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都市はメディアである
新国立競技場の設計案に関して、周囲の環境との調和を意図的に拒否するザハ・ハディトのデザインは、長い物語をもつ成熟都市・東京にはそぐわないことを、私はここここここに書きました。その後、写真家の中川道夫氏から、6月19日に日本建築家協会JIA館で開催されるJIAアーキテクツ・ガーデン2015「都市はメディアである――写真家は建築家と都市のたくらみを目撃してきた」の案内をいただきました。

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中川氏は長年にわたって、時代の記憶を遺す都市風景を取材してきました。建築と都市の境界線が消えた上海、見えない記憶の都市アレクサンドリア、台湾で進む日本統治時代の建造物のリノベーション、イーストロンドンの伝統と移民のリミックス。どの都市も変化を続けていますが、そこには都市と建築と人の営みが見えてきます。

神宮外苑にザハという異世界の宇宙船が着陸した今こそ、ぜひ中川さんの話を聞き、写真を見てみたいと思います。

その新国立競技場は、問題のあるアーチを残す設計で建設されるようです。すべてが密室で進められ、一部の政治家と文科省の天下り、そしてたった1人の建築家の面目を保つために、2020年の東京オリンピックは次の世代に莫大な負の遺産を遺すことになりました。東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏も「個人的には、あのザハ・ハディド氏の設計は好きじゃない」というのに、なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

そもそもこのアーチは、スタジアムの「屋根」をつくるためのものではありません。スタジアムの上をおおうことになるのは、コンサート用の「遮音膜」です。耐火性のない素材なので、屋根にはできません。この膜が降雪やゲリラ豪雨で貯まった雨水の荷重に耐えられるか疑問です。実際には荷重に耐えられるように作られるでしょうが、そうすればするほど、スタジアムをおおう構造はますます複雑になり、お金がかかることになります。

そのアーチのために工費は1000億円以上膨らみます。小惑星探査機「はやぶさ」があれだけの成果を上げながら、「はやぶさ2」は予算獲得に苦労しました。「はやぶさ2」の総事業費は289億円です。アーチの値段と比べてみてください。
新国立競技場(3):成熟都市・東京に相応しいスタジアムとは
2013年になると、日本を代表する建築家である槇文彦氏が、ザハの案に対して「巨大すぎる」と疑問を呈し、幅広い議論をよびかけました。丹下健三、清家清、黒川紀章、菊竹清訓といった大物がいなくなった今、安藤氏が審査委員長になって決めた案に表立って異論を呈することができるのは槇氏くらいしかいないのが、今の日本の建築界の現状です。槇氏は、新国立競技場敷地の隣に建つ東京都体育館の設計者でもあります。

「発表された新国立競技場案のパースが一葉、日本のメディアに公表された時、私の第一印象はその美醜、好悪を超えてスケールの巨大さであった」と槇氏は述べています。

「1912年、明治天皇崩御の翌年、民間有志─渋沢栄一、時の東京市長阪谷芳郎等の請願を受け、天皇奉祀の神社、明治神宮建設の端緒が開かれる。現在明治神宮があるところを内苑と称する。そして明治神宮外苑(以下外苑という)が提案され、内苑に対して外苑は公園、特にその後各界からの要請に応じて、市民に広く開放されたスポーツを中心とした公園として整備されていく。しかし重要なことは、当初より内苑、外苑、そして表参道、裏参道が一体として計画されてきたことにある」と、槇氏は指摘しています。「この地域が東京の風致地区第一号に指定されたのは、その背後に明治神宮との関連性を重視した姿勢の表れ」なのです。

しかしながら、ザハ案が実現すると、例えば、絵画館のすぐ背後に巨大な壁のような構造物が出現します。絵画館への並木道も、絵画館前の広場も、これでは興ざめです。

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「濃密な歴史を持つ風致地区に何故このような巨大な施設をつくらなければならないのか、その倫理性についてである。そしてその説明は現在の我々、将来の都民だけでなく、大正の市民にまで及ばなければならない」と、槇氏は述べています。

しかしながら、槇氏は歴史的観点からのみ、この計画に異論を呈しているわけではありません。8万人の常設席をもつ全天候型の巨大スタジアムは、オリンピック開会式での全世界への中継では、見栄えのいいものになるかもしれませんが、これだけの規模の施設をその後50年以上にわたって維持するのは大変なことです。「東京住民の高齢化は高いパーセンテージで進むという。そのことは税収入の退化、医療費の増加化を意味し、国家、地方自治体に大きな負担を与えるものであることは想像に難くない。それは直ちに巨大施設の維持、管理費の問題としても現れる」と、槇氏は指摘します。

ロンドン・オリンピックのメインスタジアムの座席数は、新国立競技場と同じ8万人ですが、5万5000人分は仮設として、オリンピック終了後のコンパクト化を実現しています。しかし、新国立競技場では、時代遅れの大艦巨砲主義が後々の世代にまで負担を強いることになります。

2013年10月11日には「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」というシンポジウムが、槇氏らをパネリストにして開かれました。

また同年11月7日には、槇氏を発起人代表とする「新国立競技場に関する要望書」が下村文科大臣に提出されました。ここでは「外苑の環境と調和する施設規模と形態」「成熟時代に相応しい計画内容」「説明責任」が要望されています。発起人や賛同者には多数の建築関係者が名前を連ねています。

ザハが予算を大幅に超過する建築家であることは、建築の世界では有名でした。総工費は1300億円とされていたのですが、ザハ案決定後、建設費を計算してみると、何と3000億円というとんでもない額になってしまい、2013年10月に下村文科大臣は規模を縮小すると発表しました。

