つの点を主張しました。
.▲瓮螢の新しい有人宇宙船が完成するまで、スペースシャトルの飛行は継続すべ
 きである。
月への有人飛行は、かつてのアポロ計画のようにアメリカ単独で行うのではなく、
 国際共同プログラムとして行うべきである。
NASAは2030年代の火星有人着陸を目指すべきである。
彼はオバマ政権下で増額された予算を有効に使って、NASAが火星有人探査に積極的に取り組むことを期待しています。
野口宇宙飛行士、帰還
本日、12時25分、ISS 第23次長期滞在クルーであるオレッグ・コトフ宇宙飛行士、野口聡一宇宙飛行士、ティモシー・クリーマー宇宙飛行士を乗せたソユーズTMA-17は、予定通り、カザフスタンに着陸しました。

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野口宇宙飛行士の飛行については、また別の機会に書くとして、今日の着陸の様子を見て私が感じたことは、日本の宇宙開発が新しいステージへと移行しているということでした。これからは、日本の宇宙飛行士が地球に帰還して最初に見る風景は、地平線まで広がるカザフスタンの草原なのです。

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今後、ロシアの技術だけでなく、ロシアの文化やロシアの人々の考え方をより理解することが大切です。
野口聡一宇宙飛行士、帰還への準備進む
国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の野口聡一宇宙飛行士は、ソユーズTMA-17での6月2日の帰還に向けて準備を進めています。

宇宙船の大気圏再突入は、きわめてクリティカルなイベントであり、宇宙船の信頼性が問われます。ソユーズ宇宙船は大気圏再突入後、最大重力加速度が4〜5G になるよう姿勢を制御しながら降下していきますが、姿勢制御を行わない「弾道モード」での帰還もあります。この場合、着陸地点は通常の着陸地点より約450km 手前(西方)になります。最近では2007年のソユーズTMA-10、2008年のソユーズTMA-11での帰還が弾道モードで行われました。弾道モードの場合、宇宙飛行士には10G 程度がかかるようですが、弾道モードだからといって、それ自体が危険な帰還であったということにはなりません。ロシアもNASA も、弾道モードを通常用いられる帰還モードの1つとして位置づけています。ソユーズ宇宙船はいくつもの帰還モードを用意し、宇宙船の信頼性を高めているわけです。

野口宇宙飛行士はソユーズ宇宙船のフライトエンジニアとして、帰還に臨みます。ソユーズ宇宙船に搭乗するためには、フライトエンジニアの資格が必要で、若田光一宇宙飛行士、古川聡宇宙飛行士、星出彰彦宇宙飛行士、山崎直子宇宙飛行士も資格を取得しています。今後、ISS に行くためにはソユーズ宇宙船を使わなければならず、フライトエンジニアの資格は必須です。フライトエンジニアの訓練はハードで、特に試験官を前にして行われる「最後の口頭試問」の厳しさは、宇宙飛行士の人たちから何度も聞いたことがあります。

野口宇宙飛行士のフライトエンジニアとしての経験は、今後ソユーズ宇宙船に搭乗する日本人宇宙飛行士にとって、さらには、これからの日本の有人宇宙計画そのものにとって貴重なものとなるでしょう。見事な着陸を期待したいと思います。

野口宇宙飛行士の今回の飛行は、日本人宇宙飛行士がソユーズ宇宙船での打ち上げから着陸まで一連のミッションを行った最初の飛行として、歴史に記録されるべきだと私は思います。
野口宇宙飛行士の帰還をJAXAi で中継
国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在している野口聡一宇宙飛行士は、ソユーズTMA-17で6月2日(水)に帰還する予定です。JAXA では帰還の模様をインターネットでライブ中継しますが、丸の内のJAXAi でもパブリックビューイングを行います。マンスリートークはいつも午後6時30分から行っていますが、着陸が日本時間のお昼ごろに予定されているため、この日は午前11時からはじめる予定です。映像はNASA TV を経由して送られてきます。JAXA の村木祐介をおよびし、私が進行役をつとめます。

日本人宇宙飛行士によるソユーズ宇宙船での着陸は今回が初めてです(秋山豊寛氏は宇宙飛行士ではなく、NASAの表現で言えばspaceflight participant=同乗者でした)。野口宇宙飛行士の元気な姿が見られることを期待しています。

ソユーズ宇宙船の帰還は以下のようにして行われます。ISS からの分離(アンドッキング)は、着陸の3時間23分前に行われます。ISS とソユーズの結合機構が外れると、ソユーズは秒速10cm ほどの速度でISS から離れていきます(1)。アンドッキングから6分後、ISS から約20m 離れたところで、ソユーズは15秒間エンジンを噴射し、ISS から遠ざかっていきます(2)。アンドッキングから2時間29分後、ISS から約20km 離れたところで、ソユーズは4分21秒間の軌道離脱噴射を行います(3)。

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アンドッキングから2時間57分後、ソユーズの軌道モジュールと機器/推進モジュールが帰還モジュールから切り離されます(4)。3分後、帰還モジュールは高度約120km で大気圏に再突入します。帰還モジュールは高温のプラズマに包まれ、高度40km あたりで最大G(4〜5G)に達します(5)。2つのパイロット・パラシュートが開き、続いてドラッグシュートが開きます。これによって、降下速度は秒速約230mから秒速約80m に減速されます。さらにメイン・パラシュートが開き、降下速度は秒速約7m にまで落ちます(6)。パラシュートのハーネスは最初、帰還モジュールを30度の傾きで吊り下げていますが、やがて垂直に吊り下げるような位置に移動します。

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帰還モジュールは降下していきます(7)。モジュールが着地する2秒前、高度80cm のところで軟着陸用の6基のエンジンを噴射します。これによって降下速度は秒速1.5m まで減速され、着地時の衝撃が緩和されます(8)。モジュールは着地し、回収チームが到着します(9)。

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ソユーズの着陸に関しては、これまでも印象的なシーンがとらえられています。下は、2009年4月8日、ソユーズTMA-13 の着地の瞬間です。

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下は2006年9月29日、ソユーズTMA-8 着陸後の回収シーンです。

NASA
アトランティスが帰還
スペースシャトル、アトランティスが26日午前8時49分18秒(アメリカ東部夏時間、日本時間午後9時49分18秒)、ケネディ宇宙センターに帰還しました。アトランティスにとって、これが予定されている最後の飛行でした。

NASA

いつもと同じように、アトランティスは見事な着陸を見せました。着陸から約1時間後、STS-132のクルーは滑走路に元気な姿を見せ、アトランティスの機体を見てまわる「ウォークアラウンド」を行いました。これもまた、いつも行われているものですが、これが最後の飛行のためでしょうか、この日は少し特別で、カメラの数がいつもより多かったようです。

NASA

クルーはアトランティスの前にならび、コマンダーのケネス・ハム宇宙飛行士が短いスピーチを行いました。「無事に帰ってこれてうれしい。ミッション期間中を通じて、アトランティスはパーフェクトだった」というハム宇宙飛行士の言葉には、25年にわたる任務を全うしたアトランティスへの愛着と敬意がこめられているように思えました。
コマロフの墜落
EMI クラッシクスの『惑星』を購入しました。指揮はサイモン・ラトル、演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。クライド・トンボーにより冥王星が発見されたのは、グスターヴ・ホルストの死の4年前の1930年のことで、ホルスト自身は冥王星を『惑星』に追加することはできませんでした。2006年3月録音のこの『惑星』には、コリン・マシューズ作曲の「冥王星」が収録されています。皮肉なことに、この年の8月にプラハ開かれた国際天文連合(IAU)総会で、冥王星は惑星ではなくなり、新たにつくられた「準惑星」というカテゴリーに含めることが決定されました。

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私がこの『惑星』を選んだ理由は、冥王星ではありません。CD2に入っているブレット・ディーン作曲の「コマロフの墜落」を聴きたいと前から思っていたからです。CD2にはこのほか、カイヤ・サーリアホ作曲「小惑星4179〜トゥータティス」、マティアス・ピンチャー作曲「オシリスに向かって」、マーク=アントニー・ターネイジ作曲「セレス」が入っています。

ソ連の宇宙飛行士ウラジーミル・コマロフは1960年に宇宙飛行士に選抜され、1964年にボスホート1号で初飛行をしました。世界初の有人宇宙飛行を行ったユーリー・ガガーリンの親しい友人でもありました。

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1967年4月23日、コマロフの乗ったソユーズ1号がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。コマロフにとっては2回目の飛行でした。当時、アメリカとソ連は月着陸一番乗りの競争を展開していました。月への有人飛行のためにソ連が開発した宇宙船がソユーズです。

ソユーズ1号が予定の軌道に入ると、コマロフの妻ワレンチナは同僚の宇宙飛行士パベル・ポポビッチから、夫が宇宙にいることを知らされました。当時のソ連では、有人宇宙船の打ち上げは国家機密であり、コマロフは宇宙に行くことを事前に妻に告げてはいませんでした。

打ち上げは順調に行われましたが、すぐにトラブルが発生しました。2枚の太陽電池板のうち左側の1枚が開かず、十分な電力が得られなかったのです。おまけにスターセンサーが働かず、姿勢制御ができない状態でした。宇宙船は制御不能におちいりました。コマロフは宇宙船のコントロールを回復しようと試みましたが、うまくいきませんでした。

ソユーズ1号は7周目から13周目まで、ソ連の追跡局の交信範囲を外れてしまいます。管制室からは交信が回復するまで、就寝するようにという指示が出されましたが、おそらくコマロフはその間も宇宙船と格闘していたと思われます。13周目で交信が回復したとき、コマロフは宇宙船がまだ制御不能であることを報告してきました。

