豊渓里核実験場はすでに使用不能

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    Punggye-ri Nuclear Test Site Potentially Unusable.

     

    北朝鮮は豊渓里核実験場を廃棄する準備をしているようです。

     

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    しかし北朝鮮は核の即時廃棄を考えていません。米朝合意によって「非核化」が進められることになったとしても、北朝鮮の核技術は何らかの形で温存され、場合によってはひそかに核開発が続けられる可能性もあります。

     

    豊渓里核実験場は後述するように山体が崩壊する危険性があり、もはや核実験を行う場所として適していません。おそらく別の場所に新しい核実験場が建設されているでしょう。すでに必要なくなった施設を廃棄しても、それは単なる政治ショーにすぎません。

     

    これと同じようなことは2008年にありました。北朝鮮はプルトニウム生産を行っていた寧辺の黒鉛減速炉の運転を2007年に停止し、IAEAの査察を受け入れるとともに、翌年に原子炉の冷却塔を爆破しました。

     

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    原子炉無力化の一環とされた冷却塔爆破の際にはアメリカ、韓国、日本のメディアも招待され、その映像は世界に配信されました。ただし、冷却塔は原子炉本体とは別の構造物であり、新たに建設するのはそれほど難しいことではありません。実際、北朝鮮は2013年に冷却塔を復旧し、2015年に原子炉を再稼働させました。

     

    北朝鮮はこれまで6回の核実験を行いました。

    1回目:2006109

    2回目:2009525

    3回目:2013212

    4回目:201616

    5回目:201699

    6回目:201793

    実験が行われたと推定されている場所を下に示します。

     

    20180521_03.jpg

     

    豊渓里には「北」「東」「西」「南」の坑道があります。最初の実験は東の坑道で行われましたが、それ以後の5回は北の坑道を使っています。北の坑道は標高2205mの万塔山の下に水平に伸びており、その奥で爆発させています。2017年の6回目の実験は推定120ktともいわれる規模の大きなもので、北朝鮮は水爆の実験であったと主張しています。6回目の実験場所は特定されておらず、いくつかの推測がありますが、5回目の実験場所の近くとされています。5回目、6回目の実験を行った場所は、万塔山頂上のほぼ真下にあたります。深さ800mほどで核爆発を行ったとみられます。

     

    地下で核爆発を行うと、爆発点には球形の空洞(キャビティー)ができ、その内壁は岩石が融けてガラスになります。高温のガラスは空隙の底にたまります。爆発点の周囲の岩盤には、衝撃によって広い範囲にわたって亀裂が走ります。亀裂でもろくなった空洞上部の岩盤は落下しで空洞を埋めます。このため空洞上部の岩盤は次々に崩落し、チムニー(煙突)とよばれる円筒状の破砕構造ができます。空洞のサイズが小さい場合は、チムニー形成にいたるような大規模な崩落はおきません。

     

    2回目〜5回目までの核実験でできた空洞の直径は1〜数mと推定されます。6回目の実験は規模が大きかったため、空洞は直径10mほどになったでしょう。6回目の核実験では、マグニチュード6.3の地震が観測されました。さらに核爆発の830秒後に、同地点が震源と推定されるマグニチュード4.1の地震が発生しました。2回目の地震は、空洞が崩壊したために発生したと考えられています。

     

    万塔山の山体はこれまでの実験でもろくなっており、崩壊する危険性があります。実際、地すべりが起こっている場所も多数あります。山体の崩壊は、まだ使っていない「西」や「南」の坑道を使ったとしても発生する可能性があります。さらに亀裂を伝わって放射性物質が山体から大気中に漏れてくる可能性もあります。豊渓里はもはや使用できない核実験場なのです。


    これまで見たことがなかった木星

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      New Perspective of Jupiter

       

