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2016年は史上最も暑い年だった
2016:Warmest year on record

2016年は気象観測が始まって以来、最も暑い年でした。NASAとNOAAがそれぞれ独立におこなった観測結果で確認されました。1951年〜1980年の世界平均気温にくらべて0.99度C高かったとのことです。

下は、1880年にはじまるNOAAのデータのうち、1950年から2016年までの世界平均気温の推移を切り取ったものです。

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この図を見れば明らかなように、1980年頃から上昇傾向がはじまり、現在に至っています。21世紀に入って、気温上昇は一時的に停滞していましたが、ここ3年間は連続して記録を更新しています。
北極海の氷の縮小、史上2番目に
Arctic Sea Ice Annual Minimum Ties Second Lowest on Record

NASA の発表によると、今年の北極海の氷の面積が最も小さくなったのは9月10日で、その面積は414万平方km でした。この面積は2007年と同じで、1978年に人工衛星によって北極海の氷の観測が行われるようになって以来、史上2番目の小ささでした。海氷が最も縮小したのは2012年です。下の画像は、9月10日の海氷の分布です。黄色の線は、1981年から2010年の平均の海氷分布を示しています。

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下の画像は、NSIDC(国立雪氷データセンター)が発表したもので、9月10日の海氷分布を北極の上から見た画像です。

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北極海の夏季の氷は年々縮小しています。下の画像はNSIDC が発表しているデータで、1978年から2016年までの8月の海氷面積をグラフにしています。

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1981年から2010年までの平均海氷面積は730万平方km でした。グラフの破線が示すように、海氷面積は10年間で10.4%の割合で縮小しています。
2015年は観測史上最も暑かった年だった
2015:The warmest year in the record

2015年は近代的な気象観測がはじまった1880年以来最も暑かった年だったと、NASA が発表しました。1951〜1980年の平均にくらべて0.87度C 高かったとのことです。

下の画像は、1951〜1980年の平均気温とくらべた2015年の世界平均気温の分布で、白から赤くなるにつれて気温が高くなります。一方、青い部分は気温が低かった場所を示します。北大西洋や南極域などを除く世界のほとんどの地域で気温が高く、とくに高緯度地域で顕著です。

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NOAA(国立海洋大気局)が発表したデータでも、2015年の世界平均気温はやはり観測史上最も高く、1901〜2000年の平均に比べて0.90度C 高くなっていました。気象庁の速報値でも、2015年の世界の平均気温は1981〜2010年の平均にくらべて0.40度C 高く、過去最高となっています。

2015年の世界平均気温は、これまでの記録に比べて突出して高い気温になっています。これは、2015年春から発生している巨大エルニーニョの影響によるところが大ですが、これに長期的な地球温暖化の傾向が重なっていると考えられます。
メガチャド湖:緑のサハラの時代の巨大湖
Megachad:Megalake during the period of Green Sahara

NASA のEarth Observatory のサイトで、数日前に、国際宇宙ステーション(ISS)から撮影したアフリカ、チャド湖の画像が紹介されました。

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チャド湖はチャド、ニジェール、ナイジェリア、カメルーンの4か国が国境を接するところに位置しています。この画像はチャド湖を南西方向から撮影したものです。正面および左側がサハラ砂漠で、左手遠くにティベスティ山地が黒っぽく見えています。右側がサヘルとよばれる半乾燥地帯です。チャド湖は20世紀には世界有数の巨大な湖でした。黒っぽく見えている領域全部が湖水でしたが、現在は右端のわずかな部分にしか水は存在しません。気候変動が原因とされています。白っぽい砂嵐がチャド湖に吹きつけている様子が見えています。劇的に縮小したこの湖に、私は以前から興味があり、『超絶景宇宙写真』でも紹介しました。

上の画像に関するNASA の説明文には、「現在のチャド湖は長さ200km ほどしかないが、かつては巨大な湖で、地質年代でいう近い過去には、この画像に写っている領域のほとんどが湖であった」という個所があります。これだけでは、何のことかお分かりにならない方も多いのではないでしょうか。この説明は「メガチャド湖」について語っているのです。

今から8000〜6000年前のサハラは湿潤な気候で、緑におおわれました。その頃、ここに巨大な湖、メガチャド湖が広がっていたのです。メガチャド湖はキングス・カレッジ・ロンドンの研究チームによって研究されてきました。下の画像は、研究チームの現地調査や人工衛星による高度データなどから再現されたメガチャド湖です。

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湖はティベスティ山地のふもとまで広がっていました。ISS からの画像のカナダアームの右、地平線の近くにボデレ低地が写っていますが、ここはメガチャド湖で最も水深の深い場所でした。

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上の画像で水色の部分が20世紀のチャド湖です。メガチャド湖がいかに巨大であったかが分かるでしょう。
スーパー台風と海洋の温暖化
Supertyphoon and unusually warm subsurface Pacific waters

スーパー台風ハイエンの発生が海洋の温暖化と関係している可能性についてここに書きました。『サイエンス』誌11月29日号には、ハイエンが猛威を振るった原因の少なくとも一部は、フィリピンの東の海で、海面下の水温が異常に高かったことにあるという記事が載っています。

国立台湾大学のI-I Lin らのグループは、過去20年間の北西太平洋の海面下の水温を調べました。下の図がその結果です。

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赤い線は水温が26度C となる水深です。過去10年間で約20m 深くなっています。つまり、海水がより下の層まで暖まりつつあることを示しています。青い線はTCHP(Tropical Cyclone Heat Potential ) とよばれるもので、台風にエネルギーを与える熱源の指標となるものです。海水面から水温が26度C になるまでの層の熱量をベースにしており、1平方cm 当たりのキロジュールであらわされます。当然ですが、この値が大きいほど、台風は海水から多くのエネルギーを得ることができます。過去20年間に約10%増加していることがわかります。

こうした海洋の温暖化が、スーパー台風出現の原因の1つになっていると考えられます。「ハイエンが移動した経路の海面水温は平年よりわずかに暖かいだけだったが、水深100m での水温は平年より3度C も暖かかった。そのためハイエンは、海水をかき混ぜながら、より強い風を生み出す熱を引き出した」とLin は語っています。

下の図は、2005年8月のハリケーン・カトリーナの移動経路とTCHPの分布です。カトリーナがTCHPの高いところを通過し、強力なハリケーンに発達したことがわかります。

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ハイエンの移動速度は通常の台風より2倍も速いものでした。海水によって冷却されず、次々と熱を吸収し続けたことも、ハイエンが非常に強力な台風に発達した原因になっています。さらに西太平洋では過去20年間で海面水位が約20cm 上昇しています。これもまた、フィリピンでの災害を大きくした原因になっているようです。
スーパー台風ハイエン:地球温暖化との関係は?
Super Typhoon Haiyan:Linked to global warming?

多大な被害をもたらしたスーパー台風ハイエン(台風30号)がフィリピンに上陸したときの最大風速は87.5m でした。上陸時の風速でいうと、観測史上1位の記録です。なぜ、このような非常に強い台風が発生したのでしょう? 地球温暖化のせいなのでしょうか?

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地球温暖化のせいでハイエンのような超強力な台風が発生したと言い切ってしまうと、地球温暖化に何かと反対意見を述べる人たちから異論がでてきそうです。地球温暖化というのは、自然変動による上下動を含みながら、長い目で見て地球の平均気温が上昇していく傾向のことであり、これを1つ1つの気象イベントと直接関連付けて語るのは、少し無理があります。しかし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書でも述べられているように、「地球温暖化が進めば、激しい台風がより発生しやすくなる」のは間違いありません。私はあえて、スーパー台風ハイエンの発生は地球温暖化と関係があると言いたいと思います。地球温暖化が進んだ世界では、こうした災害が頻発することになるでしょう。

台風は熱帯域の海で生まれ、発達していきますが、そのためには海面水温が約28度C 以上であることが必要とされています。下の図は、気象庁の気象統計情報「海水温・海流のデータ」からの画像で、ハイエンが発生してからフィリピンを襲うまでの時期にあたる11月1〜10日の北西太平洋の海面水温を示しています。

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ハイエンは北緯5〜10度の海域をほぼ西に移動していきました。その海域の海面水温は30度C 前後でした。ハイエンは海水から熱をもらって強力な台風に発達していったのですが、この海面水温は平年値とくらべて特別に高かったのでしょうか? 下の図は、上の水温分布を平年値(1981〜2010年の平均値)と比較したものです。

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この図を見ると、赤道域の海面水温は、それほど平年値から離れているわけではないことがわかります。それでは、なぜ、ハイエンは史上まれなスーパー台風に発達することができたのでしょうか。下の図は、北西太平洋の10月における深さ100m での水温を平年値との差で見たものです。これを見ると、ハイエンが移動した海域は平年に比べて4〜6度C 暖かだったことがわかります。

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台風に熱を与えてしまうと、海面水温は下がるので、海はそれ以上、台風に熱を供給することができなくなります。しかし、海面の海水は下層の海水と撹拌されています。もしも、下層の海水が暖かければ、台風に熱が供給されつづけます。こうして、ハイエンはスーパー台風に発達していった可能性があります。台風の成長には、その時の気圧配置や風向きなどいくつもの要因が影響を与えるので、これだけですべてを説明することはできませんが、異常に暖かい下層の海水が一役買った可能性は高いと思います。

実は、IPCC の第5次評価報告書では、海洋の温暖化が大きく取り上げられています。「海洋の温暖化は気候システムに蓄積されたエネルギーの増加量において卓越しており、1971〜2010年の間に蓄積されたエネルギーのうち90%以上を占める(高い確信度)」(『政策決定者向け要約』気象庁暫定訳、以下同じ)。そして、「1971〜2010年において、海洋表層(0〜700m)で水温が上昇したことはほぼ確実」としています。具体的には「世界規模で、海洋の温暖化は海面付近で最も大きく、1971〜2010年の期間において海面から水深75m の層は10年当たり0.11℃ 昇温した」。また、「1957〜2009年の間に水深700〜2000m の層で海洋は温暖化した可能性が高い」とも述べています。

水深2000m、あるいはそれより深い海水にまでおよぶ海洋の温暖化が進んでいます。「21世紀の間、世界全体で海洋は昇温し続けるであろう」と、IPCC の報告書は述べています。こうした時代の熱帯の海では、これまでなかったような激しい台風が発生するでしょう。

これまでの研究では、地球温暖化が進むと、激しい台風が発生する可能性は高くなるものの、台風の発生頻度は変わらないか、少なくなるという予測が一般に認められていました。しかし最近では、発生頻度も高くなるという論文も発表されています。
スーパー台風ハイエン:高潮がもたらした大災害
Super Typhoon Haiyan:Catastrophe by high tide

フィリピンのルソン島、サマール島をはじめ各地に甚大な被害を出したスーパー台風ハイエン(日本では台風30号)は、観測史上最も強い台風の1つでした。ハイエンの中心気圧は895ヘクトパスカルまで下がったとのことです。アメリカのJTWC(合同台風警報センター)は、ハイエンは上陸直前に最大風速87.5m を維持し、瞬間最大風速は105m に達したと報告しています。下の画像は11月8日にNASA の地球観測衛星Aqua が撮影したハイエンで、ちょうどフィリピンを通過しています。

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強風や豪雨だけでなく、ハイエンがもたらした高潮がレイテ島やサマール島での被害を大きくしました。台風の真下は気圧が低いため、海面が吸い上げられて潮位が上がります。レイテ島北東部のタクロバンでは最大5.2m の高潮になったとされています。この海水が陸地に流れこんだわけです。アジア地域は台風による洪水が多い地域です。地球温暖化が進んで海面が上昇したところに台風が襲来すると、海岸部では高潮による深刻な水害が起こる可能性があることは、2007年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書ですでに指摘されていました。今回の災害は、こうした懸念が現実になったことを示しています。

サマール島で撮影された映像には、津波のように高い波が海岸に急に押し寄せる様子が写っていました。これは「段波」という現象だったという見方もあります。強い風によって一度沖合に吹き払われた海水が、台風の通過にともなう風向きの変化で、今度は一気に海岸に押し寄せたというのです。
IPCC 第5次評価報告書:4つのシナリオ
IPCC’s AR5:Four RCP scenarios