ソユーズ1号は翌日に打ち上げられるソユーズ2号とドッキングすることになっていました。月への飛行に必要なドッキングと船外活動による宇宙飛行士の移乗をテストするためでした。しかし、ここにいたって、ソユーズ2号の打ち上げはキャンセルされ、コマロフは緊急帰還することになりました。16周目、コマロフは大気圏再突入を試みましたが、うまくいきませんでした。17周目での試みも、不成功に終わりました。

事態はきわめて深刻でした。急きょ、コマロフの妻ワレンチナのもとに、管制室から迎えの車が差し向けられました。コマロフとワレンチナは数分間、2人だけで話をすることができました。

18周目、コマロフはなんとか宇宙船の姿勢を制御し、大気圏突入を成功させました。しかし降下の最終段階で問題がおこりました。メインパラシュートを引き出すためのドラッグシュートがからまってしまったのです。そのため、メインパラシュートは開きませんでした。宇宙船は地上に激突し、コマロフは宇宙飛行で死亡した最初の人間となったのです。

ソユーズ宇宙船のパラシュートには開発当初から問題があり、ソユーズ1号の打ち上げ時にも、問題は完全には解決していなかったとみられます。ソユーズ1号の搭乗者はプライムがコマロフ、バックアップはガガーリンで、コマロフが搭乗を断れば、ガガーリンが搭乗することになっていました。しかしコマロフはソユーズ1号の飛行の危険性を知っており、友人であり、国家的にも重要な人物であるガガーリンを危険にさらすわけにはいかないと判断し、搭乗を引き受けたといわれています。コマロフの遺体はクレムリンの壁に埋葬されました。

ブレット・ディーンは「コマロフの墜落」を作曲するにあたり、コマロフとワレンチナの最後の会話の場面に強い印象を受けたようです。確かにそれは、ソ連の有人宇宙計画の歴史の中でも他に例のない特別なエピソードでした。「この情景はこの作品の中ほどの、短いながらも抒情的な部分で表現されている」と、ディーンは述べています。
速度制限1万7500マイル
国際宇宙ステーション(ISS)には、現在、13名の宇宙飛行士が滞在しています。ISS の長期滞在クルー6名と、STS-131のクルー7名です。スペースシャトルがドッキングしている間、ISS 上での毎日は特に多忙ですが、そのような中、食事の時間はクルーにとって大きな楽しみの1つです。ISS での楽しそうな食事の光景が送られてきています。

nasa

一番奥にいるのはSTS-131のパイロットのジェームズ・ダットン、右側の3人は奥から野口聡一(ISS 長期滞在クルー)、トレーシー・カードウェル(ISS 長期滞在クルー)、ステファニー・ウィルソン(STS-131クルー)、真ん中はクレイトン・アンダーソン(STS-131クルー)、左の2人はオレッグ・コトフ(ISS 長期滞在クルー)、ミカエル・コニエンコ(ISS 長期滞在クルー)各宇宙飛行士です。

皆が食事をしているのは、ユニティー・モジュールです。ここがユニティーであることをすぐに見分けるこつは、一番奥に見えている黄色の「交通標識」です。

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「工事中注意!」の標識は、現在ISS が建設途上であることを示しています(もうすぐ完成しますが)。その下には、工事中のため「速度制限17500マイル」と書かれた標識があります。これは、ISS の飛んでいる速度を示しています。右側の「28000km/h」はこれをkm 表示に直したものです。アメリカのモジュールではありますが、「マイル」だけでなく「km」でも表示されているのは、いかにも国際宇宙ステーションらしいところです。この速度を秒速に直すと、約7.8km となり、マッハ数では約23になります。
Apollo 13: 40 Years Later
NASA のアポロ13号のページです。
アニメーションでの説明、当時の映像、写真を見ることができます。

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アポロ13号:Failure is not an option
アポロ13号の劇的な帰還に関しては、ヒューストンのミッション・コントロール・センター(MCC)が大きな役割を果たしました。アポロ13号ミッションで、主任フライト・ディレクターとしてMCCのホワイトチームを率いたジーン・クランツは、アポロ13号のクルーとともに大統領自由勲章を授与されています。彼のトレードマークはクルーカットの髪と、ミッションにかかわる人々に敬意を表して着用していたベストでした。

アポロ13号にまつわる言葉として有名なのが ”Failure is not an option”(失敗という選択肢はない)です。この言葉はヒューストンではとても有名で、スペースセンター・ヒューストンに行くと、Tシャツやポストカードなどにこれを使ったスーベニアーがたくさん並んでいます。

”Failure is not an option” は時としてジーン・クランツの言葉とされますが、実際はトム・ハンクス主演の映画『アポロ13』(1995年公開)の制作時に誕生したものです。『アポロ13』は、アポロ13号の船長だったジェームズ・ラベルの著書『Lost Moon』の映画化でした。細部に事実と異なるところがあったり、ハリウッド流の演出が気になる点はあるものの、よくつくられた映画だと思います。私が一番気になったのは、トム・ハンクスが実際のラベル船長にぜんぜん似ていないことでした。

さて、『アポロ13』がつくられる前、2名の脚本家がヒューストンを訪れ、アポロ13号当時のフライト・コントローラーであり、『アポロ 13』のテクニカル・アドバイザーをつとめたジェリー・ボスビックに取材しました。「MCCの人たちというのは、どのような人種なのですか」「パニックになることはあるのですか」といった質問に、ボスビックは「何か悪いことが起きたとき、私たちは冷静にすべての選択肢を考えました。失敗はそれらの選択肢の中にはありませんでした。私たちはパニックになることはありません。解決策を見つけることをあきらめたことはありませんでした」と答えました。

ボスビックの言った ”we just calmly laid out all the options, and failure was not one of them” は、いたく彼らを刺激したようです。「映画のキャッチフレーズはこれだ!Failure is not an option。あとはこれを誰の台詞にするかだ」。こうして『アポロ13』で、ジーン・クランツを演じたエド・ハリス(こちらは本人に似ていました。もっと似ていたのはディーク・スレイトン役のクリス・エリスでしたが)が、”We’ve never lost an American in space and we’re sure as hell not gonna lose one on my watch! Failure is not an option!” と皆に檄を飛ばすシーンが誕生したのです。

”Failure is not an option” が多くの人に勇気を与える言葉であることは間違いないでしょう。ジーン・クランツ自身も、ミッション・コントロールの任務を的確に表現する言葉として ”Failure is not an option” が気に入ったようで、2000年に出版された彼の著書のタイトルに使っていますし、本の中でも、3か所にこの言葉が出てきます。ヒューストンでは、実際には “option” ではなく ”workaround” という言葉が使われますが、この ”workaround” とは「選択肢、別の方法、マニュアルや説明書類には載っていない問題の解決策」であると、クランツはこの本の中で語っています。

Failure is not an option

“Failure Is Not An Option” にはジェット戦闘機のパイロットからNASAの管制官に転身し、多くの有人ミッションを経験したクランツの半生が書かれています。ジョン・グレンのフレンドシップ7 の帰還の際に緊迫した状況があったことを先日書きましたが、この本で、クランツはこのとき地上でどのような動きがあったかをくわしく書き、このミッションはミッション・コントロールにとって大きな転換点になったと書いています。
アポロ13号事故から40年
今から40年前の1970年4月11日、フロリダのケネディ宇宙センターから、アポロ13号が打ち上げられました。アメリカは前年の1969年7月に、アポロ11号による人類初の月着陸を成功させていました。次の12号も1969年12月に月着陸を成功させており、13号が打ち上げられたときには、すでに人々は月着陸に以前ほどの関心を示すことはなく、新聞の見出しも大きな扱いではなくなっていました。

それだけに、ジェームズ・ラベル船長の ”Houston, we’ve had a problem” ではじまる危機的状況は、大きな衝撃でした。新聞やテレビは、アポロ13号の事故を一斉に報道し、世界中の人々がかたずを飲んで地球への帰還を見守りました。私もその1人でした。4月17日、無事に大気圏に再突入したアポロ宇宙船が、雲の合間からパラシュートで降りてくるシーンをテレビで見たときの強烈な印象は、今でも覚えています。

Apollo_13

アポロ13号の事故の原因は、液体酸素タンクの爆発でした。この液体酸素タンクはアポロ司令船・機械船(CSM)のプライム・コントラクターであるノースアメリカン・ロックウェル社の下請けのビーチエアクラフト社が製造したものです。液体酸素タンクにはサーモスタット付きのヒーター、攪拌ファン、温度計などが内蔵されていました。タンクは2基が1セットになって液体酸素タンク棚に置かれ、機械船(SM)のベイ4 という部分に設置されます。

爆発事故を起こした液体酸素タンク2(シリアル番号10024XTA0008)は、ビーチエアクラフト社で検査後、1967年5月にノースアメリカン・ロックウェル社に出荷されました。10024XTA0008はもう1つの液体酸素タンク10024XTA0009と一緒に、1968年6月、アポロ10号の機械船SM 106 に取り付けられました。しかし、その後の検査で不具合が発見されたため、SM106 の液体酸素タンク棚は改修のために取り外されることになりました。ところがその際に、タンクの一部が変形してしまったのです。ただし、この変形は深刻なものとは考えられず、1968年11月、問題のタンク棚はアポロ13号の機械船SM109 に取り付けられ、1969年6月にケネディ宇宙センターに運ばれました。

SM109 に取り付けられた液体酸素タンクには、もう1つ問題がありました。ヒーターについているサーモスタットは当初、28ボルトで作動するものが使われていましたが、その後、設計変更が行われ、65ボルトで作動させることになりました。ロックウェル社はビーチエアクラフト社に65ボルト用のサーモスタットに交換するよう指示していましたが、交換は行われていなかったのです。