建築家は多くの場合、建築物のデザインを行いますが、その建築を実現するための構造設計や施工計画は別の業者が行います。ザハはコンペに応募した時点で、実際にかかる費用を試算していなかったでしょう。コンペの期間からしても、無理と思われます。建築家にとっては、建設費の計算などよりは、CGでいかにカッコいいプレゼンテーションをつくるかが、大事なのです。拙速に行われたコンペのつけがまわってきてしまいました。

国立競技場将来構想有識者会議(建築の専門家は安藤氏のみ)は、2014年6月にザハ案を修正した「基本設計」を発表しました。下がその基本設計です。もはや世界を驚かすデザインではなくなっています。

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ザハ案の余計な周辺部分を除き、スタジアム本体のみにした設計案ですが、それでも総工費は約1600億円とされました。現在では2500億円はかかるとみられています。これだけお金がかかってしまう理由は、施設の規模の大きさだけでなく、開閉可能な屋根にあります。屋根を開閉可能にするには、スタジアムの上に2本のアーチをかける必要があります。スタジアムの上に巨大な橋をかけ、これを周囲の構造で支持するという複雑な構造が要求されるのです。

計画見直しの他、国立競技場を改修して使う案も提案されましたが、2014年12月に国立競技場の解体がはじまりました。すでにスタンド部分はすべて解体され、姿を消しています。

文部省は現在、2019年に間に合わせるように、屋根の開閉部分の工事を後回しにするなどの検討を行っているようです。新国立競技場計画には、最初から多くの問題があり、いずれかの時点でもう少し良い方向に修正することも可能でした。それができないまま、今日に至っています。一番の問題は、東京にどのようなスタジアムをつくるかについて、多くの建築専門家、そして国民と開かれた対話をしてこなかったことです。

槇氏らによる今回の提案は、こうした流れの中で検討されるべきものと、私は考えます。日本の建築家、構造設計会社、施工業者はきわめて優秀です。実現可能で素晴らしいアイデアを、必ず出してくれるはずです。
新国立競技場(2):環境との調和よりインパクトを重視
ザハ・ハディドのデザイン案が最優秀案として発表されると、「美観を壊す」「巨大すぎる」など多くの批判が持ち上がりました。多くの人が私と同じ印象をもったのでした。また、このコンペの審査過程が一切明らかにされていないことも問題視されました。日本スポーツ振興センター(JSC)から「新国立競技場基本構想国際デザイン競技報告書」が発表されたのは、2014年5月30日のことでした。

この報告書によると、2012年10月16日に一時審査が行われ、11作品が選ばれました。二次審査は11月7日に行われ、この中から3作品が選ばれました。そして、ザハの案が最優秀賞となったのです。

「デザインの斬新さ、未来志向、世界に対する情報発信、日本の実力を見せる技術的部分から見ても抜きん出ている」「強烈でユニークなデザインであり、オリンピッスタジアムにふさわしい。プロムナードが祝祭の雰囲気をもたらす」といった評価がなされる一方、「技術的に解決あるいは調整しなければならない箇所はある」「日本の現状から見て、少しチャレンジブルなものがあってもおかしくない。技術的には可能だろうが、コストがかかること懸念される」という意見もありました。

優秀賞はオーストラリアのコックス・アーキテクチャーの作品でした。

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「最も完成度が高く、変更が生じてもコンセプト大きく崩れない提案である」「ナショナルスタジアムとしての品格と、イベントを行うフレキシビリティがある。完成度が高く、技術的にもギャランティーできる」と高く評価されました。しかし、一方で「モニュメント性に欠ける」といった意見があり、インパクト性を求める審査委員会の意向が反映して、最優秀賞を逃したと考えられます。

入賞はSANAA事務所+株式会社日建設計の作品でした。

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日本からの作品だけに、神宮外苑の環境との調和が考えられており、「よく調査されており、周辺環境とも調和している」「都市との一体感が感じられる」「自然との親和性に近いイメージで、成熟国家の競技場して共感できる」といった意見がありました。私もこの作品に好感をもちました。もしも、このコンペが日本の建築家に対してもっと門戸が開かれていたら、こうした素晴らしい作品がいくつも提案されたのではないでしょうか。

しかしながら、審査委員会は「強いメッセージ性と日本の技術を世界に示すことのできる最も優れた作品」として、ザハ案を選びました。「明治神宮の歴史を見ると、内苑は伝統様式でつくる。一方、外苑はヨーロッパ的な、外から来たものを積極的に取り入れている。ある種の異物、近未来的なものがあってもおかしくないという観点で評価した」という意見にもあらわれているように、神宮外苑の環境はあまり考慮されず、世界に対して日本を自慢するメッセージ性が重視されたのでした。

安藤忠雄委員長はザハ案を選んだ際、「最優秀案は相当な技術力が必要である。これが日本でできるとなれば、世界へのインパクトがある」と述べました。

コンペの審査委員の中で、建築の専門家は安藤氏のほか、鈴木博之氏、岸井隆幸氏、内藤廣氏、安岡正人氏でした。私は鈴木氏を東京大学の助教授時代から知っています。建築史の専門家で、古い建築物を大切にする方です。ザハのデザインに賛成するとは、私にはとても思えません。岸井氏、内藤氏も都市計画や都市景観に深くかかわって仕事をしてきた人ですから、神宮外苑の環境を無視する計画に賛同することはないと私は考えました。安岡氏は建築音響の専門家です。こうして考えていくと、ザハ案の決定には、審査委員長の安藤氏の意向が強く働いたというのが、私の見方です。