9月23〜26日にストックホルムで開催されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の会議で、第5次評価報告書(AR5)の第1作業部会報告書(科学的根拠)の政策決定者向け要約(SPM)が承認・公表され、第1作業部会報告書本体も受諾されました。第1作業部会報告書の全体は来年1月に公表される予定で、現在、ドラフトをウェブ上で読むことができます。

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今回の報告書では、1880年から2012年の間に世界平均地上気温は0.85度C 上昇し、その主な原因が人間活動であった可能性がきわめて高いとしています。

地球温暖化をもたらす強さは「放射強制力」によって示されます。単位はワット/平方メートルです。二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスは地球を暖める要因となります。一方、大気中の微粒子であるエーロゾルは地球を冷やす要因となります。第5次評価報告書では、各要因別の放射強制力が前回よりも正確に分析されました。ただし、エーロゾルや、エーロゾルと雲の相互作用による放射強制力は、依然として最も大きな不確実性をもたらしているとしています。1750年を基準にした2011年における放射強制力の総計は、2.99ワット/平方メートルでした。この値は1950年には0.57、1980年には1.25でした。近年になるにしたがって、放射強制力は急速に強まっており、地球温暖化が加速していることを示しています。

第5次評価報告書では、1986年〜2005年を基準にした今世紀末(2081〜2100年)の気温上昇を以下のように予測しています。

RCP2.6 シナリオ 0.3〜1.7度C
RCP4.5 シナリオ 1.1〜2.6度C
RCP6.0 シナリオ 1.4〜3.1度C
RCP8.5 シナリオ 2.6〜4.8度C

RCP(代表的濃度経路)シナリオとは、今回の報告書で採用された将来予測のためのシナリオです。第4次評価報告書ではSRES シナリオというものを用い、今後の社会がどのようなエネルギー消費の形態をとり、それによってどのくらいの温室効果ガスが排出されるかにしたがって将来を予測していました。今回のRCP シナリオは、今後の温室効果ガス対策によって、放射強制力がどのように変化するかの経路を想定し、将来を予測するものです。

具体的にいうと、RCP2.6 シナリオは今後すぐに強力な温室効果ガス排出規制が実施され、放射強制力が下がりはじめて、21世紀末には2.6ワット/平方メートルになるシナリオです。RCP4.5 シナリオは排出規制によって、放射強制力のピークが今世紀中にもたらされるシナリオで、今世紀末の放射強制力が4.5ワット/平方メートルになります。RCP6.0 シナリオは放射強制力のピークが来世紀になり、今世紀末の放射強制力が6.0ワット/平方メートルになるシナリオです。RCP8.5 シナリオは温室効果ガスの排出がずっと増加し、放射強制力の上昇が続いて、今世紀末の放射強制力が8.5ワット/平方メートルになるシナリオです。(放射強制力はいずれも1750年を基準にしたもの)

東日本大震災以後、多くの人は地球温暖化に対する心配を忘れてしまったようです。火力発電が増加したために電力部門での二酸化炭素排出量が増えていることを気にする人もいなくなってしまいました。世界的に見ても、京都議定書後の温室効果ガス排出規制の国際的合意が得られるまでには、まだ時間がかかります。上にみた4つのシナリオのうち、RCP2.6 シナリオが非現実的であることはいうまでもありませんが、RCP4.5 シナリオでさえも無理そうな状況です。現在の状況が続けば、世界平均気温はRCP6.0 シナリオとRCP8.5 シナリオの間で推移するのではないでしょうか。今世紀末の世界平均気温の上昇を2度C に食い止めようというのが国際社会でのコンセンサスになっていますが、それは実現不可能な目標になってしまいそうです。
過去1万1300年間の世界気温を復元:「懐疑派」が気に入らなかった理由
Global temperature reconstruction for the entire Holocene

オレゴン州立大学のShaun Marcott らは『サイエンス』誌の3月8日号に、「過去1万1300年間の地域的および世界的な気温の復元」という論文を発表しました。これは完新世(地質年代的には1万1700年前から現在まで)のほぼ全時代にわたる気温を復元した最初の試みです。

以下の図がMarcott らが得た結果で、世界の気温は最終氷期が終わってから上昇し、1万年くらい前から約5000年間高温で推移しています。1961〜1990年の平均に比べて約0.4度C高くなっています。その後、気温はゆっくりと低下し、今から200年ほど前、いわゆる小氷期とよばれた時代にもっとも低くなりました。データは20世紀半ばまでですが、19世紀半ば以後、気温が急激に上昇していることがわかります。

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Marcott らはこの結果と現在の世界気温を比較し、21世紀に入ってからの世界気温は、完新世で最も高いわけではないが、完新世の75%の時代よりも高温であったとしています。また、現在の気温上昇のスピードはきわめて顕著であり、現在IPCC が予測している2100年の世界気温は、完新世で最も高い気温になるだろうと述べています。完新世で最も寒い時代から、最も高温の時代へと移行するさなかに、私たちは生きているわけです。

過去1万年以上にわたって世界気温がどう推移してきたのかを復元し、いわゆる小氷期が主に北半球高緯度で起きた現象であることを明らかにするなど、この論文には興味深い点がいろいろあります。しかし、地球温暖化の「懐疑派」の人たちにとっては、気温が最後に跳ね上がる曲線が気に入らなかったようです。ネットの世界では早速これを「第二のホッケースティック曲線」として、Marcott らに対する揶揄がはじまりました。

その中には、きわめて悪意のあるものがあります。例えば、下のブログには、Marcott らのデータの最後の跳ね上がる部分を削除した画像がアップされています。研究者にとって命ともいえる論文の成果を改ざんするというのは、絶対にしてはいけないことです。

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この改ざんされた画像は海外のブログスフェアで出まわっているようですが、日本の懐疑派の人の中にも、この画像のリンクを自分のブログに堂々と張り付け、「信頼できる部分はこの図のようになる」という内容のコメントをしている研究者がいます。名前は出しませんが、こういう人が国立大学の教授であるというのは驚きです。

『サイエンス』誌の論文にアクセスできない方で、本論文の内容に興味をもたれた方には、ここここをお勧めします。
キリマンジャロの氷河は2060年までには消失
Kilimanjero’s ice fields may disappear by 2060

下の画像はつい最近、2012年10月26日に、NASA の地球観測衛星EO-1 がとらえたタンザニアのキリマンジャロ山頂です。かつて頂上のカルデラの周囲を広くおおっていた氷河は、今では北氷河と南氷河に分かれ、かろうじて残っているにすぎません。

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下の画像は山頂で撮影された北氷河です。

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下の画像は山頂で撮影された南氷河です。

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ニュージーランド、ダニーデンのオタゴ大学地理学部のN.J.Cullen らは、過去100年にわたるキリマンジャロ山頂の氷河の減少について、The Cryospheren誌に論文を発表しています。それによると、山頂の氷河の面積は1912年には11.4平方kmでしたが、2011年にはわずか1.76平方kmになってしまいました。100年間で85%の氷河が消失してしまったわけです。下の図は、Cullen らが復元した過去100年間の氷河の分布の変遷です。

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キリマンジャロは赤道直下にありますが、標高が5895m あるために、山頂付近の気温は低く、雨季の降雪によって、1万年以上にわたって大量の氷河を維持していました。しかし、地球温暖化による気温の上昇によって氷河は急激に失われつつあります。空気の乾燥化や、それにともなう雲の減少で日射量が増加したことも影響している可能性がありますが、最大の要因が温暖化であることは、以前書いた通りです。

Cullen らは、現在の傾向がこのまま続けば、2020年までには西側斜面の氷河は消失し、2040年までには南斜面の氷河が消失、2060年までにはすべての氷河が消失するのではないかと予測しています。
北極の海氷がなくなる日
Ice-free Arctic Sea may come by the end of the decade

JAXA の第一期水循環変動観測衛星「しずく」のマイクロ波放射計AMSR-2 によって、北極の海氷面積が9月16日に観測史上最小となり、その面積が349万平方km であることがわかりました。

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下の画像はNASA が発表した9月16日の海氷の広がりです。白い部分が9月16日の海氷、黄色い線は過去30年間の最小面積の平均を示しています。この画像はNASA のニンバス7号および複数の軍事気象衛星のデータからつくられています。

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今年、北極の海氷がこれだけ縮小したのは、北極海に何度も低気圧が襲来したことが影響したようです。とくに8月5日にアラスカのあたりで発生した強い低気圧は、下の画像のように北極海へと移動し、薄くなっている氷を割って、水温の高い南の海域へ吹き流したようです。

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とはいえ、北極の海氷の減少は地球平均気温の上昇にともなって長期的に続いている傾向です。しかも近年、その減少のスピードは研究者の予測を上回って増しています。『サイエンス』誌の10月4日号は、「北極の夏に氷がなくなるのは、数十年先ではなく、数年先かもしれない」という記事を掲載しています。下の図は、この記事で示されている1979年から今年までの、8月の海氷面積の推移です。海氷の急激な減少がわかります。

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『サイエンス』誌の記事の中で、NSIDC(国立雪氷データセンター)のMark Serreze は「ルールが変わりつつある。氷は薄くなり、夏を越すことができなくなっている」と語っています。

これまでの気候モデルによる計算では、北極の夏に海氷がなくなるのは2030年から2040年ごろと予測されてきました。しかし、アメリカ海軍大学院のWieslaw Maslowski らは、今年の5月に、2016年には海氷がなくなるという計算結果を発表していました。海氷のない夏がそれほど早くくるかどうかについては、まだ議論があるところです。しかし、いつかはその日が来るでしょう。「人工衛星から北極を見ると」とSerreze は言います。「そこには青い海が広がっているだろう」。
北極の海氷面積が観測史上最小に
Arctic sea ice:Breaks lowest extent on record

JAXA の第一期水循環変動観測衛星「しずく」は今年7月3日の観測開始以来、北極の海氷面積が劇的に少なくなっていく様子を観測していました。海氷面積は、すでに8月24日の段階で、これまでで観測史上最小だった2007年を下まわりましたが、本日の北極圏海氷モニターで発表されているデータによると、9月9日現在の海氷面積は369万5313平方 km で、海氷がもっとも縮小している段階に入っているようです。

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上の図で、赤線が今年の海氷面積です。2007年(橙色)を大幅に下まわっていることがわかります。最小になった日付とそのときの面積については、JAXA から近いうちに正式な発表があるでしょう。

今年は春の段階から、北極海の広い海域が薄い一年氷でおおわれており、とけにくい多年氷が少なかったことが、海氷面積がこれほどまでに小さくなった原因の1つと考えられます。

海氷面積がここまで小さくなってくると、これからは、いわゆる「北西航路」が話題になることが多くなると思われます。北西航路とは、大西洋側から北アメリカ大陸とグリーンランドの間を通り、北極海からベーリング海峡を抜けて太平洋側に出る航路のことをいいます。下の図の赤線がそのルートにあたります。

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北西航路が通じると、ヨーロッパは北極海を介してアジアと結ばれることになり、きわめて大きな経済効果がもたらされることになりますが、これまでの北極海は夏も氷で閉ざされていたため、砕氷能力を持たない船が航行することはできませんでした。しかしながら、夏の海氷が今後も減少をつづけていけば、北西航路が開けることになります。

下の画像は、アメリカの地球観測衛星「アクア」に搭載されている光学センサーMODIS によって、今年8月3日に取得された北西航路の一部(Parry Channel)です。

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7月17日に取得された同じ場所の画像(下)と比べると、氷がなくなっていることがわかります。ただし、MODIS の感度には限界があるので、海面に実際に氷がなく、船が航行できるかどうかは、これだけではわかりません。

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今から1000年ほど前のヨーロッパは「中世の温暖期」とよばれる暖かい時代で、バイキングは北極海を航海し、グリーンランドにも入植しました。現在氷におおわれているグリーンランドは、当時、実際に緑におおわれていたのです。しかしその後、小氷期とよばれる時代が訪れて以降、北極海は1年中氷でおおわれたままでした。それが今、ふたたび開けようとしているわけです。毎年の海氷の状態は、その年の天候や海水温などに影響されますが、長期的にみれば、これが地球温暖化と関係していることは間違いないでしょう。
地球温暖化はどれくらい怖いか?
Climate scenario:Global warming effects and hazards