      NASAの木星探査機ジュノーが撮影した木星です。木星の南側から撮影されており、北半球は見えていません。ボイジャーやガリレオなどこれまでの探査機が撮影できなかったアングルから、木星のほぼ全球が撮影されており、大赤斑が印象的です。

       

      20180520_01.jpg

       

      撮影は今年の41日午前304分〜336分(アメリカ太平洋夏時間)にかけて行われました。木星大気の雲頂までの距離は17329km68959kmでした。


      フォトンベルトの源流(2)

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        Origin of Photon Belt Fantasy(2)

         

        ノリス氏から話を聞いて、「フォトンベルト」が世界に広まった経緯はわかりました。しかし、私はもう少し調べたいと思ったのです。というのも、フォトンベルトの話は、プレアデスの星系を含めそれなりのディテールを持っています。ノリス氏が言っていた2人がそのアイデアを全部考え出したわけではないのではないか、と考えたのです。

         

        フォトンベルトの源流を調べるかぎは、フォトンベルトの発見者とされている「科学者パウル・オットー・ヘッセ」です。しかし、こういう名前の科学者は見つかりませんでしたが、”Der Jüngste Tag” (最後の審判の日)という本を出版している同名の人物がいることがわかりました。さっそく”Der Jüngste Tag”を取り寄せてみました。それが下です。この本が最初に出版されたのは1949年のようです。

         

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        パウル・オットー・ヘッセについて調べれば、フォトンベルトがどこから来たかわかると、私は考えていました。手元に届いた ”Der Jüngste Tag” を開き、37ページの図を見たとたん、私の予感が的中していたことがわかりました。そこには、フォトンベルトの原型といえる図が載っていたのです。

         

        「シャーリー・ケンプ」の記事に載っていたフォトンベルトの図を、ノリス氏は自分で作成した記憶はないとのことでしたので、「シャーリー・ケンプ」が文章と一緒に制作したのでしょう。彼らは”Der Jüngste Tag”の図を参考にして、これをつくったわけです。

         

        ”Der Jüngste Tag” の図をくわしく説明しましょう。

         

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        黒い円盤を上から下に横切っているのが「光のリング」、円の中心はアルシオーネです。黒い部分は闇の領域、白い部分は光の領域です。白い矢印は、アルシオーネをまわる太陽系の運行を示しています。太陽系が闇の領域を運行している期間は1万年、光の領域にいる期間は1000〜2000年であることが読み取れます。円の右半分は現在の地球の歴史を示しています。円盤に書きこまれた数字は、この図に付随している説明によると、1が聖書による年代記のはじまりで紀元前4128年、2がノアの大洪水で紀元前2473年、3がクフ王のピラミッド建設で紀元前2170年、4がソドムの滅亡で紀元前2050年、5がダビデによるイスラエル統一で紀元前1039年となっています。そして、円盤の一番上にあたる紀元2000年のところに「最後の審判の日」があります。図の左半分は、現在の歴史がはじまる前の時代で、アトランティス伝説の時代となっています。また、円盤の一番外側は黄道十二宮を示しており、この図が占星術とも関係していることがわかります。現在は双魚宮の時代です。

         

        ヘッセによれば、最後の審判の日というのは、太陽系が光の領域、すなわち光のリングに入る日のことを意味しています。その日は2000年とされていました。しかし、2000年には何も起こらなかったため、フォトンベルトの信奉者はいつの間にかマヤの古代暦と結びつけて、2012年に何かが起こることになったわけです。

         

        キリスト教の世界では、最後の審判あるいは世界の終末がいつ訪れるのかは、つねに大きな問題でした。たとえば16世紀はじめに、1524年に世界は大洪水によって終わるという説が大流行したことはよく知られています。こうした終末の時期の予測には、占星術が用いられることも多くありました。ヘッセはまた、古代エジプトの「永遠の生命」の象徴であるアンクの図像や、ピラミッドの構造に見られる神秘的な数の構成、アトランティス伝説などにも関心を示していました。世界が創造と破壊を繰り返すという考え方は、多くの民族の神話にみられます。独特の宇宙観や占星術、古代文明の神秘的解釈がキリスト教の終末論と結びついた、宇宙の黙示録ともいうべきヘッセの終末論は、このような中から生まれてきたものでしょう。

