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Google Moon に不思議な建造物が?
Unknown Structure on the moon?

Google Moon に不思議な建造物が見えているという動画がYouTube に投稿され、話題になっています。ベリャーエフというクレーターの縁に、V字型をした形が現れています。

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私のところにもテレビ局から取材があったため、少し調べてみました。ベリャーエフ・クレーターは月の裏側の「モスクワの海」の縁にあります。Google Moon でこの地域を見てみました。ここに貼り付けてある「モスクワの海」の画像は、日本の月周回衛星「かぐや」の地形カメラで取得した画像のようです。これを拡大していくと、確かに同じ形が現れました。しかし、これは何かの建造物ではありません。同じ場所を、アメリカの月探査衛星LRO が取得した画像で見てみると、ここには小さなクレーターがありました。下の画像がそれで、少し見づらいですが、クレーターの丸い形が分かります。このクレーターは年代が若いためか、周囲に広がる噴出物は白っぽくなっています。

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「かぐや」の地形カメラの解像度は10m です。問題のクレーターのサイズはおそらく数百m で、地形カメラの光学系が正しい形をとらえる限界あたりだと思われます。明るいクレーターに低い角度から太陽光が当たっているため、その反射光によって本来は三日月型に写るはずのクレーターの内壁がV字型になり、その手前にゴーストのように白い点が現れているのだと思います。

今から20年ほど前までは、「UFO 研究家」とよばれる人たちが、たびたび、月面には人工の構造物があると主張し、その証拠と言える写真をメディアに流したりしました。アポロ宇宙船や月を周回したルナー・オービターなどからの画像でしたが、それらはどれも解像度の限界から、そのように見えただけであって、実際に人工物が存在することなどありませんでした。今では、「かぐや」やLRO あるいはその他の月探査機が月面をくまなく調べており、宇宙人が月面に建造した構造物が見つかる可能性はなくなってしまいました。
国際宇宙ステーションにUFO 出現?
UFO outside ISS?

8月19日に国際宇宙ステーション(ISS)で船外活動を行っていたクリス・キャシディー宇宙飛行士は、プログレス補給船の近くに未確認の物体が浮かんでいるのを発見し、ヒューストンのミッション・コントロール・センターに報告してきました。下の画像は、キャシディー宇宙飛行士が撮影したビデオ映像からのものです。

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このUFO(?)は明らかに何らかの形をもっているようです。

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TsUP(ロシアの管制センター)は、これがロシアのズベズダ・サービス・モジュールのアンテナのカバーであることを確認しました。「UFO 研究家」が喜ぶような物体ではなかったわけです。

スペースシャトルの初期の飛行の時代、すなわち1980年代から90年代には、「スペースシャトルの周囲をUFO が飛び、監視していた」といった映像が、UFO 研究家からメディアにたびたび流されたものでした。こうしたUFO の正体は、スペースシャトルから放出された水が凍って氷の粒になり、太陽の光で輝いているだけのものでした。しかし、UFO 研究家はNASA の映像の中からこうした場面を探し出しては、「NASA が隠していたUFO の衝撃映像」などとしてメディアで放送したのです。

しかし、時代は変わり、人間が宇宙で行っている活動は以前よりもずっと身近になりました。宇宙で起こっていることはすぐに地上に報告され、さらにそれがインターネットで世界中に公開される時代です。もはやUFO 研究家がNASA のフッテージから「UFO の衝撃映像」を見つけ出し、メディアに流すことはできなくなってしまいました。
2012年マヤの暦:10日間早く公開されてしまったNASA のビデオ
The World Didn’t End Yesterday

NASA は「マヤの暦が予言した2012年12月21日に世界は滅亡しなかった」というビデオを12月22日にYoutube にアップする予定でしたが、間違って10日前に放映されてしまったようです。イギリスの『ガーディアン』紙が伝えています。

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このビデオを見ると、マヤの暦のシステムがとてもわかりやすく説明されています。古代マヤの天文学も紹介されていて、とても楽しめるビデオです。

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NASA が以前に作成した「2012年問題」に関するページは、今も生きています。時間があったら、ご覧ください。
エレニン彗星と地球終末論
エレニン彗星が今年の秋に地球に衝突するとか巨大地震をひきおこすという荒唐無稽の話題が、ここ数か月、ネット上を飛び交っています。この種の話はもぐらたたきゲームのように、1つの話題が下火になっても、また次の新しいつくり話がもちあがってきます。天文現象を地球の終末と結びつけたいと考える人が存在する限り、こうした事態はなくならないでしょう。

エレニン彗星(C/2010 X1)は2010年12月10日に、ロシアのレオニード・エレニンによって発見された長周期彗星です。太陽系のはるか外側からやってきて、現在、太陽に接近中です。今年の10月16日には地球に最接近します。そのときの距離は約3500万km と予測されています。彗星は汚れた雪だるまにたとえられる通り、氷のかけらとちりのかたまりです。エレニン彗星の大きさはさしわたしが3~5km とされていますから、この程度の大きさでは質量はきわめて小さく、地球と月の距離の90倍も遠いところを通過したところで、地球にいかなる影響も及ぼすことはできません。