『地球温暖化はどれくらい「怖い」か?』(江守正多他、技術評論社)を読みました。

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最近、とくに3.11 以後の日本では、さまざまな問題をまともに議論できない状況ができてしまいました。そんなときに、こんなまともな本が出版されたことは賞賛に値すると思います。ここでは、地球温暖化によるリスクが、最新の科学的知見をもとに、できるだけ偏りのないように書かれています。リスクを評価するのは、最終的に私たちでだからです。

各項目とも、内容が非常にわかりやすく、それぞれの筆者の姿勢にも好感がもてます。多くの方にぜひ読んでいただきたい1冊です。

標高4000m :地球を見つめる目
4,000 meters up:Keeping an eye on the earth

ハワイ島のヒロの町から車でサドルロードを進み、「すばる望遠鏡」などがあるマウナ・ケア山頂にいたる右折地点のすぐ手前を左に曲がって登っていくと、やがてマウナ・ロア山頂にあるNOAA(アメリカ海洋大気局)地球システム研究所マウナ・ロア観測所に着きます。下の画像はマウナ・ロア観測所のライブカメラがさきほどとらえたもので、山頂の澄み切った大気を通して、早朝の北の空とマウナ・ケア山が見えています。

Mauna Loa

マウナ・ロア観測所では1950年代末から、大気中の二酸化炭素濃度の測定が行われてきました。標高4000m の場所から、地球がどうなっているかを50年以上にわたって見続けてきたわけです。二酸化炭素濃度が季節によって上下に変動しながら、しかし年を追って確実に上昇していくマウナ・ロア観測所のデータは、皆さんも必ずどこかで見たことがあると思います。地球温暖化対策の必要性が広く認識される上でも重要な役割を果たしたデータです。このデータが今どうなっているかというと、下のようになっています。

Mauna Loa CO2

人為的な活動によって排出され、大気中にたまっていく二酸化炭素の濃度は、依然として上昇を続ける一方です。マウナ・ロア観測所では2011年11月の二酸化炭素濃度を390.20ppm と発表しています。2010年11月には388.59ppm でした。

この傾向を、世界平均気温および春の積雪面積の推移と同じ時間軸で比較してみたのが下のグラフで、NOAA が作成したものです。

NOAA

2010年までのデータですが、世界平均気温は1980年あたりから20世紀平均値より暑くなり続けています。また、春の積雪面積もここ20年ほど、平年値より減っている年がほとんどです。地球温暖化が着実に進行していることがわかります。

私たちは今、東日本大震災からの復興の過程にあり、考えなければいけないことや実行しなければいけないことが山積しています。しかし、地球規模でみると、私たちがしばらく目前の出来事にとらわれていた間にも、いろいろなことが進行しています。日本を再生させるためにも、日本の科学や技術で世界の諸問題解決に貢献するためにも、地球全体を見つめる視点を忘れないでいたいものです。
太陽活動と気候(4):宇宙線とCLOUD 実験
太陽活動によって変動する宇宙線の量が地球の気候を決めているという説があります。宇宙線(銀河宇宙線)は銀河系内および銀河系外からやってくる高エネルギーの粒子で、その約8割は陽子です。

宇宙線の一部は大気内で空気分子と反応して雲の核をつくり、これが雲に成長します。太陽活動が活発な時期は、太陽の磁場によって地球は守られ、大気内に進入する宇宙線は少なくなるので、雲は少なくなります。その結果、地球表面に届く日射量は増えて、気温が上昇します。一方、太陽活動が低くなる時期には、太陽磁場のシールドは弱くなり、大気内に進入する宇宙線量は増えます。すると雲が多くなり、日射量が減って、気温は低下します。これが宇宙線説です。

私はこの説にきわめて懐疑的ですが、現在、CERN(ヨーロッパ原子核研究機構)では、この説を確かめるためのCLOUD(Cosmics Leaving Outdoor Droplets)実験が、CERN の物理学者であるカークビーらによって行われています。実験結果の第一報は8月25日の『ネイチャー』誌に掲載されました。この実験はチャンバー内の模擬大気に、宇宙線のかわりに高エネルギーの陽子ビームをあて、雲ができるかどうかを調べるというものです。

CLOUD

雲粒というのは、種となる凝結核のまわりに水蒸気が凝結したもので、直径は100分の1メートル程度です。凝結核自体は塩化ナトリウムや硫酸、細かいちりなどからなる直径1万分の1ミリメートルほどの粒で、エアロゾルともよばれます。これまでのCLOUD 実験でできたのは、ナノメートルサイズの微粒子です。このサイズの微粒子はCLOUD に先立つ予備実験でも確認されており、新しい成果はまだでていないようです。このナノメートルサイズの微粒子がある一定の時間安定に保たれ、凝結核のサイズにまで成長しなければ、雲をつくることはできません。

8月24日のオンライン版のNature News ではこの実験が取り上げられ、「現時点では、宇宙線が雲や気候に影響を与えているという可能性について何もいえません。しかし、これは非常に重要な一歩だと思います」というカークビーのコメントが紹介されています。一方、宇宙線説に懐疑的な立場をとっているイギリス、リーディング大学のマイク・ロックウッドは、「つくられた小さな粒は、雲をつくるまでに成長できないだろう」と語っています。

そもそもこの宇宙線説は、デンマークのスベンスマルクが1997年に発表した論文がきっかけになっています。彼の論文では観測データの都合のいい部分だけを取り出され、宇宙線と雲の関係が述べられていますが、今日にいたるまで、宇宙線の変動と雲の量に関する有意な関係は見出されていません。

私はソランキ教授に、スベンスマルクの説についても聞いてみました。ソランキ教授は、スベンスマルク・モデルを興味深いアイデアであるとした上で、「しかしながら、このモデルには物理学的な基礎と、実験室での厳密な実験が必要です」と語っています。「後者については現在CERN で実験が行われており、最初の結果が発表されましたが、結局結論はでませんでした。したがって、このモデルが真剣に検討すべきものであるかどうか、彼らが結論を出すまで、もう少し辛抱強くCERN での実験結果を待つ必要があります。」

宇宙線が雲の発生や気候に影響を与えている証拠は何一つ見つかっていないにもかかわらず、スベンスマルクの説が今でも生きているのは、科学的興味以外に、温室効果ガスによる地球温暖化を否定する材料に使われている面があることは否定できません。

その典型は、丸山茂徳先生が2008年に出版した『「地球温暖化」論に騙されるな!』(講談社)でしょう。この本には基本的なミスや観測データの誤解などが数多くみられ、これがプルーム・テクトニクスを提唱した丸山先生の本かと考えると悲しくなってしまいます。おそらく口述筆記によってつくられ、丸山先生は原稿の最終チェックをしていなかったのではないでしょうか。この本では「二酸化炭素を含む温暖化ガスの働きよりも、雲のほうが気温に圧倒的に大きな影響を与えているということがすでにわかっています。そして、雲の量を支配するのが宇宙線の量なのです」と書かれ、「スベンスマークの理論が正しい」としています。ただし、丸山先生が今でもこんな説を本気で信じているかどうかは、私にはわかりません。
太陽活動と気候(3):温暖化か?小氷期か?
マウンダー極小期のようなグランド・ミニマムが来るかどうかが話題になっている要因の1つは、17世紀の「小氷期」のような寒冷な気候の時代が訪れるかもしれないという懸念にあるでしょう。もっとも、小氷期が地球規模で起こったかどうかははっきりせず、北半球を中心にした局地的なものであった可能性もあります。

しかしながら、太陽活動が地球の気候に影響を与えていることは事実で、これからの太陽活動が、温暖化が進む地球の気候にどのような影響を与えていくかは、きわめて興味深い問題です。

ソランキ教授にあてたそのような質問に対して、教授はまず、次のように答えてくれました。「今後20〜30年間、太陽活動が静かであるかどうかは、誰も予測できません。しかし、何が起ころうと、太陽は過去と同じレベルで地球温暖化に影響を与えていくでしょう。」

その「レベル」とはどのようなものでしょうか? 地球が受ける太陽からのエネルギーはTSI(太陽総放射照度)というもので示されます。TSI は「太陽定数」として私たちになじみが深いもので、その値は1平方メートル当たり1362ワットです。TSI は地球大気の外側で計測した値で、ここには可視光の領域だけでなく、赤外線や紫外線、さらにはその他の電磁波も全部含まれます。太陽活動の11年周期の極大期と極小期では、TSI は0.1%程度変化することが知られています。

「TSI が1平方メートル当たり1ワット増加すると、地球の気温は0.1〜0.2度C 上昇します。」とソランキ教授は述べています。これが上の「レベル」というものに該当する数字です。したがって「今後、太陽活動が与える影響がどのくらいの規模になるかは、今後、TSI がどのくらい変動するかにあります。」

それでは、マウンダー極小期と現在では、TSI はどのくらい違っていたのでしょうか。これについてソランキ教授は「TSI が長いタイムスケールでどのくらい変動するかについてはいろいろな推定があります。マウンダー極小期と現在でどのくらいTSI が違っていたかにいては、研究者によって1平方メートルあたり0.6〜6ワットの幅がありますが、私たちは、1〜2ワットが正しい値と考えています。」と述べています。

ソランキ教授のグループは、いくつかの方法でマウンダー極小期から現在までのTSI の推移を復元し、論文を発表していますが、いずれの方法でもマウンダー極小期に比べて現在のTSI は1平方メートルあたり1〜2ワット高いという結果が得られています。下の図は「群黒点数」を用いて1610年から現在までのTSIを復元したもので、黒い線は毎日のデータ、灰色の線は11年平均でなめらかにしたものです。この結果では、現在のTSI はマウンダー極小期より1平方メートルあたり1.3ワット増加しています。

TSI

なお、黒点数という場合、通常はウォルフ黒点数を意味しています。ウォルフ黒点数は相対黒点数ともいわれ、黒点の数と、黒点群に重みをかけた値から計算されます。これに対して、群黒点数は黒点群の数だけで黒点数をあらわすものです。群黒点数はまだ一般的ではありませんが、太陽活動の指標としては、こちらの方が適していると考えられています。

TSI が1平方メートルあたり1.3ワット増加したとすると、地球の気温は17世紀から現代まで0.13〜0.26度C 上昇したことになります。IPCC 第四次評価報告書によれば、過去100年間(1906〜2005年)で、世界平均気温は0.74度C 上昇したとされています。とすると、世界平均気温上昇における太陽活動の寄与は3割程度というところでしょうか。今後、太陽活動が静穏になり、仮にグランド・ミニマムが到来したとしても、太陽活動による気温低下は、マウンダー極小期以来上昇した分にしかなりません。地球温暖化がこれからも進む中で、小氷期のような時代が来るとは思われません。

「そのようなわけで、」とソランキ教授も述べています。「気候変動において太陽は今後も些細ではない役割を果たしますが、次第に温室効果ガスによる影響の中に埋もれていってしまうでしょう。」
太陽活動と気候(2):グランド・ミニマムの可能性
マウンダー極小期のように、長い期間にわたって太陽黒点がほとんど出現しないグランド・ミニマムの時代は来るのでしょうか? これについて、マックス・プランク太陽システム研究所のサミ・ソランキ教授は、『サイエンス』誌の11月18日号で、グランド・ミニマムが来ないとは言い切れないが、その可能性は低いのではないかと述べています。

下の図で説明しましょう。

Solanki

B のグラフは1600年以降の太陽活動を示しています。オレンジ色が太陽黒点数(ウォルフ黒点数)です。17世紀のマウンダー極小期に、黒点がほとんど出現していないのがわかります。黒点数のピークは大きな周期で変動しており、1800年代はじめや1900年前後には、マウンダー極小期ほどではないにしても、太陽が静かだった時代があります。一方、20世紀は全体的には活動が活発な時代で、これをグランド・マキシマムとよぶこともあります。とくに第19活動周期は、観測史上最も活動がはげしかった時期でした。一番右のオレンジ色の丸印は、2011年の最初の9か月の平均黒点数です。ソランキ教授は、現在の第24活動周期のピークの黒点数は60〜100と予想され、前回の第23活動周期の120にくらべると低くなるとした上で、第24活動周期のこれまでの黒点数の推移は、20世紀初頭の第14活動周期に似ていると指摘しています。それがC のグラフです。