ケネディ宇宙センターでは1970年3月16日に、アポロ13号のカウントダウン・デモンストレーション・テスト(CDDT)がはじまりました。このテストはタンクに実際に液体酸素を充填して行います。テスト終了後、液体酸素タンク2 から液体酸素を抜く際に問題が発生しました。タンク内のパイプが変形していたため、液体酸素を十分に抜くことができなかったのです。そこで、タンク内のヒーターで液体酸素を暖め、気化させて抜くという方法がとられることになりました。

サーモスタットは、タンク内の温度が80度F(27度C)になると、ヒーターに流れる電流を遮断し、それ以上温度が上がらないようにするはずでした。ところが、28ボルト用のサーモスタットは65ボルトの電圧では作動しませんでした。このため、タンク内の温度は上昇を続け、作業中に1000度F(538度C)に達したとみられています。その結果、電線を被覆していたテフロンがダメージを受け、電線の一部がむき出しの状態になってしまいました。

タンク内がこうした状態になっていることは、当時、誰も気づきませんでした。アポロ13号の打ち上げ予定日は目前に迫っており、液体酸素タンク棚の交換は不可能でした。そこで、そのまま打ち上げの準備が進められ、4月11日、アポロ13号は発射台を離れました。

地球から32万km も離れ、月に接近しつつあったアポロ13号から、「ヒューストン、問題が発生した」というラベル船長の通信が送られてきたのは、打ち上げから55時間55分が経過したときのことでした。このとき、以下のようなことが起こっていたことが、事故調査委員会で明らかになっています。

打ち上げ後55時間52分30秒、液体水素タンク1 の圧力が低下しました。そこでヒューストンのミッション・コントロールは、このタンクのファンとヒーターのスイッチを入れるように指示しました。司令船パイロットのジャック・スワイガートはこの指示を確認し、スイッチを入れましたが、55時間53分20秒、電流は液体酸素タンク2 のファンをまわすモーターに流れたのです。この瞬間、むき出しの電線がショートして火花が散りました。液体酸素の急激な燃焼がはじまりましたが、この燃焼はテフロンが燃えることでさらに加速されたとみられます。

55時間53分36秒、液体酸素タンク2 内の圧力が上昇しはじめました。55時間54分31秒、液体酸素タンク2 内の温度も急激に上昇しはじめました。55時間54分45秒、液体酸素タンク2 内の圧力は1008psia(約70気圧)に達しました。これらの現象は、液体酸素タンク2 で燃焼が進み、タンク内の温度と圧力が急激に上昇したことを示すものです。

55時間54分53.182秒、X、YおよびZ 軸方向の異常な加速が生じました。55時間54分53.555秒から1.8秒間、アポロ13号からのテレメトリー・データが失われました。55時間54分56秒、液体酸素タンク2の圧力を示す目盛はゼロを示しました。宇宙船の異常な加速とその後のデータの喪失は、タンクの爆発によるものです。ラベル船長たちが爆発音を聞き、異常事態に気づいたのも、このときでした。爆発は機械船のベイ4 の外側のパネルを吹き飛ばし、液体酸素タンク1 にも損傷を与えるほど激しいものでした。

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爆発が起こったとき、スワイガートは自分の座席で計器盤を見ていましたが、ラベルは司令船の下部収納庫でテレビカメラをしまう作業をしていました。月着陸船パイロットのフレッド・ヘイズは月着陸船から司令船に戻るところでした。液体酸素タンク2 の酸素は一瞬にして失われ、液体酸素タンク1 の圧力もどんどん低下していました。機械船の酸素が失われるということは、生命維持および燃料電池による電力供給が不可能になることを意味します。こうして、地球帰還まで司令船の機能を停止させ、月着陸船を救命艇として使うことになりました。

月をまわって地球に帰還する自由帰還軌道にアポロ13号を入れるための最初の軌道修正MCC-4(Midcourse Correction No.4)は、61時間30分に行われました。アポロ13号が月をまわった後、地球帰還を2時間早めて太平洋に着水させるための噴射PC+2hr が79時間28分に行われました。105時間18分には軌道修正MCC-5 が行われました。これらの軌道変更には月着陸船の降下用エンジンが用いられました。137時間40分、大気圏再突入のために最後の精密軌道修正MCC-7 が月着陸船の姿勢制御エンジンを用いて行われました。

司令船に戻ったクルーはまず138時間2分に機械船を切り離して破損の状態を撮影し、次に141時間30分に月着陸船を切り離して、142時間41分に大気圏に再突入しました。こうしてアポロ13号は142時間54分41秒(4月17日午後1時7分41秒EST)に無事、太平洋に着水したのです。
ATV3号機の名前は「エドアルド・アマルディ」に
国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を運ぶESA(ヨーロッパ宇宙機関)の輸送機、ATV の3号機の名前が、イタリアの物理学者にちなんで「エドアルド・アマルディ」に決まりました。

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ATV の1号機「ジュール・ベルヌ」は2008年に打ち上げられました。2号機の「ヨハネス・ケプラー」は今年後半に打ち上げの予定です。いうまでもなく、ジュール・ベルヌは『月世界旅行』をはじめイマジネーション豊かな作品を書き続けたフランスのSF 作家、ヨハネス・ケプラーは天体や人工衛星の軌道計算に欠かせないケプラーの法則を発見したドイツの天文学者です。ESA への出資額からしても、3号機はイタリア人になる順番で、イタリア宇宙機関が提案したエドアルド・アマルディが採用されました。

エドアルド・アマルディ(1908〜1989)は日本ではあまり知られていないかもしれませんが、ヨーロッパの科学にとって、きわめて重要な役割を果たした科学者です。アマルディは、ローマ大学でエンリコ・フェルミの下で原子核物理学を学びました。ファシズムの台頭の下でフェルミらがアメリカに研究の新天地を求めたのに対して、アマルディはイタリアにとどまり、戦後はイタリアの物理学の復興に力を注ぎました。

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1950年代のはじめ、アマルディはヨーロッパの国々が共同で原子核の研究を行う機関を設立する計画の中心人物となりました。この研究機関が1954年にスタートしたCERN(ヨーロッパ原子核研究機構)で、アマルディは設立準備理事会の理事長をつとめました。

1957年、ソ連は世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げます。アマルディは宇宙分野の研究の重要性にも早くから気づき、やはりヨーロッパの国々が共同で研究を行う組織の設立でも中心的な役割を果たしました。これが1964年に設立されたESRO(ヨーロッパ宇宙研究機関)です。ESRO は1975年に設立されたESA の前身となりました。

アマルディは、いわばESA とCERN とイタリアの戦後の物理学の生みの親であり、ATV の3号機の名前にふさわしい科学者といえるでしょう。

戦後のアマルディの研究分野は宇宙線と素粒子物理学でしたが、1970年代になると重力波に関心をもつようになり、世界に先駆けて重力波の検出実験をはじめました。現在、彼の名を冠した重力波に関する国際会議が2年に1度開催されています。Amaldi 6 (重力波に関する第6回アマルディ国際会議)は2005年に沖縄で開催されました。

余談になりますが、1938年、フェルミとアマルディの下で放射線について学ぶために、チューリンからローマにやってきた医学部出身の研究者が、サルバドール・ルリアでした。生命現象を物理学の立場から考えることを学んだルリアは、その後アメリカに渡り、マックス・デルブリュックらとともにバクテリオファージの研究をはじめます。彼らファージ・グループは分子生物学の成立に大きな役割を果たしました。戦後、インディアナ大学で教鞭をとっていたルリアの学生となったのが、後にDNA の二重らせん構造を発見するジェームス・ワトソンでした。

そのようなわけで、アマルディは現代科学にとって、いろいろな分野で重要な役割を果たした人物なのです。
国際宇宙ステーション計画の将来
国際宇宙ステーション(ISS)計画に参加しているカナダ、ヨーロッパ、日本、ロシア、アメリカの各宇宙機関による宇宙機関長会議(HOA)が六本木ヒルズで開催されました。この会議に出席したのは、カナダ宇宙庁(CSA)のスティーブ・マクリーン長官、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)のジャン・ジャック・ドーダン長官、JAXAの立川敬二理事長、ロシア連邦宇宙局(FSA)のアナトリー・ペルミノフ長官、NASAのチャールズ・ボールデン長官です。

共同声明文が発表された後、「各国の宇宙機関長が語る国際宇宙ステーション計画の将来」というミニシンポジウムが行われました。一堂に会した各機関長を見て、私が最初に感じたのは、これらの機関がISS 計画を通じてつくりあげてきた強固なパートナーシップでした。各機関長はお互いに親しげでしたが、それがけっして表面的なものではなく、心からのものであることがわかりました。

20世紀の宇宙競争の時代が終わり、ISS計画によって宇宙利用の新しい国際的な協力関係が構築されたのは間違いありません。人類の未来のために、こうした関係は宇宙だけでなく、他の分野にも広がっていくべきものです。

NASA のボールデン長官は、オバマ政権がISS の運用を少なくとも2020年まで延長する2011年度予算要求を発表したことに関連して、「ISS を2020年あるいはその先まで使うことによって、宇宙でいろいろな研究を行うことができる」と、ISS を将来の計画のために積極的に利用していく姿勢を示しました。

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ボールデン長官は、NASA は将来の火星有人探査も検討しているとも述べ、これに必要な技術もISS で研究することができると語りました。
追悼 ロバート・マッコール
スペースアートの巨匠、ロバート・マッコールさんが2月26日に亡くなりました。90歳でした。マッコールさんは、1960年代はじめに『ライフ』誌などで活躍を始め、一貫して、人類の宇宙への挑戦を力強く、イマジネーション豊かなイラストレーションで描き続けました。1950年代にチェズリー・ボーンステルが開拓したスペースアートというジャンルを確立した人です。