ザハはイギリスの建築家ですが、実現できないような建築を設計する建築家として知られていました。ザハはイラクの出身ですが、彼女の作品はまさに砂漠に建設するのにふさわしく、周囲の環境に挑戦するデザインが真骨頂です。このような建築のコンセクトは、成長著しい新興国や企業には受けがいいようです。下は、彼女の設計によるカタールのアル・ワクラ・スタジアムで、2022年のFIFAワールドカップの会場となる予定です。

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新国立競技場とデザインが似ているのは別として、砂漠の上に新しい価値をもつ社会をつくろうとするカタールのような国には良く似合ったデザインといえるでしょう。しかし、江戸時代からの伝統をもつウェットな成熟都市・東京に、彼女のデザインがマッチするとは、私には思えませんでした。
新国立競技場(1):迷走の原点
2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムになる新国立競技場の建設に関し、日本を代表する建築家である槇文彦氏らのグループが代替案を提言したとのことです。屋根を支える2本のアーチ構造をなくし、観客席8万席のうち、2万席を仮設にするなどにより、総工費は1000億円程度となり、2019年のラグビーワールドカップに間に合わせて完成させることが可能としています。

槇氏のこの提案に、私は賛成です。新国立競技場の建設計画には、そもそものはじまりから問題がありました。これまで何度か、それを解決するチャンスがあったにもかかわらず、計画が進められ、現在、下村文科大臣が東京都に500億円の支出を要請せざるを得ない事態にまでなっているのです。

これまでの経過をまとめ、この問題をどのように考えたらよいのかをご説明しましょう。

日本スポーツ振興センター(JSC)が新国立競技場の設計コンペを開始したのは、日本が東京へのオリンピック誘致を目指していた2012年7月でした。募集要項によると、募集要項公布開始が2012年7月20日、登録受付期間は同年7月20日〜9月10日、作品受付期間は同年9月10日〜9月25日、一次審査は同年10月16日(予定)、最優秀賞候補作品発表は10月18日(予定)、二次審査は11月7日(予定)、審査結果発表が11月中旬となっていました。十分な審査が行われるのか心配になる異例のスピードでした。

このコンペに参加するには、以下の実績が必要でした。国際的な建築賞の受賞経験者(高松宮殿下記念世界文化賞、プリツカー賞、王立英国建築家協会ゴールドメダル、アメリカ建築家協会ゴールドメダル、国際建築家連合ゴールドメダルのいずれか)または収容1.5万人以上のスタジアム(ラグビー、サッカーまたは陸上競技等)の基本設計または実施設計の実績があるものというものです。事実上、日本の優秀な若手建築家や設計事務所の参入を最初から拒むものでした。

新国立競技場が目指すのは、成熟都市・東京の「おもてなし」とはかけ離れたバブルの象徴のようなスタジアムでした。「国家プロジェクトとして、世界に誇れ、世界が憧れる次世代型スタジウムを目指す」として、開閉式の屋根をもち、ラグビー、サッカー、陸上競技のいずれも開催可能で、コンサート、展覧会、ファッションショー等のイベントにも利用できる「多機能型スタジアム」とされました。さらに各種大会や文化利用がない時でも気軽に楽しめるスポーツ博物館、図書館、商業施設などの機能を備えるというものです。

このため、計画対象範囲は絵画館(聖徳記念絵画館)、東京都体育館、明治神宮第二球場に接する目いっぱいの範囲に加え、さらに明治公園、日本青年館、そして霞ヶ丘アパートなども取り壊して関連施設とすることにしました。

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この結果、新国立競技場の敷地は以前の国立競技場の1.5 倍以上の11万3000平方メートル(東京ドームの2.4倍)となり、延床面積にいたっては約29万平方mという途方もないものになってしまいました。

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ちなみに、2012年に行われたロンドン・オリンピックのメインスタジアムの延床面積は10万8500平方メートルです。発展する中国をアピールするため、金に糸目をつけずに建設された2008年の北京オリンピックのメインスタジアムでさえ、延床面積は25万8000平方メートルでした。総工費は「約1300億円程度を見込んでいる」とされました。

新国立競技場とは、神宮外苑に戦艦大和なみの超ど級のスタジアムをつくろうという構想だったのです。この構想決定にかかわった建築分野の専門家は、コンペの審査委員長もつとめることになる建築家の安藤忠雄氏ただ1人でした。

こうして、2012年11月16日に、「新国立競技場国際デザイン・コンクール」の審査結果が発表されました。最優秀賞に選ばれたザハ・ハディドのデザイン案を新聞記事で見て、私はそのあまりにチープなデザインに仰天しました。

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まるでSF映画によく登場する宇宙船です。しかも、この巨大な宇宙船は自己主張のかたまりで、それが風致地区である神宮外苑に傍若無人に着陸したというのが、私の率直な印象でした。こうした未来型のデザインは新鮮に見えますが、すぐに古くさいものになってしまいます。外壁の風化がはじまれば、さびれたテーマパークのパビリオンのようになってしまうでしょう。
北朝鮮の核開発(4):ウラン濃縮施設
北朝鮮の3回目の核実験は、高濃縮ウランを用いた核爆弾で行われるとの観測があります。北朝鮮の核開発はプルトニウムを用いた核爆弾の開発からはじまりましたが、1990年代に入ってからはウランを用いる核爆弾の開発も進められました。そのためにはウラニウム235 の濃縮度が90%程度の兵器級ウランが必要です。発電用の軽水炉で用いられる燃料では、ウラン235 の濃縮度は3%程度です。もしも北朝鮮が高濃縮ウランを用いた核実験を行うとなると、北朝鮮は兵器級のウランを製造する施設をすでに完成し、何年間も稼働させていたことになります。