C のグラフには、観測史上もっとも活発だった第19活動周期の黒点数の推移が青色で、20世紀でもっとも活動がおだやかだった第14活動周期の推移が緑色で、第24活動周期のこれまでの推移が赤線で示されています。これを見ると、今回の活動周期の立ち上がりは、たしかに第14活動周期と同じ傾向をたどっています。今後も第14活動周期と同じように推移するとすれば、太陽黒点数はこれからあまり多くなることはなく、なだらかなカーブを描くことになるでしょう。第14活動周期のピークの黒点数は63.5でした。2011年の最初の9か月間の平均は45.5です。ソランキ教授はまた、現在の黒点数は、マウンダー極小期直前の2回の周期の黒点数である20よりも多い点を指摘しています。こうしたことから考えて、グランド・ミニマムが到来する可能性は少ないというのが、ソランキ教授の考えです。

ソランキ教授はベリリウム10 や炭素14 を用いて、過去1万1000年間の太陽活動を復元し、グランド・マキシマムやグランド・ミニマムが過去に何度も繰り返していることを明らかにしています。そのデータによると、グランド・マキシマムが終わった後、40年以内にグランド・ミニマムになったケースは8%、200年以内にグランド・ミニマムになったケースは40〜50%とのことです。グランド・マキシマムが終わった後、約半分のケースでは、1つないしいくつかの準極大期が訪れていました。

また、グランド・マキシマムが終わってから次のグランド・マキシマムがはじまるまでの平均期間は318年。グランド・ミニマムが終わってから次のグランド・ミニマムがはじまるまでの平均期間は349年。グランド・ミニマムの中央値間の平均は240年でした。マウンダー極小期は300年前に終わっていますから、そろそろグランド・ミニマムが来てもおかしくないともいえますが、今から5000年〜3000年前の時代では、グランド・ミニマム間の平均間隔は1420年もありました。

太陽の活動が今後どうなるかを予測するのは難しいと、ソランキ教授は述べています。太陽活動を変動させている原因は太陽の磁場にありますが、その太陽磁場を発生させている内部のダイナモの動きが非線形ではないからです。

グランド・ミニマムが来るにしても、来ないにしても、今後数十年間は太陽活動が低下する時代となるでしょう。その場合、太陽活動は地球の気候にどのような影響を与えるのでしょうか? ソランキ教授にメールで質問してみました。ソランキ教授からの返事は、次の回で。
太陽活動と気候(1):マウンダー極小期の再来?
太陽活動は最近ようやく活発になり、JAXA の太陽観測衛星「ひので」やNASA のSDO(Solar Dynamics Observatory)は大規模フレアやCME(コロナ質量放出)などのはげしい現象をとらえています。下の画像はSDO がとらえた最近の太陽表面の様子です。

CME_SDO

しかしながら、太陽の活動をもう少し大きなタイムスケールでみると、現在の太陽活動は静穏な時期にあるということができます。太陽活動は約11年の周期をもっており、活動の活発さの度合いは、出現する黒点数が1つの目安になります。活動が活発になるほど、出現する黒点数も多くなります。活動周期には1755年にはじまった周期を第1として番号がふられており、現在は第24活動周期に入っています。第23活動周期は2006年末には終わり、2007〜2008年には太陽活動は回復するとみられていました。ところが、黒点がほとんど出現しない時期がそれから約2年続き、活動がようやく活発になってきたのは2010年になってからのことでした。下の図は、SIDC(ベルギー王立天文台太陽黒点データセンター)による2000年以降の太陽黒点数の推移です。黄色は毎日の黒点数、青色は毎月の黒点数、赤い線は毎月の黒点数をならしたものです。2008年から2010年にかけて、黒点がほとんど出現していないのがわかります。

Sunspot

第24活動周期の立ち上がりは、20世紀のほとんどのサイクルよりも遅いものでした。また、第24活動周期のピーク時の黒点数はそれほど高くならないと予測されています。17世紀には、約70年間にわたって太陽黒点がほとんど現れない「マウンダー極小期」とよばれる時代がありましたが、太陽の研究者の中には、今後20〜30年の間に、マウンダー極小期と同じような「グランド・ミニマム」の時代がくるのではないかという考えもあります。

太陽活動は地球の気候に影響を与えています。マウンダー極小期の時代は、ヨーロッパでは寒冷な気候が記録されており、「小氷期」とよばれることもあります。17世紀のオランダの画家ヘンドリック・アーフェルカンプが描いた冬のオランダの風景画には、そのような当時の気候が反映されています。

Little_Ice Age

太陽黒点は北半球と南半球に同じように現れ、対称性が良いのですが(そのために「蝶型図」ができるわけです)、マウンダー極小期には南半球のみに現れたことがわかっています。現在の黒点の出現にも、同じような非対称性がみられるとのことです。
南極大陸全域の氷の移動を可視化
NASA のジェット推進研究所とカリフォルニア大学アーバイン校の研究者は、南極大陸全域の氷の移動速度分布図を世界ではじめて作成し、『サイエンス』誌の電子版で発表しました。

南極大陸に降った雪は圧縮されて氷床となり、ゆっくりと海へ移動していきます。今回の成果は、国際極年(2007〜2009年)に行われた国際的な観測で得られた合成開口レーダーの画像をもとに作成されたもので、JAXA の「だいち」に搭載されていた合成開口レーダーPALSAR のデータも使われています。全部で約3000枚の画像が使われており、氷が川の流れのように移動していく様子が明らかになりました。下の図は、南極大陸の氷の移動速度を色分けしたもので、青から紫、赤色になるにしたがって、氷の移動速度は大きくなります。

Antarctica_Ice

氷が移動する様子は、アニメーションで見るとよくわかります。氷の移動速度は、大陸東側の東南極氷床では1年間に4〜5m のところが多く、海に面した氷河や棚氷の部分では1年間に250m ほどになっています。一方、西側の西南極氷床では移動速度がきわめて大きなところがあり、パインアイランド氷河やスウェイツ氷河では1年間に数km に達しています。また、ロンネ棚氷やロス棚氷でも移動速度は大きくなっています。

West_Antarctica

West_Antarctica

すでに南極半島では温暖化の影響で氷の量が失われていることが明らかになっており、西南極氷床の各所でも、温暖化の影響とみられる氷の融解が観測されています。今回発表された氷の移動速度分布図は、温暖化が進む中で南極の氷がどのくらい失われ、海面上昇がどのように進んでいくかを予測することにも役立つでしょう。
進む温暖化:最近の10年間
下の図は、NASA のGISS(ゴダード宇宙科学研究所)が発表した2000〜2009年の地球の気温上昇を示したものです。1951〜1980年の平均と比較したもので、赤茶色の最も濃い部分では2度C 上昇しています。一方、気温が低くなっているところは青色で示されています。

giss_2000_2009

これを見ると、地球温暖化が進行しており、北極圏、シベリア、中央アジアなど北半球高緯度地域で気温上昇が顕著であることがわかります。また、たびたび熱波に襲われているヨーロッパも気温上昇が著しい地域の1つです。

下の図は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書に掲載されている21世紀の気温上昇シミュレーションの1例です。2000〜2009年に近い2011〜2030年のシミュレーション結果を選びました。

2011_2030

シミュレーションでは1980〜1999年の平均に比べて、北半球高緯度地域で1〜2度C の気温上昇が予測されています。また、北極圏やシベリア、中央アジアの気温上昇が目立つなど、気温上昇のパターンが実測値と整合しています。気候モデルが予測しているように地球温暖化は進んでいるといってよいでしょう。ただし、南極半島や南アメリカ、南アフリカの一部での気温上昇など、シミュレーションでは予測されなかった地域での気温上昇が、GISS の図では明らかになっています。
奄美大島の記録的な豪雨
10月20日に奄美大島は記録的な豪雨に見舞われ、甚大な被害が発生しています。その原因は、折から秋雨前線が停滞していたところに台風13号の湿った空気が流れこんだためです。この台風13号(Megi)はサファ・シンプソン・スケールでカテゴリー5、米軍のJTWC(合同台風警報センター)の区分けでは最大風速105ノット以上の「スーパー台風」でした。

奄美大島では場所によっては雨量が850mm をこえたようです。これだけの降雨は現地でははじめてだったようですが、前線が停滞しているときに台風が接近して豪雨をもたらすのは、これまでになかったわけではありません。たとえば2005年9月には台風14号が秋雨前線を刺激して、九州を中心に集中的な豪雨を降らせ、やはり大きな被害をもたらしました。今回も同じようなパターンであり、事前にもっと注意をよびかける必要があったのではないでしょうか。

現在、台風14号(Chaba)が北上中です。下がJTWC のウエブサイトに表示されている27日12時現在の台風14号の位置と今後の進路予想です。

JTWC

下は、台風14号の同時刻の衛星画像です。

JTWC

現在、奄美大島近くに前線はありませんが、台風14号の影響でふたたび降雨がはげしくなるので、注意が必要です。
北極の海氷面積、今年の9月は史上3番目の小ささに
北極海をおおう海氷の面積は夏の間縮小を続け、9月の半ばごろに最小となります。2007年9月には観測史上最小面積を記録し、翌2008年9月は史上2番目に小さい面積となりました。今年は2007年、2008年に次ぐ史上3番目に小さい面積となっています。

北極海の氷の状況はJAXA のAMSR-E 北極圏海氷モニターで毎日チェックすることができます。AMSR-E とは「改良型高性能マイクロ波放射計」のことで、NASA の地球観測衛星アクアに搭載されているJAXA のセンサーです。地表面や大気から放射される微弱なマイクロ波を観測し、主に水に関係したデータを取得しています。

AMSR-E 北極圏海氷モニターの海氷面積情報では、2002年6月以降の海氷面積の推移を見ることができます。今日現在の海氷面積情報のデータは下のようになっています。各年のデータは色分けされており、史上最小面積となった2007年は深緑色、史上2番目の2008年は黄色になっています。赤い線が2010年で、9月18日に最小となり、その面積は481万3600平方km でした。

AMSR-E

アメリカの国立雪氷データセンター(NSIDC)の最近の発表によると、1979年から2010年までの、9月における北極の海氷面積の推移は下のようになっています。

NSIDC

北極圏は気候変動の影響を受けやすいことがわかっています。この期間の世界平均気温の上昇を反映して、9月の海氷面積は凸凹はあるものの、全体として明らかな減少傾向にあります。NSIDC によると、減少の割合は10年間で11.5%とのことです。
「地球温暖化」35周年
私たちは「地球温暖化」すなわち”Global Warming” という言葉をごくふつうに使っていますが、RealClimate によると、この ”Global Warming” という言葉がはじめて科学ジャーナルに登場したのは、ちょうど35年前のことだそうです。すなわち、アメリカのウォーリー・ブロッカーが『サイエンス』誌の1975年8月8日号に発表した論文 ”Climate Change――Are We on the Brink of a Pronounced Global Warming?”(気候変動――われわれは地球温暖化への瀬戸際にいるのか?)で使われたのが最初でした。ブロッカーは海水の塩熱循環(海洋大循環)の研究で有名です。

ブロッカーがこの論文を書いた頃、世界の気温は下がり気味の傾向を示していました。しかしブロッカーはこの論文で、「現在の気温低下の傾向はこれから10年ほどの間に、二酸化炭素による温暖化に道を譲るだろう」「来世紀初頭までに、二酸化炭素は地球の気温を過去1000年間に経験したことのないレベルまで引き上げるだろう」と書いています。彼は二酸化炭素による20世紀中の気温上昇を0.8度Cと予測しています。彼はこの数値を、二酸化炭素の排出量が毎年3%増加し、そのうちの半分は海洋や陸地に吸収されずに大気中に残ることをベースに計算しているのですが、IPCCの第4次評価報告書によれば、過去100年間(1906〜2005年)の世界気温の上昇は0.74度C(0.56〜0.92度C)とされていますから、これはおどろくほど正確な予測です。

ところで、ブロッカーは二酸化炭素による地球温暖化を最初に科学ジャーナルで指摘した研究者というわけではありません。J.S.ソイヤーによる ”Man-made Carbon Dioxide and the “Greenhouse” Effect”(人為的に排出される二酸化炭素と温室効果)という論文が『ネイチャー』誌の1972年9月1日号に掲載されているのです。