         

        「シャーリー・ケンプ」は「ヘッセがフォトンベルトを発見した」とし、フォトンベルトをめぐる太陽の周期についても同じことを書いています。彼らが”Der Jüngste Tag”を参考にしてフォトンベルトの記事を書いたことは間違いありません。「シャーリー・ケンプ」の記事では、「地球はフォトンベルトに入りつつある」と書かれており、地球がフォトンベルトの影響を受けはじめたのは1962年としています。1962年にはUFOが多数目撃されたが、これはフォトンベルトを伝わって「宇宙旅行者」がやってくるようになったためではないかというのです。

         

        「シャーリー・ケンプ」はヘッセの説の他、フォン・デニケンの著作についても触れています。今の読者に、デニケンの名はあまりなじみがないかもしれません。彼の著書で有名なのは1968年に出版されて世界的なベストセラーとなった『未来の記憶』と、その翌年出版された続編『星への帰還』です。エジプト、メソポタミア、マヤなど世界の遺跡を旅してまわったデニケンは、これらの本の中で、かつて地球には宇宙人が到来し、彼らが古代の高度な文明をつくりあげたという説を展開しました。グラハム・ハンコックの『神々の指紋』はデニケンの二番煎じといえるものです。

         

        興味深いことに、「シャーリー・ケンプ」はさらに、アボリジニやマヤの神話、ノアの洪水などにも触れています。フォトンベルトは、マヤをはじめとする古代文明や、アボリジニやホピなどの先住民族の「予言」と関連して語られますが、その原型が、すでにここに存在しています。

         

        フォトンベルトの系譜をたどっていくにつれて見えてきたのは、現在のフォトンベルト信者でさえ知らない深層流でした。これはただの荒唐無稽な話ではすまされない要素をもっています。そこには半世紀以上にもわたるキリスト教の終末論、占星術、滅亡したアトランティス伝説、マヤやエジプト、メソポタミアなど古代文明の神秘主義的解釈、アボリジニやアメリカ先住民の予言、現代の天文学をまったく無視した擬似科学、UFOや宇宙人幻想などが輻輳しています。これらは皆、不合理ではあるのですが、そうであるがゆえに、どこかで人々の心をとらえているものばかりです。フォトンベルトがひそかに命脈を保ってきた理由がそこにあります。

         

        「科学の時代に、人間はなぜ、不合理なものを信じてしまうのか」。これは私たちにとって大きな問いです。UFOや宇宙人やフォトンベルトがエンターテイメントや都市伝説の対象としてメディアに登場するくらいのことに目くじらを立てる必要はありませんが、社会が内向きの時代には、人はオカルト的な発想にひかれがちであることを忘れてはなりません。2004年に私はフォトンベルトについて原稿を書き、「2012年が何もなく過ぎた後も、もしかしたらフォトンベルトは姿を変えて残っていくのかもしれません」という文章でしめくくりました。実際にそうなったようです。

         


        フォトンベルトの源流(1)

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          Origin of Photon Belt Fantasy1

           

          今夜のあるテレビ番組に「フォトンベルト」が登場しました。久しぶりのことです。2004年頃には、書店に行くとフォトンベルト関連の本がたくさん並んでいたものです。このときには、フォトンベルトは古代マヤの暦が予言する世界の終末と関連付けられて話題になっていました。もちろん、フォトンベルトは荒唐無稽なつくり話です。下は「ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したフォトンベルト」とされた画像ですが、それは間違いで、13000万光年彼方の銀河NGC4650Aです。

           

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          私は以前、フォトンベルトというつくり話がいかにして出来上がっていったかを調べたことがあります。その結果をご紹介しましょう。