北朝鮮は遠心分離法によるウラン濃縮技術を1990年代半ばに、ミサイル技術との交換でパキスタンから手に入れたとする見方が有力です。1990年代後半には、遠心分離装置に必要な部品や装置を各国から輸入しています。

北朝鮮は軽水炉用のウラン濃縮工場を寧辺に建設し、2010年にはアメリカからの視察団に公開していますが、兵器級ウランを製造する濃縮工場は別の場所にあるとみられています。しかし、ウラン濃縮工場は地下に建設することも可能で、偵察衛星による監視が難しく、どこにあるかはわかっていません。工場の稼働状況も明らかではありませんが、2000年代半ばには稼働を開始したという情報もあります。

高濃縮ウランを用いた核爆弾の開発はプルトニウムを用いるものより容易とみられており、北朝鮮は、すでにその製造技術を獲得しているとみられます。

北朝鮮のウラン鉱石埋蔵量は約2600万t とみられ、少なくとも1つの採掘ラインが動いているようです。
北朝鮮の核開発(3):3回目の核実験は間近?
北朝鮮は3回目の核実験を行う準備を進めているという情報があります。下は今年4月1日に撮影された豊渓里核実験場の衛星写真です。黄色の矢印の部分が核実験に用いるトンネルの入り口とみられる個所、その左の赤い点線で囲った部分は土石堆積物です。

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2010年10月16日に撮影された衛星写真とくらべて、土石堆積物が増えているようです。この土石がトンネルの掘削で出てきているものか、それともトンネルはすでに完成し、核爆弾を入れた後に埋め戻すための土石を他の場所から運んできたものかははっきりしません。

下は、豊渓里核実験場一帯の衛星画像です。左上が最初の核実験が行われた場所、左下が今回撮影された場所です。2009年に実施された2回目の核実験は、右側に見えている場所で行われました。

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2回目の核実験の規模はTNT 火薬換算で約4キロトンとみられており、専門家は実験が成功したとみています。その根拠の1つは、北朝鮮が最初の核実験を行った際、事前に中国に対して爆発の規模を5キロトン程度と説明していたという情報があるからです。2回目の核実験が1度目で成功しなかった核爆弾とほぼ同じものを使用したのであれば、北朝鮮は1回目の失敗を克服して、2度目のチャレンジに成功したということになります。すなわち、ここで書いたいくつかの課題を北朝鮮はクリアしていることになります。

北朝鮮が3度目の核実験を行う可能性は高いとみられる理由はいくつかあります。まず、北朝鮮がミサイルと核をセットとみなし、瀬戸際外交のカードとしてきたことです。4月13日のミサイル発射実験(人工衛星の打ち上げ)の失敗は、北朝鮮にとって対外的にはそれほど打撃になるものではありません。長距離ミサイルの開発を不断に続けていることを国際社会に示すことが重要なのです。同じように、北朝鮮が核の開発を続けていることを世界に示すために、近いうちに核実験を行う可能性は高いと思われます。

もう1つ、技術的な面からみても、北朝鮮が本気で核を開発しようとしているなら、核実験が必要です。核兵器の開発には、核物理学の知識に加えて、スパコンでのシミュレーションが欠かせません。アメリカをはじめ核を保有している大国は、すでにこれまでの実験で、核爆発に関する豊富なデータを手に入れています。したがって核兵器の高度化や新型の核兵器の開発を、実際に実験を行わなくても、スパコン上で行うことができます。しかしながら、北朝鮮はこうした手段をもっておらず、核兵器の開発には核爆発実験がどうしても必要なのです。
北朝鮮の核開発(2):最初の核実験
北朝鮮は2006年10月9日に初の核実験を行いました。場所は咸鏡北道吉州郡豊渓里でした。

一般に、地下核実験は地下数百メートルの岩盤まで縦穴を掘って行います。この縦穴に核爆弾を収めたコンテナを下ろし、その上を岩石で埋め、さらにその上部を大量のコンクリートで固めます。こうして放射性物質が大気中にもれないようにして、核爆発実験を行うのです。十分に小型化され、洗練された核弾頭を爆発させる場合、縦穴の直径は1.5m ほどでよいといわれています。地下に埋められたコンテナと地上はケーブルで結ばれます。このケーブルは核爆弾の起爆装置を点火させるために使われます。また、爆発の瞬間のデータもこのケーブルを通して送られてきます。地上にも核爆発をモニターするための施設が設置されます。

地下で核爆発がおこると、その場所には空洞ができます。大きさは爆発の規模によります。空洞の周囲は爆発の際の高温で岩石が溶解し、ガラス化して、放射性物質を閉じこめてしまいます。ただしこれは、爆発個所の岩盤がしっかりしている場合の話で、もしも安定した岩盤層まで穴を掘らずに実験を行った場合は、岩盤の亀裂や地層の空隙を通して放射性物質がもれたり、長い間には、地下水を通じて放射性物質が周囲に広がる危険性があります。

北朝鮮の核実験は、縦穴ではなく、山体にトンネル(横穴)を掘って行われます。下は、2006年に核実験が行われた場所の衛星画像です。左側にトンネルの入り口が、右側にトンネルを掘削して出てきた土石を堆積させているとみられる場所が見えています。

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10月9日午前10時35分27秒に、核爆発による地震が観測されましたが、マグニチュードから推定すると、爆発の規模は、TNT 火薬に換算して1キロトン程度と小さなものでした。プルトニウム239 は一部しか核分裂反応をおこさず、実験は失敗しました。爆発規模が予想よりかなり小さかったため、爆発は通常の火薬による「みせかけ」という見解まで出ましたが、アメリカ空軍機が日本海上空で採取した大気サンプルから放射性物質が検出されたとの情報があります。山体の割れ目などから微量な放射性物質がもれ出したようです。また、地震波の波形も核実験に特徴的なものでした。