すでに1970年代に、世界を代表する科学雑誌『ネイチャー』誌と『サイエンス』誌に、石油の大量消費にともなう大気中の二酸化炭素の増加が世界気温の上昇をもたらすという論文が発表されているのは、きわめて意味深いことです。その後、多くの研究者が地球温暖化に関心をもつようになり、研究が進みました。そして1988年にUNEP(国連環境計画)とWMO(世界気象機関)によってIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設立されることになるのです。

地球温暖化に懐疑的な立場をとる人はよく、「科学者は1970年代から1980年代にかけては地球が寒冷化すると言っていた。それが急に地球温暖化に変わったのはおかしい」あるいは「科学者が地球温暖化をとりあげるようになったのは、1988年にNASAのジェームズ・ハンセンがアメリカ議会で証言してからである」というようなことを言います。例えば、伊藤公紀氏・渡辺正氏の『地球温暖化論のウソとワナ』(ベストセラーズ)には、「1988年の「ハンセン」証言で、地球温暖化はメディア経由で全世界の話題になり、すぐさま日本にも伝わった。話を聞き及んだ環境関係者は大いに喜ぶ。・・・「仕事」になれば巨費を動かせるテーマだからだ」と書かれています。

私はこうしたことを書く人は、当時のことは何も知らず(おそらく地球環境問題にはまったく関心がなかったのでしょう)、海外の懐疑派が主張していることを受け売りしているだけだと考えています。当時、地球が寒冷化すると主張していた人はそれほどいませんでした。一方、地球温暖化を懸念する動きは次第に高まってきていました。私が地球温暖化に関する最初の記事『暑くなる地球』を科学雑誌(Newton)に書いたのは、ハンセン証言の1年前、1987年7月のことです。このとき、私は何人もの研究者に取材をし、アメリカから資料を取りよせて記事を書きました。この記事は、多くの人が地球温暖化について知るきっかけになったのですが、伊藤公紀氏も渡辺正氏も、私の書いた記事は読んでいなかったようです。
まやかしの「地球温暖化スキャンダル」
『地球温暖化スキャンダル:2009年秋クライメートゲート事件の激震』(日本評論社)を読みました。2009年11月、イギリス、イーストアングリア大学の気候研究ユニット(CRU)のサーバーへ何者かが侵入し、大量のメールや文書がインターネット上で公開されるという事件が起こりました。いわゆる「クライメートゲート事件」です。本書は、その盗まれたメールを多数のぞき見て、推測にもとづくストーリーをつくりあげ、それがあたかも現実に起こったことの忠実な再現であるかのように述べていくという、あまり品の良くない本です。

著者のスティーブン・モシャーとトマス・フラーは、地球温暖化をめぐる「肯定派」と「懐疑派や否定派」という対立の構図を描き、自分たちをどちらにも属さない「どっちつかず派」としています。盗まれたメールを中立的な立場で「分析」するというスタンスをとっているわけですが、ところどころにみられる彼ら自身の主張は、きわめて強硬な懐疑派の主張であり、2人の正体は、ばりばりの懐疑派といってよいでしょう。

いわゆるクライメートゲート事件なるものが、いかに根拠のないものであったかについては、以前にここここここで書きましたので、そちらをお読みください。本書が出版されたからといって、訂正することは何もありません。

クライメートゲート事件では、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による「データ捏造」なるものがクローズアップされました。それでは、本書の2人の著者の「分析」によって、「データ捏造」の存在が説明されたのでしょうか。結論を先にいってしまうと、否です。彼ら自身も、マイケル・マンらの論文を批判した論文の著者の1人であり、懐疑派サイトCA(Climate Audit)を主宰しているスティーブン・マッキンタイアも、そのようなことがあったとは考えていないことが、本書を読めばわかります。

本書で彼らが主に取り上げているのは、次の2つです。1つは、「チーム」(CRU のフィル・ジョーンズら地球温暖化を研究している科学者を、著者は1つの政治的意図をもった集団とみなし、こう名付けていますが、これも一面的な見方です)が、IPCC 第4次報告書に引用するために、特定の論文を掲載するように圧力をかけたという「ストーリー」、もう1つは、古気候の再現と地球温暖化における都市化の影響における研究において、ジョーンズらが用いたデータの開示要求を、ジョーンズらが妨害したという疑惑です。前者については、そのような経緯はなかったことが調査委員会の報告で述べられています。後者についていえば、情報の公開という問題を科学コミュニティーが十分に認識しなくてはいけないのは当然であり、この点からすると、確かに反省すべき点があったことは事実のようですが、自分の論文を攻撃するためにデータの開示を何十回と執拗に要求してくる人物に対して、研究者が人間的な対応をとるという気持ちはわからないわけではありません。

いわゆる「データ捏造」に関連して触れられているのは、第8章の最初の部分の、ブリッファの年輪のデータに関してのみです。前にも書いたように、樹木の年輪から過去の気温を復元する場合、北半球高緯度の樹木では、1960年ごろ以降は、実際の気温は上昇しているのに、年輪が示す気温が低くなっていくという傾向がみられます。そのために、ジョーンズはその部分のデータを使わなかったのですが、それを、ジョーンズはある意図をもって細工した(隠した)と著者は批判しています。しかし、この年輪が示す気温データの低下の件は、研究者の世界ではすでに広く知られたことであり、またCA 上でも以前から話題になっていたことを著者自身が明らかにしています。すなわち、「今回のメール流出によって、データ捏造が明らかになった」という一部にみられる主張は、そもそも「捏造」などというものはなかった上に、年輪データの件は今回のメール流出で初めて世に知られるようになったわけではないという二重の意味で間違っています。

著者は、今回のメール流出はCRU の内部告発だったという見方を本書で述べています。しかし、本書のストーリーはマッキンタイアがCA 上で述べてきた内容に沿っていること、盗まれたメールはCA で話題になっていたキーワードや人名で検索されていたこと、流出メールを格納したファイルは、情報公開法(FOIA)にもとづくマッキンタイアの開示要求を示す「FOIA2009.zip」というファイル名だったことなどからすると、CA に近い人物だったのではないかと考えることも可能です。

本書はメール流出後の2009年12月に、わずか1か月ほどで書かれたものであることに注意する必要があります。つまり、この後に行われた第三者機関による調査結果については本文では触れられていません。しかし、本書の訳者である渡辺正氏(東京大学生産技術研究所教授)は「あとがき」で「2010年の動き」に触れています。「あとがき」の日付は2010年4月30日となっているのですが、ここでは3月31日に発表されたイギリス下院科学技術委員会の報告について(おそらく意図的に)触れていません。つまり、本書は事実を知りたい人にとって、あまり役立つ本ではないでしょう。
続・クライメートゲート事件:IPCCは間違っているか?
昨日の記事で取り上げた『化学』2010年5月号の渡辺正氏の記事について、気候変動・千夜一話というブログで、masudako 氏が専門家の立場から、より詳しい記事を書いています。また、コメントの欄で、私の記事についての補足的な解説もしていただいています。

昨年11月に端を発した「クライメートゲート事件」をきっかけに、日本でもIPCC に批判的な記事がいろいろな雑誌に掲載されるようになりました。「気候変動・千夜一話」は、気候変動や地球温暖化について研究者が語っているブログで、懐疑論を批判するための場所ではありませんが、こうした記事に対する科学的立場からのコメントがほかにも投稿されています。ぜひ読んでみてください。
クライメートゲート事件:IPCCは間違っているか?
発売されたばかりの『化学』2010年5月号に、東京大学生産技術研究所教授の渡辺正氏が「続・Climategate 事件――崩れゆくIPCC の温暖化神話」という記事を書いています。渡辺氏は同誌2010年3月号で「Climategate 事件――地球温暖化説の捏造疑惑」という記事を書いており、今回はその続編ということになります。いわゆる「クライメートゲート」事件によって、IPCC の主張に根拠はなくなりつつあるという話を次々と展開しています。同氏の記述は、科学者として事実をきちんと検証したIPCC 批判ではなく、どこか意図的なものを感じさせます。

例えば、記事の最後のページは「Climategate 事件の余震(2010年2月〜3月)」という表になっており、「クライメートゲート事件」に関する(IPCC に批判的な)出来事が時系列で並べられています。この表は3月29日で終わっていますが、先日の「クライメートゲート事件:データ捏造はなかった」で書いたように、3月31日に、イギリス下院科学技術委員会の報告書が発表され、懐疑派の人たちが騒いできたようなIPCC のデータ捏造はなかったことが明らかにされました。これが抜けているのはどうしてでしょう。3月号の同氏の記事も、最後は同じような表「Climategate 事件後の流れ」となっており、「1月22日 イギリス議会下院がCRU の調査開始を発表」と明記されています。それなのに、この調査結果について触れていないのは、意図的といわれても仕方ないでしょう。それとも、締め切りに間に合わなかったということなのでしょうか。

海外には、懐疑派のサイトがいくつもあり、IPCC に対してさまざまな批判をしています。これらの批判については、それが本当に科学的に正しいかどうかの検証が必要です。しかし、渡辺氏が「気温データは闇なのか?」の項で紹介している都市と田舎のデータの比較は、Watts Up With That? という懐疑派サイトの記事をそのまま引用したものです。

渡辺氏が取り上げているこの記事は、Science & Public Policy Institute という懐疑派団体の “SPPI Original Paper” として発表された文書が出典です。“Paper” とはいっても、査読を経て学術ジャーナルに発表された論文ではありません。著者はエドワード・ロングという人物で、元NASA の物理学者だそうです。ロングはNOAA(アメリカ海洋大気局)のNCDC(国立気候データセンター)が提供しているデータを用いて、NCDC は観測データの「補正」といいながら、田舎の観測点の気温データを、都市化によって昇温している都市の観測点の気温データに合わせるという「上向きの」データ操作を行っており、地球温暖化を捏造していると主張しています。

ロングはNCDC の都市と田舎のデータを比較するために、アメリカ48州からそれぞれ都市と田舎の観測点を1か所ずつ選びました。下の図は、これらの観測点の「補正前」の元データを用いたグラフです。紫色が都市、紺色が田舎のデータです。1965年ごろから都市の気温は次第に上昇していますが、田舎の気温は最近までほぼ横ばいです。

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下の図は、同じ観測点の「補正後」のデータを用いたグラフです。都市の気温の傾向は上のグラフとあまり変わっていませんが、田舎のグラフは都市の気温と同じような上昇傾向を見せています。

long

観測点の元データと補正後のデータをくらべると、田舎のデータを都市のデータに合わせるような補正が行われているように見えます。「IPCC の政治路線に沿った小細工を匂わせる」と渡辺氏は書いています。

しかし、NCDC のデータには、本当にそのような操作が加えられているのでしょうか。よく考えてみると、ロングが行ったことは、そもそもの前提がおかしいことに気がつきます。都市と田舎の気温を比較するために、なぜ48州から1か所ずつ観測点を選ぶ必要があったのでしょうか? それらの場所はどのような基準で選ばれたのでしょうか? この文書が科学論文として査読にまわされたら、査読者からはまずその点についての指摘があるでしょう。アメリカ中の多数の観測点から、ロングが希望する結果が得られる観測点を作為的に選んだのではないでしょうか?