ところが、この彗星を地球の終末や大災害と結びつける話が広がったため、NASA はJPLのサイトで5月4日に、この彗星についての記事をアップし、地球に衝突する危険はないこと、太陽に接近してもそれほど明るくはならないことなどを説明しました。その後、8月16日に改めて、「エレニン彗星は地球にいかなる脅威もおよぼさない」というQ&A 形式の記事をアップしています。しかし、こんなことで、エレニン彗星にまつわるオカルト的な話が消滅するわけはありません。

この話にあたかも信ぴょう性があるかのような印象を与えているのが、Mensur Omerbashich という人物が4月11日に発表した「惑星直列がM6 以上の地震を引き起こす」という論文です。著者のOmerbashich はカナダ、ニューブランズウィック大学から理論物理学の学位を取得したとされています。論文はコーネル大学が運営する物理・数学などの分野のオープンアクセスの電子ジャーナルarXiv 上に発表されました。arXiv には査読制度はないので、悪く言えば誰でも論文をアップすることができます。もちろん、arXiv に掲載されている論文のほとんどは、査読制度のあるジャーナルに掲載されなかったものの科学的に価値が高い論文です。

arXiv にアクセスしてみたところ、Omerbashich の論文は、現在バージョン4 まで更新されているようです。この論文では、2010年に起ったM6 以上の地震はすべて惑星直列(太陽系天体の直線的配置)によるものであると述べられています。2000年以降のM8 以上の地震、および20世紀以降のM8.6 以上の大地震についても同じことがいえるとのことです。たとえば、2004年12月26日にスマトラ沖で起きたM9.1 の巨大地震は、下の図のように、地球と水星と金星が一直線に並んだために起ったとOmerbashich は述べています。

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さらに、地震観測が開始されて以来、現在までに起った計6回のM9 級およびM9 以上の巨大地震のうち3回は満月に起っており、大地震の発生には太陽と月と地球の配置も関係しているとも述べています。ここまで書けば、こんな話はおかしいと誰でも考えるでしょうが、Omerbashich はさらに、地震とエレニン彗星との関係を展開していきます。エレニン彗星は1960年代から地球の地震発生に影響を与え始め、2007年からはその影響がとくに大きくなっているとのことです。

2010年2月27日には、チリでM8.8 の大地震が起りました。これは下の図のように、エレニン彗星と地球と太陽が直線状に並んだためとのことです。

Comet_Elenin

そして今年3月11日の東北地方太平洋沖地震にも、エレニン彗星が関係しているとのことです。しかし、論文中のこの部分には少しおかしなところがあります。地震発生3日前の3月8日の天体の配置を示す下の図では、エレニン彗星と地球と水星が一直線に並んでいます。

Comet_Elenin

ところが論文中の表では、東北地方太平洋沖地震の際の配置は、エレニン彗星と地球と太陽(および地球と水星と天王星)が一直線になるとされています。論文中ではこの矛盾について触れられていません。

エレニン彗星は今年の10月に地球に最接近するため、8月から10月の間に非常に大きな地震が発生するとOmerbashich は主張しています。こうした論文が、かつてカール・セーガンが教鞭をとり、火星ローバーのサイエンスチームの本拠地でもあるコーネル大学が運営する電子ジャーナルに載るというのは、なんとも困ったものです。

ところで、この惑星直列と地震の関係というアイデアは、Omerbashich のオリジナルなのでしょうか。実はまったく同じアイデアを使って、「3月11日から15日の間に大地震が起る」と「予告」した映像が、ニューヨークに住む女性によって3月8日にYouTube にアップされていたのです。エレニン彗星と地震の話は、この映像によってネット社会に広まっていったわけです。

この映像をよく見てみると、世界の地震帯のどこかで大地震が起るといっているだけで、東北地方太平洋沖地震を予言したというわけではありません。それなりの規模の地震は世界のどこかで毎日のように起っていますから、「世界のどこか」と「11日から15日」という幅をもたせれば、どこかの地震がヒットするでしょう。アップした日が間違いなく3月11日以前なのであれば、この期間に東北地方太平洋沖地震が起ったのはまったくの偶然といえるでしょう。

この映像では、女性は3月11日からエレニン彗星、地球、太陽が一直線に、すなわち「チリ地震と同じ配置」になると述べています。アイデアはまったくOmerbashich と同じです。Omerbashich が論文発表前にこのアイデアを女性に教えたのでしょうか。あるいは逆に、女性がOmerbashich に教えてあげたのでしょうか。それともオリジナルのアイデアはどこか別のところにあり、女性はそれをYouTube 用の映像として表現し、Omerbashich は改めてそのアイデアを「理論化」したということなのでしょうか。

この女性も、ある種の終末思想の持ち主のようで、それよりも前にアップしたエレニン彗星関連の映像では、エレニン彗星を聖ヨハネの啓示と位置づけ、3月21日からは平和の時代がはじまるとしていました。それがなぜ急に大地震の予言になってしまったのでしょう。私にはわかりませんが、フォトンベルトと同じように、この種の話の背後には根強い終末思想が存在するようです。
2012年:フォトンベルトの源流(3)
「シャーリー・ケンプ」の記事に載っているフォトンベルトの図は、以下のものです。今でもよく使われます。