失敗の原因は何だったのでしょうか。第1 に考えられるのが、プルトニウム239 の純度、言い方をかえればプルトニウム240 の問題です。核兵器級のプルトニウムの組成は、プルトニウム239 が約93%、プルトニウム240 が約6%、その他のプルトニウム同位体が約1%とされています。原子炉でウラン235 を燃やしていると、核分裂をしないウラン238 が中性子と反応しでウラン239 となり、それがベータ崩壊してネプツニウム239 となり、さらにベータ崩壊してプルトニウム239 になります。この核燃料棒を原子炉から取り出し、再処理を行ってプルトニウムを抽出するわけですが、原子炉であまり長く核燃料を燃やしていると、プルトニウム240 が増えてしまいます。プルトニウム240 は自分で核分裂反応を行う「自発的核分裂」の性質をもっており、この性質がプルトニウム239 の核分裂を精密にコントロールする際に妨げになります。

プルトニウム240 の存在は、プルトニウム型核爆弾が考案されたときからの難題でした。北朝鮮の核実験が失敗したのは、プルトニウム240 の量が多かったため、爆発が途中で終わってしまったのではないかという見解が専門家の間であります。実験に使われたプルトニウムが北朝鮮の黒鉛減速炉の核燃料棒から抽出されたものだとすると、確かに核燃料棒を取り出すタイミングは遅すぎたようです。この時点で、北朝鮮はプルトニウム240 の含有率をあまり考慮していなかった可能性があります。

第2 に考えられるのが、爆縮過程の問題です。プルトニウム239 に核分裂連鎖反応を起こさせるためには、球形のプルトニウムの直径を2分の1程度にまで圧縮する必要があります。プルトニウムの圧縮は、高性能爆薬の爆発によって生じる内向きの衝撃波(爆縮波)によって行いますが、このとき爆縮波はプルトニウムを同時にかつ均等に圧縮しなくてはなりません。これがうまくいかないと、核爆発は途中で停止してしまいます。プルトニウムを瞬間的に均等に圧縮させるためには、高性能爆薬の設計を綿密に行わなくてはならず、高速で燃焼する爆薬と低速で燃焼する爆薬を組み合わせたり、爆薬の形状や配置を工夫する必要があります。北朝鮮は高性能爆薬の爆発実験をそれまでに100回以上行っていましたが、これはきわめて高度な技術で、いくら爆発実験をくり返しても可能になるとは限りません。もちろん、爆薬自体の性能の問題もあります。

第3 に考えられるのは、タンパーの設計上の問題です。タンパーが爆薬の衝撃波を効果的に伝え、かつプルトニウム239 と中性子の閉じ込めに有効なはたらきをするかどうかは、あらかじめ計算が可能ですが、実際にそのとおりになるかどうかは、実験で確かめなくてはなりません。

さらに、部品の精度や信頼性の問題も考えられます。核爆弾の製造には精密加工技術や精密測定技術が不可欠です。仮に上のような問題がすべてクリアされていたとしても、製造された爆弾自体が粗雑であれば、完全な核爆発は起こりません。
北朝鮮の核開発(1):爆縮型核爆弾
北朝鮮の「人工衛星打ち上げ」失敗の原因については、もう少したつといろいろなことがわかってくるでしょう。今後懸念されるのは、3回目の核実験です。北朝鮮は2006年7月5日にテポドン2号とみられるミサイルの発射実験(北朝鮮は人工衛星の打ち上げと主張)を行い、同年10月9日に最初の核実験を行いました。また2009年4月5日にテポドン2号の発射実験(北朝鮮は人工衛星の打ち上げと主張)を行ったときには、同年5月25日に2度目の核実験を行っています。つまり、北朝鮮はミサイルと核をセットにして考えており、今回も早い時期に核実験を行う可能性があります。

北朝鮮が開発しているのはプルトニウムを用いた爆縮型核爆弾です。このタイプの核爆弾の構造を原理的に示すと、以下のようになっています。

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全体は球形になっていて、中心部に核分裂をおこすプルトニウム239 が未臨界で保持され、その内部に核反応をスタートさせるための中性子源(中性子起爆装置)が置かれています。プルトニウム239 の外側には、ウラン238 でできたタンパー(隔離材)があります。タンパーとは核分裂連鎖反応が起こっている間、プルトニウムを1か所に閉じこめておくためのものです。質量が大きいことから、ウランが用いられます。タンパーはまた、中性子が外に逃げて連鎖反応が終わらないよう、生成した中性子を反射する中性子反射板としての役割も果たします。タンパーの外側を高性能爆薬が取り囲んでいます。爆薬は燃焼速度の速いものと遅いものを組み合わせ、爆発が起こったときに衝撃波が中心部に向けて収束する、すなわち爆発(エクスプロージョン)ではなく、爆縮(インプロージョン)をおこすように設計されています。そのため、この爆薬は爆縮レンズともよばれます。

高性能爆薬の周囲に設置された点火装置が作動すると、爆縮波が中心に向かって伝わり、プルトニウム239 を圧縮します。プルトニウム239 は体積で4分の1から8分の1ほどにまで圧縮され、臨界に達します。同時に内部の中性子源で中性子が生成され、核分裂反応がはじまります。1回の核分裂で2〜3個の中性子が生成し、次の核分裂を引き起こします。こうして100万分の1秒程度の間に核分裂連鎖反応が進み、エネルギーが一挙に解放されます。