ネットで検索すると、私と同じようなことを考えた人がいることがわかりました。RESIDUAL ANALYSIS というブログで、ジョセフ氏は私と同じような点を指摘し、これは ”cherry-picking”(いいとこ取り)ではないかという疑問を投げかけています。そしてジョセフ氏はロングの主張が正しいかどうかを検証するため、GHCN プロセッサーを使って、全米の都市と田舎のデータを比較してみました。GHCN というのは、NCDC が一般に公開している世界の気温のデータベースで、気象庁も2000年まではこれを使って世界平均気温を算出していました。GHCN プロセッサーはこのデータを解析するためのソフトウエアです。

さて、GHCN プロセッサーは全米117か所の都市の観測点と、867か所の田舎の観測点の、補正後のデータを解析した結果を出してくれました。下の図がそれです。

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青色が都市、赤色が田舎のデータです。これを見ると、都市と田舎のデータは同じ傾向を示しています。それでは、補正前のデータではどうでしょうか? 下の図は、補正前の、全米392か所の都市の観測点と、1046か所の田舎の観測点のデータをGHCN プロセッサーで解析した結果です。

joseph

結果は、こちらも、都市と田舎のデータは同じ傾向を示しており、ロングとは異なった結果がでています。ロングの観測点の選び方にはやはり問題があるようです。

NCDC では、観測点で記録されたデータに整合性をもたせ、長期的なトレンドを見ることができるように、データの品質をチェックし、補正を行っています。どのような補正を行っているかは、このページで詳しく説明されています。なぜ、補正が必要かというと、観測時刻が変更されたり、観測機器が交換されたり、観測点のまわりの環境が変化したり、観測点そのものが移転したりすることがあるからです。さらに、都市化による昇温の影響も補正する必要があります。

このNCDC のページによると、NCDC が提供するデータセットには4つのバージョンがあります。Raw(観測点の生のデータ)、TOB(観測時刻を補正したもの)、Adjusted(上に述べたような観測点の変化に関する補正を行ったもの)、Urban(最後に、都市化による昇温を補正したもの)です。ここで、ロングの文書に対するもう1つの疑問が出てきます。彼はNCDC の “Raw” と “Adjusted” のデータを比較しているのですが、彼のいう“Adjusted”(補正済みの)のデータは、NCDC のいっているUrban のデータなのでしょうか。もしも、NCDC のいう Adjusted のデータを使っていたとしたら、彼が導きだしたグラフは、そもそもまったく意味がないことになります。

渡辺氏はこうした点もチェックした上で、ロングの結果を『化学』誌上で引用しているのでしょうか?

渡辺氏はロングの結果を用いてNCDC の「データ操作」を指摘した後、「実のところNCDC の上部組織NASAも、地表気温データに同様な補正を施し、温暖化を演出してきた」と書き、あるURL を参考文献として上げています。渡辺氏は、NCDC とは別に世界気温データを提供しているNASA も、同じようなデータ操作をしていると言いたかったのでしょう。渡辺氏の気持ちはわかりますが、それは、2つの理由で不可能です。まず、NCDC の上部組織はNASA ではなくNOAA です。

さらに、渡辺氏が参考文献としているURL は、文献自体ではなく、ある図版を示すものです。そして、渡辺氏は気がつかなかったかもしれませんが、実は、このURL でリンクされている図版は、私がさきほど紹介したNCDC のデータ補正を説明したページにあるものなのです。つまり、この図版は、渡辺氏が主張するようなNASA(あるいはNOAA)のデータ操作の証拠ではなく、NCDC がいかに厳密にデータの補正をしているかを示すものです。渡辺氏はこの図版が掲載されているオリジナルのページを参照することなく、Watts Up With That? の記事で、ロングのグラフの下にこの図版とURL が載っていたために、これを参考文献としたのでしょう。

繰り返しになりますが、懐疑派サイトに書かれていることをすべて否定するわけではありませんが、科学的事実よりも政治的立場が優先されるこれらのサイトの情報を引用する場合には、きちんとした検証が必要です。

世界平均気温に与える都市化による昇温の影響は、ほとんど無視することができることについては、いくつもの査読付き論文で明らかにされています。

渡辺氏はさらに「IPCCgate あれこれ」という項で、IPCC 第4次評価報告書について最近指摘されているいくつかの話題を取り上げています。これについては、また別の機会に書くかもしれませんが、以下の点だけは指摘しておくことが必要でしょう。確かに、IPCC の報告書に間違いはありましたが、そうであっても、人為的に放出される温室効果ガスによって温暖化が進んでおり、このまま温暖化が進めば多くの影響が出るというIPCC の報告書の結論がゆるぐことはありません。
クライメートゲート事件:データ捏造はなかった
いわゆる「クライメートゲート」事件に関して調査を行っていたイギリス下院科学技術委員会の報告書が、3月31日に発表されました。結論を先に言ってしまうと、懐疑派の人たちが騒いできたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書のデータ捏造などの事実はありませんでした。

UK_Rport_CRU

科学技術委員会の調査は、流出した電子メールの内容の検討や、渦中の人であるイーストアングリア大学気候研究ユニット(CRU)所長のフィル・ジョーンズらからの聞き取りを含めて行われました。報告書は以下の点を結論としています。

・フィル・ジョーンズのメールの中で使われていた「トリック」や「ハイド」という
 ような言葉は、個人的なメールで用いられたいわば業界用語のようなものであり、
 さまざまな事実から判断して、データの捏造や隠ぺいを示すものではない。
・フィル・ジョーンズが、地球温暖化に懐疑的な研究者の論文が学術雑誌に掲載され
 るのを邪魔したという事実はない。
・フィル・ジョーンズらCRU は、自らのデータを他の研究者に公開することを拒ん
 できた。こうした対応は科学界一般に見られることではあるが、気候変動が人類に
 とってきわめて重要な問題であることを考えれば、観測データやそれを解析するた
 めのソースコードは公開されるべきである。研究がイギリス国民の税金を使って行
 われているという点からも、情報は公開されなければならない。

報告書は以上のように、懐疑派の主張には根拠がないと否定する一方、気候変動を研究する科学者の社会的責任はきわめて大きく、情報の透明性を高くすることが重要であり、この点で、イーストアングリア大学やCRU のこれまでの対応には問題があったという点を指摘しています。

温暖化はストップしていなかった
2009年の世界平均気温は来年1月にならないと確定しませんが、WMO(世界気象機関)は12月8日付けのプレスリリースで、1850年の観測開始以来、2009年が史上5番目に暑い年になるという見通しを発表しました。下の図が、1850年から現在までの世界平均気温の推移です。3つの機関の、それぞれ独立したデータが示されています。黒い線はイギリス気象局ハドレーセンター、赤い線はNOAA(アメリカ海洋大気局)の国立気候データセンター、青い線はNASA のGISS(ゴダード宇宙科学研究所)によるものです。

世界平均気温

人為的な原因による地球温暖化を否定しようとする懐疑派の人たちの中には、「最近10年間、温暖化は止まっている」と主張している人もいます。また、2008年の冬には世界気温が急に下がり、「地球温暖化は終わった」と大騒ぎする人もいました。地球温暖化が止まっているという主張は、これまでずっと続いていましたが、実際には今回発表されたデータが示すように、温暖化はストップしていなかったわけです。

1998年はきわめて暑い年でしたが、これは強力なエルニーニョのためでした。エルニーニョというのは、東太平洋の赤道域が高温になる現象で、エルニーニョがおこると、世界平均気温は上昇する傾向がみられます。一方、この海域に冷たい海水がわき上がってくる現象がラニーニャで、これがおこると世界平均気温は低下します。2008年の気温低下はラニーニャのためでした。エルニーニョとラニーニャは交互にくり返してあらわれ、「エルニーニョ南方振動」(ENSO)とよばれています。2009年が観測史上5番目の暑さになったのも、ラニーニャが終わってエルニーニョのフェーズに入ったことと関連しています。毎年の世界の気温はこうした自然変動で上下していますので、短い期間のデータで温暖化が起こっているか、いないかを語るのは意味をもちません。温暖化は長期的なトレンドの中でしか出てこないのです。

観測された世界平均気温からENSO の影響を取り除いたらどうなるでしょうか。下の図がそれです。赤い破線はハドレーセンターのデータで、赤い実線はENSO の影響を取り除いたもの、青い破線はGISS のデータ、青い実線はENSO の影響を取り除いたものです。

ENSOの影響を除いた世界気温

この図には、1950年から2007年までのデータが示されています。1963年、1982年、1991年に気温が著しく低下していますが、これはアグン山、エルチチョン山、ピナトゥボ山の噴火による影響です。1980年代以降の世界平均気温は、1991年のピナトゥボ山による気温低下を除いて考えると、細かい上下を繰り返しながらも一貫して上昇してきたことがよく分かります。気温を押し上げてきたのは、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスです。

WMOのプレスリリースは、2000年から2009年が観測史上最も暑かった10年になることも明らかにしています。2009年は、中国やオーストラリアでは観測史上第3位の暑い年でした。また、2009年にはヨーロッパ、インド、中国北部をきびしい熱波が襲ったこと、中国では過去50年間で最悪の干ばつが発生したことも報告されています。
IPCC のデータ捏造疑惑は本当か?
すでに皆さんも新聞記事やブログの情報でご存じのように、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「データ捏造疑惑」なるものが、主にアメリカやヨーロッパの懐疑派(温室効果ガスによる地球温暖化に否定的立場をとる人々)のブログで盛り上がっています。地球温暖化研究の世界的拠点の1つであるイギリス、イーストアングリア大学の気候研究ユニット(CRU)のサーバーに何者かが侵入し、1996年から最近までの1000通以上のメールが盗まれ、ウェブ上で公開されてしまったのです。CRU のフィル・ジョーンズ所長はメールが本物であることを認めました。盗まれたメールの中には、温室効果ガスによる地球温暖化の証拠としてIPCC が使ったデータが捏造されたものであることを示唆する内容のものもあるとされ、ウォーターゲートならぬ「クライメートゲート」という言葉まで登場しました。

この騒動でまず私が言いたいのは、不正に取得され、許可なくネット上にアップされたメールの内容を、そのまま転載して批判している懐疑派のやり方はマナー違反だということです。不正に取得された情報は、いくら重要なことが書かれていると思っても、無視すべきであると私は考えます。真相を追及したいのなら、別の方法を使うべきです。今回の懐疑派の人たちの行動は、サーバーへの不法侵入という犯罪に加担していると非難されても仕方ないでしょう。メールを書いた人物をおとしめ、IPCC の報告書に不信感をもたせる目的で、不法侵入者はデータをアップし、「告発メール」を懐疑派に送りつけたのですから。今回の事件の報道で、ニューヨーク・タイムズ紙やBBC などの大手メディアがメールの文面を引用していないのは流石です。

この事件について、「IPCC のデータ捏造疑惑」という言葉が使われていますが、これでは「IPCC データ」なるものがあり、これが捏造かどうか問題になっているかのように受け止められてしまいます。実際には、IPCC が採用した個別の研究に「データ捏造疑惑」があるということです。その対象となっているのは、いわゆるホッケースティック曲線です。これについては先日も書きましたが、「疑惑」が本当なのかどうかを検証するため、もう一度、最初から説明しましょう。

ペンシルベニア州立大学のマイケル・マンらは、木の年輪、氷床コア、サンゴなどのデータを用いて、過去600年間の北半球平均気温を復元し、1998年に『ネイチャー』誌に発表しました。翌1999年には、過去1000年までを復元した論文を『ジオフィジカル・リサーチ・レターズ』誌に発表しました。後者に掲載されていたグラフは2001年に発表されたIPCC の第3次評価報告書に収録されました。これがホッケースティック曲線とよばれることになったグラフです。

ホッケースティック

青い線が復元された過去の気温、黒い線は40年平均をとって変化をなめらかにしたもの、灰色の部分は推定気温の誤差の範囲を示しています。赤い線は温度計で測られた実際の気温です。過去の気温はあまり変化を示さず、わずかに低くなりながらほぼ直線状に推移していますが、20世紀に入ったあたりから、気温は急上昇しています。この形がホッケーで使うスティックに似ていることから、ホッケースティックの名がつけられたのです。

IPCC の第3次評価報告書では、このグラフは、20世紀の気温上昇が過去に例のない特別なものであり、温室効果ガスによる気温上昇を示唆するものとして位置づけられていました。一方、温室効果ガスによる地球温暖化を否定したい懐疑派からは、「中世の温暖期や小氷期が再現されていない。このデータは信頼性に欠ける」「近年の気温上昇が特別であることを強調するための操作が行われている」といった批判がもちあがり、ホッケースティック曲線は、IPCC 対懐疑派の象徴的存在となっていったのです。

2003年、スティーブン・マッキンタイアらは、「マンらが使用したデータを使って再計算したところ、ことなる結果が出た。マンらのデータ処理方法は間違っている」という、ホッケースティック曲線を否定する論文を発表しました。これに対してマンらは、マッキンタイアらの計算方法は正しくないと反論しました。

2004年、マンらは1998年の論文に関する訂正を『ネイチャー』誌に掲載しました。この訂正をもって、マンらの結論が間違っていたかのような記述がみられますが、これは誤りです。訂正されたのは使用したデータの出所の一部であり、論文の結果に影響を与えるものではありませんでした。