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中心がアルシオーネで、プレアデスの他の星がそのまわりをまわっています。一番外側をまわっているのが太陽です。これらの星の公転面と直交するリング状のものがフォトンベルトです。太陽がフォトンベルトを出たり入ったりする様子がよくわかる図です。ノリス氏は自分でこの図を作成した記憶はないとのことなので、「シャーリー・ケンプ」が文章と一緒に制作したものでしょう。彼らは ”Der Jüngste Tag” の図を参考にして、これをつくったわけです。

”Der Jüngste Tag” の図をもう少しくわしく説明しましょう。

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黒い円盤を上から下に横切っているのが「光のリング」、円の中心はアルシオーネです。黒い部分は闇の領域、白い部分は光の領域です。白い矢印は、アルシオーネをまわる太陽系の運行を示しています。太陽系が闇の領域を運行している期間は1万年、光の領域にいる期間は1000〜2000年であることが読み取れます。円の右半分は現在の地球の歴史を示しています。円盤に書きこまれた数字は、この図に付随している説明によると、1が聖書による年代記のはじまりで紀元前4128年、2がノアの大洪水で紀元前2473年、3がクフ王のピラミッド建設で紀元前2170年、4がソドムの滅亡で紀元前2050年、5がダビデによるイスラエル統一で紀元前1039年となっています。そして、円盤の一番上にあたる紀元2000年のところに「最後の審判の日」があります。図の左半分は、現在の歴史がはじまる前の時代で、アトランティス伝説の時代となっています。また、円盤の一番外側は黄道十二宮を示しており、この図が占星術とも関係していることがわかります。現在は双魚宮の時代です。

ヘッセによれば、最後の審判の日というのは、太陽系が光の領域、すなわち光のリングに入る日のことを意味しています。その日は上のように2000年とされていました。しかし、2000年には何も起こらず、いつの間にかマヤの古代暦と結びつけられ、2012年に何かが起こることになっているわけです。

キリスト教の世界では、最後の審判あるいは世界の終末がいつ訪れるのかは、つねに大きな問題でした。たとえば16世紀はじめに、1524年に世界は大洪水によって終わるという説が大流行したことはよく知られています。こうした終末の時期の予測には、占星術が用いられることも多くありました。ヘッセはまた、古代エジプトの「永遠の生命」の象徴であるアンクの図像や、ピラミッドの構造に見られる神秘的な数の構成、アトランティス伝説などにも関心を示していました。世界が創造と破壊を繰り返すという考え方は、多くの民族の神話にみられます。独特の宇宙観や占星術、古代文明の神秘的解釈がキリスト教の終末論と結びついた、宇宙の黙示録ともいうべきヘッセの終末論は、このような中から生まれてきたものでしょう。

「シャーリー・ケンプ」が、「ヘッセがフォトンベルトを発見した」とした上で、フォトンベルトをめぐる太陽の周期についても同じことを書いていることから、彼らが ”Der Jüngste Tag” を参考にしてフォトンベルトの記事を書いたことは間違いありません。「シャーリー・ケンプ」の記事では、「地球はフォトンベルトに入りつつある」と書かれており、地球がフォトンベルトの影響を受けはじめたのは1962年としています。1962年にはUFOが多数目撃されたが、これはフォトンベルトを伝わって「宇宙旅行者」がやってくるようになったためではないかというのです。

「シャーリー・ケンプ」はヘッセの説の他、フォン・デニケンの著作についても触れています。今の読者に、デニケンの名はあまりなじみがないかもしれません。彼の著書で有名なのは1968年に出版されて世界的なベストセラーとなった『未来の記憶』と、その翌年出版された続編『星への帰還』です。エジプト、メソポタミア、マヤなど世界の遺跡を旅してまわったデニケンは、これらの本の中で、かつて地球には宇宙人が到来し、彼らが古代の高度な文明をつくりあげたという説を展開しました。グラハム・ハンコックの『神々の指紋』はデニケンの二番煎じといえるものです。

興味深いことに、「シャーリー・ケンプ」はさらに、アボリジニやマヤの神話、ノアの洪水などにも触れています。現在広まっているフォトンベルトの話は、マヤをはじめとする古代文明や、アボリジニやホピなどの先住民族の「予言」と関連して語られますが、その原型が、すでにここに存在しています。

「ヘッセは1961年に人工衛星による観測でフォトンベルトを発見した」という点についても、説明しておきます。「シャーリー・ケンプ」の記事では、「ヘッセがフォトンベルトを発見した」ことと「フォトンベルトは1961年に人工衛星による観測で発見された」ことは別に書かれています。この2つを一緒にしてしまったのは誰かの間違いです。しかも、人工衛星の歴史を調べてみれば、1961年当時、精密な天文衛星を打ち上げることはまだできなかったことはすぐにわかります。