プルトニウムにはプルトニウム238、プルトニウム239、プルトニウム240、プルトニウム241、プルトニウム242 などの同位体がありますが、核爆弾として利用できるのはプルトニウム239 だけです。プルトニウム239 は原子炉内でウラン239 が中性子を吸収すると生成されます。核爆弾に用いられる兵器級プルトニウムでは、プルトニウム239 が約93%含まれており、こうしたプルトニウムを生産するために、専用の原子炉が用いられています。北朝鮮では、ソ連から導入した黒鉛減速炉でプルトニウム239 を生産しています。一方、発電用軽水炉でつくられたプルトニウムでは、プルトニウム239 は50〜60%しか含まれず、核爆発の邪魔になるプルトニウム240 が20%以上含まれています。

爆縮機構を精緻化することで、核爆弾を小型化し、運搬手段(ミサイル)に搭載することが可能になります。
スティーブ・ジョブズ:ギークとヒッピー
『スティーブ・ジョブズ機戞◆愼鵜供戞淵Εルター・アイザックソン著、井口耕二訳、講談社)を読み終えたところです。

Steve_Jobs

著者のアイザックソンはベンジャミン・フランクリンやキッシンジャー、アインシュタインの伝記で知られています。アインシュタインの伝記は『アインシュタイン その生涯と宇宙』(武田ランダムハウス社)として最近刊行されましたが、私はこの翻訳プロジェクトを最初の段階でお手伝いしたので、原書をすみずみまで目を通しました。考証が生き届いたとても素晴らしい伝記です。では、ジョブズの伝記はどうかというと、同じ作家が書いたとは思えない出来です。

論文や手紙など膨大な資料を分析し、語られなかった人物像に新たな光をあてるという伝記を書く際の正統的な手法は、『スティーブ・ジョブズ』では採用されませんでした。執筆期間の短さやジョブズの体調という事情もあったのでしょう。それにしても、書かれている内容は、どれもこれまで聞いたことがあるような話ばかりです。それらが時系列で並べられたというところに価値を見出すべきでしょうか。

『機戮鯑匹狆豺腓砲蓮▲▲奪廛覘気肇▲奪廛覘兇鮴澤廚掘▲献腑屮困箸箸發縫▲奪廛觴劼鯀藁したスティーブ・ウォズニアックの自伝『アップルを創った怪物』(ダイヤモンド社)も読んでおくべきでしょう。『機戮任離▲ぅ競奪ソンの記述には、この本と重複する部分が多くみられます。

アップル気鮴澤廚垢訌亜▲Εズニアックはジョブズとアタリ社のアーケードゲーム「ブレイクアウト」を開発する仕事を請け負いました。報酬は2人で折半しましたが、ジョブズはウォズニアックに内緒で、さらにアタリ社からボーナスを受け取っていました。これを後で知ったウォズニアックは「傷ついた」と自伝に書いています。アイザックソンもこの件を無視するわけにはいかず、同じ内容についてふれて、ウォズニアックに「この件はもういいじゃないか」といわせています。しかしアイザックソンは、ウォズニアックの自伝にあるもっと大事な言葉を紹介することはありませんした。ウォズニアックはこう書いています。「僕らは違うタイプの人間だった。最初からずっとね」。

『供戮任蓮△曚箸鵑匹竜述がジョブズ礼賛になっています。iMac の成功話は書かれていますが、次の世代のiMac、私にいわせれば三流SFホームドラマのリビングルームに置かれていそうな珍妙なデザインのiMac G4 (こう書くとG4ファンには怒られると思いますが)が、なぜ短い期間で姿を消したのかは書かれていません。おそらく時間が足りなかったのだと思われますが、『供戮虜埜紊魯献腑屮左賚燭砲覆辰討靴泙い泙靴拭

本書で一番残念なのは、アイザックソンがジョブズを十分に考察する時間が足りなかったことでしょう。それがあれば、パーソナル・コンピューターの世界におけるアップル社の製品を文明史的な観点から見ることが可能だったでしょう。アイザックソンはこの観点を『機戮覗瓠垢伴茲蠑紊欧覆ら、結局これを十分に展開することができませんでした。ハイスクール時代のジョブズについてアイザックソンは書いています。「同い年の友だちはほとんどおらず、1960年代末のカウンターカルチャーにどっぷりはまった年上の友だちが多かった。ちょうどギークの世界とヒッピーの世界が重なろうとしていた時代だ」。

1970年代はじめといえば、軍需産業を中心にエレクトロニクスが急速に発展し、ウォズニアックのようなギーク(いわばコンピューター・オタク)が登場してくる時代でした。一方、ヒッピーの文化も色濃く残っており、ジョブズは遅れてきた世代であるだけに、よけいにあこがれがあったようです。1974年にはインドにまででかけていきます。後々を考えると、ジョブズの開発したアップル社の製品には、いつもこの60年代後半のカウンターカルチャーの雰囲気がただよっていました。

私は覚えているだけでもマックを4台買っていますが、これまで熱心なマック・ユーザーにならなかったのは、アップルのサポートデスクとの度重なる嫌な思い出ばかりでなく、私たちの世代にとっては食傷気味のヒッピー文化を押し売りしてくるところにあったのだと思います。スーザン・ケア氏には申し訳ありませんが、シカゴというフォントもどうしても好きになれませんでした。とはいえ、若い世代にマックは大きな反響を生んだのですから、アイザックソンにはそれを分析してほしかったと私は思います。