           

          「フォトンベルト」とは次のようなものだとされています。

          ・フォトンベルトはプレアデス星団にある。プレアデス星団の星々は、星団で最も明るい星であるアルシオーネを中心にまわっており、太陽もこの星系に含まれる。すなわち太陽もアルシオーネのまわりをまわっている。これを発見したのは、天文学者ホセ・コマス・ソラである。

          ・フォトンベルトは1961年に、「科学者パウル・オットー・ヘッセ」によって発見された。

          ・ドーナツ状のフォトンベルトは、アルシオーネを中心とする星系の公転面と直交しており、ちょうど太陽の軌道のあたりを通っている。太陽はアルシオーネを26000年かけて1周しているので、太陽は13000年ごとにフォトンベルトに入ったり出たりする。太陽がフォトンベルトに入ってからぬけるのに2000年かかる。

          ・フォトンベルトに入らないときは闇の時代であり、ベルトに入ると光の時代がおとずれる。太陽系が完全にベルトの中に入るのは2012年である。

          ・フォトンベルトに入ると、人間や地球は大きな影響を受ける。たとえば、フォトンは生命体を原子レベルから変えてしまい、進化を促進させる。人類は生まれかわり、新しい段階に達する。

           

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          上は、フォトンベルトを説明する際に必ずでてくる図です。真ん中にあるのがアルシオーネで。そのまわりをプレアデス星団の6個の星がまわり、一番外側を太陽がまわっています。これらの星の公転面と直交するリング状のものがフォトンベルトです。太陽がフォトンベルトを出たり入ったりする様子がよくわかる図です。

           

          この図は、オーストラリアのニューエイジ団体が発行していた雑誌『NEXUS19912月号のフォトンベルトに関する記事“THE PHOTON BELT STORY”の中に掲載されていたものです。フォトンベルトという言葉はこの記事によって世界中に広まりました。

           

          この記事はオーストラリアのUFO研究団体AIUFOFSRが発行していた機関誌の19818月号から転載されたものでした。その時の記事のタイトルは“And So Tomorrow”でした。私はAIUFOFSRの主宰者だったコリン・ノリス氏に連絡をとり、この記事の著者である「シャーリー・ケンプ」という女性についてたずねてみました。するとノリス氏から、実際はシャーリー・ケンプという中年女性と大学生の共作であったという返事がきました。フォトンベルトの原稿は、この2人によってノリス氏のもとに持ちこまれたものだったのです。ノリス氏によると、このうち大学生は当時ノリス氏のUFO団体のメンバーでしたが、その後、オーストラリアの原子力研究機関に勤める研究者になったとのことでした。フォトンベルトの記事は物理学に関する部分だけは科学的に正確なのですが、その理由は物理学がこの大学生の専門だったからなのです。彼はこの記事に関わったことを認めていますが、自分の立場もあり、本名を明らかにすることは断りました。もう一人の女性については、ノリス氏は彼女がどうしているかは知らないということでした。なにしろ20年以上も前のことであるからと、同氏は語っていました。

           

          「シャーリー・ケンプ」のオリジナルの記事を読むと、「太陽がアルシオーネのまわりをまわっているのを発見したのは、天文学者ホセ・コマス・ソラである」という個所があります。銀河系の構造を少しでも知っていれば、こんな考えがナンセンスであることはすぐに気がつくでしょう。しかし、宇宙の中心がアルシオーネであり、プレアデスの他の星や太陽がそのまわりをまわっているとする説は、実際に存在したのです。ドイツのヨハン・ハインリッヒ・フォン・メドラー(17941874)が1846年に発表した説です。

           