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おそらく、マッコールさんの一番有名な作品は、ワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館の巨大壁画『コズミック・ビュー』でしょう。宇宙の時間と空間の広大な広がりを背景に、宇宙飛行士が月面に立つ様子が描かれています。

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マッコールさんはスタンリー・キューブリック監督に頼まれ、映画『2001年宇宙の旅』のポスター用のイラストレーションも描きました。宇宙開発にあまり関心のない方でも、宇宙ステーションからスペースシャトルが飛び立っていくイラストは、どこかで見たことがあるに違いありません。

マッコールさんは、NASA のためにも多くの作品を描きました。また、最後の月面着陸となったアポロ17号、スペースシャトルの初飛行STS-1、3回目の飛行STS-3のミッションパッチも、彼のデザインによるものです。さらに、アポロ13号の帰還を指揮したフライト・ディレクター、ジーン・クランツの依頼で、ヒューストンのミッション・コントロール・チームのパッチもデザインしました。

直接お会いする機会はありませんでしたが、マッコールさんの作品の特集記事を制作した時に、何度か手紙のやりとりをしたことがあります。マッコールさんはアリゾナ州フェニックスの近くに住んでいましたが、自宅とアトリエのある通りのロマンチックな名前、「Moonlight Way」は今でも覚えています。
ISS の新しい窓
スペースシャトル、エンデバーは約14日間のミッションを終えて、本日12時20分(日本時間)に、フロリダのケネディ宇宙センターに帰還しました。今回のSTS-130ミッションでは、国際宇宙ステーション(ISS)のノード3(第3結合部)であるトランクウィリティーと、観測用モジュール、キューポラが運ばれました。

トランクウィリティーはユニティの左舷側に取りつけられ、キューポラはトランクウィリティーの下側(地球側)に取りつけられました。また、ユニティの左舷側に取りつけられていたPMA-3(与圧結合アダプタ3)はトランクウィリティーの先端に移設されました。

下の写真は、エンデバーが地球に帰還する際に撮影したもので、ISS のアメリカ区画側を下から(地球側から)見上げています。ISSは次第に最終形に近づいてきました。

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キューポラは地球を真下にのぞむ中央の丸い窓と、それを囲む6個の窓からなり、宇宙空間に少しとび出した形になっています。ここからは素晴らしい光景を見ることができるでしょう。下の写真でキューポラの中にいるのは、STS-130 のコマンダー、ジョージ・ザムカ宇宙飛行士です。

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宇宙から地球を眺めていると、1日見ていても飽きないといいます。キューポラはそれほど大きなスペースではありませんが、休みの日には、ここが宇宙飛行士たちのたまり場になるのではないでしょうか。
今こそ、日本の有人宇宙計画の議論を
2月14日に、お台場の国際交流館で、JAXA 主催による「国際宇宙ステーション「きぼう」が拓く有人宇宙活動」というシンポジウムが開かれました。2009年は、日本の有人宇宙活動にとって重要な意味をもつ年となりました。若田光一宇宙飛行士が日本人初の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在を行いました。日本の実験棟「きぼう」も完成しました。さらにISS に物資を補給するHTV(宇宙ステーション補給機)も初飛行に成功しました。これを打ち上げたのは、日本の新しいロケットH-B です。シンポジウムはこうした成果を背景に、日本の有人宇宙活動の今後を考えようというものでした。会場は満席で、多くの方々がこのテーマに関心を寄せているのが実感されました。

シンポジウムではまず、JAXA の白木邦明理事が「きぼう」で獲得した有人宇宙技術について講演を行いました。次に、若田宇宙飛行士をはじめISS 第20次長期滞在クルー6名全員が顔をそろえ、ISS での活動を報告しました。その後、「有人宇宙活動の今後」と題されたパネルディスカッションが行われました。パネリストは若田宇宙飛行士、立花隆氏、JAXA 執行役の長谷川義幸氏、三菱重工業宇宙機器部長の浅田正一郎氏、司会はJAXA 技術参与の的川泰宣氏で、今後、日本が独自の有人宇宙計画を持つべきかどうかの議論も行われました。

ディスカッションの中で、立花氏は、今、日本の有人計画について議論することに否定的立場をとっていました。その理由は、〕人計画には莫大な予算が必要だが、現在はそのような状況ではない、⇒人宇宙開発を行ってきた国では、必ず裏に軍事力の存在がある。しかし、日本の宇宙開発には軍のサポートがない、というものでした。

しかし、この考え方は間違っていると言わざるをえません。立花氏の指摘をまつまでもなく、日本の宇宙開発は「予算が少ない」「平和利用に限る」という2つを前提に進められてきたわけです。それでいながら、日本の宇宙開発がここまできたことを、私たちはむしろ誇りに思うべきです。日本の有人計画も、当然のことながら、この2つを前提に、今後、何が可能なのかを議論すべきです。民間の企業が宇宙旅行をビジネスにしようという時代です。有人計画には莫大な予算と軍事のサポートが必要というだけで物事を片づけてしまうのは、もはや時代遅れの20世紀的発想といえるでしょう。

日本が独自の有人計画をもつべきかどうかの議論は、ようやくはじまったところです。2002年6月に、「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して、独自の計画を持たない」という驚くべき方針が総合科学技術会議によって出されたため、日本では、長い間、有人計画についてオープンに議論できない状況が続いてきました。まして、JAXA の担当者がこの問題について公開の場で話をするなどというのは、しばらく前には考えられないことだったのです。

上の総合科学技術会議の方針では、さらに「今世紀中には、人々が本格的に宇宙に活動領域を広げることも期待されることから、国際宇宙ステーション計画を通じて、その活動に関わる技術の蓄積を着実に推進する」と述べられています。日本の宇宙開発はこの約束を果たし、国際宇宙ステーション計画を通じて、有人技術を着実に蓄積してきました。その成果が、日本人宇宙飛行士による長期滞在の実現であり、「きぼう」の完成、さらにはHTV の成功であるわけです。

かつて私たちは、スペースシャトルは永遠に宇宙を飛んでいると思っていました。人間を宇宙に送ることは、アメリカにお金を払って頼めばいいと考えていたわけです。しかし時代は変わり、スペースシャトルは今年限りで飛行を終え、アメリカはその後継の有人宇宙船の開発計画をキャンセルしました。こうした局面に、私たちは立っているわけです。

日本が独自の有人宇宙船とそれを打ち上げるロケットを開発するには、どのような道筋があるのか、どのくらいの期間とお金がかかるのか。今こそ、それを具体的に検討すべきです。おそらく、いろいろなアイデアが出てくるはずです。海外の技術を導入することも考えられます。例えば、打ち上げロケットの緊急脱出システムは、最も実績のあるロシアから買うのがいいかもしれません。そのように考えていけば、日本にとって、宇宙は今まで考えていたより、もっと近くにあるかもしれません。

NASA はどこへ?(その2)
アメリカ初の有人地球周回飛行を目指す「フレンドシップ7」の打ち上げは何度も延期されました。1962年2月20日、ジョン・グレンはようやく発射台に向かいます。「美しい光景だった」と、ジョン・グレンは“WE SEVEN”の中で書いています。「夜はまだ明けていなかったが、強力なライトがアトラス・ロケットを明るく照らしていた。それはまるで別世界のようだった」。エレベーターに乗りこむとき、作業員たちがグレンに手を振ります。「私は感謝の気持をこめてうなずき返した。皆が一緒にいてくれることが、とても嬉しかった。こんな朝には、誰もがチームメイトなのだ」。

宇宙船に乗りこんだグレンのレシーバーに、フライト・ディレクターが打ち上げの準備状況を確認する交信が聞こえてきます。「通信」「ゴー」、「自動操縦システム」「ゴー」、「航空医学」「ゴー」、「追跡」「ゴー」。「宇宙飛行士はこうしたリストでは最後の方である。私の順番がきたとき、私は答えた。『準備はできている』」

午前9時47分39秒、アトラス・ロケットは発射台を離れます。「ロケットの発射はそれ自体、宇宙に行くために越えなければならない4つのハードルの最初のものだった」。発射45秒後あたりで2番目のハードルがやってきます。上昇するロケットにかかる大気圧が最大になるマックスQ です。「このあたりに、アトラスと宇宙船にとって大きな壁がある。無人の宇宙船を載せた過去のアトラスの打ち上げでは、ロケットはここで破壊してしまった」。グレンははげしい振動を感じますが、アトラス・ロケットはこの壁を越えていきます。

ブースター分離、ロケット分離という第3、第4のハードルもクリアーし、グレンは地球を周回する軌道に達します。「われわれは秒速2万5730フィートで飛んでいる。6G あった重力はゼロになった」。

NASA はこのようにして、ハードルを次々に越え、宇宙への道を切り開いてきました。そのための技術を開発する体制は、NASA を頂点に、その下にアメリカの各分野の企業が巨大なピラミッド構造をつくるというものでした。しかし、50年の間に、低軌道への人員・物資輸送については、状況が変わってきました。もう少しで民間の企業がこの分野に進出できるところまで来たのです。

オバマ大統領の予算教書で示された、低軌道への輸送に関するNASA の役割は、こうした状況を背景に、NASA がピラミッドの頂点ではなく、企業のパートナーになるというものでした。民間でもできることをNASA が行う必要はないというのは、間違った考え方ではありません。しかし、それなら、宇宙開発の最先端の分野を切り開いていく上でのNASA の新しい任務は何なのでしょうか? 残念ながら、オバマ大統領はこの点を明らかにすることはありませんでした。

2020年の月着陸を目指していたコンステレーション計画が中止された後、NASA はどこに向かうのでしょうか? 予算発表後に行われた記者会見で、NASA のチャールズ・ボールデン長官は、「NASA は独自の有人飛行を放棄するわけではない」と語っています。国際宇宙ステーションの先の、その新しい目的地について、すでに委員会ができて検討がはじまっており、結論が出るまでに「数週間とはいかないが、何年もかかるわけではない」と、ボールデン長官は語りました。
NASAはどこへ?
NASA のホームページは「技術革新と発見の新時代」として、オバマ政権によって示された2011会計年度予算と、それにもとづいてNASA が目指す新しい方向を紹介しています。しかし、このデザインはどうでしょう。NASA の見慣れた紺色のロゴは、なぜかげりを見せているのでしょうか?