『供戮虜埜紊3分の1はiPhone とiPad という新しい世界に当てられています。その世界が完成する前に、ジョブズはいなくなってしまいました。ジョブズなきアップルはどうなっていくのか、ビル・ゲイツは警告しています。「スティーブが舵を握っている間は統合アプローチがうまくいきましたが、将来的に勝ち続けられるとはかぎりません」。閉じた世界かオープンか。アップルとマイクロソフトのかつての構図が、現在、アンドロイドOS との間でくり返されています。

私も2台目の携帯はiPhoneにし、1台目はアンドロイドに変えました。両方を使ってみた経験でいうと、私のお気に入りのアプリ「8ミリカメラ」はアンドロイドにはないものの、日常使う上でアンドロイド携帯に不便は感じられません。すべてをコントロールすることなど本来不可能なテクノロジーの世界で、常にすべてをコントロールすることを求めるジョブズの路線がどこまで続くのか。これを考える上で役立つ材料を集める時間も、アイザックソンにはなかったようです。

『供戮慮絵には、ジョブズががんを発症してからの家族との写真が何枚も載っています。近年のジョブズには、すべてを支配し、服従させずにはおかない砂漠の王のきびしい風貌がただよっていましたが、家族と一緒の時間にはそれが消えて穏やかな表情になっているのが印象的でした。
ウェブ×ソーシャル×アメリカ
池田純一さんの『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』(講談社現代新書)を読み終えたところです。なぜ、アメリカにGoogle やApple やAmazon やe-Bay が生まれ、なぜ今Twitter やFacebook が注目される存在なのかを、アメリカのテクノロジーや社会思想の歴史の中で論じた本です。

ikeda

大学で教えている「デジタル編集論」の講義では、私も現在のネット社会にいたる流れをフォン・ノイマンとノーバート・ウイナーからはじめており、とても参考になりました。とくに第6章の「アメリカのプログラム」とその前後の議論は、すぐれたアメリカ文明論としても成立するものだと思います。

現在のウェブとWhole Erath Catalog の関係については、これまでもいろいろな論がありましたが、当時Whole Erath Catalog を実際に買って読んでいたことのある私にとって、本書での展開にはなるほどと思うところがたくさんありました。

さて、本書の問題意識は、Facebook にみられるような「ソーシャル」な存在となったウェブ世界が、これからどうなるかを検討するものでしたが、結局その答は得られませんでした。起きてしまったことは分析できるが、未来を知ることはできない。私たちが知りうるのは「予感」や「予想」といえるほどのものでしかなく、その答を知っているのはApple やGoogle といったウェブ世界のキープレーヤーたちだということなのでしょう。

アメリカの宇宙開発と長く付き合ってきた私としては、宇宙開発技術がウェブ世界をつくったという著者の唐突な結論には違和感を覚えました。
「京」コンピューター、世界一に
すでに報道されている通り、理化学研究所が開発していた京速コンピューター「京」が、スパコンのTOP500 で世界第1位となりました。「京」コンピューターはまだ建設中で、最終計算能力10ペタフロップスに対して、現在はまだ8ペタフロップスしか実現していませんが、この段階で世界1になったわけです。

top500

事業仕分けで批判にさらされたものの、世界一を達成したことについては、関係者の努力に敬意を払いたいと思います。1番に固執する意味はあまりありませんが、とにかく日本のコンピューター技術の優秀さが世界に認められたことには意義があると思います。

自然科学の研究はこれまで「理論」と「実験・観測」の両輪で進んできました。最近では、これに加えて「シミュレーション」が第3の手法として重要性を増しています。そのためにはスーパーコンピューターが必要です。各国が次々と高性能のスパコンを登場させてくるのは、これが最先端の科学研究や技術開発に欠くことのできないインフラとなっているからです。スパコンは理論の実証や実験・観測結果の解析でも威力を発揮します。少し誇張していえば、スパコンの性能が、その国の科学や技術のレベルを示す指標の1つになっているともいえるでしょう。

コンピューターの世界では、1秒間に計算できる回数を「フロップス」(FLPS)という単位であらわします。1テラフロップスは1秒間に1兆回、1ペタフロップスは1秒間に1000兆回をあらわします。10ペタフロップスというのはさらにその10倍の1秒間に10の16乗回、すなわち1京回の計算を行う能力です。「京」コンピューターの名の由来はここにあります。

JST のサイエンスチャンネル「世界のビッグサイエンス~科学の地平線~」シリーズを制作した際に、その中の第5話「京速コンピュータ~未踏の計算領域への挑戦~」で、私は理化学研究所計算科学研究機構の平尾公彦機構長にインタビューしました。このとき平尾機構長が強調していたのは、「京」コンピューターは現在使われているテラフロップス級のマシンの延長にあるのではなく、全く新しいマシンであるということでした。世界一になったことが大事なのではなく、10ペタフロップスという人類がまだ到達したことのない計算領域でいかにすぐれた研究成果を出すかが問題です。これからは、日本の研究者が「京」コンピューターを使いこなせるかどうかが問われます。
トヨタ車のシロ判定にNASA の技術チームが貢献
アメリカの運輸省はトヨタ車の「急加速問題」についての調査報告書を発表し、トヨタ車の電子制御システムに欠陥はなかったことを明らかにしました。消費者からクレームのあった急加速の原因は主にドライバーの運転ミスだったようです。

10か月におよんだこの調査は、NASA 技術・安全センター(NESC)の30名の技術者が道路交通安全局(NHSTA)に協力して行いました。その結果はNASA のウェブサイトでも公開されています。「意図しない急加速を引き起こすような電子回路の不具合はなかった」と、調査チームのリーダーであるマイケル・カーシュは語っています。