ホッケースティック論争は議会の注目するところとなり、全米科学アカデミーの関連団体である全米研究会議(NRC)内に過去2000年間の気温を検討する委員会がつくられました。この委員会の報告書は2006年に発表されました。報告書では、過去の気温復元に関する複数の研究が検討されています。下のグラフは、この報告書に掲載されているもので、6つの研究結果が色分けで示されています。最近の黒く太い線は温度計による実測値です。

NRC

このグラフを見ると、1000年ごろの中世の温暖期とよばれる時代には気温が比較的高く、1400〜1700年ころの小氷期とよばれる時代には気温が比較的低いといった傾向はみられるものの、その変動幅はマンらのホッケースティック曲線の誤差の範囲にほとんど含まれています。20世紀に入ってからの気温の急激な上昇はここでも明らかです。報告書では、結論として以下の点を上げています。
・20世紀の最後の数十年間の世界平均気温は、過去400年間のいかなる時期よりも
 高かった。
・より古い時代については不確実性が増すものの、ほとんどの場所で、最近25年間
 の気温は、過去1100年間のどの時期よりも高かったと考えられる。
・北半球の20世紀の気温が過去1000年間のどの時期よりも高かったというマンらの
 結論は、過去の気温復元の研究結果からも、世界的な氷河の後退をはじめとするさ
 まざまな事例からも支持される。

2007年に発表されたIPCC 第4次評価報告書では、過去1300年間の気温についてさらに多くの研究結果を収録したグラフが示されています。下のグラフがそれで、このうち紺色の線はマンらのホッケースティック曲線です。「ホッケースティック曲線は間違っていたので、IPCC の第4次報告書では削除された」という記述が一部にみられますが、これは誤りです。

IPCC第4次報告書

このグラフに収録されているデータには、NRC のグラフに載っているものも、そうでないものもあります。気温の復元に使用したデータの種類や処理の仕方で、さまざまな曲線が描かれていますが、気温の実測値(黒い線)と比べてみれば、20世紀の最後の数十年間の気温は、過去1300年間のどの時期よりも高くなっています。ホッケースティック曲線が、他の研究結果と比べて特別に外れた傾向を示していないこともわかります。それどころか、これらの曲線をオーバーラップさせた下のグラフでは、最も重なりの多い部分(色の濃い部分)の形はホッケースティック曲線とほぼ同じであることがわかります。

IPCC第4次報告書2

ホッケースティック曲線は、学問が進歩してきている今となってはわざわざ取り上げる必要はないが、当時としては良い仕事だったし、今からみても明らかな間違いはなかったといえるでしょう。ところが、今回の騒動で、ふたたび「捏造疑惑」がもち上がりました。はたして、ホッケースティック曲線に使われたデータには、意図的な結論を導き出すために捏造された部分があるのでしょうか? 私自身がマンらのデータをチェックしたわけではありませんが、答は否でしょう。マンらは当時からデータを公開していました。そして、マンらをはげしく批判したマッキンタイアらは、マンらから提供された同じデータを使って再計算をしたわけですから、もしもデータの捏造があったとしたら、そのころすでに明らかになっていたはずです。

しかし、「今回明らかになったジョーンズ所長のメールには、データの捏造を示す内容が書かれていたではないか」という方もいるでしょう。最初に書いたように、ジョーンズ所長のメールを引用するのはしたくないのですが、すでにネット上で出回っていることでもあるので、「疑惑」を晴らすために引用して、検証してみましょう。問題となっているのは、以下の文章です。

I’ve just completed Mike’s Nature trick of adding in the real temps to each series for the last 20 years (ie from 1981 onwards) and from 1961 for Keith’s to hide the decline.

このメールは、マン(Mike)らが1998年に『ネイチャー』誌に発表した論文に関するものです。“trick” や ”hide” といった刺激的な言葉が見られますが、これは私信であるための特別な言葉遣いという面があるかもしれません。あまり先入観にとらわれずに、この文章を読んでみましょう。文章の前半は、復元したデータと一緒に、実測値もグラフにプロットする(add)ことを意味しています。復元データに実測値を組み入れてデータ操作をするということではありません。復元データは1980年までなので、実測値を一緒にプロットしておけば、1981年以降の気温上昇が示せるという考えなのでしょう。実際に、ホッケースティック曲線はそうなっています(下)。

ホッケースティック部分

後半は、年輪のデータについて触れたものです。樹木の成長は気温に影響されるため、年輪の幅を過去の気温の指標として利用することができます。ところが、1960年ごろ以降は、実際の気温は上昇していくのに対して、年輪が示す気温は低くなっていく(decline)という傾向が北半球高緯度の樹木でみられるのです。キース・ブリッファ(Keith)はこれについて1998年に『ネイチャー』誌に論文を発表しています。ジョーンズ所長の文章は、1961年以降の年輪のデータはそのまま使うことができないことを意味するものです。私には、ジョーンズ所長のメールがデータ捏造を示しているとは読めません。

『ネイチャー』誌12月3日号のエディトリアルのページでは、このメールについて触れており、”trick” とは賢い(合法的な)テクニックを意味するスラングであるとした上で、『ネイチャー』誌は論文に重大な疑惑があると判断された場合には調査を行うのが編集方針だが、今回のメールに関してはそのような点は見受けられないとしています。

懐疑派が主張している「データ捏造疑惑」に、何の根拠もないことは明らかです。今回の騒動で最も大事なことは、地球温暖化研究で重要な役割を果たしてきた研究者たちの、1996年から2009年にいたる1000通以上のメールを調べても、IPCC を批判するために使えたのは、今ではほとんど意味をもたないホッケースティック曲線だけだったという点です。それ以外のどのメールを見ても、懐疑派が主張するような「データの捏造」や「政治的意図による事実の歪曲」や「陰謀」などを示す証拠は見つからなかったのでしょう。科学的な研究によって明らかにされてきた温室効果ガスによる地球温暖化という事実を、それを否定したい懐疑派の人々自身が証明してしまったのです。

『ネイチャー』誌12月3日号は、「盗まれたメールは科学的陰謀を明らかにすることはなかったが、気候学者が世間からより支持されていくための方法について光を当てた」と述べています。「捏造疑惑」とは別の問題として、この事件をきっかけに、気候変動という社会的にも重要な意味をもつ科学の進め方について、研究者たちはいろいろ考えはじめていることを、最後につけ加えておきます。
中世の温暖期や小氷期は局地的現象
今から1000年ほど前のヨーロッパは、バイキングが氷のない北の海を行き来したり、グリーンランドに植民が行われるなど、温暖な気候だったことがわかっています。この時期は「中世の温暖期」とよばれています。一方、15世紀から17世紀にかけてのヨーロッパや北アメリカは、氷河が拡大し、川や運河が凍結するなど寒冷な気候だったことが絵画や文書に残されています。この時期は「小氷期」とよばれています。

ペンシルベニア州立大学のマイケル・マンらは、木の年輪やサンゴ、氷床コアなどのデータから、過去1000年間の北半球平均気温を復元した論文を1999年に発表しました。このデータは2001年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第3次評価報告書にも掲載されました。マンらが復元した過去の気温のグラフでは、中世の温暖期や小氷期は明瞭にはあらわれていませんでした。過去の気温はあまり変化せず、ほぼ直線状に推移し、20世紀の気温だけが急上昇しているため、このグラフは「ホッケースティック曲線」とよばれることになりました。曲線の形がホッケーのスティックに似ていたからです。ホッケースティック曲線は、温室効果ガスによる地球温暖化説に異議をとなえる、いわゆる「懐疑派」のグループから批判を受けることになりました。「このグラフには中世の温暖期や小氷期が再現されておらず、信頼性に欠ける」「中世の温暖期は今よりも気温が高かった。20世紀の気温上昇は特別なことではない」といった批判です。

中世の温暖期や小氷期が地球規模のものであったとすれば、過去の気温にもそれがあらわれるはずです。しかし、それがヨーロッパや北アメリカで局地的に起こった現象であれば、復元されたデータにあらわれてこなくても、不思議ではありません。いったい、どちらなのでしょうか?

マンらが『サイエンス』誌の11月27日号に発表した論文は、この問題に対する彼ら自身の解答といえるものです。今回、マンらは、木の年輪、氷柱サンプル、サンゴ、堆積物など1000以上のデータから、過去1500年間の気温を復元し、中世の温暖期と小氷期のグローバルな気温分布を調べました。

その結果、中世の温暖期(950〜1250年)には北大西洋、グリーンランド南部、および北アメリカの一部などで気温が高くなっていましたが、ユーラシア大陸中央部や北アメリカ北西部、太平洋熱帯域などでは気温が低かったことがわかりました。また、小氷期(1400〜1700年)には北半球のほとんどの地域で寒冷だったものの、大西洋、アメリカ、アジアなどの一部には、気温の高い地域も出現していました。すなわち、中世の温暖期や小氷期は局地的な現象であるという結果が出たのです。

中世の温暖期の気温分布はラニーニャのパターンに似ていました。マンらは、太陽の放射量の変化にともなってあらわれるエルニーニョやラニーニャ、さらには北大西洋振動が、こうした気温の地域的偏差の原因であると述べています。
地球温暖化で消えていくキリマンジャロの氷河
オハイオ州立大学のロニー・トンプソン教授は、山岳氷河の古気候学で世界的に有名な研究者です。トンプソン教授はキリマンジャロ山の氷河について、新しい調査結果を発表しました。

アーネスト・ヘミングウェイが『キリマンジャロの雪』を書いたころ、キリマンジャロの頂には雄大な氷河が白く輝いていました。しかしここ数十年の間に、その氷河は急速に消失しつつあります。下の画像は、2003年4月9日に国際宇宙ステーションから撮影されたキリマンジャロです。

キリマンジャロ山

トンプソン教授が2000年にキリマンジャロで行った調査で採取された氷柱サンプルの最下層の年代は1万1000年以上前で、氷河はこの時代からずっと存在していたことがわかりました。また、1952年にアメリカが行った水爆実験「アイヴィー」で放出された放射性物質が検出されたことによって、氷柱サンプルの上部、すなわち最近の年代がくわしく決定され、氷河の消失は1960年代からはじまっていることがわかりました。

今回の調査結果について、トンプソン教授は以下のように報告しています。
・1912年に存在した氷河の85%は2007年までに失われた。また、2000年に存在
 した氷河の26%が失われた。
・氷河表面から1.6m 下にあったアイヴィー水爆実験の層はなくなっており、氷河表
 面から2.5m ほどの氷が失われた。
・過去1万1700年におよぶ氷柱コアのうち、現在以外で氷が継続して解けたことは
 ない。
・アフリカでは約4200年前に、約300年も続いた大干ばつがあったが、このときも
 氷が解けることはなかった。現在のキリマンジャロの気候条件は、1万1000年以
 上にわたる歴史の中で、きわめて特別である。

トンプソン教授は今後20年以内に、キリマンジャロの氷河はなくなってしまうだろうとしていますが、今回の報告にはもう1つ、注目すべき点がありました。それは、氷河の消失にはこの地域の雲量や降水量の変化も影響しているものの、その主な原因は、地球規模の気温の上昇であると結論づけたことです。

キリマンジャロの氷河消失の原因については、長い議論がありました。地球温暖化による気温上昇で氷河が解けているという考えと、主に自然変動による乾燥化によって氷が固体から直接気化しているという考えの両方があったのです。トンプソン教授は、なぜその原因が「気温」であるとの結論にいたったのでしょうか? この点をトンプソン教授に聞いてみることにしました。

「キリマンジャロの氷河消失の主な原因が、雲量や降水量の変化ではなく、人為的に引き起こされた地球温暖化による気温上昇であると結論づけた理由は何なのでしょうか?」という私のメールに対して、トンプソン教授からはすぐに返事が送られてきました。トンプソン教授によると、それは、氷柱サンプルの中に含まれている「気泡」だというのです。氷柱サンプルの上部65cm には細長い気泡群が存在していました。これは氷河の表面が気温の上昇で一度解けて、ふたたび凍ったことを示しています。雲量や降水量の変化では、こうした気泡ができることはありません。また、全長50m におよぶ氷柱サンプルの中で、このような気泡は他のどの場所にもみられないそうです。

トンプソン教授によると、熱帯および亜熱帯の他の山岳氷河でも、キリマンジャロと同じことが起こっているとのとこです。トンプソン教授のクイック・レスポンスに感謝します。
地球温暖化とスーパー台風
中心気圧955hPa、最大風速45mで2年ぶりに上陸した台風18号は、日本列島を縦断し、各地に大きな被害をもたらしました。

気象庁では、台風を、最大風速(10分平均)が33m/s(64ノット)以上44m/s(85ノット)未満のものを「強い」台風、44m/s(85ノット)以上54m/s(105ノット)未満のものを「非常に強い」台風、54m/s(105ノット)以上を「猛烈な」台風と、階級分けしています。この階級でいうと、今度の台風18号は日本列島に接近した時点で、「非常に強い」台風に発達していました。

地球温暖化によって、すでに強い台風が発生しやすい状況がもたらされているのでしょうか? 温暖化が進むと、今後、強大な台風が発生するのでしょうか?