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背景の画像は、右側が昨年8月のスペースシャトル、ディスカバリー(STS-128)の打ち上げ、左側はハッブル宇宙望遠鏡が撮影した星の形成領域「わし星雲」で、「ピラーズ・オブ・クリエーション」として有名な画像です。スペースシャトルとハッブル宇宙望遠鏡は、これまでのNASA の活動の象徴ともいえる存在です。NASA は今、新しいクリエーションの中にあるということなのでしょうか。しかし、このかげりはまるで、新しい時代の始まりというよりは、輝かしい時代の終わりを告げているかのようです。

NASA の公式声明は「オバマ政府は、新しい技術革新と発見をもたらす大胆で野心的な新宇宙政策を打ち出した」と述べていますが、実際のところ、それはNASA の1つの時代を終わらせるものでした。NASA はもはや宇宙への挑戦を自ら担う機関ではなく、チャールズ・ボールデンNASA 長官が述べたように、これからは「技術革新のエンジン、そして野心的な新しい宇宙計画のための触媒」になることが、その役割なのです。

オバマ政権による新しい宇宙政策は以下の通りです。
コンステレーション計画の中止
計画は予算をオーバーしており、スケジュールも遅れ、新しい技術も導入されていない。実現したとしても50年前のアポロ計画を再現するだけである。しかも、この計画はNASA の他の計画の予算を圧迫している。計画を中止し、将来の宇宙計画により役立つ技術を開発する。
スペースシャトルの安全な退役
今後5回予定されているシャトルを安全に飛行させる。
国際宇宙ステーション運用期間の延長
国際宇宙ステーションの運用を2020年まで延長する。
フラグシップ技術
将来の宇宙探査のための革新的技術、フラグシップ技術の開発・実証を行う。
民間による有人宇宙輸送
国際宇宙ステーションへ宇宙飛行士を運ぶ民間宇宙輸送システムを実現するための支援を行う。
重量級ロケット
重量級ロケットや推進技術の研究開発を行う。
気候変動研究
気候変動の研究や衛星による監視を推進する。
科学探査
太陽系天体の無人探査および軌道上からの天体観測を推進する。
教育
科学・技術・工学・数学の教育に力を入れる。

「この新しい道は、大きな変化である」と、ボールデン長官は語っています。確かに、これは非常に大きな変化です。しかしながら、これだけ大きな変化をもたらす決定であるにもかかわらず、その根拠となるオバマ政権の明確なビジョンは示されず、NASA はあてどない航海へと出発しようとしています。アメリカは今後、宇宙で何を目指すのでしょうか?

新政策の是非をめぐって、今後、議会で活発な議論がかわされるでしょう。アメリカの宇宙政策の変更は、各国の有人宇宙計画や無人探査計画にも影響を与えます。今後の成り行きを注意深く見守っていく必要があります。
NASAの有人月探査計画が中止に
アメリカのメディアは一斉に、オバマ大統領が示した2011会計年度の予算によって、NASA が進めていたコンステレーション計画がキャンセルされたことを報じています。

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コンステレーション計画はスペースシャトルに代わる新しい有人宇宙船オライオンと、それを打ち上げるアレス・ロケットを開発するための計画です。これにともない、2020年を目指していた有人月探査計画も中止されます。NASA は今後、民間企業による低軌道への有人輸送システムの開発を支援していくことになります。

一方、2015年までとされていた国際宇宙ステーション(ISS)の運用は5年間延長されました。コンステレーション計画とISS の両方を運用していく予算はないということなのでしょう。もちろん、NASA は今後も有人の宇宙の探査を続けていくと述べられており、その道筋としては、オーガスティン委員会の報告書でオプションの1つとされていた「フレキシブル・パス」がとられるようです。

もう少し情報を集めてから、くわしく書きたいと思いますが、今の私の印象を言えば、世界の宇宙開発をリードし、世界中の人々を勇気づけてきたNASA の役割はこれで終わり、アメリカは宇宙に対する明確な目標を失ったのではないかということです。21世紀に最初に月面を踏むのは、中国人宇宙飛行士になるでしょう。
われら7人:皆が若かった時代
アマゾンで予約していた ”WE SEVEN: By the Astronauts Themselves” が届きました。ジョン・グレンによるアメリカ人初の有人地球周回飛行が行われた1962年に刊行された本のいわば復刊で、アメリカの最初の宇宙飛行士たち「オリジナル・セブン」が、マーキュリー計画について語っています。本のタイトルが ”WE SEVEN” であれば、表紙の写真はやはりこれしかないでしょう。

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どこから読みはじめようかと思って、ざっと中を見てみましたが、結局、最後から2番目の章、ジョン・グレンが書いた ”The Mission” から読むことにしました。グレンのフレンドシップ7での飛行では、地球帰還時にきわめて緊迫した場面がありました。地上のモニターに、宇宙船の熱シールドが外れているという表示が出ていたのです。もしもこれが本当なら、宇宙船は大気圏再突入時に燃えつきてしまいます。このあたりについて、グレンがどのように書いているのか、興味があります。

本書のオリジナルが出版されたころは、NASA も宇宙飛行士たちも若く、皆が大きな夢をもっていました。行く手にどんな世界が待ち受けているかもはっきりわからないまま、宇宙への挑戦を開始したのです。それから50年近くがたって、7人のうち、アラン・シェパード、バージル・グリソム、ウォルター・シラ、ゴードン・クーパー、ドナルド・スレイトンはすでに世を去っています。NASA も50歳を超え、今年はスペースシャトルの退役という大きな節目を迎えます。

おそらく、本書を読み終えないうちに、オバマ大統領によって、アメリカの新しい有人宇宙政策が発表されるでしょう。一部報道の伝えるところが本当だとすると、NASA が進めている有人計画は大きく後退することになるようです。どのような政策が発表されるにしても、マーキュリー計画の時代と現実とのギャップについて、いろいろ考えさせられることになりそうです。
「だいち」後継機、ALOS-2
JAXAi での今日のマンスリートークでは、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)の後継機として開発が進んでいる「ALOS-2」について、JAXA のALOS-2 プロジェクトマネージャの大沢右二さんにお話をうかがいました。

2006年1月に打ち上げられた「だいち」はすでに約4年間にわたって観測を続けています。その成果については、みなさんもJAXA のウェブサイトなどで、よくご存じでしょう。災害時の緊急観測でも大きな役割を果たしており、1月13日に発生したハイチでの大地震においても、翌14日に可視近赤外センサーAVNIR-2 で、15日に合成開口レーダーPALSAR で緊急観測を行っています。

「だいち」は光学センサーと合成開口レーダーの両方で観測を行っていますが、ALOS-2 は合成開口レーダーのみを搭載します。このため、観測に際して、光学センサーとの運用上の競合がなくなります。観測能力は大幅に向上し、広域観測モードでは分解能100m で幅350km の領域を、高分解モードでは分解能3〜10m で幅50〜70km の領域を、スポットライト・モードでは分解能1〜3m で幅25km の領域を観測可能です。つまり、広い領域の観測にも、特定の場所の高分解能での観測にも対応できるという特長をもっています。

アンテナの取り付け位置の関係で、「だいち」でのレーダー観測は、衛星の進行方向右側しかできませんでしたが、ALOS-2 では左右どちらでの観測も可能になり、観測範囲の拡大が実現されます。また、データの伝送能力も大幅に向上されます。

合成開口レーダーによる観測は、夜でも観測できる、雲を通しても地表を観測できる、草や木を通して地面を見ることもできる、地殻変動など地面の動きを精密に観測できるなどの特長をもっています。火山監視や海氷観測、森林や湿地の管理、違法伐採監視、極域監視、資源探査、災害監視など多様な分野での活躍が期待されます。

ALOS-2 は2013年度の打ち上げを目指しています。また、光学センサーを搭載したALOS-3 の研究開発も進んでいます。
ソユーズTMA-17 打ち上げ
野口聡一宇宙飛行士が搭乗したソユーズTMA-17が、日本時間の今朝6時52分に打ち上げられました。野口宇宙飛行士は第22次/第23次長期滞在クルーとして、国際宇宙ステーション(ISS)に約5か月滞在する予定です。来年にはスペースシャトルの退役が予定されており、今後ISSに長期滞在する予定の古川聡、星出彰彦両宇宙飛行士もソユーズで宇宙に旅立つことになります。

ソユーズの打ち上げは、「いつもの通り」行われました。打ち上げまでの手順やいくつものセレモニーは、すべて長い間の習慣としてバイコヌール宇宙基地で確立してきたものです。夜間の打ち上げであったため、中継映像では少し物足りない感じがしましたが、写真ではやはり迫力のあるシーンが撮られています。

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私が今回の写真で最も気に入っているのは、ソユーズロケットが発射台に到着する前のシーンです。移動中のロケットの向こう側に発射台が見えています。まだあたりは暗く、発射台は照明で明るく浮かび上がっています。左右に大きく開かれたサービスタワーの各階にもライトが灯っています。