NESC は2003年のスペースシャトル事故をきっかけに、ラングレー研究センターに設立された組織で、技術的に非常に複雑な問題の解決のために、各分野のトップクラスの専門家が集められます。

nesc

最近では、チリの落盤事故の救出作業にも協力したとのことです。こうした宇宙航空技術の専門家によって、日本車のエンジンに内蔵されている制御システムの優秀さが改めて検証されたことは非常に意味があることだと思います。
レアアース:未来のための元素戦略
尖閣諸島の一件以来、レアメタルあるいはレアアースが話題になっています。地殻中の存在量が少なく、生産量も少ない非鉄金属をレアメタルといいます。発光ダイオードや磁石などに使われたり、強度を増したりさびにくくするために構造材に加えられたりします。レアアース(希土類元素)はレアメタルに属するグループで、磁石や触媒などに微量を加えるだけで、その性能を飛躍的に向上させる性質をもっています。日本の工業製品にはレアメタル・レアアースがさまざまな形で使われています。

報道によると、政府はレアアースの共同開発でベトナム政府と合意する方針とのことです。日本はレアアースの輸入をほぼ中国1国に頼ってきたために今回問題になっているわけですから、脱中国依存のためにこうした対策をとるのは意味のないことではありません。しかし、これはあくまで対症療法のようなものであることを忘れてはなりません。レアメタル・レアアースを供給してくれる国をいくら増やしても、今のままでは、日本の産業が必要とするレアメタル・レアアースがいずれ不足することは目に見えています。もっと抜本的な対策を展開していく必要があります。

レアメタル・レアアースの輸入に頼らない抜本的な対策とは何でしょうか。1つは、廃品となった携帯電話などレアメタル・レアアースを使っている工業製品からそれらの元素を回収してリサイクル利用をすること(レアメタル・レアアースを含む工業製品を「都市鉱山」とよぶことがあります)、もう1つは、これが一番大事ですが、レアメタル・レアアースを必要としない、あるいは使用量を大幅に減らす技術を開発することです。

日本でこうした取り組みがなされていないのかというと、そのようなことはありません。2007年から文部科学省は「元素戦略」、経済産業省は「希少資源代替材料開発」というプロジェクトをスタートさせています。そして、今年4月の事業仕分け第2弾で、組織の存続さえ危ぶまれるような集中攻撃を民主党議員や仕分け人から受けた物質・材料研究機構(NIMS)こそが、この取り組みにきわめて重要な役割を果たしているのです。

ぜひ物質・材料研究機構のサイトを訪問して下さい。現在は「レアメタル・レアアースとNIMSの研究」という特集が組まれていて、レアメタルやレアアースに関する情報が満載されています。

この特集の最初には、2つのプレスリリースが掲載されています。8月30日は「重希土類元素ジスプロシウムを使わない高保磁力ネオジム磁石」についてのもの、10月5日は「従来材料比10倍:熱凝集耐性排ガス触媒の開発に成功−レアメタル使用量削減へ道」です。いずれも物質・材料研究機構で行われていたレアメタル・レアアースを使わない、あるいは使用量を大幅に削減する研究で成果が得られたことを報告したものです。ちなみにネオジム磁石は、ハイブリッド車の駆動モーターに用いられています。

元素戦略プロジェクトに向けて物質・材料研究機構がまとめた『元素戦略アウトルック:材料と全面代替戦略』には、レアメタル・レアアースに関するデータや分析が詳細に書かれており、PDF 版をダウンロードすることができます。

NIMS

また、物質・材料研究機構には元素戦略センターも設置されており、レアメタル・レアアースの代替・減量・循環に関する科学的分析を行っています。

レアメタル・レアアース問題というのは資源問題そのものであり、限られた量しか存在しない「元素」をいかに有効に使っていくのかという視点が必要です。日本は世界のレアアースの半分を消費しているといわれています。レアアース鉱山を新たに開発するというだけでは、物事の解決にはなりません。物質・材料研究機構のような地味ではあるけれども、重要な役割を担っている研究機関で行われている研究をもっと大事にしていかなくてはいけません。
日本標準時
小金井市のNICT(情報通信研究機構)に行ってきました。本館正面には大きな電光掲示板があり、日本標準時が表示されていますが、この時刻表示は特別な意味をもっています。というのも、日本標準時はここNICT でつくられているからです。今日は、その日本標準時がつくられている場所を見せていただきました。

nict

現在、1秒の長さというのは原子の放射にもとづく方法で定められており、具体的にはセシウム133が、ある状態で放射する波の周期9,192,631,770個分の長さと定義されています。NICT では、この1秒の定義にしたがって、18台のセシウム原子時計と4台の水素メーザーによって日本標準時をつくっています。原子時計は温度や磁場などによって周波数が変化するため、温度や湿度が管理され、磁気的に遮蔽された4つの原器室に分けて設置されています。

これらの原器室内に設置された原子時計と水素メーザーは相互の時刻差が計測されており、1日1回、これらを平均・合成して、協定世界時(UTC)を得ています。これを9時間進めたものが日本標準時となるわけです。

こうしてつくられた日本標準時を、NICT は全国に配信していますが、私たちのPC からも、日本標準時にアクセスできます。NICT のトップページにはすでに日本標準時が表示されていますが、さらに「日本標準時」をクリックすると、自分のPC の内蔵時計が日本標準時とどれだけずれているかを診断してくれるページに移動します。このページの一番下にある「インターネットで時計合わせ」をクリックすると、PC の内蔵時計を日本標準時に合わせる方法が出てきます。これで時計合わせをした後、診断してみると、自分のPC の時刻のずれは「合っています(誤差1秒以内)」の表示に変わっているはずです。

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