世界初の人工衛星はソ連が打ち上げたスプートニク1号で、1957年のことでした。ソ連はその後すぐに、イヌを2頭載せたスプートニク2号を打ち上げ、翌1958年には科学観測目的のスプートニク3号を打ち上げます。1960年の4号からの打ち上げは、人工衛星というよりは有人宇宙船ボストークの試験でした。一方、アメリカは1958年のエクスプローラー1号で初の人工衛星打ち上げに成功しました。以後、アメリカが1961年までに打ち上げた人工衛星は、主に大気圏外の観測(エクスプローラー、ヴァンガード)、通信(エコー)、気象観測(タイロス)を目的としていました。1961年には、アメリカとソ連は有人飛行や月の探査に力を入れていて、天体の精密光学観測を行う衛星は打ち上げませんでしたし、当時、そのような衛星を打ち上げるだけの技術ももっていませんでした。

それならば、これは、何か別の人工衛星をヒントにしたつくり話なのでしょうか。1961年あたりで、この話に関係ありそうなのは、1962年にアメリカが打ち上げた初の太陽観測衛星OSO1かもしれません。OSO1は太陽フレアをはじめて宇宙から観測した衛星です。「ベルト」という言葉にこだわると、もしかしたら、1958年7月に打ち上げられて「ヴァン・アレン・ベルト」を発見したエクスプローラー4号がヒントになっているかもしれません。しかし「シャーリー・ケンプ」が何を誤解したのかは不明です。

フォトンベルトの系譜をたどっていくにつれて見えてきたのは、現在のフォトンベルト信者でさえ知らない深層流でした。これはただの荒唐無稽な話ではすまされない要素をもっています。そこには半世紀以上にもわたるキリスト教の終末論、占星術、滅亡したアトランティス伝説、マヤやエジプト、メソポタミアなど古代文明の神秘主義的解釈、アボリジニやアメリカ先住民の予言、現代の天文学をまったく無視した擬似科学、UFOや宇宙人幻想などが輻輳しています。これらは皆、不合理ではあるのですが、そうであるがゆえに、どこかで人々の心をとらえているものばかりです。フォトンベルトがひそかに命脈を保ってきた理由がそこにあります。

「科学の時代に、人間はなぜ、不合理なものを信じてしまうのか」。これは私たちにとって大きな問いです。UFO や宇宙人がエンターテイメントの対象としてメディアに登場するくらいのことに目くじらを立てる必要はありませんが、社会が閉塞している時代には、人はオカルト的な発想にひかれがちであることは忘れてはなりません。2012年が何もなく過ぎた後も、もしかしたらフォトンベルトは姿を変えて残っていくのかもしれません。

(注)古代マヤの暦と2012年の地球大異変(1)同(2)同(3)フォトンベルトの源流(1)同(2)、同(3)は、Japan Skeptics の機関誌12号(2005年)に掲載するために2004年に執筆した記事をベースにまとめてあります。
2012年:フォトンベルトの源流(2)
「シャーリー・ケンプ」のオリジナルの記事を読むと、「太陽がアルシオーネのまわりをまわっているのを発見したのは、天文学者ホセ・コマス・ソラである」という点についての真相がわかります。銀河系の構造を少しでも知っていれば、こんな考えがナンセンスであることはすぐに気がつくでしょう。しかし、宇宙の中心がアルシオーネであり、プレアデスの他の星や太陽がそのまわりをまわっているとする説は、実際に存在したのです。

これはドイツのヨハン・ハインリッヒ・フォン・メドラー(1794〜1874)が1846年に発表した説です。メドラーは月面の観測で有名な天文学者で、銀行家ウィルヘルム・ベーアの援助のもとにつくられた「ベーアとメドラーの月面図」(1837年発表)は、当時最もくわしく正確な月面図でした。そのメドラーは1840年、エストニアのドルパト天文台の台長になります。ここでプレアデス星団を観測し、アルシオーネがプレアデス星系の中心だとする説を発表するのですが、もちろん、これは正しくはありませんでした。ロバート・バーナム・ジュニアは『星百科大事典(改訂版)』(地人書館)の中で、これを「天文学史上最も奇妙な誤った解釈の一つ」と説明しています。「アルキオネが宇宙の“中心太陽”だという考えは、いくぶん人気を呼んだが、銀河の構造がわかってくるとともに、20〜30年の間に、この考えは見向きもされなくなってしまった」と、バーナムは同書で書いています。まさかメドラーの時代から150年以上もたった現代に、この説を信じる人たちがふたたび現われるとは、誰も想像していなかったでしょう。ホセ・コマス・ソラ(1868〜1937)は小惑星などを観測したスペインの天文学者です。「シャーリー・ケンプ」はメドラーとコマスを間違えてしまいました。そのため、コマスは不名誉な名前の使われ方をされてしまったのです。

ノリス氏から話を聞いて、「フォトンベルト」が世界に広まるきっかけがいかにしてつくられたかはわかりました。しかし、実はまだ、その先があります。私にはもう少し調べてみることが残っていました。というのも、フォトンベルトの話は、プレアデスの星系を含めそれなりのディテールを持っています。ノリス氏が言っていた2人がそのアイデアを全部考え出したわけではないのではないか、と考えたのです。