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ソユーズ発射台の写真をこれまでたくさん見てきましたが、こうした光景を見るのは初めてです。現地で見ると、おそらくとても幻想的だったのではないでしょうか。
ソユーズTMA-17 発射台へ
野口聡一宇宙飛行士のソユーズロケットによる打ち上げが迫ってきました。カザフスタンのバイコヌール宇宙基地では、昨日、ソユーズロケットのロールアウト、発射台への輸送、発射台での起立作業が行われました。下の写真は、発射台に運ばれるソユーズロケットです。ソユーズロケットのロールアウトはいつも通り、朝の7時にはじまりました。この季節では、この時刻はまだ暗く、ロケットが発射台に着くころに空が明るくなってきます。

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打ち上げは日本時間で21日(月)の午前6時です。現地時間で午前3時52分の夜間打ち上げとなります。当日、丸の内オアゾ2階のJAXAi は午前6時にオープンし、打ち上げの模様を生中継します。また、18時30分からのマンスリートークでは、打ち上げの収録VTRを見ながら、野口ミッションやソユーズ宇宙船などについて、私が解説をする予定です。
人工衛星の追跡業務
丸の内オアゾ2階のJAXAi で毎月行っているマンスリートーク。今日はJAXA 総合追跡ネットワーク技術部軌道力学チーム主任開発員の中村真一さんに、人工衛星の追跡業務について、お話をうかがいました。

人工衛星の追跡というと、パラボラアンテナを常に衛星に向けている仕事のように思われがちですが、人工衛星の軌道決定のための精密な距離測定作業であることがわかりました。陸域観測技術衛星「だいち」の場合、現在得られている軌道決定精度は平均で10cm とのことです。「だいち」の高度は約700km ですから、東京にいて、岡山くらいの場所にあるものを10cm 程度の範囲内にとらえることができるといえばいいでしょうか。2008年5月20日に発生した中国四川省での地震の際、「だいち」の合成開口レーダーPALSAR によって取得された地震発生前後の震源地付近を観測したデータの差分処理から、地震を起こした断層では50〜60cm の地殻変動があったことがわかりました。「だいち」の軌道が精密に決定されていないと、地震発生前後で「同じ」場所を比較できず、こうした変動をとらえることはできません。

最近ではレーザーを用いた衛星追跡も行われています。衛星の精密な軌道決定技術は、測位精度の向上にも寄与し、来年打ち上げ予定の準天頂衛星にも応用されるとこことです。
日本の宇宙技術を世界に
今日はJAXA のヒューストン事務所を訪問しました。三宅所長にごあいさつし、その後、若田さんと打ち合わせをしました。

昨日、HTV は予定通り、大気圏に再突入しました。これで、H-B の初号機でHTV の初号機を打ち上げるというチャレンジングなミッションは、すべて成功に終わり、日本の宇宙技術のレベルの高さを世界に示すことになりました。

スペースシャトルが来年退役すると、HTV によるISS への物資輸送はきわめて重要な意味をもってきます。ロシアのプログレスやヨーロッパのATV では運べないような荷物(サイズの大きな荷物や暴露部で使う装置類など)も、HTV なら運べるからです。

将来は、HTV を発展させて、地上に物資を回収することもできるようになるでしょう。月や火星への物資輸送に使うこともできます。ロボットアームやHTV など、信頼性の高い宇宙技術を通して、日本は世界の宇宙開発に国際貢献を果たしていくべきであると思います。
ビルディング 9
私が滞在しているのは、ジョンソン宇宙センターや JAXA のヒューストン事務所のすぐ近くのホテルです。ケネディ宇宙センターも同じですが、ここでもホテルの部屋のテレビにはNASA TV が入っています。今ではインターネットでいつでもNASA TV を見られるようになりましたが、こうしてテレビをつけっぱなしにしたまま、もうすぐ打ち上げになるSTS-129 のクルーの訓練の様子や、先日のHTV 取り外しのリプレイで、ミッション・コントロールでキャプコムをつとめている星出宇宙飛行士の姿などを見ていると、宇宙飛行士たちが活躍する現場のすぐ近くにいることを実感します。

短い時間でしたが、久しぶりにジョンソン宇宙センターを見学してきました。ビルディング9 は体育館のようなところに、スペースシャトルやISS(国際宇宙ステーション)のモックアップやシミュレーターが置かれている建物で、宇宙飛行士はこれらを使って訓練を行います。下の写真は、ISS のモックアップの一部で、一番奥に日本の実験棟「きぼう」が見えています。

ビルディング9のISSモックアップ

ISS 全体の大きさはサッカー場くらいと表現されますが、実物大のISS のモジュールを間近で見て、これにさらにトラストと太陽電池パネルがついているところを想像すると、確かにISS が巨大な構造物であることがわかります。
満月とハロウィン
テキサス州ヒューストンに来ました。NASA の宇宙飛行士のホームグラウンドであるジョンソン宇宙センターがあるところです。日本人宇宙飛行士もここをベースとして訓練や日常の仕事をしています。

今日はちょうどハロウィンの日です。

Candlewood01

日が落ちると、東の空に満月に近い月が上がってきました。

Candlewood02

そういえば、1981年にはじめてヒューストンに来たときも、暮れなずむ空に、丸く大きな月が姿を見せていました。なんと美しい月なんだろうと思ったものです。そんなことを今でも覚えているのは、ジョンソン宇宙センターが、月着陸をめざしたアポロ計画の舞台だったからかもしれません。
HTV、ISS から分離
9月18日からISS(国際宇宙ステーション)にドッキングしていたHTV(宇宙ステーション輸送機)が午前2時32分に、ISS から分離されました。11月2日には大気圏に再突入して燃えつき、ミッションを完了させる予定です。

ISS の廃棄物を積みこんだHTV は、ISSロボットアームでハーモニー・モジュールから分離された後、ゆっくりとリリースされました。その後、HTV はスラスターをわずかだけ噴射してISS の下方向へ、少しずつ離れていきました。ISS 側からのカメラに映るHTV が、地球を背景に次第に小さくなっていきました。

いくつかの細かいトラブルはあったものの、ISS とのランデブーについては、HTV はほぼ完璧なパフォーマンスを見せました。JAXA としては、これから大気圏再突入までも、すべて予定通りにこなし、日本の宇宙技術の高さを証明したいところです。

ここまで書いたところで、そろそろ出かける準備をしなければなりません。これから成田です。
アレスI-X 打ち上げ成功
NASA の新しい有人ロケット、アレスI の初の打ち上げ実験の模様をNASA TV で見ていました。天候の不順で打ち上げは1日延期され、今日になったわけですが、今日も気象条件は微妙でした。打ち上げ時刻は当初午前9時から9時30分(アメリカ東部時間、以下同じ)の間でしたが、T マイナス4分のホールド開始後、打ち上げ時刻は10時30分、11時、11時8分、11時20分、そして11時30分へと延ばされていきました。

今回のアレスI-X の実験はアレスI の第1段のみで、第2段と有人宇宙船オライオンの部分はダミーです。これまではスペースシャトルが打ち上げられていた39B 発射台に、まったく新しいロケットが立っているのを見るのは、少し不思議な感じがしました。打ち上げのウインドウは12時で閉じてしまうところでしたが、11時30分、アレスI-X は発射台を離れました。日本時間では日付が変わり、0時30分でした。

アレス

アレスI の第1段は2分間燃焼し、高度約40km に達しました。燃焼終了とともに第1段と第2段の切り離しが行われ、第1段はパラシュートを開いて降下、4分後に着水しました。打ち上げは成功しました。

アメリカはスペースシャトル退役後の新しい有人宇宙輸送システムの開発を、コンステレーション計画として進めています。この計画で、有人宇宙船の打ち上げに用いられるのがアレスI ロケットです。重量物の運搬にはアレスV ロケットが用いられます。

アレスI-X の打ち上げ成功は、アメリカの次期有人宇宙船打ち上げロケットの開発にとって、大きな前進といえるでしょう。
10万人の宇宙飛行士
大宮のソニックシティの大ホールで、若田光一さんの帰国報告会が開かれました。若田さんの地元ということもあり、会場には2300名もの人がつめかけました。

若田さんは写真や映像を使いながら、国際宇宙ステーションでの長期滞在の経験を語りました。また、講演の最後には、子供たちの質問に1つ1つ、若田さんらしくていねいに答えていました。会場の多くの方にとって、宇宙がより身近に感じられるようになったにちがいありません。

若田さんの講演に先立って、「10万人の宇宙飛行士」DVD の返還式が行われました。このDVD には、さいたま市内全小・中学校の生徒の集合写真約10万人分が収められています。若田さんはこれを国際宇宙ステーションにもって行きました。そして今日、若田さんと一緒に宇宙に長期滞在したこのDVD が生徒たちに返還されたのです。

若田宇宙飛行士帰国報告会

宇宙で活躍する若田さんの姿を見ながら、生徒たちはきっと、自分たちも宇宙で生活したり、仕事をしている気分になったのではないでしょうか。若田さんもまた、10万人の小さな宇宙飛行士たちと一緒にいることが、大きなはげみになったに違いありません。
準天頂衛星
今日は丸の内オアゾのJAXAi でのマンスリートークの日でした。前回、9月17日のマンスリートークでは、JAXA 宇宙輸送ミッション本部 事業推進部 計画サブマネージャの松村泰起さんに来ていただき、9月11日に打ち上げが成功したばかりのH-B ロケットについてお話をうかがいました。今回は、JAXA 宇宙利用ミッション本部 準天頂衛星システムプロジェクトチーム プロジェクトマネージャの寺田弘慈さんに、来年夏に打ち上げが予定されている準天頂衛星についてお話をうかがいました。「準天頂」衛星とは、「ほぼ天頂にある」衛星という意味です。