人類が排出してきた温室効果ガスによって、以前よりも強い台風やハリケーンが発生しているかどうかについては、まだ議論があるようです。

米軍のJTWC(合同台風警報センター)では、「トロピカル・ストーム(熱帯低気圧)」、「台風」、「スーパー台風」という分け方をしており、最大風速(1分平均)が130ノット(秒速67m)以上のものをスーパー台風としています。JTWCの2008年のレポートによると、1959年から2008年までのスーパー台風の発生数は下のようになっています。ここからは長期的な傾向を読みとることはできません。

スーパー台風の発生数(JTWC)

一方、下の図は、大西洋赤道域の海面水温(青色)と、ハリケーンの活動度を示すPDI(パワー散逸指数、緑色)の関係です。PDIはハリケーンの発生頻度、継続期間、強度の組み合わせた指数です。熱帯低気圧は暖かい海水からエネルギーを得て発達するわけですが、この図を見ると、海面水温とPDIの間には強い相関関係があり、海面水温が高くなると、PDIも高くなっているのがわかります。また、1995年以降は海面水温とPDIがそれ以前よりも高い水準にあるようにも見えます。

SSTとPDI

将来を考えると、今後温暖化が進むと台風やハリケーンの発生数は減るが、より強い台風やハリケーンが発生すると、多くの研究が予測しています。先日、名古屋大学や気象研究所などの研究グループは、今世紀末に日本付近に発生する台風の発達状況を予測した結果を発表しました。それによると、日本の南の海域では海面水温が2度C程度高くなり、スーパー台風の発生頻度が増すことが示されました。また、最大風速80m/sというスーパー台風も発生するとのことです。
アフリカ環境報告
石弘之さんの『キリマンジャロの雪が消えていく』(岩波新書)を読み終えたところです。『地球環境報告』『地球環境報告供戮離▲侫螢版ともいえ、この本のタイトルとしては、むしろサブタイトルの「アフリカ環境報告」がふさわしいように思われますが、ヘミングウェイの小説にも書かれたキリマンジャロの雪が急速に失われつつあり、2020年には消失してしまうかもしれないという現実は、多くの難問に直面するアフリカの象徴といえます。

私がかけだしの編集者だったころ、石さんは朝日新聞の編集委員をされており、何度か原稿をお願いしたことがあります。そのころから、世界の人口問題や環境問題に関心をお持ちでした。その後、とくにアフリカの問題には現地での仕事も含めて長年、深くかかわってこられました。そのまとめが本書です。

アフリカの人口は過去100年間で8倍に増え、2009年には10億人を超えたが、このうち3人に1人が栄養不足、年間数十万人が干ばつや洪水などの自然災害の犠牲となり、年間約150万人がエイズで命を奪われるといった厳しい現実が、本書では語られていきます。私たちがニュースで断片的にしか知らない情報が、本書ではその歴史や背景を踏まえてくわしく説明されており、アフリカの実状を知るためにとても役立つ本となっています。

日本にいると、アフリカで起こっていることは他人事のように感じられますが、温暖化が進行していく地球の未来を考えるとき、アフリカの存在を抜きにすることはできません。「温暖化はむしろ良いことだ。脳卒中や心臓病で死ぬ日本人は減る。気温が2度Cくらい上昇して、何の問題があるのか」などという暴論を本やテレビ番組で展開している人たちがいますが、こうした人たちは、世界平均気温が2度C上昇することによって、アフリカの人たちが、さらにどれだけの貧困や飢餓や病気にさらされることになるのか、まったく考えていないといえるでしょう。本書は、地球の未来を考える多くの方に読んでいただきたい1冊です。

「貧困や環境破壊の大波に翻弄されるアフリカを救い出す特効薬は、これまでのところ見つかっていない。多分、そうしたものはないのだろう。これからも、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら、人智を尽くした総力戦を展開するしかない」と、石さんは「あとがき」で述べています。アフリカにずっとかかわってこられた石さんですが、残念なことに、アフリカについて書くのは多分これが最後であり、あとは若い人たちにバトンタッチしたいとのことです。石さんには長い間ご苦労さまでしたといいたいと思いますが、同時に、この石さんの、いわば「アフリカ最終報告」が、地球の未来を考える道しるべとして、次の世代に受け継がれることを願います。

EarthCARE プロジェクト
秋葉原のアキバホールで行われたEarthCARE シンポジウム「地球温暖化を見つめる目」に行ってきました。EarthCARE は2013年に打ち上げが予定されている人工衛星です。日本のJAXA、NICT(情報通信研究機構)とESA(ヨーロッパ宇宙機関)の3者による共同ミッションで、雲とエアロゾル(大気中の微粒子)を観測することを目的としています。

2007年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書では、温室効果ガスやその他の要因が地球温暖化にどれだけ影響力をもっているか(これを放射強制力といいます)が検討されており、エアロゾルが雲に与える効果には、まだ大きな不確実性があることが示されています。この不確実性を小さくしていくことは、気候変動予測の精度を上げる上で非常に重要です。

EarthCARE はまさにこの問題を克服するためのミッションです。衛星の開発、搭載するセンサーのうち、大気ライダー、多波長イメージャー、広帯域放射収支計の開発、衛星の運用は ESA が担当し、JAXA と NICT は雲プロファイリングレーダー(CPR)の開発を行っています。

CPR は宇宙空間から地球に向かって電波を発射し、雲から散乱されて戻ってくる電波を測定することで、これまでなかなか分らなかった雲の垂直構造を高感度で観測します。衛星用ミリ波帯アンテナとしては世界最大級の直径2.5m のアンテナが搭載されます。CPR はさらに、衛星搭載レーダーとしては世界初のドップラー計測を行うことができます。これによって、雲粒子の運動の観測や雲と雨の区別も可能になります。

地球温暖化防止のための対策をより効果的なものにしていくためには、信頼性の高い科学的データが必要です。EarthCARE はそのために、大きな役割を果たすことになると思います。
カリフォルニアの山火事と地球温暖化
8月26日にカリフォルニア州ロスアンゼルスの北で発生した山火事は、31日までに約430平方キロメートルを焼きつくし、さらに燃え広がっていると伝えられています。アーノルド・シュワルツェネッガー知事は非常事態を宣言し、必死の消火活動が続けられていますが、異常高温と乾燥のために、火はなかなか勢いを弱めていません。下の写真は8月30日にNASAの地球観測衛星Terraが撮影した山火事の様子です。

カリフォルニアの山火事

カリフォルニア州では最近、山火事が度々発生しています。山火事の直接の原因は人為的なものも含めてさまざまですが、その背景に、進行する地球温暖化があることはまちがいありません。IPCC第4次報告書によれば、今後、地球温暖化が進んだときに、世界中でもっとも乾燥化する地域の1つとしてアメリカ西海岸があげられています。下の図は、北アメリカ大陸の今世紀末の降水量の変化予測(1980〜1999年に対する2080〜2099年における変化)で、緑色は降水量が増えるところ、茶色は減るところです。北アメリカ大陸の北部では、地球温暖化が進むと降水量は増えますが、カリフォルニアのあたりでは降水量は15%も減少すると予測されています。

北

カリフォルニアではすでに20世紀末から降水量の減少や度重なる干ばつがみられます。このまま地球温暖化が進んでいけば、乾燥化によって今回のように深刻な山火事がより頻繁に起こるようになるでしょう。
地球温暖化の原因は自然変動?
オーロラ研究の権威であり、アラスカ大学国際北極圏研究センター名誉教授の赤祖父俊一先生は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書に批判的な立場をとっており、著書や雑誌記事、講演会などで、二酸化炭素による地球温暖化に異論を唱えています。その内容は以下に集約できます。
\こΦげ垢両緇困浪甬10年間止まっている。
∈Fの温暖化は自然変動によるものであって、二酸化炭素の増加が原因ではない。
しかし、この2点はどちらも正しいとはいえません。

まず,任后2爾凌泙鮓てください。1880年から2008年までの世界気温の推移です。21世紀の世界気温は20世紀に比べ異常に高い水準で推移していることがわかります。これを、「気温上昇は過去10年止まっている」と説明することは、地球温暖化がストップしてしまったかのような誤解を読む人に与えかねません。2008年の冬には世界気温が急に下がり、「地球温暖化は終わった」と、いわゆる「懐疑派」の人たちは勢いづきましたが、これは当時東太平洋に出現していたラ・ニーニャが原因でした。結局2008年の世界気温は、NOAA(アメリカ海洋大気局)によれば観測史上8位タイ、NASAによれば観測史上9位、日本の気象庁によれば観測史上10位の暑い年となりました。気象機関によって順位が違っているのは、観測データの処理の仕方がことなっているためです。

1880年からの世界気温の推移(NASA/GISS)

今年はエルニーニョが発生していますので、世界気温は高くなる傾向にあります。NOAAによると、今年7月の世界気温は観測史上第5位の高温(日本の気象庁のデータでは観測史上3位)となりました。また、海面水温だけをとれば、観測史上最高を記録しています。

地球温暖化の傾向は、長期的なトレンドの中でしか見えてきません。世界の気温は毎年変動しており、短期間の推移から何らかの結論を導き出すのは危険です。図の赤い線(5年移動平均)を見ても、20世紀の後半から世界気温が上昇をつづけ、地球温暖化が進んでいることはまちがいありません。

次に△任后8什澆涼狼紊1800年ごろの「小氷期」からの回復過程にあり、このころからほぼ直線的に気温は上昇してきたと、赤祖父先生は考えています。その上昇率は、赤祖父先生の計算によると100年あたり約0.5度Cです。IPCCの第4次報告書では、気温の上昇率は過去100年間で0.74度Cとされています。そのうちの0.5度Cが自然変動分であるとすれば、二酸化炭濃度が気温上昇に占める寄与は非常に小さいということになります。上の図にみられる世界気温の推移は、小氷期からの長期的な上昇傾向にPDO(太平洋十年規模振動)という太平洋の海水温の変動が加わったものというのが、赤祖父先生の主張です。

しかしながら、世界気温が100年間に約0.5度Cの割合で直線的に上昇してきたという解釈はまちがっています。IPCCの第4次報告書では、過去100年間では0.74度Cですが、最近50年間では100年あたり1.28度C、最近25年間では100年あたり1.77度Cと、気温上昇の傾向は最近になるにしたがって顕著になっていることが示されています。赤祖父先生はIPCCのこの説明を、IPCC第3次報告書の「ホッケースティック」とよばれた図を引き合いに出して否定しています。しかし、赤祖父先生が「信頼できる」としている全米科学アカデミーの報告書でも「20世紀最後の数十年の気温は過去400年間のどの時代にくらべても高温である」と書かれています。しかも、この報告書に掲載されたデータはIPCCの第4次報告書でも使われているのです。気温が直線的に上昇してきたとする主張には、なんら根拠はありません。

気温上昇が自然変動によるものだとすれば、その要因は何なのでしょうか。残念ながら赤祖父先生はこれについて説明していません。気温を上昇させる自然要因としては太陽活動がありますが、気温をここまで上昇させることはできないことが明らかになっています。太陽をまわる地球の軌道の変化は長い間には地球の気候を変動させますが、現在議論になっている地球温暖化のような短い期間の現象に影響を与えることはありません。結局、20世紀後半からの気温の急上昇を自然要因で説明することはできないのです。

赤祖父先生にはしばらくお会いしていませんが、今度、お会いする機会があれば、ぜひ、この問題についてお話ししてみたいと考えています。

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