フォトンベルトの源流を調べるかぎは、フォトンベルトの発見者とされている「科学者パウル・オットー・ヘッセ」です。しかし、こういう名前の科学者は見当たりません。今ではWikipedia に彼の情報が載っていますが、私が彼のことを調べた2004年当時、情報はほとんどありませんでした。そこでドイツのネット書店で調べたところ、彼の著作として ”Der Jüngste Tag” (最後の審判の日)という本が出版されていることがわかりました。この本の分野は「宗教、秘義」となっていたので、彼が科学者でないことがわかりました。

”Der Jüngste Tag” には1959年版(出版社はVerl. Die Arve)と1967年版(出版社はTurm Verlag)があり、Turm Verlagから出版されているものは商品として生きていることが判明したので、さっそく取り寄せてみました。それが下です。この本が最初に出版されたのは1949年のようです。

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パウル・オットー・ヘッセについて調べれば、フォトンベルトがどこから来たかわかると、私は考えていましたが、手元に届いた ”Der Jüngste Tag” を開き、37ページの図を見たとたん、私の予感が的中していたことがわかりました。そこには、フォトンベルトの原型といえる図が載っていたのです。

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2012年:フォトンベルトの源流(1)
2012年が近づくにつれて、マヤの暦や「フォトンベルト」に関した話題が増えているようです。これらに関してはすでに古代マヤの暦と2012年の地球大異変(1)同(2)同(3)で書きました。「フォトンベルトが写っている写真」というのがハッブル宇宙望遠鏡の画像だったり、天文ソフトの天の川の画像だったりと、フォトンベルトについては荒唐無稽の話が多すぎますが、「2012年に太陽系はフォトンベルトに入る」「2012年には何かがおこる」と信じている人たちを、たとえば「フォトン・ベルトなんて何の根拠もないし、誰も発見してはいないし、存在しないことははっきりしているのに、何でそんなものの実在を信じられるのかが不思議である」(と学会・山本弘氏)と批判しているだけでは、この問題の本質には迫れないでしょう。ずいぶん前に流行ったフォトンベルトなるものがいまだにすたれず、まだその存在を信じている人がいるのはなぜかを、私はもう少し考えてみたいと思います。

「フォトンベルト」とはどんなものかを、もう一度書いてみます。
・フォトンベルトはプレアデス星団にある。プレアデス星団の星々は、星団で最も明
 るい星であるアルシオーネを中心にまわっており、太陽もこの星系に含まれる。す
 なわち太陽もアルシオーネのまわりをまわっている。これを発見したのは、天文学
 者ホセ・コマス・ソラである。
・フォトンベルトは1961年に、「科学者ポール・オット・ヘッセ」(パウル・オッ
 トー・ヘッセ)によって、人工衛星からの観測で発見された。
・ドーナツ状のフォトンベルトは、アルシオーネを中心とする星系の公転面と直交
 しており、ちょうど太陽の軌道のあたりを通っている。太陽はアルシオーネを2万
 6000年かけて1周しているので、太陽は1万3000年ごとにフォトンベルトに入っ
 たり出たりする。太陽がフォトンベルトに入ってからぬけるのに2000年かかる。
・フォトンベルトに入らないときは闇の時代であり、ベルトに入ると光の時代がおと
 ずれる。現在、太陽系はベルトに入りかけている。太陽系が完全にベルトの中に入
 るのは2012年である。
・フォトンベルトに入ると、人間や地球は大きな影響を受ける。

こうしたフォトンベルトなるものが世の中に流布するようになったのは、オーストラリアのニューエイジ団体の雑誌NEXUS の1991年2月号に掲載された記事がきっかけであり、その記事はオーストラリアのUFO 研究団体、AIUFOFSR の機関誌の1981年8月号から転載されたものであったことは、古代マヤの暦と2012年の地球大異変(3)で書きました。さらに、AIUFOFSR の主催者だったコリン・ノリス氏から話を聞いて、この記事の著者は「シャーリー・ケンプ」となっていたものの、実際はシャーリー・ケンプという中年女性と大学生の共作であったことも説明しました。

フォトンベルトの原稿は、この2人によってノリス氏のもとに持ちこまれたものでした。当時UFO の目撃情報が多発していたため、ノリス氏は彼の機関誌の読者はこの記事に興味をもつだろうと考え、掲載することにしたとのことです。その後、この記事は「太陽系は1万2000年の周期でやってくる“宇宙の雲”に入りつつあるのだろうか? われわれは真偽のほどはさだかでないものの、評判になった1881年の記事を紹介するが、判断は読者におまかせする」という編集部のコメントが付記され、NEXUS 誌に再掲載されます。ノリス氏が再掲載を許可したのは、1991年ごろには気候変動や地球環境問題が話題になりつつあり、この記事がまだ読者の興味をひく価値をもっていると考えたからであるとのことでした。