準天頂衛星は測位サービスのための衛星です。私たちはアメリカのGPS 衛星による測位データを、カーナビなどで日常的に利用しています。GPS 衛星は高度2万km のあたりをまわっており、全部で30個ほどの衛星が飛んでいます。GPS 衛星上には原子時計が積まれています。GPS 衛星から発信した信号と受信側の時間情報から、その衛星と受信機との間の距離がわかります。したがって原理的には3個のGPS 衛星からの信号を受信すれば地球上での位置が決定されますが、位置の精度を高めるためには、さらに4個目のGSP 衛星の信号が必要です。

しかしながら、都市部のビルの谷間や山間部では、同時に4個のGPS 衛星の信号を受信できないことが多くあります。そこで、日本の天頂近くに長い時間見えており、GPS 衛星とほぼ同じ測位信号を発信する衛星を打ち上げ、これを既存のGPS と組み合わせれば、正確な位置情報や時間をより早く、いつでも知ることができるというのが、準天頂衛星の考え方です。

静止軌道上の衛星は24時間で地球を1周するので、地上からはいつも同じ方向に見えています。ただし、赤道上空ですので、日本から見ると、緯度と同じ角度だけ天頂から南に下がった方向に見え、真上にくることはありません。準天頂衛星の高度は静止軌道と同じ高度3万6000km ですが、赤道に対して43度傾いた、日本の真上を通る軌道をとります。日本からこの衛星を見ると、その軌道は8の字を描いて南北に移動し、「8」の一番上のあたりで、ほぼ天頂付近に見えるようになります。この軌道を少し楕円にして、遠地点が日本上空に来るようにすると、上の丸が小さい非対称の8の字となり、天頂付近に見える時間が長くなります。1個の準天頂衛星が天頂付近に見えるのは8時間ほどなので、この衛星が3個あれば24時間、どれかの衛星が天頂付近に見えることになります。準天頂衛星の軌道は下の図のようになります。

準天頂衛星の軌道

日本では、このような3機体制の「準天頂衛星システム計画」を進めており、その第1段階として、技術実証・利用実証のため、まず初号機1機を打ち上げることにしているのです。準天頂衛星の信号を受信できるようになると、これまでよりも正確な位置をいつでも知ることができるほか、地図情報の更新、事故や犯罪の防止、環境管理、農業・漁業・建設業の作業効率の改善など、さまざまな分野への貢献ができるものと期待されています。

現在、準天頂衛星の愛称募集が行われています。
HTV、国際宇宙ステーションに到着
9月11日のH-Bロケットによる打ち上げから7日、HTV(宇宙ステーション補給機)は予定通り、国際宇宙ステーション(ISS)に到着しました。

HTVのISSとのドッキングは次のような手順で行われます。

HTVはまず、GPSを用いた相対GPS航法でISSに接近し、ISSの後方5kmの位置(接近開始点)で一旦停止します。さらにISSの下方約500mの位置まで移動し、ここからレーザーセンサーを使って、「きぼう」に設置された反射板を目標に接近していきます。これをランデブーセンサー航法といいます。ISSから300m(ホールドポイント)、次に30m(パーキングポイント)の2点で自動的に停止しながら、HTVは徐々に接近し、ISSの下方10m付近で停止します。このポイントでHTVがISSに対して相対的に停止したことが確認されると、ISSからの指令でHTVのスラスターが停止され、HTVはフリードリフト状態に入ります。そしてISSのロボットアームがHTVを把持し、ハーモニー・モジュール(ノード2)地球側の共通結合機構にドッキングさせるのです。

深夜0時をまわったところでNASA TVに接続すると、ヒューストンのミッション・コントロールからの映像が流れていました。HTVは接近開始点に到達し、ちょうどISSへの接近をはじめるところでした。ISSとヒューストンの間ではひんぱんに交信が行われ、ミッション・コントロール・ルームのスクリーンにはHTVの軌道が表示されていました。ISSのデスティニー・モジュールのロボットアーム操作盤の前では、ニコール・ストット宇宙飛行士が、HTVを把持し、ドッキングさせるための準備をしています。

HTVの把持は、日本時間午前4時51分に完了しました。HTVのISSへのドッキング作業がはじまったのは午前7時ごろです。ヒューストンのミッション・コントロール・ルームでISSと交信しているのは星出彰彦宇宙飛行士です。ISSのデスティニー・モジュールではニコール・ストット宇宙飛行士とロバート・サースク宇宙飛行士がロボットアームを操作しています。ドッキング作業はきわめて順調に進み、7時26分に終了しました。この後、16本のボルトが絞められ、電力・通信ラインが結合されると、HTVの結合は完了ということになり、宇宙飛行士の入室が行われます。

ISSにドッキングしたHTV

H-BロケットによるHTVの打ち上げ、そしてHTVのISSとのドッキングの成功は、日本の宇宙開発が新たな時代に入ったことを示すものです。これについては、改めて書きましょう。とにかく今は、とても眠いので。
オーガスティン委員会の報告
アメリカの有人宇宙計画の見直し作業を行っている独立審査委員会の最終報告書のサマリーが発表になっています。この委員会はロッキード・マーティン社の元社長ノーマン・オーガスティン氏が座長をつとめており、「オーガスティン委員会」ともよばれています。オバマ大統領はオーガスティン委員会の最終報告書を受けて、今後のアメリカの有人宇宙計画を策定することにしており、報告書は世界の有人宇宙計画にも大きな影響を与えることになります。サマリーの内容は以下の通りです。

2010会計年度で退役することになっているスペースシャトルの今後の飛行は、2005年のリターン・トゥ・フライト以来の実績の2倍の頻度で行うことになっている。シャトルの飛行は安全かつ慎重に行うべきであり、2011会計年度の第2四半期まで、飛行を延長させるべきである。

組み立てから利用の段階に入っている国際宇宙ステーション(ISS)の運用は、2015年までとされているが、アメリカやパートナーの国々が行ったISSへの投資に対する見返りは、ISSが2020年まで運用されることによって大きく拡大する。ISSの運用を延長しない場合、アメリカが国際的な有人宇宙活動のパートナーシップを構築し、それをリードしていく能力は損なわれることになる。

次期有人宇宙船を開発するコンステレーション計画の予算は2010年のシャトル退役と2016年はじめのISS廃棄を前提にしている。技術的および予算上の問題から、アレス汽蹈吋奪箸肇ライオン宇宙船、アレス好蹈吋奪箸鳩鄰緡αゥ▲襯謄△粒発には遅れが生じている。シャトルの後継となる次期有人宇宙船オライオンは2015年に初飛行の予定であるが、現在の開発状況を考えると、最低2年延びるとみられる。このことは、オライオン宇宙船がISSを訪れることはないこと、およびアメリカが自らの有人輸送手段をもたない「ギャップ」が最低でも7年間になることを意味している。

低軌道および地球軌道以遠への重量級ペイロードを打ち上げる能力をもつロケットは、今後の探査活動や安全保障面から有益である。重量物運搬ロケットとしては開発中のアレス気肇▲譽広垢里曚、シャトルの直接的な派生型、これまでの使いきりロケット(EELV)の派生型が考えられる。軽量型のアレス(ライト)も考えられる。

低軌道への有人打ち上げについては、多少のリスクはともなうものの、民間によるサービスを考えるべきである。このような商業サービスは実現可能になりつつあり、アメリカの航空宇宙企業に対して、十分なインセンティブをもった競争を開始させるべきである。これによってNASAはより挑戦的な開発に取り組むことができる。

有人宇宙探査にとって、火星は最終的な目的地ではあるが、最初の、かつベストの目標ではない。まず月の有人探査を行うことによって、火星に向かうための知識を獲得することができる。月の探査には2つの方法がある。1つは月面基地を建設し、そこに長期滞在して科学活動を行うもの、もう1つは、月面のさまざまな場所を探査するものである。

「まず月に行き、次に火星に行く」という道以外に、月、ラグランジュ点、小惑星、火星、火星の衛星などさまざまな場所を訪れ、知識を拡大していく「フレキシブル・パス」も考えられる。

2010年度の予算ガイドラインでは、低軌道を超えた有人宇宙探査を行うことはできない。意味のある有人宇宙探査を行うには、2010年度のガイドラインより年間30億ドル多い予算が必要である。

以上を踏まえ、委員会では今後の有人宇宙計画について5つのオプションを提示しています。このうちオプション1とオプション2は2010会計年度と同程度の予算が今後も続くことを前提にしています。

オプション1
シャトルの飛行を2011会計年度までとし、ISSは2016年に廃棄。アレス気肇ライオンはISSが廃棄後、飛行可能となる。アレス垢2020年代に実現し、月着陸は2030年代になる可能性がある。

オプション2
ISSの運用を2020年までに延長し、利用に力を入れる。シャトルの飛行を2011会計年度までとし、その後の低軌道へのクルー輸送には商業サービスを利用する。軽量型アレスによる月探査計画をスタートさせる。2020年代後半まで重量物運搬ロケットは実現しない。月着陸に必要なシステムを開発する予算はない。

オプション3
シャトルの飛行を2011会計年度までとし、ISSは2016年に廃棄。2017会計年度にアレス気肇ライオンを初飛行させる。月着陸は2020年代半ばに実現。

オプション4
ISSの運用を2020年までに延長し、低軌道へのクルー輸送には商業サービスを利用する。シャトルの飛行を2011会計年度までとし、軽量型アレス垢任侶醉人探査を目指す案と、有人輸送手段をもたないギャップを短縮させるために、シャトルの飛行を2015年まで延長させる案が考えられる。どちらの場合も、月着陸は2020年代半ばとなる。

オプション5
フレキシブル・パスの宇宙有人探査をめざす。シャトルの飛行を2011会計年度までとし、ISSの運用を2020年まで延長、低軌道へのクルー輸送には商業サービスを利用する。重量物運搬ロケットに軽量型アレス垢鰺僂い覦董∋箸いりロケット(EELV)の派生型を用いる案、シャトルの直接的な派生型を用いる案が考えられる。