          メドラーは月面の観測で有名な天文学者で、銀行家ウィルヘルム・ベーアの援助のもとにつくられた「ベーアとメドラーの月面図」(1837年発表)は、当時最もくわしく正確な月面図でした。そのメドラーは1840年、エストニアのドルパト天文台の台長になります。ここでプレアデス星団を観測し、アルシオーネがプレアデス星系の中心だとする説を発表するのですが、もちろん、これは正しくはありませんでした。ロバート・バーナム・ジュニアは『星百科大事典(改訂版)』(地人書館)の中で、これを「天文学史上最も奇妙な誤った解釈の一つ」と説明しています。「アルキオネが宇宙の“中心太陽”だという考えは、いくぶん人気を呼んだが、銀河の構造がわかってくるとともに、2030年の間に、この考えは見向きもされなくなってしまった」と、バーナムは書いています。ホセ・コマス・ソラ(18681937)は小惑星などを観測したスペインの天文学者です。「シャーリー・ケンプ」はメドラーとコマス・ソラを間違えてしまいました。そのため、コマスは不名誉な名前の使われ方をされてしまったのです。


          火星ヘリコプターをNASAが発表

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            Mars HelicopterFlying on the Red Planet

             

            2020年に打ち上げが予定されているNASAの火星探査ローバー「マーズ2020」に、小型の火星ヘリコプターが搭載されると、NASAが発表しました。火星の空を飛ぶ初めての飛翔体になります。

             

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            火星大気はとても薄く、地球の150分の1程度しかありません。そのため、火星ヘリコプターは非常に軽量でコンパクトです。重量は1.8kg、観測装置等を収めた本体はソフトボールほどの大きさしかありません。ローターは2つのローターが互いに逆方向に回転する同軸反転式です。ローターは毎分3000回転させます。地球で飛ぶヘリコプターの10倍の回転数です。

             

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            マーズ2020が火星表面に着陸後、火星ヘリコプターは表面に降ろされ、地球からのコマンドで上昇します。ただし、地球と火星の間では電波が届くまでに数分〜数十分がかかるため、地球から操縦することはしません。火星ヘリコプターは自分の判断で飛行し、表面を観測します。

             

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            観測を終えると、火星ヘリコプターは安全のためにマーズ2020から少し離れた場所に着陸し、データを伝送します。火星ヘリコプターはマーズ2020が移動する予定のない場所や、遠く離れた場所も観測可能で、マーズ2020の探査活動をさまざまな形で支援します。

             


            空飛ぶ車を目指す:都市航空交通システムの未来

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              Urban Air MobilityAir Travel to the Streets

               

              NASAは都市内での新しい航空交通システムUAMUrban Air Mobility)の研究に力を入れています。都市内で人員や荷物を運ぶ「空飛ぶ車」の研究です。

               

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              空飛ぶ車の研究は、最近のドローン、電動航空機、VTOL(垂直離着陸)機などの技術進歩を背景に、アメリカやヨーロッパで活発になっています。こうした新しい航空交通システムを実現するためには、もちろん解決しなければならない課題がたくさんあります。

               

              20180509_02.jpg

               

              最大の課題は「安全性」です。まず航空機自体が故障したり、墜落したりしないようにする技術が必要です。さらに、既存のエアラインの航空機が飛行するのを邪魔しないようにする技術も必要になります。このためには、多くのドローンや小型航空機の交通管制を行うシステムが必要です。

               

              都市の環境に悪影響を与えないようにするには、低騒音や大気汚染ゼロも求められるでしょう。ビルの屋上や都市に隣接した地区に発着場を設けるなどのインフラ整備も必要です。

               

              20180509_03.jpg

               

              NASAは電動航空機「X-57 マックスウェル」による実証飛行試験を進めてきました。X-57 マックスウェルはイタリア製の小型機「テクナムP2006T」をベースに用い、双発のプロペラを電動プロペラに替えた機体で、何度か改修しながら研究してきました。下の画像は電動プロペラが14基のタイプです。

               

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              X-57 マックスウェルの飛行試験データはUAMの研究に大きく貢献すると考えられています。



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