「フォトンベルト」という言葉はオリジナルの記事中に出てきますのが、AIUFOFSR の機関誌に掲載されたときのタイトルは “And So Tomorrow” というものでした。それが10年後、NEXUS 誌に再掲載されたときには “THE PHOTON BELT STORY” となっていました。その後、ニューエイジ関係者によってフォトンベルトを題材にした本が何冊も出版され、フォトンベルトは多くの人の間に広がっていきました。「フォトンベルト」という言葉をつくったのは2人ですが、この言葉を有名にしたのはNEXUS 誌ということになります。
NASA の2012年問題FAQ サイト
GoogleやYouTubeで ”doomsday” ”Mayan” ”2012” などの言葉を入れで検索すると、実に多くのサイトや動画がヒットします。どうやら「2012年12月に地球が最後の日を迎える」といった噂が世界的に広がりつつあるようです。もちろん、このような話には何の根拠もないことは、すでに書いたとおりです。しかし、これを冗談ですませることができない局面も出てきているようで、NASA は11月6日に、2012年問題に関するFAQ ページを立ち上げました。

“2012: Beginning of the End or Why the World Won't End?” というこのページでは、もうすぐ公開になるローランド・エメリッヒの映画『2012』のシーンが紹介されるとともに、「世界の多くのウェブサイトで2012年の12月に世界は終わると言っています。2012年に地球には何かが起こるのですか?」「惑星直列が起こって地球に影響を与えることはないですか?」「ニビルとか惑星X などの天体が地球に接近して地球に影響を与えることはありますか?」などの質問がならび、これらには何の科学的根拠もなく、2012年に何も起こらないことが説明されています。

私は今、この原稿をCNNを見ながら書いていたのですが、偶然というか、CNNでもちょうど、この2012年問題とNASAのFAQサイトについてのニュースを流していました。1999年の「ノストラダムスの大予言」のようにはならないでしょうが、これから少し、世界は騒がしくなるかもしれません。

日本の国立天文台のウェブサイトには「よくある質問」のページがあり、ここの「その他の質問」のところには、この問題に関連した「フォトンベルト」についての質問と答が載っていますが、2012年問題については、まだないようです。
古代マヤの暦と2012年の地球大異変(3)
古代マヤの暦(長期暦)が2012年で終わるという話を、世界の終末と結びつけたのは、「フォトンベルト」というオカルト的な発想でした。数年前には、書店に行くとフォトンベルト関連の本が結構並んでいたものです。ネット上でフォトンベルトを検索すれば、かなりのヒットがありました。どうやら、この話題は海外で盛り上がっていたようです。これらの本やウェブの情報によると、フォトンベルトとは、次のようなものだそうです。

フォトンベルトとは、フォトン(光子)が帯状(ドーナツ状)に分布したもので、人類がまだ手にしたことのないエネルギーをもっている。
フォトンベルトはプレアデス星団にある。プレアデス星団の星々は、星団で最も明るい星であるアルシオーネを中心にまわっており、太陽もこの星系に含まれる。すなわち太陽もアルシオーネのまわりをまわっている。
フォトンベルトは1961年、「科学者ポール・オット・ヘッセ」(パウル・オットー・ヘッセ)によって、人工衛星からの観測で発見された。フォトンベルトは「黄金色の光に満ちた星雲」である。普通、星雲には質量がないが、この星雲には質量があった。
ドーナツ状のフォトンベルトは、アルシオーネを中心とする星系の公転面と直交しており、ちょうど太陽の軌道のあたりを通っている。太陽はアルシオーネを2万6000年で1周しているので、太陽は1万3000年ごとにフォトンベルトを出たり入ったりする。太陽がフォトンベルトに入ってから抜けるのに2000年かかる。
フォトンベルトに入らないときは闇の時代であり、フォトンベルトに入ると光の時代がおとずれる。現在、太陽系はフォトンベルトに入りかけている。太陽系が完全にベルトの中に入るのは2012年である。
フォトンベルトに入ると、人間や地球は大きな影響を受ける。フォトンは生命体を原子レベルから変えてしまい、人類の進化を促進させる。フォトンはまた地球にも影響を与え、地磁気の逆転や洪水がおこる。

フォトンベルトというのは、以上のように荒唐無稽なもので、すべては科学的誤謬の上につくられた虚構です。あまりにも馬鹿らしいので、ここで反論することはしませんが、一部の人たちはこうした考えを信じているのです。

フォトンベルトという言葉が知られるようになったきっかけは、オーストラリアのニューエイジ団体が出版する雑誌NEXUS の1991年2月号に掲載された記事でした。その後、この記事にない内容がいろいろつけくわえられました。その1つが、「太陽系が完全にベルトの中に入るのは2012年である」です。誰かが勝手に、フォトンベルトとマヤの暦を結びつけ、「2012年に何かがおこる」という話が広がっていったのです。

「古代マヤの暦と2012年の地球大異変」の真相とは、このようなものです。いかなる科学的根拠もないことがおわかりでしょう。しかし、こうした話を信じている人は、「NEXUS という雑誌の記事に書いてあった」ということだけで、実際にはその記事を読んで検証することもせず、本やウェブの情報を受け入れているのです。