オーガスティン委員会の最終報告書は9月中旬にオバマ大統領に提出される予定です。
H-IIBロケットによるHTV打ち上げ成功
宇宙ステーション補給機(HTV)技術実証機を搭載したH-IIBロケット試験機が、11日午前2時01分46秒、種子島宇宙センターから打ち上げられました。JAXAは打ち上げの模様をインターネットで中継していましたが、私は同じライブ映像をNASAテレビで見ました。日本の新しい重量級ロケットと新しい輸送機には、NASAも並々ならぬ関心をもっているようです。

HTV_Launch

H-IIBロケットはH-IIAロケットの増強型で、今回が初の打ち上げです。打ち上げ能力を向上させるため、第1段にはLE-7Aエンジンを2基束ね(H-IIAは1基)、第1段の直径をH-IIAの4メートルから5.2メートルにして、推進剤の量を1.7倍にしました。HTVの打ち上げに用いられるほか、静止軌道へ6トン級の衛星を投入することも可能、中型の衛星を2基同時に打ち上げることもできます。

HTVは国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶための無人輸送機です。食糧や衣類、実験装置、ラックなど最大6トンの物資を輸送することができます。HTVの打ち上げは、ISSの軌道面が種子島の上空を通過する時間帯に合わせて行わなくてはなりません。そのため、打ち上げは1日に1回、きわめて短い時間帯にしか行うことができません。

夜間の打ち上げだったため、ロケットはすぐに画面から見えなくなってしまいましたが、第1段分離、第2段分離は順調に行われ、HTVは所定の軌道に投入されました。HTVは今後、軌道修正をくり返しながら、約7日間をかけてISSに接近していきます。予定では9月18日に最終接近し、ISSのロボットアームによってISSに結合されることになっています。
JAXAが宇宙飛行士候補者を追加採用
JAXAは宇宙飛行士候補者として金井宣茂さんを追加採用することを決定し、本日、記者会見が行われました。金井さんは海上自衛隊の一等海尉、潜水医官です。潜水医学を勉強するうちに、共通点の多い宇宙医学に興味をもつようになり、宇宙飛行士候補者の募集に応募したのだそうです。

JAXA記者会見

JAXAは昨年から宇宙飛行士候補者の選抜を行い、今年4月に油井亀美也さんと大西卓哉さんを宇宙飛行士候補者として採用しました。このとき「補欠」となった金井さんは、その後もいつ宇宙飛行士候補者に採用されてもいいように、自己研鑽を続けてきたとのことです。とはいっても、いつJAXAから連絡が来るとも分らない毎日は、大変だったのではないかと思います。金井さんもこれで晴れて宇宙飛行士候補者となり、9月中旬にはNASAでの訓練のために油井さんと大西さんに合流することになります。

3人の新しい宇宙飛行士候補者には、日本の宇宙開発のために、そして自身の夢を実現するために、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
LROが撮影したアポロ12号着陸地点
アメリカの月探査機LROは高度50キロメートルという低い軌道から、月表面を詳細に観測しています。LROには50センチメートルの解像度をもつカメラが搭載されています。そのカメラがアポロ12号の着陸地点を撮影した画像が公開されました。

1969年11月19日、2度目の月面着陸に成功したアポロ12号は、アポロ11号が失敗した場合には9月に打ち上げられ、人類史上初の月面着陸に再度挑戦するという重要な任務を与えられていました。しかし、アポロ11号が成功し、「1960年代が終わらないうちに人間を月に送り、無事に帰還させる」というケネディ大統領の宣言は達成されたため、打ち上げを急ぐ必要はなくなり、アポロ11号の興奮がひと段落した11月に打ち上げられたのです。

アポロ12号では目標地点へのピンポイント着陸が試みられました。着陸地点は嵐の大洋で、その2年前に無人探査機サーベイヤー3号が着陸した場所です。アポロ12号の月着陸船イントレピッドは、サーベイヤー3号からわずか200メートルしか離れていない場所に着陸しました。今回公開されたLROの画像には、イントレピッドの降下段とサーベイヤー3号が写っています。

LROが撮影したアポロ12号着陸地点

サーベイヤー3号は、後にサーベイヤーと名づけられたクレーターの内側に着陸していました。イントレピッドはこのクレーターのふちに着陸しました。画像にはピート・コンラッドとアラン・ビーン宇宙飛行士が歩いた跡も黒く見えています。2人は最初の船外活動でイントレピッドから少し離れた場所にALSEP(アポロ月面実験パッケージ)とよばれた科学観測機器類を設置しました。2回目の船外活動ではヘッドなど近くの小クレーターをいくつか調査した後、サーベイヤー3号に到着し、その一部を回収しました。下の写真には、サーベイヤー3号とビーン宇宙飛行士の向こうにイントレピッドが見えています。

アポロ12号とサーベイヤー3号

LROはアポロ11号、14号、15号、16号、17号の着陸地点については、すでに観測しており、それぞれの月着陸船の降下段を確認しています。これらの画像によって、「アポロ宇宙船は月に行っていない」と、NASA陰謀説を主張する人々は完全に否定されたことになります。
旧ソ連時代のアルマズ有人宇宙船が復活
旧ソ連時代の宇宙計画の中には、軍事機密のベールに包まれ、その実態があまり知られてこなかったものがあります。1970年代に行われたアルマズ計画もその1つです。かつてはトップシークレットだったこの計画の宇宙船を用いて商業有人宇宙飛行を行うという事業が、イギリスのエクスカリバー・アルマズ社によって発表されました。

同社は、当時アルマズ計画に参画していたNPO Mashinostroyeniaと協力し、3人乗りの再使用型有人宇宙船(RRV)とサービスモジュールによって、1週間程度の宇宙飛行を提供することになっています。最初の打ち上げは2013年を目標としています。この事業が実現すれば、宇宙ビジネスに興味のある企業や国際宇宙ステーション計画に参加していない国などにも宇宙利用の機会が得られることになるでしょう。エクスカリバー・アルマズ社はいくつかの宇宙関連企業とも提携関係をもっており、その中には日本のJAMSS(有人宇宙システム株式会社)もふくまれています。

アルマズ計画はアメリカ空軍が1963年に提唱したMOL計画(軍事用の有人宇宙ステーション計画)に対抗して1965年にスタートしました。MOL計画が1969年にキャンセルされた後も、紆余曲折をたどりながら開発は続けられましたが、1991年のソ連崩壊によって計画は終末を迎えました。

アルマズは宇宙ステーションと有人宇宙船TKSから構成されていました。

1971年に登場した世界初の宇宙ステーション、サリュート1号は、アルマズ宇宙ステーションをベースに、ソユーズ宇宙船とのドッキング機能などを加えて製造されたものです。その後打ち上げられた「ミリタリー・サリュート」、すなわちサリュート2号、3号、5号は、アルマズ宇宙ステーションによる軍事ミッションでした。一方、民生用のサリュートは、サリュート4号、6号、7号からミール宇宙ステーションのコアモジュールをへて、国際宇宙ステーションのサービスモジュール(ズヴェズダ)へと発展しました。

プロトンロケットによって打ち上げられる有人宇宙船TKSは再使用が可能な再突入カプセルVAと、機械船の役割を果たす基本機能モジュールFGBから構成されていました。FGBは国際宇宙ステーションのFGB(ザーリャ)の原型となりました。再使用型再突入カプセルVAが、エクスカリバー・アルマズ社がRRVとよんでいるものです。同社のプレスリリースによると、RRV(すなわちVA)はかつて9回打ち上げが行われ、そのうちの2機は複数回の飛行を行ったとされています。

エクスカリバー・アルマズ社の再使用型再突入カプセルRVV(同社のプレスリリースより)

手元の資料によると、1976年12月15日に打ち上げられたコスモス881と882(同時打ち上げ)、1977年7月17日に打ち上げられたコスモス929、1978年3月30日に打ち上げられたコスモス997と998(同時打ち上げ)、1979年3月23日に打ち上げられたコスモス1100と1101(同時打ち上げ)はアルマズ計画の再突入カプセルVAの打ち上げでした。いずれの打ち上げでも、VAは無事に帰還しました。コスモス929の打ち上げの際のペイロードはVAとFGB、すなわちTKSそのものでした。VAが帰還した後もFGBは5か月以上軌道上にとどまりました。2機のVAの同時打ち上げは1977年8月5日にも行われましたが、このときはプロトンロケットにトラブルが発生し、打ち上げは失敗しました。1機のVAは緊急脱出システムが作動して無事に着地しましたが、もう1機はロケットとともに失われました。エクスカリバー・アルマズ社のプレスリリースが述べている9回の打ち上げというのは、以上を指しているとみられます。これらの打ち上げはすべて無人で行われました。

情報がどこまで正確かは不明ですが、9回の打ち上げのうち、1978年に打ち上げられた2機のVAと、1979年に打ち上げられた2機のVAは同じ機体だったとされています。また1978年に打ち上げられた2機のVAのうちの1機は1977年の打ち上げ失敗の際に無事に回収された機体だった可能性があります。つまり、1機のVAは3回、もう1機のVAは2回の飛行を行い、再使用が可能であるというデモンストレーションが行われたことになります。これが、エクスカリバー・アルマズ社が2機のRRVは複数回の飛行を行ったと述べている意味と思われます。

30年以上前に試験飛行を行った有人宇宙船が今、新たな宇宙ビジネスとして再登場するあたりに、ロシアの宇宙技術の奥の深さが感じられます。ポスト・スペースシャトル時代に向けて、世界の有人宇宙活動はさまざまな展開を見せようとしています。しかしながら、日本がいまだ独自の有人宇宙活動に踏み出せず、世界の潮流から取り残されつつあるのは、残念としか言いようがありません。

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