NEXUS 1991年2月号の記事を読んでみると、いろいろなことがわかります。記事の著者は「シャーリー・ケンプ」という女性であること、天文学的には荒唐無稽でありながら、「ディラックによる反粒子の予言」、「アンダーソンによる陽電子の発見」、「反陽子と反中性子の発見」「電子と陽電子の対消滅」など物理学に関しては正確な記述がみられること、そして、「2012年」に関してはなにも書いていないことなどです。もう1つ、とても大事なことが、記事の最後にありました。この記事はオーストラリアのUFO 研究団体、AIUFOFSR が刊行する機関誌の1981年8月号から許可を得て再録したものだったのです。そこで私は、もう少し調べてみることにしました。

アデレードにあるAIUFOFSR は、オーストラリアの有名なUFO 研究家コリン・ノリス氏が主宰していた団体です。ノリス氏は1947年にアメリカで「空飛ぶ円盤」が話題になって以来、活動をつづけてきたそうです。ノリス氏は高齢でしたが、2004年に連絡をとったとき、快く私の質問に応じてくれました(私がコンタクトしたとき、ノリス氏は病院での脳検査を終えて帰宅したところでした。ノリス氏は2009年に亡くなりました)。同氏によると、この記事は間違いなく彼が発行していた機関誌に1981年に掲載されたもので、原稿は彼のところにもちこまれたものでした。彼はそれまで、フォトンベルトなどという言葉は聞いたことがなかったし、原稿にでてくる星の名前も知らなかったそうです。

ノリス氏によると、著者はシャーリー・ケンプという女性になっていますが、実際は大学生との共作でした。シャーリー・ケンプは当時ノリス氏のUFO 団体の資料係でもある中年の女性でした。大学生も当時ノリス氏の団体のメンバーでしたが、現在はオーストラリアの原子力研究機関に勤める研究者です。この記事の物理学に関する記述だけが科学的に正確であった理由はこれで明らかになりました。彼はこの記事に関わったことを認めていますが、現在の自分の立場もあり、本名を明らかにすることを断っているといいます。シャーリー・ケンプが今どうしているかは知らないということでした。

このように、フォトンベルトとは、30年近く前の1本の投稿原稿からはじまり、1999年7月に世界が滅亡するというノストラダムスの大予言が外れた後、古代マヤの暦と結びつけられ、2012年に何かがおこるという話に発展してきたということになります。
古代マヤの暦と2012年の地球大異変(2)
著名なマヤ文明研究者であるマイケル・D・コウの ”Breaking Maya Code” は、マヤ文字解読のスリリングなプロセスを解説した興味深い本です。この本をニューヨークの書店で買ったのは今から10数年も前のことですが、それからずっと、私はこの本のエピローグが気になっていました。

コウによると、今もユカタン半島に住むマヤの末裔の賢人たちは、「紀元2000年から少したつと世界が終わる」と語っているというのです。その日は、マヤの長期暦がはじまってから187万2000日が経過した日、すなわち2012年12月21日あるいは12月23日です。そのとき、世界はどうなるのでしょうか? 2003年12月に出版された翻訳『マヤ文字解読』(創元社)から引用してみましょう。

そしてこの日に何が起こるのか? 『ティシミンのチラム・パラムの書』のカトゥンの予言はこのように告げている。
そして空は割れ
 そして大地は持ち上がり、
そしてそこに始まるは
 一三人の神々の書。
そして起こるは
 地上の大洪水、
そして立ち上がるは
 偉大なイツァム・カブ・アイン(大地のワニ)。
言葉の終わり、
 カトゥンの閉幕。
それは洪水、
 それは終わりをもたらす、
 カトゥンの言葉に。
 
「カトゥンの閉幕」とは、(1)で説明した長期暦の終りを意味しています。長期暦で数える日数は5つの位からなっており、下の位からキン、ウィナル、トゥン、カトゥン、バクトゥンとよばれます。1キンが1日のことで、20キンが1ウィナル、18ウィナルが1トゥン、20トゥンが1カトゥン、20カトゥンが1バクトゥンになります。すなわち、カトゥンは0から19までをくりかえし、1サイクルを終えるたびにバクトゥンが増えていきます。現在は12バクトゥンの時期にあるのですが、マヤの長期暦では13バクトゥンはないということになっています。すなわち、これ以上カトゥンを数えることができない日がくるのです。これが「カトゥンの閉幕」です。

もちろん私は、その日に世界が終わりになるなどと信じているわけではありません。ただ、古代マヤの世界観が、今もユカタン半島に生きていることに興味をおぼえたのです。おそらくコウもそうだったのでしょう。とはいえ、これは私たちのイマジネーションをかきたてる話ではあります。

私がこの話から連想するのは、アーサー・C・クラークの短編『九十億の神の御名』(ハヤカワSF文庫『天の向こう側』に収録)です。チベットのラマ僧たちが、彼らの文字を9個使ってできる配列をすべて並べて、世界中の神の名前を書いてしまおうとする物語です。すべての文字列が完成したとき、星は光を失い、世界の終わりがはじまるのです。

ある組み合わせの数字や文字の全配列が成就するとき、世界に何かがおこるという発想は、それほどめずらしいものではないと思われます。われわれには、数字や文字の組み合わせに神秘的な力を感じてきた長い歴史があります。『ティシミンのチラム・パラムの書』の「言葉の終わり」や「カトゥンの閉幕」に同じような意味合いを感じるのは私だけでなないでしょう。

「2012年」に、こうした古代マヤの暦にまつわる背景があるのは事実です。しかし、私たちには見えない世界でトウモロコシ畑やジャングルが荒れくるう水でおおわれ、洪水のシンボルであるワニの神イツァム・カブ・アインが姿をあらわすだけなら、それは民族学や文化人類学の研究テーマでしかなかったでしょう。しかし、あるオカルト的な発想のせいで、マヤの末裔の賢人たちの話は終末論に結びついていったのです。
古代マヤの暦と2012年の地球大異変(1)
1999年のノストラダムス大予言や、コンピューターの2000年問題で世間が騒いだことなど、今では思い出す人もいなくなってしまいました。2001年9月11日の同時多発テロにはじまり、最近の世界金融危機まで、世界はしばらくの間、地球の終わりなど気にしている余裕はありませんでした。しかし、数年前から、2012年に地球に何かが起こるという話が少しずつ広まりつつあります。そして、この秋、そのタイトルも『2012』という、2012年に世界が滅亡するという映画が公開されます。監督は『GODZILLA』『インデペンデンス・ディ』『デイ・アフター・トゥモロー』などのローランド・エメリッヒです。彼のことですから、これまで見たことのないような地球滅亡シーンを見せてくれるでしょう。

ところで、なぜ2012年なのでしょうか? これには古代マヤ文明の暦が関係しています。古代マヤの人々は4種類の暦をもっていました。儀式暦(神聖暦)、太陽暦、長期暦、短期暦です。

儀式暦は当時の儀式や占いに用いられたもので、1サイクルは260日です。1日から13日までが20回くりかえされて260日となります。太陽暦は365日を1年とする暦です。20日からなる月が18あり、最後に5日からなる短い月がつけ加えられていました。古代マヤの人々は天体の運行を精密に観測していたので、1年の正確な長さも知っていましたが、この暦ではうるう年による補正は行われていませんでした。したがって彼らの太陽暦では、同じ日付であっても、長い間には季節が変わってしまいます。

儀式暦と太陽暦は組み合わせてもちいられました。これはカレンダーラウンドとよばれています。同じ組み合わせの日付がもう1度もどってくるには、260日と365日の最小公倍数である1万8980日、すなわち52年が必要です。

長期暦(ロングカウント)は長い年代をあらわすために考案されたもので、5つの位で表示されます。それぞれの位は、下の方からキン、ウィナル、トゥン、カトゥン、バクトゥンとよばれます。1キンは1日のことです。20キンが1ウィナルなので、キンの位は20になると0に戻り、ウィナルの位が1つ増えます。18ウィナルが1トゥン、20トゥンが1カトゥン、20カトゥンが1バクトゥンです。したがって、1ウィナルは20日、1トゥンは360日(約1年)、1カトゥンが7200日(約20年)、1バクトゥンは14万4000日(約395年)となります。

短期暦は、この長期暦を簡略化したものです。

長期暦は過去のある日を起点とし、そこからどれだけ経過したかを示す暦です。長期暦が使われるようになったのは、マヤ文明の古典期(紀元250〜900年)ですが、そのはじまりの日はそれより3000年以上も昔に設定されていました。正確な日付については、紀元前3114年8月11日という説と、同じ年の8月13日とする説があります。古代マヤの人々が、どうしてその日を長期暦のはじまりとしたかは、わかっていません。

インターネット上で公開されているマヤ・カレンダーを用いて、たとえば2009年8月24日をマヤの暦であらわすと、「12.19.16.11.3 3アクバル 1モル」となります(カレンダーのスタートを紀元前3114年8月13日とした場合)。「3アクバル 1モル」はカレンダーラウンドで、「3アクバル」が儀式暦、「1モル」が太陽暦の日付をあらわします。「12.19.16.11.3」が長期暦による日付です。これを見るとわかるように、現在は12バクトゥンの時期にあたります。

マヤの伝説によれば、バクトゥンが13回くりかえされると、その先はないことになっています。すなわち2012年12月21日あるいは12月23日になると、バクトゥンの位は13となり、長期暦の表示は「13.0.0.0.0」となります。ここで世界は終わりになるというわけです。

ユカタン半島には地域や民族によってことなるいくつもの神話が存在しますが、世界が創生と洪水による終末をくりかえすというのは、共通した概念のようです。長期暦をつくりだした人々にとって、暦のはじまりの日は、現在の世界が誕生した日だったのでしょうか。そうだとすると、暦の終わりの日には、世界は洪水によって終末を迎えることになります。

古代マヤの暦では今、13バクトゥンのサイクルが終わりに近づき、終末へのカウントダウンがはじまっています。もちろん、その日が来ても何も起こらないでしょうが、実は、2012年の地球大異変説は、派手な特撮映画のテーマだけではすまされないオカルト的側面をもって社会に浸透してきたのです。

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